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ガルパン同人誌とOCS『DAK-II』に見るジャグブーブの戦い

 先日、OCS『DAK-II』クルセーダー作戦スモールシナリオセットアップ (2016/11/02) で、

……Giarabubというオアシスで、コンパス作戦の少し後に攻めてきた連合軍に対してイタリア軍が奮戦して、映画まで作られたのだとかいうことをガルパン関係のイタリア第10軍に関する同人誌で知りました。

と書いてました。その件について。


 その「同人誌」というのは、↓これ。

スクリーンショット_160405_083


 大阪日本橋の「とらのあな」で見つけたんだったと思います。↓でネット上でも買えるようです。

もっと! ボコと一緒に語るイタリア第10軍

 『ガールズ&パンツァー』の同人誌で、元ネタは劇場版でもって、威勢はいいけどすぐボコボコにされるボコというキャラに関して、「まるで、イタリアの第10軍みたいですね」というセリフが出てくることから。

 イタリア第10軍というのは、1940年9月13日にリビア・エジプト国境を越えてエジプトに攻め込むも3日で停止し、その後12月9日に始まったイギリス連邦軍のコンパス作戦によりボッコボコにやられ、「ドイツ~、ドイツ~、助けてドイツ~」と泣きついてロンメルがやってきた……という流れを作った軍……なのですが、私はこの劇場版『ガールズ&パンツァー』をフリースクールの子がブルーレイを貸してくれて見てみるまで、かのイタリア軍部隊が「第10軍」という名前だということを知りませんでした(セリフがきっかけで調べて知りました(^_^;)。

 だいぶ前に、まさにこのイタリア第10軍をネタにして動画を作っていたにも関わらず……(>_<)

 ↓YouTube版









 ↓ニコニコ動画版。会員登録が必要ですがこちらの方が画質がよく、コメントも面白いかもです。







 なお、後編はえらい苦労してリサーチは一応やってシナリオまでは作ったものの、動画作成にちょっととりかかったところで放棄しました(>_<)

 一応、調べたことに関しては↓のページにまとめてあります。シナリオは今探してみましたが、見つけられなかった……。

ベダ・フォムの戦い



 まあともかくも同人誌の話です。イタリア第10軍に関して(マンガではなく)文で紹介してある本で、日本語が壊れまくっていることを除けば未知の情報も色々あり、購入した価値はあったと思いました。が、私が最も「おおお~!?」と興奮したのは本論部分が終わった巻末にオマケ的に載っていた、この同人誌によると「ヤスラブの戦い」という話で、しかし「ヤスラブ」では検索しても他で全然ヒットしないので、どうも「ジャグブーブの戦い」と呼んでおいた方が無難ではなかろうかと思い、そうしてみます。

 Jaghbub, Libyaによると「ジャグブーブ(Jagbub)」というのは現地人によるその地名呼称で、イタリア語だと「Giarabub」と書かれるらしく、この戦いのWikipedia英語版の記事は「Siege of Giarabub」となっているのですが、「Giarabub」がどう発音するのか分からない(^_^; 『DAK-II』だと「Jarabub」という表記も併記してあるので「ジャラブーブ」が非常にありそうで使いたいところですが、ネット上では「ジャグブーブの戦い」である程度日本語資料もヒットするので、ネット上でカタカナ表記するならジャグブーブの方が安全っぽいです。でもゲームプレイの時には「ジャラブーブ」と呼んでも良さそう。

 「ジャグブーブ」で検索していると、いくらかのPCゲームで登場するらしく、「ミリ姫大戦」とか、「バトルフィールド2」とか?

 たとえば、マップ/Siege of Giarabub 16の画像とかいいですね。


 まずはジャグブーブ(Giarabub)がどこかに関して、『DAK-II』のキャンペーンセットアップから(1940年9月のグラツィアーニ攻勢からです)。

スクリーンショット_160405_084

 真ん中の赤い実線がリビア・エジプト国境で、赤い○がジャグブーブ(Giarabub)でオアシスがあり、イタリア軍の1ユニットが守備しています。その東の黒い○はイギリス連邦側が保持していたシワ・オワシスで、ある意味にらみ合っている形になってます。


 ↓拡大したもの(シワ・オワシスの2ユニットはポップアップ表示させています)。

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 シワ・オワシスの薄緑色のユニットはエジプト軍ユニットです。エジプト軍は『DAK-II』では連合・枢軸のどちらかに属するか、あるいはどちらにも属さないとかになるようなのですが、このジャグブーブの戦いの時期にはイギリス連邦軍側にいたのでしょうか。

 また、オアシスは『DAK-II』では3RE分の一般補給を供給でき、かなり貴重な補給源となるのです。


 このにらみ合いの状態に関しては「戦争映画専門チャンネル」のこの戦いの映画に関する情報ページが分かりやすいです。曰く、

北アフリカ戦線リビア。トブルクから300km南東の遠く離れた内陸部の国境地帯にある殺風景な荒野のど真ん中のジャグブーブ(伊語:Giarabub)と呼ばれるオアシスには、イタリア軍の最前線前哨基地があり、兵士たちからは“見捨てられた要塞”と呼ばれていた。しかし英軍にとっては自軍の補給基地があるシワ・オアシスから僅か数マイルにあり常に脅威となる存在だった。その脅威を取り除くため、英連邦オーストラリア軍第18旅団がジャグブーブへの攻撃を開始、イタリア軍守備隊は、味方からの救援もない絶望的な防衛戦を展開する・・・。



