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OCS『DAK-II』のサヌーシー教徒ユニットと、戦間期のイタリアによるリビア人弾圧について

 『Mussolini's War: Fascist Italy from Triumph to Collapse, 1935-1943』を読み始めてみたら、戦間期にイタリアがリビア人(サヌーシー教徒)に対してどのような弾圧をしたのかが書かれていて、興味を持ちました。





 イタリアがリビアを支配する前、リビアは(トルコ支配下の)サヌーシー教団によって統治されていたらしく、まずはそこらへんのことを日本語版Wikipedia「サヌーシー教団」から。


Senussi going to fight English in Egypt

 ↑1915年にエジプトでイギリス軍と戦うことになったサヌーシー教徒(Wikipediaから)


サヌーシー教団(Senussi)は、イスラーム神秘主義の教団。「ネオ・スーフィズム」と呼ばれるイスラーム神秘主義の改革運動の流れを汲む教団であり、主にリビア東部のキレナイカ地方で強く信仰されている。

サヌーシー教団の創設者であるムハンマド・イブン・アリー・アッ=サヌーシー(英語版)は現在のアルジェリアで生まれた。各地に遊学した後、1826年にメッカ巡礼を行った際イスラーム神秘主義者のイブン・イドリース(英語版)に傾倒してイドリース教団に入門し、その高弟となった。当時アラビア半島ではイスラーム神秘主義を否定するワッハーブ派が台頭しており、これに対抗するべくイスラーム神秘主義の側でも改革運動が起こっていた。サヌーシーが修行を積んだイドリース教団は改革運動の代表的存在であり、復古的な思想や強固な教団組織は後のサヌーシー教団に大きな影響を与えた。

サヌーシーは1837年に自らの教団であるサヌーシー教団をメッカにおいて組織するが、後にメッカで支配者の内紛が起こった際に離れ、1843年に当時オスマン帝国領だったキレナイカに移住しそこで教えを広めた。サヌーシー教団が移住した当時のキレナイカは遊牧民同士の衝突が続く無秩序な土地だったが、サヌーシー教団は荒れた内陸部に本拠を構え、節倹を旨とし質素な儀式で遊牧民たちの心をつかみ、調停者として教線を広げていった。1859年にサヌーシーが亡くなっても教団は拡大を続け、キレナイカ一帯に大きな勢力を誇るようになった。オスマン帝国政府はキレナイカにあまり口出しをせず、サヌーシー教団はキレナイカで自治を行い、繁栄を続けた。しかし1908年に青年トルコ人革命が起きると、サヌーシー教団は弾圧を受けるようになった。

1911年に伊土戦争が勃発し、イタリア王国がリビアに攻め込むと、サヌーシー教団はオスマン軍に協力して内陸部に逃れゲリラ戦を行い、イタリア軍を苦しめた。1912年に和平が結ばれ、キレナイカはイタリア領リビアとなった。

第一次世界大戦(北アフリカ戦線)中、サヌーシー教団はトルコの支援の下で抵抗を続け(サヌーシー戦争)、イタリアと戦った。1920年に一時停戦が成立し、サヌーシー教団の指導者ムハンマド・イドリースをキレナイカの支配者と認めたものの、1922年にムッソリーニがイタリアの政権を握るとともに再び戦闘が勃発し、イドリースはエジプトに逃れた。しかしサヌーシー教団のオマル・ムフタールはなおも内陸部で抵抗を継続し、1931年までイタリア軍と戦い続けたが、同年捕らえられ処刑された[1]。

その後もサヌーシー教団はエジプトのイドリースの元でイタリアと対立を続け、第二次世界大戦(北アフリカ戦線)においては連合国側に参加しイタリアと戦った。





 『Mussolini's War: Fascist Italy from Triumph to Collapse, 1935-1943』によると、このようにありました。

 1921年、自由主義政府は、イタリアが1911~12年の戦争でトルコ人から奪われ、世界大戦中はほとんど失われていたリビアの所有権を取り戻さなければならないと決定した。リビアの奪還は翌年から始まった。まず、軍隊はトリポリタニアの海岸に沿って範囲を広げ、エリトリアの大隊と地元の兵団を共同で編成した隊列を使って内陸部に侵入し、「反乱軍」に厳しい懲罰を与え始めた。ロドルフォ・グラツィアーニ大佐(後に元帥)が、この軽機動部隊の熟達したリーダーとして名を馳せ始めたのはこの頃である。1925年末までに、グラツィアーニとその兵士たちはトリポリタニア北部を再征服し、約6,500人のアラブ人を殺害し、イタリア人の死者、負傷者、行方不明者は2,582人だった。キレナイカでは、エルネスト・モンベリ将軍が、無線で連携した部隊と空軍の支援を受けて、オマール・エル・ムフタールに率いられたサヌーシー族を追い詰め、野営地やテントを破壊し、羊やラクダを奪い、死者6名、負傷者25名の犠牲者を出しながら、400名の「反乱軍」を殺害した。

 1925年7月、ムッソリーニは任務を引き継ぐ新しい人物が必要だと考え、59歳のエミリオ・デ・ボーノ将軍をリビアの総督に任命した。グラツィアーニが遊牧民を利用して部族指導者との関係を築きながらトリポリタニア内陸部に進出したのに対し、デボノは平然と反乱軍に死刑を宣告し、少なくとも4回の無色有毒ガスの使用を承認した。航空機による長距離・戦術偵察、兵員・物資の輸送、隊列移動の調整などが効果的に行われたこともあり、反乱軍を追い詰め、殺すことで成果を上げた。特にグラツィアーニはそれが得意だった。しかし、広大な砂漠の後背地を開拓し、支配することは別の問題だった。また、サヌーシー族を制圧するためには、デ・ボーノにはできない高度な指揮と命令が必要だったため、1928年12月、ムッソリーニは彼からバドリオに交代させた。

 バドリオとグラツィアーニは、それからの3年間でリビアの社会・政治秩序全体を破壊し、サヌーシー族の財産を没収し、服従した部族を武装解除し、公開裁判と処刑を繰り返した。また、キレナイカで武装したサヌーシー族を、彼らを直接・間接的に支援する部族から引き離すために、沿岸部に有刺鉄線の囲いを設け、1930年末までに8万人の部族がそこに収容された。グラツィアーニの提案で、エジプトとの国境に長さ270キロの有刺鉄線の壁が作られた。その中に入って追い詰められたオマール・エル・ムフタールは、1931年9月1日に捕らえられ、5日後に2万人のアラブ人の前で絞首刑に処された。1932年1月24日、バドリオはキレナイカでの反乱が敗北したことを発表した。ローマは勝利したのである。リビアは約20年ぶりに完全にイタリアの手中に収められ、ファシスト軍は最初の作戦に勝利し、バドリオはファシストイタリアの主要な軍人としての資格に磨きをかけ、新生イタリアは効率的、効果的で敵には容赦ないことを示した。
『Mussolini's War: Fascist Italy from Triumph to Collapse, 1935-1943』784


 だいぶひどいようにも感じるのですが、征服というのはそういうものか……。リビアとエジプトの国境に有刺鉄線が張られていたことは知っていました(クルセイダー作戦の時などのロンメルによるエジプト国境への進撃は「鉄条網への突進」などと言われたりします)が、このような経緯で作られたものだったのですね。


 ↓OCS『DAK-II』のリビアとエジプトの国境線。破線が国境線、その左側の黒い線が鉄条網で、途中で国境から離れ、切れています。

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 ↓OCS『DAK-II』のサヌーシー教徒ユニット(とリビア・アラブ人部隊ユニット?)。移動モードではすべて、戦力0(あるいは(0))の移動力4です。ARは変化しません。

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 これらのユニットは以下のようなルールになっています。

c5.5i サヌーシー教徒部族兵  リビアのサヌーシー教徒は公然とイタリア植民地兵に敵対しており、1941年初頭の英軍のリビア侵攻を歓迎しました。英軍の進撃を援助するため、サヌーシー教徒達の出身の村々から4個大隊が編成されました。これらの部隊はひとまとめにして「リビアアラブ軍(トブルクで編成されたアラブ亡命者工兵大隊と混同しないこと)」を形成しました。
 英連邦軍の攻撃可能ユニットが以下のヘクスに最初に進入した時点で、サヌーシー教徒大隊(Senussi)1個ずつが編成されます:トブルク(Tobruk)、ジャグブーブ(Giarabub)、ムスス(Msus)、メキリ(Mechili)。該当する地名のサヌーシー教徒大隊をその地名のヘクスに置きます。これらのユニットは編成されたヘクスから受給可能な(つまり5移動力+1ヘクス以内の地点にいる)場合、自動的に補給下となります。これらのユニットは上記のルールに従っていれば、オアシスから補給を受けるユニットの制限には含まれません。これらのユニットが移動して、編成されたヘクスを離れた場合は、他の英連邦軍ユニットと同様に補給線を引かなければなりません。これらのユニットが戦闘補給を必要とする場合には、英連邦軍プレイヤーは通常通り戦闘補給を消費しなければなりません(いかなる場合もフリーで戦闘補給は得られません)。
 サヌーシー教徒の編成ヘクスはマップ上に記載されています。各ヘクスは該当するサヌーシー教徒大隊をゲームを通じて1個だけ編成できます。

デザインノート:私の非常に優れた英軍リサーチャー(スティーブ・ロスウェル)が、クルセイダー作戦後のキレナイカ進撃においてのみ登場する、リビアアラブ軍の第5のサヌーシー教徒大隊を発見しました。同じころ、トブルクのサヌーシー教徒大隊は1941年の夏に(食糧に比して余りにも人口が多くなりすぎたために)トブルク要塞から避難していました(アラブ亡命者工兵大隊と共に)。この幽霊大隊の登場と同時期に、トブルクにいた大隊がレーダーから消えているのです。誤っているのかもしれませんが、私はこの第5大隊が実はトブルクにいた兵士たちであり、編成されたのは4個大隊だけであろうと判断しました。是非の判断はお任せします。



 画像下のアラブ大隊3つは、ルールの別の箇所にある「トブルクを最初に英連邦軍が占領した時」に得られるもののリストの中に入っています。


 これらの部隊がユニット化されているゲームはなかなかないのでは……? このような側面に興味を持てるのも、このようなビッグゲームならではではないかと思われます。


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自分が死んだ時に、自分のミリタリー書を遺族が売りに行ける店を探してみました

 先日ワクチンの1回目を打てたんですが、普段風邪の時治りかけの終盤で起こるフラフラがあって寝て暮らしております(昔は風邪でも1日で治ったとかありましたが、ここ十年くらい私はいったん風邪引くと治るのに2週間から20日くらいかかり、そして終盤がフラフラで思考力がなくなるという感じです)。

 ニュースでもあるように、2回目のワクチン接種後は最悪死ぬこともありうる(コロナにかかって死ぬこともあり得ます)かもなので、普段から遺書は妹らとのLINEグループにノートの形で渡してあるんですが、思いついてミリタリー書を買い取りしてくれるところをネットで探して、それをノートに書き足そうと思いました。

 「ミリタリー 古書 買い取り」とかで検索してみると、結構出てきました。

検索結果

 「戦記堂」「くじら堂」「二十五年堂」「福ねこ堂」など、色々あるようです。和書が主ですが、洋書も買ってくれるところもありますね。


<2022/01/05追記>

 ワニミさん放出のミリタリー洋書を買い取りしてもらおうと、さらにいくらか調べてみました。

戦記堂……電話して聞いてみたところ、ミリタリー本であれば洋書でも買い取るけども、写真集のような洋書だけの買い取りしかしておらず、文字主体のものは買い取り価格は非常に低くなる、ということでした。

ノースブックセンター……ここは文字主体であってもミリタリー洋書の買い取りOKでした。しかも、軽度であれば蛍光ペンや赤線や書き込み等もOKです。ただし買い取りは英語のもののみ。ミリタリー以外の本も、和書も含めてOKなので便利ですが、小説やマンガ等は買い取らないので注意が必要ですね。

 他にも良いところがあるかもですが、とりあえずはノースブックセンターが利用できるな、と思いました。

<追記ここまで>



 ↓うちのミリタリー蔵書の一部。

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 ただ私は、読んだ本は蛍光ペン引きまくりの、洋書なら訳語書き込みまくりなので、買い取ってもらえそうな本は少数にとどまるだろうとも思われます……(最近は洋書に関しては非破壊スキャンして、画像データからDeepL翻訳するという流れになってきたので、きれいなままになるようになってきてますが)。

 なのでむしろ、「そういうのでもいいからもらえたら嬉しい」という人にもらって欲しいのですが……。希少本や買ったら高い本も結構ありますし、ゴミになるのは避けたい……。

 「そういう本でもいいから、こういうジャンル(例えばナポレオニックとか)の本であればもらいます」というような方おられませんでしょうか? 連絡いただければ、遺書に追記しておきますので。


 ただ、自分のをもらってもらうだけじゃなくて、自分が他の人の遺品のミリタリー古書も引き取って、より欲しい人に配るというような活動をしていって、そういうネットワークをある程度の人数で恒常的に存在するようにしていけばより良いんだろうなぁということも考えたりしたんですが、普段の人付き合いが少ないためか私はそのとっかかりを構築するのでさえ無理っぽいので、アイデア倒れになっております(>_<)

 でもなんか、そういうのに興味ある方が他におられたら、協力してやっていけるかもしれないので、そっちももしおられたら連絡下さい。


北アフリカ戦におけるイタリア軍指揮官に関する洋書を発見!&東部戦線のイタリア軍洋書

 Amazonの「お勧め」(履歴からのお勧め、この商品を買った人はこんな商品も買っています)は、時に自分にとって非常に素晴らしい未知のものを勧めてくれることがあるんですが、やってくれました!

