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『Hitler's Commanders』などから、ヴィータースハイム将軍について(付:OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』)

 承前、『Hitler's Commanders: Officers of the Wehrmacht, the Luftwaffe, the Kriegsmarine, and the Waffen-SS』からヴィータースハイム将軍の項を訳してみました。他の資料からの記述も交えつつ、書いていこうと思います。





 なぜヴィータースハイム将軍かというと、OCS『The Blitzkrieg Legend』で第14自動車化軍団の司令官として出てきて、尼崎会の一部でなぜか人気だからです(?)。

 写真はWikipediaにはないようなのですが、Pinterestで見られます。


 『Hitler's Commanders』上での記述ですが、経歴的なものはいいとして、興味深かったものだけ(位置No.1563辺り)。

 1936年10月6日にエアフルトの第29歩兵師団長の地位に就いた。彼は自動車化歩兵師団へと直接談話し、機動作戦を指揮する天性の才能を発揮して、第29歩兵師団を世界最高の師団の一つにした。その結果、歩兵大将に昇進(1938年2月1日)し、3月1日にザクセン=アンハルト州のマグデブルクで第14自動車化(後に装甲)軍団の指揮を任された。


 第29自動車化歩兵師団といえば、スモレンスクを陥落させた師団ではないですっけ? すげぇ……。


 ↓OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』の第29自動車化歩兵師団。

unit9563.jpg

 他の自動車化歩兵師団よりもアクションレーティングが高かったりするかとも思いきや、まったく同じでした(^_^;


 
 また、戦前の時点ですでにヒトラーの不興を買っていたようで……。

 1938年、ヴィータースハイムは、チェコスロバキアへの侵攻の際に、西部戦線の参謀長に任命されていた。彼はヒトラーの計画に声高に反対し、ジークフリートラインの防衛状況の悪さを独裁者の面前で批判した。ポーランド、フランス、バルカン半島、ソビエト連邦で軍団司令官として優れた記録を残したにもかかわらず、彼が軍司令官になることがなかったのは、このためであったようだ。
『Hitler's Commanders: Officers of the Wehrmacht, the Luftwaffe, the Kriegsmarine, and the Waffen-SS』位置No.1563




 ヴィータースハイムはスターリングラード攻略戦の時に、撤退を主張してパウルスから解任されました。

 スターリングラードの戦いの初期に、ヴィータースハイムはドン川からヴォルガへの前進を守るために戦車を使用したが、これは装甲陣形の不適切な使用であると批判された[3]。 直後、赤軍部隊からの非常に強い抵抗に遭遇したヴィータースハイムは、ヴォルガのすぐ西にあるスターリングラードの北の突出部での彼の部隊の死傷者が多かったために、ドン川への部分的な撤退を提案した。無能かつ敗北主義的な行為を取ったとみなされた彼は、ドイツ第6軍司令官であるフリードリヒ・パウルスによって指揮を解かれ、その後、ヒトラーによって解任された。
英語版Wikipedia「Gustav Anton von Wietersheim」



 しかしむしろ、ぽっと出のパウルスより、ヴィータースハイムが第6軍司令官であった方が良かったのではないかとも……。

 一流の軍事的天才とは思われていなかったが、ヴィータースハイムは確かに堅実で、経験豊富で、非常に有能な将校であった。第6軍の司令官としては、優柔不断なフリードリヒ・パウルスよりも、彼の方がはるかに良かっただろう。もちろんヴィータースハイムもそのことを知っていた。彼が新人【パウルスのこと】に抜かれたのを恨んでいたのは間違いない。
『Hitler's Commanders: Officers of the Wehrmacht, the Luftwaffe, the Kriegsmarine, and the Waffen-SS』位置No.1563




 その後彼は、末期戦の時には国民突撃隊の一兵士として戦ったのだとか……?(泣ける)

 歴史家のアラン・クラークによると、ヴィータースハイムは解任された後にドイツに戻り、軍事的な文脈では唯一、1945年にポメラニア国民突撃隊の一兵卒として登場した[11]。
英語版Wikipedia「Gustav Anton von Wietersheim」



 彼は1974年に西ドイツのボンで亡くなったそうです。

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『Hitler's Commanders: Officers of the Wehrmacht, the Luftwaffe, the Kriegsmarine, and the Waffen-SS』で取り上げられている人物一覧

 北アフリカ戦線のイギリス軍将軍や、ドイツ軍の将軍達の列伝的な洋書を発見! (2020/11/29)で書いてました、Hitler's Commanders: Officers of the Wehrmacht, the Luftwaffe, the Kriegsmarine, and the Waffen-SS』をちょっと覗いてみました。





 どうも一人あたりの記述量は1~3ページ程度かもで、オスプレイの本と大して変わらないかとも思います。しかし、ペーパーバック版で351ページもあるということなので、オスプレイの本が一冊40ページ程度なのに比べるとはるかに多人数を扱っていますし、値段的にもKindle版なら1500円くらいで安めかと(オスプレイの本は大体2000円以上します)。

 内容もどんなもんかと思って試しにヴィータースハイム将軍の項をDeepL翻訳で見てみたのですが、その件はエントリを改めることとして、もしかしたら興味を持たれたかもしれない方のために、取り上げられている人物の一覧を挙げてみようと思います。

THE GENERALS OF THE HIGH COMMAND
Wilhehn Keitel. Alfred Jodl. Bernhard Lossberg. Georg Thomas. Walter Buhle. Wilhelm Burgdorf. Hermann Reinecke. Friedrich “Fritz” Fromm.

THE WARLORDS OF THE EASTERN FRONT
Fedor von Bock. Ritter Wilhelm von Leeb. Georg von Kuechler. Georg Lindemann. Friedrich Mieth. Count Hans Emil Otto von Sponeck. Gotthard Heinrici.

THE GENERALS OF STALINGRAD
Friedrich Wilhelm Paulus. Walter von Reichenau. Gustav von Wietersheim. Victor von Schwedler. Walter Heitz. Karl Strecker. Walter von Seydlitz-Kurzbach. Arthur Schmidt. Wolfgang Pickert. Erwin J aenecke. Hans Valentin Hube.

THE COMMANDERS IN THE WEST
Nikolaus von Falkenhorst. Hugo Sperrle. Friedrich Dollmann. Rudolf Stegmann. Baron Hasso von Manteuffel. Baron Diepold Georg Heinrich von Luettwitz.

THE PANZER COMMANDERS
Heinz Guderian. Hermann Balck. Walter Wenck. Traugott Herr. Wolfgang Fischer. Karl Decker. Dr. Heinz Goering.

THE LORDS OF THE AIR
Hermann Goering. Erhard Milch. Walter Wever. Ernst Udet. Wilhehn Balthasar. Hans “Fips” Philipp. Otto “Bruni” Kittel. Prince Heinrich zu Sayn-Wittgenstein. Erich Hartmann. Hans-Joachim “Jochen” Marseille. Kurt Andersen.

THE NAVAL OFFICERS
Erich Raeder. Hermann Boehm. Wilhelm Marschall. Gunther Luetjens. Karl Doenitz. Guenther Prien. Joachim Schepke. Otto Kretschmer. Wolfgang Lueth. Erich Topp. Engelbert Endrass. Lothar von Arnauld de la Periere.

THE WAFFEN-SS
Theodor Eicke. Paul Hausser. Josef “Sepp” Dietrich. Helmut Becker. Michael Wittmann. Gustav Knittel.


北アフリカ戦線のイギリス軍将軍や、ドイツ軍の将軍達の列伝的な洋書を発見!

