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OCS『Tunisia II』第0ターンの連合軍の動き

 以前、エスイグ氏推薦のチュニジア戦の本を入手しました (2018/04/17) で書いていました『Campaign for North Africa』を読み進めていまして、ようやくチュニジア戦のところまで来ました(英文は割と簡単ではありませんでした(^_^;)。トーチ作戦のところは飛ばしましたが……。

 すると、OCS『Tunisia II』の第0ターン(11月12日ターン)にあたる時期の連合軍の動きについて書いてあって、興味を持ったので、ここに書いておきたいと思います。


 ↓『Tunisia II』セットアップ状況(1942年11月15日ターン)

unit00333.jpg

 枢軸軍の最前線を黒線で記しました。その黒線のすぐ西側にいる青いユニットはフランス軍ユニットなんですが、彼らについての情報も探してみたのですが、ほとんど見つけられず……。基本的に元からチュニジアにいたヴィシーフランス軍部隊で、この戦役の直前に枢軸軍側から連合軍側に鞍替えしたもののようです。

 部隊についてある程度の詳細を見つけたのは、↓の真ん中あたりの「Zouv(Zouaves)」というのはズアーブ兵というやつらしい、ということぐらいでした。

unit00334.jpg

 ここの画像にあるイギリス軍第78歩兵師団に関して、時期的には次項の後になるのですが、まず書いておきます。

 イギリス第1軍(これは名ばかりのもので、不完全な1個師団(第78)と機甲師団の一部、幾ばくかの空挺部隊とコマンド部隊、それに1個対空旅団しか含まれていなかった)は11月14日に前進を開始した(この日は、最初の後続部隊がアルジェに下船を完了した日であった)。無理をして急行させればまだ、枢軸軍が相当な戦力を上陸させるのの機先を制して、ビゼルト【1枚目のマップの一番右上の辺りにある港町】に到達できるかもしれないというのが【第1軍司令官】アンダーソンが期待したことであったが、しかし遅すぎたのであった。……
 北側を進む「ハートフォース【小規模な機動部隊から構成されていた(P99)】」は11月15日にTabarkaに到達し、翌日には【第78歩兵師団の】第36歩兵旅団も到着した。「ハートフォース」は11月15日から16日にかけての夜にDjebel Abiodへと前進し……
『Campaign for North Africa』P100,101


 ゲームだと「ハートフォース」に当たる部隊は見当たらず、その代わりに第11歩兵旅団が存在する?




 次に、それより前の話ですが、↓のBone(ボーヌ)という港町に対する攻撃の話を。

unit00335.jpg

 ボーヌの港と航空基地を確保するために11月12日、イギリス第3空挺大隊の2個中隊(312名)による空挺作戦と、同時に2隻の駆逐艦から第6コマンド部隊が上陸作戦をおこなった……。11月14日までに対空火器や整備員、燃料等が送り込まれ、この航空基地でスピットファイアの2個飛行中隊が作戦を開始した。……ボーヌは約2ダースもの艦船を収容できるドックを持ち、アルジェとチュニスを結ぶ鉄道線も走る重要な地点であった。ボーヌはまた、枢軸軍の爆撃機による重要な目標ともなった。
『Campaign for North Africa』P100


 画像(というかVASSAL)では航空基地はボーヌの町にあることになってますが、指定ではすぐ南のヘクスにあるはずです(今エラッタを確認してみたら、新たな記述として「いくつかの航空基地が街の隣にあることに注意して下さい(これはわざとそうしてあるのです)。」と書いてありました)。スピットファイアは画像にありませんが、実際出てきます。フランス軍ユニットについては例によって不明です(^_^;


 次に、前掲画像の下側にいるイギリス第6機甲師団について。

 第6機甲師団の機甲連隊グループと第11歩兵旅団グループの前衛部隊による「ブレイドフォース」が、Souk Ahrasを経由してSouk el Arbaへと向かうように命じられた。
『Campaign for North Africa』P100



 ↓上記引用で出てきた2つの地名を含む画像を↓に置いてみます。

unit00336.jpg

 画像右端にあるSouk el Arbaはゲームをプレイしていても非常に重要な地点にあり、11月16日(つまりゲーム上での第1ターン)に、ここに空挺降下がおこなわれたそうです。

 11月16日に、第1(イギリス)空挺大隊が、アメリカ空軍の輸送機によって、アメリカ軍戦闘機の護衛を受けながら、Souk el Arbaの航空基地に空挺降下をおこなった。フランス軍部隊は友好的であり、援助もおこなってくれた。
『Campaign for North Africa』P100


 ただ、ゲーム上ではここに第1ターンに空挺降下しなくても、普通に第6機甲師団で踏んでいけば良いかと思います。


 史実ではその前日(11月15日)にアメリカ軍空挺大隊が南方で空挺降下しているのですが、これはゲーム上ではすでに降下された状態で始まっています↓。

unit00337.jpg

 その前日には、アメリカ第509空挺連隊(E.D.Raff大佐)の第2大隊が、イギリス空軍のスピットファイアに援護されつつ、Youks-les-Bainsに抵抗を受けずに降下した。その一部の部隊はその後Tebessaへと前進した。
『Campaign for North Africa』P100,101


 なぜイギリスの空挺部隊はアメリカ空軍に掩護されつつ空挺降下し、アメリカの空挺部隊はイギリス空軍に掩護されつつ空挺降下するんでしょうかね……? ゲーム上では、Tebessaへ前進しておかないと枢軸軍側がTebessaの航空基地へノーリスクで部隊を空輸できてしまうのですが、より問題なのは画像左のAin Beidaにある航空基地で、ここは枢軸軍支配下のままなものですから、やはりここへは枢軸軍がノーリスクで部隊を空輸できてしまうのです。ただ、空輸したとしてその後どうやって生き延びさせるかを考えると、メリットとデメリットのどちらが大きいかは良く分からない感じではあります……。


 この辺りの南翼が両軍にとってがら空きで、しかも航空基地の所有権は枢軸軍にあるというのは連合軍プレイヤーにとっては厄介な話で、大木毅さんの「二つの残光 「チュニスへの競争」とカセリーヌ峠の戦い」という記事にはこうあります。

 11月9日、アルジェに到着した【第1軍司令官】アンダーソンは、この【ドイツ軍の】第90軍団を撃破し、チュニスを早期に占領すべく、空挺部隊とコマンド部隊などと協同し、ブージ【マップよりだいぶ西にあります】とボーヌの港、テベサとガフサ【テベサよりもっと南東の街】の飛行場、スーク・エル・アラバの町などを押さえさせた。本格的攻勢のための準備だったことはいうまでもない。しかしながら、アンダーソンは慎重すぎた。枢軸軍の戦力を過大評価したばかりか、自軍右翼が弱体であるのを危惧し、主力の集結が終わるまで、前進を手控えると決めたのである。
『ルビコンを渡った男たち』P21


 ただ、『Campaign for North Africa』を斜め読みしている感じでは、11月15日までの英米軍の動きはけっこう背伸びして急いでいるように個人的には感じました。大木さんのこの記述は、15日までの話というよりは、15日より後の動きに関する話なのかも……?(いや、全然分からないのですが)



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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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