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OCS『South Burma』(仮)製作のために:ビルマで中国国民党軍が極度に消極的だった理由と、イギリスが中国軍をビルマに入れたくなかった理由

 本屋でたまたま、『インテリジェンスで読む日中戦争』という本を見つけまして、1942年のビルマ戦線における中国、イギリス、アメリカに関しても記述があるようなので買って読んでみてました。

 すると、ビルマ戦線で中国国民党軍が極度に消極的だった理由と、イギリスが中国軍をビルマに入れたくなかった理由が書かれていて、「なるほど……!」となりました。


 中国国民党軍の消極的な姿勢というのは、たとえば↓のようなものでした。

 3月19日、激しい議論ののち、スティルウェルはようやく、トングーの危機に陥っている第200師の救援のために第22師をビルマに移動させるという了解を取りつけた。- 少なくとも取りつけたと考えた。彼はさっそく、中国第5軍の司令官杜聿明に必要な命令を出した。ところが杜も、フランスで教育を受けたインテリだという第22師の師長廖耀湘少将も、怠慢ということにかけては大の達人だった。くる日もくる日も彼らは、何かと口実を見つけては第22師を戦闘に参加させずにすませようとした。鉄道輸送に問題がありすぎる、途中があまりにも危険である、日本軍の戦車隊が多すぎる、廖師長としては増援部隊を待ちたい、日本軍の先遣隊が入り込んでいるので連隊の移動は不可能である、などといった調子である。スティルウェルに話しかけられそうだと見ると、杜は自分の部屋に逃げ込んでしまったり、大声をあげて部下に当たってみせたりするのである。「腰抜けども」と、スティルウェルはあとで杜と廖のことを書いている。「撃ち殺してしまうわけにもいかない。首にするわけにもいかない。……といって話をするだけでは何の効果もない」。

 アレクサンダー将軍も、前線に杜将軍を訪れ、野砲をどこに配置したかと尋ねたとき、スティルウェルが直面している問題をある程度理解した。杜は野砲は引き揚げたと答えたのである。「しかし、それでは役に立たないでしょう」とアレクサンダーは尋ねた。

 「閣下」と杜は答えた。「第5軍はわが国最良の軍隊ですが、それは第5軍だけがともかく野砲をもっているからなのです。ですから、この砲は大切に扱わなければなりません。万一壊してしまったら、第5軍はもはや最強軍ではなくなってしまうのですから」。

『中国=ビルマ=インド』P24




 『インテリジェンスで読む日中戦争』で書かれていた、中国国民党軍がビルマで極度に消極的だった理由は、↓のようなもの。

1.蒋介石は、ビルマ戦線に中国国民党軍の大軍を割いて、しかもそこで大損害を受けでもしたら、日本軍はその機に乗じて中国本土の他の前線を攻撃し、中国本土の戦域が崩壊しかねないと恐れていた(P68)。

2.外国からの軍事支援は乏しいものだった(かつ中国では軍備を生産できない)ので、装備の使用に慎重にならざるを得ない(P70)。

3.日本との戦争後に予想される中国共産党との内戦のことを考えると、装備を持っているということ自体が中共軍に対する優位になるから、外国からの軍事支援による装備を使わずに貯蔵しておきたい(P70)。


 特に↑の3が重要だと思われました。



 『中国=ビルマ=インド』の記述も探してみると、上記3も書かれていましたが、↓もありました。

4.蒋介石は自然要害と、連合軍の努力によって日本軍が弱るのを待つという戦略であり、ビルマで中国国民党軍を戦闘に参加させることに消極的だった(P18)。


 また、蒋介石にとって、ビルマルートによる中国への軍事支援は重要ではあるものの、アメリカはヨーロッパ戦線への支援を極度に重視するという政策で、アジア方面でも太平洋戦域が重視されており、しかも恣意的に中国向きの物資がヨーロッパ向けに振り替えられたりで実際に受け取れているのは微々たる量に過ぎなかったので、「ビルマルートの維持」と「中国国民党軍の維持」を天秤にかけると、後者の方が重要だという判断になった……ということだとも思われました。



 一方で、イギリス側の思惑について。

 イギリス軍のウェーヴェル将軍が「ビルマに中国軍を入れたくない」と思っていて、中国軍が入ってくるのを最初許可しなかった……というような記述は今まで何回か見ていたのですが、理由については全然分からないままスルーしていました(理由書いてあったかもですが(^_^;)。

 『インテリジェンスで読む日中戦争』によると、そもそも「イギリスは、蒋介石政権に対する支援に熱心でない」(P74)と……(アメリカ、というかフランクリン・ルーズベルト大統領は割と熱心だったけども、出先機関などの運用がうまくいかず。イギリスは、現場の人は割と熱心なのだけども、チャーチルなどが蒋介石支援に反対で却下しまくった(P80))。

