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OCS『DAK-II』で見るカンプフグルッペマーカー

 リデル・ハートの『ナチス・ドイツ軍の内幕』という本をメルカリで入手して少しずつ読んでいっているのですが、ロンメルに関する章でちょっと興味深い記述に出会いました。





 彼の一層明確な欠点と思われるものは、戦略の執行面を無視する傾きがあったこと、および細かなはしばしに至るまで完全ではなかったということだ。同時に彼は権限を委譲する方法を知らず、それが彼の部下の指揮官達を非常に悩ませたのである。 彼は万事を悉く自分でやろうとしただけでなく、すべての場所へ自分で行こうとしたために、屢々【しばしば】司令部からの連絡がつかなくなって、何か大事な決定のために参謀が探している時に、彼は戦場を自ら乗り廻しているというようなことがあった。そうかと思うと、彼は非常に大事な、肝心かなめの場所を直観的に摑んでいて、そこには必ず姿を現わして危機に臨んで味方の行動に決定的な刺戟を与えた。また彼は活動的な若干の将校に、彼らの真価を発揮する機会を与えたのであるが、それは年功序列制で固まっている将軍達では、到底やれないようなことであった。そのため、彼は、若手から非常な尊敬を受けた。この感情は、実は多くのイタリヤ将兵にも感染した。彼らは安全第一主義の、耄碌【もうろく】したような自国の司令官に較べて、なんと決定的に違うものなのかと感じたのである。
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P48,49


 赤字にした箇所と青字にした箇所が矛盾するような気もするのですが、ともかく。

 青字の部分を読んで思い出したのが、OCS『DAK-II』に(のみ)入っている、カンプフグルッペ(戦闘団)マーカーの存在です。


 ↓OCS『DAK-II』の戦闘団(KG)マーカー(イタリア語ではラグルッパメントというそうで、「Ragg」と書かれています)。

unit9875.jpg

unit9874.jpg


 この戦闘団マーカーが置かれたスタックは、予備モードでなくても、拡張フェイズ(突破フェイズ)やリアクションフェイズに、ダイスを1個振って白抜きの数字以上の目が出れば、あたかも予備モードであったかのように行動できます。ダイス目さえ良ければむちゃくちゃ移動・戦闘ができるわけで、柔軟な戦い方ができるわけです。ちなみに、英連邦軍にはこの戦闘団マーカーは一切入っていません(同様の働きをする指揮官マーカーが独伊軍と同様に入ってはいますが、少数です)。


 カンプフグルッペの指揮官の名前は、「煉獄業火の牧師」バッハクリューヴェル将軍あたりは分かるとして、あとマルクスというのも名前はある程度見たことありますが、詳細は知らず、他の指揮官はよく分からない状態です。詳しく知りたいところですが……。

 イタリア軍のラグルッパメントは、バビーニやベルゴンツォーリというのはロンメルがアフリカに来る前に有名だったイタリア軍の将軍の名前じゃないかと思います。それ以前の軍功的にはイタリアでは有名だったものの、北アフリカでは大して(全然)活躍できなかったと思われますが……。RECAMというのは、指揮官というよりは編成名だと思われます。

 トリエステ自動車化師団がこの夏に到着し、アリエテ戦車師団と合流して、Corpo d'Armata di Manovra(CAM)が編成された。このCAMの支援として、Raggruppamento Esplorante di Corpo d'Armata di Manovra(RECAM:mobile recon group of the Corps)も編成された。
『Regio Esercito:The Italian Royal Army in Mussolini's Wars, 1935-1943』P76


 訳すとすると「機動軍団」で、指揮官はガンバラ将軍?(→イタリア軍のガムバラ将軍はロンメルに協力するようになって解任された? (2017/07/10)

 ……ガンバラ〔ガストーネ・ガンバラ(1890~1972年)。当時中将で、機動軍団長。最終階級も同じ〕……
『「砂漠の狐」回想録』P86



 他のラグルッパメントはよく分かりません。これも詳しく知りたいですねぇ……。


 指揮官マーカーも含めて、『DAK-II』は指揮官自体がマーカーとして登場する唯一のOCSゲームとして希有な存在です。それだけ北アフリカという戦場は、指揮官が重要だった戦いと言えるのでしょう。




 あと、同書で面白かったのがこの記述。

 ……モントゴメリー自身の気持は、彼がロンメルの写真をしきりに集めて、デスクの周りにピンアップしていたことによって知れるとも言える。ただ彼は、後年ルントシュテットとロンメルの二人を比較すれば、前者の方が一層手ごわい相手であるとは言っていた。ただその点で注意すべきは、モントゴメリーはロンメルの全盛時代には、彼と戦を交えたことがないということである。この両名が相まみえたときには、ロンメルは病気で弱っていただけでなく、兵力も不足、燃料も不足で行動も思うにまかせずという、戦術的には極めて不利な時であった。
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P48


 モントゴメリーがロンメルの写真をしきりに集めてデスクに貼っていたとは……(^_^;

 ルントシュテットの件ですが、ルントシュテットはノルマンディー以降の西部戦線で西方総軍司令官として、ヒトラーに早期講和を求めて7月2日に罷免されるまでと、モーデルから多忙すぎると直訴を受けて9月5日に同職に復帰して以降、1945年3月にレマーゲン鉄橋が奪取されて責任を取って罷免されるまでの期間、モントゴメリーと(というかアイゼンハワーと?)相対していたので、その間のモントゴメリーの感触なんだと思われます(1940年のフランス戦では、モントゴメリーはイギリス第3歩兵師団長、ルントシュテットはA軍集団長でしたが、前者はベルギー方面、後者はアルデンヌ方面なので、相対してない)。

 OCS『Beyond the Rhine』はその、ルントシュテットが西方総軍司令官に復帰した1944年9月5日(ターン)から始まり、ライン川渡河が達成されるまでを扱うゲームなので、ある意味、ルントシュテットの為のゲームなのかもしれませんね。ここでも指揮官の重要性が……?(^_^;


 
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DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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