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冬の嵐作戦を撃退しコテリニコヴォに入ったソ連軍の様子(付:OCS『Case Blue』『GBII』)

 読了した第二次世界大戦ブックスの『スターリングラード ヒトラー野望に崩る』と、読んでいる途中の『On a Knife's Edge』の両方に、冬の嵐作戦を撃退してコテリニコヴォに入ったソ連軍が戦勝を祝う様子が描かれていて印象深かったので、書き出してみたいと思います。


 まずは『On a Knife's Edge』から。ヴァシレフスキーの回想録からのようです。

 第7戦車軍団がコテリニコヴォを占領してすぐにヴァシレフスキーはこの町を訪れたが、それは忘れられない価値あるものとなった。なぜならコテリニコヴォの占領は、ドイツ軍がスターリングラードに到達することに失敗したということであり、同時にそれゆえに赤軍にとって大きく祝うべきことであったからである。

 その夜は満天の星明かりであった。澄んだ月明かりが凍結した草原に降りそそいでいた。コテリニコヴォの暗い家々のそこかしこで、煙草の先端の微かな光や、あるいはライターの光が揺らめいていた。時折、遠方から機関銃の短いダダダダという音が聞こえた。私は肺一杯に、我が故郷の素晴らしい冬の空気を吸い込んだ。勝利の喜びが私の心を満たし、そう遠くないカスピ海からのそよ風は頬にピリピリと当たり、それが近い未来に我々にもたらされるであろう大きな成功の予兆を表しているかのようだった(注15:Vasilevsky, Lifelong Cause. P.224)。
『On a Knife's Edge: The Ukraine, November 1942 - March 1943』P204




 ↓OCS『Case Blue』の冬の嵐作戦の行われた地域。

unit9988.jpg




 ↓OCS『Guderian's Blitzkrieg II』に入っている第7戦車軍団。

unit9989.jpg

 なおOCS『Case Blue』のシート1には第62、第87戦車旅団ユニットだけが入っているのですが、シート9が「GBII Repeat」になっており、上記すべてが入っています。能力値には違いがないようで、なぜそうしたのか……? 第7戦車軍団のアクションレーティングは高めで素晴らしいですが、第7自動車化歩兵旅団以外の3ユニットは、移動モードだとアクションレーティングが1下がります(>_<)


 次に、『スターリングラード ヒトラー野望に崩る』から。第2親衛軍の参謀長ビリューゾフの回想録からなのでしょうか。

 1942年の最後の日、第2親衛軍司令部でいそがしくはたらいていた参謀長ビリューゾフ少将のところに、第7戦車軍団長ロトミストロフ中将のところから一人の将校がやってきた。かれは新年のパーティの招待状をもってきた。この参謀長は、どちらかというと、きまじめな人だったので、パーティなどとは不謹慎きわまる、とおもったが、おもいなおして、真夜中ちょっとまえに、コテリニコボにある第7戦車軍団の司令部にむかった。
 その途中、焼けただれたドイツ軍戦車のそばをとおった。なにげなくこれに懐中電灯をむけてみると、その戦車はダークイエローの砂漠用の塗装であった。アフリカのロンメル軍におくられるように塗装された戦車だ。肩をすくめて、かれは通りすぎた。
 ロトミストロフの第7戦車軍団司令部にはいって、ビリューゾフはびっくりして足をとめた。そこには高級指揮官たちが、みんないるではないか。参謀総長のワシレフスキーまでいる。
 テーブルの上には、いろいろな果物、フランスのワイン、オランダのチーズ、デンマークのバターとベーコン、ノルウェーのかんづめのいろいろ。みんな“ドイツ人にだけ”と印がついていた。ロトミストロフが口をきった。
「われわれの兵士は、ほとんどみなドイツ語が読めないので、これをぶんどってきたのだ。だが、ローソクだけはヒトラーにおくりかえさなければならんな。第6軍の葬式につかわせるためにね」
 この数日前、第6軍もクリスマス・ディナーのお祝いをした。メニューはパン150グラム、肉75グラム、バター30グラム、コーヒー30グラムであった。

『スターリングラード ヒトラー野望に崩る』P180



 ちなみに、『On a Knife's Edge』で前掲のページのちょっと前に、第6装甲師団の一部部隊もクリスマス・イブを祝えたことについて描いてありました。

 ラウスの師団【第6装甲師団】の一部の部隊はクリスマス・イブに、Potemkinskayaの町の中で何とか短い休息を取ることができた。そこにはドン川を渡るための橋が組み立てられており、彼らは割り当てられた少量の、砂糖入りの暖かいワインを飲み、師団の楽隊が演奏するクリスマス・キャロルを聴いたのだった。
『On a Knife's Edge: The Ukraine, November 1942 - March 1943』P198


 「Potemkinskaya」というのは、ニジネ・チルスカヤの少し南の、ドン川の東岸であるようです。

 ソ連軍の輝かしい勝利と、ドイツ軍の置かれた厳しい状況が対比的ですねぇ……。


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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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