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『南北戦争-アメリカを二つに裂いた内戦』という本が出てます&旧GJ南北戦争記事公開してます

 『南北戦争-アメリカを二つに裂いた内戦』という本が出ていました。




 評判は良さげな? 売れてくれれば、他のミリタリー関係書にも好影響があるかも……(ワニミさんにはGCACWを一度やってみましょうよと誘われているので、プレイするなら買って読んだ方がいいのかもですねぇ……)。


 確かこの本は、人物像も結構扱われている本だとどこかで読んだ気がするのですが、南北戦争は他の戦争に比べて人物像の話が多いような気はしますね……? 日本の戦国時代とか、中国の三国志のような……。ナポレオン戦争はしかし、人物像の話はそれらほど濃くなく、作戦面とかの方がより扱われている印象がしてます。

 第二次世界大戦だと、兵器をクローズアップした書物が大量にある一方で、人物像の話はないわけではないけどもかなり薄い気がします。しかし私は将軍達の人物像に最も興味のある人間なので、そういう本がもっと増えて欲しいです……。


 この本の前書きには、「この本に間違いはあるでしょう。でもそれ指摘できるような人も、南北戦争の本書いてよ」というようなことが書いてあり、その姿勢に「そうそう」と思いつつも、そんな簡単に出版できるのかというツッコミも感じましたけども(^_^;

 そういえばですが、かなり昔にGameJournal誌から依頼されて、まったく南北戦争に関して知らない状態からなんとかして資料を読んで書いた南北戦争の概説的な記事があります(当時Nifty-Serveで、南北戦争に詳しい方がおられたので、その人にチェックしてもらって、原稿料の半分はその方にお送りしました)。

 電子書籍として無料公開していたのを今回検索してみたらまだ生きていたので、またこれを機会に、だいぶ短めの概説的なものとして読んでもらったらいいかもしれません(もちろん、間違いもあるとも思われるので、指摘してもらえたら)。

南北戦争 ~分離独立を巡る死闘~

 ↑の中には地図がないんですが(なぜなら、GJの記事の地図は私が作ったものではなかったので)、新たに一枚ものの地図を作ってました。↓こちら。

11110502




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c3i 33号 『Waterloo Campaign, 1815』の和訳を改訂しました & まだまだ分からず

 ミドルアース大阪でc3i 33号 『Waterloo Campaign, 1815』のまず取り組むべきらしい16日からのシナリオのセットアップをとりあえずやりまして、どうプレイしたらいいのかを考えてました(今まで経験したことがないような独自のシステムなので)。

 このゲームについては↓こちら。
c3i 33号 『Waterloo Campaign, 1815』の和訳(暫定版)を作りました (2020/11/28)



 最初の3つのステップは飛ばしてステップDの分遣隊配置ステップからなんですが、どこに配置するのが良いのかさっぱり分からないので、とりあえずルールブックに載っているリプレイと同じ場所に置いてみました(ネイのセットアップ場所が間違ってました。正しくは左上のヘクスですね)。

unit9550.jpg


 小さめのカウンターが分遣連隊で、画像左側の2つ(FrederickとPajol)と右側の2つ(LefebvreとPirch)が、リプレイ上で新たに置かれたものです。

 しかしルールを色々と見てみたのですが、なぜそこに置くと良さそうなのかが理解できず……。そこでちょっと疑問としてこのようなツイートを(たかさわさんが教えてくれないかなという大きな希望を抱きつつ(^_^;)してみましたところ。



 たかさわさん、ありがとうございます!

 それでとりあえず、いったん作ったルール和訳の私の解釈が間違っているということが分かりました。ので、今日改訂版を作りました。

c3iNr33Waterloo和訳ルール201228.pdf
c3iワーテルロープレイエイド201228.pdf


 最初に作ったやつのどこを改訂したかと言いますと、まずルールブックのD.分遣隊配置ステップの、

・司令部から、その指揮範囲のヘクス数以内で(司令部が通常モードである場合は、連絡線のすべてを道路上で引かなければなりません。この時、指揮範囲は2倍で数えることができます)。【2倍で数えられるのはこの時だけ】

 ↑打ち消し線を引いたところを削除と、移動フェイズの「軍団の移動」の列挙中の↓この2箇所、

・軍団は、自軍司令部の指揮範囲外のヘクスに入ることはできません。【指揮範囲を道路上で2倍換算は不可】→【司令部が通常モードならば指揮範囲が道路上で2倍換算できることに注意】
・移動の開始時に指揮範囲外にいた軍団は、指揮範囲内に入るまで司令部に近づくように移動しなければならず、その後自発的に指揮範囲から出るような移動は行えません。司令部がいるヘクスは数えず、そのユニットが入ろうとしているヘクスのみを数えます。【指揮範囲を道路上で2倍換算は不可】→【司令部が通常モードならば指揮範囲が道路上で2倍換算できることに注意】

 ↑打ち消し線を引いたところを、赤文字のものに変更。


  それからプレイエイドの移動フェイズ中の↓の場所

・移動時に自軍司令部を指定し、その指揮範囲【道路は2倍にならない】【通常モードなら道路2倍】外に出ることはできない。





 それでちょっと理解しやすくはなってきたのですが、まだ分からないことが。

unit9549.jpg

 VASSALの画像を持ってきてみました。赤く塗られた範囲がウェリントンの指揮範囲で、白色のイギリス連合軍ユニットはこの中に近づくようにしか移動できず、いったん範囲内に入ればそこから出るような移動はできません。しかしだとすれば、拡大表示したフランス軍の分遣隊(Pajol)がリプレイにあるように「西側からの連合軍の接近を阻止するために置いた。」というのは、どういうことなのか……?

 まだ何かルール理解が間違っているか、思いつく可能性としては、

・指揮範囲とは関係なく行われる「退却(3ヘクス)によって、イギリス連合軍のユニットがこの方向から近づいて来る可能性への対処。
・確かに厳密に考えればこのターン中の意味は乏しいけども、なんとなく広い意味で、この後のターンのことも考えて西からの接近を阻止するために置いた。

 あたり……?(BoardGameGeekの掲示板をまた探せば答が見つかるのかもですが、一回やってだいぶ疲れたので、今やる気が起きません(^_^;)


 ともかく、分からない面が多くて(ルール理解の間違いもあって)なかなか進みませんが、まあまた機会がある毎に並べてみて、チャレンジしていきたいと思っています。


2020年年末、ミドルアース大阪でウォゲームのバザー

 今日のミドルアース大阪で、ウォーゲームのバザーがありました。











 ボックスゲームとしては『共和政ローマ』『戦争と平和』が売れまして、他にも同人ゲームなどが売れました。

 『Wellington's Victory』『Ney vs. Wellington』などは売れなかったので、2021年3月28日(日)に開催予定のゲームマーケット大阪に持ち込もうと思ってます。


 元々私はあまりいっぱいゲームを持っている方ではないですが、それ以上にやるゲームの種類が少ないですし(^_^;、またちょっと力を入れてゲームを整理して、こういう機会に出品していこうと思いました。

 とりあえず『La Bataille de la Moscowa』(ME/GDW)、『La Bataille de Preussisch-Eylau』(COA)などは出せるようにしようかと……。OCS『Tunisia』なんかも、出品してプレイしてくれる人がいれば良いかもと思いました。まあ売れなくても、賑やかしにはなるということで……。


 ミドルアース大阪でもまたバザーをやって欲しいとも思います。ミドルアース大阪でであれば、改造してあるゲームやジャンク的になってしまっているゲームでも、より出品しやすい気がします(^^)


『British Armoured Divisions and their Commanders, 1939–1945』を購入しました

 とりあえず現状、開戦前にホバートがエジプトで第7機甲師団(当時の名称は「機動師団(エジプト)」)を訓練するところを調べているんですが、その際にちょこっと調べ物をしていて、『British Armoured Divisions and their Commanders, 1939–1945』という本を見つけました。




 多分、以前にも検索で存在は知っていたとも思うのですが、今調べようとしていることに非常に合致するので、これは購入した方がよかろうと思い、Kindle版を購入しました。Kindle版はすぐに読めるのでいいですね!(DeepL翻訳もやりやすいというのもありますし。以前は、地図の問題的にKindle版はダメ、絶対、とか思っていたのですが、完全に宗旨替えしました(^_^;