 欲しい欲しいと思っていた、北アフリカ戦におけるイタリア軍の将軍達に関する英語の本が!




 『Rommel's Italian Generals In North Africa 1941-1943』。2021/1/1出版だそうで、むちゃくちゃ新しいです。書評もベタ褒めだらけでした。当然即購入しました。

 私は今年前半、北アフリカ戦における英米軍の指揮官に関して書けたらと思ってある程度書いてきたんですが、「参照できる英語資料が多すぎてつらい」感がありました。一方で北アフリカ戦における独伊軍の指揮官に関しては「英語資料が全然見つけられてない」ということでどうしようもない感があったのですが、この本(と『Rommel's Desert Commanders: The Men Who Served the Desert Fox, North Africa, 1941-42』)を参考に、少ない資料数でまず先に独伊軍の方を書いてしまうのが良いのではないかと思い始めてます。



 他にも今回、東部戦線のイタリア軍に関していくらか資料を見つけましたが、とりあえず購入まではしない感じで……。




 東部戦線における黒シャツ隊に関する本と、モンテ・チェルビーノ山岳スキー大隊に関する本です。

OCSのユニットで見る黒シャツ隊 (2017/01/31)
なぜ東部戦線の黒シャツ隊はまだしも優秀であったのか?(付:OCS『Case Blue』) (2019/06/28)
イタリア軍のアルピーニ師団の内実:強兵か、山岳戦以外には役に立たないのか?(付:OCS『Case Blue』) (2019/12/22)

 kindle版は900円くらいですし、テーマ的にも個人的にかなり興味はあるのですが、基本的に写真集であって字は少なめっぽいです(全然ないわけではないですが)。将来的には買いたいですが、今は見送りで。



 あと、こんな本を見つけた(最初の)り、既知の本だったり(後の2冊)したのですが……。



 著者が、グラツィアーニ元帥はフリーメイソンだったからイギリス軍に有利になるように行動した? (2017/12/15)と主張していたその人であることに気付き、「うーん……」という感じに。まあ、優先度はかなり落とす感じで。



 あと、こんなのも見つけました。



 東部戦線にドイツ軍側として参加した小国の部隊や志願グループに関する本で、著者は、1941年のスモレンスク戦でバルバロッサ作戦が挫折することになったと言い出した(?)著名なるデヴィッド・ストーエルなので、こちらはより信頼度が高そうかなと思いました。

第二次世界大戦におけるイタリア軍に関する洋書を2冊見つけました

 Google Booksで検索していて、第二次世界大戦におけるイタリア軍に関する洋書を2冊見つけました。
(Google Booksはキーワードで結構、色々な本の内容が読めて大変ありがたいと共に、未知の本の存在を知るのにも非常に役立つなぁと思います)





 『Mussolini's War: Fascist Italy from Triumph to Collapse, 1935-1943』。2020年に出た本なのでむちゃくちゃ新しいです。しかも書評もかなり褒められています。非常に読みやすい本であるようです。Kindle版が安く買えるのもありがたいです。






 『Mussolini Warlord: Failed Dreams of Empire, 1940-1943』。2012年の本なので、むしろ全然新しい本と言えると思います。書評は見ていると毀誉褒貶が結構ありますが、東アフリカ戦役の扱いが小さすぎるとかっていう感じなので(興味深そうな戦役ではあるのですが)、そこらへん承知の上であれば別にいいのではないかと。各戦区におけるイタリア軍兵士達の振る舞いなんかに関して触れられているらしいので、そこらへん私は非常に期待してます。

 こちらはKindle版が存在せず、値段的に結構高いのですが、私にとって必須の本であろうと考え、2冊とも購入しました。


<2021/08/30追記>

 さらに1冊見つけました。英語版Wikipedia「Rommel myth(ロンメル神話)」から、個人的に興味深かった部分を (2021/07/05)を読み返していて、マクレガー・ノックス(MacGregor Knox)という著者がイタリアの資料を使っている……というで、その原典を探してみたのでした。



 『Hitler's Italian Allies: Royal Armed Forces, Fascist Regime, and the War of 1940–1943』。2000年の出版です。イタリア「軍」に関する本というよりは、その背景にあった政治的、経済的、文化的な側面に関する本のようです。

 日本のAmazonだとそこらへんの情報が貧弱だったのですが、たまたま最初にヒットして読んでいたアメリカのAmazonだと本の説明や書評の情報が豊富で、それらをDeepL翻訳で読んでいるだけでもかなり知的興奮を覚えました(^_^; たとえばアメリカAmazon上のこの本の説明はこうなっています(DeepL翻訳そのまま)。

ノックスが「学術小説」と呼ぶこの物語研究は、「愚かさからの議論」を強く意識している。つまり、効果のない、あるいは失敗した戦争への取り組みは、単に組織の弱さだけではなく、責任のある包括的な無能さを反映しているという主張である。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンスの国際歴史学教授であるノックスは、イタリアのファシストを論じる際に、単に軍隊だけではなく、敗北するようにプログラムされた政府と文化を描写している。イタリアの政権は、国の人的資源はもちろんのこと、物的資源も動員できなかった。また、イタリアの産業界、特にフィアットは腐敗しており、無能であったとノックスは述べている。戦略レベルでは、ドゥーチェや将軍たちは、優先順位を決めたり、損切りをすることを拒んでいた。その結果、1940年以降、チュニジアからスターリングラードまでの戦場で、イタリアの限られた戦力は消滅してしまった。兵站、通信、武装、ドクトリン、訓練、すべてが不十分なだけでなく、深刻な欠陥があったとノックスは指摘する。将校たちは、それぞれの軍の効果を高めることよりも、「おいしいパスタの皿」を確保することに関心があり、活力主義的なレトリックを客観的な分析に置き換えていた。陸軍の指導者たちは、1941年までトレーニングとパフォーマンスの関係をほとんど無視していた。勇気と直感が規律と指導を補うと期待されていた。1943年初頭まで、イタリアの戦闘機パイロットのほとんどは、レッドバロンの時代のように手信号でコミュニケーションをとっていた。その結果、アメリカの戦場記者アーニー・パイルが最もよく表現したことがある。イタリアは、タイヤに噛み付こうとして車に轢かれた犬のようなものだ」とつぶやいた。ノックスの冷静で淡々とした語り口は、この後のもつれを均等になぞっている。(10月)
Copyright 2000 Reed Business Information, Inc.


 かなり面白そうで、Kindle版もあるのですが、そのKindle版もまあまあの値段がするのと、本の分量自体は少なめらしいので、ちょっと即買いはやめておいて、次点に位置づけておこうかと。

<追記ここまで>




 これまで私が見つけていた、英語における第二次世界大戦(1943年まで)におけるイタリア軍全体を扱った本は、『Regio Esercito:The Italian Royal Army in Mussolini's Wars, 1935-1943』という本しかなかったのですが……。



 ↑私が持っているものとは装丁が変わっており、出版も2019年と新しいので、新装版?

 この本は軍事史本というよりは、イタリア軍マニアによる同人誌に近い感じで(後者が悪いというものでもないですが)、「ちょっとどうかな?」と思うような内容もあるのです。

グラツィアーニ元帥はフリーメイソンだったからイギリス軍に有利になるように行動した? (2017/12/15)



 しかし今回見つけた2冊の本はそこらへん、専門的な分析においても優れてそうな印象を受けますので、期待してます。





 東部戦線におけるイタリア軍だけを扱った本としては、↓もありました。



 非常に公平を期した分析的な本で、好みの本なのですが、ちょうどいい辺りで読むのが止まってしまっています(^_^;





 北アフリカ戦のイタリア軍を扱った本としては、↓を期待しているのですが……。



 2021年1月出版と書いてあるのですが、元々予定よりは遅れてましたし、本当に出版されたのか……? 書評も全然付いてないので、判断ができない状態です。




 同様に北アフリカにおけるイタリア軍を扱った本としては、↓というのも出たのですが……。



 書評をちらっと見てみると分かるとおり、「がっかりだ」というものが多く、私は念のため買わずにちょっと待っておいてよかったと思いました(^_^;


OCS『The Third Winter』のエラッタ

 OCS『The Third Winter』の最初のエラッタが2021/08/12付けで出ていますので、その和訳を載せておきます。今後更新されれば、その都度ここに追記予定です。

 【】内は訳者注で、OCSチームに確認済みであったり、言い添えておいた方が良いと思われるものです。

 The OCS Depotの『The Third Winter』のページには、これらが訂正された最新pdfが公開されています。また、サンセット和訳ではこの2021/08/12付けのエラッタはカウンターのものを除きすべて適用済みとなります。


 2022/01/25付けのエラッタがあったことを認識したので、最初に挙げていたものに対して新しいエラッタを付け加えてます。


エラッタ(2022/01/25):
 以前のエラッタからの変更点は青字にしてあります。わずかな言い換えや小さな誤字はエラッタには記載しておらず、すべての編集はリビング・ルール(v1.2、2022/01/16)に反映されています。


ルール

1.デベロッパーに関する訂正:チップ・サルツマン(製品版のデベロッパー)、ジョン・キスナー(初期のデベロッパー)

2.鉄道。追加:「いくつかのエントリーヘクスはゲーム中に自動的にソ連ゲージに変換されます。3.1を参照して下さい。

3.1.4d ヘルソン鉄道連絡船。第2段落【一つ目の・の文】を以下のように書き換えます。
河川が氷結でなく、かつ両岸のヘクスが敵ZOCにない場合、SPと移動モードのユニットがこの鉄道連絡船を使用できます。それらは移動フェイズを鉄道連絡船のどちらかのヘクスで開始し、もう一つのヘクスで終了しなければなりません。このフェイズにそれ以上移動・移送を行うことはできません。連絡線は総計で3REまでを、どちらの方向にも移送させられます(各方向に3REまでではありません)。この移送に鉄道移動力は必要ありません。

4.1.5b 橋梁修理。最初の2つの文章を以下のように書き換えます。
破壊されたヴォルガ級大河川橋梁のあるヘクスサイドを含むヘクスにいる戦闘モードの架橋工兵ユニットは、その橋梁を修理することができます。完全な橋梁の修理には4ターンかかります。
 第2段落【一つ目の・の文章】の最後に明確化を追加します:
橋梁修理の進行は、ドニエプル川の通常/氷結状態の影響を受けません。

5.1.6b 列車砲。箇条書きで以下のように明確化されます。
・戦闘モードの面である場合にのみ、砲爆撃できます。
・列車砲ユニットは移動モード時に鉄道でのみ移動可能です。鉄道輸送力は消費しません。通常の鉄道輸送のルールに従いますが、移動の開始/終了ヘクスが降車可能ヘクスである必要はありません。
・列車砲ユニットは退却を余儀なくされた場合、除去されます。


6.1.6e 分遣連隊カウンター。以下のように明確化されます。
分遣連隊のカウンター数は意図的に制限されています。ソ連軍の親衛(空挺を含む)ユニットは、親衛の分遣連隊カウンターを使用します。枢軸軍のドイツ空軍と猟兵(Jg)のユニットは、それぞれの種類の分遣連隊カウンターを使用しなければなりませんが、枢軸軍の山岳歩兵師団は猟兵以外のドイツ国防軍の分遣連隊ユニットを使用します。

7.1.7a 補充。柔軟な枢軸軍の再建を、以下のように変更します。
特別補充(SR)と脱出(Breakout)【OCS12.8e】を含む枢軸軍の補充は、一般補給下の同じ国籍の任意の司令部(ただし大釜司令部【2.3a】は除く)のヘクスに配置します(2.1b参照)。警戒大隊ユニット(2.4b)は、大釜司令部に配置します。

