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OCS『Beyond the Rhine』で見る、戦火を免れたハイデルベルク関係ユニット(付:OCS『KOREA』)

 先日、尼崎会に来られた富山のKさんが、『第二次世界大戦秘話』という本を貸して下さいました。




 昭和38年に発行された古い本で、ヨーロッパ戦線や太平洋戦線の様々な逸話が載せられているもののようです。

 で、その3番目の話に「ハイデルベルヒ【ハイデルベルク】はこうして戦火を免れた」というのがありまして、それまで空襲等を受けずに残っていたハイデルベルクの町の近くまでアメリカ軍が、ドイツ降伏の1ヵ月ちょい前(1945年3月29日頃)に到達したものの、第44歩兵師団の砲兵部隊指揮官であったウィリアム・バイダーリンデンの尽力により、最終的に砲撃や戦闘の対象となることなく、その美しい町並みが救われた……という内容でした。


 ハイデルベルクがOCS『Beyond the Rhine』のマップに入っているかどうか見たところ、ありました。

unit9912.jpg

 ↑黒い○で示した場所がハイデルベルクです。



 ↓拡大図

unit9911.jpg

 ハイデルベルクはライン川より東にあり、北の方にはフランクフルト・アム・マイン、南の方にはシュトゥットガルト(ロンメル将軍の息子が長年市長を務めた町)があります。



 ↓アメリカ軍第44歩兵師団ユニット

unit9910.jpg

 同師団配下の砲兵部隊指揮官のバイダーリンデン(William A. Beiderlinden)は、後に日本を占領したGHQの副参謀長も務めたそうです。↓参考になりそうなサイトのリンクを貼っておきます。

BEIDERLINDEN, WILLIAM A.
William Arthur Beiderlinden




 この第44歩兵師団の指揮官(師団長)は「のちに朝鮮戦争で共産軍の捕虜になったウイリアム・ディーン少将」と同書P52にあり、「そういえば以前朝鮮戦争関係の本を読んでいて、捕虜になった将軍という話があったような……」と思って調べてみますと。

第二次世界大戦では第44歩兵師団長として南ドイツとオーストリアでドイツ第19軍と戦い3万人を捕虜とした。この戦功により殊勲十字章を授与された[1]。戦後、アメリカ本国に戻ったが、1947年10月に南朝鮮に赴任した。1949年10月に第24歩兵師団長となった。同師団は日本の小倉市(現・北九州市)に駐屯していた。

1950年6月に朝鮮戦争が始まると、第24歩兵師団は同年7月に南朝鮮に渡って戦闘加入した。しかし、北朝鮮軍の猛攻により同師団は大きな損害を受けた。厳しい戦況の中で、師団長のディーン自らがM20スーパーバズーカを担いで北朝鮮軍の戦車を撃破し、兵士たちに新兵器の威力を示し、士気を鼓舞した。さらには手榴弾で北朝鮮軍のT-34戦車に肉薄攻撃をして撃破している。大田の戦いでディーンが撃破したT-34戦車は、1977年まで記念碑として大田広域市で展示されていた[1]。

ディーンの奮戦にも関わらず、第24師団は敵の急速な進撃を阻止することができなかった。7月末に第24歩兵師団が壊滅すると、単独となったディーンは、日中は森に隠れ、夜間にゲリラ活動を繰り返して1か月以上も持久戦を続けたが、1950年8月25日に北朝鮮の捕虜となった。ディーンは1953年9月4日に解放されるまで、最高位の軍人として、北朝鮮に抑留されていた[1]。

1951年1月9日、大田の戦いでのディーンの奮戦に対し、ハリー・トルーマン大統領からディーンの留守家族に名誉勲章が贈られた(この時点で、ディーンは行方不明者と扱われていた)[1]。同年12月18日、ベルギーの新聞の特派員であるオーストラリア人ジャーナリスト、ウィルフレッド・バーチェットによってディーンが北朝鮮の捕虜となって生存していることが報じられた。

捕虜となったディーンは仁川上陸作戦(1950年9月)の計画を知っており、北朝鮮の尋問で白状させられてしまうことを恐れ、自殺を考えたという[1]。ディーンには拷問こそ加えられなかったものの72時間に渡る尋問が行われた。1953年にアメリカに帰国したディーンはヒーローとして歓迎されたが、自分はヒーローではなくまさに一歩兵であった、と語った[1]。
日本語版Wikipedia「ウィリアム・ディーン」





 OCS『KOREA』では、韓国に急派されたアメリカ軍師団は最初、弱体な戦力で到着し、だんだんとちゃんとした編成に置き換えられていきます。

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 上の白抜きになっているのが最初の弱体な状態です。中でも「Smith」と書いてあるのが本当に一番最初に到着した部隊で、「アメリカ軍が北朝鮮軍に負けるわけがない」と自信満々であったのにあっという間にやられてしまった……という部隊です(^_^;


 しかし、この第24歩兵師団等の奮闘がなければ、朝鮮半島は北朝鮮によって本当に統一されてしまっていたかもしれないわけですよね……。バイダーリンデン将軍やディーン将軍のあり方には、尊敬の念を抱きました。


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No title

こんな記事見たら、Beyond the Rhineにも興味出ちゃうじゃないですか(笑)。
OCSはアクションレーティングで個性が表現されていていい感じですね。早くプレイしたいっす。
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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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