 『Archibald Wavell』 (Command Book 28)に目を通してましたら、Correlli Barnettという著作家が1960年に書いたという『The Desert Generals』という本からの引用が載ってました。




 引用文が良さげでもあったのでAmazonで検索して書評を見てみたところ、北アフリカ戦線のイギリス軍の将軍達にフォーカスして書かれた本で、モントゴメリーに対してかなり辛口であるという指摘はあったものの、かなり良さそうで、Kindle版の値段も安かったので、購入してみました。


 また、この著者名で検索してみたところ、『Hitler's Generals』という本を発見。書評からはあまり詳しいことは分からないのですが、☆の数は非常に高めで、目次を見てみたところ、(興味のない)戦争前の将軍やカイテル、ヨードルなんかは除くと、

ルントシュテット、ライヘナウ、マンシュタイン、クライスト、ケッセルリンク、ロンメル、モーデル、アルニム、パウルス、ゼンガー(全然知らなかったのですが、モンテ・カッシーノの戦いの時の指揮官だそうで)、クルーゲ、ディートリッヒとマントイフェル、グデーリアン、シュトゥデント

 について、一人(ディートリッヒとマントイフェルは二人まとめて)につき20~30ページ程度で、様々な著作家によって書かれた列伝形式の本になっているようでした。ハードカバーの古書が1000円ちょっとで買えたので、これも購入(スキャンしてDeepL翻訳で読むので、ハードカバーの方が広げやすくていいのです)。





 また、Amazon側からの関連本の提示で、『Hitler's Commanders: Officers of the Wehrmacht, the Luftwaffe, the Kriegsmarine, and the Waffen-SS』という本が出てきました。



 書評によると、将軍達が戦場でどのように戦ったかではなく、人格面やナチスとの関係性によりフォーカスした本だそうで、人物像が知りたい私にとってはマストバイな本だと思ってこれも購入(Kindle版を)。


 同じ著者で、『Men of Barbarossa: Commanders of the German Invasion of Russia, 1941』という、1941年中の東部戦線におけるドイツ軍指揮官達に関する本もあったのですが、書評を見てみた感じでは私が興味ある分野を深掘りした感じではないので、とりあえずパスで(著者に関するWikipediaを見てみたら、結構批判もあるようです)。




 それから、『Stalin's Generals』という本もAmazon側から提示してきまして、「こ、これは!」と大興奮したのですが、書評によると経歴やなんかが詳しく書かれていて人物像的なことはほとんど書いていないっぽいので、購入はやめておきました(>_<)






 ドイツ軍の将軍達に関する本としては、これまでに以下のものを買っていましたが、どれも一人の将軍に関する記述量は多くなく(『ナチス・ドイツ軍の内幕』は時々詳しいですが)、「ドイツ軍の多数の将軍達の人物像的な面を知るのはドイツ語文献によるしかないのだろう……」と諦めていたので、嬉しいです。ただまあ、オスプレイ本にはまだ目を通してもなかったので、とりあえず入門的に読んでみるべきですね……(仕事の移動中に読む本にしようかと思います)。




イタリア領東アフリカ総督アオスタ公アメデーオと、東部戦線の快速師団「アオスタ公アメデーオ」(付:OCS『Case Blue』)

 OSPREYのCommandシリーズの『Archibald Wavell』 (Command Book 28)をDeepL翻訳を使って読んでいましたら、ウェーヴェル将軍麾下の英連邦軍と戦ったイタリア領東アフリカ総督アオスタ公アメデーオに関して、興味深い書き方がされていました。





Amadeo Aosta3rd 01

 ↑イタリア領東アフリカ総督アオスタ公アメデーオ(Wikipediaから)

 アオスタ公アメデーオはイタリア国王の従兄弟であった。騎士道精神に富み、教養があり、イギリス好きで有名であったため、とりわけ、ムッソリーニに嫌われていた。アオスタ公は、1937年からイタリア東アフリカ総督、エチオピア総督を務めていた。イタリア領東アフリカでエチオピア総督を務めていたグラツィアーニ将軍が野蛮で先住民との関係を害していると判断されたため、アオスタ公が選ばれて代わりにその役職に就いたのである。しかし、ムッソリーニはまた、彼を冷酷さと指揮官としての軍事能力に欠けていると考えていた。アオスタ公は1941年5月17日、負傷者の虐殺を防ぐために軍の残余とともに降伏し、1942年にはケニアで捕虜となって死亡した。
『Archibald Wavell』 (Command Book 28)位置No.952


 この人物の存在は以前から知っていたのですが、こういう興味深い記述を見たことがまったくなかったので、全然関心を持っていませんでした(^_^; もちろん、この記述がどれくらい正確かは分からないわけですが。

 イタリア語版Wikipedia「Amedeo di Savoia-Aosta (1898-1942)」をDeepL翻訳で読んでみると、父から特権を持たない一人の兵として扱われるように送り出されたり、国王の背の低さをからかって宮廷から追い出されてアフリカの石けん工場で単純労働者として仮名で働いたり、帰国してパレルモ大学で植民地問題を道徳的観点から検証し、先住民族に対する国家主権の賦課は、植民地化された人々の生活条件を改善することによってのみ道徳的に正当化されると主張したり。

 パイロットとして多数の偵察飛行をしたりしたのちに空軍関係で指揮官位を歴任し、征服されたエチオピア(イタリア領東アフリカ)の元皇帝ハイレ・セラシエに尊敬の念を示して感銘を与えたり、アディス・アベバから去る時に地元の女性や子供たちの保護を頼む手紙をイギリスのコマンド部隊宛に書いたりするなど紳士的な行動で知られ、降伏した際には英連邦軍の兵士達はアオスタ公アメデーオへの敬意を表しただけでなく、その健闘への賞賛の印として、武器の保持を認めたのだとか。



 「アオスタ公アメデーオ」という名前と言えば、東部戦線でイタリア軍の「快速師団」とも言われる騎兵と自動車化歩兵と軽戦車の混合部隊が「アオスタ公アメデーオ」という名前です。この師団の名前がこのイタリア領東アフリカ総督アオスタ公アメデーオから付けられたのかどうか今回調べてみたところ、イタリア語版Wikipedia「3ª Divisione celere "Principe Amedeo Duca d'Aosta"」によれば、彼の3代前(祖父)のアメデーオ・フェルディナンド・マリーア・ディ・サヴォイア=アオスタにちなんでいたようです。この祖父は当時イタリア王となった兄の分家としてサヴォイア=アオスタ家当主となり、その後スペイン王(日本語版Wikipedia「アマデオ1世 (スペイン王)」)にまでなったものの、自ら退位したのだとか。


 ↓OCS『Case Blue』の快速師団「アオスタ公アメデーオ」

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 ある程度頼りになる強さを持っていますが、『Case Blue』上では、青作戦時にはSPがもっと頼りになるドイツ軍装甲師団にまわされ、そして小土星作戦時には圧倒的なソ連軍の波に飲まれてしまう感じかとは思われます……。

 青作戦の途中で、ドン川沿いの戦線を守るために騎兵突撃でソ連軍を蹴散らした(ヨーロッパで最後に成功した騎兵突撃)のは、「Savoia」と書かれているユニットです(その場所等については→イタリア軍のメッセ将軍は、ドイツ軍に激怒して騎士鉄十字章を投げ捨てた?(が、その後も佩用し続けた) (2020/10/09))。


c3i 33号 『Waterloo Campaign, 1815』の和訳(暫定版)を作りました

 c3i Nr33 『Waterloo Campaign, 1815』の和訳(暫定版)を作りました。

 本ゲームは、2019年にGMTの機関誌?『c3i』の33号の付録ゲームとして出版されたゲームです。2018年の32号の付録ゲームで好評であった(らしい)『Gettysburg』のシステムで作られています。2019年のチャールズ・ロバーツ賞ナポレオニックゲーム部門と雑誌付録ゲーム部門にノミネートされましたが、受賞は逃しました。

 フルマップ1枚で、ユニットは39個、マーカーが3個です。基本的には軍団規模。

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 ↑c3i誌としては他にも色々入ってますが、『Waterloo Campagin, 1815』のコンポーネントだけを抜き出したもの。箱入りのデラックスエディションも出版されるようです。



 私は2020年初頭かにその存在を知って以来、気にはなっていたのですが、購入のふんぎりまではついていませんでした。1ユニットずつの交互手番であるという話も、肯定的に捉えて良いのか否定的に捉えて良いのか分からず……。が、(どういう理由でかは良く知りませんが)割とリアルな戦場での動きが再現されるらしいとかいう話をたまたまツイッターからのリンク先で読んで、「ままよ」と購入を決意しました(が、日本の通販先では見つからなかったので、古角さんから購入)。

