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OCSユニットで見るイタリア軍のサヴォイア・マルケッティSM.79,SM.81,SM.82,SM.84(爆撃機&輸送機)

 『第二次世界大戦事典』をパラパラと見ていて、たまたま目にとまった、イタリア軍の爆撃機SM.79に関する記述に、大いに興味をそそられました(特に、「連合軍の軽蔑は不当と言える」の所に!)。

参考:日本語版Wikipedia「サヴォイア・マルケッティ SM.79」

サボイア-マルケッティ SM79スパローホーク(スバルピエロ) /
Savoia.Marchetti SM79 Sparrowhawk(Sparviero)
 初めは民間輸送機に擬装されていた3発エンジンSM79Iは, 1936年末に航空界に登場し、スペイン内戦において陸上爆撃機および雷撃機として、両方で素晴らしい成功を収めた。1939年10月初めて配備された新しいエンジンのSM79IIは,第二次世界大戦で多目的に使用され、同じように成功を収めた。頑丈で操作し易いSM79IIは、困難な条件下でも勇猛に戦い、連合軍の軽べつは不当といえる。1944年初頭まで製造が続けられ、最後の型はパイロットの頭上に20ミリ砲を追加装備したSM79III であった。あらゆる型のスパルビエロが1,200機イタリア空軍で使用され、輸出されたのは100機程度にすぎなかった。多くは低速で双発のSM79B型であったが、1.200馬力ユンカースエンジン2基を装備したルーマニア製SM79JRは、1941~44年にかけて東部戦線で戦った。
『第二次世界大戦事典』P206,7




Savoia Marchetti SM 79 Sparviero in volo

 ↑SM.79(Wikipediaから)





 SM.79はOCSでも良く見ていたような気がするのですが、改めて見てみると『DAK-II』にだけ登場していました。

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 尤も、(1)-4という数値は割と悲しい数値です(^_^; 3ユニット程度まとめて、12爆撃力で爆撃とかですかね……。

 その頑丈さについては、例えば『イタリア軍入門』に「信頼性が高い多目的爆撃機で、頑丈で激しい被弾にも耐えることができた。」(P206)と書かれているのですが、別の資料にはこんな風にもありました。

 イタリア参戦時、スパルビエロは爆撃機隊の主力としてフランス南部やマルタ島爆撃、東アフリカ(エチオピア)、北アフリカ(リビア)の作戦などに投入された。
 これらの戦場でSM.79は意外なもろさを露呈して、スペイン内乱で得た名声をたちまち失う結果となった。例えば、マルタ島や北アフリカでは7.7ミリ機銃4挺しか持たない複葉のシーグラジエーターにも撃墜され, ハリケーンに対しては更に脆弱だった。北アフリカには1940年夏に100機余りが派遣され、その後の補充機を入れれば200機を超えるスパルビエロが送り込まれたが、1941年末には30機程度しか残っていなかったというから、その消耗の激しさが想像される。SM.79は、イタリアでは最も多数生産された爆撃機だった。しかし、輸出型を入れてもその生産数は1300機を少し超える程度で、とても連合軍とまともに戦える勢力とはなり得なかったのである。
 大戦中、SM.79がわずかに輝きを見せたのは、イタリアの庭ともいえる地中海での雷撃作戦であった SM.79は、1941年から42年にかけてマルタ島救援に向かうイギリス輸送船団をたびたび襲い、計9万トン以上の艦船を沈め、護衛任務に就いていた数隻のイギリス巡洋艦に重大な損傷を与えることに成功している。
『第二次世界大戦の「軍用機」がよくわかる本』P255




 SM.79は双発機ではなくて三発機なんですが、その理由と、双発機へと改造されてルーマニア等へ輸出された事情について、前掲書ではこう書かれていました。

 他の列強にはほとんど3発機が見当たらないのに、なぜイタリアだけ3発機が多いかというと答えは簡単。適当な大馬力エンジンがなかったからだ。イタリアの航空機用エンジンは1000馬力が限界で、それ以上に強力なものは、ドイツから技術供与されるまで実用化できなかった。
 ……
 SM.79はスペイン【内戦】で活躍しただけでなく、1937年にはイストル(フランス)-ダマスカス(シリア)-パリ間レースで優勝したり、1938年に長距離改造型がローマからリオデジャネイロまでダカール (セネガル)で1回給油し、平均時速404キロで飛行するなど、高性能ぶりを世界にアピールした。
 このため外国からの引き合いが多数舞い込む状況となり、輸出型が開発された。他の国では3発機に馴染みがなかった理由から、外国製エンジンの双発型とされたものを含め、イラク、ブラジル、ルーマニア、ユーゴに計100機以上が輸出された。当時の爆撃機は機首に透明風防の爆撃手席を持ち、爆撃の照準を行うのが普通だったから、双発型を望む国が多かったのである。
 ルーマニアは第二次世界大戦でドイツ側(枢軸国側)に付いて戦い、フランス製のノームローンK14空冷星型(1000馬力)、ドイツ製のユモ211液冷(1200馬力)の双発型をそれぞれ24機ずつ輸入し、少数機の国産も行っている。
『第二次世界大戦の「軍用機」がよくわかる本』P252,254





