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ポーランド独立カルパチア歩兵旅団について

 承前。ポーランド独立カルパチア歩兵旅団について。

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 ↑『DAK-II』のポーランド人部隊ユニット。左側がそれです。


 前エントリのOCS『DAK-II』クルセーダー作戦スモールシナリオセットアップ (2016/11/02) 、また北アフリカの南アフリカ軍兵士とポーランド軍兵士 (2013/12/18)で書いてました『DAK-II』のポーランド人「Carp」旅団ですが、さとうさんからのコメントもありましてさらに興味を持ったので件のWikipediaを探してみましたら記述量が多くて「やったぁ!」となりました。

Polish Independent Carpathian Rifle Brigade

 こういうマイナー部隊について色々知りたいので、Wikipediaに書いてくれる人まじ感謝です(*^_^*) 写真もあっていいです。



 まず英語版Wikipediaにある「Rifle」という名称についてなんですが、ソ連軍のOCSだと普通の歩兵となっている部隊にも資料によって良くこの単語がついていて、「ライフル師団」とか「狙撃兵師団」とか「歩兵師団」とかって訳されてます。良く分かってなかったんですが今回検索してみると、たとえば

「狙撃兵」とは何か
ソ連型軍隊における「狙撃旅団」「狙撃師団」の役割と意味 編成

 を見ていると「ぶっちゃけ普通の歩兵です」と書いてありました(^_^; 今回のこのカルパチア旅団もロシアに近い文化圏的な感覚で同じようにしているのかな……と推察して、結局のところ「歩兵」なのかな、と解釈してあります。



 さて、英語版Wikipediaによると、この部隊は1939年12月(ドイツ軍のポーランド侵攻の3ヵ月後)に、まだ健在であったフランスの、中東植民地軍の一部として創建が決められ、翌1940年4月にシリアで正式に旅団として編成されました。なぜそこでなのかは書かかれてないんですが、イタリア人が同じカトリック国であったポーランドへのドイツの攻撃を非難したとかってな話があったはずなので、ポーランド人としては同じカトリック国でしかも連合国側であるフランスが良くて(イギリスはプロテスタントなので)とか……?

 山岳戦用に特化された部隊で(部隊名命名の由来は書いてないっぽいんですが、山岳戦向けなのでポーランドにも及んでいるカルパチア山脈の名前が取られた?)連合軍の一員としてバルカン半島に送られる予定であったようですが、フランスがドイツに降伏してシリアのフランス軍が親ドイツのヴィシー政権側につくことを決めたので、このポーランド人旅団はそこからの離脱を決定。イギリス支配下のパレスティナへ移動し、そこで約5000人規模まで大きくなり、イギリス軍の武器を供与され、訓練を受けたそうです。

 全員が志願兵で士気が非常に高く、また約25%が高等教育を受けていて、この時代のヨーロッパの部隊としてはまれなことであったとか。

 1940年10月に(9月のイタリア軍のグラツィアーニ攻勢後イギリス連邦軍とにらみ合っていた)エジプトへ移され、戦争捕虜キャンプの守備であるとかアレクサンドリアの陣地化の任務に就きました。ただし、ポーランドは正式には依然としてイタリアとは戦争状態になかったので、前線には送ることができませんでした。いったんギリシアへ送られたものの、ドイツ軍のギリシア侵攻があまりに早くて間に合わず。

 1941年にドイツアフリカ軍団の攻勢が始まるとメルサ・マトルーだとかアラメイン近くで任務に就いていた後、トブルクへと送られてその陣地線の西側を引き継ぎ、その過程でオーストラリア部隊を助けました。


 さて、トブルクにおける戦いですが……。

CIMG3803.jpg

 カルパチア歩兵旅団はトブルク攻囲戦においてイギリス軍の第70歩兵師団(『DAK-II』ではそういうくくりになってないみたいですが……)と共に戦い、クルセーダー作戦(*)中の1941年12月9日夜間に包囲環から打って出て、Acroma(画像のポーランド人部隊ユニットの左下2ヘクスの場所)の町を奪取してイギリス第8軍と手を繋ぎ、この戦いによって彼らはオーストラリア兵達から「トブルクのネズミたち」という名誉ある称号を贈られた?

*1941年11月18日から12月16日の枢軸軍の全面撤退まで続いたらしく、『DAK-II』のスモールシナリオでもほぼ同じ日付で9ターン続くことになってます。「小土星」作戦が実質2~4ターンであることと比較すると長いなぁと思いますが、むしろ「小土星」作戦が短すぎると考えるべき? シチリア戦役も16ターンの間、大して休みなく継続したのかしらん……。


 その後、ガザラの戦いに参加した後パレスティナに下がり、第3カルパチア歩兵師団(のちにイタリア本土で戦った)の元となったそうです。



 私はいちおう北アフリカ好きなのですが、クルセーダー作戦とかの詳細について何も分かっておりません(^_^; また色々資料を見ていきたいです。

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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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