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第15装甲師団長となり、クルセイダー作戦終盤に重傷を負い死亡したノイマン=ジルコウ将軍について

 北アフリカ戦におけるロンメル周辺の指揮官について。

 今回は、第15装甲師団長となり、クルセイダー作戦終盤に重傷を負い死亡したノイマン=ジルコウ将軍についてです。


 写真はWikipedia上にはないようで、検索すると色々出てきますが、全然別人のようなのも……?



 ヴァルター・ノイマン=ジルコウはプロイセンのユンカーであった父と、スコットランド人の母の間に生まれました。1912年に士官候補生として竜騎兵部隊に入隊し、第一次世界大戦に従軍します。

 1938年に第7偵察連隊長に任命され、1940年3月29日には第8装甲師団の中の第8狙撃兵旅団長となりました。


 ↓OCS『The Blitzkrieg Legend』の第8装甲師団ユニット。

unit8850.jpg

 「8(s)」とある第8自動車化狙撃兵(歩兵)連隊ユニットと、ユニットになっていないような細かい砲兵部隊などをまとめたのがノイマン=ジルコウの第8狙撃兵旅団と呼ばれるものであったと思われます(第1装甲師団の編制からの類推)。


 同師団はフランス戦で活躍した後、ポーランドに移されます。そこで師団長エーリヒ・ブランデンベルガーの休暇中の約1ヶ月間(1941年4月15日から5月18日頃まで)、ノイマン=ジルコウは師団長代理を務めました。

 ブランデンベルガーが戻ると、ノイマン=ジルコウは北アフリカの第15装甲師団長に任命され、5月26日に指揮を執り始めました。
(と、ミッチャムの『Rommel's Desert Commanders』にはありますが、『ドイツ装甲部隊全史Ⅱ』P170によると7月25日からとなっています。ミッチャムは『The Panzer Legions』という著作の中では先代師団長のフォン・エーゼベックが負傷したのは「1941年の夏」だと書いており、混乱があるのかもしれません)

 ノイマン=ジルコウは若々しく、非常に有能で、部下からの人気も高かったそうです。


 ↓OCS『DAK-II』の第15装甲師団。

unit00088.jpg


 1941年11月から12月にかけてのクルセイダー作戦の時には、ドイツアフリカ軍団長であったクリューヴェルと第15装甲師団長ノイマン=ジルコウの間のやりとり(意見の衝突)がいくらか資料に出てきて、興味深いです。

 シディ・レゼー飛行場から第7支援群を駆逐するのに失敗はしたものの、アフリカ軍団は11月21日夜、絶好の地点を確保した。軍団は支援群、英第4戦車旅団、第22戦車旅団のちょうど中間の地点を占拠して、各部隊を交互に攻撃できた。しかしクルーウェルは、第15装甲師団長ノイマン・シルコフ将軍との討議において「完全に自由な機動」を行うことを意図しており、アフリカ軍団を夜間、東方に移動させてガンブート地区で再編成する、と述べた(注12:ノイマン・シルコフ将軍は強硬に反対を唱えた。そして戦況は「第5および第8戦車連隊をもってする快速進撃によって好転できる」と述べた。アフリカ軍団をガンブート方面に機動させることにより、クルーウェルは英軍を側面から衝く好機の得られることを希望した。)。
 2240時、クルーウェルはロンメルの命令を受け、それに従って作戦計画を修正した。
『ドイツ戦車軍団』上P119(注はP128から)

 【11月23日】ノイマン・シルコフ将軍はクルーウェルに、南方への機動は中止すべきだ、と意見具申した。第15装甲師団は敵の混乱を利用し、南アフリカ第5旅団主力を攻撃、斜面の方向へ圧迫しようとした。クルーウェルはこの考えに「誘惑を感じる」ことを認めたが、アリエテ師団との協同作戦は不可欠であった。従ってその行動は中止され、第15装甲師団はアリエテ師団と合流するため南東へ進んだ。第5戦車連隊は出発が遅れ、正午ごろまで第15装甲師団に追及できなかった。
 ここでドイツ軍が好機を逸したのは疑いなく、また南アフリカ第5旅団と英第7機甲師団が協同して防衛態勢をとる前に攻撃を続行した方がよかったことには疑問の余地がない。
『ドイツ戦車軍団』上P123,4

 【11月28日】午後9時頃、ロンメルがクリュヴェルのもとへ新たな計画を送って来たが、彼は「手遅れ」であるといってこれを無視し、自分の指揮下の戦車師団長に彼の計画に従うようにさせるために、ノイマン=ジルコーとラーフェンシュタイン【第21装甲師団長】を翌日の午前8時に彼のもとへ来させることにした。
 【……】
 【11月29日】ノイマン=ジルコーの率いる第15戦車師団の前進は大いに進捗した。奇妙なことに、実際にはクリュヴェルの計画でなく、ロンメルの計画が実行されつつあった。ノイマン=ジルコーはロンメルがクリュヴェルに示した計画を前の晩に知り、これに従うことにしたのであった。アフリカ軍団は実に自由な精神の持主の集まりであった。
『狐の足跡』上P209,210