 著者の著作一覧を表示してみたら、先日購入してました『Hobart's 79th Armoured Division at War: Invention, Innovation & Inspiration』もこの著者のものでした。





 とりあえず「はじめに(Introduction)」を読んでみたのですが、なかなか興味深いことが書かれていました。

 英陸軍が機甲部隊を効果的に使えるようになるまでには数年の戦争が必要であった。その理由の一つは、時代遅れの戦術を使用し続けた多くの騎兵将校の存在であったと主張されることが多いが、王立戦車兵団【Royal Tank Corps】の「近代的な」将校たちは、初期の数年間にイギリス軍が被った苦難の多くの原因となった、ひどく欠点のあるメッセージを説いていたという罪を犯していたと言わざるを得ない。
 【……】
 さらに、歩兵支援戦車(マークI戦車)と高速で移動する「巡航」戦車(騎兵戦車)の2つのクラスの戦車という英国の概念は、何の役にも立たなかった。また、効果的な英国戦車を戦争末期まで作ることができなかったことも、アメリカの戦車に頼らざるを得なかった原因である。英国のドクトリンの大きな失敗の一つは、効果的な戦車砲がなかったことであり、初期の戦車は命中力と射程距離に欠陥のある武器に頼っていた。(パーシー・ホバートをはじめとする機甲戦の予言者の中には、この責任を負わなければならない者もいる)この欠陥は初期のドイツ戦車の設計にも反映されていたが、ドイツ軍はイギリス軍よりもはるかに早くこの問題を解決した。
『British Armoured Divisions and their Commanders, 1939–1945』位置No.136


 ここらへん、非常に興味のあるところなので、ぜひ読んでいきたいと思います。


 ただ、書評を読んでいると、「【ロンメルの第1次攻勢で壊滅させられた】第2機甲師団はエジプトで編成された、って書いてあるけど、本当は、イギリス本国で編成されてからエジプトに送られたんだよ」ってなことが書かれたりもしていました。まあ色々気を付けて読んでいくということで……。


 手持ちの『第2次大戦イギリス機甲部隊』という本では、第2機甲師団はイギリス本国で編成された旨、書いてありました。






 あと、「7th Armoured Division」とか「Desert Rats」という検索ワードで第7機甲師団の本も探してみたのですが、本は色々あったものの私が知りたいことにかなり合致する本というのは見つけられなかったので、とりあえず購入はやめておきました。

 ちょっと資料が多くなりすぎていて、それゆえにしんどくなってきた感もあるので、どうしたらそこらへんうまくやっていけるか、試行錯誤が必要だなぁという気もしております(^_^;

OCS『Tunisia II』でのイギリス第6機甲師団長チャールズ・キートリーについて

 ホバートについて調べてましたら、OCS『Tunisia II』に出てくるイギリス第6機甲師団の師団長であったチャールズ・キートリーについて出てきていてある程度調べてしまったので、せっかくなのでここに書いてみます。


Charleskeightley

 ↑チャールズ・キートリー(英語版Wikipedia「Charles Keightley」から)


 キートリーは1938年にエジプトで騎兵(機械化)旅団長をやっており、ホバートの指導をごく短期間受けました。

 その後、第30機甲旅団長、第11機甲師団長を経て第6機甲師団長となり、トーチ作戦に参加。チュニジアで枢軸軍と戦います。


 ↓OCS『Tunisia II』の第6機甲師団。

unit9551.jpg

 この第6機甲師団は『Tunisia II』のキャンペーンの最初からマップ上にいる唯一の連合軍側の機甲師団で、結構強いので枢軸軍側としてはこいつに四苦八苦させられる印象があるのですが、『Biographical Dictionary of British Generals of the Second World War』によりますと、

 【キートリーは】1942年5月には「ほぼ完全に初陣」(Blaxland, 1977, 40)の第6機甲師団長に任命され、チュニジア作戦中はこの師団を率いた。彼はカセリーヌ峠の戦いの時「明らかに意気消沈し……(そして)我々の部隊の疲労の大きさに過度に影響を受けていた」(Allfrey Diary, 20.01.43, LHCMA)と見られていたものの、ドイツ軍の突破を封じ込めるのを支援し、その後チュニスの占領に参加した。
『Biographical Dictionary of British Generals of the Second World War』位置No.4263

 のだとか。あまりいい感じではないですが(^_^;

 その後、イタリア戦線で戦い、上官のリース将軍から「キートリーは一流になるだろう」と言われて、イギリス軍最年少の軍団長となりました(43歳で、第5軍団長)。イタリア戦線で戦い続けた後、戦後も要職を歴任し、第2次中東戦争で英仏連合軍の最高司令官としてイスラエル軍と共にスエズ運河を占領したものの、国際的な非難を浴び、その政治的な要因で撤兵を余儀なくされました……





OCSによるショック戦(機動戦)の特徴と、個人的にまだまだできていないことの反省点

 リデル=ハートの『The German Generals Talk』の和訳である『ナチス・ドイツ軍の内幕』からの資料収集作業が完了しました。




 その中で、結語の2ページの中にあった言葉が、OCSにおいても、というかOCSにおいてこそ重要なものだと思われました。

 この連中【ロンメルなど】は敵の"予期しないこと"についての直観力を持っており、かつそれが敵をマヒ状態に陥れることができるという点において、量り知れない効果を持つということを知っていた。
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P282


 OCSはシステム上、両軍にとって戦線がどこもかしこも危ない一方で、両軍ともにやろうと思ったらできることが大きいように作られているので、両軍、何がどこまで可能か、どこが危ないかとかを把握しきることができません。しかも、戦線後方には司令部、補給集積所、輸送トラック、一般補給線など、敵に突かれると困ってしまうものに溢れています。ですので、「敵の予期しないこと」を意識しつつOCSのプレイを重ねていると、ある時「あ、ここを突けば敵をマヒさせられるのでは!?」という戦区が見えてくることがあります。というか、まあ稀にそういうことが自分にもあるわけですが、多くの場合私は、敵プレイヤーによって自分の「予期しないこと」をされてしまい、自分がマヒ状態に陥る……という感じなわけですけども(爆)。

 多くのウォーゲームでは、OCSほどには「敵の予期しないこと」を突けるようにはなってないのではないでしょうか。そのため、OCSでは他のウォーゲームにないほどに、史実同様、予備部隊を持ち、後方に守備隊を置くことが重要になっています。ちょっと前に「OCSはどこらへんがリアルなんでしょうか(あるいは、どの辺が面白いのでしょうか)」というような質問をもらったのですが、このことを持ち出して回答しておけば良かったのかも……。

 ただ、そういうプレイとかゲームは好みではないという方もいるでしょうし、あるいは「そうだとしてもOCSはやり過ぎだ」と考える人もいるでしょうから、そこらへんは人それぞれだと思います。私は、OCSでももっと戦場の霧があって欲しい(つまり、もっとやり過ぎて欲しい)と思っているくちですが……(^_^;


 このあたり、以前OCSにおける真の「ショック戦」 (2016/07/17)で書いていたことではありますが、OODAループ理論で、

相手を混乱させ心理的ショックを与え続ける。必ずしも決戦は必要ではなく、相手の脆弱な箇所へ攻撃を仕掛け続ける。
日本語版Wikipedia「OODAループ」

であるとか、

目標は敵の「状況に適応する精神的な能力」を粉砕することである。
『米軍式意思決定の技術』P102

 ということになります。


 そしてそれゆえに、「やられるかもしれない」という側面においては、それに即応するための予備が、そして「やろうとする」という側面においても、相手を翻弄し続けるために予備が、双方重要になってくるわけですが、その点、理論では分かっていても、尼崎会の我々は全然予備を保持しておくということができていません(T_T) 毎回毎回、反省点に挙がってくるのですが、一向に改善されず、とにかく手持ちの戦力を全部前線に出してしまうという……

 一応、対処法として、プレイヤーターンの最初の方に「上級司令部&予備指定セグメント」というのを勝手に設けて、
「それで、このターンは貴官はどの部隊を予備として指定するのかね」
「えっと……このユニットと……このユニットとか……?」
「なにぃ? たったそれっぽっちかね!? 機動戦において予備兵力を持っておくことの重要性を貴官は本当に分かっておるのかね!
 というようなやり取りをやるべきなのかな、と話してはおります(^_^;


