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OCSユニットで見るイギリス軍のハリケーン戦闘機と、その後継機タイフーン及びテンペスト

 承前、映画考証本『ダンケルク』から、イギリス軍のホーカー・ハリケーン戦闘機について。


Hurricane IIC 87 Sqn RAF in flight 1942

 ↑ホーカー・ハリケーン戦闘機(Wikipediaから)


 スピットファイアは第二次世界大戦期を象徴する英軍戦闘機だが、大戦初期にはホーカー・ハリケーンも同じくらい重要な機だった。スピットファイアより直線的で、構造上の革新性はない(スピットファイアのボディは全金属製だったが、ホーカー・ハリケーンのフレームは木製で、ボディは帆布に覆われていた)が、実に機敏で優秀な機体だった
 第56飛行隊のジェフリー・ペイジは言う。「いうなれば、ハリケーンはブルドッグ、スピットファイアはグレイハウンドだ。一方はタフな労役動物、もう一方はしなやかですばしこい動物」彼としてはハリケーンのほうが飛ばしやすかったが、スピードと上昇力はスピットファイアのほうがすぐれていた。「どちらの機体もそれぞれに愛すべきところがあった」つまり、スピットファイア乗りはスピットファイアを好む傾向にあり、ハリケーン乗りはハリケーンを好む傾向にある、というに留めておくのが無難だろう。
『ダンケルク(DUNKIRK The history behind the major motion picture)』P383



 一般のイメージとは違って?ハリケーンが一方的にスピットファイアに劣っていたという訳ではないらしいということに関しては以前、OCSユニットで見るスピットファイア (2018/05/18) でも挙げていました。

 ハリケーン支持派はいまもスピットファイアばかりが賞賛されすぎていると不満をもっている。ハリケーンは低コストで製造しやすく、空戦性能が高いため、ブリテンの戦いの初期に投入された機数はスピットファイアよりも多かったのだが、絶賛されたのはスピットファイアの設計だった。
『アダプト思考』P123




 さらに、事典の記述(ハリボマーとシーハリケーンに関する記述は省略)。

 ハリケーンは1935年11月に初飛行し, 2年後に就役を開始して, その多用途性を実証していた。ハリケーンI型は最大時速506キロ,上昇率毎分760メートルという性能を持ち, ブローニング機銃(7.7ミリ)を8丁翼内に装備していた。当時としては, 爆撃機を迎撃するための要求をみたすのに十分な戦闘機であった。1940年の「バトル·オブ·ブリテン」では,ハリケーンI型は侵入してくるドイツ爆撃機を捕捉して撃墜し, 護衛のメッサーシュミット Bfl10 双発複座戦闘機よりもすぐれた運動性を発揮した。以後, ブローニング機銃を12丁にふやしたII B型や20ミリ機関砲4門という強力な火力を誇るII C型が登場した。しかし,ハリケーンの速度を他の新鋭機に対抗できるほど向上させることは困難であり, 1942年頃までにはハリケーンの主要任務は迎撃から地上支援へ移された。地上支援の役割りをになったハリケーンはあらゆる戦域で終戦まで活躍した。
『第2次大戦事典②兵器・人名』P169

 1937年12月イギリス空軍就役当時に,この有名な戦闘機は速度と兵装に関する新しい標準を樹立した。1940年8月までには,2,309機が配備され,戦争の初年において<ハリケーン>はイギリス空軍の中枢を構成し,「イギリス本土防空戦」においては, 2:1の比率でより近代的な<スーパーマリーン·スピットファイア>を数的にしのいでいた。爆撃機に対しては有効な破壊力を持ち,性能的に優れたメッサーシュミットMel09E戦闘機から逃れる運動性を持っていた。<ハリケーン>は1940年には,他のすべてのイギリス機よりも多数のドイツ軍機を破壊した。
 1940年9月以後はより快速の<ハリケーンIIA>が戦列に加わり,翌年6月までにはIIB(機銃12基装備), IIC (機関砲4門装備)型機も順次配備された。これらは主に対地支援任務に投入され, 空中戦には不向きとなっていたが, <ハリケーン>はいくつもの用途に向くように改造された。……
 ……
 そして翌年【1942年】マークIIDが, 砂漠戦における戦車攻撃機として用いられた。<ハリケーン>の最終生産型はマークIVであったが, これは砲,爆弾,ロケットを装備できる多目的翼を持っていた。この型式は主に北アフリカおよびビルマに配備された。総計2,952機の<ハリケーン>がソ連に送られ, 一部はスキーを装着した。最後の<ハリケーン>は1944年9月製造された。イギリスにおける総生産数は1万2,708機であり, 1,451機がカナダで生産された。
<データ>(マークI) 単座戦闘機, エンジン:ロールス·ロイス·マーリン1,030馬力×1, 最大速度: 510km/h,上昇限度:10,980m, 航続距離:736km,武装:0.303インチ機銃×8。
『第二次世界大戦事典』P524



