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ウェリントン公の人となり

 『Children at the Battle of Waterloo』の読み直しは大して進んでいない(体調悪くて読めませんでしたし)のですが、ウェリントン公に関して非常に興味深いと思った記述があったのでそれを。

 カトル・ブラの戦いの前に、彼が兵士達(やその妻と子どもたち)の前を馬に乗って通り過ぎる時の描写です。

 【ウェリントン】公爵は兵士達が彼を歓呼するのを好まなかったが、兵士達は彼が通り過ぎる時に立ち上がって敬意を表した。【兵士の】ジョン・アドウィックは【6歳になる娘の】メアリーを持ち上げ、メアリーがこの偉大な人物が馬上で姿勢良くぴしっとしている様子が見えるようにした。
『Children at the Battle of Waterloo』17%

 「歓呼されるのを好まなかった」というのが非常に面白く感じました。この本がどれくらい信用できるかは良く分からないですが、少なくとも良く調べてあるという感想は持つので、なんらかの資料にそう書いてあるのだと思います。


 また、この記述もなんか面白かったです(^_^; カトル・ブラの戦いの終わりの頃。

 夕刻6:30に、聞きなじみのあるラッパの合図が聞こえた。前進の合図だった。メアリーでさえもが、ウェリントンは勝利を手中にした時でなければ決して前進しないということを知っていた。
『Children at the Battle of Waterloo』19%

というのは、ウェリントンは「守って勝つ」タイプの将軍だからでしょうけども……。


 他の探しやすそうな本でもウェリントン公についての記述を調べてみました。まずは『Waterloo:Companion』。

 彼はまた馬のゼーゼーという咳にもたとえられるような特有の笑い方をし、一度でもそれを聞いた者は決して忘れられなかった。
『Waterloo:Companion』P92



 ↓こういう感じでしょうか?(^_^; ゲームでウェリントン公の立場になる人はぜひマネしてみて下さい(おい)。





 ナポレオンは彼の兵士達に熱狂的に好かれ、あがめられ、崇拝されていた。それに対して、ウェリントンは兵士達に尊敬されていた。彼の兵士達は彼の将軍としての能力に最大限の信頼を置いていた。戦いの最中に危機的な状況に陥った時に、煙を通して彼らのよく見知ったウェリントンの横顔が見えたならば、無意識のうちに、すべてが好転し始めるのだった。しかし、彼が近づいてきた時の平均的な中隊の反応というのは、帽子を振って「公爵万歳!」と叫ぶというものよりは、一軍曹が「しっ! お前らの前に……公爵がいるぞ」とささやくというものだった。彼は厳格であり、あまり人を寄せ付けず、冷たい感じで、高飛車で、あまり人を褒めなかった。例えばワーテルローでは彼は会戦後に、Colonel Colbourneの勇敢な行為と、第52【歩兵連隊?】が親衛隊を撃退した腕前に関して言及することをしなかった。ナポレオンが賞賛、報奨、名誉を与えることに関して物惜しみをしなかったのに対して、ウェリントンは反対の極の方向に過ちを犯していたと言えるだろう。後にウェリントンは、「今までにもっとこうできただろうに、という事はありますか?」と尋ねられて答えた。「そうですね。私はもっと人を褒めるべきでした。」

 砲火の下での彼の勇敢さと冷静さに関しては、まったく疑いを差し挟む余地はない。彼の危険な状況における冷静さと、動じなさは、夕方の早い時間にラ・エイ・サントが落ちた時にもはっきりと示された。Ompteda将軍が幹線道路近くで撃たれて死亡し、De Lancey(ウェリントンの主計総監であった)が至近距離での大砲で致命傷を負い、同様に彼の最も信頼する副官であり、かつ個人的な友人でもあったSir Alexander Gordonが右翼に行っている間にオレンジ公とAlten将軍の両名が倒れた。残っている幕僚たちが叫び声でウェリントンに命令を求めた時、彼はまったく表情を変えずに言った。「最後の一人になるまで断固として立ち続けよ。それ以外に命令はない。」
『Waterloo:Companion』P94





 人物の逸話に関する本を買ってあったのを見つけたので、それらからも(特に面白そう?なのだけ)。

 ワーテルローでナポレオンを破ったウェリントン公は約束の時間をきちんと守るので知られていたが、彼はいつも時計を六つも持ち歩いていた。
『西洋人物こばなし辞典』P33


 ウェリントンは頑固一徹で、あまり兵士たちに好かれていなかった。あるとき運河に落ち、一人の兵士に助けてもらったが、兵士はこのことを誰にも話さないでもらいたいと頼んだ。そのわけはウェリントンを助けたことが知れると、仲間たちに運河に投げ込まれるのではないかと思ったからであった。

 ウェリントンは脚部をズボンの下に入れてはく足首の上までくるゆるい長靴を愛用したが、これがノージーというあだ名の由来となる大きな鼻とともに、彼のトレードマークとなった。今ではウェリントン(ブーツ)というのは広く長靴を表わすことばとして使われる。

 ウェリントンの部下の兵士にトマス=アトキンズという男がいたが、この兵士が勇敢な戦闘ののち致命傷を受けた。ウェリントンはこの人物の名を忘れず、その後国務大臣として陸軍法規に兵士の代表名としてこれを使うことに決めた。これ以後イギリスの陸軍兵士は、あだ名としてトミー=アトキンズまたはトミーとよばれている。
『世界人物逸話大辞典』P133


 運河の話が一番面白いですね(^_^;

 「トミー」の逸話も面白いですが、英語版Wikipediaの「Tommy Atkins」によると、あくまで複数ある説のうちの一つのようです。またその戦闘というのは、ナポレオン戦争期間中の話ではなく、1794年のベルギー・オランダ戦線におけるボクステルの戦いというのの中での話だそうです。

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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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