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OCS『South Burma』(仮)製作のために:ラングーン陥落あたりまでの第15軍麾下の独立部隊について

 現状ではOCS『South Burma』(仮)の日本軍側は、第55師団と第33師団隷下の部隊しかユニット化していないのですが、第15軍【ビルマ作戦の軍】麾下の独立部隊もいくらかあったようです。

 ゲーム中の最初の10ターンくらいはそれらは出てこない(ような)のですが、シッタン川を渡る頃(第13ターン頃)には、前線の部隊としていくらか記述が出てき始めます。そこで、それら独立部隊の投入予定に関する記述を戦史叢書『ビルマ攻略作戦』からまとめてみようと思います(ただし今回はラングーン陥落あたりまで。ラングーン陥落後はまた、結構独立部隊が投入されるようです)。


 ただし、OCSでは高射砲部隊なんかはユニット化されないのが通例ですし、他のウォーゲームでも通常ユニット化はされない輜重部隊は通信部隊なんかの情報もあるので、ユニット化されそうなものだけを抜き書きしていきます。
(「独立自動車第○○大隊/中隊」とかってのは、私は戦闘部隊かと思っていたのですが、今回調べてると兵站部隊の一覧の中にあったり、旧日本軍(陸軍)自動車第32連隊について、その役割や行動などが分かる資料を探している。から、輜重部隊なんだろうなと思いました。なので、今回のリストから抜きました)


 南方軍は、マレー作戦の予期以上の進展と同軍後続部隊の輸送状況などにかんがみ、第25軍【マレー作戦の軍】じ後の作戦に必ずしも必要としない部隊その他転用可能の兵力は、逐次第15軍方面にその輸送先を切りかえ、同軍の指揮下に入れた。
『ビルマ攻略作戦』P98


 以下、抜き書きします。

1月15日の南方軍命令による転用
 独立工兵第4連隊(甲) (第25軍から)

1月18日の南方軍命令による転用
 独立速射砲第11中隊 (第25軍から)(カムラン【ベトナム南中部?】)
 戦車第2連隊軽戦車中隊 (同右)(カムラン)
 独立工兵第20連隊(甲) (同右)(カムラン)
 独立工兵第26連隊の1中隊(2小欠) (川口支隊から)(ボルネオ)

2月14日の南方軍命令による転用
 独立混成第21旅団砲兵隊 (第21師団から)(インドシナ)

3月3日の南方軍命令による転用
 独立工兵第14連隊(丁)(1中欠) (本部、1中隊は第16軍から。1中隊は第25軍から)
 独立工兵第26連隊(丁)(1中欠) (1中隊は第16軍から。本部、1中隊は第25軍から)



 「独立工兵」部隊というのが情報的に多めです。幸いにして、↑のうちの独立工兵第20連隊の戦記『独立工兵第二十連隊戦史』の第1編と第2編を奈良県立図書情報館でコピーできており、他の独立工兵部隊の話も含めていくらか情報がありそうなので、別にブログ記事を設けて検討することにしようと思います(他に今回出てくる独立工兵部隊が蔵書にないか検索してみたのですが、ないようでした)。

 独立工兵部隊以外は、↑では3つだけですね。



 さらに、シッタン川橋梁が爆破され、シッタン川西岸からラングーンへと向かおうとする時点での第15軍命令から(P165。カタカナをひらがなに直します)。

 第55師団(川島支隊欠、戦車第2連隊軽戦車中隊、独立速射砲第11中隊、渡河材料第10中隊の一部属)は主力を以て3月3日夜「シッタン」河の渡河を開始し所在の敵を撃破しつつ其の作戦地域を先つ「ペグー」南方地区に向ひ前進すへし


