リトルサターン作戦後の連続攻勢でクルスク突出部を形成したのですね

 グランツ氏の『独ソ戦全史』と光文社NF文庫の『独ソ大戦車戦』(第二次世界大戦ブックスのクルスク本を文庫にしたものっぽい)などに目を通していたら、リトルサターン作戦から第3次ハリコフの戦いあたりに至るまでのソ連軍の動きについて、私が今まで意識していなかった興味深い視点が書いてあるような気がしたので、そこらへんのことを抜き書きしてみようと思います。




 その視点というのは、「リトルサターン後のスタフカの狙いは、南方軍集団のハリコフやザポロジェ方面ばかりでなく、中央軍集団の方のクルスク方面にも向けられていた。この2つを同時に達成できると考えたのはまずかった。南方軍集団に向かった方はマンシュタインのバックハンドブローによって撃滅された。クルスク方面でも手痛い反撃を受けたもののクルスク突出部は残り、そしてそれが次のクルスクの戦いに繋がっていく……」という感じのものです(全然既知だという人にはスミマセン。既知でない人向けということで)。

 私個人は、クルスクの戦いにはどうもほとんど興味が持てず(機動戦じゃないから?)、それより前の時代の南方軍集団(というかB軍集団というべきか)の方の戦いにばかり興味を持っているんですが、しかしそれでもってOCSで『Enemy at the Gates』マップばかりプレイしていたらいいのかというと、実は私が今一番興味を持っているリトルサターン~第3次ハリコフの間に、ソ連軍は『Guderian's Blitzkrieg II』のマップの方にも戦力を結構移動させてそこで攻勢している、とかってのは今まで意識していなかった興味深い問題なので、ちょっと調べておこうかな……と。実際の所、『Enemy at the Gates』マップだけでなくてホントは『Guderian's Blitzkrieg II』マップも繋げてプレイしないといけないんでしょうねぇ……。


 というわけで今回、『Case Blue』の『Enemy at the Gates』マップ部分だけでなく、『Guderian's Blitzkrieg II』のマップのデータをVASSALからキャプチャしてきて、それでリトルサターン後に起こったことをその上に描き出してみました。すると『GBII』の一番南の1/3だけで一応ぎりぎりOKなようでした。


 ↓『Guderian's Blitzkrieg II』と『Case Blue』(『Enemy at the Gates』マップを含んでいる)の連結方法
  (画像はOperational Combat SeriesのMap Layout for Case Blue +から)

Map Layout



 『EatG』のA、B、C、Dを今回のバックハンドブローキャンペーンでも使用しているんですが、さらに『GBII』のCとFも追加します。



 ↓各攻勢作戦の開始時の線を上に描いたもの。

unit00108.jpg


 オリジナルの8156×7239ドットのものもダウンロードできるようにリンクを張っておきます。もしよければダウンロードしてもらって、地名などを確認しながら読んでもらえれば。


 さて、それぞれの線ですが、以下のようにしてみました。

黒……1942/12/16:リトルサターン作戦の開始時
赤……1942/12/30~1943/1/13:リトルサターン作戦の終了時から、オストロゴジスク=ロッソシ作戦の開始時まで
緑……1943/1/24:ヴォロネジ=カストルノエ作戦の開始時
青……1943/1/29~2/2:疾駆作戦(1/29)と星作戦(2/2)の開始時
紺……1943/2/18:疾駆・星作戦による最大進出線?
赤紫……1943/3/26:春の泥濘によってストップした線?

 ただし、参照した地図によって様々に違いがあり、適当に取捨選択して描きましたので、「とりあえず」のものであって、信用はしないようにお願いします(^_^;  今気付いたんですが例えば、コマンドマガジン132号P26,27の見開きの「マンシュタインの反撃」地図では、ソ連軍はハリコフのはるか西方(『EatG』マップの西端ぎりぎりあたり)まで行っています。


 さて、まずリトルサターン作戦なんですが……。私は、GJ4号『激闘! マンシュタイン軍集団』で扱われている期間の全部がリトルサターン作戦だと長い間誤解していたんですが、それはもうないとしても、しかしリトルサターン作戦がある意味結構小規模なものだというのは、意識すべきだというような話に最近ワニミさんとの間でなりました。以前『Enemy at the Gates』でもってリトルサターンキャンペーンをやった時には、『激マン』の意識のままプレイして「過大な目標」を持ってしまっていたんですが、そもそもリトルサターン作戦自体が、(ロストフを奪取してA軍集団を含めまるごと孤立させるというサターン作戦を縮小して)とりあえずスターリングラードの包囲が冬の嵐作戦等のドイツ軍の反撃によって破られそうなのが怖いから、薄いイタリア軍の戦線を突破してモロゾフスクやトルモシンを狙い、ドイツ軍がそちらに戦力を振り向けないといけないようにするという、非常に限定的なものだったのだ、と(『From the Don to the Dnepr』P17。また、『失われた勝利 下』P111~5にかけて、マンシュタイン自身が、冬の嵐作戦のための戦力をホリト軍支隊の方向に転用せざるを得なくなったことに関して大きな遺憾の念を込めて書いています)。