 ちょっと改めて以前読んだ『機動の理論』をパラパラ読み返していたのですが……。



 機械化戦における予備隊の価値は、いくら誇張しても誇張しすぎることはない。なぜならば、機動力の向上は数え切れないほどの奇襲効果をもたらすからだ。強力な予備隊を持てば持つほど、それだけ予期しない奇襲効果が得られる。
 将来戦における大きな困難の1つは、敵の意図が推量できないことであり、さらに最も困難なことは、敵をいかなる場所にも固定=拘束できないことだ。であるから、強力な予備隊を持たないかぎり、予期しない状況への対応は不可能となる。

『機動の理論』P88


 このあたり、まったくその通りでございますと、ぐうの音も出ません……。

 また、以前、ドイツ軍の進撃路で道路が渋滞したり、道路が摩耗したりするから、戦力を集中させ過ぎないのでしょうか? (2020/10/29)に追記していた件として、こういうのがありました。

 陸軍当局の方は、対英上陸はできる限り広い幅でやるべきだ。 - 少くともラムズゲイトからリム湾ぐらいまでの間へ - それはイギリスの予備軍の目標を迷わせ、拡散させるために必要であると主張したのに対して、海軍の方はとてもそんなに広い幅では援護できない、イーストボーンから西は守れない。もっと狭い上陸地点と一つのコースに絞ってくれと主張した。議論は白熱して二、三週間続いた。ハルダーは「海軍の案は陸軍にとっては自殺行為に等しい」と宣言し、「それはあたかも陸軍をソーセージ製造機の中へ送りこむようなものだ。」
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P143,4


 つまり、敵の「予備軍の目標を迷わせ、拡散させるために」、自軍戦力をある程度分散させることが必要だという件ですが、『機動の理論』にもこのように書かれていました。

 敵の関心を引きつけ、敵に1方向だけではなく多方向に目を向けさせる。このような敵を困惑させる攻撃は陽動ではなく、敵に計画の変更を強い、敵の予備隊を消耗させる行動なのだ。
『機動の理論』P91


 こういう系統のことはまだまだ全然できていない、と思います。反省し、今後取り組んでいきたいものだと……。


 また、いわゆる「機動防御」について、『ナチス・ドイツ軍の内幕』でこのように書かれていたのが印象的でした。ラインの守り作戦について、マントイフェル、ルントシュテットらが、攻勢よりも機動防御を狙った方が良かったと言っていた、と。

 本当は、連合軍が新たな攻勢に出てくるまで待つのが一番良かった。そしてその時のチャンスに備えて、機械化部隊は全部手許においておく。ルントシュテットも同じ意見だったということは、ブルメントリットも証言している。「【ルントシュテット】元帥も本当はこちら側から攻撃をしかけるようなことには反対していた。彼の意見は、こちらはロエール川を防御して、その線に味方のすべての機械化師団をおいておき、敵がそこを破って踏み込んできた時に、強烈に反撃するというのであった。
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P262


 機動防御についても、OCSで私は自分がうまくできているという気がしません。逆に、OCS『Beyond the Rhine』で私が連合軍を持って、マップ南端のライン川沿いを急襲できて「よし……!」と思っていたら、肉入り鍋さんが予備にしてあった装甲旅団を繰り出してきてしこたま反撃されまして、呆然としたということがありました(T_T)

 機動防御の具体的なテクニックが分かってないのですが、Operations誌に「攻勢をしてきた相手の主力ではなく、主力と後方の間の脆弱な地点を狙う」とあったのと、あと、機動防御用の予備を隠しておいて、相手の攻め気を誘う、ということが重要なんでなかろうかという気はしているのですが、そうしていたら別の場所を大攻勢されて自分がパニックになるという行く末が簡単に見えるというのが私クオリティ……(爆)。


 しかし実際、OCSにおいて、分かってきた面もありつつも、まだまだ全然できてないことが多いというのが実感です。



 それから、『ナチス・ドイツ軍の内幕』において、ラインの守り作戦に関するこのくだりも興味深かったです。

 この【ラインの守り作戦の】戦略的カムフラージュは奇襲の効果を助けたけれども、ただあまりにもきつく秘密にしすぎたために、かえって高価な犠牲を払ってしまった。各指揮官はあまりにも遅く知らされたために、自分の問題を研究する暇がなく、また地形を調べたり準備をしたりする暇もほとんどなかった。そのため多くの見落としがあり、またいよいよ攻撃がはじまってみると、さまざまの障害がでてきた。
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P263


 この点、多くのウォーゲーム(特にビッグゲーム)でも、地形の吟味が非常に重要であるというのは共通であると思われますが、OCSでもプレイの最初にまず自軍の置かれた状況とすべきことを把握するのにかなりの時間がかかります。ところがバルジの時のドイツ軍指揮官は、初見のマップの前に座って「はい、この移動フェイズはあと20分で終了して下さい」と言われたようなもので、それは確かに良くなかっただろうな、というのが非常に実感できました(^_^;


BCSのユニットを、OCSのユニットとどう違うのかという視点で見てみました

 12月27日(日)のミドルアース大阪で、KMTさんからBCSをインストしてもらえるということで、BCSに関する記事などを読んだりして、予習を始めてます(ただ27日は、最近のコロナの緊迫度合いにより、どうなるかなという気もしますが……)


 ↓参考にさせていただいたブログエントリ。

【Battalion Combat Series】BCS Rules v1.1 First Impression part.1
【Battalion Combat Series】BCS Rules v1.1 First Impression part.2
【Battalion Combat Series】BCS Rules v1.1 First Impression part.3

「BAPTISM BY FIRE」(MMP)を試す(1)基本システム 【再編集・修正版】
「BAPTISM BY FIRE」(MMP)を試す(2)Battalion Combat Seriesの戦闘関係ルール


 しかし読んでいてもなかなか複雑で、「すんなり」とはいきません(^_^; なにより、ユニットに記載されている情報・種類がやや多めで、よく理解できていないのが問題かと思ってそこから攻めていこうかと思いましたが、フト、OCSとどう違うのかという切り口でいくと自分にとっては理解しやすいのかもしれないと思い、そこから考えることにしました。


 ↓BCS『Baptism By Fire: The Battle of Kasserine』のユニット(表と裏)。

unit9560.jpg

unit9559.jpg



 OCSのユニットに関しては既知であるという前提で……(OCSのユニットはすごい分かりやすいんだなと思いました(^_^;)。

 まず、同じ、あるいはほぼ同じであるのは、

unit9556.jpg

・アクションレーティング(表裏で数値が異なることがあったり、再建不能があったりするのも同じ)
・射程(1なら記載なし。ただしBCSでは片面にしか射程が記載されていないこともある(しかない?))
・移動力(赤、黒、白の色分けも同様。ただし、赤は背後の黄色地がなく、また名称は「Track(装軌)」ではなく「Tactical(戦術)」となっている。なぜなら、装輪装甲車(8本タイヤとかの)も含むからとのこと。それから機能に関しては白(徒歩)は敵ZOCで停止、黒(自動車化)は射撃戦ゾーンで停止など、OCSとは当然異なってくる)


 移動力に敷衍して、OCSにおける「戦闘モード(表面)」「移動モード(裏面)」に関してですが、BCSも同じようになっていて用語的には「展開面(Deployed Side)」「移動面(Move Side)」となっています。ところが、OCS信者からするとものすごく驚愕だったのが、BCSではカウンターの表と裏で、どっちが展開面でどっちが移動面なのかが固定されていないということです。じゃあ何が表に印刷されるのかというと、「そのユニットがより頻繁に使用する面」だそうで……。

 最初に挙げた『Baptism By Fire: The Battle of Kasserine』のユニットの画像の表裏を見比べてもらうと、枢軸軍のすべてと連合軍の上の方のユニットは、表面の方が移動力が大きく、「移動面」になっています。が、連合軍の下の方の歩兵師団等のユニットは表面の方が移動力が小さく、「展開面」になっています。

 それから、移動力をOCSと見比べてみると、BCSの方は、

・展開面の徒歩移動タイプは4移動力だが、展開面の戦術移動タイプは3~6移動力と、徒歩への優越度が小さい(OCSだと3に対して6~8という感じ)。
・徒歩移動タイプは展開面で4、移動面で8(OCSだと3、5という辺りが一番多い)。
・枢軸軍は歩兵まですべて自動車化されているのに、アメリカ軍歩兵師団のユニットは移動面でも徒歩移動なのが「えっ、ほんと?」と思った(OCS『Tunisia II』ではアメリカ軍の歩兵師団は自動車化されている)のですが、OCSより詳細な大隊レベルで見るとこちらがより良いということ?



