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『1806:Rossbach Avenged』10月8日~10日セットアップなど

 21日のミドルアース大阪に行ってきました。

 『1806:Rossbach Avenged』のキャンペーンをセットアップしてみようと思いまして、史実キャンペーンの開始時点である10月8日(午後)でまずセットアップ(10月7日~10月14日までのそれぞれの日ごとのセットアップ情報が記されていて、どの日からでも開始できるのです。と言いつつ、なぜキャンペーンは10月7日からは始められないのかは分かりません(^_^;)。

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 プロイセン軍だけがちょこちょこっといて、フランス軍は全然いません。フランス軍はこの後、マップ下(南西)の、川の右側の部分から陸続とマップ内に入ってきます。この写真上のプロイセン軍の中で左下の方にいるのがホーエンローエ(の軍)で、水色の□で囲んであるのは、の左上端のヘクスから14ヘクス以内に自由配置のユニット。残りのプロイセン軍の大半(ブラウンシュヴァイク軍やリュッヘル軍)はマップ左端の下半分の辺りからマップの範囲内に帰ってきます。

 状況としては、プロイセン軍側もフランス軍側も相手がどこにいるかよく分かっていない状況の中で、フランス軍はこのマップのはるか左下の方の自分の連絡線を危険に晒してでも、ぐわーっと迂回して右下から回り込んでいった。プロイセン軍側は、まさか相手がそんな大胆なことをするとは思っていないので、右下への警戒は大してしておらず、むしろ自軍をこのマップの左端より左側に置いて状況を伺っていた……という感じでしょうか?

 ……しかしこの状況からキャンペーンを始めてみるのは、(特に初見では)厳しい感じがしたので、10月9日(午前)のセットアップをさらにしてみました。

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 前日からの移動を矢印で示してあります。マップ右下の方からフランス軍が入ってきてますが、まだ交戦は起こってません。一番右のフランス軍がスールト軍団で、その左側の先頭にいるのがミュラの騎兵軍団の一部、それに続くのがベルナドット軍団です。

 さらに10月10日(午前)のセットアップをやってみました。

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 3本出ているフランス軍の進撃路の真ん中の先端の部分、Schleizという町で両軍最初の交戦が史実で9日に起こっており、プロイセン軍側の部隊は2個ユニットが減少戦力面になって後退しています。

 最初の交戦は翌日【9日】に見られ、ベルナドットとミュラがシュライツで、6000のプロイセン兵と3000のザクセン兵で構成されるタウエンツィーン麾下の軍勢と遭遇した。竜騎兵2個師団と第Ⅰ軍団の歩兵に支援された軽騎兵2個旅団(ラサールとミローに指揮された)が、正体を現したこの敵分遣隊をすぐに一掃し、ゲーラへの道路を開放したのである。
『ナポレオン戦争 第三巻』P49

 その朝遅く、ナポレオンはシュライツへの攻撃を命じ、そこでタウエンツィーンによる及び腰の抵抗があったもののベルナドットが制した。これは小さな出来事であり、プロイセン軍が失ったのは約400名に過ぎなかったが、このことは間違いなくプロイセン軍の士気に衝撃を与えた。
『A Military History and Atlas of the Napoleonic Wars(Revised Edition)』MAP60の説明文



 その真ん中のフランス軍の矢印の一番下の部分はダヴーの第Ⅲ軍団です(本当は行軍隊形で出てくるのでスタックはできず、歩兵師団3つと騎兵ユニットと架橋段列ユニットの5つがずらーっと並んでいるはず)。

 一番左はランヌの第Ⅴ軍団です。ランヌの軍団は2個歩兵師団から構成されているので、3個歩兵師団からなるダヴー、スールト、ベルナドットの軍団と比べるとやや小ぶりな感じがしました。

 プロイセン軍側は、ホーエンローエの軍が前日に比べてやたらめったらユニットを分散させているのが特徴的な気がします(これが良いのか、悪いのかはよく分かりませんけど)。マップ左下からはブラウンシュヴァイク公の主力軍が入ってきてます。

 ランヌ軍団と向かい合っているのは、当時プロイセン国内で(主に主戦派の人達に超絶)人気のあったルイ・フェルディナント公の率いる師団です。彼はフリードリヒ大王の末弟の子(つまり甥)で、フリードリヒ大王以来最も優秀な軍人と見なされていたそうです(国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世は大王の次弟の孫に当たります)。ところが、ここでランヌ軍団と交戦し、一フランス軍軍曹に殺されてしまうのです(ザールフェルトの戦い)。

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 ↑プロイセン軍スタックの下のユニットがルイ・フェルディナント公の師団です。

 ……彼の戦死と軍団の事実上の殲滅という知らせは、プロイセン軍司令部において最大の驚愕をもって受け取られた。
 『ナポレオン戦争 第三巻』P51



 私はセットアップやルールの解釈をするばかりでしたが、こかどさんがいくらかプレイらしきものを無理矢理されており、ランヌ軍団をザールフェルトの町へ突っ込ませました(戦闘結果表を見ていると、1:1以上が確保されそうなら殴った方が得そうではないかという話になり、隠匿状態だとしてもユニット数で勝っているから突っ込むだろうということになったのです)。

