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イギリス陸軍のマーテル将軍について(付:OCS『The Blitzkrieg Legend』)

 最近、複数の文献を漁っているうちに、イギリス陸軍のマーテル(Martel)将軍という人の名前が複数回出てくるので、どんな人物なのか気になってちょっと調べてみました。

 どういう文で出てきたかと言いますと、ホバート関係の英文資料に何回もと、これら。

 軍隊機械化の先進国である英仏の文献をフォルクハイムに教示されたグデーリアンは、カンブレー戦でイギリス戦車兵団(タンク・コーア)の作戦参謀を務め、戦車運用のパイオニアとなったJ・F・C・フラー、英陸軍の大尉であった軍事思想家バジル・H・リデル=ハート、機甲戦の理論構築に功績があった英軍将校ジファード・マーテルらの著書や論文を読みあさった。
『戦車将軍グデーリアン 「電撃戦」を演出した男』P110

「おそらく世界でロシア人ほど軍隊に向いた人種はないだろう」。英国陸軍のマーテル中将は1930年代にロシア軍の演習に招かれて、このように語った。「戦場における勇敢さは、誰もが認めるところだ。しかし、最も顕著な特徴は、驚くべき肉体的強靱さと耐久力である」
『イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45』P64,5


<2020/12/13追記>

 もう一つあったので追記します。

 1936年9月、イギリス軍のサー・アーチボルト・ウェーベル少将率いる視察団は、白ロシアでソ連軍の大規模な演習を視察し、それに参加していたBT快速戦車を高く評価した。中でも視察団員の陸軍省機械化局長補佐(のちに副局長)のG・L・Q・マーテル大佐は、エリス少将らが反対する中でクリスティー戦車の輸入を推進したといわれている。
『歴史群像アーカイブ WWII 戦車大研究』P113


<追記ここまで>




 ジファード・マーテルの写真はこちら(フリーライセンスではないようなのでブログ上には貼らないでおきました)。


 英語版Wikipdia「Giffard Le Quesne Martel」によりますと、第一次世界大戦中に戦車(戦)に興味を持ち、フラーを補佐して作戦計画などを考案。戦間期には戦車を自分で作ったり、軍用橋梁を開発したり(ドイツ軍もそれらをまねて作った)。イギリス軍内における戦車開発や戦車戦に関する業務にかかわります。

 第二次世界大戦前に第50歩兵師団の師団長に任命され、イギリス大陸派遣軍の一員としてフランスに渡り、1940年のアラスの戦いでロンメルの第7装甲師団に対して反撃をおこないます(Wikipedaには「ドイツ軍の戦線を8マイル後退させた」とあります)。

 ↓OCS『The Blitzkrieg Legend』の第50歩兵師団(→OCSユニットで見るイギリス軍の第50歩兵師団(西部戦線のイギリス軍歩兵師団) (2020/11/08))。

unit9562.jpg



 イギリス大陸派遣軍の撤退後に王立戦車兵団の司令官となりますが、その後この地位が廃止され、ビルマやインドに赴任した後、在ソ連軍使節団長となって、色々見てまわったようです。クルスクの戦いに関しても何か色々言っていたようなので、新刊のこの本にも出てきたりするのでしょうか……?(私はクルスク戦にはあまり興味がないですし、積ん読の本がありすぎるので、購入しないでおこうと思ってますが)






 一方、Wikipediaよりも批判的なこともバシバシ書いていくスタイルである『Biographical Dictionary of British Generals of the Second World War』によりますと(位置No.5018)、

 アラスでの即席の反撃の際に「特に激しい砲撃を受けた」部隊の後ろに陣取ったが、彼自身の説明によると、敗残兵を回復させ、戦線を安定させた(Martel, 1949, 160)。しかし、戦車部隊の将校からは「彼の指揮官、戦術家としての力は理論家としての彼の才能には及ばない」との批判があった(DNB)。


 1940年以降はイギリス国内で、いったん退役したものの再び戦車に関わり始めたホバートと一緒に色々と戦車関係のことで協力していくのですが、

 しかし、建設的であろうとする彼の努力の中で、同僚、特にホバートとは喧嘩をし、現場の指揮官を困らせる傾向があった。オーキンレックは彼を「少し自己満足に傾いている」(Dill, 2nd. acc. 6/2/12, LHCMA)とみなし、ブルックは明らかに彼を嫌っており、王立機甲兵団司令官のポストを廃止するほどであった。



 在ソ連軍使節団長の任務に関しても、帝国参謀本部総長であったアラン・ブルックは「he did not appreciate very much(この任務に向いていない、ということ? あるいは、彼はこの任務をありがたいと思っていなかった、ということ?)」と書いており、そのなんだかなぁな様子が『French Intelligence 研究』というブログ?の「第1章 ロシアとの共闘(4)」というページに詳しく書かれていました(ページ内でCtrl+Fして出てくる検索窓に「マーテル」と打って検索すると良いです)。


 その後、失明したり、娘さんが亡くなったりと、彼のキャリアは「失望の連続で終わった」とのことで、気の毒ではあります。

 
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 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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