 次にOCSで戦闘力が記載されているユニットの左下の部分ですが、BCSがより戦術的なレベルである戦車などによる射撃(砲撃)戦闘を扱うということで、そこらへんの種別により細分化され、戦闘時に種別により色々修正が付いてきます。

unit9558.jpg

・「↑」は歩兵。戦闘力はARそのまま。
・「↑」+射撃値というものもあり、機械化歩兵/装甲擲弾兵を表す。


 以下は戦車や装輪装甲車や牽引大型対戦車砲などで、射撃値+ARが戦闘力となる。

unit9557.jpg

・赤色(Red)は一番普通の戦車(Ⅳ号戦車とかパンターとか)による射撃力で、攻勢的なもの(攻勢射撃値)。
・枠のみ無色(Limited)は突撃砲などの、防勢的な使われ方をされるもの(防勢射撃値)。
・白(Light)は装輪装甲車などの、小火器のみのもの(小火器射撃値)。
・黒(Standoff)は88mm砲などの、遠距離で射撃ゾーンを形成するものです(遠距離射撃値)。移動面には射撃値がなかったりして、その状態は「未準備(Unprepared)」と呼ばれます。


 それから、兵科マークの色によって以下のような種別があり、修正が来たりするようです。

unit9555.jpg

・白(Not Hard)は戦闘室が密閉でない、開放天蓋式の駆逐戦車等(歩兵もこの色)。
・黄色(Hard)は戦闘室が密閉(普通の戦車は全部これ)。
・左1/4が赤で残りが黄色(Breakthrough)はティーガーやブルムベアなどの、拠点防御歩兵などの戦車を持たない部隊を蹂躙するのに向いたもの。


 あと、カウンターの下の部分に大きく「Support」と、射撃値(とあれば射程)だけが書かれている支援ユニットというのがあります(画像は左側が表、右側が裏)。

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 これは戦車等を持たない部隊を補強するために派遣された小部隊を表しているそうです。ルールブックを見ると「マップ上の特定の場所に置かれることがない、リアルでないユニット」とあったのですが、普通のユニットの片面がこのタイプであるものもあって、どういうことなのかまだ良く分かってません。

<2020/12/24追記>

 ↑この点について、yuishikani氏からコメントを頂きました。なるほど~。ありがとうございます!

これはマップ上に配置される場合は通常のユニットとして扱われ、マップの特定の場所におかれない場合は、所属するフォーメーションに所属するユニットに分散配置されていることを現します。という2パターンの状態を選べますよ、というユニットが指摘されているようなユニットになります。

BAPTISM BY FIREであれば、イギリスの対戦車砲大隊だったり、ドイツのマーダー装備の大隊をマップ上に登場させるか、または登場させずに師団内の他部隊に分散配置させたとするかといったを選べます。後者の場合は、フォーメーション内に対戦車能力を持っていない歩兵大隊などがあった場合、対戦車能力をもたせることができ、結構有用です。


<追記ここまで>
 


 それから、ここまでのユニットで常に兵科マークの左上に「長方形の中に数値」が書いてありましたが、これはステップ数です。ダメージを受けるとこの残りステップ数が減っていきますが、残り0ステップになって除去されるということ以外には、射撃値が減ったりとかいう効果はないとのことです。




 それから、司令部ユニットはOCSとかなり様相が異なります。

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 移動力は移動面だけに書かれています。左上の数値は「指揮範囲」で、そのフォーメーション内のユニットが通常行動できる司令部からの最大距離。爆発のようなマークの上に書かれているのは「砲兵ポイント」で、BCSには砲兵や航空ユニットが入っておらず、このポイントでそれを表すとのこと。移動面にあるダイスの目が「活性化値」で、6面体ダイスを1個振ってこの目以上で第2活性化が行えます。3が極めて優秀、4が優秀、5が普通、6が劣悪。



 また、フォーメーション毎に補給段列ユニットがあります。

unit9552.jpg



 他にもちょこっとあったりするようですがとりあえず。認識の間違いなどありましたら、ぜひ気軽にご指摘下さい!

 システム面に関しては前掲のブログエントリに書かれていますので、ここではもう書きません。



 ここまで予習しての印象なんですが、これもOCSとの比較で考えてみますと……(BCSは元々OCSの大隊レベルバージョンという構想であったということもありますし)。

 個人的には「OCSは戦闘の不確実性が強いのに、移動における不確実性がなさすぎるのがちょっと問題」という思いはあったので、BCSでは移動できるかどうかが疲労度によって不確実になってくるということで、その面に関して良さそうだとは思いました。

 OCSの魅力である、モードでのトレードオフによる機動戦であるとか、イニシアティブによるダブルターンの破壊力とジレンマとか、戦線後方の重要性とかは保持されているという印象を受けます。

 また、機動戦であちこちで戦車戦などが生起されまくる……というようなことに関して、OCSよりもさらにリアルに再現されるのかもという期待をもっていいんでしょうかね?(^_^;

 OCSは長期のキャンペーン(タイフーン作戦など)を再現するには非常に良いと思うのですが、1ターンが3.5日というスケールですから、2日間だとか10日間だとかの戦いをうまく再現するにはややギリギリ感もあったので、BCSがそこらへん余裕を持って短期の戦いを再現できるというのは期待したいところです。カセリーヌもですし、ブレヴィティ作戦やクルセイダー作戦の再現性に特に期待しています。


<2020/12/24追記>

 yuishikaniさんからいただいたコメントを追記した件についてのツイートに皆さんが付けて下さったコメントが非常に興味深かったので、ここにまとめておきたいと思います。









<追記ここまで>

ソ連軍兵士の強さについて(主にリデル=ハートの『The German Generals Talk』和訳本から)

 『ナチス・ドイツ軍の内幕』(リデル=ハートの『The German Generals Talk』の和訳本)に、ソ連軍兵士の強さについてかなり長い記述があったので、その他の本からの短い文も含め、引用してみたいと思います。


 まずは、以前書いてました『兵士というもの』:ドイツ兵のイギリス、アメリカ、ロシア、イタリア兵観 (2018/10/25)からソ連軍兵士について、引用と私の書いた文も含め、再掲してみます。


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 ……国防軍兵士たちは、ロシアの敵には非常に強い敬意を抱いていた。彼らの犠牲をいとわない姿勢や情け容赦のなさを尊敬し、また恐れていた。「人々には、精神的にも肉体的にも途方もないたくましさがあ」り、「最後の一人まで戦うものなのだ、ロシア兵たちというものは」。「あの狂信的な戦いぶりは、誰一人信じられないようなものだ」。「ロシア兵たちの戦いぶりは薄気味悪い」ほどだという。彼らが死を恐れないさまを、ドイツ兵は呆然と見つめており、魂のない、感覚もない、まさに「ケダモノのような」戦士のように彼らが見えたことも稀ではなかった。
『兵士というもの』P305,6


 ロシア兵の頑強さについてですが、しかしこれはロシア兵自身の性質というよりも、当時のスターリン体制における兵士への扱いの方が大きな要因ではないかとも疑われるような……。

 もちろん、祖国が直接的にドイツ軍によって侵略されているということがあり、そのことについてのプロパガンダ戦略においてスターリンがうまくやったという面もあるとは思います。しかし、撤退しようとする兵士達を後方から機関銃で撃ち殺したり、怯懦な振る舞いをした将軍や兵士達を処刑しまくったりとかしている(ドイツ軍や日本軍でもそこまではやってなかったと思うのですが)ので、そもそもロシア兵達は板挟みの中で死ぬまで戦うしかなかったのではないかとも……。
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 次に、『イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45』から。この本はソ連軍兵士の内情について非常に詳しいのですが、彼らの置かれた苦しい情況についての記述が多く、「ソ連軍兵士はなぜ強かった(と外からは見えた)のか」という点についてはほとんど書かれてませんでした(^_^;

