ドイツ軍はイタリア軍のトラックを奪って撤退したのか?

 先日、OCS『DAK-II』で見るサブラサ、ピストイア歩兵師団 (2017/07/02) の中で、エル・アラメイン戦の後、「ドイツ軍がイタリア軍のトラックを奪って撤退した」というのは、イギリス軍の流したデマである、という話を書いてました。

 再度引用しますと、こちら。

 ロンメルの影響力は非常に大きく、イタリア軍ドイツ軍を問わず兵士の間で人気があり、イタリア軍最高司令部にもアフリカのイタリア軍司令官にも信頼されていた。ドイツ軍とイタリア軍部隊の連携は、一般的にいって大隊レベルまで良好で、これもロンメルによるところが大きい。……
 こうした背景があって、狡猾なイギリス軍は、ドイツ軍が使えるトラックを全部使ってイタリア軍を置き去りにしていった、というデマを流したのである。退却に関する責任は、イタリア軍最高司令部にあったのであるが。実際にはドイツ軍はイギリス軍が流布したことの逆の行動をとっており、撤退命令を聞かされていないイタリア軍部隊を、数多く救っている。第7ベルサグリエーリ連隊は結果的に置き去りにされたが、多くの兵士はドイツ軍によって救われている(生存者は今日でも、当時のことを口にする)。イタリア軍に意図的に情報が伝えられなかったのではなく、ドイツ語を優先した指揮系統に問題があったのだといえよう。
『コマンドマガジン日本版 vol.16』P86




 ところが今、『ムッソリーニの戦い』を見ていましたら、イタリア軍の将校の証言で「車両をドイツ軍に奪われた」という話が出てきました(^_^;

 このような慌ただしい退却の中で、イタリア軍隊の大半が自ら助かるすべもなかったのは極めて悲惨な出来事であった。というのは、車という車はすべてドイツ軍が没収したからだった。この悲劇について、後日、イタリアのある将校は次のように語っていた。
ドイツ兵はイタリア軍の車両をも奪い、勇敢に戦ってきたイタリア兵士を砂漠の真っただ中にほうり出して逃げたのであった。哀れなイタリア兵たちは、敵の猛攻撃や物資欠乏のため犠牲にされたばかりでなく、同盟国軍隊の盟友精神反逆という非道な仕打ちの犠牲となったのである。」
『ムッソリーニの戦い』P248


 他方、リビア戦線に目をやると、ロンメルの退却は依然続けられており、チアーノの日記には、「独伊両軍の不和は意外にも深刻(エジプト国境近くのハルファヤでは両軍兵士の間で撃ち合いがあったという)であるが、それはドイツ軍が大慌てで逃げる時、わが軍のトラックを片っ端から奪い、砂漠に残されたわが師団の多くの兵士たちが飢えと渇水のため死んだからである」というメモをとっている。
『ムッソリーニの戦い』P251



 資料間で言っていることが一致しないのはいつものことなのですが、「両方あった」とかなんでしょうか。イタリア将校側の言い訳に過ぎないという見方も成立するかもしれませんが……。

 一応、『ふたつの戦争を生きて』をさらっと見直してみたのですが、東部戦線で同様のことに関してぱっとは見つけられませんでした。しかし例えばこういう話が載っていました。

 モローゾフカ村で【イタリア軍の】ヴィチェンツァ師団の一大隊と合流するはずであったが、影も形もなかった。ヴィチエンツァの歩兵がひとり、裸足で雪の上に座っていた。その足は凍傷にかかり、すでに腫れあがっている。かたわらにドイツ軍のトラックが一台停まっていた。私は状況を伝え、その歩兵を救護してくられるように頼んだ。だが、ドイツ兵のひとりが、唯一の解決法はピストルの一発だ、と暗示して、こめかみに人差し指をあてがってみせた。ドイツ軍の下士官が割って入って、その《哀れな人間》をトラックに乗せてくれた。ありがたくて、私は下士官の手を握りしめた。
『ふたつの戦争を生きて』P121



 これを読んでも、「イタリア兵につらく当たったドイツ兵もいたが、イタリア兵に親切にしたドイツ兵もいた」ということのようにも思えますが……。


 『雪の中の軍曹』もさらっと見直してみたのですが、そこらへんはぱっとは見つからず。ただ、今回興味深く思ったのが、中にあったハンガリー軍に関する記述。

 【ドン川からの退却中】ハンガリー軍は、全軍の中でもいちばん消極的で、万事につけてどうでもいいといった態度である。彼らの橇には、ラード、サラミ、砂糖、ヴィタミン剤がこぼれんばかりに積まれているが、武器や弾薬はまったく見当たらない。
『雪の中の軍曹』P97



 『雪の中の軍曹』では、イタリア兵は(というか著者)は、何はなくとも武器と弾薬は確保しながら退却していって、必要がある時には必死に戦っていますから、このようなハンガリー軍はいったい退却行をどのようにおこなっていったのか、逆に興味が湧くところです(^_^;

 しかし、OCS『Enemy at the Gates』のプレイでは、積極果敢にドン川を渡って攻めてくるハンガリー軍に私はえらい苦しめられたのですが、国や軍としての士気的にはやはりこういうのは難しかったのだということですかねぇ……。

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 ゲームをしないウォーゲーマー……でしたが、最近はOCSだけはひたすらプレイしたり情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになりつつありますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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