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『The Italian War on the Eastern Front, 1941-1943』から、東部戦線のイタリア軍は人道的で、現地民に何も悪いことをしなかったのか?

 『The Italian War on the Eastern Front, 1941-1943: Operations, Myths and Memories』を再びDeepL翻訳で読み進めてました。






 以前、『Sacrifice on the Steppe: The Italian Alpine Corps in the Stalingrad Campaign, 1942-1943』を読んでブログ記事を書いていた時に、「この本では、東部戦線のイタリア軍は現地民に(ドイツ軍がひどいことばかりしたのに対して)人道的なことばかりして、ひどいことはほとんどしなかった……という感じで書かれているが、本当だろうか?」ということが気にかかっていました。

 ↓そこらへんについて書いていたもの。

『Sacrifice on the Steppe』 イタリア軍兵士達とロシア住民との良好な関係 (2017/05/14)

東部戦線のナチス・ドイツ軍兵士の蛮行や残虐性について (2017/07/17)

東部戦線でのイタリア軍兵士のソ連市民への残虐行為はあったか? (2017/10/31)

メッセ将軍率いるイタリア軍のロシア戦線派遣軍団(CSIR:~1942年春)の人道的な態度まとめ(付:OCS『Case Blue』) (2019/10/06)



 『The Italian War on the Eastern Front, 1941-1943』にはそこらへんの分析も載っているということで楽しみにしていたのですが、ようやくそこまで辿り着きました。結論としては、イタリア軍兵士がひどいことを全くしなかったとは(当然ながら)言えないものの、そもそもイタリア軍にはどちらかと言えば人道的に振る舞う十分な理由があったということでした。

 ジュスティは、ドイツ軍とイタリア軍の行動の違いの説明として、占領の概念の違いを指摘した。ドイツ軍のレーベンスラウム【生存圏】・モデルが人種階層に基づく完全な【現地民の】服従と絶滅を想定していたのに対し、イタリア軍のスパツィオ・ヴィターレ【生存圏】は現地民を含めようとするものだったのだ。つまり、これは「文明化作戦」であり、「野蛮な」暴力が組織的に用いられたのでは、 うまくいかないというのである。 スコトーニとヴァーチュは、イタリア軍の占領政策における残虐性の低さについて同様の理由を挙げている。すなわち、イタリア軍の占領地域はそれほど広範囲ではなく、イデオロギーの影響は小さく、そしてプロパガンダによりイタリア軍兵士達はソ連国民(特にウクライナ人)を「概して肯定的に見るようになった」。要するに、兵士達の人間性がというよりは、イタリア軍の意図と目標が彼らの行動の基調となったのだと。
『The Italian War on the Eastern Front, 1941-1943: Operations, Myths and Memories』P244

それでもなお、イタリア軍は一般的に「戦争中にひどい略奪者とみなされることはなく」、また強姦をしがちともみなされていなかった(同様の証言はルーマニア軍とハンガリー軍に関しても見られる)。とはいえ、ドイツ軍は、長い冬の休息を終えて東に移動した第35軍団(旧CSIR)による「市民住民に対する行動に関して、かなり不快な事例」を報告しており、イタリア軍兵士は村を焼いたり、 罪のない人々を射殺したり、売春を強要したり、略奪をしたりなどの暴虐的な行動に関与したりもしていたのである。
『The Italian War on the Eastern Front, 1941-1943: Operations, Myths and Memories』P246,7

 イタリア軍兵士達はヒトラーの兵士達のように犯罪行為への白紙委任を受けることはなかったし、ドン河での敗北後も「イタリア軍兵士が現地民に対してより暴虐になることはなかった」。実際、彼らを聖人君子と見るべきでないが、撤退時に襲撃するジャガーノート【恐ろしい犠牲を強いる絶対的な力や存在】でもなかった。ベルクホフによれば、「1943年夏に再びウクライナを通過した時でさえ、イタリア軍兵士達はドイツ軍が分け与えることを拒否したドイツ軍側の食料を略奪し、現地民のために仕事をして食糧を分けてもらい、食糧をもらうために歌ったり(このため、「やってくるテノール達」と呼ばれた)、ソ連軍側のビラを配布したり、あるいは自分達の武器まで売ったりしていた。都市住民は、自分達もほとんど食糧を持っていなかったのに、イタリア軍兵士達に食糧を分け与えたのだ。」という。
『The Italian War on the Eastern Front, 1941-1943: Operations, Myths and Memories』P248,9

 【イタリア兵の】回想録は、驚くべきことではないが、イタリア兵と原住民との間の友好的な関係の話で溢れている。しかし、学者がこうした文書を額面通りに受け取ることには注意が必要である。手記だけでなく、ソ連軍が捕獲した手紙であったとしても、資料としての有用性には疑問符を付けねばならない。民間人への虐待や、捕虜の射殺は、故郷の愛する人達との話題としては相応しいと言えないであろう。だが、スコトーニはロシア軍側の資料に基づき、アルピーニ軍団がヴォロネジ周辺の占領地で過度な強制による支配を行わなかったことを実証している。イタリア兵達は防御陣地を作るために民間人から物資を奪い、強制労働に従事させたが、【占領地での】日常生活を大過なく送るためには、現地の自治体との協力が不可欠だった。このやり方は、イタリアの占領地で一般的に行われており、代表者の選出、司法権の強化、衛生的・精神的な援助が含まれていた。実際、解放後のヴォロネジ行政区の市民に対するソ連側の聞き取りによると、市民、捕虜、パルチザンに対する略奪と暴力事件約175件のうち、イタリア軍の犯行はわずか5%だった(ドイツ軍が60%、ハンガリー軍が35%)。これにより、イタリア兵は戦争犯罪を犯さなかったわけではないが、同じ地域のドイツ兵やハンガリー兵よりもはるかに少ない頻度であったことが改めて明らかになった。
『The Italian War on the Eastern Front, 1941-1943: Operations, Myths and Memories』P249,250


 イタリア軍の補給状況は、ドイツ軍のみならず、もしかしたらより本国に近いハンガリー軍やルーマニア軍よりも悪かったのではないかとも思われるので、そんな中での難しさもあったのではないかと思ったりも。

 東部戦線のイタリア軍が現地民に対して基本的に人道的であったことに関して、手放しで褒めるわけにはいかないものの、しかし頻度においてそういう違いがあったということに関しては、より知られるべきではないかなと思います。

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ひまわり

ソフィアローレンのひまわりでも、ロシアの女性がイタリア兵を助けて同棲してましたね。
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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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