 ルーマニア軍のものは、『Case Blue』でユニット化されていました。

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 「JIS.79」とあるのは、英語版Wikipedia「IAR 79」によると、「Jumo Italian S.79」(ユモエンジンに換装されたバージョンをイタリアで生産してもらったサヴォイア・マルケッティ79)ということらしいです。



 SM.79について、先日購入した『第2次大戦事典②兵器・人名』でも見てみたのですが、非常に興味深い書き方がなされていました(買った価値ありまくり!)。個人的には、結構淡々と事実を羅列されるよりも、こういうある程度以上の主観的な価値観が入った情感のある説明が好きです。あと、翻訳者が訳注を入れてくるのも面白い(^^)

イタリア
 2つの世界大戦の間の平和時に戦略爆撃理論に革命をもたらしたという点でジュリオ・ドゥーエは重要な人物であったが、母国イタリアの空軍では戦略爆撃は重視されなかった。1930年代にムッソリーニが新しい「ローマ帝国」建設に乗り出した時、彼に必要だったのは、原住民を服従させるのに役立つ「植民地」爆撃機であった。このためには、航続距離、頑丈さ、爆弾搭載量などが速度や武装などより優先的に求められた。そのように設計された爆撃機が第2次大戦に投入され、戦術的および戦略的任務の両方に使われると、対空砲火や迎撃戦闘機の反撃に直面して大きな被害を出すことになった。このため、イタリア爆撃機は設計がまずかったとか、航空技術のレベルが低かったとかいわれている。そのような評価がまったく間違っているとはいえないが、爆撃機自体にとっては迷惑な話である。それらは、当初設計された目的から程遠い任務を遂行しなければならなかったからである。
 その好例はサボイア·マルケッティSM79スパルビエロ3発中型爆撃機であろう。これは第2次大戦全期にわたって多用された機体であった。1934年10月に初飛行した旅客機(乗客8人)を改造したもので、 2年後に爆撃機として就役した時には、背中が丸い不格好な姿となっていた(訳注 このため、本機にはゴッボ・マレデット《せむし》というアダ名がついた)。エチオピア侵攻作戦やスペイン内乱でSM79は実戦の経験を積み、頑丈で信頼性が高いことを立証した。1939年には一部が雷撃機に改造されて、1940-43年にわたって大活躍した(訳注=魚雷《弾頭重量200キロ》 2本を胴体下面に並列に装着した)。爆撃機としてのSM79の性能は決して悪いものではなかった。最大時速は430キロ、作戦航続距離は1930キロ、爆弾搭載量は1 トンであった。しかし、武装が貧弱だった。12.7ミリ ブレダ・サファット機銃3丁と7.7ミリ ルイス機銃1丁がやっとだった。馬力不足も次第に感じられるようになり、アルファ・ロメオ126RC34 空冷780馬力エンジンがピアジオP11RC40空冷1000馬力に代えられたが、性能はあまり向上しなかった。連合軍の戦闘機は比較的容易にSM79を撃墜でき、低性能機とされて第一線から引退させられた(訳注=SM79シリーズは1934~44年に総計1330機が生産された)。
 SM79と同じく、サボイア・マルケッティ社が設計・生産したSM81ピピストレロも同じような扱いを受けた。SM81の場合は当然であった。SM73旅客機の改造から生まれた爆撃機として、 1935年に初飛行したSM81は1940年までに旧式機となっていた。ピアジオP10空冷低馬力エンジンを装備し、固定脚のSM81は、最高時速はわずか340キロ、武装も貧弱で、脆弱な機体だった。それでも、設計時には予想もされなかった夜間爆撃任務に1942年まで使われた(訳注ピストレロ(こうもり)という愛称はこれから生まれた)。
『第2次大戦事典②兵器・人名』P222,3



 ↑でSM.79に次いで出てくるSM.81はこれまた『Case Blue』でユニット化されていました。また、『Tunisia II』では「Mixed(各種機体の混合)」となってますが、グラフィックはSM.81のもののようです(上が『Case Blue』、下が『Tunisia II』のもの)。

unit00517cb.jpg
unit00523.jpg


 本の中では酷評(というか、可哀想扱い)されていますが、このユニットはむしろ非常に便利です。『Case Blue』における爆撃力10はほどほど(尤も、日本語版Wikipeidaの中で「第二次世界大戦の開戦時には爆撃機としての能力は二線級であったが、信頼性も高く最も融通の利く機材として1944年まで使用された。 」とあるのから考えると破格)ですが、輸送力が1Tというのが素晴らしい! ドイツ軍でも、Ju.52は1TですがHe.111なんかは1/2Tですから……。