 ここに、先ほどの記述独立工兵以外の3つのうち、2つが出てきています。


 この2つの部隊のユニットをとりあえず作ってみました(速射砲というのは対戦車砲のことだそうです)。


unit8520.jpg

 「戦車第2連隊軽戦車中隊」ですが、『戦車第十四聯隊戦記』P164によれば「戦車第2連隊第1中隊(九五式軽戦車装備)」です。

 タイから陸路進攻した戦車第2聯隊第1中隊 (九五式軽戦車装備)がワウ(ペグー東北方)でM3【スチュワート】軽戦車と遭遇し、その火力装甲防護力の格差から、苦闘の結果、中隊長の指揮する1コ小隊が全滅し、続いて進出してきた独立速射砲中隊も全く歯が立たず、その全火砲を蹂躙された。M3軽戦車は、ビルマ戦線の日本軍にとって最新最大の脅威になっていた。
 聯隊は、ろ獲したM3軽戦車1両を入手し、これを撃破するための研究訓練に早速取り組んだ。M3軽戦車は、アメリカ製で、その火砲は、わが九五式軽戦車と同口径の37ミリであるが、貫徹威力は著しく優れ、その装甲厚は表面硬化された10~50ミリもあり、わが徹甲弾をピンポンの球のように跳ね返し、その機動力は空冷星型エンジン (航空機用)とゴムパットを着けたキャタピラにより最高時速57キロを出しうるものである。彼我の技術、性能の差が歴然としていた。このM3軽戦車に対して、どこに勝目を見出すのかが緊急な問題となった。一応の結論は、M3軽戦車の戦力発揮が困難な地域(錯雑地)に誘致し、不意にその側背、至近距離に進出し、軌道部、砲塔回転部等を砲撃し、機動力と戦車砲火力を封ずることであった。
『戦車第十四聯隊戦記』P164




 この時日本軍がやられたイギリス第7機甲旅団の戦車部隊ユニットは、現状↓のようにユニット化しています。

unit8519.jpg


 ユニット上の総戦力では、英印軍は戦車2個大隊(12戦力)、日本軍は戦車と対戦車砲の2個中隊(4戦力)なので、そこらへんの問題でやられてしまったのだという解釈も成り立つかもとは思いますが、どうなんでしょう(^_^; また、日本軍は戦車中隊全部がやられたわけではなく、1個小隊が全滅です(対戦車中隊は全滅(T_T))。

 日本軍の戦車中隊のアクションレーティングですが、もしかしたら2もありかもですが、3はあって欲しい/あったんじゃないかという願望込みで3に(3は普通、2は劣るというレーティングです)。イギリス軍の第7機甲旅団は北アフリカ戦での歴戦の部隊であり、アクションレーティングは5はないとしても4は確実にあると思われるので、その4と3の差と戦力差でやられたという感じで……。

 またOCSの兵科マーク的に、イギリス軍戦車ユニットは日本軍戦車ユニットに対して平地で2倍の攻撃力を持ちますが、日本軍が攻撃側に回った時には1.5倍にしかなりません(防御時は両軍とも×1倍)。一方で、日本軍の軽戦車中隊が例えばインド人部隊に攻撃をかけた場合には攻撃力2倍になります。





 日本軍の独立速射砲第11中隊ですが、37ミリ砲装備だったそうです(『ビルマ攻略作戦』P167)。

 『第2次大戦事典②兵器・人名』P59によると、「94式37ミリ速射砲【……】の徹甲能力は極めて低いものであったが、ほかに高性能の対戦車砲がなかったため、ないよりましといった存在であった。」とあったので、そこらへんの性能的な劣勢から、アクションレーティングを2としてみました(1でも良いくらい?)。

 日本語版Wikipedia「九四式三十七粍砲」によれば、「運動性は繋駕(馬にひかせる)、駄載(馬にのせる)もしくは人力牽引とし」とあるので、徒歩移動タイプにしてみました(移動力が2の4であるのは適当です(^_^;)。




 あと、「独立混成第21旅団砲兵隊 (第21師団から)」というのもありますが、編制・編成が全然分かりませんし、今後また何か記述が見つかったら考えるということで……。

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Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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