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チンディット部隊の荷物を運んだラバ達について(付:『Burma II』)

 先日、VASSALのオンライン対戦でOCS『Burma II』のシナリオ1「オペレーション・サーズデイ」をプレイしている時、富山のKさんとの間で、輸送ユニットであるラバについてちょっと話題になりました。


Juancito

 ↑ラバ(Wikipediaから)。雄のロバと雌のウマの交雑種。


 ルール上はSP以外はすべてグライダー降下させなければならないので、ラバもグライダーに乗せて降下させることになるのですが、しかしそれが確認できてない時に、「ラバはパラシュート降下させられるんですかね?」というような話が出てたのです。


 ↓OCS『Burma II』のC-47、グライダー、ラバユニット

unit9405.jpg

 シナリオ1「オペレーション・サーズデイ」では、5つのC-47、9つのグライダーポイント、それに2SP分のラバが登場します。ラバは1Tサイズにも分割可能です。このシナリオにおけるチンディット部隊はすべての一般補給をSPから供給されねばならず、そして基本的にSPから2ヘクス以内の場所でしか受給できないので、SPを1T単位でもラバで運ぶのは非常に重要であると見込まれます。まさに作戦のほとんどすべてが、ラバに依存しているのです!



 で、実際にチンディット部隊の作戦時にラバがパラシュート降下させられたことがあるのかどうか、富山のKさんが調べて知らせて下さいました。

 その文が↓です。「WACO Hadrian (CG-4) Towed Military Transport Glider」というサイトから。

チンディット部隊

 次の大規模なグライダー降下作戦は、1944年3月5日、ビルマでの第2次ウィンゲート・チンディット作戦「木曜日作戦」であった。この作戦では、グライダーが暗闇の中、日本軍の前線から150マイル後方のジャングルに作られた空き地に着陸した(ビルマでこの部隊は「チンディット」と呼ばれていた)。着陸地帯はコードネーム「ブロードウェイ」と呼ばれていた場所がその日の夜に最初の目標となり、翌日にはコードネーム「チャウリンジー」にもグライダーが着陸した。第一陣は52機のWacoグライダーを第一航空コマンド部隊のダコタ【C-47】26機が曳航し、第二陣は28機のグライダーであった。翌週にはさらに600機のグライダーが着陸し、合計9,000人のチンディット兵士と1,000頭以上の運搬用ラバが着陸した


万能なラバ

 様々な面で有用であった運搬用ラバは、鬱蒼とした茂みで車両の通行がほとんど不可能な過酷なジャングルの地では、神の恵みのような存在であった。軍の運搬用ラバは、最大でその体重の2割(重火器、弾薬、通信機、Cレーション、医薬品など200ポンド【約90kg】に及ぶ)までを背負わせることが可能だった。ラバはまた、荷物が使い果たされたり、食糧の投下が遅れたりした場合には、兵士たちの緊急の食糧源にもなった。ラバは戦争で非常に重要な役割を果たしたため、元のラバが戦闘で失われた場合には代替ラバが必要であった。そのため、より多くのラバをグライダーで輸送する必要が生じたのである。CG-4Aグライダーは、間に合わせの竹製の檻に入れた3頭のラバ(安全のため、グライダーの側面にハーネスで固定されていた)とその馭者を運搬可能だった。グライダーが着陸できない場所へは、ラバはパラシュート降下されることもあった。ラバには可哀相なことながら、パラシュートを開く引っ張り動作ができず首を折るなど、基本的にはうまくいかなかった。さらに、着地の際に脚を折ることもよくあった。パラシュート降下によるラバの損失を抑えるため、空気で膨張するゴムボートでラバを包み、6個のパラシュートを取り付けたりもした。このような努力が必要だったのは、英軍の各部隊には兵士306名に対して56頭のラバとその手綱を引く調教師が必要であったからである。強靭なラバは、その耐久力、持久力、そして確実な足取りで知られていた。ラバ自身は強靭であったが、ジャングルの中で日本軍に撃たれたり、急峻な山道から落ちたりして、少なくないラバが命を落としたのであった。

WACO Hadrian (CG-4) Towed Military Transport Glider







 大変興味深かったので、他にもチンディット部隊におけるラバについて検索してみました。

 Chindit Chasing, Operation Longcloth 1943というサイトには、「Chindits with Four Legs」という題名でチンディット部隊が使用した様々な4つ脚の動物について書かれており、その中にラバの項もありました(写真もありますので見に行ってみて下さい)。ある程度の量があるのですが、その中でも個人的に印象深かった文を和訳引用してみます(ただしここの文は基本的に、OCS『Burma II』では扱っていない第一次チンディット作戦(ロングクロス作戦)の時のことを扱っているようです)。

 兵士達はラバ達のことが本当に大好きになっていた。ラバの御者達だけでなく、ラバを連れている小隊の兵士達全員がそうであった。私は、戦友が死んでも泣かなかった兵士が、ラバが死んだ時には泣いていたのを見たことがある。
『Wild Green Earth』(バーナード・ファーガソン著)より





