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OCS『Case Blue』「世界の果て」2対2オンライン対戦4回目(第9~11ターン先攻終了まで)

 OCS『Case Blue』「世界の果て」2対2オンライン対戦4回目(第9~11ターン先攻終了まで)をプレイできました。


 ↓前回はこちら。

OCS『Case Blue』「世界の果て」2対2オンライン対戦3回目(第6~8ターン) (2021/09/23)



 ただし今回は富山のKさんが用事でお休みで、枢軸軍はタエさんだけで担当されました。




 ↓第9ターン終了時。

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 枢軸軍はオルジョニキーゼの南に回り込み、南端への補給路を切断! 

 ワニミさんはそれに対して航空砲爆撃等で反撃を準備しましたが、リアクションされたり、砲兵砲爆撃には失敗したりで、断念。

 一方、画像上の方のモズドクでは、ずっと包囲されていてついにSPのなくなった狙撃兵師団が損耗のダイスを振りましたが、ピンゾロで損耗なし! 私は「今世紀最大の勝利だ!!」、ワニミさんは「プラウダの一面だ!」と大歓喜(^_^;




 ↓第10ターン終了時。

unit9174.jpg

 (ずっと)後攻プレイヤーターンであったソ連軍は、「ダブルターンを前提に」オルジョニキーゼで続けて反撃を企図し、このターンついに枢軸軍戦線を突破して西方への突出に成功(ワニミさんのダイス目がとにかく良かった(^_^;)。

 モズドクでの続けての損耗チェックのダイス目は今回5で、1ステップの損耗にとどまり、今回も全滅は回避!
(ワニミさんは大きい目を出しやすく、私は小さい目を出しやすい? 戦闘になると私は困ったことになるのですが……(T_T)




 ↓第11ターン先攻ソ連軍終了時。

unit9173.jpg

 イニシアティブを獲得したソ連軍はダブルターンを選択し、オルジョニキーゼ周辺では回り込んで枢軸軍の2スタックを孤立させることに成功! また、より西にある南端ヘクスからも部隊を回し始めました。

 モズドクではさすがに残りの1ステップが損耗し、ついにドイツ軍第3装甲師団がフリーに……。


 この後どうなるか、楽しみでもあり、恐ろしくもあり……(^_^;
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OCS『Sicily II』「ハスキー作戦」シナリオの連合軍用サマリーを作ってみました

 OCS『Sicily II』のオンライン対戦(練習)を始めており、そこで色々疑問点が出てきたことをfacebookで質問したりして、サマリーを作ってみました。

 『Sicily II』での最もメインとなるべきシナリオである「ハスキー作戦」シナリオですが、連合軍側は上陸用舟艇に関するルールが複雑で、大変です。そこでそこらへん、なるべく分かりやすくなるようにまとめようとしたのですが、選択肢に関しては余さず書こうと心がけたこともあり、割と字数の多いものになってしまいました(^_^;

 また、今後間違いが見つかったりすることもあり得ます。が、活用していただければと思います。

『Sicily II』ハスキー作戦シナリオの手順
(『Sicily II』のオプションはまったく適用しないとして)

・注意事項
 エラッタで、第1ターンのみはALTのダイス目にさらに+1修正されることになっているので、気をつける。

<2022/02/21追記>

・注意事項その2
 Landing Craft(LC)に関するカウンター上の制限は、VASSAL上であっても適用される(facebookにてチップ・サルツマン氏に確認済み)。
 17.a項により、『Sicily II』のLanding Craftカウンター18個のうち(ハスキー作戦シナリオにおいては)10個を、その裏面のPort Damageマーカーとして使用しなければなりません。このことによりLanding Craftの分割は制限されます。VASSALでプレイしている場合にはいくらでも(1ポイントなどの)Landing Craftを出すことができ、またそうした方が便利なのですが、それはできず、実物のカウンターのありように制限されるということです。

実際のゲームで使用できるLCの種類は
片面がPort Damageのもの
1p×7
2p×5
3p×2
表面4p裏面3pのもの×4

片面がPort Damageのものは10個マップ上で使用するため、4個だけLCとして使用可能なので、
第2ターン終了時以降、使用可能な12ポイントのLCを英米軍で6ポイントづつ平等に分けるとすれば、
3p×1
2p×1
1p×1
となるかと思われます。

 なお、この件に関してさらに一点、注意点があります。

・シナリオ5「ハスキー作戦」のセットアップで、10個のPort Damageマーカーと、6個の3LC、3個の2LCが必要です。しかしそもそもLCカウンターは18個しか入っておらず、1枚足りません。BGGでのツリーによると、この足りない状態は最初の2ターンだけなので、その間はPort Damageマーカーを何か他のカウンターで代用して欲しいということでした。

<追記ここまで>


・事前にプレイヤー間で調整しておいた方が良いこと:
 SPしか積んでいないDUKWは、移動フェイズ中に海上を移動して、ALTを行い、そのダイス目で同時に輸送ユニットに変換して、残りの移動力を3倍して輸送ユニットとして移動を継続できる。
 シナリオ5の最初のALTにおいて、そのように行動して良いかfacebook上で尋ねたところ、OCS副班長のサルツマン氏の答は「シナリオ5の最初のALTは、簡便にプレイしやすくするために、ALT後のDUKWの内陸移動はできないというのが公式の見解である。その後のALTや、あるいはシナリオ6における最初のALTに関しては、その後の移動をしても良いだろう」というものだった。
 この件に関しては、プレイ前にプレイヤー間で、公式の見解通り最初のALTの後DUKWは移動を継続できないか、あるいはDUKWを移動できるか、決めておいた方がいいだろう。


・枢軸軍の自由セットアップの陸上ユニットと航空ユニットを配置する
・枢軸軍は予備マーカーを置けない(使用できる予備マーカー数が0であるため)
・連合軍は自由配置の航空ユニットを配置する(すべてホールディングボックスの航空基地に)
【Tunisia、Pantelleria、Maltaの航空基地に、整備能力と距離を考えつつ。米軍の輸送機×1は陸上ユニットの輸送の可能性を考えてTunisiaに置くべき】

・艦船ユニットやその積載物に関する「戦場の霧」は、以下のように適用する
 スタックの一番上の海軍ユニットを見ることはできるが、砲爆撃を受けない限り、スタックを調べることはできない(OCS 18.3c)。積載物は隠されるが、どのLCが運んでいるかを指定しておく。海岸ヘクスにいる上陸用舟艇はその積載物ごと、そのヘクスにいる自軍陸上ヘクスによって隠すことができる。

 ↓その後

・1D6して、活動状態のドイツ軍航空ユニットの数を決定(シナリオ特別ルール)して選択する
・1D6して、活動状態のイタリア軍航空ユニットの数を決定(シナリオ特別ルール)して選択する
・港湾の損害ルール(1.10a)を適用する


プレイ開始
・天候決定のダイスは(ゲーム中ずっと)振らない
・第1ターンの先攻プレイヤーは連合軍と指定されている
・連合軍プレイヤーターン開始
・移動フェイズからプレイ開始(シナリオ特別ルール)
【以下は、基本的に第1ターンにのみ当てはまることとして書いています】

・船上部隊(Floating Forces)ボックス上のLanding Craftに積載するものを決める
 特別ルールにあるように、ここに置かれている2ポイント分のLanding Craftも移動フェイズ中の移動は終了しており、移動フェイズ開始時には積載だけが可能。突破フェイズから移動できる。

 ALTは移動フェイズ中にしかできないので、この2ポイント分のLanding Craftは第1ターンにはALTできない。しかし、突破フェイズやリアクションフェイズ中には10ヘクスずつ移動して、自軍港湾の港湾能力以内で荷降ろしする(ALTのチェックなしで)ことはできるので、突破フェイズ中にNRPから10ヘクスの距離内の大規模港湾に荷降ろしするか、リアクションフェイズ中にNRPから20ヘクスの距離内の大規模港湾に荷降ろしするか、あるいは次のターンの移動フェイズ中に好きな場所にALTするか……等の選択肢がある。港湾能力以内で荷降ろしされたユニットやSPはそこで移動終了だが、次のターンの移動フェイズ中にALTされたユニットは燃料が入れられた状態で半分の移動力を使用できる。

