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第二次世界大戦で騎兵はなぜ廃れたのか?

 『パットン対ロンメル』を読んでいっているのですが、その中に騎兵のダメな点が何カ所かに書いてありまして……で、そこらへんを再度まとめようと思いました。


 ↓が使用した資料です。



 ただ、『The Cavalry of World War II』はどうも写真集+キャプションという感じの本であるらしく、私は字が多い本の方が好みであるので買っていません。引用はその書評からのものです:p




■戦闘外での脆弱性

 『パットン対ロンメル』に多く書かれていたのは、戦闘自体における騎兵の脆弱性ではなくて、戦闘以前に馬が使い物にならなくなることの多さでした。

 アメリカ海外派遣軍に参加した砲兵隊にとって1918年秋の状況は、馬の限界を疑いの余地なく示していた。使い物にならなくなる馬があまりにも多いため、1919年の作戦行動では、軽砲兵連隊の約半分で牽引の馬を小型トラクターに変えるという提案もなされた。
『パットン対ロンメル』P110

 「騎兵隊の血統の良い馬」は、実際は非常にか弱い大型哺乳動物であり、定期的に穀物と大量の水を与え、手際よくこまごまと世話をしなければ、健康な状態を保つことはできなかった。1930年代ともなると、車輛はしじゅう調子をみる必要もなく、整備をしくじったとしても、馬の世話に失敗したときよりも結果はましだった。古参の騎兵がインディアン戦争を懐かしむこともあるが、その話には肝心な点が抜けている。諸兵科連合で遠征を行なったはいいが、騎兵隊の馬が「ばててしまい」、インディアンが「ウォーク·ア·ヒープス (walk-a-heaps)」と呼んだ歩兵がいなければ、任務を遂行できなかった場面が何度となくあったのだ。
『パットン対ロンメル』P112

 だがイギリスの騎兵隊は、第一次世界大戦中に中東で貴重な経験をしていた。1917年末、パレスチナでの作戦の終盤、騎兵隊による大規模側面包囲攻撃が最高潮に達したとき、多数の馬が水不足で死にかけたのだ。これを回避するためには、無謀な突撃を行って、トルコ軍に井戸が吹き飛ばされないうちに、ベールシェバを占領しなければならなかった。メソポタミアの夏は非常に暑い。だから1917年には、アメリカ製T型フォード車を使った即席の自動車化部隊が、暑さにやられた馬に代わって騎兵隊の偵察任務を行っていた。フォード車がオーバーヒートしても、しばらく停止して水を少量入れればたいていはもとに戻れたが、馬がオーバーヒートすると、銃殺するしかなかったのだ。
『パットン対ロンメル』P112


 これはつまり、騎兵は移動しなくても、あるいは移動したら、使い物にならなくなる可能性がかなりあるということ?

 また、ナポレオニック関係の本なんかでも、馬の世話には大変手がかかる&時間がかかるとか(これが第二次世界大戦時にはどれくらいの時間と手間だったかができれば知りたいのですが)、どんなに戦闘において急いたタイミングであろうとも定期的に餌をやらなければならないとか(例えば、カトル・ブラの戦いの最中に戦場に駆けつけたイギリス軍の騎兵が戦場について最初にやったのは、馬の食事だったというような)、馬の食べるものにしてもそこらへんに生えている草を食べさせられば良いというものではなく、特定の草しか食べないため、ロシア遠征では大量の飼い葉を運ばなければならず、「馬はフランスに対する忠誠心がない」と嘆かれたとかってことが書かれていたような気がします。




■非効率性

 それから、騎兵を維持するためには膨大かつ独自の補給品が必要であるということ。

 馬の飼料のように嵩ばらないガソリンで動き、移動しなくても決まった時間に餌をやり面倒を看なければならない馬と違って、走行距離に応じて整備すればよい自動車による砲の牽引はそれだけで革命的な効率を示していました。
『「砲兵」から見た世界大戦』P43

 【ドイツ軍の】第1騎兵師団は【1940年の西方戦役の】この時点まで、ドイツ国防軍にとって大いに役立つ存在であった。2000km以上の距離をこの西方戦役の期間中、単独で横断したのである。だが問題がいくつかあり、そのうちの大きな一つが「他の部隊とは異なる補給品を必要とすること」であった。そもそもドイツ国防軍は、フランス軍に比べてその組織編成が多種多様であった。過度の多様性は、軍隊組織においては時に弱点となる。様々な部隊が他種多様な補給品と、多種多様な保守活動を必要とすることになるのである。その為に必要な補給物資は膨大なものになり、補給問題は複雑化し、補給線に多大な負担をかけることになった。ドイツ国防軍の補給システムは対仏戦の開始時からすでに非常に複雑であったが、戦争の経過と共にそれはますます悪化するばかりであった。補給システムを効率化する試みが必要とされていたのである。ところが、騎兵師団が必要とする補給物資は特殊で、かつ膨大であった。飼い葉、穀物、馬の専門医、馬蹄工、等々の要求は、すでにギリギリであった補給システムに負担をかけるばかりであったのだ。上級司令部は、騎兵師団を維持することの必要性に疑問を感じ始めていた。
『Axis Cavalry in World War II』P11