「おそらく世界でロシア人ほど軍隊に向いた人種はないだろう」。英国陸軍のマーテル中将は1930年代にロシア軍の演習に招かれて、このように語った。「戦場における勇敢さは、誰もが認めるところだ。しかし、最も顕著な特徴は、驚くべき肉体的強靱さと耐久力である」
『イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45』P64,5


 また、政治将校優先の状態が1942年末に解除されたことによって、現場がやりやすくなったというような事が書かれていて、興味深かったです(それまでどれだけやりにくい状態であったかということですが……)。

 1942年10月9日、指揮命令系統におけるポリトルク【政治将校】の特権は消滅した。それでも、彼らの役目は残った。共産主義思想と士気を鼓舞し、公式発表を一人残らず周知させるのが仕事だった。彼らの承認がなくても、多くの事柄が進むようになった。このころから将官は、党の関与なしに作戦上の決定ができるようになった。
 生粋の軍指揮官たちは、裁量の余地が広がったことを知った。チュイコフが書き残している。ヴォルガ沿岸で学んだ最も重要なことは「計画書が来るまで待たない姿勢だった」。彼と同僚は決定を下す権利を尊重した。士官が現場で下す短期的な決定だけではなかった。新たな実用主義が至るところで台頭してきた。指導者の資質として、思想や政治的基盤より、力量と技能が問われるようになった。スターリンがお気に入りの側近から聞いていた報告に代わり、現在進行形の戦争から生まれる必要性と緊急性が重視された。ソ連軍の歩兵、砲兵、戦車の連携の悪さが指摘された。軍事情報の乏しさも問題視された。何より、規律欠如のため砲撃が手当たり次第で、砲弾を浪費し、戦場で恐慌状態に陥る実態を改める必要があった。結論として、漫画のような英雄譚より訓練に力を入れるようになった。
『イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45』P184,5




 さて、『ナチス・ドイツ軍の内幕』からです。

 赤軍についてのドイツの将軍達の印象というのが、私には非常に興味があり、しばしば啓蒙的であった。それを簡潔な形で最もよく評価したのはクライストである。「最初から彼らは第一級のファイターであり、従って味方の成功はただ訓練が優れていたというだけである。そのうち彼らは経験をつんで第一級の兵士になった。極めて頑強に戦い、かつ驚異的な忍耐力もあったのである。そしてよその軍隊ならば当然必要と思われるものが、大方なくても戦うことができた。またその作戦当局は初期の敗戦から直ちに学び、すぐさま高度な能力を示した。
 他の将軍達の中にはそれと違う意見のものもあり、ロシヤの戦車部隊は手ごわかったが、歩兵の方は一般に、戦術的技術的にみて終始、程度が悪かったという。だが私は、こういう消極的な評価は、主にこの戦線の北半分を受け持っていた将軍達の意見であったことが注目すべきことだと思う。つまりそれは、赤軍の中での有能な部分は主として南部で働いていたということだ。
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P210


 このソ連軍の南北の差というのはなかなか興味深いですね。私自身、1942年末から1943年初頭にかけてのスターリングラード周辺の戦いに最も興味があり、あるいはクルスク後のウクライナ戦線などにもある程度興味はあるのですが、そちらにソ連軍の優秀な部隊は回されていたということなのですね。

 私はルントシュテットに向って、彼が1941年に出合った時の赤軍の長所ならびに弱点と思うところはどこかと聞いたら、彼の答は次の通りであった。「ロシヤの重戦車は、最初からその質においても信頼性においても驚異であった。けれども、ロシヤ軍は我々が予想したほどの砲がなかった。そしてその空軍は、初期の会戦の頃には大きな妨害はしなかった。」ロシヤ側の武器について、もっと詳しくクライストは、「彼らの武器は、1941年の時でさえも非常に良かった。戦車は特にそうである。また彼らの砲は優秀であり、歩兵の武器の大部分――その銃は我々よりも発達していた。そして射撃速度が早かった。彼らのT-34戦車は、世界で最優秀であった。」マントイフェルとの話の中で彼が強調したことは、ソ連が戦車の設計においてまさっていたこと、そして1944年に現われたスターリン戦車において、おそらく今度の戦争中での最良と思われるものを作ってきたということであった。イギリスの専門家はロシヤの戦車を批評して、余り洗練されていない、また種々の作動上の点で細かな装置や器具に欠けている、特に無線操縦装置がない等と言って非難する。けれどもドイツの専門家は、英・米の戦車がむしろこういう細部の具合の良さを強調しすぎて、かえってそのために力と実効力とを非常に大きく犠牲にしていると考えていた。
 また装備の点では、口シヤ軍の装備が一番悪かったのは1942年であったとクライストは言った。前年の損失を回復できず、その年一ぱい、特に火砲に不足した。「彼らは砲の不足を補うために、荷馬車で臼砲をのせて運んでこなければならなかった。」けれども1943年以降、装備は次第に充実してきた。連合国の物資が洪水のように入ってきたし――特に自動車輸送の資材において――これが非常に大きな効果を発揮する一方、ドイツ軍の手の届かないロシヤ東部の工場での増産がさらに大きな理由である。使用された戦車は、ほとんど全部自国の工場で作ったものだ。
 東部戦場でやや意外だったことは、ロシヤが軍の有効な空輸ということをほとんどやらなかったということである。彼らはもともとこの戦闘方式の開拓者であり、戦前、演習では大きな役割を果していたものであったのだが、私はこの問題をシュツーデントと議論した時に、彼は答えて、「私はしばしばロシヤ軍がなぜパラシュート部隊を使わないのだろうかと不思議に思っていた。これは私の想像だが多分その訓練が不充分であったからだろう。飛行と降下の実習が共に不足していたに違いない。せいぜい彼らのやったことと言えば、我々の背後へサボタージュの目的で少数の工作員とグループとを落すだけであった。」
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P211,2



 一般的に言って、ロシヤ軍の指揮能力は上と下とが最強であって、その中間部が手薄であった。ハシゴで言えば、上の方の横木のところは、その自由な判断力の点に関して一応折り紙をつけられた人達によって占められており、それをまた自分のやり方でやることができたのである。また下の方の横木は、これも自分の狭い責任範囲を賢明な戦術的感覚で遂行できる下級士官によって充たされていた。というのは、無能な将校は戦場という冷厳な場所の法則の支配を受けて、すぐさま敵の砲弾のえじきになってしまうから、存在し続けることができないのである。ところがその中間部分の指揮者になると、他の国々の軍隊以上に、いろいろなほかの要素を考慮しなければならなかった。彼らにとっては自分の上級指揮官の命令と判断の方が、敵よりもっとこわかったのである。
 この点に関して、北部戦線のある軍司令官の一人は次のような意味深いことを言っている。「こちらの防御が弾力的にやれる限り、ロシヤ軍にまず攻撃させた方が通常安全であった。彼らはその攻撃の方法において極めて猪突猛進型で、そのアタックを何度でもくり返す。なぜかと言うと、もし攻撃をうち切ったならば、その決心が弱いと思われることをおそれているからなのである。」と。
 ロシヤの兵士達の一般的な性格について、ディトマールは私に面白い示唆を与えた。それは私がロシヤ軍の最大の長所は何だと思うかと聞いた時だ。「まず第一にあげたいことは、その軍隊の、まるで魂も何もないかと思われるような無表情、無感動な関心のなさだ。それは単なる宿命論を越えた何ものかである。形勢が悪くなっても、全くそれを感じないというのではないけれども、一般に他国の軍隊に対して与えるような印象を彼らに与えることは困難である。私がフィンランド戦線で指揮をとっていた間に、ロシヤ軍が実際に私のところへ降伏したことは、たった一度しかなかった。こういう並外れた純感ぶりがロシヤ軍を非常に征服しにくくしている一方、これは軍事的なセンスという点において一番大きな弱点である。というのは、初期の戦闘の段階で、この性癖のために彼らはしばしば包囲せられた。
 ディトマールはさらに加えて、「ヒトラーの特命によって、戦争の後期、ドイツ軍に対してもこの赤軍の間に瀰漫していたのと同じような心理状態にする企てがなされたのである。つまりこの点で我々は口シヤ軍のまねをしたのに対して、ロシヤ軍は戦術面において一層上手に我々のまねをした。彼らは数が多かったから損失は余り問題でなく、このやり方で自分の軍隊を訓練することができたのである。そして、軍隊は言われた通りを盲目的にやることに慣れていたのだ。」
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P213,4