8.1.7a 補充。「Ally」に追加:
コサック騎兵連隊とスロヴァキア歩兵師団は再建できません。

9.2.1b 枢軸軍ユニットの到着ヘクス。下記のように明確化します:
枢軸軍到着表によって、新たな陸上ユニットが特定のエントリーヘクス、または(降車可能ヘクスに位置する)軍/軍集団司令部のいるヘクスに到着します。デッドパイル上に到着するものもあります。

10.2.1b 枢軸軍ユニットの到着ヘクスの最初の「・」を以下のように変更します。「補充表で再建されたユニットと脱出(OCS 12.8e)から帰還するユニットは、1.7aに従って配置します。警戒ユニット(2.4b)は、それらに加え任意の大釜司令部(2.3a)に配置することもできます。」

11.2.2h 滑走路。最後の文章を以下のように変更します。
滑走路が攻撃可能なソ連軍ユニットに占領された場合、それらはプールに戻され、後で再び建設できます。

12.2.3a 大釜司令部。第2段落の第1文を変更します。「大釜司令部は枢軸軍の増援フェイズ中に配置され、また取り除かれます。」 大釜司令部のセクションの一部は、リビング・ルールで分かりやすくするために書き換えられていますが、意味は同じです。

13.2.3bのA) 「降車可能ヘクスにしか配置できません」とあるのを以下のように変更します。「移動開始/完了ヘクスが降車可能ヘクスである必要がないことを除き、通常の鉄道輸送のルールに従います。」

14.2.3bのB) 「各ターンの【補給表の】「航空基地、軍/軍集団司令部」補給への割り当てから、最大3SP」(「軍司令部」だけでなく)

15.2.3bのC)、軍司令部:「他の司令部ユニットと同様の補給、戦闘、対空射撃修正、工兵能力を持ちます。

16.2.3bのE)。最初の文章を以下のように明確化します。「除去された場合、次の枢軸軍増援フェイズに(ノーコストで)再建され、任意の軍司令部に置かれます。

17.2.3cのB)はこう修正されます:【各ターンの補給表の】すべての「航空基地、軍/軍集団司令部」の割り当てから、軍司令部や航空基地に置かれなかったSPを軍集団司令部に置くことができます。

18.2.3cのC)、軍集団司令部:「他の司令部ユニットと同様の補給、戦闘、対空射撃修正を持ちますが、工兵能力は持ちません。

19.2.3dのD)を、次のように変更します:「特別補給能力:軍集団司令部は移動する際に1SPを携行できます。1ターンに1回、戦闘モードにある軍集団司令部は、移動フェイズの開始時に自身とスタックしている1SPをその支給範囲内の任意のヘクスに配置できます。輸送ユニットは必要なく、そのSPを新たなヘクスに置くだけです(OCS 12.2aに従い、これ以上は移動させられません)。軍集団司令部が移動モード(0が表示されている面)である場合、この方法で特別な補給集積所を作ることはできません。」
【早期のエラッタではSPを積む方法についても書かれていましたが、この新しいエラッタではそれが書かれていません。察するに、戦闘モードになった軍集団司令部は、どこからもSPを必要とすることなく、1SPを持つようになる、ということなのでしょう。】

20.2.4a 要塞ユニット。第1段落の最後の文を以下のように書き換えます:「要塞化の状態はその都市のすべてのヘクスがソ連軍の支配下に入るまで続きます。

21.2.4a 要塞ユニット。プレイの例:「枢軸軍プレイヤーはこの一度きりのチャンスを利用して」を「枢軸軍プレイヤーはこの機会を利用して」に変更します。

22.2.4e 枢軸軍の戦闘団マーカー。このセクションは最大REの変更と共に、明確化のために文言が変更されました:枢軸軍プレイヤーは戦闘団(Kampfgruppe:KG)マーカーを持っており、散らばったドイツ軍ユニットから臨時編成の複数ユニットフォーメーションを作るために利用できます。
・戦闘団マーカーと実際にスタックしているユニットだけが、その戦闘団に含まれます。
・それらのユニットはドイツ軍であり、移動モードの移動タイプが自動車化か装軌でなければなりません(移動モードでいなければならないということではありません)。
・1つの戦闘団には、最大で3RE+1個中隊を所属させられます。密集度修正において、3REより多くカウントされることはありません。3RE未満であるならば、実際のRE数を使用します。
・戦闘団を編成するためには、移動フェイズ中に資格のあるユニットにマーカーを配置します。ユニットは自由に戦闘団に参加したり脱退したりできますが、資格のあるユニットが少なくとも1つは常にマーカーとスタックしていなければなりません。
・戦闘団マーカーをプールに戻す場合は、その後の枢軸軍移動フェイズにプレイヤーの意志で行うか、あるいはその戦闘団の最後のユニットが壊滅した場合、即座に行われます。
・戦闘団のユニットはOCS 12.6fの制限【複数ユニットフォーメーションのすべてのユニットは同じ補給源から「補給線を設定」できなければならない】を免除されており、元のフォーメーションの他のユニットとは異なる補給源から補給を引くことができます。
・戦闘団は、OCS 12.5cのA)【複数ユニットフォーメーション毎に1SPを消費して燃料を供給する】のフォーメーション方式を使用して燃料を入れられます。
・特別なリアクション能力:リアクションフェイズに、枢軸軍プレイヤーはサイコロを1つ振り、その目を2で割ります(端数は切り捨て)。この数の分だけの戦闘団(中のユニットは戦闘モードか移動モードでなければなりません)が、そのリアクションフェイズにあたかも予備モードを解除されたかのように行動できます。各戦闘団はこのフェイズに限り燃料が供給されているとみなし(OCS 12.5cのCと同様)、このリアクションフェイズに実際に移動または攻撃を行う戦闘団のいずれか1つに2Tを配置します。
・戦闘団に通常どおり予備マーカーを使用することもできますが、それによって特別な利益を得ることはありません。


23.2.5c ハンガリー軍の制限。以下のように変更します:「ハンガリー軍のユニットは、マップAに留まらなければなりません。また、マップAの西側の10個のヘクス列(A10.xx列以西)にいったん入ったハンガリー軍ユニットは……」

24.3.2b 航空軍と正面軍。最初の「・」内を以下のように変更します。「航空軍司令部マーカーは移動フェイズ中に移動させることができます。単にマーカーを持ち上げ、一般補給下の枢軸軍戦闘ユニットから少なくとも5ヘクス以上離れたその正面軍の境界線内の任意の陸上ヘクスに置きます

25.3.3の最初の段落に「第4ウクライナ正面軍は1944年4月12日ターンに退出」とあるのは、正しくは「4月1日ターンに退出」です。

26.3.3aのD)に追加:また、DGや航空阻止の影響を受けません。

27.3.3aのE)の明確化:正面軍に割り当てられおり、その正面軍司令部の指揮範囲内にいる司令部による受給は、一般補給を引くために使用できます。

28.3.3dのA)の4つ目の「◇」【実際には3つ目の「◇」?】の項に以下を追加します:「1944年4月1日から、第2ウクライナ正面軍はマップCとDのxx.20列(含む)まで南下できるようになります。

29.3.3dのB)の3つ目の「◇」。「戦闘の前に砲爆撃結果表の12-16のコラム(コラムシフトはさせません)で」。追加:「この砲爆撃は戦闘手順(OCS 9.2)のステップ2の後に行われます。

30.3.4と3.4a 砲兵砲爆撃マーカー。このセクションは分かりやすくするために書き直されました(内容は変わっていません):ソ連軍のそれぞれの正面軍司令部は、対応する砲兵砲爆撃マーカーを持っています。
3.4a 準備完了 砲兵砲爆撃マーカーは、その正面軍司令部が攻勢態勢であり、かつそのマーカーが「準備完了」である場合、ソ連軍航空/艦船砲爆撃セグメントに消費できます。その手順と制限は下記の通りです:
・砲兵砲爆撃マーカーを目標のヘクスに置きますが、その目標ヘクスはソ連軍戦闘ユニットに隣接していなければならず、また対応する正面軍司令部の指揮範囲内に割り当てられた司令部の支給範囲内でなければなりません。
・航空/艦船砲爆撃セグメントに、a)戦闘モードであり、b)同一または連続したヘクスにいるソ連軍砲兵ユニットは、砲兵砲爆撃マーカーが置かれたヘクスおよび隣接する任意の2ヘクスに対して砲爆撃を行えます。この砲爆撃は「ノーコスト」です。それぞれの砲兵師団とカチューシャ砲師団は、1ヘクスのみを砲爆撃できます(ただし1.6dにより砲兵師団は各REが独立して砲爆撃を行えます)。
・この砲爆撃を行ったユニットは、通常の補給コストを支払って戦闘フェイズに再び砲爆撃を行えます。


31.3.5b RVGKボックスの最低値。最低でも下記の部隊を、RVGKボックス(両方合わせて)内に置いておかなければなりません(ただし、後述の3.5dを参照)。「3.5c参照」を「3.5d参照」に訂正します。

32.3.5c RVGKボックスへの投入。分かりやすくするために表現を変更しました(内容に変更はありません):「デッドパイルから再建されたユニットはソ連軍増援フェイズにRVGKボックスに配置されます。また、ソ連軍増援フェイズ中に、RVGKマーカーから20ヘクス以内にいて、戦略移動モード(OCS 5.8)を使用してRVGKマーカーに到達できるマップ上のユニットは、対応するRVGKボックスに入ることができます。単にそのユニットをマップ上から取り除き、適切なRVGKボックス上に置きます。燃料の消費は必要ありません。RVGK内では統合(OCS 13.9)はできません。

33.3.5dの最後にある(even to the other RVGK area)を削除します。

34.4.3 ソ連軍のドニエプル橋頭堡への執念。「Marine(海兵)」を削除します(『サード・ウィンター』には含まれていません)。【また、「UR」は歩兵タイプには含みません。】

35.5.0a 勝利得点。地理上の目標の勝利得点はゲーム終了時に与えられるのであって、達成された時点で与えられるのではないことを明確化するように文言を変更します。

36.Page26に「泥濘でも2ユニットを整備できるように航空基地をレベル2に上げておく」という文がありましたが、「泥濘」は正しくは「凍結」でした。

37.Page28のランダムイベント、(斜体字に従って)という部分を削除します。

38.Page28のランダムイベント33-34「ヒトラーの要求」で、「次のターンのソ連軍の増援フェイズに戻します。」とありましたが、正しくは「枢軸軍の増援フェイズ」でした。

39.Page29のランダムイベント61「枢軸軍の陣地建設の努力」で、「同じ方法で配置します」というのは「特別補充で陣地を受け取った時と同じ方法で配置します。」という意味でした。

40.Page29のランダムイベント22-23「退却の禁止」 明確化:このイベントが発生した時点でのキエフの状態を確認します。キエフの都市ヘクスのうちの1ヘクスでも枢軸軍支配下にあり、かつキエフに要塞化が宣言されていない場合、キエフに要塞化が宣言され、2つの要塞ユニット(使用可能な場合)と3SPをキエフに配置します。ソ連軍がキエフのすべてのヘクスを支配しているか、またはすでにキエフに要塞化が宣言されていた場合、枢軸軍プレイヤーはソ連軍の攻撃可能ユニットが最も近くにある枢軸軍支配都市を選択します。この選択された都市は2.4aで述べられているように、要塞化を宣言され、要塞ユニット1つ、レベル1陣地1つを得ます(その都市がオデッサであったり、奇跡的に枢軸軍がポルタヴァを奪還していた場合は要塞ユニット2つを得ます)。

41.Page30のランダムイベント61-62「正面軍の攻勢を拡大」 明確化:このイベントが2回以上起こることもあり得ますが、どの正面軍も11ターンを超えて攻勢態勢にはなれません。

42.架橋 プレイの例2の3つめの段落にある「Each Ferry is now stacked to its limit of 10 RE.」(渡し船マーカーのある2つのヘクスは、限界の10REまでスタックされています)という文を削除します。【しかし単に削除するだけだと後の文の意味が不明になるため、「渡し船マーカーのある2つのヘクスは、かなりの密集度となっています。」とするのが良いでしょう】

43.Page35の「架橋 プレイの例4 突破フェイズ」の「Again, 6 RE have used this Ferry, 3 RE across each of two hexsides.」という文を削除します。