 あと、この本の記述が非常に面白かったです。

 構造的には鋼管羽布張りと古い形式を踏襲し、また初期型は1000馬力のエンジンに2枚ブレードのプロペラ付きで、性能も平凡であった。しかしまもなく1200馬力の3枚ペラになり、充分実戦に投入できる戦闘機に成長した。
 同機の特徴は強力な武装にあり、7.7mm機関銃8門、あるいは20mm機関砲4門であった。日本陸軍の主力戦闘機一式戦隼のそれが7.7mm、12.7mm各1門であったのと比較するとその違いに驚かされる。
 さらに主脚の間隔を広くとったことで操縦も容易で、高性能ではなかったが、極めて扱いやすい戦闘機と言えた。
 ……
 ところで性能的には高いとは言えないハリケーンだが、適材適所の言葉どおり大いに活躍する。より能力の高いスピットファイアが対戦闘機戦闘を受け持ち、火力の大きな同機が爆撃機を攻撃するという役割分担が成功した。
 ……
 その後、北アフリカなど主戦場からは離れた戦場で、火力を活用して地上攻撃に専念する。このときには20mm機関砲4門に加えて、ロケット弾も威力を発揮した。同機の生産は終戦の1年前には終了したことからもわかるとおり、性能的には限界を迎えていた。
『第二次世界大戦「戦闘機」列伝』P93~97




 ↓OCS『The Blitzkrieg Legend』のハリケーン

unit9954.jpg

 同ゲームに入っているスピットファイア(Spit.I)は3ユニットのみで、4-1という性能ですから、この時のハリケーンはやはり、「スピットファイアより劣った戦闘機だが数はいっぱいいる」という感じですね。



 ↓OCS『DAK-II』のハリケーン他。

unit9953.jpg

 ハリケーンが大量に出てくるのに加え、型が4種類あります。

Hurri.I……3-1
Hurri.IIa……4-1
Hurri.IIc……4-3
Hurri.IId……3-12

 同ゲームのスピットファイア(Spit.Vb)は5-1でそれよりは空戦力で劣りますが、空戦力が4あれば結構役に立ちます。それより驚異的なのはIIdの12という爆撃力で、同ゲームのイギリス軍爆撃機は多くが爆撃力3で、高くても8しかないので、Hurri.IIdは実質的に「最強の爆撃機」として運用されることになるでしょう。これが20mm機関砲4門+ロケット弾による対地攻撃力を表しているのでしょうか。

 こういう記述も見つけました。

 ……戦闘機を改造した間に合わせの機体で対地攻撃をやるしかなかった。迎撃機としての寿命が終わりに近づいていたホーカー・ハリケーンの武装を1941年に代えることで、いくらかの成功がおさめられた。IIC型(20ミリ機関砲4門と爆弾450キロ)やIID型(ビッカースS40ミリ機関砲2門)は北アフリカで敵地上軍に対して猛威をふるい、特にIID型は「タンク・バスティング」(戦車退治)という新しい任務に使われたのであった。
『第2次大戦事典②兵器・人名』P197


 これによると、40mm機関砲2門というのが非常に強かったように読めますね。

 あと4-3という能力値のIIcも空戦だけでなく航空阻止(移動妨害)などに使えて多目的に有用ですし、戦闘機は基地移動しても非活動状態にならないのでその意味でも色々やりようがありますから便利です。



 ↓OCS『Reluctant Enemies』のハリケーン

unit9952.jpg

 型番が書かれていませんが、性能からすると「Hurri.I」ということになりましょう。「Mixed(単一機種のユニットではない、機種混合のユニット)」のシンボルはハリケーンになってますから、このユニットにもハリケーンは含まれていると見て良さそうです。



 ↓OCS『Guderian's Blitzkrieg II』のハリケーン。

unit9951.jpg



 ↓OCS『Case Blue』のハリケーン他。

unit9950.jpg

 ソ連上空でもハリケーンが多数飛んでいたのだな……ということはともかくとして、スピットファイアが1ユニットだけ存在しており、以前OCS上のスピットファイアユニットをまとめたエントリ(OCSユニットで見るスピットファイア (2018/05/18) )で貼る時に見落としていましたね(>_<) そこんとこ加筆しておきます。


 ちなみに『Smolensk:Barbarossa Derailed』にはレンドリース航空機ユニットが存在せず、『Hube's Pocket』にはP39(3-3)が2ユニット、『Baltic Gap』にはB-25((2)-6)が3ユニットだけ存在していました。



 ↓OCS『Tunisia II』のハリケーン

unit9949.jpg



 ↓OCS『Sicily』のハリケーン

unit9948.jpg


 ↓OCS『Sicily II』のハリケーン

unit9947.jpg

 『Sicily』と『Sicily II』でハリケーンのユニット数が違うのは、ゲームスケールが要因というよりはどうも、両ゲームの航空機ユニットの種類と数がかなり異なっていたので、『Sicily II』での再リサーチの結果による変更が理由?

