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イタリア軍のジェラへの攻撃

 その後、一回完全に風邪をひくところまでいきましたが、若干ましになってきました(が、不安定です)。

 前回書いてました、リヴォルノ歩兵師団のジェラへの攻撃について。Wikipediaによりますと……。

第4リヴォルノ山岳歩兵師団

 第4リヴォルノ山岳歩兵師団は、第2次世界大戦中のイタリア軍の歩兵師団である。この師団はローマで、1939年4月5日に編成された。山岳歩兵師団を「アルピーニ(山岳兵)」師団と混同しないこと。通常は【トラックなどによる】牽引砲を装備しているところを、山岳歩兵師団は馬が引く砲を装備していた。

 【フランス戦に参加した後……】1942年3月にリヴォルノ師団は、マルタ島侵攻作戦のために強襲上陸歩兵師団へと改編された。この侵攻作戦が取りやめになると師団は1943年2月中旬にシチリア島へと移され、その後北アフリカへ輸送されることになっていたが、その命令は取り消された。

 リヴォルノ師団はシチリア島における唯一の自動車化師団であり、ドイツ軍やほとんどのイタリア軍から、他の師団よりもはるかに優秀だとみなされていた。というのは、この師団は元々1942年の6月のマルタ島への強襲のために編成されていたからである。リヴォルノ師団は優秀な部隊で構成されており、配下の歩兵部隊を同時にすべて移動させるのに充分な輸送手段を有していた。1943年7月10日の連合軍による侵攻をCaltanissetta-San Cataldo-Aragona-Raffadali-Buteraの地域に配置された状態で開始し、10日から11日にかけて大規模な反撃を実行して上陸部隊を海へと追い落とすところであったが、海岸まであと数百メートルのところで停止させられることになるのである。7月10日、第155ベルサリエリオートバイ中隊の支援を受けてリヴォルノ師団の部隊は戦車を幹線道路115号と117号へと殺到させ、ジェラの町をほとんど再奪取するところであったが駆逐艦シュブリックと軽巡洋艦ボイシからの艦砲射撃により、数両のFiat 3000戦車(L.5/30から再設計されたもの)が破壊された。また、連合軍部隊はLicataからRavanusaとRiesiの方向へとリヴォルノ師団の右側面を攻撃して、多くのイタリア軍部隊を縛り上げた。ジェラにおけるこの陸海空共同の戦闘はアメリカの新聞によって取り上げられた。
45両もの戦車に支援されて、リヴォルノ師団の歩兵の大規模な軍勢がジェラ周辺のアメリカ軍部隊を攻撃した。アメリカ師団はイタリア軍に大損害を与えて撃退した。これが連合軍の前進に対する最も激しい反撃であった。」(The New York Times, 13 July 1943, page 2)


 『Sicily 1943』P47によると、このリヴォルノ師団の攻撃は約867発の艦砲射撃と、砲兵射撃と、ジェラからのレンジャー部隊(ダービー大佐指揮)の小火器による射撃のコンボによってめちゃくちゃに叩かれまくり、打ちのめされたとか……。


 地図としては、↓が比較的良さそうです。ジェラの町へ北北西から近づいているのがリヴォルノ歩兵師団です。

http://4.bp.blogspot.com/-Xq45tAC2ozI/VoyBJYQxAyI/AAAAAAAAAKA/A6G7xJXUxxM/s1200/USA-MTO-Sicily-IV.jpg

http://warfarehistorynetwork.com/wp-content/uploads/W-Gela-EW-13-4.jpg


 「海岸まであと数百メートル」の件なんですが、これを「100~200メートル」あるいは「200~300メートル」くらいだと理解すると「おおおー、燃える~!」という感じなんですが、地図を見ている感じでは、少なくとも「800~900メートル」くらいな気がします。しかしそれでも「数百メートル」とは記述できる……?(^_^;

 地図で見ているとリヴォルノ師団はジェラの町には入れておらず、ジェラの町に突入しているのは北北東からの矢印で、これは「MG」Eと書かれている部隊です。コマンドマガジンの記事によると「(イタリア軍)機動戦隊E」。Wikipediaの記事に出てくる「戦車」は、たぶん全部(?)この機動戦隊Eのものではないかな……と思うのですが、どうなんでしょう。

 コマンドマガジンの「ユニットよもやま物語」にはこの部隊について詳しく書かれています。

■イタリア軍機動戦隊E
 43年夏に東部戦線から戻った突撃大隊群の残余を元に編成されたローマ防衛M機甲師団が、伊陸軍内部に根強い反ファシスト的策謀によって8個機動戦隊A-Hに細切れにされた上、ローマ近郊から遥かシチリアの地へ派遣された……。しかも独軍戦車で(シチリアでは虎戦車まで使って)猛訓練したのに、実際の装備は仏軍から鹵獲したルノーR-35軽戦車9輌のみ。それでも戦車兵の戦意と練度は高く、ジェラ海岸に上陸した米軍へ向かって無謀にもE戦車隊だけで突入(リヴォルノ師団34歩兵連隊は案の定、協調攻撃に失敗)!
 ジェラの漁村に立て籠もるダービーズ・レンジャー(1+4Rgr)と熾烈な街路戦闘を繰り広げた挙げ句、全滅した。
『コマンドマガジン第68号』P26


 とりあえずまず、ここに取り上げられている部隊なんですが、『Sicily II』だと「8個機動戦隊A-H」というのはCは削られ、EとH、FとGが統合されていますが、『Sicily』では全部別々にユニット化されてます(C-SfというのはCとはまた別の部隊らしいです)。

CIMG3937.jpg

CIMG3939.jpg

 ↓が、レンジャーの1と4(と3)というやつです(『Sicily II』のもの)。

CIMG3938.jpg



 『Sicily and the Surrender of Italy』の本文によると、ジェラに向かってきた機動戦隊Eが持っていた戦車数は13(位置No.3829の辺り)とレンジャー部隊から報告されたとありますが、注記によると他にも様々な数字の説があるらしいです。艦砲射撃等によってイタリア軍の歩兵は散り散りになってしまったものの戦車部隊はそのままジェラの町へ突っ込み、アメリカ軍は手榴弾やロケットランチャーで戦車を攻撃しました。ダービー大佐はジープに飛び乗って海岸まで走らせ、そこから37mm対戦車砲一門を持ってきて1輌の戦車を破壊。

 オスプレイの『Sicily 1943』の表紙はその絵になってます(真ん中で指を指しているのがダービー大佐だそうです)。



 レンジャー兵や工兵部隊も他の戦車を炎上させるなどし、20分の戦闘の後、イタリア軍戦車部隊は町から後退し始めました。その残余部隊は、翌日も別の歩兵部隊を支援しつつ戦ったそうです(以上、『Sicily and the Surrender of Italy』と『Sicily 1943』から抄訳)。

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Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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