 で、戦闘結果はExだったのですが、改訂ルールで付け加えられたShock Combatルールによって再度判定するとAr2で、「やったー! ルイ・フェルディナント公が勝った~!!」と私はテンション上がりまくり。

 よくよく見てみると、ルイ・フェルディナント公師団のイニシアティブ値(真ん中の括弧の中の値。訳すならば自発的行動値。指揮官から離れていて指揮下に入れなくても、ユニット毎にこの括弧の数値以下の目をダイスで出せば、行動できる)は5で、スールト軍団の4、3、2などよりも相当すぐれており(尤も、ランヌ自身が優秀で常に毎ターン自動的に行動できるので、イニシアティブ値を使う機会などないとも思われますが)、「Napoleon's Finest」とさえ言われるダヴーの第Ⅲ軍団の4、4、4をさえ上まわります。しかもプロイセン側ではブリュッヒャーもイニシアティブ値が5なので、この両人をいかに活躍させるのが肝か!? とテンションさらに上げ上げでした。

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 ところが……。Shock Combatテーブルにおいては『1806:Rossbach Avenged』のプロイセン軍歩兵のイニシアティブ値は-1という記述があったことに気付き、そうすると結果はExで、このゲームのExは「総戦力の低かった方が全滅し、その戦力の50%相当を大兵力だった側が失う」というものなので大兵力側に結構有利で、プロイセン側は10戦力を失った(2個ユニット壊滅)のにフランス側の損失は5戦力(1ユニットが減少戦力面に)で、テンションは一気に下火となりました(^_^;

 良く考えてみるとルイ・フェルディナント公とブリュッヒャーのイニシアティブ値が5というのは、「(命令されなくても)とにかく突っ込んでいく」2人の性格を踏まえたものに過ぎず、別に優秀さを表しているというわけでもないという気も。まあイニシアティブ値が高い方がShock Combatでは非常に有利なんですが、プロイセン軍歩兵は-1、ザクセン軍歩兵は-2(無理矢理連れてこられているのでやる気が無い。同情しますわ……)、フランス軍親衛歩兵は+2で、やはりプロイセン軍はつらいものがありますね……。



 こかどさんと、「どういうプレイになりそうか」ということを色々話していたんですが、フランス軍がナポレオンで3、ランヌで1、ダヴーで1、ミュラで1の軍団を必ず行動させられるのに対し、プロイセン軍はブラウンシュヴァイクで1、ホーエンローエで1を必ず行動させられるに過ぎない(ただし1つの軍・軍団のまとまり(フォーメーション)の規模はプロイセン軍の方が大きいですが)ので、フランス軍としてはその「自動的に行動を可能とする6つの権利」をなるべく同時にいっぺんに敵にぶつけられれば事が相当優位に運ぶでしょう。

 一方でプロイセン軍側は、ブラウンシュヴァイクとホーエンローエの軍をなるべくうまく使いつつ、できるだけ自軍にとって有利な場所(小川や町や斜面は防御に有利)でしかフランス軍が会戦をしかけられないようにしたいところではないか、と。

 勝利条件はポイント制になっていて、いくつかの要素がありますが、差がつきやすくでかいと思われるのは両軍の損失比率によるもので、以下のようになってます。

プロイセン軍の損失:フランス軍の損失
           3:1以上  …… フランス軍のVPに+3
           2:1     ……            ±0
           1:1     ……            -2
           1:2     ……            -3

 つまり、プロイセン軍の損失がフランス軍の損失の1.99...倍以内なら、フランス軍のVPが-2されるということ? プロイセン軍側は結構敗北していても、まだフランス軍のVPを削れるわけです。大敗北でなければVP損にはならない。

 そしてまた最終的な勝利段階はVPが同点までならプロイセン軍の勝利なので、その他のVPでフランス軍は3ポイント以上取るのでなければならないでしょう。

 プロイセン軍としては、とにかく自軍の損失を抑えつつフランス軍に損失を与えるのが重要だと思います。フランス軍としては、損失が同じくらいならば完全に負け決定コースで、自軍の損失の2倍くらいの損失は少なくともプロイセン軍に与えたいところ。これは、デザイナーズノートをチラ見したところ、ナポレオンの狙いはロシア軍がプロイセン軍と合流してしまう前にプロイセン軍を完全に撃破してしまうことにあったので、プロイセン軍をボロボロにしてしまうのでなければフランス軍の勝ちとは言えず、辛勝程度ならばロシア軍とプロイセン軍が合流してしまった暁にはやばいことになるから……ということなのだと思われます。

 ですから、プロイセン軍としてはうまく立ち回れば勝ちにはできるし、逆にフランス軍は大勝しなければそれは勝ちではないということになりますね。

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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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