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『憎悪の世紀』読後感想(人種差別について+本間中将の逸話)

 『憎悪の世紀』を読み終わりました。





 読んでいて「うええ……」と思ったのは、第二次世界大戦以前とかでも特に東欧からロシアにかけては人種差別による迫害や殺人なんかが起こりまくっていたという話で、そこらへんから考えるとナチス・ドイツが特別というわけではなかったんだなぁ……と(むちゃくちゃ組織的にやったという意味ではやはり特別なのか……)。

 「人種差別はあるのが当たり前」で「それで迫害するのも殺すのも当たり前」というのは、いやしかし今のアメリカとか、あるいは日本でも全然別世界の話とは言えないか……。


 それから、第二次世界大戦の頃に日本軍とかが現地の人達に色々とひどいことをした……という話が延々と続くページがありまして、中には南京大虐殺の話もあって「それはちょっとどうかな」とは思うのですが(よく知らないですが)、しかしフィリピンにおける軍政の話なんかをWikipediaだとか先日の『歴史群像』の記事とかで読みますと、フィリピンでの日本の軍政は全然ダメダメだったようで、日本人として読んでいてつらいものがあります。しかし一方、今村均(大将?)によるジャワ島の軍政はむちゃくちゃ善政であったらしく、今村均の親友で「軍人には合わないほど性格が優しい」と言われた本間雅晴中将がバターン戦に至る不手際を理由に予備役に回されずにフィリピンの軍政を担当していたならば、フィリピンでも善政がひかれたりしたのじゃないかなぁ……と良く知らないながらも思ったり(でも今村均は陸軍中央からその善政が生ぬるいとして左遷されたらしいので、そもそも体質がブラックな組織が上だからダメか)。

<2020/10/31追記>

 ↑の「占領地に対する善政」の話ですが、文春新書の『東條英機 「独裁者」を演じた男』を読んでましたら、以下のような記述がありました。



 もともと戦争目的を「自存自衛」の一本に絞っていた海軍は、大東亜共同宣言や「民族解放」に批判的であった。それらは「国防資源の急速戦力化」の妨げとなり、戦争を「人種戦」に追いやってしまいかねないからである。陸軍の南方軍も44年1月「軍政施行に方(あた)りては、理想の建設乃至(ないし)は戦後経営の便否等に捉わることなく、南方占領地の急速なる戦力化を目標とし、特に現に実行中並(ならび)に準備中の作戦及防衛に対する即効的協力に全幅の努力を傾注する」よう指示していた。これは大東亜共同宣言のはらむ、戦後構想の理想主義的な側面に対する批判である(波多野『太平洋戦争とアジア外交』)。この状況下で、戦後の民族平等や資源開放の理想などのんきに語っていられるか、というのである。
『東條英機 「独裁者」を演じた男』P252


 読んで、「なるほどなぁ……」と思いました。この側面を考えれば、今村均将軍のジャワ島での「善政」なんかも、「このできるだけ急いで効率的な戦力化をなさねばならない時期に、そんなことをやっていてどうするのか」という見方が存在しうるのも理解できます。尤も、今村均将軍側の見方に立てば、「そのためにこそ善政が必要であり、有効なのだ」ということにもなるのでしょうけども……。

 でも、単純にある見方が正しいという感覚に対して、別の側面からの見方が実感できて非常に良かったです。

<追記ここまで>


 しかしその後『憎悪の世紀』で、日本軍兵士とかに対する連合軍兵士の残虐な扱い(降伏してきてもそのまま殺すとか)が数多くあったとかっていう記述がまた数ページ続くようなところもありまして、「ええっ、そうだったのか!?」と。まあでもそりゃそうか、とも思ったり。

 フィリピン戦に関する資料を読んでましたら、マッカーサーが「日本軍が来たってフィリピンは絶対守れる」と思い込んでいた理由の一つとして「日本人なんていうやつらに何ができる」という人種差別意識があったことは否定できないそうで、フィリピンを空襲した日本軍機を見たマッカーサーが、その動きが上手かったのを見て「あの日本軍機には白人が乗っているに違いない」と言ったとかなんとか。

 あるいは、今日たまたま書店で立ち読みした『アメリカと中国は偉そうに嘘をつく』という本にフィリピン戦の項があったので見てみたら、フィリピン戦の時にテニー・レスターという米軍戦車兵が逃げて入った村に黄色人種がいた(当たり前ですが)のだけども、「我々白人にはその黄色人種達が日本人なのかフィリピン人なのかなんて分かるわけないから、全部銃で撃ち殺したよ」とかって悪びれる感じもなく自著の『バターン死の行進』の中で書いてて、それでいて「バターン死の行進」をさせられたことを非難している……ってなことが書いてありました。




 で、そのテニー氏の本を探してみたのですが、↓これ?

My hitch in hell [electronic resource] : the Bataan death march by Tenney, Lester I


 あるいは↓これ?



