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『雪の中の軍曹』で見るイタリア軍アルピーニ軍団の将軍3人+ドイツ軍の横取り行為について(付:OCS『Case Blue』)

 前エントリを書いている時に、イタリア軍アルピーニ軍団の将軍が3人ほど記述として出てくるのに気付きました。

 せっかくなので、抜き書きしてみようと思います。

 出てくるのは以下の3人です。


アルピーニ軍団長:ガブリエーレ・ナッシ中将(イタリア語版Wikipeida「Gabriele Nasci」

Nasci Gabriele




アルピーニ軍団参謀長:ジュリオ・マルティナート(英語版Wikipedia「Giulio Martinat」

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トリデンティーナ師団長:ルイージ・レヴェルベリ(イタリア語版Wikipeida「Luigi Reverberi」

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 ↓OCS『Case Blue』のアルピーニ軍団司令部ユニットとトリデンティーナ師団ユニット。

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 ↓アルピーニ軍団が退却を開始する前の大まかな配置(画像右下の枢軸軍はこの時点ではすでに敗走しており、その左下のカンテミロフカはソ連軍が占領しています)。

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 まずは『雪の中の軍曹』の記述順にレヴェルベリ将軍から。本には「師団長」とあるだけ(著者はトリデンティーナ師団所属)で、しかも直前に「クーネオ師団(クネーンゼ師団のこと?)の兵士達」に関する記述があるので、もしかしたらトリデンティーナ師団長レヴェルベリのことでなくクーネオ?師団長のことかもしれないのですが、たぶんレヴェルベリ将軍のことだと思われ……。

 記述的には、アルピーニ軍団が退却する上で最大の激戦のあったNikolayevka(ニコラエフカ)に達する数日前のことのようです。

 日が落ちたが、隊列はあいかわらずステップを歩いていた。雪の上に横になっているイタリア兵たちの姿を見かけた。かじかんでこわばった体を互いに寄せ合っていた。襟章の色と番号から、彼らがクーネオ師団の山岳工兵隊の兵士であることが見てとれた。道は凍りついていて、風のためにいっそう固くなった氷で、つるつると滑る。私はブレーダを肩に担いでいる。汗がにじむ。やがて、転ぶ。また起き上がる。そして歩く。ふたたび転ぶ。これを何度くり返したことだろう。中隊は隊列を詰め、足早に歩いた。ブラッキ少佐が私の脇を歩いていて、私を見やったが、黙っている。日が暮れかけている。隊列は歩みをやめない。またしても私は転ぶ。ついに私は隊列から遅れそうになる。ブラッキが、「頑張れ、【ドイツ軍の拠点に】すぐに着くぞ」と言う。だが、あとどれだけあるのだろう? このとき、師団長【恐らくレヴェルベリ将軍】の姿も見えた。だが彼はドイツ軍の自動車に乗っていて、われわれを追い越す。そして先の方で停まると、「頑張れ、諸君、頑張れ、諸君」と隊列に向かって言う。それから、われわれが一人ひとり通って行くのを自動車の上から見やる。そのあと、ふたたび隊列に追い着くと、われわれといっしょに少しだけ歩いて、声を強めて言う。「あと数時間で包囲網の外へ出られる。あと二、三キロでドイツ軍の拠点に到着するぞ!」
『雪の中の軍曹』P138,9


 レヴェルベリ将軍はニコラエフカの戦いで、「トリデンティーナの兵士達よ、前進せよ!」とイタリア兵達を鼓舞して、勝利を引き寄せました。その時の様子はOCS『Case Blue』で見る、イタリア軍アルピーニ軍団トリデンティーナ師団の包囲環突破 (2019/08/30)に書いてあります。



 次にマルティナート将軍について。彼はニコラエフカの戦いで戦死したことが、前掲エントリの中に書いてあります。『雪の中の軍曹』の記述は回想で、アルバニア戦役の時の話です。