 最後の、ノイマン=ジルコウがクリューヴェルの命令を無視したのはかなり面白く感じます(^_^; 経緯を見ていると、ノイマン=ジルコウがクリューヴェルに不信感を持つようになってその結果として29日頃にはもうその命令を無視するようになったかのようにも推測できますが、もちろんそこらへんは全然分からず、ノイマン=ジルコウはクリューヴェルの判断力に信頼を置いていたもののその時にはたまたまロンメルの命令の方がより良いと感じただけだったのかもしれません。


 クルセイダー作戦の戦いは結局、枢軸軍の敗北に終わり、その最終盤の12月6日にノイマン=ジルコウはイギリス軍の砲撃を受けて瀕死の重傷を負い、9日に亡くなります。

 パウル・カレルの『砂漠のキツネ』にはその数日前の微笑ましいエピソードが描かれており、長いのですがこのブログ記事の意図から全文引用させてもらいます。

 アフリカ戦線の勇士、第15機甲師団長ノイマン=ジルコウ将軍も戦死した。指揮戦車の砲塔に立っているところを直撃弾をうけて。彼は兵たちに敬われ、愛されていた。彼の死の数日前のエピソードは、誰でもが知っていた。

 拠点をめぐる戦いであった。イギリス軍補給拠点を奪わねばならなかったのだ。第15機甲師団の戦車は200メートルまで接近した。オートバイ部隊、車を捨てて突撃! 砲弾の雨を浴びる戦車のすぐ背後で、オートバイ兵は車をとびおり、攻撃に移る。ノイマン=ジルコウ将軍はいつものように最前列の指揮戦車に立って、ひらいた砲塔から戦況をながめていた。オートバイ兵の一人がどなった。「おい、蓋をしめろ!」 砲火のため指揮戦車も将軍もわからなかったのである。砲塔の男を曹長だと思ったのだ。最前列の戦車に敵砲火が集中して、ノイマン=ジルコウの戦車のわきにかけ込んだオートバイ兵は、また上を向いてどなった。「閉めろったら! やられちまうぞ!」 それを裏づけるように戦車のすぐ前で砲弾が炸裂し、心配屋の兵士はぴたりと地面に伏せた。砲塔の男は叫んだ。「前進しろ。そうすりゃ弾幕から出られる」「そいつは名案だ」 オートバイ兵は叫びかえした。「後で来いよ、獲物を分けてやる」

 拠点は占領した。ポタス伍長は《組織》の名手であった。拠点にまっさきに乗りこんでからは、彼の関心は戦利品だけにむけられた。それが彼の任務なのである。つまりどの中隊にも戦利品班というものがあって、オートバイ部隊のポタスはこの点でまさに天才であった。イギリスの新車、燃料、水、食糧に対し第六感をそなえている。集合命令がかかったときポタスはすでにいちばん上等なイギリス製トラックを満タンにし、荷台には山と積みこんでいた。ノイマン=ジルコウがやってきたのはその瞬間である。彼は第1中隊長を呼びよせて笑った。「きみの部下の一人のところに来いといわれているのだが。戦利品を受けとりに」「そいつはてっきりポタスだ」とブール少尉は考えた。 「ポタス、中隊長のもとへ出頭!」 ポタスはおそるおそる出頭した。こう呼び出された兵としては当然である。ノイマン=ジルコウにはすぐポタスがわかった。「伍長、約束の戦利品は?」

 いつものようにだらしがいいとはいえない態度のポタスは、もぐもぐと言いわけをした。将軍閣下とはわからなかったものでありますから……。しかし、ノイマン=ジルコウはそれをさえぎった。そして「そんなことはどうでもよろしい、伍長。わしは約束の獲物がほしいのだ!」

「は、ただいま、閣下!」

 すっとんでいったポタスは、仲間を三人連れてもどってきた。チョコレート、たばこ、肉の罐詰をかかえて。「きみたちにも十分あるのかね?」 ノイマン=ジルコウはたずねた。将軍たるもの、これほど驚いた兵士の顔を見たことはあるまい。その顔はこう語っていた。自分のが足りなくなるまで将軍に獲物を分けるほど馬鹿な兵隊がおりますでしょうか……。ノイマン=ジルコウは了解し、笑いながら包みをかかえて消えた。彼はチョコレートと罐詰をたのしむことは出来なかった。ポタス伍長も、6ヵ月後戦死した。1942年6月1日、ゼルヴァス少尉の自走砲を運転しているとき。ゴト・エル・ウアレブの近くであった。
『砂漠のキツネ』P95,6

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