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『大いなる聖戦』:電撃戦の本質は包囲であり、敵を麻痺させることではない?

 『大いなる聖戦』の下巻を読んでいっているのですが、独ソ戦の後半に入るところで、以下のような記述がありました。

 電撃戦の本質とは、装甲部隊が敵の側面・背後に一重もしくは二重の攻囲態勢を取った上で歩兵部隊が敵を包囲・殲滅することにあり、その目的は敵の野戦兵力を壊滅させることで、しばしば説かれているような敵の指揮通信系統を麻痺させることではない。
『大いなる聖戦 下』P109



 これは、「電撃戦=ショック戦」「攻勢によって主導権を握る」というような考え方に惹かれていた(ただし実行できているかというと、全然できてない)私にとってはちょっと衝撃でした。

 ただ、今やっているOCS『The Blitzkrieg Legend』のプレイで、最初にショック戦を目指した(っぽい)のが全然うまくいかず、2回目で包囲戦をやってみてもしかしてうまくいくかも……? と思っているところであったので、「むむむ? (ある意味)やはりそうなの?」と思った面もありました。


 思い返してみれば、OCS『Guderian's Blitzkrieg II』のタイフーン作戦キャンペーンではものすごい包囲作戦をプレイしていたわけですし、独ソ戦全体を見れば印象深い包囲戦がいくつもあります。

 いっぽうで、西方電撃戦と言われる1940年のフランス戦役では、ドイツ軍装甲部隊がダンケルクへ到達した時に連合軍が片翼包囲された状態にはなりましたが、それ以前にどこかの戦場で包囲が発生したというのは読んだことがないと思います。

 が、尼崎会ではワニミさん共々、「『The Blitzkrieg Legend』でドイツ軍はどうすればいいんだぁ~」と悩みまくっておりまして、史書で見るようなショック戦的な西方電撃戦をやろうとしても、なかなかうまくいかない。でも史書では見たことないけど、包囲戦的な西方電撃戦をやれば、うまくいく? あるいは、史実の西方電撃戦で起きたことも、史書で受けるイメージよりももっと包囲戦に近いことだったのでしょうか。



 あと、先ほどの記述のすぐ後に、ソ連軍のいわゆる「スチームローラー」と言われる広域正面攻勢について書いてあって、これも非常に興味深かったです。

 1943年の夏から秋にかけてソ連軍統帥部では攻勢作戦をどのように展開させるかをめぐって意見の相違が見られたものの、採られることとなったのは縦深突破戦術を排した広域正面作戦で、その理由の一端は、ソ連軍が独軍の装甲部隊の運用方法に、敵ながら天晴れとの感慨と警戒心を有していたことに求められる。一方、単にソ連軍が縦深突破を試みるだけの兵站上の運用力を有していなかったことも理由の一つである。全般的に見て、1943年後半にソ連軍が攻勢用に整えることができた兵站支援態勢は約70マイル進撃するのに十分な程度であり、絵に描いたような包囲戦を展開できるだけの戦備を欠いていた。スタフカは、一つか二つの進撃方向に沿って部隊を前進させるといった攻撃を連続してかけて独軍を疲弊させ、それによって実際の攻勢正面よりもはるかに広い戦線で独軍に退却を強いるよう試みたのである。結果としてソ連軍が行えたのは、敵の兵力を壊滅させるといった外科手術的な勝利を立て続けに挙げることではなく、河川から河川へと連綿と続く、相手を苛立たせるような戦闘であり、その過程でソ連軍が激戦の末に勝利を収められた理由は、特定の攻勢正面に圧倒的に優勢な兵力を集中できたこと、その攻勢正面として独軍の軍相互やその他の部隊単位内部の作戦境界線といった脆弱になりがちな箇所を選定できたこと、攻勢に先立つ時期もしくは攻勢の最中に独軍の装甲部隊の足並みを乱すような意表をつく動きを見せられたことに求められる。
『大いなる聖戦 下』P109,110



 70マイルというとOCSにおいては14ヘクスですが、たとえば『Guderian's Blitzkrieg II』で見たブリャンスク包囲網やヴャージマ包囲網なんかは包囲網を閉じるために左右両側でゆうに30ヘクス以上は兵站を伸ばさなければならなかったような気がします。

 あるいは、『Case Blue』における天王星作戦も包囲戦ですけども、これは14ヘクスでもなんとかなりそうな……。その後ソ連軍は、オストロゴジスク=ロッソシ作戦やヴォロネジ=カストルノエ作戦でやや小規模な両翼包囲戦を成功させていますが、それらで調子に乗って疾駆作戦でアゾフ海への片翼包囲をしようとしてマンシュタインの「後手からの一撃」でやられており、その後は包囲作戦を自重して1943年のスチームローラー作戦になった……ということでしょうか。しかし1944年6月のバグラチオン作戦はかなりの距離を一気に前進した電撃戦っぽく感じているのですが、これは包囲戦でもある?


 ところでマンシュタインの「後手からの一撃」ですが、本書では、

 【1943年】2月にマンシュタインがハリコフで挙げた戦果は実際には過大に評価されており、これまでに喧伝されてきたようなものでもない……
『大いなる聖戦 下』P94


 と書かれていました(^_^;

 この本では、「喧伝されている通説」に対して「そうでもない」という指摘がけっこうあって、そこらへん私は興味深いので、通読したらまとめられたらなとも思っています(ただし私が興味を持って蛍光ペンを引いたところからのみですが)。

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電撃戦の本質とは、
①装甲部隊が敵の側面・背後に一重もしくは二重の攻囲態勢を取った上で歩兵部隊が敵を包囲・殲滅することにあり、その目的は敵の野戦兵力を壊滅させることで、
②しばしば説かれているような敵の指揮通信系統を麻痺させること
ではない。

ここでの問題の本質は、
[電撃戦]の定義を内包的に取るつもりが、史実の事例から外延的に理解しようとしている事にあると考えます。

ホムニムの使用上には誤謬が伴い易いので、「電撃戦①」「電撃戦②」の様に表記を工夫すると分かり良いのでは無いでしょうか。
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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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