 ……そうして、マルティナート将軍もあの日に死んだ。アルバニアでの戦線で同行したときの将軍のことを憶えている。私は道を知っていたので将軍の前を速歩で歩き、将軍があとをついてくるかどうかと何度も振り返った。「心配ない。速く歩いてくれ、伍長。わしは脚は丈夫だ」
『雪の中の軍曹』P169,170


 英語版Wikipediaによると、マルティナート将軍は1丁のライフルを取って、戦いの中で部下を率いていき、そして戦死したそうで、彼の犠牲がニコラエフカでの勝利をもぎ取らせ、イタリア軍が退却する道を開いたのだと。



 最後にアルピーニ軍団長ナッシ将軍。記述はすでにドイツ軍戦線の内側に入ったものの、依然として著者らが歩いて退却を続けている時の記述です。

 包囲されていた地帯ではいっしょでなかったドイツ軍兵士たちと出会う。彼らはどこか拠点に属しており、われわれを待っていたのだ。身なりもきちんとしており、 秩序も保たれている。その中の一人の士官が、双眼鏡でぐるり四方の地平線を観察している。われわれはもはや包囲の外にいるのだ、と私は思おうとする。だが、ドイツ語で書かれた目印の掲示板を見たときにさえ、私はなんの感動も覚えない。
 道路の片側に、将軍が足を止めている。山岳兵部隊司令官ナッシである。われわれがその前を通過したときに、帽子のつばのあたりに手をやって答礼したのは、まさしく彼だ。われわれはおんぼろ服の集団である。ごま塩のロひげの老人の前を、われわれは通り過ぎる。おんぼろ服、汚れて不潔な姿、のび放題のひげ、大半は靴さえはいていない兵士たち、凍傷にかかった者、負傷した者。山岳兵部隊の帽子を着用した老人は、われわれに答礼する。自分の祖父を見ているような思いがする。
『雪の中の軍曹』P179,180


 ナッシ将軍による、オストロゴジスク=ロッソシ作戦開始時の動きについてはイタリア軍のアルピーニ軍団は「3日間の激戦を粘り強くしのいだ後、遂に撤退命令を出した」?(付:OCS『GBII』『Case Blue』) (2019/08/07) で書いてました。



 おまけとして、ドイツ軍兵士がアルピーニ軍団のラバ(騾馬)を横取りして……という話が書かれているのが興味深かったので、引用してみます。通常の部隊は馬に大砲をひかせたり、物を運ばせたりしていたわけですが、アルピーニ軍団は山岳地帯で行動するため、山岳地帯での行動に適した?ラバを馬の代わりに連れてきていました。

 雪の上をさらにまた一日歩く。道端のところどころに、山岳砲兵隊の大砲が遺棄されている。そうしたのは正しい。大砲を引きずっていくのは無駄なことだ。騾馬を負傷兵を運ぶのに用いるのは正しい。ときどき、イタリア山岳砲兵とドイツ砲兵との間で短い口論が起こるのが耳に入る。ドイツ兵たちは、どうやってか知らないが、いまや彼らの機械よりも役に立つらしいイタリア軍の騾馬をまんまと横取りしている。騾馬を持っているのはわれわれだけなのだ。だが、山岳兵も砲兵もあまり言い争いはせず、ただ、騾馬を止めて、ドイツ兵をその背から降りさせる。そして、この健気なけものをふたたび我が物とすると、そのまま歩み去る。彼らは騾馬の背に、負傷した同胞の兵士を乗せてやらなければならないのだ。イタリア山岳兵の冷静さに比べると、ドイツ兵の腹の立てかたは滑稽だった。
『雪の中の軍曹』P171,2


 「ドイツ兵をその背から降りさせる」というのはどうやったのでしょうか。無言で引っぱり下ろした?(^_^; ドイツ兵も、されるままにまかせたのであれば(腹は立てたとしても)、それは一種のやましさからだったのかもですねぇ……。


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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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