シナリオ集

1.シナリオ2
・Page21のヘクス13.08の後の「o」は無視して下さい。

2.シナリオ3
・シナリオ特別ルールの4つ目の「・」の「第4ウクライナ正面軍は44年4月12日ターンに退出」という部分を削除します。この正面軍はシナリオ開始前の4月1日ターンに退出しています。
・シナリオ特別ルールの6つ目の「・」にある(2.2d)は、正しくは(2.2c)でした。
・枢軸軍でC36.20へセットアップされる6-2-5 Rum Cav Div (5)は、正しくは6-2-4でした(カウンターは正しい数値になっています)。

5.シナリオ4
・シナリオ特別ルールの2つ目の「・」にある「26 Jan」は、正しくは「26 Dec」でした。

6.シナリオ5
・両陣営の補給に関して。元の記述では「補充:補充表は出た結果を2で割り、切り上げます。」とありましたが、「補給と補充:補給表と補充表は出た結果を2で割り、切り上げます。」とします。

7.シナリオ6
・シナリオ特別ルールの7つ目の「・」に「A player may place arriving SP in the off-map box for Air Transport missions.」という文が2回出てきます。また、「枢軸軍の航空任務の対象になりません。」という一文を追加して下さい。
・両陣営の補給に関して。元の記述では「補充:補充表は出た結果を2で割り、切り上げます。」とありましたが、「補給と補充:補給表と補充表は出た結果を2で割り、切り上げます。」とします。
・枢軸軍でC36.20へセットアップされる6-2-5 Rum Cav Div (5)は、正しくは6-2-4でした(カウンターは正しい数値になっています)。

8.シナリオ7
・勝利条件で、A9.16とあるのは、正しくはA9.14でした。
・枢軸軍の情報:「要塞ユニット:ドイツ軍が1つを使用可能」を追加します。また、補給の2SPは、第4装甲軍司令部にだけでなく第1装甲軍司令部にも到着します【補給源から孤立していても】。第4装甲軍司令部のセットアップ位置はA27.09ではなくA7.22です。

9.シナリオ8
・ソ連軍の補給は、正しくは専用マップ上の表にある通り、サイコロ2個を振って2-5で5SP、6-8で6SP、9-12で7SPです。
・シナリオ特別ルールの8つ目の「・」の明確化:航空輸送任務は、14.9eに従って積載量を2倍にできます。
・使用可能な大釜司令部は4 Pzです。1 Pzはマップ上にあります。



ソ連軍プレイヤーブックレット

1.Page1の「地面の状態」の「Ice」の文で、「Mud or Thaw」とあるのに「Dry」を加えます。

2.Page1の「地面の状態」の「Thaw」の文から「air transport」を削除します。

3.Page2のソ連軍の補充表で、「Arty」のコラムは「1」ではなく、正しくは「2」でした。

4.Page2のソ連軍の補充表の注記で、Eqの項に「後で使用するためにとっておくことはできません。」を追加します。

5.Page2の「Flak」を「AA」に置き換えます。



枢軸軍プレイヤーブックレット

1.Page1の「地面の状態」の「Ice」の文で、「Mud or Thaw」とあるのに「Dry」を加えます。

2.Page1の「地面の状態」の「Thaw」の文から「air transport」を削除します。

3.Page2の補給表の右のコラムは「航空基地、軍/軍集団司令部」とすべきでした。

4.Page2のTigerの項に「No Tiger units in the Dead Pile.」とある文は、正しくは「In case there are no Tiger units in the Dead Pile.」でした。

5.Page2の「Flexible Axis Rebuilds」の項に「here is no need to place them on the map.」とある文は、正しくは「Pax and Eq counters are not used in Third Winter.」でした。

6.Page3の「Border (Bdr) Rgt」の項が「Return to pool」となっているのは、正しくは「1x Pax」でした。また、「Ski Bde」の項が2か所あります(我々はスキー旅団が大好きです!)。


カウンター

1.カウンターシート4:第1装甲師団の専用トラックの移動モードの面は「2SP」を積載できるかのようになっていますが、正しくは「1」です。

2.カウンターシート5:追加のステップロスマーカーが1つ入っていますが、両面とも「2」になってしまっています。

3.カウンターシート7:『The Blitzkrieg Legend』用のイギリス軍第50歩兵師団のエラッタカウンターが3つ入っていますが、移動モード面の数値が戦闘モードと同じになってしまっていました。正しくは「2-2-16(自動車化移動タイプ)」です。



訳者注
2.3a 大釜司令部:
大釜司令部はDGや予備モードであってもその能力を持ちますが、戦略移動モードの時はその能力を持たなくなります。
(この件は2021/08/17のエラッタが出た後に判明したもので、次回のエラッタ更新の際には記載されるはずと思っていましたが、書かれていませんでした(^_^;



シチリア戦で第29装甲擲弾兵師団長であったヴァルター・フリース将軍について(付:OCS『GBII』『Sicily II』)

 ハンス・フーベ将軍について調べ始めたのですが、フーベが指揮したシチリア戦に関して『The Battle of Sicily』という本を新たに購入して読んでいると、フーベと同じく腕(と脚)を失っていたヴァルター・フリース将軍という人物がシチリアで第29装甲擲弾兵師団を指揮していたということで、興味を持ちました。パラリンピックということもあり……?






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 ↑ヴァルター・フリース将軍(Wikipediaから)


 以下、『The Battle of Sicily』の記述から。

 フリースは第1次世界大戦では西部戦線で戦って1級、2級鉄十字章を授与されました。戦後はプロイセンの州警察に入りましたが、昇進するうちに当時プロイセンの警察総裁であったゲーリングの警備を担当するようになります。フリースはこの任務(あるいはゲーリング)に不満があったようで、現役軍人への転属を何度も希望し、1936年に念願かなって第34歩兵師団に配属されます。その後第29歩兵師団に転属し、この師団が自動車化される際に、警察時代に自動車の扱いを学んでいた彼はその自動車化部門で有利になりました。

 第29自動車化歩兵師団の大隊長としてポーランド、ベルギー、フランス戦を戦い、再び1級と2級の鉄十字章を受勲します。1940年11月、第36歩兵師団が自動車化される時にその第87自動車化歩兵連隊長となりました。フリースはこの連隊を国防軍で最も優秀な連隊のうちの一つにし、バルバロッサ作戦では北方軍集団に所属してバルト諸国の制圧と、レニングラード南方での防衛戦で大きな役割を果たします。


 ↓OCS『Guderian's Blitzkrieg II』の第36自動車化歩兵師団。

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 第36自動車化歩兵師団は1942年に中央軍集団に回され、ルジェフ突出部を守ることになりました。フリースの良く訓練された頑強な連隊は何度も何度もソ連軍の攻撃を阻止します。しかし1942年9月3日、一発の敵の砲弾が運悪く連隊司令部で爆発し、司令部の全員が死傷しました。フリースはドイツ本国まで運ばれたものの左脚と左腕を切断しなければなりませんでした。誰も彼が回復するとは思っていませんでしたが、フリースは鉄のような意志で急速に回復します。彼は義足を付け、超人的な努力により歩兵学校の指導員として限定的な現役任務に復帰しました。

 スターリングラード戦後のドイツ軍は経験豊富な指揮官を必要としており、フリースはそのハンデにもかかわらず、スターリングラードで壊滅した第29自動車化歩兵師団を(第345歩兵師団から)再編した第29装甲擲弾兵師団の師団長に任命されました。


 ↓OCS『Sicily II』の第29装甲擲弾兵師団。

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 1943年7月10日、シチリア島に連合軍が上陸すると第29装甲擲弾兵師団は急ぎシチリア島に入り、遅滞作戦を繰り広げます。その後イタリアで戦い続けましたが、フリースは1944年8月末に恐らく休暇をとるために予備役に入りました。9月21日には東部戦線のヴィスワ川沿いにあった第46装甲軍団長に任命されます。乏しい戦力でフリースは敢闘し、1945年1月1日には装甲兵大将へと昇進しましたが、同月末にソ連軍がオーデル川を突破し、命令に違反して退却したとして解任されます。しかしこれはスケープゴート的な解任であり、軍法会議にかけられたものの無罪となりました。

 終戦直前にアメリカ軍の捕虜となり、1947年に解放された後は引退し、1965年頃にはまだ存命であったそうです。




新たに見つけた、ドイツ軍指揮官に関する洋書3冊

 今まで、ドイツ軍の指揮官に関する洋書を見つけて購入してきましたが、さらに新たに3冊見つけました。


 ↓これまでに見つけて購入していたものに関するエントリ

購入したドイツ軍指揮官本(洋書)が扱っている人物一覧 (2021/03/31)





 まずは『Knights of the Reich: The Twenty-Seven Most Highly Decorated Soldiers of the Wehrmacht in World War II』。1994年出版で、扱われている人物は本の説明によると以下の通りです。

 ドイツ空軍、ドイツ軍、ドイツ海兵隊、ドイツ社会主義共和国(Waffen-SS)のダイヤモンドから騎士十字章までの27人の保持者の伝記です。ヴェルナー・メルダースアドルフ・ガーランドゴードン・ゴロプハンス・ヨアヒム・マルセイユヘルマン・グラーフエルヴィン・ロンメルヴォルフガング・リュートヴァルター・ノヴォトニーアデルベルト・シュルツハンス・ウルリッヒ・ルーデルヒアツィント・シュトラハヴィッツ伯爵ヘルベルト・オットー・ギレハンス・フーベアルベルト・ケッセルリンクヘルムート・レントゼップ・ディートリッヒヴァルター・モーデルエーリヒ・ハルトマンヘルマン・バルクゲルハルト・ラムケヴォルフガング・シュナウファーアルブレヒト・ブランディフェルディナント・シェルナーハッソ・フォン・マントイフェルテオドール・トルスドルフDr.カール・マウスディートリッヒ・フォン・ザウケン


 知らない名前もたくさんあったのでWikipedia項目を探してみたところ、テオドール・トルスドルフ以外は日本語版の項目がありました。最後のザウケンという人のヒトラーに対する態度とか、非常に面白かったです(^_^;

 Uボート艦長も数人いますが、空軍のエースが割と多く、陸軍の指揮官も有名な人と共に、師団長クラスの人も数人取り上げられているようです。

 書評を見ていると、著者は戦争犯罪的な部分にはまったく触れずに、とにかく彼らを英雄として描くというもののようですが、とりあえず古書を注文してみました。







 ドイツ軍指揮官の人物伝を多数執筆しているサミュエル・ミッチャムの『Defenders of Fortress Europe: The Untold Story of the German Officers during the Allied Invasion』という本です。

 ノルマンディー以降の西部戦線でのドイツ軍の様々な指揮官について、各人を半~3ページ程度で記述するもので、西部戦線でどのようなことをしたかよりも、西部戦線に来るまでにどのような経歴であったかを述べることにどちらかというと重きが置かれているようです。ミッチャム氏は、単純に経歴を羅列するだけではなくてその人物に関する自分の評価を効果的に挿入してくるように思われるので、ある程度興味深く読めるように思います(書評にあるように、「便利で興味深くはあるが、重要な本ではない」ということになるでしょうが(^_^;)。

 私は西部戦線は後回しなので、まだ購入はしないでおこうと思います。また、Google Booksで検索していれば、その時その時で必要な分量は出てきたりすると思われます……(^_^;







 『Rommel's Lieutenants: The Men Who Served the Desert Fox, France, 1940』という本ですが、これもミッチャムが著者です。1940年のフランス戦における、第7装甲師団長ロンメル麾下の参謀、連隊/大隊/中隊指揮官について書かれた本だそうです。

 ちょっとニッチすぎるような気はしますが、その辺りに興味を持つ人にとってはたまらないでしょうね~。私も興味がないわけではないですが、手を出しすぎなので自重していくということで……。


スターリングラード戦で空軍の第9対空砲師団長であったピッカート将軍について

 OCS『The Third Winter』で非常に重要な人物であるハンス=ヴァレンティーン・フーベ将軍について調べ始めたのですが、その途中で、スターリングラード戦で空軍の第9対空砲師団長であったヴォルフガング・ピッカート将軍という人が気になりました。

(Pickertの発音表記はピッケルトとかピカートとか色々あるのを見たのですが、『チュニジアの闘い1942~43(下)』に載っているドイツ語の発音に関する記事2本の中で、「Eckert」がエッカートであるというのから、私はピッカートとしてみました)





 写真はWikipedia上では見つからなくてブログに載せるには著作権が心配なので、「Wolfgang Pickert」の検索結果からどうぞ。



 ピッカート将軍について、『Defenders of Fortress Europe: The Untold Story of the German Officers during the Allied Invasion』という本はその記述を「ウォルフガング・ピッカートは、陸軍関係者にほとんど協力しなかった将軍である。」という非常に分かりやすい(?)言葉で始めています。




