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『ナチスの戦争1918-1949 - 民族と人種の戦い』を読了しました

 『ナチスの戦争1918-1949 - 民族と人種の戦い』を読了しました。





 ナチスが人種差別主義で、ホロコーストなどの悲惨な行動を色々としていたことはもちろん巷間知られているわけですが、この本はむしろ、「ナチスの目標は徹頭徹尾、人種差別主義(優生主義)に基づいて絶滅させるべき人種を滅ぼし、その空いた土地にドイツ人のための生存圏を確立することだった。戦争はその為に起こされたのであり、そしてその目標以外のことはナチスにとってはまったくどうでもいいことだった。」というようなことが書かれているように思いました。

 私はこれまで、そこまでの認識はなく、「悪=黒」「悪というわけではない=白」とすると、ナチスは「基本グレーの中にところどころ黒い部分がある」くらいの感覚でいたのですが、この本の感覚からするとナチスは「恐るべき真っ黒」という感じがしました。尤も、ヒトラーは東方に生存圏(レーベンスラウム)を求めたことについて、アメリカは西部のネイティブアメリカンを絶滅させてそこに生存圏を得たのに、ゲルマン民族がそれをして何が悪いのかという感覚であったらしいですし、人種差別は当時どこの国でも大なり小なりあったことではあります。

 また、「国防軍神話(ナチスが悪かったのであって、国防軍は完全に潔白であったという神話)」に対して、国防軍の将軍達、具体的にはヘープナーライヒェナウ、そしてマンシュタインなどが東部戦線で人種差別的・人種撲滅的な命令を出していたり、あるいは一般の兵士達もナチスのプロパガンダやナチスから受けた恩恵、歴史的な恨みやあるいは前線での余りの厳しさによって東方の人種自体を消滅させていくのが当然と考え、そして実行していくようになっていく……。

 国防軍神話に関する指摘はちょっと前から大木毅さんの記事などでいくらか読んでいましたが、『Sacrifice on the Steppe』による具体的記述などで私は本当にショックを受けました(→東部戦線のナチス・ドイツ軍兵士の蛮行や残虐性について (2017/07/17) )。これらのことを知る前には私もご多分に漏れず国防軍について「真っ白」というイメージを持っていたと思うのですが、もちろんこれらの蛮行に反対であったり嫌悪感を感じた将軍や兵士達がたくさんいたものの、特に東部戦線では「かなりのグレー」というイメージを持つに至っています。

 『大いなる聖戦』でも、その書名自体が「ナチスの人種差別戦争に対する聖戦」という意味で付けられており、この本は「連合軍はいいもんだった」という見方にも色々異議を唱える本であるのですが、それでも、ドイツ第三帝国が勝っていたとしたらこの世界は今よりもっともっとひどい世の中になっていたであろうし、それを防いだ連合軍の戦争努力は聖戦と呼べるものだった、としています。



 ただ、「人種差別主義」ということについて言えば、第二次世界大戦後の世界においては少しずつましになっていき、10年くらい前の頃には、アメリカのインテリ層の中で「中東や中国は、民主主義化されることは不可能であろう」と述べると周りの人間から「とんでもない人種差別主義者だ!」と非難されたそうですが、その後の展開は「確かにそれらの地域は民主主義化は困難であることを認めざるを得ない」という感じになり(私はしかしそれは人種の資質の問題でなく、背景の文化とかが原因だと思いますが)、世界中にかつてよりどんどん人種差別主義者が増えてくる感じになっています。そしてまた、数年前に年間1位のベストセラーになった『言ってはいけない』の続編である『もっと言ってはいけない』で述べられているのは、「近年の研究では人種的な能力の優劣はある程度存在するようだ」というようなことであったりします。




 ナチスの社会ダーウィニズムの言っていることも非常に極端でしたけども、一時期の「全ての人種、人間に能力の差はない」というような考え方も実態から乖離しており、その中間のどこかが実態に近いのでしょう。



 この本で個人的にかなり興味深かったのは、↓の段でした。

 他の強制収容所と同様に、ミッテルバウ=ドーラにも人種ヒエラルキーがあり、ユダヤ人が底辺でとくに過酷な扱いを受けていた。しかし意外に思われるかもしれないが、とりわけたいへんだったのはイタリア人である。1943年7月のムッソリーニの失脚後、数百人のイタリア人が収容所に入れられていた。イタリア人に対する厳しい扱いは、ナチの戦争を興味深いものにしている。
 ムッソリーニ政府の崩壊後、枢軸側で戦い続けることを拒否した約60万のイタリア人部隊はドイツに移送され、ソヴィエトの労働者と同じ過酷な状況で働かされた。このイタリア人戦争捕虜も、劣等人間とみなされたのである。かつてのファシストの戦友に対し多くのドイツ人が長い間抱えていた偏見が、このときになってあからさまに示されたということだろう。さらに、戦争の最後の2年間に、国防軍は占領し続けていたイタリア北部での一連の大虐殺にかかわっている。この虐殺により、9000人以上のイタリア市民(14歳未満の子供、少なくとも580人を含む)と1万1000人の兵士の命が奪われた。不実な同盟者だったイタリア人に対する復讐願望が偏見と結びついて、破壊的な人種ヒエラルキーにおけるイタリア人の位置づけが決まったのだと言えよう。
『ナチスの戦争1918-1949 - 民族と人種の戦い』P207,8


 強制収容所でのイタリア人の件は全然知りませんでした……。

 あるいは、『イタリア現代史 第二次世界大戦からベルルスコーニ後まで』という本には↓のように書かれていました。

 他方、サロ共和国は、ドイツ軍の厳しい統制下に置かれていた。労働者がドイツに徴用されたり、イタリア軍が独ソ戦の渦中にある東部戦線に送り込まれたりするなど、戦争遂行計画に組み込まれた。ダッハウやアウシュビッツなど絶滅収容所へのユダヤ人移送が加速したほか、北東部のトリエステ近郊に小規模ながら絶滅収容所が設置されるなど、迫害も目立つようになる。
『イタリア現代史 第二次世界大戦からベルルスコーニ後まで』P23



 ドイツ兵がイタリア兵につらく当たる気持ちは分からないではないのですが、一方イタリア兵にとってはどうだったのかということについて、これまで収集した資料でもってまとめたいと思っています。

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 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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