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ナポレオン戦争期のイギリス軍騎兵は統制が難しかった?

 ワニミさんの購入された『Cavalry from Hoof to Track: The Quest for Mobility』ですが、ナポレオン戦争期のところも読んでみていて、イギリス軍騎兵の「統制が難しかった」点について書かれているのに興味を持ちました。

 というのは、以前『GameJournal No.41』(付録ゲーム「ワーテルローの落日」)に寄稿したヒストリカルノートの中で、私自身以下のように書いていたからです。




 【フランス軍の第Ⅰ軍団がイギリス軍の守る尾根に近づいてきて】ここで完璧なタイミングでの騎兵突撃を命令したのはアクスブリッジ卿であった*3(*3:通説ではウェリントンによる命令とされることが多いが、ウェリントンは騎兵をまったく指揮していなかった)。【……】
 【……】1500騎の英軍騎兵が全力で追撃をかける。
 だが実は、彼らは前線の場所を越えて突撃することは禁止されていたのだ。彼らの価値は戦線に存在することであり、またイギリス軍騎兵は突撃するとコントロールが効かなくなってしまう傾向があった。騎兵将校達は皆、騎兵達を押しとどめようと精一杯努力した。しかし、逃げる敵の背中を追いかける事ほど騎兵にとって爽快なものはなく、その誘惑は強烈だった。イギリス軍騎兵達は大波の様に丘陵を南へ走破して戦線後方に800mも進出し、その過程で手に届く限りの何もかもを滅多斬りにした。
 だがもちろん、これは危険な行為だった。彼らは自分達が15分前におこなった「完璧なタイミングの騎兵突撃」を、自らが受ける順番になろうとしていた。今度はフランス軍騎兵が彼らに対して、突撃をおこなったのである。その中でも特に恐ろしいほどの大ダメージをイギリス軍騎兵部隊に与えたのはフランス第Ⅰ軍団の右端にいたジャキノーの槍騎兵部隊(第1騎兵師団)である。彼らがいた場所はイギリス軍騎兵部隊の側面に突撃をかけるには絶好の場所であり、そしてジャキノーは完璧なタイミングでもってそれを命じたのだった。ジャキノーの槍騎兵部隊を含め全体で2400騎のフランス軍騎兵が、疲弊し混乱した状態のイギリス軍騎兵に突撃した。それはまったく戦いとは呼べない、一方的な殺戮になった。イギリス軍側の騎兵指揮官であるポンソンビー少将も槍騎兵の槍に突き刺されて戦死した。だがジャキノーは経験豊かな指揮官であり、深追いにならないうちに引き上げを命じた。
 時刻は2:30になっていた。ウェリントンは重騎兵2個旅団を失った。しかしナポレオンは勝利を意図した本格的な主攻撃を撃退されてしまったのである。
『GameJournal No.41』P22



 もちろん、この「イギリス軍騎兵は突撃するとコントロールが効かなくなってしまう傾向があった。」ということについて、何かの資料で読んだから記事に書いたわけですが、どの本でそれを読んだのかは全く覚えていません(^_^; 『The Waterloo:Companion』で読んだ可能性が一番高いような気がしたのですが、文の量が膨大なので目視検索は諦めました(T_T)

 ↓『The Waterloo:Companion』の、くだんのイギリス軍騎兵突撃(とフランス軍騎兵突撃)の地図。

unit9865.jpg



 私が買った時は6300円ほどだったのですが、2倍以上の値段に……。


 あと、映画『ワーテルロー』を見られた方は、イギリス軍騎兵の突撃シーンと、フランス軍槍騎兵にやられてしまうポンソンビー少将のシーンは結構印象深いのではないかと思います。



(ある程度以上ナポレオン戦争を詳しく知った後だと、映画の表現は色々とおかしいのですが、その主たる要因は砲兵の砲弾が跳ねて兵士の頭や腕が吹っ飛んだり、騎兵のサーベルで兵士の頭や腕がスイカのように斬られていくようなシーンは、当時(1970年?)の技術では無理だったからに違いありませんね……)



 まあそれはともかく、『Cavalry from Hoof to Track: The Quest for Mobility』の記述。

 イギリス軍の騎兵はヨーロッパでも最も優秀であるとみなされていたが、統制がきかないという問題があった。【……】それぞれの連隊は勇敢で、過度なほど猛烈な突撃をおこなったが、コントロールが難しかった。多くの歴史家はウェリントンの辛辣な言葉を引用してイギリス軍騎兵を厳しく批判している。「我が軍の騎兵将校達はあらゆるギャロップのやり方を身に着けていて、敵に対して全力疾走するのと同じ速さで後退する……人は、イギリス軍騎兵はウィンブルドン・コモン【ロンドンにある公園】以外の場所ではまともに機動もできないのだと思うことだろう」 だが歴史家のイアン・フレッチャー【半島戦争におけるイギリス軍について何冊も本を出している】は果敢にも弁護の論陣を張り、ウェリントンの皮肉とそれを根拠にした歴史家達の反応は「イギリス軍騎兵に対して公正でないばかりか、完全に間違っている」と指摘している。
 ワーテルローの戦いにおけるイギリス軍騎兵の効果はウェリントンの示唆した「輝かしさから激しい失望まで」というものとは矛盾している。いくつかの素晴らしい活躍があったにもかかわらず、ウェリントンは自軍の騎兵に完全な賞賛を与えたことはなかった。「我々の騎兵は1個中隊がフランス軍の2個中隊に匹敵するとは思うが、統制が取れないという意味でフランス軍騎兵に相当劣るとも思う……私は我が賞賛すべき歩兵部隊がフランス軍騎兵を戦場から一掃し終わるまで、騎兵を使用することはできなかった。」 イアン・フレッチャーはこう分析している。

 (ウェリントンは)騎兵への不信感を増大させていた。だがこの不信感がイギリス軍騎兵が実力を発揮するのに悪影響を与えていたことも恐らくは確実であろう。なぜなら、イギリス軍騎兵が輝かしい勝利を得た実際例の多くは、ウェリントンがいない場所で勝ち取られたものだったからである。

 慎重なドクトリンにもかかわらず、イギリス軍騎兵の突撃は狂的なものになるのが常で、突撃の成功は戦術の精緻さよりはその力を誇示する態度によるところが大きかった。当のイギリス軍騎兵達自身さえもがが自分達のことを「桁外れなほどの凄まじさと勇敢さも、しばしば無分別さと制御不能さによって減ぜられる」のが常であったと認めていた。
『Cavalry from Hoof to Track: The Quest for Mobility』P73,74


 ウェリントンも随所でイギリス軍騎兵を褒めているような気もしますし(ツンデレ?)、結局のところ自分達はコントロールが効かないとイギリス軍騎兵が認めているんじゃん、とも思うのですが(^_^;、しかし、「ウェリントンがいない場所で活躍した」という分析は結構面白いなと思いました(注に書いていたように、ワーテルローの戦いではイギリス軍騎兵はすべて、アクスブリッジ卿が指揮していたということもあり)。

 「過度なほど勇猛である」ということも騎兵の強みであったようで、フランス軍の騎兵指揮官であったラサール将軍は「30歳まで生き延びた軽騎兵などクズだ」と言ったらしいです。自身は34歳の時にワグラムの戦いで、不必要な突撃をして戦死したとか……。

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 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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