OCS『DAK-II』の「第288特殊部隊」ユニット

 以前、OCS『Tunisia II』の「自由アラブ部隊」 (2017/03/04) で書いてました第288特殊部隊について。


 ↓『DAK-II』の第288特殊部隊ユニット。

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 LRDG -- Special / Elite Forces in North Africaというページから。

Menton戦闘団(第288特殊部隊、アフリカ装甲擲弾兵連隊)

 第288特殊部隊は1941年7月1日にドイツのポツダムで編成された。この特別部隊は、ドイツ中のあらゆる場所の部隊から引き抜かれた兵士達で構成されていたのみならず、今で言う南西アジアに暮らしたり勤務していた経験のあるドイツ人兵士による特別派遣部隊をも持っていた。この部隊は特別な任務のために編成されたもので、通常のドイツ軍部隊のような方法で作られたものではなかった。この特殊部隊は全部で7から12の中隊を持っており、各中隊はそれぞれに特別な任務を持っていた。

 この部隊の一部は極めて特殊な人員より成っていた。一つの中隊はいくつかのアラブ、およびペルシア方言、例えばウルディ語、ヒンディ語、サンスクリット語などの数カ国語を流ちょうに話す者達で編成されていた。その中隊の多くの者達はそれらの地域(シリア、イラク、ペルシア、インド)で長い時間を過ごした者達であり、この部隊はそれらの地域に配備されることになっていたのである。他に非戦闘任務に就く中隊として印刷部隊、水質試験部隊があり、またブランデンブルク(コマンド)中隊も含まれていた。このブランデンブルク中隊は敵の軍服を着て敵戦線に浸透して破壊工作に従事したり、情報を集めたり、その他の混乱を引き起こすことになっていた。

 その他の中隊は上記の中隊よりは通常の部隊であり、また大部分を占めていた。すべての戦闘中隊はもし必要があれば他の戦闘中隊に異動できるように混ぜて訓練が行われていた。第288特殊部隊の残りの中隊は以下のようなものであった。

・歩兵中隊
・山岳歩兵中隊
・偵察中隊
・対空砲中隊
・警護小隊を伴った砲兵中隊
・対戦車砲中隊
・工兵中隊
・衛生中隊

 全部隊が移動にトラックを使用し、完全自動車化されていた。警護小隊にのみ、装軌化された装甲車もあった。偵察中隊は車輪の装甲車を持っていた。

 第288特殊部隊は、同様の第287特殊部隊が編成されて程なく編成され、両部隊共に最終的にはギリシアに送られてそこで、予期されるエジプトにおけるイギリスの破局を待つことになっていた。その破局が起こったならば両部隊はシリアへ配備され、そこからイラクへ、最後にはインドへと送られることになっていたのである。両部隊はイギリス植民地で反乱を煽り立て、油田を占有する地域住民の助けを受けるつもりであった。これはソ連に対する新たな南側面のルートとして計画されていた。

 この計画はドイツ軍がエジプトで停止して白紙に戻った。第287特殊部隊は対パルチザン作戦のためにユーゴスラビアへ送られ、第288特殊部隊は北アフリカへと送られた。

 この時第288特殊部隊は数カ国語を操る者達の部隊や印刷部隊その他の部分を置き去りにしてきており、メントン戦闘団と改名された。この戦闘グループはまた、DAKの必要を満たすためのより良い装備を持ったそれぞれ3個中隊ずつを持つ2個大隊に分けられた。一つめの大隊は歩兵(山岳、軽および偵察)より成っており、2つめのものは重装備(迫撃砲、対空砲、対戦車砲)を持つ大隊であった。この独立戦闘グループはエル・アゲイラの防御戦闘で第90(軽)師団に配属された。後にはビル・ハケイムとトブルクで卓越した戦いを見せた。1942年10月31日、この部隊はアフリカ装甲擲弾兵連隊へと再編成され、第164軽師団に配属された。そしてこの部隊は第164軽師団に配属されたままでDAKの最後の日まで、チュニジアで戦い続けたのであった。

 この部隊はイギリス軍の長距離砂漠挺身隊と似た発端で、同じく北アフリカに配備されたにも関わらず、初期に意図したような作戦に従事することはなかった。この部隊が長距離砂漠挺身隊といくらかやりあったとしても、それは他の偵察中隊のものと大差ないものとしてであった。この部隊が長距離砂漠挺身隊を追いかけて壊滅させる任務を受けたという証拠はほぼ存在しないのである。



 この後、第288特殊部隊の装備について説明が続くのですが、兵器面には私はそれほどまでには興味ないのでパスで……。


 『Tunisia II』で第164軽師団にはそれらしきユニットは見つかりませんでしたが、独立部隊として「Afrika」という自動車化歩兵連隊があるので、これが第288特殊部隊の編成替えされたものなんでしょうか。

 ↓『Tunisia II』のアフリカ自動車化歩兵連隊ユニット。

0008.jpg



 その他にも資料を探してみますと……。




 ↑の中の説明で、以下のように書かれていました。

 アフリカ向けには3輌のみ【III号?】突撃砲が作られ、第288特殊部隊に配属された。第288特殊部隊はもともと、極東【中東の間違い?】をドイツ軍が占領した時にその地域に送られるために編成された。この部隊は外国語能力や原油地帯の管理、文化理解のための訓練を受けた者達で構成されていた。
 ドイツ軍の東方への進撃が突然停止した時、第288特殊部隊はまだギリシアで訓練中であったが、その後DAKを支援するためにアフリカへと送られた。


 これもその後、その第288特殊部隊内のIII号突撃砲についての詳細が書かれていってますが、パスで。「原油地帯の管理」というのが興味深かったです。


 『German Special Forces of World War II』という本の中には、「ギリシアで南方地方での気候で訓練を受けた。」と書かれていました。なぜギリシアで訓練していたのかというと、気候の問題だったのですね。


 『Rommel's Desert War: The Life and Death of the Afrika Korps』という本には、「指揮官のオットー・メントンは第一次世界大戦時のロンメルの戦友で、ロンメルのことを「きみ」と呼べた数少ない人達のうちの一人であった。」と書かれていました。


 その他にもGoogle Booksで北アフリカ関連本で大量に資料が出てくるっぽいですが、きりがないのでこれぐらいで……。

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 ゲームをしないウォーゲーマー……でしたが、最近はOCSだけはひたすらプレイしたり情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになりつつありますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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