イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由、その2

 イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由 (2017/04/09) というのを以前書いてましたが、別の文献でも2単位師団の利点について書かれているのを発見しました。

 『Rommel's North Africa Campaign』のP19で以下のように書かれています。

 ドイツ軍の山岳師団を除けば、イタリア軍は2個連隊師団を運用していた唯一の列強であった。この編成はエチオピアでの経験から生まれたもので、師団砲兵全部を配置している間にその地域の貧弱な道路網で素早く移動できたこの2個連隊編成の師団による作戦が成功したのである。2個連隊師団は、イタリア本土の他のヨーロッパ諸国との国境の山岳地帯の険しい地形においても有利であった。このいわゆる「2単位」師団のコンセプトは、1個師団が敵の師団を拘束している間に、2つ目の師団がその拘束された敵師団の側面を攻撃するというものであった。




 2単位師団はムッソリーニらの自己満足のためだったという記述もちょっと発見したのがあったので、参考にのっけておいてみます。

 戦争に足を突っ込んでから5年が経過し、様々な、装備の貧弱な植民地の敵軍と戦ってきたにもかかわらず、イタリア陸軍は明らかに近代戦への準備ができていなかった。総動員が1940年5月10日に宣言されており、海外派兵に増援が送りこまれていた。軍の大部分を構成する身体壮健な小作農出身兵は尽きることがなかったが、技術的熟練を持ち、経験を積んだ指揮官はほとんどいなかった。将校団の軍事的能力は不充分であった。1938年の再編成によって、2個連隊しか持たない「二単位」師団が作られた。これらは通常一致する旅団名(1815年のサルディニア王国に起源を持つ連隊2つの)のみならず番号も付けられており、恐らく総計13,000名より成っており - その多くはムッソリーニに幻の軍事力を提供するための単なる骨格に過ぎなかったのだが - 兵力は豊富であったが、装備はそうではなかった。ベルサリエリのような特別な歩兵を除けば、訓練の面でも指揮の面においても歩兵部隊は質が低かった。
『Operation Compass 1940』OPPOSING ARMIES Italian Forcesの項 (Kindle の位置No.204-205)

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