 ですからそもそも今回の地図でもあるように、ニジネ・チルスカヤ方面ではソ連軍は攻勢に出ていない(我々のプレイではそこでも大攻勢してましたが(>_<))し、ミレロヴォもどうも、そもそも作戦の主目標からは外れされていたのかも?



 で、リトルサターン作戦の終盤の細かい動きとしては、以前「小土星」作戦、補給を2週間貯めて戦闘1週間分 (2016/10/26) で書いてましたように、

第11ターン(1942年12月24~26日):赤軍がタチンスカヤ、モロゾフスク、ミレロヴォへ到達(「小土星作戦」の目標へ到達)するも、ドイツ軍による反撃も開始される
第12ターン(1942年12月27~30日):ドイツ軍が上記3箇所を奪回し、状況を安定させた

 となり、

12月30日、戦いは小康状態を迎える。1942年の終わりには作戦は新たな段階へ入ろうとしていた。戦いの行方は、どちらが先にさらなる戦力を投入できるかにかかっていた。
 ……
 STAVKAはこうした失敗を、さらなる攻撃によって補おうとした。消耗した第1、第3親衛軍はそのままに、他の戦区で攻撃を行ったのだ。年明けの1月3日、戦線を整理するため、フレッター・ピコ軍支隊戦区で第3山岳猟兵師団がミレロヴォを放棄。チル河畔とドン川南岸にいた第4装甲軍とホリト軍支隊は、ドネツ川下流へと後退を始めた。A軍集団も年明けと同時にようやく撤退を開始した。これに対し赤軍は第5戦車軍、第5打撃軍、および第28軍による追撃を開始、ロストフへのレースが始まったのである。
『GameJournal4号』P16



 とありますから、今回の地図の赤→緑に移行する時の、下半分の部分はそもそもドイツ軍が自発的に退却していったのを、ソ連軍が追いかけたわけですね。

 ↓にもそこらへんの事が言及されていました(中身検索で序章的な部分がだいぶ読めるのです)。



 同時に、南西正面軍と南方正面軍(スターリングラードにいたもの)の部隊はゆっくりではあるが止めようのない西方への前進で、ミレロヴォ、トルモシン、コテリニコヴォ地域を通り過ぎつつ、B軍集団とドン軍集団の部隊をドネツ川北岸とロストフに向かって追いやり、スターリングラードからさらに引き離した。ミレロヴォへの攻勢で、南西正面軍の第1親衛軍、第3親衛軍、第5戦車軍、それにスターリングラード正面軍の第5打撃軍が、B軍集団のフレッター・ピコ軍支隊とドン軍集団のホリト軍支隊をミレロヴォとトルモシン周辺から一掃し、それらの西のアイダル川沿いの町スタロベリスクと、北側を走るドネツ川の南岸にあるヴォロシロフグラードに向かう枢軸軍に圧力をかける。ドン川の南では、南方正面軍(スターリングラードにいた)がドン軍集団の第4装甲軍を西方ロストフへと追いやり……





 それでもって次に、赤→緑の上半分が、1943/1/13に開始されたオストロゴジスク=ロッソシ作戦です。この作戦でイタリア軍のアルピニ軍団が悲劇的な退却行をおこなうことになるので、私が今一番興味を持っている作戦なんですが、入手が容易で言語的に読める資料というのはどうも苦しそうですね~。先ほどの『After Stalingrad: The Red Army's Winter Offensive, 1942-1943』の中で取り上げられていてもおかしくない作戦なのに、取り上げられていないのが泣きです。ただ、この本の中身検索でこのオストロゴジスク=ロッソシ作戦やヴォロネジ=カストルノエ作戦の地図が英語で見られるので、オススメです。

