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OCSにおけるカーチスP-36とP-40について

 先日、「P-39 エアラコブラ」についてブログに書いてましたが、続けてP-40について調べてみました。



 P-40の元になったのが「カーチス P-36 ホーク」だそうで、違いはエンジンだけだとか。

 P-36 ホークは全金属製引き込み脚でしたが高性能ではなかったそうです。しかし操縦性に優れ、頑丈な作りであったために海外から注目を集め、特に戦闘機が手薄だったフランス軍が発注して導入しました。その際にカーチス社は「ホーク75」(75というのは社内名称がモデル75であったため)という名で売り込んだそうです。


 ↓OCS『The Blitzkrieg Legend』のフランス軍のホーク75ユニット。

unit8786(tBL-H-75).jpg


 ホーク75は、ポーランド戦が始まったばかりの1939年9月8日(英仏は9月3日にドイツに宣戦布告していました)にBf-109の編隊と遭遇戦を行い、2機を撃墜したそうです。




 アメリカ陸軍は戦争が近づく中、1939年1月に次期戦闘機の採用審査を行いましたが、この時大量発注を獲得したのが、P-36のエンジンをアリソンエンジンに換装しただけのP-40でした。

 その理由は高性能のためというわけではなく、機体がP-36そのままだったため、最も安価であり、ただちに量産、就役が可能という点にあった。これは陸軍が当時、いかに近代的戦闘機の取得を急いでいたかを示すものだが、もちろんP-40に満足していたわけではなく、XP-38、XP-39、XP-43(後にP-47に発展)にも増加試作型を13機ずつ製作するよう発注を行っていた。
『第二次大戦 世界の戦闘機』P93

 性能こそ凡庸だが、安価で作り易いため、常に大量に供給ができて、乗り易く丈夫で壊れにくいというP-40ならではの特質がなければ、【連合軍は】とうてい持ち応え【ママ】られなかっただろう。
 【……】P-40のニックネームだが、米陸軍ではウォーホーク、英空軍ではトマホーク(P-40Cまで)、キティホーク(P-40D以降)と呼ばれていた。
『第二次大戦 世界の戦闘機』P96


 愛称について、日本語版Wikipedia「P-40 (航空機)」では、↓のように書かれていました。

 アメリカでの愛称は、A型からC型までは「トマホーク (Tomahawk:インディアンが用いた斧)」、D型とE型は「キティホーク (Kittyhawk:ライト兄弟が初飛行に成功した場所)」、F型以降は「ウォーホーク (Warhawk:アメリカで「タカ派」を指すスラング)」であるが、イギリスではF型以降もキティホークと呼ばれた。






 以下、P-40の方についてOCSのユニットを見ていこうと思いますが、まずはOCSルソンから。


 ↓OCSルソンのアメリカ軍のMixFユニット(テストプレイ用に作ったもののデータ)。

unit8777(Luzon-P-40).jpg

 「MixF」というのは「複数の戦闘機機種の混合」という意味でして、このユニットは具体的にはP-40とP-35(後にP-47を作る会社のものですが、P-35はこの時期には完全に旧式化していたそうです)の混合です(グラフィック自体はP-40のもの)。というのは、リサーチした時にP-40とP-35が当時フィリピンにあったことは分かったのですが、OCSでユニット化するには1機種で約45機存在していたことが必要なわけですが、そもそもそれぞれの機種でそれほどの機体数がなく、両機種を合わせてようやく約45機に達する数だったためです。

 しかも、開戦劈頭の日本海軍機による航空殲滅戦でこのP-40とP-35はかなり地上等で破壊されたため、OCSルソンのセットアップ時にこのユニットはステップロスした状態(1-0)で配置されます(日本陸軍側は九七式戦闘機(2-0)ユニット1個が完全戦力面で出てくるためやや優勢ですが、ダイス目によってはこのMixFユニットに壊滅させられることもあるかもしれません)。