 突破フェイズ中にすべて荷降ろししてしまえば、リアクションフェイズ中に船上部隊ボックスへ戻ってきて、第2ターンにはALTができる。


 ↓その後


・制空戦闘
 連合軍の空挺降下ヘクスの10ヘクス以内にいる枢軸軍戦闘機を非活動状態にしておかないと、迎撃/対空射撃されてしまう。

・上陸用舟艇以外の連合軍の艦船を移動させる
 移動力は一律20ヘクス(移動フェイズ、突破フェイズ、リアクションフェイズに各20ヘクスずつ全海ヘクスを移動可能。ただし空母のみは、ダメージを受けて減少戦力面になると移動力が10ヘクスになる)。揚陸結果表で、25砲爆撃力以上の艦船砲撃力の射程内の揚陸ヘクスは+1修正を得られるのでそれと、艦砲射撃の時を考えて重要そうな陸上ユニットや、なるべく多数の陸上ユニットが射程内に入るように考慮して移動すべき。空母は艦載機を活用できる場所に。

 ↓その後

・初期配置の空挺降下
 降下ユニットごとにダイス2個を振って2回分ずらす。元の位置に戻ってきたユニットは+1修正を獲得。「航空輸送判定表」で「敵の支配」「1944年8月以前の連合軍の空挺降下」は必ず適用。兵科マークにグライダーの印があるユニットの降下が「グライダー」降下。敵ユニット上、あるいは全海ヘクスに降下することになったユニットは壊滅。降下に成功したユニットは移動モードで置かれ、移動はできない。降下したユニットに補給フェイズに一般補給を引く必要はない。戦闘フェイズに戦闘は可能で、「空ヘクスへの攻撃(戦闘補給を使用せずに、空ヘクスに戦闘後前進できる)」も行える(3.3f、OCS 21.8c)。
(OCS 12.6hと14.10bには「事前計画によって空挺降下を行ったユニットは、空挺降下されたターンには補給線を設定する必要はありません」とあり、『Sicily II』では事前計画の制限なしで空挺降下しているため補給線が必要ではないかという疑問が提出されたのですが、公式のリプレイであるhttp://www.ocsdepot.com/images/contentfile/Learning-The-Ropes-updated.pdfでは第2ターンに空挺降下したユニットが、補給を引く必要はないと記されているので、問題ないはずです)



・揚陸判定(ALT)
 3RE以内で積まれているものごとに揚陸結果表で判定する。ALTはOCS 5.10a(スタックのうちのどれかがDGになったら、スタック内のすべてがDGになる)の適用外。海軍ユニットはスタック内の他のユニットとは別にDGを被る(OCS 18.3d C))。上陸用舟艇が破壊された場合、積載されていたSPは失われる(SPは荷降ろしできないので)。

 揚陸判定した後の上陸用舟艇は、その移動フェイズ中は移動できない(輸送ユニットへと変換したDUKWは例外)。

 ALTでは上陸用舟艇(変換したDUKWを除く)が積んでいるSPは荷降ろしできず、この移動フェイズ中はまったく移動させられず、そのSPを使用できるのは隣接ヘクスまでの範囲にいる陸上ユニットに限られる(司令部で支給することもできないし、5移動力+1で受給するようなことも不可)。

 そのため第1ターンの移動フェイズや戦闘フェイズ中には、それらの積載されたままのSPは、隣接ヘクスまでの範囲からのオーバーラン、砲兵砲爆撃、攻撃にしか使用できないことに注意。

 ただし、DUKWがALTの時に輸送ユニットへの変換を宣言していれば、その積載SPは受給、支給が可能。

 ALTで荷降ろしされた時点(次のALTのチェックの前)で、ユニットが戦闘モードか、移動モードかを決定しなければならない【しかし、この時点でモードを決定しなければならないのはプレイ上大変つらいので、移動開始時で良いとか、やり直しがいくらでもできるという風に合意しておいた方がいいと思います。】。

 ALTで上陸したユニットは、燃料を入れられた状態で移動力の半分までを使用できる。




 以下、上陸用舟艇各種のALTの時点での選択肢について挙げる。LST以外はポイントを分割することができることに留意すべし。


Landing Craft
【ALTの時点ではLanding Craftに選択肢はない】
 単純に最初のALTのチェックをする。SPは荷降ろしできず、隣接ヘクス以内でのみ使用可能。荷降ろしされたユニットは燃料を入れられた状態で、移動力の半分まで使用できる。


DUKW
 DUKWを1ポイント毎に見る。ユニットも積んでいるDUKW1ポイントは①一択。SPしか積んでいないDUKW1ポイントは恐らく②が良い。DUKWに積載できるユニットは、移動モードでの移動力が10以下の徒歩タイプのユニットだけであることに注意。

①ALTに成功した時点で、輸送ユニットへの変換を宣言しない。そのDUKWはその移動フェイズ中はそれ以上移動できない。SPは荷降ろしできず、隣接ヘクス以内でのみ使用可能。荷降ろしされたユニットは移動力の半分まで使用できる。

②ALTに成功した時点で、輸送ユニットへの変換を宣言する。DUKWは輸送ユニット扱いとなり、積んでいるSPは隣接ヘクス以外から受給、支給が可能。最も近いNRPからの海上移動にかかった移動力を数えて8から引き、3倍した数値分の移動力を使用してその移動フェイズ中に移動可能。そのままSPを積んだ状態で運んだり積載/荷降ろし(2移動力で)したり、再度上陸用舟艇に変換(チェック不要)して、残りの移動力(を1/3にしたもの)で海上移動できる。突破フェイズ、リアクションフェイズには移動不可。


LST
 ①一択。②にするのはかなりトリッキーな方法(港湾を初期に確保するのを遅らせてでも、後のターンでより自分の望む場所で港湾を確保したい、とか?)。

①ALTに成功した時点でLST港湾へ変換した、と宣言する。その移動フェイズ中は港湾として有効ではないため海上輸送には使用できない。補給フェイズから港湾として有効になって補給源として使用できる。突破フェイズ中には(あるいはリアクションフェイズ中にでも)1SPの港湾として、上陸用舟艇が積んでいるSPを港湾能力以内で荷降ろしできる/積載のためにも使用可能。次のターン(第2ターン)の移動フェイズには1SPの港湾として、海上輸送に使用できる(海上輸送は移動フェイズ中のみ)。ALTの際に破壊されたら、1D6ターン後に戻ってきて使用できる。

②LST港湾への変換を宣言しない。ポイントを分割できない以外ではLanding Craftと使用法は同じ。



 ↓その後


・米軍の余っている1x C-47による空挺降下(空中投下)/航空輸送
 計画なしに、柔軟にやってよい(3.3b)。これを使用して第1ターン中にもう1つ空挺降下しておくという手もある。

・海上輸送力8を使用して、移動フェイズ中に使用可能な港湾へTunisiaボックスから海上輸送
 船上部隊ボックスからは海上輸送できない。LST港湾はこのタイミングでは使用不可。移動モードで、目的地の港湾で移動終了。移動モードでの移動力が徒歩で6以下のユニットはRE換算が半分になること、陸上戦闘ユニット1つだけならたとえ複数ステップユニットであっても港湾能力を超えて港湾へ海上輸送できることに注意(輸送ユニットは非戦闘ユニットなのでこの方法では荷降ろし不可)。Tunisiaボックスには無限のSPがあることに注意。1ポイントの輸送ユニットに1SPを積んだ状態で1RE。4REの複数ステップユニットでも海上輸送力に対しては3REであるとみなす。海上輸送したSPは受給したり支給したりできる。リープフロッグ(一度移動させたSPを別の移動手段で動かす)禁止に注意。

・補給フェイズ
 移動フェイズに変換されたLST港湾は、この補給フェイズから使用可能であり、補給源にできることに注意。

・突破フェイズ(リアクションフェイズにも)
 Tunisiaボックス内で移動モードにしてあったユニットを自軍航空基地へと航空輸送できる(移動や戦闘はできない)。もちろん、SPを航空輸送/空中投下するという手もある。