 『独ソ大戦車戦』のP14にはこの作戦の目標の一つとして、「重要なリスキ~カンテミロフカ鉄道線を回復してこの地域を奪回し」というのを書いています。リスキというのは、OCS地図ではSvoboda(スヴォボダ)となっていて、英語の地図ではどうも一貫してLiskiと書かれていますが、後述のロシア語地図だと「リスキ」っぽい綴りの下に括弧付きで「スヴォボダ」っぽい綴りが書かれているので、どっちもありなのでしょうか。カンテミロフカというのはロッソシのさらに南の鉄道沿いの村です。実際この鉄道線がここで分断されているのはソ連軍(プレイヤー)にとって大変つらく、OCSでのキャンペーンプレイ中には「ウラヌス作戦の次はこのオストロゴジスク周辺を掃討すべきだ」という話が何回も持ち上がりましたし、また『激マン』ではミレロヴォやモロゾフスクなどに向かうよりも、まずはこのオストロゴジスクやロッソシの枢軸軍を掃討して鉄道線を開通させるのが定石になっていたように思います。


 1943年1月と2月の戦いに関するソ連軍とドイツ軍の報告はおおむね合致している。リトルサターン作戦とコテリニコヴォ攻勢のすぐ後に、南西正面軍とスターリングラード正面軍はミレロヴォへと、ドン川屈曲部の西へ向かう基点としてトルモシン、そしてロストフへの攻勢作戦を継続した。これらの攻勢の展開と同時に、1月13日にヴォロネジ正面軍と南西正面軍が、ソ連軍の言うオストロゴジスク=ロッソシ作戦によってドン川沿いのB軍集団中、ハンガリー第2軍とイタリアアルピニ軍団を撃滅した(地図2参照)。この攻勢はB軍集団の防衛線に巨大な空隙を作り出し、ヴォロネジ地域の突出部を防御していたB軍集団のドイツ第2軍は南翼から回り込まれる危険にさらされた。B軍集団がこの脅威に対応するより早く、1月24日にブリャンスク正面軍とヴォロネジ正面軍がドイツ第2軍に対するヴォロネジ=カストルノエ作戦と呼ばれる攻勢を開始。第2軍の両翼と正面への攻撃によってソ連軍はその防御線を突破し、ドイツ軍の残余は混乱のうちに西方クルスクとベルゴロドへの退却を余儀なくされた(地図3参照)。
『After Stalingrad: The Red Army's Winter Offensive, 1942-1943』



 実はこの両作戦について、Tinker, Officer, Soldier, Spy-小説家:伊藤薫のページ 第29章:ドニエプル河へである程度の流れが読めるので、ありがたいです(T_T)

 あと、ロシア語ですが、この地図もオススメ。



 それで、ヴォロネジ=カストルノエ作戦+αによって、緑→青の線へと至ります。青の線は1/29か2/2かという感じなのですが、1/29の時点でヴォロネジ=カストルノエ作戦の領域で枢軸軍がまだ被包囲下にあったようです(諸地図によると)。

 この作戦は劇的な成功に映ったようで、ジューコフの目をして、この先のクルスク方面でも大きな成功を収めると予想するようにさせたらしいです。

 これまでの成功を活かすべく、1943年1月下旬にスタフカは南西正面軍とヴォロネジ正面軍に対して、これまでの作戦が完了していないにもかかわらず、文字通り「行軍から出ずる」とも言うべき2つの新しい攻勢作戦を下命した。このコードネーム「疾駆(スカチョク)」攻勢作戦では、南西正面軍の第6、第1、第3親衛軍が、多数の戦車軍団を要するポポフ機動集団の支援を受け、ドネツ川を西方へと渡り、ドンバス地域を通過してドニエプル川へと至り、ヴォロシロフグラードとザポロジェを占領して、しかる後に南進してアゾフ海を臨むマウリポリへと疾駆して、ロストフを通過して西方への退却を試みているA軍集団のみならず、ドンバス地域にいるドン軍集団のすべてさえをも包囲して潰滅させることになっていた。同時に、コードネーム「星(ズヴェズダ)」攻勢作戦では、ヴォロネジ正面軍の左翼の軍(第40軍と第3戦車軍)がスタロベリスク周辺から西方へと前進し、ベルゴロドとハリコフを占領してB軍集団の大部分を潰滅させ、もし可能ならば、クレメンチュクやドニエプロペトロフスク周辺でドニエプル川まで前進することになっていた。ヴォロネジ正面軍の部隊はこれまでのヴォロネジ=カストルノエ攻勢で余りにも劇的な前進を達成していたため、疾駆および星作戦を前にして、スターリンの最高司令官代理であったソ連邦元帥G.K.ジューコフは、ヴォロネジ正面軍の右翼(第38軍と第60軍)に対して、その目標としてクルスクを付け加えさせたほどであった。
『After Stalingrad: The Red Army's Winter Offensive, 1942-1943』