 後者の表紙には、「レスター・I・テニーは、日本人を憎んだり残酷だと決めつけたりはしない。」とかって書いてあるんですけども。


 あるいは、以前読んだ『アーロン収容所』に「イギリス軍女性兵士が日本人を人間だとまったく認識してないこと」が書いてあったわけですが、今Amazonの書評を読んでみたら、このようなことが書いてありました。



しかし、イギリス人が敵だった日本人捕虜を家畜扱いしたことを問題視する人が多いが、著者もまた味方のビルマ兵を上等な家畜同然と思っていたとも書いている(P167)ことは見過ごされがちである。味方ですらそうなのだから、敵国人に対する態度がそれより悪くなるのも当然であろう。しかもその扱いに対し、深い反省は見えず、ああ悪い悪い程度の感慨しか感じられなかった。




 進化生物学や脳に関する研究から言えば、自分の属する集団を正義と捉え、それ以外(特に敵対関係)の集団を悪だとか無価値だとか決めつける方が、「進化的に有利」ではあるわけですけども。


 今回フィリピン戦のゲームを自作して、ヒストリカルノートも必要だろうから調べて書いていて、そういう人種差別的な(あるいはマッカーサーが多分私怨で本間中将を死刑にしたり、部下のウェーンライト中将が勲章をもらうのを邪魔したりしたらしい)こととかを書くことも可能なわけですが、まあやめておいた方がいいだろうなあと思って、基本的に純軍事的なことだけに絞って書いてあります。でも、興味をもってこの戦域に関する本を読んだ人が、色々新たに知るとかってのはすごい良いことだと思いますし、私自身そうだったので、そこらへんは期待したいところかなぁと。


 せっかくなので、ヒストリカルノートには書きたくても書けなかった、本間中将に関するエピソードをここに引用しておこうと思います。

 「本間閣下は【中国での】進軍中に味方の戦死者が目にはいると、馬からおりてそばへ行き、帽子をとって最敬礼された」【……】
 【本間は部下に言った】
「味方の死体を見ると、気の毒で気の毒で、心が痛む。思い切った作戦を敢行しようという時も、またたくさんの犠牲者が出るかと思うと決断がにぶってくる。だが戦闘中は作戦第一主義で行かねばならん。決心がにぶらないように、なるべく味方の戦死者を私に見せないようにしてくれ」
『いっさい夢にござ候 本間雅晴中将伝』P124

 【……】商業学校の講堂に児童生徒1500名程度が集まり、【本間】将軍から武漢戦のお話を伺う催しがございました。
 【……】やがて江南山岳戦のことに及び『累々の山岳がすべて敵の堅陣であり、一山また一山と攻略してゆく将兵の労苦は言葉に尽せない。山頂の敵陣に肉迫する歩兵の第一線は、味方砲兵にその位置を知らせるため日章旗を掲げて進んでゆくが、これが敵からも好個の目標とされる。双眼鏡で見ていると、敵の砲火が集中して、日の丸がハタと倒れる。アッやられたかと見るうち、日章旗は再び高く掲げられる。傷ついた兵にかわり、次の者が捧げて進むのである。その日の丸がまた倒れる……』そのような話をしておられた将軍のお声が急に途絶え、見ると静かに目を閉じておられる。戦場を回想し、次の言葉を考えておられるのかと思いましたが、いつまでたっても口を開かれず、そのうち光るものが頬を伝うのが見えました。説明用の長い竹を杖にして、広い壇上に立っておられる将軍のうつむいた頬に涙が次々に流れ落ち、やがて嗚咽の声まで洩れてきました。
 どのくらいの時間だったか、ずいぶん長い間、私どもは電撃を受けたように、身動きは元より呼吸すら憚る思いで将軍を見守り続けておりました。やがて将軍は無言のまま頭を下げて、講壇を去られました。
 講演はそのあと若く快活な中尉に引継がれ、粤漢線の遮断、通城占領に至る兵団勇戦の模様など、大へん面白く分かりやすく聞かせていただきましたが、私どもはこの日以来、子供心にも将軍が赫々たる武勲にも拘らず、深く部下を思う慈愛に満ちたお方と、いっそう尊敬の念を深めたものでした【……】
『いっさい夢にござ候 本間雅晴中将伝』P137


 引用していて私も泣いてしまいましたが、本当に本間中将は軍人よりも教師だとか他の職業に就いた方が良かった人かもと。ある意味なぜそれで軍司令官に任命されるのかといぶかしくも感じますが、陸大の成績も非常に優秀で(隔絶的に優秀だった今村均に負けただけ)作戦立案能力も高いという評価だったということです。







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まあ今村均将軍も日本にいた頃は満州事変で陸軍の方針に反対した朝日新聞の主筆を料亭に呼び出して殴打したという事件を起こしてるので…
結局実際に共に戦う戦友だけが優しさの対象だってのでしょうか

No title

 おお~、そうなんですね。その後何かの本で、誰かが「満州事変の頃の今村均は評価できない」とか何とかとか発言していたのを読んだ記憶があるのですが、この件もそのうちの一つなのでしょうか……。

 尤も、人間誰しも、良い面と悪い面の両方がある(あるいは、良い面といえども見方によっては悪い面だったり、悪い面といえども見方によっては良い面だったり……)のが当たり前だとも思います。ですから評伝で、良い面ばかり書いていたり、悪い面ばかり書いている本は、個人的には疑わしく感じます。良い面と悪い面の両方を書いてこそ、ある程度以上信頼できる本ではないかとも……。
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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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