 上陸用舟艇に積んであるSPの使用法として、ALTも荷降ろしもせずに海岸ヘクスに隣接する海ヘクスにSPを積んだままとどまっておき、隣接ヘクスでSPを消費するという方法もある。

 Landing CraftとLSTは10移動力で、DUKWは8移動力で自軍港湾(LST港湾を含む)に移動し、港湾能力以内で、上陸用舟艇から港湾にALTチェックなしで荷降ろし可能(この時、1T港湾に1RE降ろせる、という19.0aの例外規定は使用できないと思われる)。このやり方ならば、Landing CraftもLSTも、SPや輸送ユニットを荷降ろしできる。荷降ろししたらそこで上陸用舟艇も積載物も移動終了。その港湾がNRPまで移動力以内にあれば、次のリアクションフェイズにNRPへと移動し、船上部隊ボックスへ戻ることが可能で、次のターンの移動フェイズの最初に船上部隊ボックスで部隊やSPを積載することができる。

 自軍港湾で上陸用舟艇にユニットやSPを積載することができる(移動フェイズ中でも可能だが、自軍港湾が少ない序盤には海上輸送力を無駄にすることになるので、やめておいた方がいい)。積載されるユニットには予備マーカーも燃料も必要ないが、そのフェイズ中に積載以前に移動をしていたのではいけない。基本的には港湾能力以内でだが、その港湾で陸上戦闘ユニット1個だけを積載するのであれば(複数ステップユニットであっても)、港湾能力を超えて積載できる。4REの複数ステップユニットでも3REであるとみなし、3RE分の上陸用舟艇のポイントで積載できる。積載には、タイミングや回数の制限はない(一つのフェイズ中に、海上を移動、港湾で積載、さらに海上を移動、港湾で積載、海上を移動、というようなことも可)。こうやって積載したユニットでもALT(移動フェイズ中のみ)で上陸すれば、ノーコストで燃料を入れられた状態で移動力の半分を使用可能であることに注意。これによって、部隊やSPを前線近くまで運んだり、敵の後方の海岸へと二次上陸を試みるという選択肢もある。




第2ターン(以降)


増援フェイズ
・再建
 再建されたユニットは、一般補給の通じる自軍司令部に出す。連合軍は、他に再建できるユニットがないなら、分遣連隊を再建対象に選ぶことができる(エラッタにより)。



移動フェイズ
・移動フェイズ開始時に、船上部隊ボックス上で上陸用舟艇にユニットやSPを積載する。

 英軍はNRPからの距離に注意する。実質上、シラクサが移動フェイズ中に到達できる北限となる。米軍はNRPがシチリア島南岸に多数あるので、より柔軟に行動できる。第2ターン以降のALTも、すべての上陸用舟艇を移動させた後に行わなければならないことに注意(18.5f)。ただし、SPしか積んでいないDUKWのみで輸送ユニットに変換するALTのダイス振りをする場合には、そのALTのダイス振りは通常のALTとは異なるので、他のALTのタイミングとは関係なく、その前でも後でも自由に行える。




・空挺降下(第3ターン以降は空挺降下できない)
 第1ターン中に余っていた1x C-47で空挺降下をしていなかったのであれば、第2ターンに米軍は2個、英軍は3個の空挺BGを空挺降下させなければならない(そうしなければ各空挺師団がまるごと失われる。3.3d)。事前計画は必要なく、降下地点はまとめて指定していっぺんに解決するのではなく、1つの空挺降下ごとに解決する。(元々英軍は第1ターンにも米軍の輸送機ユニットを1つ借りていたが、第2ターンにはもう1つ輸送機ユニットを借りなければならないことに注意)




突破フェイズ(リアクションフェイズも)
 Tunisiaボックス上で予備マーカーを載せておいた(航空輸送可能な)ユニットは、突破フェイズに予備モードを解除した移動モードで、それまでに獲得した航空基地に航空輸送し、半分の移動力で移動できる(戦闘も可)。予備マーカーなしでも、航空輸送自体は可能。SPの空中投下も可。


<2022/10/11追記>

 揚陸結果表で最も成功率が高いのは「港湾」ですが、通常は港湾ヘクスであっても平地や低丘陵も存在しており、OCS 18.5fには「最も厳しい地形を使用する」とあるので、「港湾」のコラムを使用できません。

 ただしfacebook上で質問したところ、OCS副班長のチップ・サルツマン氏によれば、↓のMarsalaとAugustaの2つのヘクスだけは「港湾しかないヘクス」であり、「港湾」のコラムを使用できる、とのこと。
(尤もこの2ヘクスで「港湾」のコラムを使用するケースというのは、純粋に敵支配地へのALT(揚陸)の時に使用するというよりは、味方支配地となっている時に、港湾能力あるいは海上輸送力を使い切った上で「追加の」荷揚げをしたい時に使用する、というのが主目的であろう、ということでした)。

unit8767.jpg

 また、↑の画像で「52.31と53.32はALTできる地形であろうか?」という疑問も出ていたのでこれも聞いてみたところ、「できる」ということでした。

 他に、海岸と接するヘクスには「低丘陵」しかなく、奥の方に「荒れ地」がある場合でも「荒れ地」のコラムを使うのだろうか? という疑問も出ていたのですが、これはもうルール上は「荒れ地」コラムを使用する、ということであろうと思いました。

<追記ここまで>



<2021/11/23追記>

 以下は枢軸軍の気をつけるべき件ですが、新たに知見が得られたので追記しておきます。


・つま先とシチリア島の関係について
 つま先やそのホールディングボックスにあるSPや輸送ユニットは、シチリア島に(で)運んだり使ったりすることはできない。つま先にある無限のSPを使う手段としては、つま先にある航空基地の整備、あるいはつま先のホールディングボックスで再建/つま先に海輸した砲兵の砲爆撃や司令部のつま先内での建設活動のSP消費等に限られる。あるいは他に、複数ユニットフォーメーション内の一部のユニットだけがつま先に入っても、「同一の司令部から一般補給を引けるのでなければマップ上のSPを消費しなければならない」というペナルティをつま先内のユニットは無限のSPでまかなえますし、LowやExhaustになっているユニットをつま先に送ってしまえばそこで再備蓄をすることができます。

・ドイツ軍はヒップシュートを繰り返すことで連合軍艦船を1フェイズ中に沈められるか?
 『Sicily II』ではドイツ軍のヒップシュートにはドイツ軍ユニットによる観測ユニットが必要だが、連合軍艦船が海岸ヘクスの隣接ヘクスなどにいて、観測ユニットに隣接していることがあり得る(連合軍プレイヤーはなるべくそれを避けるべきであるが)。その場合、ヒップシュートを繰り返せばDGを2回与えて艦船をステップロスさせられそうに思えるが、OCS 18.3cの「1個の艦船ユニットは1フェイズ中に1回までしか砲爆撃を受けません。」という制限により、それはできない(ヒップシュートを1回は行える)。
 ただし、対施設砲爆撃にはそのような制限はないため、ヒップシュートで港湾を繰り返し砲爆撃する、というようなことは可能。

・枢軸軍側は、連合軍のLanding Craftを爆撃していくという選択肢もあるかもしれない。前項のヒップシュートの機会を除けば、チャンスは移動フェイズ中の砲爆撃フェイズと、突破フェイズ中の砲爆撃フェイズ、リアクションフェイズ中の砲爆撃フェイズの3回で、その3回で砲爆撃結果表上でステップロスの結果を出す、あるいは複数以上のDGの結果を出さなければLanding Craftが沈むことはない(敵クリーンアップフェイズにDGは消える。ダブルターンならチャンスは6回)。そのスタックにもし駆逐艦などがいたら、対空射撃を受ける。対空射撃を生き延びたら、Landing Craft全体を対象として10ヘクス以内の修正以外の修正なしの砲爆撃を行う(海上ユニットへの砲爆撃なので砲爆撃力は倍になる)。DGの結果はそのスタックのLanding Craft全体に及ぶ(Landing Craftの性能には何ら変化は生じない)。DGが2個目になったら、Landing Craftの1ポイントが沈み、DGマーカーは取り除く。損害を食らう1ポイントはランダムに選ばれる(積み荷がどう積まれているかを明らかにしておくこと)。連合軍側はLanding CraftがDGになった場合、リアクションフェイズなどに10移動力でNRP(艦船解放ポイント)まで移動して船上部隊ボックスに入ってしまえば、それ以上砲爆撃されなくなる。