 飼い葉は人間の食糧よりも多くの体積を占有しただろうと思います。馬の体重は数百キロにもなりますから、それを草(と穀物?)だけで維持し、また走るためには膨大な量と、また食べる時間を必要としただろうとも……。専門医や馬蹄工がそんなにスペースを必要としたとは思えませんけど、必要なものの種類が増えるのはいやだったでしょうね。

 尤も、『大いなる聖戦』に書かれていたんですが、ドイツ軍は(また恐らく日本軍も)様々な種類の兵器を開発・生産するという傾向性であったため、イギリスよりも国力が大きかったのに、戦車や航空機の総生産数ではイギリスにも負けてもいたそうで、読んでいて思わず天を仰ぐというか……。多品種が存在するというのはロマンはありますが(また、プラモデルなども色々出せますが)、効率性においては少品種大量生産の方が良いということですよねぇ……。




■攻撃力・決定力のなさ

 それから、重火器を運べないことによる攻撃力・決定力のなさです。ナポレオン時代には重騎兵が会戦を決定づける兵種とみなされていました(実質がどうであったかは論争があるとしても)が、第二次世界大戦においては、騎兵は攻撃力においては歩兵にも劣るということになったのだと思います。

 Mueller-Hillebrandの『Horses in the German Army 1941-1945』にはこう述べられている。「騎兵の最も有利な点は、道路のないような地域で機動的な作戦が行えることだった。長距離を迅速に移動できる能力では自動車化部隊に及ばないのは確かである。しかし、木がうっそうと生い茂る場所やぬかるんだ地形においては騎兵は自動車化部隊よりも動きやすかったし、同時にそれらが機甲部隊からの攻撃に対する防御を容易にもしてくれた。だが勿論、あっという間に決定的な勝利を摑むことのできる可能性を持った大砲や重火器などを騎兵が常に帯同できないことは、深刻な弱点であった。」
『Axis Cavarly in World War II』P11

 この本は「重い」衝撃力としての騎兵の以前の有用性の低下と、その役割が戦車によって取って代わられたことを明らかにしている……
『The Cavalry of World War II』の書評から

 騎兵隊の伝統主義者でさえ、装甲車の利点は理解していた。路上を迅速に移動でき、機関銃や軽砲は装甲板で保護されている。乗馬部隊の先に立って偵察を行い、機動火力支援をもたらすこともできる。その機動火力支援は、騎兵隊が行おうとすれば、その存在理由である機動性と柔軟性を大きく犠牲にしなければならなかった。
『パットン対ロンメル』P113


 第二次世界大戦時のソ連軍騎兵の写真として、サーベルを振りかざした騎兵達のものとかを見たことがあるんですが、サーベル突撃では軽機関銃にさえやられてしまうような……。しかし、騎兵が銃を持ったとしても当たりにくそうです。下馬して後は歩兵のように戦うという手もあると思うのですが、それで重火器を持つ(運ぶ)場合には機動性が犠牲になった、と……。




■戦闘における脆弱性、ゲリラ戦には有効


 それから、恐らく馬が装甲化されていない(当たり前ですが)ことにより、攻撃のための前に出ると機関銃とかに対して脆弱すぎるという問題。ただし、脆弱ではあるが、神出鬼没とかしてゲリラ戦をするには有効と……。

 この【1941年7月15日の】回状では、騎兵の大規模な拡張も指示しており、各3447騎から成る軽騎兵師団30個の新設を定めていた。これを受けて、年末までに騎兵師団の総数は82個に達するようになったが、高い損耗率のため、12月末にはこれらの師団は騎兵軍団へと吸収された。
 ブジョンヌイのような内戦時代の指揮官は、戦場での馬の脆弱性を無視して、この時期においてもまだ騎兵によって軍の機動性を取り戻そうとしていた。ドイツ側は騎兵隊をどうしようもない時代錯誤だとして軽蔑する傾向にあった。だが、すべての輸送手段が欠乏している状態では、他に方法がないことをソ連側の指揮官は知っていた。1941年から42年にかけての冬、すべての機械化部隊が寒気と雪のために動かなくなった時、騎兵師団(それに新設のスキー旅団と大隊)は、長距離のゲリラ的戦闘に有効であることを立証した。
『独ソ戦全史』P153

 だがその前日【1941年11月16日】、第44モンゴル騎兵師団が第106歩兵師団に対して、クリンの南西で開けた雪原を横切って反撃を仕掛けた時はソ連側が危なかった。2000騎が砲と機銃によってなぎ倒されたが、ドイツ側に損害はなかった。騎兵は特に冬の戦場で敵を捉えるには有効だが、正攻法での運用をするとあまりに傷つきやすいことが明らかになった。
『独ソ戦全史』P186





 ここらへんをもし、OCSで更にハウスルール化するとすれば、
・戦闘外での脆弱性……移動モードの騎兵は一般補給判定時に、一般補給下であっても1D6の6で1ステップロスする
・非効率性……ルール化難しい……。騎兵は予備モードになれない、ということで代える?
・攻撃力・決定力のなさ……戦闘力とARを下げる
・戦闘における脆弱性、ゲリラ戦には有効……戦闘力とARを下げる
 ……とかとか?



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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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