 和訳がどこかに落ちてないかな~、と思って探してみたものの見つからず(どこかにあるんでしょうか?)。サマリー的なものが落ちているのは見つけたのですが、それだけではプレイできないので、ちょっと前から和訳を始めてみました。

 で、一応ほぼできてきた(実質的にはルールは4ページしかないのです。字は細かいですが)ものの、ちょっと良く分からない点もあるなと思ってエラッタを探してみたものの見つからないのでしょうがなくBoardGameGeekでの質問等のやりとりを(DeepL翻訳で)読み始めてみたら、う~ん、だいぶ分かったような、でも何か不安が残るというか……。

 OCSのルールはエラッタ(明確化を含む)がゲーム出版後4ヵ月くらいで出ますし、シリーズルールなんかはv4.3とかいう世界ですから、まだまだ全然こなれていたんだなということが実感できました(^_^;

 で、とりあえずの和訳と、BGGに落ちてた誰かが作ったらしい英語版のサマリーを参考にした日本語版のサマリーを作ってみました。その英語版のサマリーの解釈ミスではないかと思ったところは、私の解釈で作ってあります。尤も、解釈が正しいのか自信がありませんが……。

c3iNr33Waterloo和訳ルール201228.pdf
c3iワーテルロープレイエイド201228.pdf
 ↑11/28に公開した時のものではなく、12/28に改訂したものにリンクを貼っています。

 英文ルールブック(公開されてます→こちら)に16日からのシナリオの後、「プレイの例」が画像と共に挙げられており、最後には15日からシナリオとデザイナーズノートもありまして、せめて「プレイの例」はプレイの指針にもなるだろうから訳そうかと思っていたのですが、内容に色々ミスがあるらしく↓、BGGのやりとりを見てチェックしていたのに疲れ果てたので、とりあえず先延ばしで、いったん試しにプレイしてみる方向にしました。




 どなたか、一緒にプレイして下さる方希望です。基本的な概念と勝利条件をちょっと説明したら、サマリー通りにやればプレイできると思います。ただ、訳してみて分かりましたが、移動も戦闘も、可能な限り無限にできるシステムですので、だいぶ普通のウォーゲームとは異なる感じかと思います。

 下野守(しもつけのかみ)さんには以前話してまして、一緒にプレイしてもらえるという内諾はもらってあります(気が変わっておられなければ(^_^;)。下野守さんは土日に休むのは難しいということで、事前に言ってもらって私も平日に休みを取って尼崎会をしてたりしますので、平日込みでも言っていただければ。


 

OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』キャンペーン第1ターン初動研究「燃料ケチケチ作戦」ほか

 ミドルアース大阪にワニミさんと行きまして、OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』キャンペーンの最初のターンの初動を研究してました。




 主に私がグデーリアンの戦区を、ワニミさんがホートの戦区を研究しておりました(実戦ではワニミさんはグデーリアンしかプレイしないと宣言されていますが……(^_^;)。以下、1つの案に過ぎませんが、今後のプレイの時に役立つように、コンセプトや手順を書いていきます。ただ、ドイツ軍機械化部隊の配置はいくらかランダム要素があります。


 ↓グデーリアンの戦区のドイツ軍プレイヤーターン終了時。

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 まず①~④の場所にいるソ連軍部隊をどかさなければなりません。①へは第17装甲師団から砲兵を観測部隊として送り、ヒップシュートしてDGになったら、第17装甲師団の装甲大隊1個でオーバーラン。

 ②は第1騎兵師団の砲兵を小川の向こうへ送りこんで観測部隊&敵の退却防止部隊にし、ヒップシュート(この際、マップ南西の航空基地から飛ばせば10ヘクス以内で右に1コラムシフト)、オーバーラン。

 ③へは、空いた②を通って東からオーバーラン。ここのソ連軍は弱い&地形がオープン&殴る部隊に事欠かないので、退却防止部隊やヒップシュートはなくても大丈夫かと思われます。

 ④は地形的にオーバーランできないので、グロースドイッチュラント連隊+どこかの機械化師団から自動車化歩兵連隊1個程度を東側に持ってきて、戦闘フェイズ中に殴るしかないかと。航空爆撃に成功してDGになっていれば、殴る部隊は1個でOKかもです。

 あと、13.10にソ連軍の4-1-1歩兵がいますが、これは殴って壊滅させた方が結局は楽。

 ドニエプル川沿いに関してですが、ワニミさんに教えてもらったこととして、川沿いには歩兵(とそれに類する「その他」(機甲と機械化以外))を並べて、機甲&機械化は川に接しない方が良いと。というのは、川沿いにいるとソ連軍部隊に観測されてDGにされてしまったり、ソ連軍のZOCに入って予備モードになれなくなってしまう&川向こうのソ連軍部隊を殴る際には、「その他」なら1/2だが、機甲や機械化では1/4や1/3になってしまうから。「なるほど~」と思いまして、「その他」ばかりを並べています。また、青い○の箇所にはソ連軍の第1自動車化歩兵師団がいて自由にさせると厄介なので、観測・爆撃してDGにする必要があります。

 ともかくそれでドニエプル川の渡河準備はできたので、主力の装甲部隊は川から少し離れた場所にいればよいわけですが、そのタイミングは次の自軍移動フェイズ開始時で良いわけです。なので、このターンは燃料を入れずに予備モードにして、リアクションフェイズ中に燃料を入れようと(4つの赤い○の装甲師団。北から第17、第18、第10、第4)。OCSのテクニックの一つとして、リアクションフェイズに複数ユニットフォーメーションに1SPの方法(OCS 12.5c A))で燃料を入れると、リアクションフェイズ中に許容移動力の半分動いた後、自軍プレイヤーターンの開始時には給油状態のままで開始するので燃料を入れることなく全移動力(あるいは再度予備モードになれば1.25倍の移動力)で移動できる、というものがあります。つまり最大で、同じ燃料消費で移動力が1.75倍にできるのです。これぞ、西住流「燃料ケチケチ作戦」(おい)。


 対して、次のソ連軍プレイヤーターンにソ連軍は何ができるかを考えてみると、どうせ渡河を全地点で失敗させるのは難しいので、ドイツ軍にとって使いやすい、西方への二級道路に近い渡河地点の川沿いはガチガチに守り、緑の○で囲んだあたりが二級道路から離れていてそこに渡河点を作るのはドイツ軍にとっては余計な移動力を消費することになるので、そこらへんはガラ空きにしておいて良いのではないかと。また、前回のプレイで思ったのですが、ソ連軍は補給線を切られてしまって脱出(Breakout)するしかなくなってしまうことが多かったので、何はともあれ部隊を失わないように、できるだけ補給線を確保しつつ、確保できなさそうな場所はSPを抱えたりするということを目指していくべきかなと思いました。セットアップで「司令部に自由配置」の輸送ユニット2個とSPはKrichev辺りに置いて、モギレフへのSP突っ込み用に使用すべきかなとも。



 ↓ホートの戦区。

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 ワニミさんは前回に引き続き、ヴィテブスク周辺のソ連軍部隊をそのままにしておき、包囲してしまうという作戦を研究されていました。ヴィテブスクにはソ連軍は1SP持っているので8RE分を1ターン持たせられます(包囲環内のソ連軍は11REくらい?)が……。

 私はかなりいい作戦案なのではないかと思ったのですが、ワニミさんによると、次のドイツ軍プレイヤーターン中も3個装甲師団を包囲環維持のために貼り付けておかねばならないので、あまり良くないのではないか、自分が実戦でホートの担当になった多分この作戦はやらない、と仰せでした。第2ターンの先攻をソ連軍に取らせて損耗させるという方法でその難点を解消するという案もあり得るのですが、メリットデメリットを色々考えると、そう簡単には踏み切れないところです……。


 また今回、ホートから1個装甲師団、グデーリアンから1個装甲師団を割いて、オルシャの北西から東にかけてを切り裂いてオルシャを孤立させるという案も検討してみたのですが、危険も多いし、完全に孤立させられるわけでもないし、戦力を割くのも痛いので、どうもこの案はやらない方がいいんじゃないかと思いました。




