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日本軍とイギリス軍の「ラングーン放棄」の違いは、言霊信仰のあるなし?

 先日、↓で日英両軍の「ラングーン放棄」の比較について書いていましたが、両者の大きな違いの要因として日本人の「言霊信仰」があるのではないかということに思い至りました。

ビルマ方面軍司令官木村兵太郎中将の「敵前逃亡」についての、初見的考察 (2023/09/04)


 「言霊信仰」とは、「言葉には現実に影響を及ぼす力が宿っており、良い意味の言葉を発すれば良いことが起こり、悪い意味の言葉を発すれば悪いことが起こると信じる」というようなことで、日本社会では無意識にもこれが信じられているといいます。

 日本語版Wikipedia「言霊」によれば、

山本七平や井沢元彦は、日本には現代においても言葉に呪術的要素を認める言霊の思想は残っているとし、これが抜けない限りまず言論の自由はないと述べている[4]。山本によると、第二次世界大戦中に日本でいわれた「敗戦主義者」とは(スパイやサボタージュの容疑者ではなく)「日本が負けるのではないかと口にした人物」のことで、戦後もなお「あってはならないものは指摘してはならない」という状態になり、「議論してはならない」ということが多く出来てきているという[5]。


(脚注にある井沢元彦『言霊の国解体新書』は昔読みましたし、山本七平・小室直樹 『日本教の社会学』も多分読んだのではないかなぁと思うのですが、処分してしまって今手元にありません(>_<))





 例えば、↑これらの本に書いてあったことだと思うのですが、欧米では結婚の時に、「もし離婚することになった場合にはこうこう」とあらかじめ決めておくというのです。日本では、結婚の時に離婚する場合のことを話し合うなんて、まったく考えられないでしょう! 欧米での結婚でホントにそんなことをするのか、私は信じがたいのですが、もしホントにするのだとすれば、私もまったく言霊信仰の支配下にあると言えそうです。



 1942年3月初旬の英連邦軍による「ラングーン放棄」ですが、日本軍のビルマ侵攻が始まった時点(1月20日)で、ビルマ方面軍司令官となっていたハットン中将はラングーンが陥落した時に備えて、ラングーンにあった大量の補給物資をビルマ北部へと移す作業を開始しました。ビルマは、イギリス軍の策源地であるインドと繋がっている良好な陸路がなく、海路はラングーンとしかほぼ繋がっていなかったので、補給物資の移送なしでラングーンが陥落した場合、即時にビルマ全土の英連邦軍が干上がってしまうという理由もありました。そしてこの作業のお陰で、ラングーンが陥落した後も在ビルマの連合軍があっという間に全崩壊することはなかったのです。

 また、その上級司令官であったウェーヴェルは徹頭徹尾、日本軍を阻止できると考えており、日本軍がラングーンに近づいた時でもラングーン保持を(ハットンを解任して新たに司令官とした)アレクサンダーに命じましたが、確か「ただしやむを得ない場合にはラングーンを放棄してもよい」という一文を入れていたと思います。


 一方1945年4月下旬の日本軍の「ラングーン放棄」ですが、私自身まだ資料を詳しく読み込んだわけではないですが、「あらかじめラングーンを放棄せざるを得なくなった場合について考えておく(準備しておく)」ということを、ビルマ方面軍司令部自体がやっていなかったのではないでしょうか(これまで読んでいた限りでは、そのような行動があったという記述は見ていないと思います)。もし幕僚の一人がそんなことを言い出したら敗北主義者のそしりを受けたことでしょう。「そんなことを言うから負けるのだ」あるいは「そんなことを思うだけでも、負けに繋がる」というわけです。

 4月13日の時点で、第28軍司令官であった桜井省三中将が木村兵太郎中将に対して「どうぞ早くモールメンに下がって下さい」と意見具申していますが、この意見具申はかなり悩んだ上でなされたものらしく、「誰かが言ってあげないと」いけないだろうということがあったようです。当時の日本軍であらかじめラングーン放棄について考慮してそれを言葉に出して木村中将に伝えたのは、桜井中将しかいなかったということが、非常にありそうな気がします(桜井中将は、先を見通す能力に長けていたという印象もあります)。