・艦砲射撃の観測について:通常どおり、観測があれば修正なし、観測ユニットがなければ-3修正で。艦隊ユニットが観測することはできない(観測できるのは戦闘ユニットだけで、戦闘ユニットは陸上ユニットだけ)。



<追記ここまで>

OCS『Case Blue』「世界の果て」2対2オンライン対戦3回目(第6~8ターン)

 OCS『Case Blue』「世界の果て」2対2オンライン対戦3回目(第6~8ターン)を9月12日にプレイできていたのをブログに書くのを忘れてました(^_^;


 前回は↓こちら。

OCS『Case Blue』「世界の果て」2対2オンライン対戦2回目(第3~5ターン) (2021/08/16)

 



 ↓第6ターン終了時。

unit9179.jpg

 ソ連軍(ワニミさん)は南西戦線で親衛歩兵旅団+戦車旅団によって反撃を行い、成功。ただし攻撃は突破フェイズ中におこなった為、予備モードになれなかった包囲環内の部隊を救出することまではできず後退。




 ↓第7ターン終了時。

unit9178.jpg

 枢軸軍は再度包囲環を閉じ、南西でも北方でも戦線を南下させました。




 ↓第8ターン終了時。

unit9177.jpg

 南西の包囲環への枢軸軍の砲撃が成功して1ステップロスし、さらに攻撃によって包囲環内の部隊は全滅……。

 ソ連軍はますます苦しい状況に追い詰められています。

 史実ではちょうどこの辺りの戦線が、枢軸軍の最大進出線なのですが、止まるとはまったく思えません。尤も、(元の)勝利条件的には枢軸軍はこの画像上のソ連軍のいる場所をすべて占領するくらいのことをせねばならず、どちらにとっても苦しい戦いが長く続きそうです……。


ロンメル神話に関する洋書3冊(の一部)を読んでの感想

 ロンメル神話に関する洋書3冊を検討してみました (2021/09/03)で挙げていた3冊の本ですが、結局全部購入して、それぞれの一部のみを読んでみましたので、個人的な感想を書いてみたいと思います。

 「一部」というのは、私はロンメルの北アフリカ戦(フランス戦もギリ)の軍事司令官としての評価にのみ興味があるので、ノルマンディー戦とかヒトラー暗殺とかの部分はまったく読んでないという感じです。

 また「読む」というのも、Kindle版なら「Capture2Text」でOCR、書籍なら非破壊スキャンしてGoogleドライブでOCRして、DeepL翻訳にかけて読み(訳文が分かりにくかったり、訳が飛ばされている部分がありそうだったらみらい翻訳を併用したり、自分で原文をチェックしたりする)、出てきた訳文(時に原文も)アウトラインプロセッサ(NanaTerry)に集積していき、自分にとって重要そうな部分は文字色を変えたり、下線を引いておく……という方法で、かつて自力で全部読もうとしていた時よりもはるかに早く目を通すことができました。まさに技術の進歩様々、です。







 この本には、アーヴィングの『狐の足跡』の歪曲や恣意的引用に関して多く取り挙げられていると思っていたので、そういう論争的なのが大好きな私は大変期待しており、本の内容の何割かがアーヴィング関係ではないかくらいに予想していたのですが……。

 全然そんなことはなく、普通にロンメルの伝記体裁がずっと続くのでした。まあ、北アフリカから退場した後は読まないので、そこらへんにアーヴィング関係のことが書かれているのかもとも思いきや、索引で調べてみると本文中にアーヴィングの名前が出てくるのはシュパイデル関係のことで一度だけさらっと。前書きにも一度出てくるのは見つけましたが、そこもさらっと。注の中の長文っぽいやつの中で、アーヴィングの歪曲について述べられているのかと思いきや、チェックした北アフリカ戦関係の場所ではそういうわけでもないようで……。

 「どういうこと?」と思いつつ、『「砂漠の狐」ロンメル』でアーヴィングの歪曲について書かれている、1941年4月3日の「電報」(→ロンメルはイタリア軍司令官からの抗議に、ヒトラーの許可を得たのだと嘘をついた? (2017/11/30))について、本文ではさらっと、

夕方には、イタリアの将軍イタロ・ガリボルディもトリポリから到着していた。ロンメルの正式な部下であるリビアの総司令官は激怒し、攻撃の即時中止を要求してきた。また、ベルリンからのラジオメッセージがその場を救った。ロンメルが疑ったように、ヒトラーは最初の進展を見て再び考えを変えたのだ。中将は妻に宛てた手紙の中で、ロンメルの「予想外の成功」を祝福し、「私の個人的な見解に完全に対応する指示」を新たに出したと述べている。
『Mythos Rommel』P63,64

と書いてあるだけで、注を見てみたら、

夕方にはイタリアの将軍も - ガリボルディとの論争については、E. Rommel, Krieg, p. 25 f.

とだけあって、「いや、どうしたらいいの?」と……(良く分からないのですが、論文の名前?)

 よくよく『「砂漠の狐」ロンメル』を見返してみたら、

著者のレミィは、アーヴィングが依拠した史資料をあらためて精査し、多くの歪曲や恣意的引用があることをあきらかにしている。
『「砂漠の狐」ロンメル』P310

とは書いてあるけども、それが『Mythos Rommel』の中で挙げられているのだとは決して書いていない(!)。

 レミィは放送関係のジャーナリストであるらしく、ロンメル神話に関する番組も作っており、そちらや、あるいは書籍ではない論文や雑誌記事の形でアーヴィングの「多くの」歪曲や恣意的引用を明らかにしているのかもしれませんが、『Mythos Rommel』(の一部)を読んでも、私の興味のある北アフリカ戦に関しては全然それが分かりませんでした……。


 今回、アーヴィングの『狐の足跡』も購入して読んでみたのですが、個人的には非常に面白く、また確かに紙幅も多いので、資料として使いたくなる気持ちは非常に良く分かりました。それゆえにこそ、『Mythos Rommel』を読めば何がどう、どれくらいダメなのか分かるのかと期待していたのですがぁ。

 まあ、それはしょうがないとして、それ以外の部分での感想なんですが、個人的に興味の持てた記述はある程度以上あり、購入して読んだのは一応無駄ではなかったと思います。「え! そんな話が!?」というような逸話もありましたし、個人的には特に、ハルダー関係の辺りは参考になりました(→ロンメルはハルダーに「大馬鹿」と面と向かって言った? ハルダーは無能だったのか有能だったのか (2021/06/14))。







 この本、全5章のうち1章が「軍司令官」となっており、しかもそれが「戦略家として」「作戦家として」「戦術家として」「上司として」という小項目に分かれて記述されていました。さあ、そんなにもなっていれば、軍事指揮官としてのロンメルに興味がある私にとって非常に価値のあるものだと思いきや……! 別に大して興味を引く記述はありませんでした(T_T)

 全体的には、他の本ですでに語られている内容から、ロンメルの悪評に属するものを短く並べただけの表面的な本という印象で、しかも事実誤認ではなかろうかと思われるような話も出てくる感がありました(もちろん、私の方が事実誤認している可能性も全然ありますけども)。

 ただ、最後の「伝説」の章で、ロンメル神話の形成とその歴史が述べられており、そこはある程度以上面白かったです。







 個人的にはこの本が一番面白い部分が多かったです。形式的には前の2冊と同じように、結局の所伝記的に述べられていくのですが、フランス戦については長々とその経緯について述べられた後に、「フランス戦におけるロンメル」に関する分析がある程度述べられていて、それが非常に面白かった! ただ、それを北アフリカ戦についても期待したのですが、それはなくがっかり……(執筆者が違うということもあるのでしょう)。

 ロンメル神話の形成ということに関してもある程度以上記述があり、良かったです。



 まあ、以上述べたようなことはあくまで、「個人の感想」で、例えばヒトラー暗殺に対するロンメルの態度に関して興味のある人なんかは、全然違う評価になるのではないかとも思われます。

北アフリカ戦線で、枢軸軍兵士による戦争犯罪・虐殺行為は(ほとんど)なかったのか?