 今後また、尼崎会で『Smolensk:Barbarossa Derailed』キャンペーンをやり直す時に、今回の研究を活かしてプレイしていきたいと思います。



 あと今回のミドルアース大阪には、愛知小牧からKMTさんが来られて、BCSの『Baptism By Fire: The Battle of Kasserine』をFRTさんとデグさんにインストされてました。





 先日のMMPのセールで私と肉入り鍋さんはBCS『Baptism By Fire: The Battle of Kasserine』と『Brazen Chariots: Battles for Tobruk, 1941』を注文しましたので、KMTさんの和訳を心待ちにしております(^^) 今後、FRTさんとデグさんにはルールを教えてもらえるかもだし、KMTさんがまた大阪に来られるようならその時に教えてもらうとかも……。

 今回その様子を見たこともあってか、OCS『Tunisia II』のカセリーヌ峠シナリオをまたそのうちにやろうという話も出ました。


ワニミさんがOCSの補給概念図とRE概念図を作って下さいました

 最近、ワニミさんがOCSの補給概念図とRE概念図を作って下さいました。

 以下のもの。

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 OCSの補給において、「補給フェイズにおける補給チェック(一般補給)」と、「戦闘補給や燃料のために消費するSP(の受給や支給)」は、かなり異なる概念であり、異なる処理を必要とします。一方で、司令部ユニットの機能などは両方に関わってくるので、そこらへんがごっちゃになりがちではあります。

 例えば、エクステンダーは一般補給にしか関わりがないので、そこらへん注意が必要です。





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 RE(連隊相当)は、まずはどの記号がどの規模かを覚えなければなりませんし、覚えた後でもそれぞれがOCS上の何にどう関わっているのかを概ね把握するには少し手間暇がかかるようには思います。


 ワニミさんはまた、適宜こういうプレイエイドを作って下さるそうです。ありがとうございます!


 データは以下に。「OCSの物置2」にも置きました。

OCSの補給概念図
OCSのRE概念図



 また、先日OCSルソンに関して、OCSチームの副班長Chip Saltsman氏とメールのやりとりをしていまして、その話の流れで、「OCS Depot」の「OCS 101 Learning Tools」のページ(101というのは初級講座というような意味だそうです)に、OCSの英語以外への翻訳へのリンクとして、

・Japanese:
  OCS Wiki Page
  Japanese Language Rules v4.3 document is here.

 というのを置いていただけることになりました。

 ただ、Saltsman氏が仰るには、「OCS 101 Learning Tools」のページに英語以外への関係リンクを置くのはおかしいなと思ったということで、そのうちに別のページが作られてそこに移されるかもしれません。

OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』キャンペーン、第4ターン後攻、5ターン先攻をプレイしました

 先日の尼崎会で、OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』キャンペーンの第4ターン後攻(ソ連軍)と第5ターン先攻(ドイツ軍)をプレイしました。

 今回は肉入り鍋さんも来られたので、ワニミさんと私の三人でプレイでした。



 ↓第5ターン(7月22日ターン)先攻(ドイツ軍)終了時。

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 画像でドイツ軍が最も東にいる場所の少し先がイエルニャで、前のターンにその少し前のポチノクを落とし、ようやくここまで来ましたが、史実では第3ターンの時点ですでにイエルニャまで達しているようです。スモレンスク市街地はすでにスタック制限ほぼぎりぎりまでソ連軍部隊が溢れているので包囲に留めています。

 史実では第2ターンに落ちたらしいオルシャ、第5ターンに落ちた(?)らしいモギレフもまだソ連軍が持ってまして、問題は、あと2ターンで鉄道工兵がその両都市の地点までゲージ変換を完了すること。もしその時点まで落ちていなければ、鉄道の延長という面でも大きなロスが発生することになります。

 他に今回大きく分かったこととして、前ターンにドイツ軍はマップ北端近くを疾駆して勝利得点ヘクスを窺ったのですが、直後にマップ北端から騎兵を含むソ連軍増援部隊が登場して包囲されてしまった(そしてBreakout「脱出」を余儀なくされた……)ので、マップ北端近くは(少なくとも第4ターンには)行くものじゃないな、と。

 それから、オルシャとモギレフには包囲のドイツ軍分遣連隊がいるわけですが、司令部ユニットをどんどん東へ持っていった結果、それらの分遣連隊に一般補給を入れられないことが判明! 一般補給を入れるために司令部ユニットを置いていかねばならないのだということが分かりました(^_^;


OCSユニットで見るMe323「ギガント」(付:OCS西部戦線モノの輸送機ユニット)

 『歴史群像』の最新刊を買ってきまして、読み始めてましたら、ドイツ軍の巨大輸送機Me323「ギガント」の記事がありまして、非常に興味深く読みました。





 Me323は特に『Tunisia II』で2ユニット出てきて、2Tも空輸できるので非常に助かり、印象的です。


 ↓OCS『Tunisia II』に出てくる輸送機。

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 確認してみたら『Sicily II』にも出てきてましたが、1ユニットのみで、グライダー付きで2T運べるユニットが他にいっぱいあるからか、Me323が出てくるという印象(記憶)がありませんでした(^_^;
 
 ↓OCS『Sicily II』に出てくる輸送機。

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 念のため、『Beyond the Rhine』を確認してみたら、ドイツ軍はJu52が1ユニットのみで、英米軍にはC-47やC-47+Gldrが大量に……(T_T)

 ↓OCS『Beyond the Rhine』に出てくる輸送機。

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 このグライダー付きの輸送機ですが、OCSにはある程度出てくるのですが実物の映像を見たことがないように思うので、探してみました。

Winged Cargo Inc. Douglas C-47 takes off while towing a Waco CG-4A glider

 ↑Winged Cargo Inc. takes off while towing a Waco CG-4A glider(1946年撮影:Wikipediaから)


 Waco CG-4というのを引っ張って離陸するC-47の動画らしきものもある程度見つけたのですが、イメージするようなアングルがなくて「ああ~」感が(^_^; 画像でもロープで引っ張ってるのが分かるものがなかなかなく、上の画像が一番いい感じでした。

 私はWW2に関して、本での記述を読むのが大好き、戦場写真は見ないでもない、戦争映画はほとんど見ない、という人間なのですが、戦争映画にはある程度、輸送機がグライダーを曳航(?)しているシーンが出てくるのでしょうか……?

OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』の盤端からの登場問題2つ

 先日の尼崎会で、OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』の盤端から増援などが到着することに関して、2つほど疑問が持ち上がっていました。その時は調べきれないまま続行したのですが、その後精読したり、BoardGameGeekで教えてもらったりして解決したので、そこのところを今後のためにも書いておきます。


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 上の画像は第4ターン(7月19日ターン)開始時の、ヴィテブスクからその北にかけてなのですが、このターンから、画像上のエントリーヘクスL(20.35)はソ連軍の補給源ではなくなり(それまでは補給源だった&このターンからドイツ軍の補給源というわけでもない)、そしてこのターン、ドイツ軍はエントリーヘクスKかLに、第19装甲師団や第18自動車化歩兵師団を含む結構な大部隊を増援として登場させることができます(専用トラックに積載分を含め、4SPも同時に)。

 画像ではエントリーヘクスLにソ連軍部隊がおり、この状態で増援を出せるかどうかが疑問となっていました。「隣接ヘクスに出せる」という規定があったような気がうっすらとしてもいたのですが、どこに書いてあるか見つけ出せず。

 で、BGGで聞いてみましたら、シリーズルールの13.6bに書いてあるよ、と(ありがとうございます!)。「ただし、エントリーヘクスLはドイツ軍の補給源ではないから気を付けて」とも。

13.6b 増援は自発的になれるどのモードででも登場できます。増援は敵ZOCにでも登場できます(ただし13.5a の港湾での制限に注意して下さい)し、鉄道を使用して登場することもできます(移動フェイズ中に“積載” のために通常要求される13.3e は無視して)。マップ端登場ヘクスが敵ユニットによってブロックされている場合、増援は最も近いブロックされていないマップ端ヘクスに置くことができます。