 ここでようやくですが、『もっと! ボコと一緒に語るイタリア第10軍』から引用してみます。

 ……イタリアがイギリスに対して参戦する【1940年6月10日】と、ここ【ジャグブーブ】はエジプト国境から最前線になり英軍の空襲などの攻撃を受けます。だけど本格的な攻撃はコンパス作戦開始の【1940年】12月から行われ、主力の第10軍はどんどん敗走していく中でも、この陣地は残りオーストラリア第六騎兵連隊と第九オーストラリア歩兵大隊からなる分遣隊が攻めてきます。

 1940年12/10に始まった攻撃は、結局ベダフォルムで第10軍が壊滅した2月を乗り越えて、最終的な陥落は、1941年の3月21日まで持ちこたえましたが、沿岸部の部隊は壊滅し全く補給も増援も来ない中、戦い抜くことは出来ず、遂に降伏します。

 逆に大敗北になってしまったイタリア軍の中で唯一と言って良い奮闘ぶりで、ロンメル将軍も激賞したほどの活躍でした。

 サルヴァトーレ・カスターニャ中佐率いる守備隊は、イタリア兵800人に現地リビアや東アフリカから徴集のアスカリが1300名の陣容でしたが、ここの部隊は、事前に物資を蓄積してあったのと、孤立地域の防御の為錬度【ママ】の高い兵士が送られたのと、本来ならすぐに逃げ出すと言われたアスカリも士気が高く、イタリア兵に協力的なものが選抜されただけあって、攻撃軍に対して一緒に奮闘しました(ただ現地徴集のリビア人は士気が低くて、すぐに逃げ出したとも、イギリス軍の報告で言われています)。

 この奮闘ぶりはイタリア軍の中でも珠玉の物でしたので、さっそく「Giarabub」と言う題名で1942年に映画化されます。当時の敗北で落ち込んだ国民士気を盛り上げるためのプロパガンダ映画ですが、当時のアフリカ方面軍の服装や戦い方を知る資料としての価値は有る作品です。

『もっと! ボコと一緒に語るイタリア第10軍』P21,22



 まあ私は最初にここを読んで知ったわけですが、「おおおおお~」と思い、さっそく色々調べてみることに……と言ってもしばらくそれもストップさせていたのですが。

 前掲の英語版Wikipedia「Siege of Giarabub」には相当詳しくこの戦いについて記述されているのですが、まあ細かい経緯は置いといて、OCSファンとしては『DAK-II』におけるどのユニットが参加したのかが気になります。

 前掲ページには、これらの部隊名が挙げられています。

the 6th Australian Divisional Cavalry Regiment(6th ADCR)
the 2/9th Australian Battalion
a battery of the 4rh Royal Horse Artillery

 真ん中の部隊は第18オーストラリア歩兵旅団のうちの一部なのかもですが規模が小さすぎ、またイタリア軍の部隊もよく分かりませんがとりあえず初期配置の部隊がそのままであったとすると……。

unit00046.jpgunit00047.jpgunit00048.jpg

 という感じでしょうか?


 英語版Wikipediaの前掲ページ等によると、沿岸地域でコンパス作戦が始まったのは1940年12月9日早朝からでしたが、ジャグブーブでの戦いが始まったのは12月25日頃から。その後イタリア第10軍は翌1941年1月22日にトブルクを失い、2月7日までにベダ・フォムで壊滅状態に陥ります。ロンメルがトリポリへやってきたのは2月12日で、2月24日ドイツ軍とイギリス連邦軍との最初の小規模な衝突。3月11日に第5戦車連隊が揚陸を完了し、15日にキレナイカへ向かって独伊混成部隊が出発します。

 この間ジャグブーブではほぼ3ヵ月の間ずっと、灼熱と補給不足の中イタリア軍部隊は持ちこたえていたわけです。キレナイカの失陥という災厄を和らげるため、イタリアのファシスト政権においてはこのイタリア軍部隊の抵抗は大いに持ち上げられることになりました。

 そんな中3月17日、ロンメルはジャグブーブの守備隊の戦いを褒め称え、その救出を約束します。ですが3月20日にジャグブーブに対する最後の攻勢が始まり、21日に陥落。しかしそのわずか2日後、オーストラリア軍部隊はジャグブーブから撤退しました。なぜならドイツ・イタリア軍がエル・アゲイラへ前進していたためで、実際に24日にエル・アゲイラは陥落します。

 キレナイカ全体を失ったイギリス連邦軍は第18オーストラリア歩兵旅団(2/9ってのの所属部隊?)をトブルクへ送り、the 6th ADCRはエクスポーター作戦のためにシリア地方に送られることになりました。

 ↓『Reluctant Enemies』のこれ?

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 ジャグブーブはその戦術的重要性を失って再び単なる僻地となり、その後はイギリス空軍の中継地点として使用されるようになったそうです。


 映画「Giarabub」はYouTubeで全編見られるようです。




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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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