 『Tunisia II』『Sicily II』では、アメリカ軍爆撃機に爆撃力14や17のものが存在しますが、イギリス軍航空機内で見ると、依然としてハリケーンIIの爆撃力12が最強の爆撃力となっています。




 OCS『Beyond the Rhine』にはもうさすがにハリケーンは登場していませんでした。ただ、ハリケーンの後継機であるホーカー・タイフーンと、さらにその改良型であるホーカー・テンペスト(暴風雨:ホーカー社の戦闘機はすべて、嵐関係の名前が付けられていた)がユニットになっていました。

unit9946.jpg

 タイフーンとテンペストについては、これまたこの本の記述が面白かったです。

 イギリス空軍は、スピットの後継機としてホーカー社にタイフーンの設計、製作を命じた。本機は40年2月に初飛行したが、問題続出であった。新開発のセイバー発動機の不具合が顕著で、ほぼ1年就役が遅れている。
 このタイフーンはスピットの後継機というよりも、ハリケーンのそれであった。
 すでに時代遅れとなっている厚翼を採用、その他の装備などもハリケーンを踏襲している。したがってたとえセイバー発動機の不調がなかったとしても、英空軍を背負う戦闘機にはなり得なかったのではあるまいか。それでも本機は3300機も製造されている。
 1943年の後半からタイフーンは実戦に登場するが、制空戦闘機ではなく、もっぱら地上攻撃を担当する任務に就いている。
 この場合、4門の初速の速い20mm機関砲と最大900キロまで搭載可能な爆弾は、恐ろしいほどの効果を発揮した。

 製造を続けながらも、イギリス空軍はタイフーンが主力戦闘機となり得ないことに気がついていた。しかし他の開発計画が存在しなかったことから、どうしてもタイフーンを大幅に改良するしかないという思いに至る。
 そして生まれたのがテンペストである。この2種の戦闘機は、側面のラインこそよく似ているが、平面の形は大きく異なる。
 まず主翼を抵抗の少ない層流翼に変更、平面形をスピットの楕円翼によく似た形に変えている。さらにエンジンの後方に燃料タンクを増設した。
 これらの大改造から、タイフーンの大味のスタイルとは違ってテンペストのそれは引き締まり、これに伴い性能も向上、最大速度は30キロも増えている。
 このようにしてテンペストは次の主力戦闘機に成長したように思われたが、それでもスピットの最終生産型にはいろいろな面で追いつかなかった。
 また本機が就役し始めた頃には、ドイツ戦闘機がイギリス上空に出現するような状況ではなく、もっぱらV-1飛行爆弾の迎撃に出動している。あとの任務はやはり空中戦よりも地上攻撃であった。
 本来ならアブロ・ランカスター大型爆撃機の護衛として、夜間にドイツに侵攻すべきであったが、やはり単座戦闘機にこの役割は無理であった。
 どうもイギリス空軍の戦争後半に登場する戦闘機を見ていると、スピットの性能があまりに良好すぎて、タイフーン、テンペストともに影が薄いと言わざるを得ない。
『第二次世界大戦「戦闘機」列伝』P101~3



56 Sqn-1

 ↑ホーカー・タイフーン(Wikipediaから)


Hawker Tempest V in flight Nov 1944

 ↑ホーカー・テンペスト(Wikipediaから)


 『Beyond the Rhine』上ではSpit.IXが8ユニットで5-2、Spit.XIVが2ユニットで6-2ですから、確かに戦闘機としてはスピットファイアの影に隠れる形になりそうです(さらに、6-4のP51もイギリス空軍に2ユニットあります)。また爆撃機としても同ゲームのイギリス空軍にはモスキートが2ユニットで(2)-9、B-25が2ユニットで(2)-15というのがあり、そちらに最強の座を譲っています。が、4-8や5-8というのはOCSのプレイにおいては汎用に使えて便利なので、確かに影は薄くなるかもですが、大いに存在の意味はあると言えそうな気がします。



 最後に、1/144のハリケーンとタイフーンを持っているので、写真を撮ってみました。

unit9945.jpg

 左側がハリケーンMk.IIc(イギリス空軍 第3飛行隊)で、右側がタイフーン Mk.I B(第451飛行隊 北アフリカ 1943年4月)だそうです。チュニジア戦は1943年5月までなので、このタイフーンはチュニジアの戦いの最後の方に参加していたものなのでしょうけども、『Tunisia II』(あるいは『Sicily II』)でもタイフーンはユニット化されていませんでした。きっとまだ数が少なくて、ユニット化できるほどではなかったということなんでしょうね。

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Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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