 あと私は、「自軍戦闘ユニットが踏んだことのないヘクスから増援を出していいのかな……」と思ったりもしていたのですが、総合的に考えるとその件は全然どうでもいいんでしょうね。



 もう一つは、ヴィテブスクの東方のマップ北端の話です。

unit9576.jpg

 上の画像で、ドイツ軍部隊がZharkoyskyyに進撃しており、その途中でマップ北端の1Tが置いてあるヘクスがソ連軍の補給源ヘクスになっています。

 プレイ中はこの補給源ヘクスを「ドイツ軍ユニットが踏み」、「そのヘクスに留まったとしたら、このヘクスから、マップ外ボックスのソ連軍ユニットが入って来られるのかどうか?」が疑問点として挙がっていたのですが、後日『Smolensk:Barbarossa Derailed』のルールを読み返していたら以下のように書いてありました。

1.1b 安全圏  補給源(2.1、3.1 参照)となっているマップ端ヘクスには、敵陸上ユニットは入れません。これらのヘクスは通常の戦闘では攻撃されますが、オーバーランできません(なぜなら、オーバーランではそのヘクスに前進が必要だからです)。


 つまり、そもそもそのヘクスにドイツ軍は入れないのでした。そしてそうであるからには、マップ外ボックスからソ連軍ユニットはいくらでも出てこられることになるでしょうし、補給表で到着するSPは補給源に置けるので、ソ連軍側はここから攻勢を取ることさえ可能ということになるでしょう。

 だとしたら、ドイツ軍側はこの経路でもっての進撃を(超短期的にならともかく)長期的にやろうと考えるべきではないですね(^_^;

OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』第1ターン中に渡河を成功させる作戦を試してみました

 ミドルアース大阪にワニミさんと一緒に行きまして、OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』の第1ターンの研究プレイをしました。古角さんも色々アドバイスして下さいました。






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 作戦案の主眼は、↑の画像の上の赤○(オルシャの1ヘクス南)と下の赤○(モギレフ)を最初の枢軸軍プレイヤーターン中に落とし(あるいはユニットを退却させ)、ドニエプル川を渡河して対岸に橋頭堡を築くところまでやってしまおう、というものです。

 画像左下のビハウ(Bykhov)を落として対岸に橋頭堡を築くという戦法もあり得、これは以前やったことがあったのですが、近隣にソ連軍ユニットがたくさんいるので、続くソ連軍ターンに橋頭堡を全部奪い返されてしまいました。

 この「オルシャ南とモギレフを落として対岸に橋頭堡を」作戦の利点なのですが、『Smolensk:Barbarossa Derailed』で史実通りにオルシャとモギレフを無視してドニエプル川に取りつく方法だと、ドイツ軍は第1ターンには「架橋の準備ができるだけ」であり、第2ターンにようやく「架橋して渡河し、対岸への進撃を始められる」状態になるところが、この作戦では第1ターン中に「橋梁地点を押さえて渡河までしてしまえる」のです。ただしそのヘクスにいる敵部隊も強力です。


 で、試しに色々検討しつつ進めていったのですが、結果、個人的にはこの作戦案の利点はあまり大きくないだろうと感じました。その理由としては……。

・限られた強力なヘクスを攻撃することから、装甲師団や自動車化歩兵師団がハイスタックになりがち(ある程度分散はできるが、限界がある)。しかしハイスタックを作ってしまうと、ソ連軍側から砲爆撃で執拗に狙われ、DGにされてしまう。ハイスタックがDGにされると、非常に効率が悪い。

・限られた目標に対してほとんど全戦力を集中させつつ、中~高程度リスクな行動を連続して成功させていかざるを得ないが、途中でダイス目が悪くて何かに失敗すると、その目標に対する計画が全部頓挫してしまい、しかもそこからすぐに戦力を他の場所へ転用することも難しい。具体的には、今回モギレフに対する作戦行動中、航空砲爆撃と砲兵砲爆撃の両方ともが失敗し、作戦の前提がまったく崩れてしまったのを、「ダイス振り直し」ということにして続行したのですが、実際のプレイ中ではそんなわけにはいかないでしょう。

・すべてがある程度うまくいって対岸に橋頭堡が作れたとしても、オルシャ周辺とモギレフ周辺にはソ連軍ユニットの数が多く、続くソ連軍プレイヤーターン中に渡河点の左岸と右岸の両方が立て続けに攻撃を受けて奪回されてしまうことが容易に予想できる。奪回されきらないとしても、渡河点周辺のドイツ軍部隊はDGやステップロスなどしてボロボロになっているだろう。そしてその他の地点に渡河点を作れているだけの戦力の割り振りができるのかと言えば、できないのである。

・ある一点、あるいは二点に戦力を集中させるということは、敵もその一点あるいは二点に戦力を集中させれば良いということである。それよりもドイツ軍側は戦力を分散させて(DGにされる戦力数も減るし)、相手が対応できない場所が出てきたところを機会主義的に抜いていく方が良いのではないか。


 ただし、重点の軽重を付けていけば、特にモギレフに関しては、完全にアンタッチャブルというわけではないとも思います(一方、オルシャ南は、周辺の敵戦力があまりにも多すぎて結局のところほぼアンタッチャブルだとも思います)。モギレフにはAR4のNKVDユニット(再建不能)がいるのですが、AL1Do1の結果ででもいいのでそれを壊滅させられれば、その後が楽になると思われます。しかも、最初の枢軸軍ターン中にはソ連軍側からのリアクションによる妨害活動が一切存在しないので。ただまあ、小都市(その他タイプ以外は1/2戦力)中障害陣地ありAR4の17戦力ですから、ハードルが高いのは事実です。


 個人的に、だいぶいい勉強になりました。敵戦力の薄いところにロースタックで装甲戦力を進撃させていき、平地上でオーバーランしたり、敵が補給切れになるように持っていく戦法の方が、良いのではないかと思われました。




 一方、ワニミさんはホートの戦区を主に研究されてまして……。

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 ワニミさんは最初、画像中央を東西に流れるDvina川の北岸に攻勢重点を置くという選択肢について検討されていたのですが、最終的に、道路事情や司令部ユニットの少なさから、現実的ではないと判断して断念されたとのことでした。しかし画像のように、1個装甲師団を北岸に突破させてマップ端の補給源からの補給を切ったり、あるいはヴィテブスクの北側大都市ヘクスを奪取するというような作戦は可能ではないかとのことでした。



 それから今回、史実での第10装甲師団の進撃具合をマップ上でワニミさんが確認されてました。

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 ①が第1ターンの期間における第10装甲師団の到達場所。②が2ターン、以下、③、④となります。③はイエルニャ周辺で、進撃がイエルニャ周辺で止まったことが良く分かります。問題は、『Smolensk:Barbarossa Derailed』上でこれがドイツ軍プレイヤー側にどれぐらいできるかで、我々はまだ全然そこらへん分かっていません(^_^;


 ワニミさんが参考にされていた資料はワニミさんが購入された、グランツの『Barbarossa Derailed: The Battle for Smolensk, 10 July-10 September 1941: Atlas』で、この時期の戦いの大量の地図をメインとした本で、すばらしいです!