 そして疾駆作戦、星作戦に突入し、青→紺の線へと進むわけですが、紺の線の一番北の辺りで西にぽこっと出た突出部があって、その中心辺りにクルスクがあります。で、ここの紺の突出部とその北にある黒い線を見比べると、一番北西にはブリャンスクがあり、一番東にはオリョルがあり、このドイツ軍側から見たオリョル突出部が、またぞろソ連軍にとっての両翼包囲のための美味しいエサとしてぶらさがってくるわけです。

 かたや南側で「アゾフ海まで突進して片翼包囲だ~!」、かたや北側で「オリョル突出部を両翼包囲だ~!」となったわけですね。分かります分かります(--)(__)(--)(__)


 南側の推移については今回は興味ないので、北側だけのを追っていきますと、『独ソ戦全史』のP299~303に詳しく書いてあります。

 ここにまず、スターリングラード攻囲戦に使用されていたソ連軍大部隊が、その後どのように転用されたが書いてあります。これはゲームをプレイする上でも大いに興味のあるところでした。


スクリーンショット_160405_221


 2月2日にスターリングラードが陥落するやいなや、スターリンとジューコフはただちにはるか北方の新しい場所での包囲のために軍を転進させた。
 ロコソフスキー指揮のドン正面軍司令部と麾下の2個狙撃軍(第21と第65)、それに新編成の第2戦車軍と第70狙撃軍が同時にヴォロネジ、リブニ地区に移動して、そこで中央正面軍を編成するよう命じられた。古参の第16飛行軍と第2親衛騎兵軍団もまたこの地域で配置についた。これ以外のドン正面軍麾下の3個軍(第24、第64、第66)はスターリングラード地区に留め置かれ、ロコソフスキーもしくはヴァトゥーチン、いずれかの正面軍に編入されるべく命令を待っていた。
『独ソ戦全史』P299



 とありますが、ゲームプレイ上では、何はともあれ移動させられるんじゃないですかね~。リブニというのは、青の線の一番北の端の近くにある村です。

 この後『独ソ戦全史』では、2/12からの3つの計画について書かれていますが、その前の時期の攻勢の話として『After Stalingrad: The Red Army's Winter Offensive, 1942-1943』を見ていると第6章が1/26~2/12のブリャンスク正面軍によるオリョル攻勢と、ヴォロネジ正面軍(の第60軍と第38軍:先ほどジューコフが送ったやつ)によるリゴフ(L'Gov)およびスムイ(Sumy)への攻勢を扱っているとあります。後者は、赤紫の線の突出具合がまさにその周辺に存在する形になっています。

 で、2/12からオリョール突出部を包囲殲滅、2/17~25に掃討戦をしてデスナ(Desna)川西岸へ。2/25から3月中旬にかけてはなんと、ルジェフ、ヴィアジマ突出部にいる中央軍集団を両翼包囲してスモレンスクで手を繋ぐ計画だったそうです。

 ↓参考に『Guderian's Blitzkrieg II』マップ。クリックで拡大できます。

GB2Map.jpg


 しかしそんな壮大なことができるわけもなく、『独ソ戦全史』でその困難について詳述されています。ただ、ある程度うまくいった結果だけを書きますと、先ほどのリゴフ(L'Gov)の北西にセブスク(Sevsk)という村がありますが、その方面への攻撃は成功し、3/7までにはそのさらにかなり西方の、デスナ川沿いのノブゴロド・セヴェルスキー(Novgorod-Severskiy)の郊外にまで達したそうです。ところがドイツ軍の反撃と、南方での攻勢が破局に終わったために、そもそも他の戦区での大成功を前提としていたこの方面での攻勢は中止とさせられたのだとか。

 しかしそれでも最終的に、赤紫の線をソ連軍は確保して1943年の春までの戦いを終了したわけで、このクルスクを中心とした突出部が、この後の1943年7月のクルスクの戦いに繋がっていくんですね。なるほど……。


 可能ならこの『GBII』のマップCとFも連結してプレイしたいところですが、机はまだギリギリなんとかなるのですが、部屋のスペース的に無理かなぁ……。ちなみに、『Case Blue』では本来使うマップセットの一部だけでプレイする方法も書かれていて、そうする場合にはプレイヤーは起こってくる問題を「常識的に判断してうまく処理する」ようにするのだそうです(^_^;

 あと、スターリングラードにいた第21軍と第65軍は『GBII』のマップ領域に転用させられたのは史実のようなので、『Case Blue』と『GBII』共用のオーダー・オブ・アライバルの冊子にその転用が載っているかな? と思って見てみたら載っておらず、むしろこの時期には『GBII』から『Case Blue』への転用が数行に渡って載っていました。

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 ゲームをしないウォーゲーマー……でしたが、最近はOCSだけはひたすらプレイしたり情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになりつつありますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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