 が、これはノルマンディー戦においてロンメルに協力しなかったという話で、スターリングラードにおいては陸軍に協力的であったようです。というのは、パウルス将軍の参謀長であったアルトゥール・シュミットとピッカートは参謀大学での同級生だったからです(ピッカートはこのコースを修了できなかったようですが、その後空軍で参謀業務をやったりはしたようです)。

 第1軍管区ケーニヒスベルク(東プロイセン)の参謀大学で、後のオスヴァルト将軍はアルトゥル・シュミットとヴォルフガング・ピカートの戦術教官だった。生徒から「南十字星」とあだ名をつけられていた。その十八番は状況を簡明に描写し、こうつけ加えることなのである。「諸君、10分間で決断し、短い理由を添えよ」。オスヴァルトに教育された将校たちは、このことを忘れない。
 第9高射砲師団長ピカート将軍は、1942年11月22日に旧友アルトゥル・シュミットをニージニェ・チルスカヤにたずね、開口一番オスヴァルト流の挨拶を受けた。
「ピカート、決断し、短い理由を添えよ!」。
 ピカートは手短に答えた。「たったいま出ること!」。
 シュミットはうなづいた。「よろしい、しかし……」。
パウル・カレル『バルバロッサ作戦 下』P279,280






 この会話はスターリングラードが包囲されてすぐの頃の話で、この時の会話らしきものをより詳しく書いている『On a Knife's Edge: The Ukraine, November 1942 - March 1943』によると、このようになっています。



 ピッカートの証言によると、シュミットはどうすべきか彼に提案を求めた。ピッカートはためらうことなく、第6軍は全軍を集結して南西に向かって脱出すべきだと答えた。シュミットは、ヒトラーは第6軍にスターリングラードの保持を命じており、脱出するには燃料が不足していると反論した。脱出しようとすれば、西側の高台を占領しているロシア軍の中を戦うことになり、数千人の負傷者を残していかなければならない。しかしピッカートは、このような状況にあっても、即時脱出に代わる現実的な方法はないと反論した。ピッカートの師団の重火器は射撃支援が可能であり、小型の20mm砲は兵士が携行できる、と。しかし、シュミットは彼の助言を受け入れず、第6軍は全面的な防御態勢をとり、空からの補給を期待していると言ってきた。ピッカートはこの話を初めて聞き、自分の知る限りではドイツ空軍の能力ではそのような作戦は不可能だと単刀直入に述べ、全面的に否定した。議論の間、ずっと黙っていたパウルスが意見を述べた。彼は、2つの重要な問題があると述べた。第一に、ヒトラーは第6軍をスターリングラードに留めるように命じている。パウルスは第二に、脱出に必要な燃料や弾薬が不足していることは明らかだと述べたが、その後の出来事からすると、この評価はせいぜい推測であり、不正確なものであった可能性が高い。
『On a Knife's Edge: The Ukraine, November 1942 - March 1943』P89




 前記『Defenders of Fortress Europe: The Untold Story of the German Officers during the Allied Invasion』にはこう書かれています。

 1942年になると、彼の好調で比較的容易な【それまでの、戦地でではない】任務は終わり、ロシア戦線に派遣され、6月25日に第9対空砲師団(自動車化)の指揮を執ることになった。師団の任務は、スターリングラードに進撃するドイツ第6軍の対空防御と対戦車支援であった。
 ピッカートは新しい役割をうまく果たし、後のノルマンディーでは陸軍の将軍たちに非協力的ではあったか、東部戦線の将軍たちには協力的に行動した。これは、彼が第6軍の参謀長であるアルトゥール・シュミット少将と友人であり、自然とうまくいっていたことが一因となっている。第9対空砲師団は、スターリングラードの市街戦でドイツ軍の歩兵に近接援護を行い、必殺の88ミリ砲でいくつもの主要なバンカーを吹き飛ばし、10月1日にピッカートが少将に昇進するきっかけとなった。また、シュミットと第6軍司令官フリードリヒ・パウルスの両名に、ドイツ空軍の能力では第6軍への空輸による補給は成功しないことを伝えるなど、優れた助言も行った。包囲網が形成され始めると、ピッカートは「さっさと逃げるべきだ」と主張した。包囲網が完成した後、ヴォルフガング・ピッカートは一貫して南西への脱出を提唱した。





 ↓OCS『Case Blue』の第9対空砲師団

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 複数ユニットフォーメーションにはなっていません……というか、そうしない方が実際の使われ方には近いのだと思います。なかなか強力です。


 1943年1月15日にピッカートは状況説明のためにスターリングラードから航空機で脱出し、その後包囲環内には戻りませんでした。ピッカートが釈明するには、翌日包囲環内に戻ろうと飛行機で飛んだものの、ソ連軍の高射砲の射撃を受けて着陸できなかったのだといいます。しかしフーベ将軍(彼もヒトラーに状況説明したりするために包囲環外に飛んだり、包囲環内に戻ったりしていた)はピッカートの説明を信じず、激怒して彼を「臆病者」と呼んだそうです。


 ピッカートは第9対空砲師団の残骸から再編を任され、ロストフの南側に残っていたクバン橋頭堡で戦って負傷し、その後クリミアで戦いました(現在テストプレイ中のOCSクリミアにその部隊が収録されるのではないでしょうか)。




 第9対空砲師団の残りはドイツ海軍によって内地へ運ばれ、ピッカートは今度はフランスで第3対空砲軍団の司令官に任命されます。この軍団は第11対空砲師団(自動車化)と4つの対空砲連隊を持っていましたがフランス全土に散らばっており、ロンメルは連合軍の上陸作戦に対抗するため、これらの部隊をノルマンディーに集中させることを要求していたそうです。ところが、ゲーリングは「いつものように」協力を拒否し、ピッカートもそれに倣ったのだとか。

 ただ、III Flakkorps in Normandyというウェブページを見ているとそもそも第3対空砲軍団の配備方針として、前線に配置せずに連合軍が突破した場合に備えて重要な橋や道路の結節点などに置くということがあったそうで、もしそうだとするとそれは非常に重要なことのように思えます(特にOCSをプレイしていると、突破されるリスクが常にあるので、後方守備隊が非常に重要です……(^_^;)。

 パウル・カレルの『彼らは来た』のP186には、6月6日の連合軍上陸の日に、ピッカート将軍の部隊がノルマンディーにいれば勝利のチャンスであったのに……と書かれていますが、どうなんでしょうね……?




 そこらへん、これも現在テストプレイ中のOCSノルマンディー(『Cross Channel Attack』)には、それらの部隊がユニット化されているのかもしれません。




 ピッカート将軍はフーベ将軍に怒られましたが、最終的にはフーベ将軍も自らスターリングラード包囲環から脱出したらしいですし(フーベ将軍は脅されてむりやり脱出させられたという異説もあるのですが)、ノルマンディーでロンメルに協力しなかったという件も、ゲーリングが悪いか、あるいは戦術的にやむを得なかった(ないしは当然であった)ようにも思えます。スターリングラードでの彼の判断はどれも的を射たものでしたし、戦闘でも活躍しているように見えます。割と汚名をかけられた人物であるのではないかと思えますが果たして……?

 ピッカート将軍はその後アメリカ軍の捕虜となり、1948年に解放されて1984年に亡くなった(87歳?)ということで、かなり長生きしたようです。


OCS『The Third Winter』「フーベ包囲戦」のソ連軍側の作戦を研究してみました

 OCS『The Third Winter』の「フーベ包囲戦」シナリオを富山のKさんとオンライン対戦していたんですが……。


 ↓その様子。

OCS『The Third Winter』「フーベ包囲戦」シナリオのオンライン対戦を始めました (2021/08/14)


 私は枢軸軍側をプレイしていたわけですが、プレイしていて「ソ連側にこう行動されたらイヤだなぁ……」と思えたことを参考にソ連軍側をプレイしてみたい気がうずうずと湧き上がり、ソロプレイを始めてみました。




 ↓セットアップ時。

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 黄色の○が枢軸軍側の補給源、あるいは降車可能ヘクスです。

 包囲環を確実に閉じると共に、西の方にある補給源(降車可能ヘクス)も可能な限り奪取、あるいは機能不全にするのが良いのではないかと思いました。そして、5~6ヘクス程度の厚さの包囲環の「フタ」を作り、包囲環内へ一般補給を引くことを難しくし、また脱出も難しくする……。

 その際、ソ連軍は西側の第1ウクライナ正面軍(ジューコフ)と東側の第2ウクライナ正面軍(イワン・コーネフ)に分かれていて(緋色の点線)、かなり厳格に分けて運用しなければならないのですが、それでも主攻は第1ウクライナ正面軍に置いてできるだけそちらに戦力やSPを融通する。ターン毎のSPは自由に配分できるので、基本的に第1ウクライナ正面軍にしかSPを入れない(第2ウクライナ正面軍は最初にセットアップ時に持っているSPだけでシナリオ中ずっと運用する)。




 ↓試行錯誤しながら考えたムーブ

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 優先順位としては、①の場所にある10SPを枢軸軍にとって使用不可能とする(また自軍がいくらかを獲得できるかもしれない)のが最優先と思われます。また、このムーブが包囲環を閉じることに繋がります。

 ここへのオーバーランはかなりの損害を出しつつも、第一波、第二波、もしかしたら第三波……と敢行し続けることで一応は成功するのではないかと思われます(ただしダイス目がずっと悪ければ、全部失敗するかもしれません……)。②の位置の枢軸軍補給源を押さえてしまうことも非常に重要だと思われ、①へのオーバーランでたまたま守備隊が全滅すれば苦労せずに前進して奪取できるのですが、守備隊が退却して②への進路を塞ぐ可能性も充分にあります。その場合、オーバーランや移動では②を取ることがどうしてもできないので、枢軸軍がリアクションフェイズにそこへ守備隊を送り込んでくる(黒い破線)のを防ぎつつ、①の箇所に送り込んでおいた戦力で戦闘フェイズに②を殴り、あわよくば突破の結果を獲得して枢軸軍補給源を踏む……という方策が良いのかな、と考えました。(緑色の六角形が、枢軸軍の予備マーカーが置かれると目される部隊)。


 次に重要なのは③の降車可能ヘクスを踏むことだと思われました(史実ではソ連軍が第1ターンに奪取しています)。ところが、ここを移動フェイズ中にオーバーランすることが難しい……。最短経路にいるティーガー中隊をどかすことができればオーバーランが可能になるのですが、試しにオーバーランしてみたところAR差もあって逆奇襲を食らい2ステップロスとかしたので、それは現実的な方策ではないなと思いました(^_^;

 やむを得ないので、④の箇所に予備にした戦車軍団を置いておいて移動力を伸ばしつつ、枢軸軍のリアクションを見てから行動することが現実的であろうと考えました。突破フェイズ中に③を攻撃して取れそうならそうしてもいいし、枢軸軍が予備部隊を送り込んできて奪取が無理そうなら、その東側に壁を作るだけでもいい。自軍の損害を抑えつつ、両にらみして、かつ予想外の出来事にも一応対処できる方策である……ような気がします。


 また、⑤はタルノーポリですが、史実では最初のターンに包囲されていると聞き、また枢軸軍側をプレイした時にも「ここが危機的になったらしんどいなぁ……」と思っていたので、俄然ソ連軍は攻撃するべきだと思われました。初期配置に弱い箇所がありますし、あるいはまた、枢軸軍の予備をこちら方面に吸引して、包囲環のフタへの対処を難しくする効果もあると思います。鉄道線を踏むことで枢軸軍が使用可能な降車可能ヘクスをさらに西へと遠ざけることもできます。

 ここも色々考えたり、試しに攻撃してダイスを振ってみたりしたのですが、オーバーランでなんとかするのはしんどい(自軍の損害が出る可能性が高い)と思えました。それよりも、画像のように2か所から戦闘フェイズに攻撃をかけられるようにしておき、自軍の航空砲爆撃の結果や相手のリアクション(部隊が入ってきたりとか、防御砲爆撃とか)を見てから、うまくいきそうな場所に対しては攻撃を行い、もし両方ともうまくいかなさそうなら何もしないのが得策かと。相手にリアクションのためのリソースをここに使わせるだけでも、他の方面が成功しやすくなりますし、相手が他の方面へリアクションするなら、ここが成功しやすくなるでしょう。



 今までの経験や、今回試行錯誤してみた結果から、こういう考え方が良いのではないか、と個人的に(また暫定的に)考えています。

・第1ターン先攻時は、セットアップ上の穴を付き、また相手の対処方法が限られていることを利用するための機動に最大限のリソースをつぎ込むべきで、相手の戦力を削ることには意識を向けない方が良いのではないか。