 ただ値段が、以前はもっと安かったとも思うのですが……。



 その本編であるグランツの『Barbarossa Derailed』全3巻ですが、書籍版はすごいプレミアム価格になってしまってますが、Kindle版なら第1巻と第2巻が3000円弱で、第3巻が500円で買えるようです。




 ↓この方法がありますから、洋書は電子書籍版を買う方が良さそうだという考えに私はなってきてます。

Kindleの洋書をPC画面上ですぐにOCRしてDeepL翻訳にかける方法 (2020/09/04)



 また今後も、OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』を研究していこうと思っています。

 今後の予定ですが、毎週日曜日が一応尼崎会ですが、11月23日(月祝)がミドルアース大阪なのでそれも参加予定です。

 また、12月12日(土)・13日(日)に富山のKさんがまた来阪して下さるということなので、そこで尼崎会連続例会となります。

 事前に連絡いただきましたら、平日でも仕事休んで尼崎会できますので、気軽にご連絡下さい。

OCSユニットで見るイギリス軍の第50歩兵師団(西部戦線のイギリス軍歩兵師団)

 古本屋でチャーチルの『第二次世界大戦』を買ったので、拾い読みしていると、イギリス軍の第50歩兵師団を北アフリカ戦線に派遣した理由について結構興味深いことが書いてありました。

 【第50歩兵師団をキプロス島へ派遣するというオーキンレック】将軍の最初の決定も理解しがたかった。長い間辛抱して、ようやく私は第50イギリス師団をエジプトへ派遣させることができたのだった。イギリス部隊以外のすべての部隊を戦わせ、それによってイギリス国民の血が流れるのを防ぐのがイギリスの政策であるという敵の宣伝に対して、私は敏感になっていた。実のところ、ギリシアやクレタを含めた中東におけるイギリスの損害は、他の同盟国側の損害を合計したものより大きかったのだが、慣例となっていた公称が事実を歪めて印象づけたのである。インド師団は、その歩兵の三分の一と砲兵部隊全部がイギリス人だったのだが、イギリス・インド師団と呼ばれなかった。戦闘の矢面に立った武装師団はすべてイギリス兵だったが、イギリスの名前は表面に出なかった。いかなる戦闘報告においても、「イギリス」部隊のことがほとんど出なかったという事実は、敵の中傷に真実味を与え、合衆国のみならずオーストラリアでも非難を生み出すこととなった。こうした非難の風潮に対抗する有効な手段として、私は第50師団の到着を待ち望んでいた。この師団をキプロスに派遣するというオーキンレック将軍の決定は確かにまずいことに思われ、われわれが不当に受けていた誹謗に本質的な力を貸すことになった。本国の三軍参謀首脳も、これほどの大兵力から成る部隊の奇妙な使い方に対して、軍事的根拠から一様に驚きを示していた。
『第二次世界大戦(W・S・チャーチル) 3』P41



 第50歩兵師団といえば、OCS『The Blitzkrieg Legend』において非常に印象的な部隊です。なぜなら、同ゲームにはイギリス大陸派遣軍(BEF)の中の歩兵師団がたくさんユニット化されているわけですが、その中で唯一、複数ユニットフォーメーションで登場するからです。

 ↓OCS『The Blitzkrieg Legend』のイギリス軍ユニット(一部)。

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 なぜそうなのかというと、イギリス大陸派遣軍の中で唯一の自動車化歩兵師団だったからなのですね。

 英語版Wikipedia「50th (Northumbrian) Infantry Division」によると、イギリス軍は1938年には6個の自動車化歩兵師団の創設を決定したものの、戦前に自動車化師団に改編されていたのは第55歩兵師団(ウェストランカシャー)、第1ロンドン歩兵師団、第50歩兵師団(ノーザンブリアン)の3つだけだったそうです。

 第50歩兵師団には「ノーザンブリアン」という愛称があって印象的なのですが、これはこの師団の徴兵地域であるイングランド北東部やその地域の人々を表した名称のようです。日本でいうと「東北人」とか、大陸中国でいうなら「東北人(ドンベイレン)」みたいな感じ?


 第50歩兵師団はダンケルクから撤退したのですが、その時の兵力は約2,400名だと見積もられているそうです。元の兵力は良く分からなかったですが、まあ10,000名前後ではあるでしょうから、「壊滅」同然であると言えるでしょうね……。


 その後、キプロス島がどうとか色々ありつつ、北アフリカ戦線に到着。この時の師団長はラムズデン将軍で、この人は第50歩兵師団を率いて活躍して後にイギリス第8軍の中の第30軍団長になり、リッチーが罷免されてモントゴメリーが着任するまでの間は第8軍司令官を臨時で務めていましたが、モントゴメリーから微妙な扱いを受けた後、やんわりと左遷されて第3歩兵師団長とかをやったりしたそうです。また将来的にこのブログで扱うと思います。



 ↓OCS『DAK-II』のイギリス軍歩兵師団(本国のものだけ)

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 全部自動車化(厳密には半自動車化)されています。北アフリカ戦線の戦いでは、自動車化あるいは装軌化されていない部隊は「砂漠の機動戦」でまったく使えず、固定防御の役にしか立たなかったということで、イギリス軍もダンケルク撤退後装備を回復し、部隊を自動車化していくのは大変だったでしょうが、まがりなりにもそれをやって部隊を投入していたということなんでしょうね。逆に、イタリア軍は多くの部隊が徒歩のままだったので、「イギリス軍vs.イタリア軍」の時期(あるいは戦域)だとボコボコに負けてしまうけども、「ドイツ軍vs.イギリス軍」になると、機甲戦術とかでドイツ軍が遙かに優越だから、今度はイギリス軍がボコボコに負けてしまうと……。

 試しに、『DAK-II』の英連邦軍カウンターシートの裏面すべてを挙げてみます↓

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 見ていると、北アフリカ戦線の英連邦軍で徒歩のままの部隊というのは、ポーランド人部隊やチェコ人部隊など(トブルク内の守備隊などとして使用された)、海兵隊、港湾守備隊などにほぼ限られているようです(特殊部隊が徒歩タイプになっていますが、これはゲーム上の処理の面が大きいと思います)。



 その後も第50歩兵師団は西部戦線で戦い……。

 ↓OCS『Tunisia II』のイギリス軍歩兵師団

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 この時の第50歩兵師団は、エジプト・リビアでも一緒に戦ってきた第51歩兵師団(ハイランド)の方がやや強いとはいえ、他の新しく編成され投入されてきた歩兵師団達よりはよほど頼りになる、という感じですね。



 ↓OCS『Sicily II』のイギリス軍歩兵師団

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 すべて複数ステップユニットになっています。移動モードでは14移動力です(米軍歩兵師団も)。



 ↓OCS『Beyond the Rhine』のイギリス軍歩兵師団

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 ここまでずっと(『The Blitzkrieg Legend』を除き)兵科マーク的には「半自動車化」で、これは『Sicily II』『Beyond the Rhine』の米軍歩兵師団も同じなのですが、『Beyond the Rhine』においてはイギリス軍歩兵師団の移動モードは14移動力で、米軍のそれは10移動力となっています。「アメリカ軍の歩兵師団はすべて自動車化されていた」という話があるわけですが、少なくともOCSリサーチ班の判断によれば(あるいはゲーム上の措置として?)、イギリス軍の自動車化の方が質量的に良かったということなんでしょうか。

 一方、全盛期のドイツ軍の自動車化歩兵師団(完全自動車化の兵科マーク)の自動車化歩兵連隊は14移動力で、その後も一貫して完全自動車化の兵科マークであるように見えます。イタリア軍は完全自動車化のユニットもも半自動車化のユニットもありますが、完全自動車化でも10移動力だったりします。そこらへん、兵科マークの扱いはなんかポリシーはあるのかもですが、どういう感じなんでしょうね……?


OCSのスタックの順序について気を付けるべきこと(付:OCSにおける欺瞞の方法)

 OCSのスタックの順序について私自身勘違いしていることがまたぞろ見つかったので、ルールをよくよく読んでのまとめを書いておこうと思います。

 ちなみに私の今回の勘違いは、

司令部ユニット
予備マーカー
歩兵ユニット(攻撃可能ユニットで戦闘モードの面)

 と置いてある時、「敵プレイヤーから要求されたら、司令部ユニット(と予備マーカー)をどかしてその下の歩兵ユニットを見せなければならないよね」と思ってしまっていた、というものでした(正しくはこの場合は、歩兵ユニットが予備モードでZOCがないので、見せる必要はない。念のため、ZOCがあるかどうか聞かれた場合は答えなければならず、「ZOCはありません」と答えることになる)。

 あと、ついでに書いておきますと、「オーバーラン中のユニットのZOCはないものとして扱うのだろう」というような勘違いを私がしていたことも判明しました(>_<) そんな規定どこにもないですから、オーバーランをしかけるヘクスからのZOCはあるものとして扱うのでしょう。



 スタックの順序についてはOCS 4.8b 「スタックの順序」に書かれているのですが、A、B、E、Fの規定は別に問題はないと思います。少しややこしいのはCとDの規定かと思います。

C)もしZOC を持つユニットがヘクスに存在するならば、スタック中の戦闘ユニットの中で一番上に配置すべきです(ZOC の効果を明確にするため)。
D)司令部は、敵の陸上ユニットが隣接していなければ、陸上ユニットの中で一番上に配置できます(その所有プレイヤーに補給範囲を分かりやすくするため)。このようにして司令部が一番上に配置されている場合、敵プレイヤーは、自軍ユニットのZOCの存在について相手プレイヤーに知らせなければなりません。


 原文は以下のもの。

C) If a unit with a ZOC is in a hex, it should be the top combat unit (to make ZOCs obvious).
D) An HQ can be the top combat unit in the hex when no enemy ground units are adjacent (to help the owning player see his logistical net). The enemy player must be told if the hex has a ZOC.