 また、日本兵や日本人民間人においても、「やばそうだ」とは思っていたとはしても、あらかじめラングーン放棄について口に出したり準備したりすれば敗北主義者として容易に糾弾されることが分かりきっている中ではそれに順応して、ラングーン放棄を考えもせずに奮励努力していたということが想像できるような気がします。



 このようなことは別にラングーン放棄についてだけでなく、日本軍や日本社会全体がそうであった(今もそう)でしょう。

 最近、日本軍や日本軍兵士について「うまく行っている時はいいが、予期しないことをされると弱い」という指摘を複数見て、「いや、そんなの、どんな軍隊でもそうなんじゃ? 逆に、予期しないことをされても強い軍隊って具体的にどこの軍隊?」とか思っていたのですが……。

 例えば↓。

一方、日本兵の短所は「予想していなかったことに直面するとパニックに陥る、戦闘のあいだ常に決然としているわけではない、多くは射撃が下手である、時に自分で物を考えず「自分で」となると何も考えられなくなる」というものであった。
日本人は知らない、米軍がみた日本兵の「長所と弱点」 米軍報告書は語る


 また、ビルマ戦に勝利したスリム将軍は著書(『Defeat into Victory』?)の中でこう書いているそうです。

「日本軍は意図がうまくいっている時はアリのように冷酷で、勇敢だ。しかしその計画が妨げられたり、退けられたりすると - 再びアリのように - 混乱に陥り、順応し直すのが遅く、必ず最初の構想に長くしがみつきすぎた」
(引用は『戦慄の記録 インパール』P131から)



 あるいは、日本軍のマラリア対策に関する新聞記事で↓こういう記述がありました(2020年8月3日。読売新聞)。

「日本の組織には、うまくいっている時には緻密さや几帳面さがあるが、いったん狂い出すと、修正がききにくくなる側面があるのではないか。方向性を途中で変えにくい空気が、今もあるように思う」


 これらの指摘に関して、今まで得心がいってなかったのですが、言霊信仰のことを考え合わせてみると「なるほど……!」と納得できた気がしました。

 日本社会や日本軍は、悪い結果になった場合にどうするか、考えない傾向が強い。悪い結果になるということを考えたり、口に出したり、備えたりしてしまえば、それが敗北に繋がると信じられており、また周りの人達に敗北主義者だと非難されるから。それに対して欧米社会や欧米の軍は、悪い結果になった場合について考えておいたり、準備したりしておくことができる……。

 もちろん、悪い結果になった場合のことを考えないからこそ「強い」だとか、余計なことを考えずにひたすら勝利に向かって前進できる、ということもあるとは思います。

 ただ、プロイセン軍に端を発する参謀組織というのは、あらかじめあらゆるケースに関して考え、準備しておく(おける)ということに強みがあったはずなのに……。


<2023/09/14追記>

 『戦慄の記録 インパール』を読んでいたら、牟田口司令官がまったくそのように思っていたことについて書いてあったので、追記してみます。

 この作戦【インパール作戦】をどう終わらせるか、牟田口司令官は想定していなかった。その理由について、「回想録」にこう書き残している。
「万一作戦不成功の場合、いかなる状態に立ち至ったならば作戦を断念すべきか。このことは一応検討しておかねばなるまい。作戦構想をいろいろ考えているうちに、チラっとこんな考えが私の脳裡にひらめいた。
 しかし、わたしはこの直感に柔順でなかった。わたしがわずかでも本作戦の成功について疑念を抱いていることが漏れたら、わたしの日ごろ主張する必勝の確信と矛盾することになり、隷下兵団に悪影響を及ぼすことを虞【おそ】れたのである
『戦慄の記録 インパール』P189



<追記ここまで>




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