 次に、今デザイン中のOCS『South Burma』(仮)に、P-40を使用していた「フライング・タイガース」が出てこなければならないようです(今まで全然認識していなかったのですが、今回認識しました(^_^;)。

 【……】P-40は、零戦に対しては防弾装備や防漏タンク、それに機体の頑丈さなどを除けばほとんど良い所がない戦闘機だったが、このP-40を使用しながら日本軍相手に善戦した部隊があった。それがクレア・L・シェンノートが率いたAVG(アメリカ義勇航空群)通称「フライングタイガース」であった。
 シェンノートは米陸軍きっての航空戦理論家だったが、その理論が陸軍上層部に受け入れられなかった事と健康上の理由から退役していたのを、1937年に蒋介石夫人に請われて中国空軍の調査のため中国入りし、そのまま蒋介石の軍事顧問として中国に居残った人物だ。
 【……】
 3年以上も前から日本機の空戦能力の高さをじっくりと観察していたシェンノートは、AVGのメンバーに対し、日本機とは絶対に格闘戦と行わない事、2機ペアの一撃離脱戦法に徹する事、そして日本機の弱点である燃料タンクに射撃を集中する事などを徹底的に教え込んだ。
 【……】AVGのP-40Cはビルマが日本軍に占領されるまでその後も防空戦闘と対地攻撃の両作戦で日本軍を悩ませ続けた。
 日本側は旧式の九七戦が主力だったためP-40に対抗できず、一式戦「隼」一型を装備した飛行第64戦隊(加藤隼戦闘隊として有名)を派遣した。フライングタイガースはこの64戦隊に対しても善戦を記録しており、これまで連戦連勝を続けてきた同隊に手痛い損害を与えているのだ。

『第二次大戦 世界の戦闘機』P94,5



 普段一緒にOCSをプレイさせてもらっている富山のKさんに聞いたところによりますと、P-40は当初パイロットの練度もそれほどでなかったためうまく戦えなかったものの、戦術や練度が向上してくると(P-40自体の性能向上もあり)結構活躍できるようになったのだ、とのことでした。




 ↓OCS『DAK-II』のイギリス軍のP-40(キティホーク)ユニット。

unit8785(DAK-Ktyhk).jpg


 「3-3」という性能は凡庸ではありますが、無視できない数値ではあり、ユニット数の多さも相まってやはり結構重要な存在だと思います。



 ↓OCS『Guderian's Blitzkrieg II』のソ連軍のP-40ユニット。

unit8780(GB-P-40).jpg


 ↓OCS『Case Blue』のソ連軍のP-40ユニット。

unit8778(CB-P-40).jpg



 ↓OCS『Tunisia II』のイギリス軍とアメリカ軍のP-40ユニット。

unit8784(Tunisia-P-40).jpg

 「キティホークⅡ」というユニットが登場しており、空戦力が1上がっています。


 ↓OCS『Sicily II』のアメリカ軍とイギリス軍のP-40ユニット。

unit8783(Sicily-P-40).jpg

 こちらはすべてのユニットが「4-3」という数値になっています。



 ↓OCS『Burma II』のアメリカ軍のP-40ユニット。

unit8782(Burma-P-40N).jpg

 「P-40N」という名称になっており、「4-2」という数値です。


 このP-40Nについてはこう書かれていました。

 装備の追加による重量増加で低下してきた性能を挽回するため、K型、L型、M型と軽量型が作られてきたが、その決定版となるのがこのN型。軽量な機体にアリソンシリーズでも強力なエンジンを搭載したので、高度3200mで最大速度608km/hに達した。P-40シリーズでも最も多く生産されたタイプで全生産数の4割(5219機)を占めている
『第二次大戦 世界の戦闘機』P96




 OCSの多くのゲームでは空戦力が4あればほぼ一線級と言えるので、連合軍プレイヤーにとっては頼りにできますし、枢軸軍プレイヤーにとってはなかなかにイヤな存在であります。


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 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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