・必要なことだけを徹底しておこない、不必要なことは一切しない。優先順位を付け、うまくいかない場合の対処法を考えておく(予備部隊を保持しておく)。

・包囲環は(ほぼ)完全に閉じるべきで、敵が利用できる穴を残しておくべきではないと思われる。弱い部隊ででもいいからフタにしておけば、相手はそれをオーバーランしなければならず、そのためにリソースを使わざるを得なくなる。こちらが攻撃のためにSPを使うよりも、相手が攻撃のためにSPを使わざるを得なくする方が得である(SP効率的に)。また、可能な限り障害地形や川越しに守り、また重要なヘクスは必ず2枚以上で守る(1枚で守っている場所は相手が計算ずくで攻撃できるので)。

・分かっていたことではありますが、ソ連軍がAR差が+1程度の場所に対してさえ、オーバーランは苦しい。±0や-1など、絶対にやってはいけない。オーバーランはどうしても必要かつ、AR+2程度の場所に対してしかやるべきではない。



 まだ東半分をやっていないのでそれと、可能なら枢軸軍側もどうすれば良いのかを考えていければとも思っています。


「友情のメダル」という逸話のある大江季雄という人が1941年のルソン戦で戦死していることを知りました

 こかどさんから新聞の記事画像が送られてきまして、「友情のメダル」という逸話のある大江季雄という人が1941年のルソン戦で戦死していることを知りました。

 1941年のルソン戦に関してはOCS『Luzon: Race for Bataan』というゲームを作ったので、こかどさんも教えてくれたのだと思いますし、私も非常に興味を持ちました。


Sueo Ōe

 ↑大江季雄氏(Wikipediaから)




 その逸話については、↓などのサイトが大変まとまっていました。

日本語版Wikipedia「大江季雄」

西田修平・大江季雄 友情のメダル 【オリンピック・パラリンピック アスリート物語】

丹後の地名-コラム(1) 大江季雄選手と友情のメタル



 記事を読んでいると、大江氏はラモン湾に上陸した3つの上陸部隊の内、最も北西のマウバンに上陸した「廣」部隊の中の福知山20聯隊第2大隊に所属していたようです。

 この上陸地点は残念ながら現在のバージョンの『Luzon: Race for Bataan』では削除してしまっていますが、一度大隊規模で作ったバージョンではそこで上陸作戦もやるようになってましたし、第20聯隊第2大隊もユニットにしていました。


 ↓そのバージョンを記したエントリ。

OCS『Luzon:Withdraw to Bataan』(仮)のユニットの数を少なくしたり (2020/05/04)




unit9738.jpg

 ↑当時のマップ。画像の右下に3つの上陸地点ボックスが作ってあり、そのうちの一番左上のものがその「廣」部隊のものでした(「Hiro Force」と書いてあります)。





unit9737.jpg

 ↑当時のユニット。全体の左側が表面(戦闘モード)で、右側が裏面(移動モード)です。一番左上から右に7つ目のユニットが福知山20聯隊第2大隊になります。



 戦史叢書『比島攻略作戦』のマウバンの戦闘の箇所を読み返してみると、「注」でこの大江氏について書かれていました。そこを読んだ時点では「ほう……」と思ったものの、やはり詳しい記事を知ってみると、さらに興味がかき立てられました。





 戦史叢書はすべて公開されており、ネット上で読めますし、データをダウンロードすることもできます。

戦史史料・戦史叢書検索



 このように、個々のエピソードにより興味を持つきっかけになるのは、このウォーゲームの世界の意義の一つであろうと思います……。


OCS『Case Blue』「世界の果て」2対2オンライン対戦2回目(第3~5ターン)

 OCS『Case Blue』「世界の果て」シナリオの、2対2のオンライン対戦の2回目をプレイできました。


 1回目は↓こちら。

OCS『Case Blue』「世界の果て」シナリオの2対2オンライン対戦を始めました (2021/08/01)



 ↓第3ターン終了時。

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 赤い矢印のようにしてワニミさんが送り込んだソ連軍の分遣連隊は首尾良く鉄道線を踏むところまで進出し(その途中で私が空中補給を2Tとも失敗し(T_T)、やむなく輸送トラックで補給を届けたりということはありましたが)、ドイツ軍側にオーバーランを強制します。ドイツ軍はオートバイ大隊でオーバーランするもAo1 Do1で、自ら壊滅してなんとかソ連軍部隊を退却させました。

 ドイツ軍側は「後方を無防備にして前進しすぎた」と考え、後方連絡線の安全を図るために黒い矢印のようにして一時後退。




 ↓第4ターン終了時。

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 しかしすぐさま次のターンにはドイツ軍は(やや慎重めにとは言いつつも)進撃を再開。モズドク近くにいたNKVD部隊を壊滅させてモズドクを完全包囲しました。

 なお、ワニミさんの送り込んだ分遣連隊はタダでは死なず、1-3-2の警察大隊を壊滅させて自らも全滅しました(>_<)




 ↓第5ターン終了時。

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 画像左上の方でずっと包囲されていたソ連軍の2ユニットがついに補給切れになり、損耗チェックで全滅……。私は、この部隊に空輸で補給を届けるために2ターンにわたって空戦力5のBf.109Gの警戒空域をどかそうと、のべ6回にわたって空戦力2や1のソ連軍戦闘機ユニット3つで制空戦闘を仕掛けたのですが、すべて失敗したのみか、どんどんステップロスを食らって残りは1ユニットのみに……(T_T)

 後顧の憂いが取り除かれたドイツ軍は、そこを包囲していた部隊を前線に送り込むと共に、黒い矢印のようにして新たにソ連軍部隊を包囲……。

 というところで、この日は参加者の所用により早めにお開きとなりました。


 今の戦線の2ヘクス先くらいが史実でのドイツ軍の進出限界線なんですが、史実のように抵抗するのはソ連軍側にとって大変厳しそうな気がしますが、果たして……?


 今後のとりあえずの予定は以下の通りです。

8/18(水) OCS『The Third Winter』「フーベ包囲戦」の続き
8/22(日) OCS『DAK-II』「グラツィアーニ攻勢~コンパス作戦」の続き
8/29(日) OCS『Case Blue』「世界の果て」の続き(この日程は結構動くかも?)

 参戦、観戦など歓迎です(^^)

OCS『The Third Winter』「フーベ包囲戦」シナリオのオンライン対戦を始めました

 OCS『The Third Winter』のシナリオ7「フーベ包囲戦」のオンライン対戦を始めました。

 ソ連軍が富山のKさん、枢軸軍が私です。



 ↓セットアップ時。

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 1944年3月下旬、ドイツ軍側が「もうソ連軍の攻勢はしばらくないだろう」と予想する中、ソ連軍がさらなる無理を重ねて攻勢を発動し、フーベの第1装甲軍が包囲されました。セットアップはその包囲の直前から始まります。画像の左上の辺りにドイツ軍戦線のほころびがあり、ソ連軍が大突破できる状態になっています。ただし、ソ連軍は無理をしているからか、毎ターン6SPの到着に対し、枢軸軍側は毎ターン9SP+Pax+Alertが到着します。





 ↓第1ターン先攻ソ連軍終了時。

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 戦線のほころびからソ連軍部隊が南下して、カメネツ=ポドリスキーに置かれていた10SPを蹂躙(蹂躙時は9SPになってましたが)。枢軸軍側はまったく何もできず(できるタイミングがない)、シナリオ上の定石になっていると思われます(^_^;





 また、画像右下の辺りはドイツ軍の戦線の戦力が非常に薄くて、気にはなっていたものの史実では突破など起こっていないので「特に何も起こらないだろう」と思っていたら富山のKさんが大突破してきて、その先に置かれていた10SP以上の補給集積所が再び蹂躙の危機に!(T_T) さすがにこれに成功されるとゲームが終わってしまうと思われたので、それらの補給集積所からリアクションフェイズ中に動かしてしまっていたティーガー中隊2個を「やり直し」でなかったことにしてもらい、なんとか蹂躙されずにすみました(>_<)









 ↓第1ターン後攻枢軸軍終了時。

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 枢軸軍は何とか西方へ脱出しようとします(このシナリオでは画像左下のドニエストル川より南の領域は使用しないので、ジューコフが予想していたという南への脱出はそもそも不可能です)。半包囲を食らっているので、特に東の方にいる部隊に一般補給を入れられるかどうかが問題なわけですが、『The Third Winter』の特別ルールの「大釜司令部(Kessel HQ)」2つを黒い○の場所に配置し、その能力によって一般補給を供給できました。大釜司令部の2ヘクス以内に、戦闘モードのままでユニットを4ヘクス移動させられるので、戦闘能力を維持したまま戦線を下げるのにも有効です。

 戦闘フェイズにはその大釜司令部の下のものから赤い矢印のようにして攻撃を行い、ソ連軍部隊を逆包囲しようと考えていたのですが、事前の航空砲爆撃に失敗してDGにできなかったので、攻撃自体を断念。一方、カメネツ=ポドリスキー方面ではルーデルの対戦車攻撃機によって赤い矢印の先のヘクスのソ連軍スタックに1ステップロス+DGを与えていたので、こちらで攻撃を行い、2ステップロスさせることができました。




 ↓第2ターン先攻枢軸軍終了時。

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 第2ターンの天候は続けて凍結でした。泥濘になる可能性の方が高く、泥濘となると移動力がすさまじく必要となります。

 イニシアティブは枢軸軍が獲得し、「脱出のためには先攻を取るべきだろう」ということで先攻を選択。さらに戦線を西へ移動させますが、しかし大釜司令部が移動力3しかないのに制約され、なかなか戦線を下げられませんでした(通常の移動も組み合わせられるのでそれも組み合わせはしましたが……)。

 画像の左側の領域では、ソ連軍側はカメネツ=ポドリスキー周辺で被包囲状態となっているソ連軍部隊を解囲しつつ包囲環を完璧にするために南へ向けて次の攻撃を発動するというのが1つの選択肢だと思われました。あるいは、もう一つの選択肢としては、西への矢印のようにして枢軸軍側の鉄道線を切ってしまい、より西側で包囲環を作るというものがあり得ると思われました(史実では最初の攻勢時にこちら方面にも攻撃が行われていました)。

 それへの対処もせねばならないと思われ、えらい悩みまくってムーブを行いましたが、次の後攻ソ連軍プレイヤーターンになってみると、富山のKさんは私がまったく予想しなかった場所へと攻勢を指向され……(以下、次回)。

 こう、予想外のことが起こるのが、OCSというゲームでは楽しいと思われますし、史実でも予想外のことが起こりまくっていたようであります(尤も、予想外のことになってもある程度対処できるように予備部隊などをとっておかないと、ゲームが詰んでしまうのがOCSでもあります)。




 あと今回、オプションルールは「21.2 ステップに比例した戦闘力」「21.8 空ヘクスへの攻撃」「HR-7 砲兵砲撃力」「HR-10 最低限の燃料」という、最近の尼崎会での定番のものにプラスして、「ジャンセンの燃料ルール」というのを試しに入れることにしてみてました。

 このオプションルールは『Hungarian Rhapsody』と『The Third Winter』でものすごく推奨されているもので、以下のようなルールです。

ジャンセンの燃料ルール  複数ユニットフォーメーション(「MUF」:ソ連軍の機械化軍団やドイツ軍の装甲師団などの)は、以下の制限に従えば、1Tを消費するだけで自身のプレイヤーターンの移動フェイズ中(つまり、リアクションフェイズや突破フェイズ中は不可)に燃料を供給して移動することができます。
・ユニットは、いかなる種類の敵ユニット(航空基地、SP、輸送ユニット等も含みます)の隣接ヘクスでも移動を開始、あるいは終了することはできません。
・それらのユニットは戦闘モードでなければなりません。道路は少なくとも1移動力かかります(天候の影響も受けなければなりません)。道路は、移動に関するそのヘクスの他の地形を無視する機能は依然持ちます。
・そのMUFのすべてのユニットが、このジャンセンの燃料を使用する必要はありません。望むならば、燃料を必要とするどのユニットでも12.5cで述べられている個別ユニット方式を使用できます。

デベロップメントノート:スティーブ・ジャンセン(Steve Jansen)氏は、我々のウォーゲームクラブ「ボルティモアNEBOグロッグナード」のリーダーです。彼は最近『ビヨンド・ザ・ライン』をプレイした際に、このハウスルールを思いつきました。我々のゲームクラブは2016年4月以降、このルールを使用して大きな成果を得ています。ぜひ試してみて下さい。非常にうまく機能すると思います(強く推奨)


 最初にこれを読んだ時は「このルールの何が良いのか?」とまったく意義を理解できず、使用してみたことはなかったのですが、今回のシナリオのソ連軍に関してかなり有用だということが理解できました。