 マイク・カルバートは、彼の著書『Fighting Mad』の中で、お気に入りの一頭のラバについて回想している。

 チンディットの最初の襲撃に参加した兵士の総数は約3,000人で、私達には約1,100頭のラバがいた。訓練中、ウィンゲートはこのタフな小さな動物の重要性を説き続けたが、最終的には私たちは彼らを本当に好きになり、信頼するようになった。その結果、ラバ達も我々を喜んで助けてくれるようになり、よく知られているような頑固さを見せることはほとんどなくなったのだった。

 物資を運ぶという主な仕事のほかに、他の食料が不足したときの予備の食料としてもラバは常に役立った。もちろん、これは最後の手段だったが、ラバか、それとも私達か、という問題になった時、私達は心を強くしなければならないことが幾度かあった。しかし、メイベルというラバは例外だった。彼女が他のラバとどう違うのかを説明するのは難しいが、彼女には何かがあった。他の動物でもペットでも、同じことが言える。多くの犬はただの犬ではあるものの、それぞれの犬には何とも言えない特徴があり、それが個性となって、一見してそれと分かることが多い。もちろん、人間にも同じことが言える。

 ウィンゲートには心の内に燃える炎と使命感があり、それが他の人とは違っていた。メイベルには、他のラバとは違う柔らかな目があった。だから、日本軍戦線の後方での作戦が終わる頃には皆が飢えていたが、メイベルを食べようとは誰も思わなかった。飢えていても士気は高かったが、メイベルが食用にされていたらすぐに士気はガタ落ちになったことだろう。それを知っていたからこそ、メイベルは私たちにとってなくてはならない存在、本当のマスコットとなっており、だから我々は彼女を連れて、一緒にインドに帰ったのであった。

 【……】

 旅団司令部付きであったPte. Fred Hollomanは、自分のラバであったベティのことを愛情を込めて語ってくれた。

 輸送業務の一環として私は旅団本部に配属され、ラバの扱いについて学ぶ12週間のコースを始めることになった。最初は、この頑固で時には攻撃的な動物と一緒に仕事をするという新しい役割に嫌悪感を覚えたが、私はそのうちに彼らを尊敬し、称賛するようになった。ほとんどのラバは、かねてから英国陸軍通信部隊によって使役されていた第一級の動物だった。私のラバはベティと呼ばれ、肩には英国陸軍通信部隊の十字の焼印が入っていた。私たちはすぐに相手の考えていることがわかるようになり、ベティは私が毛づくろいをするたびに私の背中をかじっていたし、チンディットの作戦番号を2回目に焼印された後は何日もすねていた。

 ロングクロス作戦【第一次チンディット作戦】でのベティの仕事は、旅団本部の無線セットを運ぶことだったが、これは非常に重要な役割だった。無線セットの重さは約60ポンド【約27.2kg】で、その中には無線セットだけでなく、非常に重い2つの充電バッテリーも含まれていた。旅団本部は、コマンド小隊、信号手、グルカ兵の守備小隊、物資投下の手配と指示を行うRAFセクションなど、約250人の人員で構成されていた。補給のために後方基地に連絡したり、現場の他の隊に連絡したりするために、無線が必要な場合は、いつでも対応できるようにしておかなければならなかったことを覚えている。

 【……】

 悲しいことに、ロングクロス作戦を生き延びることができたラバは非常に少なく、1943年4月に長い旅を終えてインドへ帰還したことが確認されているのは、第3部隊のメイベルとヤンキーの2頭だけだった。ラバのほとんどは、遠征の中盤の数週間で疲労困憊して倒れたか、物資が枯渇し始めて飢餓に陥ったか、恐ろしい病気である炭疽病にかかって死んでしまったのだ。ドミニク・ニールが述べているように、ロングクロス作戦で散開が指示され、重火器や無線機が廃棄されると、多くのラバや馬はジャングルで自活するようにと放たれた。







 ↑暗くて見にくいですが、チンディット部隊におけるラバが結構写っています。






 ↑ラバはほとんど出てきませんが、コードネーム「ブロードウェイ」に向けて離陸し、着陸するC-47と、2機繋ぎのグライダーの映像が結構長くあります。機械翻訳らしき日本語字幕が付いているので、若干ありがたいです。

 グライダーの着陸が命がけどころではない、何十%かは必ず死ぬようなものであったことがよく分かります。ゲーム上ではグライダー降下はパラシュート降下よりもほんの少し成功率が高いのですが、もちろんそれでも少なからぬ数が失敗してユニットが失われます。

 また、着陸後、グライダーに積んであったブルドーザーで滑走路を整備している様子もあります。ゲーム上でも工兵ユニットをまず降下させて、滑走路を作るのが先決であると思われます。


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Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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