 また、OCS 4.9 「戦場の霧」には以下のような規定があります。

4.9a 両軍プレイヤーは敵のスタックの中身を見ることはできません。ただし、陣地マーカー、一番上の戦闘モードの攻撃可能ユニット(それがなければ一番上の戦闘ユニット)、さらに一番上の活動状態の航空ユニットはいつでも自由に見ることができます。
4.9a A player can never look through an enemy stack. However, the enemy player may always see the hedgehog, top Combat Mode Attack-Capable unit (or top combat unit if none have a ZOC), and top Active plane in any hex.




 これらの規定から、まず、ZOCを持つユニット(戦闘モードの攻撃可能ユニット)は、とりあえずスタックの一番上に置かねばなりません(複数あればもちろん、その中から選べます)。

unit9589.jpg

 画像の上側のスタックで、(1)-2-10は移動モードでZOCを持ちません(というか、戦闘モードでも(2)-2-2で、攻撃可能ユニットでないのでZOCを持ちません)。私は先日、『Smolensk:Barbarossa Derailed』でソ連軍側をプレイしている時、この画像のような状況で「この16-1-3の戦車師団を、この(1)-2-10ユニットで隠そう……。ふっふっふっふ……」と悪だくみをしていたのですが、フト「あっ、ZOCを持つユニットを上に置かないとダメだからこれはできない……くそう……」と諦めたのでした。

 ただし、この16-1-3の戦車師団ユニットを予備モードにすれば、ZOCがなくなるので、上に(1)-2-10ユニットを置いても構わないことになります(この時はそれは移動力的に不可能でした)。

 ただ、この規定をプレイ中に失念してしまっていて(あるいは夢中で気付かずに)、この規定を破ってしまっている可能性がいくらでもあり得ます。ので、敵プレイヤーは「このスタックはZOCがないように見えますが、本当にZOCがありませんか?」と聞くことができると思います(尼崎会ではそうしているわけですが、これはルール的にも問題ないと思います)。それでミスに気付いた場合、「すみません、スタックの一番上はこれにします」と、ZOCのあるユニットを一番上に置き直すとかするわけです(もちろん、問題がなかった場合は「いえ、これで問題ありません。ZOCはありません」と宣言すればすみます)。


 先ほどの画像の下側のスタックは、すべてのユニットがZOCを持っていません((5)-1-1は戦闘モードなのですが、攻撃可能ユニットではないので)。ので、これは許される置き方だということになります。でもそう考えると、()付きのユニットは戦闘モードのまま隠してスタック中に置いておけるので、欺瞞に有効ですね……(そうか……メモメモ(._.)φ)。




 次に司令部ユニットですが、司令部ユニットは「攻撃可能ユニット」ではないので、ZOCを持つことはあり得ませんが、「戦闘ユニット」ではある(OCS 3.2)ので、スタック中にZOCを持つユニットがなければ、元々一番上に置いても問題はありません(そして、スタック中にZOCを持つユニットがないのであれば、「このスタックにZOCはありません」と敵プレイヤーに言えばよく、司令部ユニットの下を見せる必要はありません)。

 その上で、「敵の陸上ユニットが隣接していなければ」の条件付きで、たとえスタック中にZOCを持つユニットがあったとしても、それより上の、陸上ユニットの一番上に配置できます。ただしその場合、敵プレイヤーに要求されればZOCの有無(4.8b(D))のみならず、ZOCを持つユニット自体を見せなければならないでしょう(4.9a)。


 だとすると、司令部ユニットは、

・スタック中にZOCなし……ほぼ完全な隠匿能力を持つ
・スタック中にZOCあり……敵に要求されない限りでの隠匿能力を持つ

 ということになるでしょう。割と中途半端な隠匿能力です(^_^; もちろん、司令部ユニットを一番上に置くかどうかは任意なので、むしろ司令部ユニットを隠しておきたい(架橋能力を使うつもりの時などは特に)場合には、他のユニットの下に置いていいわけです。

 個人的には、プレイヤーの管理能力に余裕があるなら、司令部ユニットは(一部のものだけでもいいので)隠した方がいいとは思います(理由については詳述しないでおきます……)。


 一方、陣地マーカー、予備マーカー、DGマーカー、戦略移動マーカー、補給切れマーカーがスタックの一番上に置かれている場合は、敵プレイヤーは相手プレイヤーに断る必要もなくその下を見ることができます(実際にはだいたい、「これ下見ますよ」って声はかけますけど)。



 まとめると、

・自軍スタックの、ZOC持ち(攻撃可能ユニットで戦闘モード)を一番上に置くのを忘れるな。

・ZOC持ちの中でどのユニットをスタックの一番上に置くかは自由。

・スタック中にまったくZOCがない場合には、戦闘ユニットでさえあれば何を一番上に置いてもよい(司令部ユニットや砲兵ユニットは戦闘ユニットなので、一番上に置いてよい。輸送ユニットは非戦闘ユニット)

・司令部ユニットは(敵陸上ユニットが隣接してないなら、たとえZOCのあるユニットがスタックの中にいても)一番上に置いてもよい。敵プレイヤーに要求された場合、下にあるZOCのあるユニットは見せなければならない。スタックの中にZOCのあるユニットがいないならば、司令部を一番上に置くことは常になんら問題はない

・マーカーの下は全部、敵プレイヤーは見て良い。





 欺瞞を考える場合、

◆強いのに弱く見せたい時
・ZOCのある弱いユニットの下に、ZOCのある強いユニットを隠す。
・ZOCのある強いユニットを全部予備モードや移動モードにしておけば、ZOCのない弱いユニットの下に隠しておける。
・砲兵ユニットの下に()付きのユニットを戦闘モードで置くとか、砲兵ユニットの下に移動モードの歩兵師団をまるごと置くとかは、結構やばい欺瞞かもしれない(^_^;(砲兵ユニットの本来的でない使用方法がまた一つ……)
・フォーメーションマーカーで師団(あるいは軍団、旅団)ごと隠す。

◆弱いのに強く見せたい時
・とにかくスタック中の一番強いユニットを一番上に置く(ZOC持ちが上だという制限は守りつつ)。
・SPを1Tに分割してスタックを厚くする。
・輸送ユニットを1ポイントずつ(もし可能なら1T単位ずつ)に分割して置いてスタックを厚くする。

・『Hungarian Rhapsody』に入っている0ステップロスマーカーを下に置く(プレイ前にプレイヤー間で使用の合意は得た上で)。

◆両方に使える方法
・『Hungarian Rhapsody』に入っている軍団マーカーを使用する。


 フォーメーションマーカーで欺瞞するというのは良くあることだと思うのですが、改めて確認してみると、OCS 13.7b「戦場の霧オプション」の使用を両軍プレイヤーが合意した時のみそれができるのですね。尼崎会ではそこらへん曖昧なままに使用してました(>_<) 21.0にオプションルールがまとめられているのに、このオプションルールはそうでないから……。念のため、他にそういうオプションルールがないか検索してみましたが、このルールだけのようです。

 プレイ前にどのオプションルールだけを使用するのかの確認の際には、このルールも忘れちゃダメですね……(必ず使用する、と決めておいてもいいでしょうけども)。


北アフリカ戦線におけるイギリス軍に関する洋書を探してみました 

 北アフリカ戦線におけるイギリス軍の将軍達について、今後も調べていこうかと思っているわけですが、フト思いつきまして、「北アフリカ戦線におけるイギリス軍」に関する洋書を探せばあるのではないかと思って、検索してみました(Amazon上で、「north africa british army」という検索ワードで)。