 はじめてロシヤの戦線を攻撃した時、我々が直ちに気がついたことは、ここでは、我々はフランス、ベルギー軍とは根本的に違ったタイプの兵隊達に直面しているということであった。――ほとんどかくれて姿は見えず、極めて巧に壕の中に閉じこもり、しかもその決意は固い。我々はかなり大きな損害を受けた。
 「当時のロシヤは帝制陸軍であった。全体的には善意ではあるが、軍事的には冷酷で、東プロシヤで彼らは撤退する時には、いつでもあたりの町や村を焼き払うくせがあった。それはその後自分の国でも、しょっちゅうやったのである。夕方になって地平線の村々から赤い焔が立ちはじめると、我々はロシヤ軍が撤退しつつあることを知った。奇妙なことだが、住民はそれに苦情を言わなかった。それがロシヤのやり方で、何世紀もの間そうだったのだ。
 「私が、大部分のロシヤ軍の兵士は悪人ではない、気質は良いと言ったのは、それはヨーロッパ・ロシヤの軍隊について言っているのである。もっと野蛮な、アジア、シベリヤの軍隊は、その行動において残虐であった。コサックも同様である。1914年に、こういう調子で東ドイツはひどい目にあった。
 「1914年-18年の時でさえ、戦争の条件は東部の方が一層きびしいということは、我が軍隊に影響を与えた。兵士達は東部よりも西部の方へ行きたがった。西部の戦争というのは、物質と大量の砲の戦であった。――ヴェルダン、ソンム等々すべてにおいて。つまり西部ではこういう要素の方が圧倒的で、それを耐え忍ぶのに骨は折れたが、少くとも我々が相手にしていたものは西方世界の敵であった。ところが東部の戦場ではそれほど多くの砲火はなかったけれども、戦う人間がずっと冷酷なタイプであったから、その抵抗はいつも極めて頑強であった。夜、肉迫戦、森林戦等を特にロシヤ軍は好んでやった。
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P214,5


 ここで言う「東部」「アジア」の軍隊というのは、日本軍と日本兵に関してもあてはまることなのかな、とも思えました。例えばアメリカ兵やイギリス兵が、日本兵に対してどういう印象を抱いていたかというのは興味深い問題である気がします。できれば今後、情報を集積したいところです(ビルマ戦線については将来やろうと思ってまして、資料を集め始めています)。

 最新号の『歴史群像』で『黄禍論』という本が紹介されていて、非常に興味を持ったので、買ってきてあります(まだ読み始めてません)。




 【……】すべての将軍達が、ロシヤ軍の最大の利点は規則正しい補給もなしにやってゆかれるところにあると言って強調したからである。マントイフェルは、しばしば戦車を率いてロシヤ軍の前線深く突破したことがあるが、その彼は最も生き生きとその光景を描いている。「ロシヤ軍の進撃というのは、とても西ヨーロッパ人の理解し得ないものである。戦車部隊が突破口を作ると、後から大体は騎馬の大集団が洪水のように押しよせてくる。兵士は背中に背のうを背負っており、その中には、途中の村や畑で集めた乾パンの切れはしか生野菜が入っている。馬は民家の屋根のワラを食い、他にはほとんど何も食わぬ。ロシヤ人は、進撃中はこういう原始的なやり方で、三週間の長きにわたって耐えられる習慣がついている。だから我々は、これを普通の軍隊のように、補給を断っただけではその進撃を止めることができない。第一、その補給部隊の隊列などはめったにお目にかからないのだ。
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P216


 ここは日本軍と日本兵に関しても、かなり当てはまりそうなことのような気がしました。つまり、日本軍やソ連軍は相当にブラックであり、それに比べればアメリカ軍やドイツ軍は割とホワイトであったということなわけですが(アメリカ軍は沖縄戦でも師団ごと休ませたりしてローテーションするとかしてましたし、ドイツ軍も保証された休暇はどんなに絶望的な戦況であっても自動的に取れるようになっていたようです)。

 『イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45』を読んでますと、ソ連軍が進撃してドイツ国内に入るところになってきますと、ソ連軍兵士達は祖国には元々(戦前から)ほとんど大した物資もなくてそれが当然だと思っていたのに、ドイツ国内には溢れるほど物があってびっくりして、そしてそれらを奪ってどんどんロシア国内の家族の元とかに送っていく、と(ソ連当局自体が、その配達体制を整え、奨励さえした)。ソ連軍兵士からしてみれば、「こんな豊かな国がなんでロシアのような何もない国を攻めなければならなかったのか?」というのは確かに不思議なところだったでしょうね(ドイツ軍側は絶滅戦争を仕掛けており、土地だけ奪って植民しようとしていたわけですが)。

 日本軍にしても、零戦の試作機を運ぶのに牛車で運ぶというような貧しさで、それゆえに当然のようにブラックにならざるを得なかったという気はします。

イギリス陸軍のマーテル将軍について(付:OCS『The Blitzkrieg Legend』)

 最近、複数の文献を漁っているうちに、イギリス陸軍のマーテル(Martel)将軍という人の名前が複数回出てくるので、どんな人物なのか気になってちょっと調べてみました。

 どういう文で出てきたかと言いますと、ホバート関係の英文資料に何回もと、これら。

 軍隊機械化の先進国である英仏の文献をフォルクハイムに教示されたグデーリアンは、カンブレー戦でイギリス戦車兵団(タンク・コーア)の作戦参謀を務め、戦車運用のパイオニアとなったJ・F・C・フラー、英陸軍の大尉であった軍事思想家バジル・H・リデル=ハート、機甲戦の理論構築に功績があった英軍将校ジファード・マーテルらの著書や論文を読みあさった。
『戦車将軍グデーリアン 「電撃戦」を演出した男』P110

「おそらく世界でロシア人ほど軍隊に向いた人種はないだろう」。英国陸軍のマーテル中将は1930年代にロシア軍の演習に招かれて、このように語った。「戦場における勇敢さは、誰もが認めるところだ。しかし、最も顕著な特徴は、驚くべき肉体的強靱さと耐久力である」
『イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45』P64,5


<2020/12/13追記>

 もう一つあったので追記します。

 1936年9月、イギリス軍のサー・アーチボルト・ウェーベル少将率いる視察団は、白ロシアでソ連軍の大規模な演習を視察し、それに参加していたBT快速戦車を高く評価した。中でも視察団員の陸軍省機械化局長補佐(のちに副局長)のG・L・Q・マーテル大佐は、エリス少将らが反対する中でクリスティー戦車の輸入を推進したといわれている。
『歴史群像アーカイブ WWII 戦車大研究』P113


<追記ここまで>




 ジファード・マーテルの写真はこちら(フリーライセンスではないようなのでブログ上には貼らないでおきました)。


 英語版Wikipdia「Giffard Le Quesne Martel」によりますと、第一次世界大戦中に戦車(戦)に興味を持ち、フラーを補佐して作戦計画などを考案。戦間期には戦車を自分で作ったり、軍用橋梁を開発したり(ドイツ軍もそれらをまねて作った)。イギリス軍内における戦車開発や戦車戦に関する業務にかかわります。

 第二次世界大戦前に第50歩兵師団の師団長に任命され、イギリス大陸派遣軍の一員としてフランスに渡り、1940年のアラスの戦いでロンメルの第7装甲師団に対して反撃をおこないます(Wikipedaには「ドイツ軍の戦線を8マイル後退させた」とあります)。

 ↓OCS『The Blitzkrieg Legend』の第50歩兵師団(→OCSユニットで見るイギリス軍の第50歩兵師団(西部戦線のイギリス軍歩兵師団) (2020/11/08))。

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 イギリス大陸派遣軍の撤退後に王立戦車兵団の司令官となりますが、その後この地位が廃止され、ビルマやインドに赴任した後、在ソ連軍使節団長となって、色々見てまわったようです。クルスクの戦いに関しても何か色々言っていたようなので、新刊のこの本にも出てきたりするのでしょうか……?(私はクルスク戦にはあまり興味がないですし、積ん読の本がありすぎるので、購入しないでおこうと思ってますが)