 それどころか、日本を利するかのようにイギリスは1940年7月から3ヵ月間、ビルマロードを閉鎖してしまい、その間に日本の対中攻撃が激化したそうです(P74)。

 いったいどういうことかというと、こういう風なことらしいです。

 日英開戦後、蒋介石は、香港奪還のために3個軍を派遣するとイギリスに申し出ましたが、拒絶されます。蒋介石がなおも出兵を主張すると、イギリスは「防空援護をしない」と答えました。
 イギリスとしては、香港は自分のものだから自分の力で日本から取り戻したかったのです。中国軍の力を借りれば、あとで、「日本人が大英帝国から奪った植民地を中国人が取り戻した」と蒋介石に言われかねないからです。
 【……】
 【蒋介石にとって】ビルマ・ルートが重要なことに変わりはありません。日英開戦前に英中が軍事協力について協議した際は、中国側が10個軍をいつでもビルマに入れるように準備することで合意していました。
 ところが実際に日英間で戦争が始まると、イギリスはラングーンとビルマ・ロード防衛のために中国軍部隊をビルマに入れることに断固反対しました。表向きは道路状況が悪いから「安全上」インド軍を使う方が良いということでしたが、本音は香港奪還に中国軍を使いたくなかったのと同じ理由でしょう。
『インテリジェンスで読む日中戦争』P78,9


 しかもイギリスは、第二次世界大戦中に中国に対して分裂工作(中華民国内で独立性が強かった地域に独立工作を仕掛けたり、中国共産党を支援したり)を仕掛けていたそうです。つまり、日本が強くなるのも困るけども、中国が強くなるのも困る、なぜなら、ビルマや中国におけるイギリスの利権が大事なわけですから。


 それに比べるとアメリカは当時「ウィーク・ジャパン」という、「日本が弱くなればアジアは平和になってよい」と考える政策を実行していたそうで、中国を支援する方向だった。ただし、中国共産党の力を軽視しまくっており、国民党を十分には支援しきれなかったことによって、中国共産党を太らせてしまい、ここ100年における対中政策を誤ってしまったのだ、と……。


 「国民党を十分には支援しきれなかった」件ですが、スティルウェル将軍が現地で自分の恣意で国民党への軍事支援物資をねじ曲げまくっていたらしく(P54)、また、本来中国=ビルマ=インド戦域には当初別の人物が赴任することになっており、荷造りまでしていたのに、ジョージ・C・マーシャル陸軍参謀長が個人的な理由で、昔からの部下でずっと階級が下のスティルウェルを無理矢理ねじ込んだのだとか。マーシャル将軍は素晴らしいリーダーシップを持った人物だと通常賞賛されていますが、この点については一部から非常に批判されたりしているそうで、そこらへん興味深かったです。


<2024/04/26追記>

 『失敗したアメリカの中国政策―ビルマ戦線のスティルウェル将軍』という本を購入して読んでいたところ、また色々と違うことが書いてあったので、そこらへんを追記してみようと思います。

 英国に対しては、帝国主義国家の筆頭、最初に中国の主権を侵害し、不平等条約の先鞭をつけた国として、中国は恐れ、嫌っていた。
『失敗したアメリカの中国政策―ビルマ戦線のスティルウェル将軍』P268

 中国は伝統的にビルマに曖昧な所有権を主張し、放棄したことがないので、英国はそのビルマに中国軍が入ってくるのを少しも望まなかった。彼らがいったん国境を越えたら、中国人を大嫌いな地元住民と問題を起こすほかに、居座ってしまう恐れがあった。ウェーヴェルはインド軍部隊の増援を待っており、当然、「大英帝国に属する国は、外国の軍隊ではなく、帝国の軍隊によって防衛される」ことを望んだ。おまけにビルマでは、中国からの大量の流入を養うこともできないし、移動させることもできないと知らされていた。
『失敗したアメリカの中国政策―ビルマ戦線のスティルウェル将軍』P270

 【日本軍がビルマへの侵攻を始めると】いらないと一度は断った中国軍が急に頼もしくみえてきた。英国はビルマ第1師団をラングーン防衛に転用するため、同師団が布陣していたビルマ東部国境地帯のシャン諸州の防衛の肩代わりを中国軍に要請した。
『失敗したアメリカの中国政策―ビルマ戦線のスティルウェル将軍』P279

 【中国軍が】戦意を失った原因のひとつは、日本軍とはもう十分長く戦ってきた、今度はほかのだれかが戦う番だと中国人が思っていたこと、ひとつは、地方では権力を握るため、中央政府の場合は中共との戦いに備えて、それぞれ兵力を退蔵する傾向があったためである。そして最後に、自信を失っていたからでもあった。「中国人は中国の軍隊が日本軍と戦えるなどと思っていない」とスティルウェルは書いている。
『失敗したアメリカの中国政策―ビルマ戦線のスティルウェル将軍』P302



 また、この本によると、イギリスがビルマロードを3ヵ月間ストップさせたのは、日本から外交圧力によるものでやむを得ずであったとありました(ただし、ストップさせたこと自体は中国側の恨みを買った)。

 それからマーシャルがスティルウェルを中国に派遣したのは、そもそもアメリカ陸軍の訓練などにおいてスティルウェルは非常に優秀で、マーシャルからスティルウェルが第一級の人物だと見なされていたことがあり、しかも中国への派遣の問題が持ち上がった時、別の人物を厄介払いするために推薦したところ、却ってスティルウェルを派遣せざるを得なくなった事情があったということでした。この本を読んでいた感じでは、マーシャルがスティルウェルを中国に派遣した時の判断としては、非難されるべきような感じは受けませんでした(その後もずっとスティルウェルをとどまらせたことに関してはどうか分かりませんが)。

<追記ここまで>

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 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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