OCS『Tunisia II』で「第999懲罰師団」が活躍した場所

 先日のOCS『Tunisia II』の「第999懲罰師団」ユニット (2017/03/31) に追加です。

 『砂漠のキツネ』に以下の文がありました。

 イデオロギーの錯綜した今度の戦争の暗いシンボルのような事実がある。第999執行猶予師団第1連隊がフルリーデ大佐の支隊とともに、敵2個師団以上の兵力に対し6日間もピション=フォンドゥクの峡谷を守り、アメリカ戦車60台を撃破し、4月13日に友軍が新陣地にはいるのを援護したことである。
『砂漠のキツネ』P349



 「ピション=フォンドゥクの峡谷」というのは、OCS『Tunisia II』の「第47歩兵連隊」ユニット (2017/03/29) で挙げていました地図の、第47歩兵連隊が進撃した首元あたりになります。カセリーヌ峠の戦いの2ヵ月後くらいの話ですね。

unit00076.jpg


 「泡沫戦史研究所」さんの「第999アフリカ旅団/第999アフリカ軽師団」にはこうあります。

 DAKとイタリア第1軍の退路を遮断するため、4月7日からイギリス第9軍団はフォンドークへの攻撃を開始しましたが、ここを守る師団の「執行猶予」の兵たちはよく戦い、後退中のDAKとイタリア第1軍は4月10日にはカローンに到着しました。 心配された脱走兵も少数はあったものの、「執行猶予」の兵たちはその任務を果たし、ナチスの新聞「フェルキッシャー・ベェアバハター」で取り上げられたり、南方軍総司令官ケッセルリンク元帥からの感謝の言葉も送られました。





 また、英語版Wikipedia「999. leicth-Afrika-Division」には以下のようにありました。

 この第999師団の部隊はチュニジアで、様々な戦闘団の一部として、その時点で北アフリカにいた他の多くのドイツ軍部隊と一緒に戦った。ピション、フォンドーク、および「ロングストップ・ヒル」の3個所が、この第999師団がチュニジアでいる間に戦った場所として重要である。第999師団はまた、1943年5月に連合軍に対して北アフリカの枢軸軍が最終的に降伏するまでの数週間、激しい戦いを繰り広げたのであった。





 残りの1つの第999師団による「ロングストップ・ヒル」の戦いですが、『Tunisia II』の最後のシナリオであるシナリオ6「アフリカ戦線の終焉」は、まさにその時期から始まります。


 ↓『Tunisia』のVASSALによる初期配置。ヘクス41.24が「ロングストップ・ヒル」だと思われます。

unit00080.jpg

 敵味方が判別しにくいんですが、濃い茶色がイギリス軍で、薄い茶色がドイツ軍です。濃い緑色がアメリカ軍で、薄い緑色がイタリア軍。青色は自由フランス軍。



 ↓『Tunisia II』のVASSALによる初期配置。自由配置のため、ヘクス41.24が空いていますが、付近の地形が分かりやすいです。

unit00081.jpg

  『Tunisia』をやっていると、この場所は非常に大事な場所であるのが分かります。


 「第999アフリカ旅団/第999アフリカ軽師団」にもこうありました。

 師団はその後もチュニス前面の防衛拠点であるクリスマス山(連合軍の呼称ではロングストップ・ヒル)の付近で最後まで頑強に抵抗しましたが、5月12日には他の枢軸軍部隊とともについに連合軍に降伏しました。




 英語版Wikipediaで「Battle of Longstop Hill (1943)」という結構分量のある項目があるので、それを読むのもありかも……(私は今回そこまではやめておこうと思います(^_^;)。


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 ゲームをしないウォーゲーマー……でしたが、最近はOCSだけはひたすらプレイしたり情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになりつつありますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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