 先日書いてました『Mythos Rommel』を結局買って読んでいましたら、北アフリカ戦線において枢軸軍兵士による戦争犯罪や虐殺行為が(ほとんど)なかったことについて、割と長く書かれていました。




 連合軍兵士側の虐殺行為については以前、第2ニュージーランド師団の虐殺行為はマオリ兵によるもの? (2017/07/28)で取り上げてました。

 まあ、枢軸軍兵士による虐殺行為は「ほとんど」なかったと『Mythos Rommel』にもあるように、全然なかったわけではないとは思われ、今後そういう例が書かれているのを見つけたらまたここに集積しようと思うのですが、とりあえずこの『Mythos Rommel』の記述を引用しておこうと思いました。

(ちなみにこの『Mythos Rommel』はドイツ語本なのですが、非破壊スキャン→GoogleドライブでOCR→DeepL翻訳で全然読めました。一昔前ならドイツ語が読める人でなければどうにもならなかったでしょうに、技術の進歩ありがたや……(T_T) GoogleドライブでのOCRは、結構画像が歪んでいても、ドイツ語でもほとんどOCRミスがないのでありがたいです。また、DeepL翻訳で少し訳がおかしいと感じる時にはみらい翻訳を併用したり、一度英訳させてみるという方法があります。)

 知られている限りでは、外国軍人の中のドイツ人移民を殺せというヒトラーの命令も実行されなかった。重傷を負って6月1日にはすでに戦線離脱していたジークフリート・ヴェストファルによると、この命令は焼かれたという。その4ヵ月後にも同様の手順で別の殺人命令が出されていることも、この事実を裏付けている。1942年10月18日、ヒトラーは、ドイツ軍の後方で特殊任務を遂行していたイギリス兵を中心とした、いわゆるコマンドー作戦の参加者を「戦闘中または飛行中に最後の一人まで切り捨てる」よう命じていた。受け取ったヴェストファルは、国際法に反する命令であることをロンメルに伝え、「すぐに燃やすように」と勧めた。「ロンメルはうなずいた」とこの作戦参謀は回想録に書いている。ヴェストファルはストームライターで通信文に火をつけた。

 ソ連の占領地では、1年も経たないうちに、それまでの次元を超えた殲滅戦が繰り広げられたが、北アフリカでの戦争犯罪は希有な例外にとどまっていた。もちろん、外的要因も影響している。まず第一に、北アフリカでの戦争には、イデオロギー的な要素がほとんどなかった。イギリスとの戦争は「イデオロギー」戦争ではなかった。イギリス人捕虜は、ジュネーブ条約の規則に従って例外なく扱われた。ドイツ人、イタリア人、イギリス人は、負傷者へのケアなど、それをはるかに超えるケアを行っていた。

 同様に、「人種」への考えが捕虜の扱いに反映されていなかったことを示すあらゆる兆候がある。イギリス第8軍にはイギリス人と共に、多数のドイツ系やオーストリア系のユダヤ人が参加していたが、彼らは安全のために英語の名前を与えられていた。また、パレスチナのユダヤ人大隊も参戦したが、彼らの兵士は制服の袖にストライプが入っていて、はっきりとわかるようになっていた。それにもかかわらず、第8軍のユダヤ人兵士に対する虐殺や暴力行為の事例は知られていない。北アフリカでの捕虜システムは、いずれにしてもイタリア同盟国の責任であった。しかし、ドイツ兵の捕虜になってからイタリア人に引き渡されるまでの間も、知られている限りでは虐待はなかった。それどころか、イギリス第8軍の野戦ラビ、つまりユダヤ教の兵士の精神的な従軍牧師のような存在だったアイザック・レヴィは、ロンメルの軍隊に異例の賛辞を送っている。「私が見たアフリカ軍団兵士の数は多くないが、その兵士たちが反ユダヤ主義者であるという特徴や雰囲気はまったくなかった」。

 もちろん、ドイツアフリカ軍団内にも反ユダヤ主義者は一定の割合でいた。この点では、ドイツ国防軍全体と同様に、当時のドイツ社会を映し出す鏡であった。例えば、トリポリで休暇中の兵士たちは、1938年に制定されたイタリアのユダヤ人法、特にその解釈によって、リビアに住むユダヤ人が「不正なビジネスを行い、ファシスト国家に対する陰謀を何の障害もなく行うことができる」と指摘し、「嫌悪感でいっぱいだった」という。しかし、それへの虐待は報告されていない。約26,000人のリビア在住のユダヤ人は、最悪の事態を免れた。

 また、アラブの民間人もほとんど戦争の影響を受けていない。それは、砂漠の中の戦闘地域がほとんど砂漠化していたことによる。また、ロンメルはイタリア軍の指揮官と同じように、「アラブの部族が時々攻撃してきても、ほとんど無視していた」という。1943年の回顧録で、彼は極めて現実的なことを書いている。「パルチザン活動の最初の勃発時に人質への報復を行わないことは、おそらく極めて重要である。そうしないと、復讐の感情が生まれ、フランス軍が強化されるからである。無実の人を傷つけるより、事件を見逃す方がいい」。

 このような一連の外部環境のおかげで、北アフリカの戦場ではほとんど犯罪が発生しなかったのである。これにはロンメルの性格も大きく影響していると言われている。総統への尊敬はあっても、ヒトラーの犯罪の共犯者になることは許さなかったのである。自分がそのような命令を出すことを要求するシステムに仕えていること、つまり自分が明らかに犯罪者であることを、彼はまだ疑っていなかった。しかし、素朴なシュヴァーベン人【ロンメル】には、虐殺は絶対にできなかったし、良心にも反していた。政権の最大の罪であるユダヤ人の大量殺戮については、彼はまったく聞いたことがなかった。時々、将校達がBBCのニュースを聞いている時、彼らは東部での虐殺の報道について話していた。しかし、東部戦線からアフリカに転属してきた将校たちは、「これらの報告は敵のプロパガンダと見なすべきだ」と断言したと、ヴェストファルは回顧録に記している。これで、北アフリカの日常に戻り、自分の戦いに専念することができると確信した。
『Mythos Rommel』P92~98


 コマンド部隊の兵士を殺すように、というヒトラーの命令書を焼いた件は、ヴェストファルがそうするように勧めたのであるというのは、他の本では言及されていなかったのでは……? と気になりましたが、そうでもない……?(ヴェストファルだけがそう主張しているに過ぎない可能性もありますが)

 この本では、ロンメルはユダヤ人虐殺についてまったく聞いたことがなかった、ということになっているようです。


<2022/03/20追記>

 『Rommel's Desert War: Waging World War II in North Africa, 1941–1943』を読んでいましたら、アフリカでドイツがユダヤ人虐殺をしようとする努力に対してイタリア側が反対していたことについて書いてありました。

 トリポリタニアとチュニジアの都市部では、ユダヤ人コミュニティを搾取し排除しようとするドイツの努力は、その指揮下にあるイタリア人によって制約を受けた。ドイツの同盟国イタリアは、彼らの激しい反ユダヤ主義や排除の熱意を認めなかったのである。イタリア人は、イタリアの市民権を持つユダヤ人はいかなる差別からも免除されるべきだと考えていたし、自身の植民地化の野望からして、アラブ人の反ユダヤ感情を扇動しつつ民族的願望を支援して味方に引き入れるなどのドイツの努力を認めなかったのである。
『Rommel's Desert War: Waging World War II in North Africa, 1941–1943』P10





<追記ここまで>




 あと、この話題とは全然関係がないのですが、これらの記述の直後、トブルクを陥落させてロンメルが元帥に昇進することになったニュースを聞いた時のロンメルの反応について、今までは「ロンメルは大喜びした」という記述しか見たことがなかったと思うのですが、このように書かれていて非常にびっくりしました。