Savoia-Marchetti S.M.81

 ↑SM.81(Wikipediaから)


 SM.81に関しては『第二次世界大戦事典』でも項目化されていました。

サボイア-マルケッティ SM81 バット(ピピストレロ)/
Savoia-Marchetti SM81Bat (Pipistrello)
 1935年から使用されていたバットは, SM73旅客機の軍用機型で, 1940年6月イタリアが参戦した時には,ほとんど時代遅れになりかけていた。それにもかかわらず,この多目的に使用できる重宝な実用機は, イタリアの各戦場で使用された。生産は1941年に終了したが, SM81は翌年まで東部地中海で第一線夜間爆撃機として使用され,その後は効率的とは言えなかったものの,最も数多いイタリア輸送機となった。
『第二次世界大戦事典』P207



 英語版Wikipedia「Savoia-Marchetti SM.81」を見ていると、「この飛行機は、大きな翼と頑丈な下部構造を持っており、信頼性が高くて心地よい飛行性を持ち、そしてあらゆる地形において作戦行動が可能であった。【設計】当時としては驚異的な速度を持ち、そのエンジンは、特に類似のJu.52と比べて、パワフルであった。」と書かれていました。武装や積載量でもSM.79より強力であったようですが、装甲はほとんどなく、戦争中には速度的にも敵戦闘機に捕まるとどうにもならなかったようです。輸送機としてどれくらい人員等を積めるのかを知りたかったのですが、よく分からず……(爆弾なら2,000kgまで積めたようです)。



 他のサヴォイア・マルケッティ社の機体を探してみると、SM.82という機体が『DAK-II』に1ユニット、『Tunisia II』に2ユニット、『Sicily II』に1ユニットありました(↓その順に上下に並べてます。『Sicily II』は縮尺が異なるので航続距離の数値が大きくなっています)。

unit00520.jpg
unit00518tunisiaii.jpg
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Savoia Marchetti SM 82 Vigna di Valle

 ↑SM.82(Wikipediaから)

 このSM.82も初飛行は1939年と戦前ですが、前2者よりも近代的なフォルムになっている気がします。日本語版Wikipediaには項目がないのですが、「航空機データベース」というサイトに、詳しい説明がありました。

サヴォイア・マルケッティ SM.82カングール

 同サイトによると、「ペイロードは最大7.2トンに達する。ガソリンは2200リットル、航空機エンジン6基、CR42戦闘機も分解して1機丸々を運ぶことができた。この他、兵員は正規で40名、詰込みで短距離輸送であれば67~70名、完全武装の空挺隊員で28名を輸送できる。」とあり、機体の大きさもSM.81より大きかったようです。ちなみにJu.52は17名であったようでSM.82はほぼ倍積めた? アメリカ軍のC-47は武装兵28名を積めたそうで、ほぼ同じでしょうか。

 英語版Wikipedia「Savoia-Marchetti SM.82」を見ていると、北アフリカ戦線ではロンメルの登場時あたりから爆撃機として小数が投入され始めたようですが、そのうちに輸送が主任務となっていったようです。チュニジア戦の頃にはある程度の機数でもって輸送任務に活躍したそうです。実際、『Tunisia II』においては航空輸送なしでは、特に枢軸軍はどうにもなりませんから、SM.82はありがたい存在です。


 さらに、『Sicily II』にはSM.84というユニットが2つ出てきますが、これはSM.79の後継機だそうで。

unit00522.jpg

Savoia Marchetti SM.84

 ↑SM.84(Wikipediaから)

 日本語版Wikipedia「サヴォイア・マルケッティ SM.84」によると、「SM.84はSM.79より空力的に洗練された近代的な機体であったが、速度的にはSM.79後期生産型の最高速度はSM.84を上回っており、運動性能はSM.79よりも悪化した。また、エンジンの出力不足や信頼性の欠如により離陸が困難になる傾向があった。この為、乗員からの評判はあまりよくなかった。 」とあって、ちょっと悲しいです(T_T) 尤も、『Sicily II』においてその爆撃力10は重宝するのではないでしょうか。


 イタリア軍の爆撃機の種類には他にもOCSでユニット化されているものがいくつかあるのですが、それらは興味が湧いた時にということにして(その機会はないかもしれませんが:p)、今回はサヴォイア・マルケッティ社のものだけで。


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Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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