 このシナリオのソ連軍は全部で16個もの複数ユニットフォーメーションを持っているのですが、毎ターン6SPしか来ないのでは実質移動して戦闘できるのは3個軍団程度に過ぎず、いくつもの複数ユニットフォーメーションが燃料を入れられることすらなく、ただ突っ立っているだけになると思われます。しかしこの「ジャンセンの燃料ルール」を使用すれば、たった1Tを入れるだけで、移動力的には中程度ですが、前進させることができます。

 また枢軸軍にとっても、いったん敵から離脱させた複数ユニットフォーメーションを戦闘力が強い状態で後退させるために使用することができるでしょう。

 意義が理解できたので、今後うまく使っていければと思います。OCSは「いったん燃料を入れたならば、最大移動力分移動させなければもったいない(それほど移動しないのであればそもそも燃料を入れたくない)」という風になりがちなのですが、この「ジャンセンの燃料」と「最低限の燃料(2Tで1/4移動できる)」も入れれば、そこらへんはかなり緩和されそうな気がします(初心者には2つもオプションルールを入れるのは荷が重いかもですが……(>_<))。



 今後のオンライン対戦の予定は以下の通りです。

8/15(日) OCS『Case Blue』「世界の果て」シナリオの続き
8/18(水) OCS『The Third Winter』「フーベ包囲戦」シナリオの続き
8/22(日) OCS『DAK-II』「グラツィアーニ攻勢~コンパス作戦」シナリオの続き

 観戦、参戦等、大歓迎です(^^)

OCS『The Third Winter』のシナリオ7と8のエラッタ(未公表分)

 OCS『The Third Winter』の公式エラッタはまだ(ごく細かいものを除けば)公表されていないんですが、OCS副班長のチップ・サルツマン氏とやりとりしてまして、いくらか教えてもらったり、あるいはこちらから質問したものがエラッタになる予定だと聞いたりしてます。


 で、一番やりやすそうなシナリオ8「コルスン包囲戦」は私も並べて少し触り、また市川さんがプレイを始めそうだったり、あるいはシナリオ7「フーベ包囲戦」を今日から富山のKさんとオンライン対戦する予定なので、この2つのシナリオに関するエラッタを公式に先駆けてちょっと書いておこうと思います(とりあえず市川さんには伝わった方がいいでしょうし、日本でも他にプレイを始める方がいるかもですから……)。




 まずシナリオ8から。

・ソ連軍の補給は、正しくは専用マップ上の表にある通り、サイコロ2個を振って2-5で5SP、6-8で6SP、9-12で7SPです。
・マップ外航空基地から、輸送機は半分の航続距離で2倍の積載を行えます。

 ↑この2つ目の件は、コルスン包囲戦についての記事が載っていた『ミリタリークラシックス』を注文して読んでいたところ、包囲環の維持に航空輸送が非常に重要だったという話がありまして……。




 しかし、シナリオ8のシナリオ特別ルールでは「2倍積載」の話は出てないので、仮にそれができないとすれば包囲環内は全然維持できないだろうなぁ……と思えたので、Saltsman氏に聞いてみたところ、2倍積載できる、という話でした。


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 2倍積載できるのであれば、コルスンにある航空基地(画像では対施設砲爆撃されてレベル1になってますが、元はレベル2)に空輸で毎ターン3Tを入れられます。私は2倍積載できない(つまり毎ターン1Tしか入れられない)という前提で第1ターンをプレイしていたので、包囲環内で部隊を維持できるわけはないと考えて全力で後退し、航空基地も無防備にしてしまってました(^_^;




 次に、シナリオ7について。

・ドイツ軍の4 Pz Army HQユニットのセットアップ位置は、指定の「A27.09」ではなく、「A7.22」です。


 これは富山のKさんが気付かれたのですが、『The Third Winter』の軍司令部ユニットは2.3bのA)により、降車可能ヘクスにしか配置できず、鉄道でしか輸送できないとあるのに、鉄道線が全然ない場所にセットアップが指定されていたのでした。


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 あと、上の画像で1 Pz Army HQは鉄道線上にはいますが、元々降車可能であるようなヘクス(都市、村、集落)にはいません。で、「もしかして司令部自身が降車可能ヘクスを作れるのであればそれでOK(つまり鉄道線上であればどこでもOK)なのでしょうか?」と質問してみたところ、「そうです。そのようにエラッタに入れようと思います」ということでした。


 それから、これはエラッタというほどのものではないと思いますが、

・明確化:砲兵砲爆撃マーカーを使用しての砲爆撃時、1.6dによって1ユニットの複数ステップの砲爆撃力を分けて砲爆撃できます。

 というのも、シナリオ8には関係してきそうです。


OCS『The Third Winter』(と『Case Blue』)に出てくるソ連軍のチェコスロバキア部隊

 OCS『The Third Winter』のソ連軍部隊の中には、1ユニットだけチェコスロバキア部隊が登場しています。恐らく、『Case Blue』にも1ユニットだけ出てくるチェコスロバキア部隊の後の姿だと思われます。


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 左が『Case Blue』のもの、右が『The Third Winter』のもの。兵科マークの中が、チェコスロバキアの国旗になっています。


 『戦うソヴェト・ロシア Ⅱ』を読んでいたら、この部隊の話が出ていました。





 第二次大戦中のポーランド亡命政府とソ連との関係の話の中で、ポーランドと対照的な存在として話が出てきます。

 4月中を通じてソ連の忠実な友人たちが、ソ連各紙で持上げられていたのは偶然ではなかった。それは、彼らの行為を「不埒で近視眼的」なロンドン亡命政府のやり口と対照させているように見えた。こうして、ソ連前線で最初の大戦闘を遂行し、手ひどい犠牲にもめげず大成功を収めたチェコスロバキア部隊の記事が派手に取扱われた。フランス、ベルギー、ノルウェーの抵抗運動、とくにドゴールの提唱によりすでにソ連前線で戦っているフランスのノルマンジー飛行中隊のことが、きわだって報道された。
 ソ連前線のチェコ部隊は、このころ最高の評判をかちえた。それは大部隊ではなく2000か3000ぐらいのもので、のちにプラハのチェコスロバキア政府軍事相になったスボボダ大佐が指揮をとっていた。この部隊は3月に戦闘に参加し、4月2日にはソ連コミュニケが最初の大きな交戦の模様を伝えたのだった。政治的に最も重要なことが二つあった。第一はアンデルスの部隊と違って、チェコ部隊がソ連前線で戦ったこと、第二は、同部隊がチェコ最高司令官のベネシュ大統領と、ロンドンのチェコ亡命政府の祝福を受けて戦っていたことである。もちろん、この部隊はソ連の作戦指揮下にあった。
 4月8日、アレクサンドル・フィジェーエフはチェコ人の果敢さを、熱情をこめた記事で伝えた。2日後、ベネシュ大統領や国防相(やはりロンドンにいた)、ゴットワルト、コペッキーなど当時モスクワにいたチェコスロバキア共産党代表から、心のこもった祝賀の言葉がスボボダ大佐のもとに送られた。ハリコフ地区の激戦で中隊の一つを指揮し、ひん死の重傷を負ったヤロシュ大尉には、死後にソ連邦英雄の称号が追贈された。スボボダ大佐はレーニン勲章を受け、このほか同部隊のうち82人がソ連から叙勲された。
 チェコ人とのこういった関係は、ロンドンのポーランド政府との関係に比べてきわだって対照的であった。ソ連とポーランド政府とのいさかいは、まさに頂点に達するばかりのところにきていたのである。
『戦うソヴェト・ロシア Ⅱ』P46



 「スボボダ」で検索してみたところ、1968年から1975年にかけてチェコスロバキア大統領であったという「ルドヴィーク・スヴォボダ」の日本語版Wikipediaの項目がありました。

ドイツ軍によるチェコスロバキア占領後、反ファシスト軍事組織に加わる。1939年夏にポーランドに出国してチェコスロバキア人部隊を編成するが、同年9月、ソ連に移る。

第二次世界大戦中、1942年2月に第1チェコスロバキア独立歩兵大隊の創設を発議し、1943年3月から戦闘に加わった。1943年、大隊は旅団に昇格し、キエフ、ベーラ・ツェールコヴィ、ジャシュコフで戦う。1944年以降、第1チェコスロバキア軍団を率いて、赤軍とともにナチス・ドイツからチェコスロヴァキアを解放する。


 その後、「プラハの春」でソ連に抵抗したらしく、人物像的に良い人物のように映ります。


Ludvík Svoboda (Author - Stanislav Tereba)

 ↑スヴォボダ(Wikipeidaから)


 英語版Wikipedia「Ludvík Svoboda」を見てみましたところ、このように書いてありました。

ドイツによるチェコスロバキア占領後、ボヘミア・モラヴィア保護領が設立されると、彼は秘密の地下組織「オブラーナ・ナローダ」(「国家防衛」)のメンバーとなった。同時にソビエトの情報機関とも関係を持ったと思われる。1939年6月、ポーランドに逃れた彼は、最年長かつ最上級の将校として、クラクフでチェコスロバキア軍の部隊を編成した。この部隊は「チェコ・スロバキア軍団」という名称で、ドイツ軍のポーランド侵攻後に限定的に戦闘に参加した。ポーランドの敗戦後、彼は約700人の将校と部下の一団をソ連に転用した。彼らは、ドイツがソ連を攻撃するまでの約2年間、いくつかの場所で徐々に抑留されました。その間、スヴォボダはソ連政府との交渉で、チェコスロバキアの兵士をフランスに、そしてフランス崩壊後はイギリスに移送することに成功した(12隻の輸送船:男性662名、女性12名、子供6名)。当時、チェコスロバキアの亡命政府は、フランスからもイギリスからも公式に承認されていなかった。ドイツによるソ連への攻撃が始まると、スヴォボダは東部戦線のチェコスロバキア軍部隊の長となった。チェコスロバキアの部隊は、1943年3月にウクライナのソコロヴォの戦いで初めてドイツ軍と戦った。
 【……】
また、1944年秋のドゥクラ峠の戦いでは、チェコスロバキア第1軍団の部隊を指揮し、非常に激しい戦闘の後、初めてチェコスロバキアとの国境を越えることに成功した。スヴォボダのカリスマ的なリーダーシップと個人的な勇気は、当時の指揮官であるソビエト連邦元帥イワン・コーネフから高く評価された。クレメンツ・ゴットワルドの亡命指導者やソ連の官僚たちに信頼され、彼はすぐに昇進し、1945年8月には陸軍大将になった。



 チェコスロバキアやスヴォボダという人物についてほとんど何も知らないんですが、このような話は興味深いです。

VASSAL複数人プレイ時に画面中心が勝手に移動するのを、個々人の設定で防ぐ方法

 VASSALで2人以上で対戦(観戦でも)している時に、画面の中心が勝手に移動するという問題があります。


 この件について、昔のモジュール(あるいは古いVASSALのバージョン?)だとモジュールを修正する必要があるらしいのですが、新しめのモジュールであれば個々人の設定で防ぐことができます。で、その設定の方法について、尼崎会内部では共有していたのですが、どうもこのブログ内では書いていなかったようなので、書いておこうと思いました。


 モジュールの修正の件については↓こちら。

バタイユゲーム情報班ブログ VASSAL複数人プレイ時に画面中心が勝手に移動




 「勝手に移動」と書きましたが、文字通り勝手に移動するのではなく、「2人以上プレイでシンクロナイズしている誰かが画面の中心を移動させると、他の人の画面もそれに追随して移動する」というものです。


 これを個々人の設定でオフにするには、「File」→「Preferences」で設定画面を開きます。

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 すると↑のような画面(おそらくバージョンによって色々異なると思いますが)が出てくるので、その中の(画面では赤い□で囲んだ)「Center on opponent's moves?」という項目のチェックを外します。


 これで、画面が勝手に移動しなくなります。


 この設定はOCSをVASSAL対戦する上ではかなり必須でした。ただ、画面が一画面で収まるようなゲームであれば、問題ないとは言えるでしょう。

OCS『Beyond the Rhine』への追加カウンター、『Hungarian Rhapsody』のものと『The Third Winter』のものとの違い

 こかどさんから指摘されて、OCS『Beyond the Rhine』への追加カウンターが、『Hungarian Rhapsody』のものと『The Third Winter』のものとでは若干異なることに気付きました。


 ↓『Hungarian Rhapsody』のもの

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 ↓『The Third Winter』のもの

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 左から2つ目のユニットに「2A」という文字が新たに書き加えられています。