 1942年6月22日の夜、ドイツのラジオは夕方のニュースでロンメルの元帥就任を発表した。ヒトラーがロンメルに送ったという電報を、アナウンサーが敬虔な声で読み上げた。「あなたの指導力と、あなた自身の決死の努力に感謝し、また、アフリカ戦域であなたの元で戦った部隊の英雄的な功績を認めて、本日付けであなたを元帥に昇進させる。アドルフ・ヒトラー」 ロンメルの運転手であったヘルムート・フォン・ライプツィヒと、従者であったヘルベルト・ギュンターも、トブルクでラジオから流れるニュースを息を殺して追っていた。ロンメル自身は、とっくに寝てしまっていた。ライプツィヒとギュンターは、ロンメルを起こしてお祝いをすることにした。ロンメルはこの知らせを冷静に受け止めた。お礼を言って、「どうせ戦争は続くんだから」と寝返りを打って、また眠りについた。
『Mythos Rommel』P98


 しかし、このようなロンメルの反応は、ロンメルを持ち上げようとする人間にとってこそ素晴らしい逸話であると思われるのですが、それが広まっていないように思われるのはなぜなんでしょうか?(私が忘却しているだけで有名な話なのでしょうか?(^_^;)


<2021/09/23追記>

 アーヴィングの『狐の足跡』を読んでいましたら、イタリア軍の犯罪行為について触れられていました。1942年11月15日頃、エル・アラメインからの撤退で、エル・アゲイラへと下がる途中の時期のことのようです。

 その頃、ベンガジではイタリア軍が掠奪、強盗、強姦等、無法のかぎりを尽くしていた。港湾当局者は逃亡してしまっており、ロンメル向けのガソリンを積んできた駆逐艦や潜水艦およびタンカーは、他の港へ回航させられていた。
『狐の足跡 ロンメル将軍の実像 下』P53


<追記ここまで>

<2021/12/06追記>

 以前収集していたデータを見ていたら、イタリア軍の不法行為について収集していたのを見つけました(^_^; ↓の2つは基本的に同じ文を訳されたものかもですが……?

 われわれが救援にくる前にグラジアニの指揮するイタリア軍が、イギリス軍によって大敗を喫したことによりその威信を失墜した結果、多くのアラブ諸部族の動きが不穏となっていた。またイタリア軍の将兵が時々アラブの女性にふざけることがあり、これはアラブ人の最も憤激するところであったので、情勢はちっともよくならなかった。そこで私はやむをえずイタリア軍最高司令部に対し、アラブ人を丁重に取り扱い、わが戦線の後方地区で武装蜂起などさせないように強く要請した。私が一番案じたのは、トブルクの攻囲を続けながら、同時にエジプトからするイギリス軍の大攻勢に備えるという二つの任務を遂行することによって生ずる困難な戦略的な情勢であった。
『ドキュメント ロンメル戦記』P170

 グラツィアーニの敗北により、イタリアの威信が失墜したため、アラブ諸部族の一部に不穏な気配が現れていた。しかも、イタリア軍将兵はたびたびアラブ人住民の女性にひどい振る舞いをし、この地域のアラブ人は鬱々として楽しまなかったのである。私は、戦線のすぐ後方で武装蜂起が発生することがないように、アラブ人を丁重に扱ってほしいと、イタリア軍最高司令部に要請した。
 このころ、トレント師団の将校と下士官が、アラブ人に対する不法行為について有罪とされていた。以後も、多数のイタリア軍人が、アラブ人によって殺害されている。彼らは、武器を手にしたイタリア人がその集落に寄ってくるのをはねのけたのだ。そのような場合、常に一定の者が復讐を望み、また、そのような復讐を行うことは目的にかなっていると主張するのが常だった。けれども、本当の罪人を見つけることができないのであれば、かかる事件は黙って見過ごすのがいちばんなのである。
『「砂漠の狐」回想録』P70



<追記ここまで>

OCSで、戦闘機のいる自軍航空基地へ航空輸送する場合に起こること

 OCS『Sicily II』のキャンペーンをオンライン対戦しようという話が出ていまして、富山のKさんとタエさんがシナリオ3を練習プレイしていて、次のような疑問点が出てきたそうです。



unit9196.jpg

 連合軍の航空基地がLicataの北にあって戦闘機が2ユニットあり、そこに輸送機+戦闘機でSPを航空輸送したいとします。

 枢軸軍はそれに対して迎撃しました。


 この時の疑問点と、facebookで聞いて得られた回答を列記します。

1.最初から連合軍航空基地にいた戦闘機は、空戦に参加できるのか?(また、その参加は強制か、任意か?)
 →任意で参加できる。

2.最初から連合軍航空基地にいた戦闘機が空戦に参加した場合、5ユニットが空戦に参加する(可能性がある)が、それは「1つの任務に参加できる航空ユニットは4ユニットまで」という制限に違反しないか?
 →違反しない(この空戦は航空任務ではない)。

3.空戦前に連合軍の輸送機が自発的に任務停止した場合(空戦をして任務停止になった場合でも同じ)、輸送機は必ずこのLicataの北の航空基地に帰還して非活動状態になる(つまり、敵の警戒空域内であっても、空戦用の戦闘機を1つ連れていって、輸送機が目的地で非活動状態となって、その後対施設砲爆撃を受けるリスクを引き受けるのであれば、必ず航空輸送に成功する)、とルールからは読めるが、それで合っているか?
 →その解釈で良い。

4.『Sicily II』ではアメリカ軍とイギリス軍の航空ユニットは一緒に一つに航空任務はできないと規定されている。連合軍の航空基地に最初からいた戦闘機ユニットがもしアメリカ軍のものだったならば、それらはやってきたイギリス軍航空ユニットと一緒に空戦に参加できるか?
 →できる(この空戦への参加は航空任務ではない。また、異なる国籍でも防御は一緒にできると規定されている)。


 また、指摘していただいたこととして、空戦で任務停止となった(そしてこの航空基地へと入った)航空ユニットは、対空射撃を受けないということです。



 以下に、これらに関係するOCSシリーズルールを挙げておきます。

14.1c 任務中止と帰還 任務を完了した(14.2f参照)、あるいは空戦で“任務中止”となった航空ユニットは、その航続距離内の自軍航空基地に帰還して非活動状態にならなければなりません(例外:迎撃(14.5)を成功裏に終えた、あるいは通常の航続距離内での基地移動(14.11)を終えた戦闘機は活動状態のままに留まります)。
・自軍航空基地のヘクスで発生した空戦の前/中に任務中止となった航空ユニットは、そのヘクスの航空基地に帰還しなければなりません(例外:迎撃の特別な処理について14.5を参照して下さい)。

14.2a 航空ユニットのスタック制限 スタック制限に関してそれぞれの航空ユニットを1個と数えます(減少戦力面でも、完全戦力面でも)。最大で4個までの活動状態の航空ユニットが一緒に1つの航空任務を行えます。自軍航空基地では、4プラス基地レベルまでの活動状態の航空ユニットがスタックできます(つまり、レベル3航空基地では、最大7個までの活動状態の航空ユニットがスタックできます)。航空基地に置くことのできる非活動状態の航空ユニットの数に制限はありません。

14.2b 空戦が開始された時、各プレイヤーはそのヘクスでの空戦を避けるために1個を残して他のすべての活動状態の航空ユニットを自発的に任務中止とすることができます。ただし少なくとも1個の航空ユニットは活動状態のままで空戦を行わなければなりません。14.3d参照。

14.4d 任務のない航空ユニット 任務を持つ航空ユニットと、それとは関係のない航空ユニットがスタックすることになる場合があります。たとえば、航空輸送任務で自軍航空基地に赴いたらそこに活動状態の航空ユニットがいたというケースなど。しかしあくまで任務を持つ航空ユニットだけが、対空射撃を受けます(ただし、任務と関係のない航空ユニットでも必ず迎撃の影響は受けますし、そうして任務を持つ航空ユニットと一緒に空戦に参加することになります)。






OCS輸送まとめ、輸送まとめ図、『DAK-II』私家版和訳のミスを修正しました(T_T)

 OCS関係で今まで作ったものでいくつかミスが発覚したので、修正しました。すみません(T_T)


 すでに印刷されている方は、以下のもの、点に赤ペンなどを入れてもらったら。


「OCS輸送まとめ」
・2ページ目の上から11行目
「航続距離の2倍行って、非活動状態となる……輸送能力2倍」とありましたが、「輸送能力そのまま」の間違いでした。
(メリットが2つあるので、「どうも変だぞ?」と思ってチェックしてみたら、間違ってました(>_<))