 一方、Wikipediaよりも批判的なこともバシバシ書いていくスタイルである『Biographical Dictionary of British Generals of the Second World War』によりますと(位置No.5018)、

 アラスでの即席の反撃の際に「特に激しい砲撃を受けた」部隊の後ろに陣取ったが、彼自身の説明によると、敗残兵を回復させ、戦線を安定させた(Martel, 1949, 160)。しかし、戦車部隊の将校からは「彼の指揮官、戦術家としての力は理論家としての彼の才能には及ばない」との批判があった(DNB)。


 1940年以降はイギリス国内で、いったん退役したものの再び戦車に関わり始めたホバートと一緒に色々と戦車関係のことで協力していくのですが、

 しかし、建設的であろうとする彼の努力の中で、同僚、特にホバートとは喧嘩をし、現場の指揮官を困らせる傾向があった。オーキンレックは彼を「少し自己満足に傾いている」(Dill, 2nd. acc. 6/2/12, LHCMA)とみなし、ブルックは明らかに彼を嫌っており、王立機甲兵団司令官のポストを廃止するほどであった。



 在ソ連軍使節団長の任務に関しても、帝国参謀本部総長であったアラン・ブルックは「he did not appreciate very much(この任務に向いていない、ということ? あるいは、彼はこの任務をありがたいと思っていなかった、ということ?)」と書いており、そのなんだかなぁな様子が『French Intelligence 研究』というブログ?の「第1章 ロシアとの共闘(4)」というページに詳しく書かれていました(ページ内でCtrl+Fして出てくる検索窓に「マーテル」と打って検索すると良いです)。


 その後、失明したり、娘さんが亡くなったりと、彼のキャリアは「失望の連続で終わった」とのことで、気の毒ではあります。

 

イギリス軍公式の第二次大戦史シリーズを探してみました

 そういえばと思って、イギリス軍公式の第二次大戦史シリーズを探してみました。

 このシリーズですが、私は以前1940年のフランス戦に興味を持っていた時に、ネット上で当時のイギリス大陸派遣軍について扱った『The War in France and Flanders 1939-1940』というサイトを見つけて時々見ていたのですが、一時期見られなくなったため、その元の書籍版らしき本を買って持っていたのです。そして先日、ビルマ戦関係の本を検索していた時にこのシリーズの本が出てきていたように思うので、「そうか、シリーズでいっぱいあるのだな」と思っていたのでした。


 『The War in France and Flanders 1939-1940』に関して書いていた過去のエントリは↓こちら。
イギリス大陸派遣軍のサイトが消えたぁ…… (2011/05/15)
1940年5月22日のブーローニュ戦 (2011/09/20)
OCS『The Blitzkrieg Legend』:イギリス海外派遣軍(BEF)の配置を調べてみる (2019/05/17)


 私の持っている『The War in France and Flanders 1939-1940』の印象ですが、非常に分厚く(400ページ程度)て、地図も結構入っており、別表(戦闘序列とか)も充実していて、良い感じのように思えます。もちろん、出版年的には古いのだと思いますが、書評を見ていても評価は高めに思えます。



 さて、探してみたところ、いっぱいあったのですが、一部のものはKindle版がえらい安い!

 以下、並べてみます(『The War in France and Flanders 1939-1940』の巻末に載っていたシリーズ一覧の順番で)。左が書籍版、右がKindle版です(あれば。一部のKindle版で評価が低いのは書籍版にはある地図や別表がなかったりするもののようです)。

<2020/02/02追記>

 一部のものはネット上に公開されてるのを見つけました(フランス戦のものが公開されているのだから、そりゃそうか……)。↓以下からリンクされています(他にも関係資料の名前が大量に挙げられており、一部のものはリンクが張られています。特に空軍関係)。

HyperWar: United Kingdom Official Histories

 Amazonへのリンクの場所にも、ネット上にあるものはリンクを張っておきます。ちょっと見てみたのですが、地図のデータが結構大きいのがあっていいですね。

<追記ここまで>


・『The Defence of the United Kingdom』 → ネット上のThe Defence of the United Kingdom






・『The Campaing in Norway』 → ネット上のThe Campaing in Norway






・『The War in France and Flanders 1939-1940』 → ネット上のThe War in France and Flanders 1939-1940






・『Victory in the West Volume I: The Battle of Normandy』






・『Victory in the West Volume II: The Defeat of Germany』






・『The Mediterranean and Middle East Volume I: The Early Successes against Italy (to May 1941)』

 → ネット上のThe Mediterranean and Middle East, Volume 1: The Early Successes Against Italy, to May 1941






・『The Mediterranean and Middle East Volume II: The Germans Come to the Help of their Ally (1941)』

 → ネット上のThe Mediterranean and Middle East, Volume 2: The Germans Come to the Help of Their Ally, 1941






・『The Mediterranean and Middle East Volume III: British Fortunes reach their Lowest Ebb (September 1941 to September 1942)』






・『The Mediterranean and Middle East Volume IV: The Destruction of the Axis Forces in Africa』






・『The Mediterranean and Middle East Volume V: The Campaign in Sicily 1943 and the Campaign in Italy - 3rd September 1943 to 31st March 1944』






・『The Mediterranean and Middle East Volume VI: Victory in the Mediterranean Part I: 1st April to 4th June 1944』






・『The Mediterranean and Middle East Volume VI: Victory in the Mediterranean Part II: June to October 1944』






・『The Mediterranean and Middle East Volume VI: Victory in the Mediterranean Part III: November 1944 to May 1945』






・『The War against Japan Volume I: The Loss of Singapore』






・『The War against Japan Volume II: India's Most Dangerous Hour』






・『The War against Japan Volume III: The Decisive Battles』






・『The War against Japan Volume IV: The Reconquest of Burma』






・『The War against Japan Volume V: The Surrender of Japan』






・『The War at Sea 1939-45 Volume I: The Defensive』 → ネット上のWar at Sea 1939-1945, Volume 1: The Defensive







・『The War at Sea 1939-1945 Voulme II: Tthe Period of Balance』 → ネット上のWar at Sea 1939-1945, Volume 2: The Period of Balance






・『The War at Sea 1939-1945 Voulme III: Part I The Offensive 1st June 1943-31 May 1944』






・『The War at Sea 1939-1945 Voulme III: Part II The Offensive 1st June 1944-14th August 1945』






 私はとりあえず、100円であったKindle版の『The Mediterranean and Middle East Volume I: The Early Successes against Italy (to May 1941)』を購入してみました。ざっと見てみたところ、地図も別表も入っており、地図は拡大はできませんが、ぎりぎり実用に足るレベルではないかと思えました。

ロンメル麾下の将軍達に関する洋書と、2009年出版の北アフリカ戦洋書

 北アフリカ戦ゲームが付録の『コマンドマガジン日本版 #148』に、大木毅氏の北アフリカ戦に関するヒストリカルノートが付いているのですが、その参考文献を今までチェックしていなかったことに気付いてチェックしてみましたところ、ロンメル麾下の将軍達に関する本がありました。





 個人的に今まで、クリューヴェルやネーリングやバイエルラインなどに関しての資料(主に人物像的な)の欠落を感じていたので、これらの本で補完できるのかも……?(人物像に関しては大して書かれていない可能性もびんびん感じますが(^_^;)


 また、他の本もチェックしてみた中で、↓は個人的にかなり良さげでした。



 書評によると、北アフリカ戦の戦闘に焦点を当てた本ではなく、ドイツ軍やイタリア軍の上級司令部とロンメルとのやりとりに焦点を当てた本で、ロンメルの欠点についても色々書かれているとのこと(本の中のスペルミスや事実誤認なども書かれていましたが(^_^;)。2009年の出版で、結構新しめの本でもあります(参考文献一覧には他にも、2018年出版のドイツ語本や2019年出版のロンメル本も挙げられていましたが、両方とも割と初心者向けの本のようでした)。

 この2009年の本は個人的な興味の部分にぴったり合うのでぜひ購入したいとも思ったのですが、先に北アフリカ戦の連合軍側の将軍について自分の中でまとめてからにしようかと。今回リンクを貼った3冊の本はどれもKindle版がないのですが、数年待てばもしかしたらKindle版が出るかもしれないし……?


