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補給集積と兵站状況の重要性について:『カセリーヌ峠の戦い1943』から

 『TUNISIA II』のキャンペーンを新たに始めたので、以前読んだ『カセリーヌ峠の戦い1943』に目を通していたら、色々と補給集積や兵站状況についての記述があったので、書き出してみようと思います。





 まず、緒戦の1942年の11月から12月にかけて、兵站の問題でアメリカ軍は第1機甲師団の一部しか前線に投入できなかった件について。

 第1機甲師団は3個の戦闘団(コンバット・コマンド)を有し、それらは任務に応じて師団固有の諸大隊を編合したものであった。11月から12月にかけての段階では、B戦闘団だけが投入された。遠く離れたアルジェリアの策源からでは、1個戦闘団の支援が限界であった。
『カセリーヌ峠の戦い1943』P25




 次に、カセリーヌ峠の戦いの前の時点で、その戦場に展開していた米軍に追加の兵力を送ることができなかった原因が、兵站線の貧弱な状況にあったことについて。

 フランス軍は、なぜモロッコでぶらぶらしている米第2機甲師団をチュニジアに移転させないのか指弾した。しかし、当時のこの戦域の弱体な兵站能力では自ずと展開できる兵力に限界があった。テベサへの鉄道は現状の第2軍団が必要とする補給日量の三分の一しかまかなえなかったので、のこりはトラック輸送に頼らざるをえなかった。トラック輸送隊も数ヶ月に及ぶ酷使でトラックを損耗しきっており、米国からの新品トラックの到着は早くても2月半ばまで待たなければならなかった。この兵站能力の限界こそが、中部チュニジアに展開する米軍の規模を制限した、主たる要因だったのである。
『カセリーヌ峠の戦い1943』P29




 ただ、ここらへんのことはゲームで言うところの一般補給の話ですから、OCS上では一般補給は鉄道線で無限に供給できるので、何も再現されずにどれだけでも前線にユニットを置いておけます(爆)。伝説の『Campaign for North Africa』ならここらへんも再現されるのかもですが……。


 あと、補給集積に関して。マレトラインに対する、モントゴメリーの集積の必要性についてです。

 モントゴメリーの英第8軍にリビアを追われてこのかた、ロンメル軍はマレト防衛線沿いに防備を固めていた。この戦線の状況は比較的に穏やかであった。英軍は補給切れをきたしており、兵站線の再整備に時間を必要としていた。ドイツ軍工兵がトリポリの港湾施設を破壊してきたのが功を奏したのであり、新たな攻勢に備えてモントゴメリーが補給物資の集積を終えるには数週間が必要と思われた。
『カセリーヌ峠の戦い1943』P32



 「攻勢には補給集積が必要」という書き方にばっちりなっていますね。『TUNISIA II』上でどうなっているか分かりませんが……。


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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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