「OCS輸送まとめ図」
右側真ん中へんに、↑と同様に、
「航続距離の2倍行って、非活動状態となる……輸送能力2倍」とありましたが、「輸送能力そのまま」の間違いでした。
(恐らく、「OCS輸送まとめ」でミスっていたものをこちらにコピペしたのだと思われます。こうやって誤謬が拡大再生産されていくのですね……


 修正したものを、OCSの物置2からリンクしました(プレイエイドのところです)。




 『DAK-II』私家版和訳で、以下の部分にミスが見つかりました。

Page50 マルタ航空修正
-1の項で、「A37.xx(含む)の北および」とあるのを、「A37.xx(含む)の北で、かつ」に修正して下さい。
(↑誤解を招く表現になっていたのを、より誤解を招かないであろう表現に修正)

-2の項で、「マップAの東端までと」とあるのを、「マップAの西端から」に修正して下さい。
(↑は原文が分かりにくい、誤解を招くものではあり、facebookで確認しました)

Page52 連合軍可変転出/帰還表
期間のコラムで、「1941 2月~5月」とあるのを、「1941 2月~3月」に修正して下さい。
(これはまったくの単純ミスでした……(>_<))


 修正したものを、OCSの物置2の『DAK-II』のページからリンクしました(情報のところです)。

 ただ、『DAK-II』私家版和訳については今後もどしどし訂正が入る可能性があるので、必要になったタイミング以外では、印刷まではされないのをお勧めします……。



 また、皆さんの方で何か間違いや疑問点が見つかりましたら、どしどしご指摘下さい<(_ _)>


OCSでのリアクションフェイズ中の給油(移動できない、させないユニットにも給油できるか?)について

 先日、OCS『The Third Winter』を富山のKさんとプレイしている時に、リアクションフェイズ中の給油について色々疑問が発生しました。



unit9207.jpg

 枢軸軍の大規模補給集積所が敵に踏まれる直前の状況で、リアクションフェイズがやってきたとします。枢軸軍プレイヤーとしては、SPが踏まれる前に可能な限り部隊に燃料を入れて消費してしまいたいと考えました(この時入れた燃料は、個別ユニット方式を除けば、次の自軍プレイヤーターンの最後まで持続しますから)。


 この状況を検討して出てきた疑問が以下のもの(細かくはもっと色々あったのですが、より簡略化します)。

1.予備マーカーを乗せていなかった司令部が受給、支給をして良いのか?
(これは、ワニミさんや私はいつもやっていたのですが、富山のKさんは「できない」と思っていたそうで、ルールを確認したのですがこれが「できる」と解釈できそうな文言は見つけられませんでした(^_^;)

2.司令部方式(独立ユニットに1SP)やフォーメーション方式(師団に1SP)で、「予備マーカーは乗っていたけど、動かさないユニット」や「予備マーカーが乗せられていなかったユニット」に燃料を入れて良いのか?
(我々はこれはできないのではないか、と推測しました)


 facebookで質問したところ、公式(OCS副班長のサルツマン氏)の返答で、1、2とも「できる」とのことでした。

 2ができるのは意外だったのですが、それより問題と思われたのは、ルールの和訳を読んだ感じとしてそうは解釈できなさそうな状態であるということでした(^_^; ので、とりあえず和訳に関しては、そのへん、訳者注を入れ込んで改善しておくことにしました。


OCSの物置2

 ↑の「OCSv4.3シリーズルール和訳版」をそこらへん改善した最新版にしてあります(今回の件以外にも色々いじっています)。


 ただ、これからまた上陸作戦関係で質問しようかとも思っていて、そこらへんで改善が入るかもしれませんので、印刷は待ってもらった方がいいかもしれません(PDF状態でチェックするのであれば、別に良いだろうと思います)。

動画「ボードウォーゲームで見るイタリア軍大敗走」の間違いが色々発覚……(>_<)

 新しく購入しました『Rommel's Italian Generals In North Africa 1941-1943』を読んでいましたら、10年以上昔にアップしていた動画「ボードウォーゲームで見るイタリア軍大敗走」上の間違いが新たに1つ発覚しました(>_<)






 ↓ニコニコ動画上のもの。







 ↓YouTube上のもの。









 『Rommel's Italian Generals In North Africa 1941-1943』では最初のところで、「多くの本でイタリア軍の将軍の写真が、人物を取り間違えて紹介されている」ということが実例を多数挙げて指摘されてます。しかし「私には関係ない話だわ~」と思いながら読んでいたら、上記動画で取り上げていたベルゴンツォーリ将軍の写真が、スキャンして持ってきたアラン・ムーアヘッドの『砂漠の戦争』の写真のキャプション自体が間違っていたことが紹介されていまして、「あちゃ~(>_<)」となりました(著作権問題についてはご寛恕下さい……(T_T))。


 ↓「ボードウォーゲームで見るイタリア軍大敗走」中編で紹介したベルゴンツォーリ将軍の画像

unit9200.jpg






 ベルゴンツォーリ将軍については、↓ですごい紹介されてるのを見つけました。

Associazione Italiana del Duce -ドゥーチェのイタリア協会へようこそ!-
「電気髭(barba elettrica)」アンニーバレ・ベルゴンツォーリ将軍 ―スエズを目指したスペイン戦役の名将―




 で、上記の画像は実際には誰なのかといいますと、コンパス作戦の3日目にシディ・バラーニで降伏したガリーナ将軍で、その名前は動画の前編で出していました。

unit9198.jpg

 サバスチアーノ・ガリーナ将軍は、髭が似ていたため、ベルゴンツォーリ将軍とよく誤認されている。ガリーナ将軍は1940年に北アフリカのサハリアナ部隊とリビア師団の司令官だった。1940年12月10日にシディ・エル・バラーニで捕虜となり、インドの捕虜収容所に送られた。人道上の理由でイタリアに送還された後、私生活に戻り、1945年にイタリアのオルバッサーノで連合軍の空襲に遭い、列車の中で命を落とすという運命をたどった。
『Rommel's Italian Generals In North Africa 1941-1943』P33






 この2つの動画に関しては、他にもいくらか間違いが判明しています(>_<)

 イタリア軍のマレッティ将軍について私は動画の中で、「(コンパス作戦に完全に不意をつかれた)マレッティ将軍は果敢に機関銃を掴んでテントを飛び出したらしいんだけど……。」「マチルダ戦車の銃火になぎ倒されて戦死したそうです。」と書いてました。どこから引いてきた記述なのか、今ちょっと分かりません。『砂漠の戦争』で探してみたところ、↓のようにありました。

 小太りで、ひげをはやしたマレッティが、反撃に出るために部下を集めようとした時には、すでに負傷していた。彼は機関銃を持って自分の天幕に引きこもり、ついに戦死した時には、ベッドの傍らで機関銃を撃ちまくっていた。
『砂漠の戦争』P37



 ところが、英語版Wikipedia「Pietro Maletti」によると、「イタリア軍は完全に不意を突かれ、多くの者が戦車にたどり着くことすらできず、マレッティ将軍も壕から出てきて殺された。彼らは10分も経たないうちにイギリス軍に虐殺され、車両も破壊された。」というような認識は間違いで、実際には「マレッティはイギリス空軍の異常な低空飛行活動はおそらく機甲部隊の動きを隠すためのものだと正しく警告しており、またマレッティは実際には午前9時頃に対戦車砲の射撃を指揮している最中に戦死した」とみなされるべきとのことでした(前者の記述は『Rommel's Italian Generals In North Africa 1941-1943』でも賞賛されている、イタリア軍戦車部隊の活躍を詳述した『Iron Hulls, Iron Hearts : Mussolini's elite armoured divisions in North Africa』を書いたイアン・ウォーカーによるものなのですが、後者はさらに絶賛されているマリオ・モンタナリ将軍の著作からのもので、そこらへん色々と認識がアップデートされているもののようです)。




 それから、↓のような件も。



 この写真もアラン・ムーアヘッドの『砂漠の戦争』から拝借してきていたものでした。が、この元のツイートの方が認識間違いである可能性もあるかもしれません。



ロンメル神話に関する洋書3冊を検討してみました

 先日購入した『Rommel's Italian Generals In North Africa 1941-1943』の参考文献一覧を見ていて、ロンメル神話に関する洋書に興味を持ってしばらく色々調べてみてました。


