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オストロゴジスク=ロッソシ作戦:イタリア軍のアルピーニ軍団の「敢闘」は、誇張されたものである?(付:OCS『Case Blue』)

 『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』ですが、いよいよオストロゴジスク=ロッソシ作戦(1943年1月13日~)の章までやってきました。

 読んでいると、私にとっては驚愕の指摘が!


 以前から、↓のエントリで書きましたように、こと「イタリア軍アルピーニ軍団の敢闘」ということに関してはだいぶ割り引いて考えなければならないようだとうすうす思っていたのですが……。

イタリア軍のアルピーニ軍団は「3日間の激戦を粘り強くしのいだ後、遂に撤退命令を出した」?(付:OCS『GBII』『Case Blue』) (2019/08/07)


 ↓アルピーニ軍団の構成師団と、当時その戦区にいたヴィチェンツァ保安師団。

unit9939.jpg



 ↓トリデンティーナ師団の退却路(『Sacrifice on the Steppe』P128から作成)。

unit9940.jpg



 いよいよ、最終判決が出されてしまった気がします(T_T)

 まず、オストロゴジスク=ロッソシ作戦について、ハンガリー軍がソ連軍の攻撃を受け突破されてしまったことに触れられた後……。

 つまり、アルピーニ軍団は直接攻撃を受けておらず、その側面を - 特にソ連軍の戦車部隊による後方への深い一突きによって - 進撃され、自身の守備位置が危殆に瀕したに過ぎないのだ。実際、アルピーニ軍団の戦区における戦闘は、【独ソ戦全体を通じて】散発的なものに過ぎなかった。よくあった小競り合いを別とすれば、ソ連軍の2個連隊が1月16~17日にかけての夜にトリデンティーナ師団を攻撃したが、それ以外には小土星作戦の時にジュリア師団が第24装甲軍団と共に戦い、ドイツ軍の官報でその戦いを賞賛されたことがあっただけである。1943年1月の退却より前の時期におけるその戦闘の少なさは、アルピーニ軍団に関して戦後に広められた物語を理解する上で重要である。現在に至るまで、アルピーニ軍団は他のイタリア軍部隊よりもスポットライトを浴び続けているが、それはアルピーニ軍団に関する著作の数々が繰り返し繰り返し「アルピーニ軍団は敢闘した」、それこそ同じイタリア軍の第2軍団や第35軍団【両方とも小土星作戦の時にほぼ壊滅した】よりも - と言わんばかりに語ってきたからなのだ。だが、アルピーニ軍団が直面したのは、その2つの軍団が食らった圧倒的な猛攻とはまったく異なるものだった。我々はこのシンプルな事実を忘れるべきではない。第2軍団と第35軍団は遙かに優勢な敵によって直接に攻撃を受けたのであったが、アルピーニ軍団は隣のハンガリー軍の戦区が突破され、包囲されてしまった後に、包囲環から脱出しようとしたのである。この1月のオストロゴジスク=ロッソシ作戦は2つの期間に分割できる。1つ目はソ連軍の攻撃(主としてハンガリー第2軍に対する)と、そして2つ目が1月17~31日にかけてのアルピーニ軍団の撤退の時期である。
『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』P179,180

 1月18日以降、アルピーニ軍団と第24装甲軍団は優勢な敵によって包囲されて、後方の補給や予備の食料との連絡線を失い、2つのグループに分かれてしまった。寒さに加えて、利用できる家屋も少なく、物資は不足し、連携も取れず、指揮官達が混乱する中、その後方地域はすでにソ連軍の戦車部隊や機械化部隊の手中にあった。ゆえに、彼らの行動は撤退というよりも、包囲環からの脱出であった。
『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』P181


 実際、アルピーニ軍団の撤退(包囲環脱出)戦に関しては何作もの本が出ているのを私も知っていますが、小土星作戦の時の第2軍団と第35軍団の戦いをメインに描いた本の存在というのは、少なくとも私は知りません(しかしもしあるならイタリア語本でもいいので欲しいので、存在をご存じの方おられましたらぜひ教えて下さい!)。

 少なくとも、「取り上げられることの多い、少ないの偏在がある」ということは言えそうな気がします。

 一方で、「包囲環からの脱出戦」だって立派な戦いであり、それが胸を打つ、ということもあるとも思います(例えば、OCS『Case Blue』で見る、イタリア軍アルピーニ軍団トリデンティーナ師団の包囲環突破 (2019/08/30))。小土星作戦の場合には、イタリア軍部隊は、ドイツ軍部隊と協力しながらも各所で防戦したそうですが、しかし衆寡敵せず、ほとんどが間もなくやられてしまったという経緯を辿ったようなので、物語になりにくいのだろうとは思います。

 そういえば、小土星作戦中のことだけで一冊の本になっている恐らく希有な作品である『Red Christmas - The Tatsinskaya Airfield Raid 1942』は、タチンスカヤに突入したソ連軍戦車軍団がドイツ軍に包囲されてしまった後に脱出しようとするのだが……というような話で、これは「物語」たり得るのだと思われます。

OSPREYの「RAID」シリーズ:リトルサターン作戦ものを買いました (2018/09/12)
リトルサターン:縦深攻撃で200km前進した戦車軍団はその後どうするべきなのか? (2018/10/29)
『Red Christmas - The Tatsinskaya Airfield Raid 1942』を読了しました (2018/11/07)


 実際、『Case Blue』でオストロゴジスク=ロッソシ作戦シナリオを作るとして、作戦発起時点からのものを作るのは当然として、いったん包囲されてしまった状態からのシナリオも作って、そこからどれだけ脱出できるかを競う……というのもなかなかに燃えるものがあるという気もしました(ゲーム上で包囲環を作ってみるものの、どこもかしこも薄くて脱出されてしまう……というのもよくあることだったりもします)。


 しかしまあ、アルピーニ軍団は、脱出戦以外で「敢闘した」というイメージは誇張されたものであると捉えた方がいいということは言えそうな気がします。

 この『The Italian War on the Eastern Front, 1941–1943: Operations, Myths and Memories』という本は、イタリア軍がダメダメだったという見方に具体的証拠でもって反論する一方で、今回のように「アルピーニ軍団は持ち上げられすぎ」ということも指摘してくれるという、非常に素晴らしい本ではなかろうかと思います(それこそ持ち上げすぎか?(^_^;)。この後、「東部戦線でドイツ軍はひどいことばかりしまくったが、イタリア兵達は良いことばかりした」という「神話」について検討される章があるっぽいので、そこも非常に楽しみです。




 ↑私が買った時は10,700円くらいしたのですが……まあしょうがない(^_^;

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 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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