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フランス軍の騎兵部隊指揮官ラサール将軍について

 『Great Generals of the Napoleonic Wars and Their Battles:1805-1815』から、ラサール将軍について簡単に。





 ラサール将軍はナポレオン麾下の軽騎兵部隊の指揮官で、「30歳まで生き延びた軽騎兵などクズだ」と言ったことで有名らしいです。自身はワグラムの戦いで34歳の時に戦死しました。


Antoine Lasalle


英語版Wikipedia「Antoine Charles Louis de Lasalle」


 まず最初に「ええっ」と思ったのが、彼の母親の話でした。

 1775年5月10日にある貴族の家に生まれたラサールは、北東フランスのメッツの町で育った。迷路のように入り組んだメッツの町の中、地元の子ども達の非行グループで騒ぎを起こしながら彼のリーダーシップの才能は開花していったが、ラサールが成長していく上で最も大きな影響を与えたのは彼の大好きな母親だった。彼女はある時決闘をしたが、その時に使った剣は、彼女の何人もいた恋人のうちの一人から盗んだものだった。ラサールは彼女から、その燃え上がるような気質を受け継いでいたのだった。(P57)





 ラサールについて色々と面白い話はあったのですが、全部省略しまして……(おい)。

 彼はかなり強いそううつ気質(気分が高まったり落ち込んだりを繰り返す)の傾向にあったようで、そこらへん、ブリュッヒャーと同じです(あと、足利尊氏とか)。騎兵指揮官、なかんずく軽騎兵指揮官としては、危険を恐れない気質である必要が非常に強くありますから、強いそう状態であることが非常に有利に働いたのではないかと推察……。ブリュッヒャーも元々軽騎兵指揮官でしたから、そこらへんのことが歴史を作っていく面があるのだろうと思います(私なんかは危険を恐れる傾向が強く、全然そういうのに向かないと思います)。


 個人的に非常に興味深かったのが、↓こういう話が載っていたことです。

 マルモン元帥は、25年に及ぶ革命戦争とナポレオン戦争を振り返ってこう記述している。騎兵の大部隊を扱うすべを身につけていたのは、ケレルマン、モンブリュン、それにラサールの3人のみであった、と(ミュラ元帥はより有名であるが、あまりにも不安定で、馬の扱いについても無頓着過ぎだった)。(P72)


 ほおお……。そうだったのですね。ベシェール元帥なんかも騎兵指揮官ですが、彼の名前も上がっていない……(マルモン元帥によるバイアスがあるのかもですが)。

 ケレルマンやモンブリュンについては『Great Generals of the Napoleonic Wars and Their Battles:1805-1815』序論から、ナポレオン戦争期の将軍達の色々な話 (2020/01/18) に少し話が出てきました。


 ラサールは問題行動も非常に多かったようなのですが(まあ気質的にしょうがない)、彼の能力がかなりレアであった為に、ナポレオンは彼を許していたそうです。


 ラサールは、騎兵突撃中にではなく、騎兵を再結集している最中に、眉間を撃ち抜かれて死にました。彼は、自分が望んでいたよりは少し悪目な、しかしすごく悪くもない死に方をしたと言えるのでしょうか……。

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 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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