 大木毅氏の『「砂漠の狐」ロンメル』の本文中に名前が言及されている(P28)ほどのものとしては、以下の2冊があるようです。



 2004年にドイツで出版された『Mythos Rommel』で、著者はモーリス・フィリップ・レミィ。ドイツ語版しかないのではないかと思われます。

 『「砂漠の狐」ロンメル』の参考文献一覧(P310)で、「著者のレミィは、アーヴィングが依拠した史資料をあらためて精査し、多くの歪曲や恣意的引用があることをあきらかにしている。」と書かれています。

 値段的にはそんなに高くないのですが、ドイツ語版しかないようなので、DeepL翻訳である程度読めるとはいえ、優先度はかなり低めで……。







 2005年にドイツで出版された『Rommle: Ende einer Legende』の英語版『Rommel: The End of a Legend』(2006年?)が2020年にペーパーバックになり、Kindle版も同時期に作られたもののようです。著者はゲオルク・ロイト。

 書評に文章は少ないのですが、基本的には評価高め? 英語版Wikipedia「Rommel myth」で著者名で検索してみたところ、ロンメルの政治的、あるいは性格的な分析に関して多くひっかかったのですが、目次には(個人的に最も興味のある)指揮官としてのロンメルに関する章もあるので、そこらへんも期待できそうではあります。




 それから、『「砂漠の狐」ロンメル』の本文には出てこないものの参考文献一覧には書名が挙げられている(つまり資料としてなしではないが、世間からものすごく評価されているわけではない?)ものとして、↓がありました。



 2014年に英語ネイティブの編者が数人の寄稿者の文をまとめたものらしい『Rommel: A Reappraisal(ロンメル:再評価)』。書評を見てみると、ものすごくけなしているものと、良いよとしているものが半ばしている感じなのですが、文を読んでみても何をもってどう悪いとしているかが良く分からず……? 英語版Wikipedia「Rommel myth」で検索してみると、恐らくロンメル(の軍事的能力)をものすごく貶していて、「公平」というよりは「一方的」な書き方になっているのではないかな……と推測しましたが、果たして?


 ロンメルの軍事的能力を「ひたすら貶す」ものであっても興味はあるので最後のものを購入してみようかな……と思ったのですが、最近本を購入しまくりであったこともあり、踏みとどまりました(^_^; 後ろの2冊は英語で読めてKindle版も安いので、将来的に2冊とも買って読めたら良いかも……(ロンメルの部下に関するまとめができたら、ロンメルについてもまとめたいですし、その時に……)。


イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由、その5

 今まで4回ほど、「イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由」についてブログで取り上げてました。

イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由 (2017/04/09)
イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由、その2 (2017/05/14)
イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由、その3 (2017/11/21)
イタリア軍歩兵師団が「2単位」編成であること等の合理的な理由、その4 (2020/03/22)


 新しく購入した『Mussolini's War: Fascist Italy from Triumph to Collapse, 1935-1943』を読んでいると、そもそも誰がどういう理由から2単位編成を導入したかということがある程度以上書かれていて、興味を持ちました。



 1930年代、若い世代の将軍たちは、ファシストの新しい戦争理論を考案し、それを「ラ・ゲラ・ザンポ」(「速い戦争」)と名付けた。彼らが実行しようとしたイタリア軍政の改革は、同胞の弱点と強みを読み取った上で行われたものだった。1914年11月、ルイジ・カドルナ将軍は政府に対し、イタリアが迅速で短い戦争を行う必要があるのは、経済的な理由からではなく、「成功の成否が大きく左右されるわが国の道徳的・規律的条件」のためであると助言していた。確かに、ファシストの若い将軍たちの中には、消耗戦を繰り返せば、自国が敵国と同等かそれ以上に疲弊すると考えている者もいた。また、1971年10月のカポレットでの崩壊の教訓は、半端な訓練を受けたイタリア人徴集兵の大軍が、十分な訓練を受けた比較的小規模な武装部隊に一掃されることを示唆しているように思われた。

1933年7月、ムッソリーニは、遅々として進まない軍隊の近代化と上層部を支配する防御的な考え方に不満を持ち、陸軍大臣を解任し、再び自ら指揮を執ることにした。【……】

 彼【前任のバイストロッキ将軍】はすぐに解任され、アルベルト・パリアーニ将軍が陸軍参謀総長に就任した。パリアーニはドイツ語が堪能で(ドイツ人銀行家の私生児)、経済的にも豊かで、哲学からエロティックなものまで幅広く読んでいた。また、彼は独自の戦略的構想「迅速な決断による戦争」を持っていた。この迅速な戦争という考え方は、前任者の考えでもあったが、そのためには軍隊をより軽く、より速くする必要があるとパリアーニは考えた。師団を3個連隊編成から2個連隊編成にし、大砲や重機関銃の一部を取り除くという、スペイン内戦でテストされた彼の計画は、1937年にシチリアで行われた夏季演習で正式にテストされ、翌年に導入された。このいわゆる「2単位師団」は、悲惨な間違いであることがわかることになる。戦場で直面することになる師団の3分の2の大きさしかなく、火力は54mmと8mmの迫撃砲と47mmの対戦車砲に頼り、15個の「自動車化」師団を移動させるのを存在しない大型輸送車に頼っていたため、この新しいフォーメーションは前衛部隊程度にしかなり得なかった。また、この部隊は特に機動力に優れていたわけでもなかった。
『Mussolini's War: Fascist Italy from Triumph to Collapse, 1935-1943』1685


 ここらへんを読んでいると、戦前の2単位師団への流れは、消耗戦的でない迅速な戦争(あるいは電撃戦的な考え)を行うためにはスリムな2単位師団が適しているだろうから、という、むしろ前向きな、また適切と思える危機意識からなされたように思えます。


 「Pariani binary」で検索してみると、Google Books上で『Cry Havoc: How the Arms Race Drove the World to War, 1931-1941』という、第二次世界大戦前の軍拡競争に関する本がヒットし、そこにより詳しくそこらへんの事情が書かれていました。



 アルベルト・パリアーニ将軍は、「迅速な決断による戦争」というアイデアでドゥーチェを魅了した人物の筆頭だった。1936年10月に陸軍参謀総長に昇進すると、戦争計画に関するバドリオ元帥の威光に異議を唱え、自身の衝撃と畏怖のドクトリンに合わせた陸軍の変革を始めた。この頃の多くの作戦理論家と同様に、パリアーニは、新技術によって強化されたスピードと機動性が軍事に革命をもたらすという考えに取りつかれていた。1937年2月、彼は陸軍の1師団の3個連隊編成を「2個連隊」に改編することを命じた。パリアーニは、この贅肉を削いだスリムな編成が、彼の革命的なドクトリンに適していると考えたのである。10年間の近代化計画を経て、平時の陸軍は、2個連隊編成が24個師団、標準編成が24個師団、12個山岳師団、3個自動車化歩兵師団、3個機甲師団で構成されることになった。多くの上級将校は、2個連隊編成の師団では、継続的な攻撃を行ったり、攻撃に耐えるために必要な火力や予備戦力が不足していると反発した。結局、1940年から43年にかけての戦争で、反対派の方が正しかったことが証明された。
 パリアーニのアイデアは、このファシスト国家が戦車、銃、トラック、航空機などを2倍の速さで提供できる財政と産業を持っていれば、ある程度意味があっただろう。しかし、1937年から38年にかけて、イタリアの軍事費は前年に比べて20%も減少した。1937年にイタリア経済は回復途上であったが、軍備を増強するほど工業力は伸びなかった。製造業では熟練した労働力が不足しており、生産性の向上が妨げられていたのだ。


 ここらへん、前エントリの「その4」でも少し書かれていましたが、イタリアの工業力がもし当時2倍あったなら、その2単位師団に適応するような装備編成を整えることもできたかもしれないが、工業力の貧弱さのために、2単位師団はむしろ弱点の方が多いものになってしまった……ということなのかもですね。

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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