 この「2A」というのは「2nd Army(第2軍)」の所属(直轄)ということらしいです。しかしOCSでは普通は「軍団司令部」までがユニット化されていて「軍司令部」がユニット化されることは少なく、『Beyond the Rhine』では「軍司令部」は1つもユニット化されていないので、その「2A」というのは出てきません。他のユニットの「C」というのはその「Corps(軍団)」の所属(直轄)ということでしょうね。

 ちなみに、『The Third Winter』には軍司令部、軍集団司令部、正面軍司令部がバリバリに出てきます。



 また、それぞれの登場時期について、『Hungarian Rhapsody』では、

September 19 Map A, west edge, south of 25.xx - (4)-4-3 AT Bde (91)


 とあったのですが、『The Third Winter』では、

September 12 Map A, west edge, south of 25.xx - (4)-4-3 AT Bn (91)


 となっていて(他のユニットの登場時期は同じ)、facebookで聞いてみたところ、『The Third Winter』での情報の方が正しい(『Hungarian Rhapsody』のを修正するのが間に合わなかった)ということでした。



OCS『Case Blue』「世界の果て」シナリオの2対2オンライン対戦を始めました

 OCS『Case Blue』の「世界の果て」シナリオの2対2のオンライン対戦を始めました。
(OCS『Guderian's Blitzkrieg II』「火星作戦」をやったりもしてましたが、ちょっととりあえずそっちは置いといて、こっちをやることになりました)。

 「世界の果て」シナリオはコーカサスのグロズヌイ油田を狙うドイツ軍と、それを阻止しようとするソ連軍の戦いを扱い、1942年8月8日ターンから10月29日ターンまでの25ターンをプレイします。ターン数は長いですが、ユニットとSP数が少ないのでプレイしやすく、チャレンジングな非常に面白いシナリオであると思います。

 陣営は枢軸軍が富山のKさんとタエさん。ソ連軍をワニミさんと私が受け持ちました。


caseblue.jpg

 ↑史実でのドイツ軍最大進出線


 枢軸軍の勝利条件は、ゲーム終了時にグロズヌイ周辺の油田ヘクス5つ全部とオルジョニキーゼの6ヘクスすべてを取っている状態であることなのですが、難しすぎると思われるので、6つのうちの1ヘクスでも取れば1/6勝利、2つ取れば2/6勝利というようなことにしようと(^_^;


 また、VASSALオンライン対戦でOCS『Case Blue』「世界の果て」シナリオを開始しました (2021/05/03)に「世界の果て」シナリオで使用する特別ルールだけをサマリーの形でまとめて適宜更新しているのですが、最近になって、今まで一般補給のルールをずっと間違ってプレイしていたことが判明しました。ソ連軍は小道のすべてのヘクスを(途中で妨害されていなければ)降車可能ヘクスのようにして一般補給が引け、枢軸軍は自軍の攻撃可能ユニットから10ヘクス以内の鉄道線を(途中で妨害されていなければ)降車可能ヘクスのようにして一般補給が引けるのでした。

 このことによって特に枢軸軍は、今までとプレイ感覚がまったく変わってくることになります……。



 ↓第2ターン終了時。

unit9238.jpg

 今回プレイ中に史実を調べていたので、その動きを灰色の矢印で示してみました。

 ドイツ軍は第1ターンの時期に①(ピャチゴルスク)を占領し、続けてその南東方向に、小道とその東の鉄道線に沿って進撃したようです。ところが②の辺り(バクサン川)でソ連軍の抵抗にあってその方向で進むのはやめ、その後③のモズドクの方向に進みます。モズドクは8月23日(第5ターン)あたりから攻撃が行われ、ソ連軍は25日にはモズドクを放棄して退却しました。

 参考文献は以下の2冊です。




 実はソ連軍側は今までのプレイ経験から、①のピャチゴルスクにいたユニットのうちの一部は退却させようと考えていたのですが、枢軸軍にまず包囲されてしまったので逃げることができず、包囲戦に移行してしまっています。しかし史実としては、枢軸軍は包囲をせず、ソ連軍側は一部のユニットではなく全部隊を退却させて途中の川で防御線を張ったのかもしれません。

 第2ターンにはすでに史実よりもだいぶ早くモズドク(③)は半包囲されてしまいましたが、後攻ソ連軍プレイヤーターンに賭けでおこなったソ連軍側の反撃は成功し、ドイツ軍の対戦車大隊を壊滅させました。また、戦線の左側では、さすがいやらしい動きをさせたら並ぶ者なきワニミさんがドイツ軍の後方に部隊を送り込みました(ただし、次のターンのSPの空中投下に成功しなければ多分損耗で死にます(^_^;)。


 今回はここまでで終わっておきました。続きは8月15日にプレイ予定です。また、OCS『DAK-II』シナリオ7.2の続き(富山のKさんとタエさんの対戦。私はセコンド)は8月8日にプレイ予定です。

 OCSに興味のある方は、気軽に観戦してもらったら。VASSALの使い方をご存じの方は勝手にシンクロしてもらってOKです。挨拶もなしで構いません。ただしとりあえずobserverを選択した状態で入ってもらったら。

 VASSALに詳しくない方はVASSALについてを見てもらったらと思います。

 VASSALでのOCSに興味のある方には、インストや対戦など喜んでやりますので、コメントなどで連絡いただければ。

OCSで、空中投下任務を何回かやった上で、途中でやめて引き返すことができるか?

 タエさんから、以下のような質問をもらいました。

 「4Tを積載できる航空ユニットで空中投下をしようとしています。1回目の1Tの空中投下には失敗し、2回目の1Tの空中投下には成功しました。あと2Tを積載していますが、1Tを降ろせればいいと思っていたので、あとの2Tは積んだままで航空基地に帰還しても良いでしょうか?」

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(より細かく説明しますと、元々2Tを積載できるMe.323で、航続距離の半分の場所に対する航空輸送任務であれば、倍の4Tを積載して任務を行えます。もし任務先のヘクスが航空基地であれば「航空輸送」であって、敵の警戒空域外であれば自動的に成功します(ただし航空基地のレベル×2Tまでしか荷降ろしできません)。航空基地でない場合には「空中投下」となって、航空輸送判定表で1Tずつ、成功したかどうかチェックしなければなりません。)


 この「途中で帰っていいか?」に関して、ルールを読んだものの判断がつかなかったので、facebookのOCSグループで質問してみました。すると、以下のような反応でした。

 空中投下を途中でやめる件に関して、ルール上の規定は存在しない。

 OCS副班長のサルツマン氏は、オプションルールの21.12a XYZ輸送任務を使用して、1つ目の任務ヘクスYの次に、残りの2Tを任務ヘクスZ(Xと同じでも良い)で降ろすというのはどうかと提案されてました。

 しかしある論者は、史実では輸送機は、空中投下に成功したかどうかを任務時に知る術などなかったのだから、途中で任務停止はできないとすべきだろうと主張しています。

 一方、それに対する反論として、1ターンが3.5日であることや、航続距離の半分までで2倍の積載量を運んでいる場合には輸送機が2往復していることを考えると、停止できても良いのではないかという話も挙がっていました。

 あと、割と致命的な話として、ベテランテストプレイヤーのペリー・アンドリュス氏が、「今気付いたが、Me.323は機首を開いて積載物を積み卸しするタイプの機種だから、空中投下ができるのはおかしいのじゃないか。Me.323は空中投下任務はできない、という機種別のルールを追加すべきだったのかもしれない。」という話もありました(^_^;


 というわけで、現状どうすべきかは諸説あり、固定されていない(将来的に固定される可能性もありますが)ので、プレイヤー間で決めるべきかもしれません。


 一応私なりに裁定するとすれば、「OCSはすでに充分プレイが難しいゲームなのだから、できるだけ決断をその時々で柔軟にやれるようにする方が楽で良い(逆に、途中で引き返せないというルールにすると、事前に考えておかなければならないことが増えてしまってプレイアビリティが下がる)」という意味合いにおいて、「途中で引き返すのはアリ」とすると思います。


OCS(特にVASSAL上)での航空ユニットの置き方について


 OCS、特にVASSALでプレイする上での「航空ユニットの置き方」について、富山のKさんと検討したり、facebookのOCSグループで確認したりしたので、その辺りのことについてまとめておきます。


 航空ユニットは「プレイしやすくするために」色々な置き方のパターンがあり得るのですが、とりあえず厳密なものから書いていきます。


■航空基地が存在するヘクスに航空ユニットを置く場合

unit9245.jpg

 14.1aにより、活動状態であれば航空基地マーカーの上に、非活動状態であれば下に置かれます。
 4.8aにより、活動状態の航空ユニットはすべて、陸上ユニットの上に配置されます。活動状態の戦闘機ユニットがあれば、航空ユニットの一番上に置くべきです(警戒空域を明確にするため)。
 4.9aにより、一番上の活動状態の航空ユニットはいつでも相手に見せなければなりません。


 図では航空基地マーカーの上側の2つの航空ユニットが活動状態で、下のものにはマスクをかけてあり、敵プレイヤーには内容が見えません。航空基地マーカーを隠すことはできません(そもそもマスクできない仕様になっています)。活動状態のユニットは陸上ユニットの上に置かなければなりませんが、非活動状態のユニットにはその制限はありません。




■航空基地マーカーを、本来存在するヘクスの隣接ヘクスに置く場合

unit9244.jpg

 航空基地マーカーは「Toggle Arrow」というコマンドで「▲」マークを出すことができるので、このマークで本来存在するヘクスを示し、隣接ヘクスに置くことができます(スタックを広げるとどこを指しているのか分かりにくくなりますが……)。

 この時仮に、すべての航空ユニットが非活動状態だとします。すると「一番上の非活動状態の航空ユニットを敵プレイヤーに見えるようにしなければいけないのだろうか?」ということが気になって、facebookのOCSグループで質問してみました。すると、非活動状態の航空ユニットはまったく公開する必要はない、ということでした。




■カウンターハイライト機能を使う上での注意

unit9242.jpg

 VASSALのOCSモジュールには、「Counter Highlights」というボタンがあり、その中から「Allied Patrol Zones」「Axis Patrol Zones」を選択するとそれぞれの陣営の警戒空域が表示されます(ここのボタンで他にも、予備マーカーやSPや複数ユニットフォーメーションをハイライトでき、大変に便利です。VASSAL上のOCSのプレイに慣れると、普通のマップとユニットでのプレイでは「VASSALのあの機能があれば……」と思う事しきりです(^_^;)

 ただこの機能、航空基地マーカーの下に置いた(つまり非活動状態の)戦闘機ユニットに対しても表示されてしまいます。ただ対処法があって、ユニットの向きを変えればハイライトされなくなるのです(この件は富山のKさんが発見されました)。

unit9241.jpg

 「Rotate CW」で時計回りに60度回転、あるいは「Rotate CCW」で反時計回りに60度回転します。「Ctrl+]」「Ctrl+[」でやるのが楽でいいです。

 この件を考えると、戦闘機は回転させておくと吉かもしれません。ただ、60度回転で止めておくと、戦闘機が非活動状態でいるのがモロバレかもしれませんから、180度まで回転させておけばそこらへんは相手に分からなくなります。

 尤も、警戒空域を表示させないのであれば別に関係ありませんし、表示させた場合でも「非活動状態でもハイライトされる」ことに気をつければ良いのかもしれません。そこらへん、プレイヤー間であらかじめ「基本的にどうするか」決めておくとよいかもです。



 その他に、例えばトブルクボックスであるとか、メルサ・マトルーボックスのような広い場所で航空ユニットを管理する場合には、航空基地マーカーより上(北?)に置いておけば活動状態、下(南?)に置いておけば非活動状態、というような置き方もあり得ます。



 また、やっかいな問題として、「あるプレイヤーが順序通りにスタックを置いているにもかかわらず、別のプレイヤーからはそのスタックの順番が違って表示されることがある」というものがこれまで時々ありました。

 これがあまりにも頻繁である場合には、例えば非活動状態の航空ユニットは必ず180度回転させて置くとかって工夫が必要になるのかもしれません。あまり頻繁でない場合においては、プレイヤーはとりあえず順序通りに置いておき、他のプレイヤーが「置き方が変だな?」と思った場合には確認する、という方法でなんとかなるだろうとは思います。確認してみた結果、ちゃんと順序通りに置いているけど、と分かったり、あるいは実は順序通りに置けてなかったということが判明して置き直ししたりすることになるだろうと思います。


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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

 ブログで書いた物のうち、

 OCS関係の記事は

「OCSの物置2」



 戦史物の記事は

「戦史物の物置」


 で、アクセスしやすいようにカテゴリ毎にまとめてありますのでそちらもどうぞ。

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