 あと、チェックの過程でこういう本も見つけたのですが……。



 喜び勇んで見に行ったものの、1922年から1940年(開戦時)までを分析した本だそうで、いやいや、開戦からムッソリーニ失脚時までなら買ったのに……(T_T)

 

BCS『Brazen Chariots』の推薦図書、推奨文献目録を摘まみ読みしてみました

 ちょっと思いついて、BCS『Brazen Chariots』のルールブックの巻末にある、推薦図書、推奨文献目録を摘まみ読みしてみました(ここで公開されてます)。

 『Brazen Chariots』にそういうものがあるというのは、市川丈夫氏の【参考文献】Barrie Pitt「The Crucible of War」で読んで知ったことでした。感謝!


 推薦の度合いが高い推薦図書(Recommended Reading)には2つの作品が挙げられていて、その最初のものが市川さんも書かれていたBarrie Pittの『The Crucible of War』でした。ただ、どういう風に良いのかというのは全然書かれていなくて、「必読(essential reading)」とだけ。



 地図がなく細かい章立てもないのは市川さんも書かれていたとおりでしたが、値段的にはかなり安いです(Kindle Unlimitedなら無料、Kindle版なら3冊全部で1000円程度、ペーパーバック版でも3冊全部で5000円程度)。



 推薦図書の2つ目がゲームタイトルになっている『Brazen Chariots』で、クルセイダー作戦に参加した第3王立戦車連隊の中尉だった人が書いた本で、絶賛されています。





 ただ私は、軍司令官~軍団長~師団長クラスの「作戦的」な話が一番好きで、連隊長以下の「戦術的」な話にはあまり興味がないので、そこらへんはパスで……(逆に、戦術的なことに興味のある方にとってはお宝の山だと思いますので、以下の推奨文献目録も含めてぜひ目を通してみることをオススメします!)。


 推奨文献目録(Selected Bibliography)には多くの作品やウェブサイトが挙げられていますが、その多くが特定の部隊の動きなどに対象を絞ったり、クルセイダー作戦などを詳細に記述した「戦術的」なものっぽいです。もちろん、BCS『Brazen Chariots』が扱っているのはそこらへんなので当たり前ではあります(そういう意味でこのゲームシリーズが私に合うかどうかの不安もあったのですが、ユニットを改めて見てみたところ、連隊は大隊に分割されているものの、それ以外はほとんどOCSの部隊規模の変わらない感じであったので、大丈夫かなという気がしています)。

 というわけで、眺めていて私が個人的に興味を惹いたところだけ……。



 オスプレイの本が2冊?紹介されてますが、筆者(多分、リサーチ専門家のCarl Fung氏)は「私はいつもオスプレイの本をばかにしているのだが……」と書かれていて「ぶほっ」となりました(^_^; 私などは、オスプレイが初心者向けにまとめてくれている本を「ありがたやありがたや……」と読ませていただいています<(_ _)>



 『Rommel's Afrika Korps: Tobruk to El Alamein』の方は筆者も「非常に良い」と評価されています。『Crusader the Eight Army's Forgotten Victory』の方は私らなんかが良く見ているオスプレイ本とは違うのかもですが、「この本よりBarrie Pittの『The Crucible of War』を読んだ方がいいよ」と書かれています(^_^;



 イタリア軍関係の本では、私も買った『Iron Hulls, Iron Hearts: Mussolini's Elite Armoured Divisions in North Africa』が最後に紹介されていたのですが、「包括的だが(その意味では良いが)、問題がある。イタリア軍が活躍した事例が選り好みして取り上げられており、イタリア軍がドイツ軍に対して貢献したという、作者が言いたい物語に寄せられて書かれているように私は感じた。」という風に書かれていました。



 私は途中まで読んだのですが、最初の方の、イタリアがいかに国力がなく、機甲師団というものを編成するのが難しかったかというようなくだりは個人的にある程度以上面白かったです。ただ、その後実際の戦場での話になると、戦術的過ぎて私にはつらい感じが(^_^; 「選り好み」というのはそれはそうでしょうね~。ただ、「専門家からはそのように映った」ということが分かった上で読めるというのはありがたい情報提供であると感じます。


 またこの欄には「(先に紹介した)ウェブサイトのCommand Supremoの方がバランスが取れている」とも書かれていまして、↓ここ。

Command Supremo Italy in WW2

 「Command Supremo」というのはイタリア軍最高司令部のことで、英語で書かれた、第二次世界大戦のイタリア軍に関する情報集積的なサイトでしょうか?

 個人的には伝記の記事があって、それに人物像に関して書かれているなら……と思って試しにいくらか見てみたのですが、それはどうも期待できなさそうでした。ただ、私が買って読んでいる『Sacrifice on the Steppe: The Italian Alpine Corps in the Stalingrad Campaign, 1942-1943』の書評のページがあって、ある意味批判的なことも書かれているのが大変参考になりました。



 以下、DeepL翻訳(一部修正)で一部を引用してみます。

そもそもこの本が何のための本ではないのか、ということが一番の出発点である。ロシアのアルピニ隊の軍事史ではない。いつものように、私は読み始める前にまず書誌をスキャンした。キャンペーンの詳細な「軍事史」に近いものは一つも載っていない。キャンペーンの歴史に近づく最高のタイトルはアントニー・ビーヴァーの『スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943』、FaddellaのStoria delle truppe alpine 1872-1972; MesseのLa Guerra al fronto russo;そしてValoriのGli Italiani in Russiaであろう。欠落しているのは、『Germany and the Second World War』のような、イタリアの将校達や他の兵士隊に焦点を当てた本である。

これはこの本の最大の弱点である、著者が提示していることを説明するのに十分な確固たる歴史がないことを浮き彫りにしている。私は1942-43年のARMIRの出来事についてある程度の知識を持っていますが、物語の歴史を理解し、より大きな出来事の文脈の中でそれを配置するためには、Le operazione delle unità italiane al fronte russoを参照しなければなりませんでした。ロシアでのイタリア軍の作戦に何の背景もない読者にとっては、何が起こっているのかという点で行動を追うのは難しいだろう。日付がまばらに使われている(あるいは撤退の11日目に言及されている)こともまた、読者の妨げになっており、時間内の出来事を関連付けるために、確認したり再確認したりすることを余儀なくされている。

本書が提供するのは、参加者自身が経験し、語った感情、認識、感情を通して、これらの出来事の物語である。ハミルトンが行ったことは、彼らの日記、手紙、記事、インタビューなどを一つの物語に織り交ぜることで、アルピニのロシアでの経験を読者のために描くことである。文章の2/3から3/4はアルピニ自身の言葉であると私は推測している。これらはそれ自体が強力な物語であり、軍事史ではしばしば提供されないレベルでキャンペーンを記述しています。物語は、将校とアルピーニの両方の10-12人の男性を追跡し、彼らにロシアでの経験の物語を語らせる。断続的にしか記録を残さなかった者や、戦争を生き残らなかったアルピニの追加的な記述が織り込まれている。

これは興味深い読み物である。イタリア人がなぜロシアで兵役に就いたのか、装備や物資の不足、ドイツ軍や他国の軍隊との関係、天候の残忍さなど、さまざまな話題が語られています。これらの人物の著作に共通しているのは、ロシア人の寛大さとドイツ人の残忍さである。

【……】

本書は、英雄的なアルピーニのすべてが描かれているわけではなく、参加者全員がイタリア兵の明るい面と暗い面の両方を描いています。私が感じたのは、イタリアの兵士は人間であり、絶望的な時代には、偉大な偉業と非人間的な行為を行うことができるということです。

私がこの本をお勧めする理由は、このような出来事を個人的に見ているからです。イタリア兵の考えや感情をより深く理解することで、イタリア兵に対するあなたの考えを変えることができるはずです。



 イタリア語の本が挙げられているのが特にありがたく、必要があれば入手して、今であればDeepL翻訳である程度は読むこともできるのかもと思います。

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

 ブログで書いた物のうち、

 OCS関係の記事は

「OCSの物置2」



 戦史物の記事は

「戦史物の物置」


 で、アクセスしやすいようにカテゴリ毎にまとめてありますのでそちらもどうぞ。

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