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OCSユニットで見るイギリス軍の第50歩兵師団(西部戦線のイギリス軍歩兵師団)

 古本屋でチャーチルの『第二次世界大戦』を買ったので、拾い読みしていると、イギリス軍の第50歩兵師団を北アフリカ戦線に派遣した理由について結構興味深いことが書いてありました。

 【第50歩兵師団をキプロス島へ派遣するというオーキンレック】将軍の最初の決定も理解しがたかった。長い間辛抱して、ようやく私は第50イギリス師団をエジプトへ派遣させることができたのだった。イギリス部隊以外のすべての部隊を戦わせ、それによってイギリス国民の血が流れるのを防ぐのがイギリスの政策であるという敵の宣伝に対して、私は敏感になっていた。実のところ、ギリシアやクレタを含めた中東におけるイギリスの損害は、他の同盟国側の損害を合計したものより大きかったのだが、慣例となっていた公称が事実を歪めて印象づけたのである。インド師団は、その歩兵の三分の一と砲兵部隊全部がイギリス人だったのだが、イギリス・インド師団と呼ばれなかった。戦闘の矢面に立った武装師団はすべてイギリス兵だったが、イギリスの名前は表面に出なかった。いかなる戦闘報告においても、「イギリス」部隊のことがほとんど出なかったという事実は、敵の中傷に真実味を与え、合衆国のみならずオーストラリアでも非難を生み出すこととなった。こうした非難の風潮に対抗する有効な手段として、私は第50師団の到着を待ち望んでいた。この師団をキプロスに派遣するというオーキンレック将軍の決定は確かにまずいことに思われ、われわれが不当に受けていた誹謗に本質的な力を貸すことになった。本国の三軍参謀首脳も、これほどの大兵力から成る部隊の奇妙な使い方に対して、軍事的根拠から一様に驚きを示していた。
『第二次世界大戦(W・S・チャーチル) 3』P41



 第50歩兵師団といえば、OCS『The Blitzkrieg Legend』において非常に印象的な部隊です。なぜなら、同ゲームにはイギリス大陸派遣軍(BEF)の中の歩兵師団がたくさんユニット化されているわけですが、その中で唯一、複数ユニットフォーメーションで登場するからです。

 ↓OCS『The Blitzkrieg Legend』のイギリス軍ユニット(一部)。

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 なぜそうなのかというと、イギリス大陸派遣軍の中で唯一の自動車化歩兵師団だったからなのですね。

 英語版Wikipedia「50th (Northumbrian) Infantry Division」によると、イギリス軍は1938年には6個の自動車化歩兵師団の創設を決定したものの、戦前に自動車化師団に改編されていたのは第55歩兵師団(ウェストランカシャー)、第1ロンドン歩兵師団、第50歩兵師団(ノーザンブリアン)の3つだけだったそうです。

 第50歩兵師団には「ノーザンブリアン」という愛称があって印象的なのですが、これはこの師団の徴兵地域であるイングランド北東部やその地域の人々を表した名称のようです。日本でいうと「東北人」とか、大陸中国でいうなら「東北人(ドンベイレン)」みたいな感じ?


 第50歩兵師団はダンケルクから撤退したのですが、その時の兵力は約2,400名だと見積もられているそうです。元の兵力は良く分からなかったですが、まあ10,000名前後ではあるでしょうから、「壊滅」同然であると言えるでしょうね……。


 その後、キプロス島がどうとか色々ありつつ、北アフリカ戦線に到着。この時の師団長はラムズデン将軍で、この人は第50歩兵師団を率いて活躍して後にイギリス第8軍の中の第30軍団長になり、リッチーが罷免されてモントゴメリーが着任するまでの間は第8軍司令官を臨時で務めていましたが、モントゴメリーから微妙な扱いを受けた後、やんわりと左遷されて第3歩兵師団長とかをやったりしたそうです。また将来的にこのブログで扱うと思います。



 ↓OCS『DAK-II』のイギリス軍歩兵師団(本国のものだけ)

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 全部自動車化(厳密には半自動車化)されています。北アフリカ戦線の戦いでは、自動車化あるいは装軌化されていない部隊は「砂漠の機動戦」でまったく使えず、固定防御の役にしか立たなかったということで、イギリス軍もダンケルク撤退後装備を回復し、部隊を自動車化していくのは大変だったでしょうが、まがりなりにもそれをやって部隊を投入していたということなんでしょうね。逆に、イタリア軍は多くの部隊が徒歩のままだったので、「イギリス軍vs.イタリア軍」の時期(あるいは戦域)だとボコボコに負けてしまうけども、「ドイツ軍vs.イギリス軍」になると、機甲戦術とかでドイツ軍が遙かに優越だから、今度はイギリス軍がボコボコに負けてしまうと……。

 試しに、『DAK-II』の英連邦軍カウンターシートの裏面すべてを挙げてみます↓

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 見ていると、北アフリカ戦線の英連邦軍で徒歩のままの部隊というのは、ポーランド人部隊やチェコ人部隊など(トブルク内の守備隊などとして使用された)、海兵隊、港湾守備隊などにほぼ限られているようです(特殊部隊が徒歩タイプになっていますが、これはゲーム上の処理の面が大きいと思います)。



 その後も第50歩兵師団は西部戦線で戦い……。

 ↓OCS『Tunisia II』のイギリス軍歩兵師団

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 この時の第50歩兵師団は、エジプト・リビアでも一緒に戦ってきた第51歩兵師団(ハイランド)の方がやや強いとはいえ、他の新しく編成され投入されてきた歩兵師団達よりはよほど頼りになる、という感じですね。



 ↓OCS『Sicily II』のイギリス軍歩兵師団

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 すべて複数ステップユニットになっています。移動モードでは14移動力です(米軍歩兵師団も)。



 ↓OCS『Beyond the Rhine』のイギリス軍歩兵師団

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 ここまでずっと(『The Blitzkrieg Legend』を除き)兵科マーク的には「半自動車化」で、これは『Sicily II』『Beyond the Rhine』の米軍歩兵師団も同じなのですが、『Beyond the Rhine』においてはイギリス軍歩兵師団の移動モードは14移動力で、米軍のそれは10移動力となっています。「アメリカ軍の歩兵師団はすべて自動車化されていた」という話があるわけですが、少なくともOCSリサーチ班の判断によれば(あるいはゲーム上の措置として?)、イギリス軍の自動車化の方が質量的に良かったということなんでしょうか。

 一方、全盛期のドイツ軍の自動車化歩兵師団(完全自動車化の兵科マーク)の自動車化歩兵連隊は14移動力で、その後も一貫して完全自動車化の兵科マークであるように見えます。イタリア軍は完全自動車化のユニットもも半自動車化のユニットもありますが、完全自動車化でも10移動力だったりします。そこらへん、兵科マークの扱いはなんかポリシーはあるのかもですが、どういう感じなんでしょうね……?


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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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