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OCS『South Burma』(仮)製作のために:内陸部の重要性&ハーフマップ案はなし?

 以前ブログかツイッターで書いていたと思うのですが、「The Burma Campaign」というウェブサイトがあり、参考になるかもとは思ってました。


 今日、ふとまた覗いてみたところ、先日ユニット化だけとりあえずしていたビルマ小銃大隊×10個に関して、非常に詳細な個別のページがあることに気付きました。しかも今まで手持ちの資料で見たことがなかった、詳細な部隊配置や部隊移動が記されたマップなども!

 「これはヤバいほど有用……」とヨダレを垂らしながらDeepL翻訳で読みつつ、ユニットのレーティングを変更していったりなどしていたのですが、その中で第2ビルマ小銃大隊が2月中に置かれていた位置について非常に興味深いことがわかりました。


unit8571.jpg

 同大隊は2月中ほぼ、赤い○で囲んだパプン(Papun)という集落に置かれていたというのです。史実では日本軍の進撃路は画像の下の方の矢印のようなものでしたが、上の方の矢印のようにして一部の部隊が進み、非常に重要な障害であるシッタン川を渡ってしまう可能性もあるとして、そうならないように置かれていたのでしょう。

 同大隊は、日本軍がシッタン川を渡ってしまうと、西方へ退却しました。


 ゲーム中でも、日本軍はパプンを経由してシッタン川渡河を図ろうとすることも可能でなければならないということだと思います。逆に、英連邦軍側も、このような内陸にユニットをポツンと置いていても一般補給などの上で問題は(ほぼ)ないという風にしなければなりません。『Burma II』の地形効果表そのままではそれは全然無理なのですが、一つの方法としてはビルマ小銃大隊は(日本軍と同様に)「食糧表」を使用して一般補給を得られる、とかでしょうか。ただ、食糧表はアクションレーティングが高くないとヤバいことになるのですがビルマ小銃大隊のそれは高くなく、そこらへん更に特別なルールが必要にはなります。


<2023/07/04追記>

 その後、『First Burma Campaign: The Japanese Conquest of 1942 By Those Who Were There』という英連邦軍大佐?による本を読んでいましたら、なかなかにこの本は英連邦軍の動向に関して詳細で(ただし日本軍に関しては詳しくなく、英連邦軍を「我々」と呼び、ビルマ人や日本軍に対しての偏見があるように感じられます(^_^;)、別のビルマ小銃大隊も内陸部の監視に当てられていたことが分かりました。



 ShwegunとKamamaungの渡し場は第4ビルマ小銃大隊が監視し、Salween川とDontami川【マルタバン近く?】沿いのパトロールも行った。後に第8ビルマ小銃大隊の中隊がKamamaungの駐屯地を引き継いだ。この場所とShwegunの分遣隊は、我々がSalween川の下流から撤退する際もそのままの位置に留まり、その後Papunで第2ビルマ小銃大隊の指揮下に入った。
『First Burma Campaign: The Japanese Conquest of 1942 By Those Who Were There』P79




unit8567.jpg


 また、この本を読んでいると、(モールメンを占領した)日本軍側は、多くの筏、川船、大きなボートを所有していることが分かっており、それらを利用してサルウィン川の上流のDagwin(画像の赤い□)や、海岸線上で英連邦軍の背後に上陸することも可能だと考えられたため、それらにも備えなければならなかったそうです。

 日本軍側にそれらが可能なようにできたら面白いとは思いますが、使用するルールは増えますし、あんまり日本軍が好き放題できても困るので、バランスが難しいところかなぁと思います。

<追記ここまで>






 ただ、パプンにそのような重要性があるならば、あることを諦めねばならなくなりました。


unit8570.jpg

 ↑この画像全体(赤い□内)がフルマップ1枚の広さです。一方で水色の□で囲った部分がハーフマップ1枚の広さであり、ラングーン占領までの第一段階については、このハーフマップ1枚でプレイできるのではないかと考えていたのでした。ところがくだんのパプンは赤い○の位置でして、パプンからシッタン川への小道はハーフマップの領域からはみ出てしまうわけです(^_^;

 ただ、青い○で囲った場所には中国軍の第200歩兵師団がいて、日本軍はシッタン川を渡ったものの、北方から有力な中国軍が南下してくるという情報もあって、ラングーン攻略を急がなければならなくなったという話もありました(『歩兵第百四十三聯隊史』P3)。しかし逆に、日本軍はシッタン川を渡って中国軍が近くにいる段階で、いっそまずは中国軍側に進んでそれに大打撃を与えようかという考えもあったそうです(どこで読んだか忘れました(^_^; また見つけたら書いておきます)。

 そういう様々な作戦案や、あるいはジレンマなどがマップ上で再現されるためにはフルマップ1枚でなければならないだろうという気もしますから、フルマップ1枚が必要ということで全然いいのかもしれません。

 ただ、西の方の1/4は全然関係なさそうなので、折ってプレイしても良いかもですね。この西1/4の領域は、1944~45年の戦いの時にはこの辺りに英連邦軍が上陸作戦を行ってラングーンを奪取してしまうのではないかという恐れがあっていくらかの日本軍部隊が置かれており、その中には非人道的超絶根性主義で味方兵士をも散々苦しめ自殺に追いやった花谷正中将もいました。44~45年の戦いもできればゲーム化したいので、その時には必要になってくるはずです。

第2次アキャブ戦で第55師団長であった花谷正中将がとてつもなく酷い将軍であったことを知りました (2022/05/08)
『戦死 インパール牽制作戦』から、花谷正第55師団長が高く評価されていたことに関する記述を抜き出してみました (2022/06/11)



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 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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