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OCS『South Burma』(仮)製作のために:ラングーン陥落後の連合軍の新作戦態勢

 これまで、陸戦史集『ビルマ進攻作戦』から、ラングーン陥落後の日本軍、英印軍、中国軍の作戦計画についてまとめてました。





 同書で続けて、「連合軍の新作戦態勢」(P109~111)というのがあって、割と重要そうだなと思ったのでまとめておきます。というか、OCS『South Burma』(仮)製作のために:ラングーン陥落後の英印軍の作戦計画 (2023/10/24)に描いてました第1ビルマ師団の推測の後退路は間違ってました(^_^;


 ↓その間違っていた地図。「1 Burma Div」から延びる赤い矢印の経路は間違いでした。

unit8503.jpg





 ↓今回作った地図。「1 Burma Div」はエダッセ(Yedashe)にまず撤退し、3月21日頃にそこで集結、その後タウンギー(Taungdwingyi)へ鉄道で移動したそうです。

unit8494.jpg



 3月19日までに中国軍の第200師団の前進部隊(戦史叢書『ビルマ攻略作戦』P292によれば第598連隊)がピユ(Pyu)方面に進出しており、19日に日本軍から攻撃を受けてトングー周辺の主陣地に下がったそうです。


 時間的に遡りますが、第1ビルマ師団の3月11日~17日の動きは、『Indian Armed Forces in World War II - The Retreat from Burma』の地図からです。諸資料によると、ラングーン陥落後の第2段階での最初の戦闘は3月17日にキョクタガ(Kyouktaga)で起こったようです。


 画像には東西にまたがるようにして2本の赤線が引かれていますが、実はこれはマップ割(案)でして、上の線は一番南のマップの北端の線、下の線は真ん中のマップの南端の線です。前者は単純に、一番南のマップの南東端を決めた後のOCSのマップのヘクス数から自動的に決まった線なのですが、後者は「第2段階はプロームとトングーの少し南から始まったのだろうから、マップ間を1ヘクスだけ重ねるのではなく、南端をもっと南にずらしておいて、マップ2枚で第2段階全体を再現できるようにできれば」と思ってずらしておいたのでした。

 今回調べたことからすると、まさにその南端のキョクタガ(Kyouktaga)で第2段階が始まったわけですが、あまりにもギリギリすぎて困惑してしまいました(^_^; 本当にキョクタガ戦から始めるならば、さらに数ヘクス南にずらしておかないとダメなんじゃないでしょうか。しかし、ここらへんの戦いは小競り合い的なもので割とすぐにトングーに近づき、しかし3月22日にトングーの1ヘクス南のオクトウィン(Oktwin)で予想外の中国軍の抵抗にぶつかったということなので、マップ2枚シナリオ上では最初の数日分は省略するという方向性はあるだろうと思います。

 より重要なのは、プローム方面での(省略できなさそうな)戦いがどこらへんから始まったかでしょうか。そこらへん、今後見ていくということで。

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 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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