 最初に引っかかったのは「Images of War」というシリーズの一冊らしき『The Eighth Army in North Africa』という本だったのですが、これはどうも中身を見てみると「写真が豊富な、概説的な入門書」という感じのシリーズらしく、写真的には結構いいなとも思ったのですが、入門書が欲しいわけではないのでパスで。しかしだいぶ色んなタイトルが出ているので、興味のある方は選んで買ってみても良いのではないかと。



Amazon上での「Images of War」での検索結果




 次に引っかかったのは『Fighting Rommel: The British Imperial Army in North Africa during the Second World War, 1941–1943』という本で、北アフリカ戦線におけるイギリス軍が戦術的にどのように学び、自分達の戦術を改善していったか……に関する詳しい本のようでした。興味は結構あるのですが、えらい値段が高いのと、とりあえずは将軍達について知りたいので、今回はパスということで……。






 次は、「Liberation Trilogy(ヨーロッパの解放三部作、という感じ?)」の第1巻であるという『An Army at Dawn: The War in North Africa, 1942-1943』で、これはアメリカ軍によるヨーロッパ解放の最初の、北アフリカの戦いでの色々な失敗と、そこから学んでいく過程を扱った本のようで、もの凄い数のレビューが付いてますし、評価も凄く高いです。フリーデンドール将軍(→チュニジア戦:米軍のフリーデンドール将軍について、まとめ(付:OCS『Tunisia II』) (2019/05/31))とかについて知るには良さそうで、興味もありますが、これも今回はパスで。






 OSPREYの『Desert Rats: British 8th Army in North Africa 1941-43』『Desert Rat 1940-43: British and Commonwealth troops in North Africa』というのもありましたが、これらは組織、戦術、装備、兵士などに関する本であると思われ、私の興味対象からはかなりずれると思われるのでパス。






 結構興味深い本として、『Combat and Morale in the North African Campaign: The Eighth Army And The Path To El Alamein』というのがありました。北アフリカ戦線のイギリス軍の兵士たちの士気に関して調査、考察した本で、ガザラの戦いは英連邦軍兵士達の士気が危機的になったため失われ、エル・アラメインでは逆に士気が高まっていたため勝利できた側面が大きいというような事が書かれているようです。しかしまあこれも当然パス……。






 『South Africans versus Rommel: The Untold Story of the Desert War in World War II』という本もありまして、かなり興味はありました。北アフリカ戦線における南アフリカ軍に関する本です。とりあえず「欲しいものリスト」には入れておいて……。






 他にも、イギリス軍の「猛将」ゴットに関する本……。






 オーキンレック将軍に関する本……。






 アレクサンダー将軍の回想録……。




 などもありましたが、1人1冊というのはとりあえずやめておこうかと。



 そんな中、『Early Battles of the Eighth Army: Crusader to the Alamein Line』という本が引っかかったものの、表紙の画像がえらく古めかしいので、数十年前に出版された本ではなかろうか、それではあまり資料として使うのはよくないかも……と思ってスルーしかけたものの、思い返してクリックしてみると、2002年発売の本で(それくらいなら許容範囲内か。まあ、新しければ何でも良いというわけではないですが)、また内容的にも、イギリス軍が北アフリカ戦線でよく敗れたのはオーキンレック将軍に問題があったという見方の本らしく、私の興味にかなり合っている本で、古本が1500円くらいだったので、これはポチりました。今日見ていると、2010年に発売されたペーパーバック版もあるようです。





 また、同じ作者で『Six of Monty's Men』という、モントゴメリーの幕僚達を扱った本もあり、これは個人的にかなり買いだなと思いました。自分の調べる作業がモントゴメリーのところまで行ったら、ぜひ購入しようと思います。同じ様なテーマで『The Men Behind Monty』という本も以前見つけてました。






 それから、2019年に出版されたらしい『Britain’s Desert War in Egypt & Libya 1940–1942: ‘The End of the Beginning’』という本がありまして、北アフリカ戦線におけるイギリス軍の勝利にはイギリス海軍とイギリス空軍が大きな役割を果たしたという分析なのが特徴の本らしいのですが、解説文からはイギリス軍の将軍達のこともある程度以上書いてありそうで、またKindle版が1430円と安価であったので、ちょっと悩みはしたのですが、まあいいやとポチってしまいました。Kindle版ならばDeepL翻訳で読むのも楽ですし……。

<2020/12/04追記>

 その後中身を見てみたところ、確かに2019年に出版された本なのですが元は1964年に出された本で、再出版時に何かアップデータされたわけでもなさそうな上にコンパクトに解説することを目指して書かれた本だということでした……。ただ、イギリス軍側からの見方を簡潔に知るという意味では全然意味がない本というわけでもないのかもです(が、数ページDeepL翻訳で読んでみた上で私はとりあえず他の本に移りました(^_^;)。

<追記ここまで>






 本当ならば、北アフリカ戦線のロンメル以外のドイツ軍の将軍(ネーリング、バイエルライン、クリューヴェルなど)についてこそ、詳しいことを知りたいものですが、今までの収集作業でも「素晴らしい軍人」というような描写以外の面白い記述をほとんど見つけられていないので、「ドイツ軍のややマイナーな将軍達に関する詳しい描写をドイツ語が読めない状況で探すのは無理なんだろうなぁ……」と諦めています(大木毅様がなんとかしていただけない限りは……)。

 ただし、クリューヴェルとフォン・トーマは連合軍の捕虜となり、その会話が盗聴されまくっていたので、その内容は『兵士というもの』で結構読めます。後世の後知恵的見方からすれば、クリューヴェルはナチスの思想に染まってしまっており、フォン・トーマは合理的で戦争に勝てるはずがないという意見で、二人は捕虜収容所でケンカしていたとか……。





 また、今回見つけた洋書の中に、クルセイダー作戦時のドイツ軍内に関しての英語の本がありました。



 北アフリカ戦線全体でのドイツ軍内部を扱った本ならば即買いだと思うのですが、クルセイダー作戦の時だけを扱っているっぽい……?(1941-1942とありますが)




 とりあえずは、北アフリカ戦線における英連邦軍の将軍達に関して資料を漁りつつまとめていこうと思います。できたら『歴史群像』とかに投稿できないかとも思うのですが、どうなんでしょう?(受け付けはしてるみたいですが、投稿が掲載されることが本当にあるの……?) まあそれが無理なら電子書籍で出すとかも、昨今無理ではないような。

 その後は、ビルマ戦線におけるイギリス軍のスリム将軍の周辺について調べたいものだと思っています(→インパール作戦関係書籍などをある程度読んでの感想 (2020/02/22))。その時には、OCSでビルマ戦線の前半や後半についてゲーム化できないか探っていきながらやってみたいです。


 ソ連軍やイタリア軍(ただし私は北アフリカと東部戦線以外のイタリア軍の将軍には全然興味ないですけど)の将軍達についてももっとまとまった資料が読んでみたいのですが、これは結構かなり難しそうな……。


 先日尼崎会で若い人らに聞いてみても、将軍の人物像というのは皆結構興味を持ってましたし、ツイッターなどでもそこらへん興味ある人は多そうという書き込みを見るのですが……。

 そこらへん、先日肉入り鍋さんらと「日本でミリタリー系の本や同人誌とかって、兵器とかに関するものはいっぱいあるけど、将軍の人物像とかに関するものってなかなかないと思うのだけど~」というような話をしてましたら、肉入り鍋さんが「兵器に関しては調べて書きやすいけど、将軍の人物像は書くのが難しいという側面があるのではないですかねぇ」と仰っていて、「おおお、なるほど……」と思いました。まああるいは、有名な人で一冊、というのは売れても、ちょっとマイナーになると途端に売れないとかもあるのかも……?

OCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』キャンペーン、第3ターンをプレイしました

 尼崎会でOCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』キャンペーンの第3ターンをプレイしました。

 ワニミさんとたえさんが来られまして、3人でのプレイでした。史実からだいぶ遅れているので、(元々最初のプレイは練習の練習みたいなものですし)最初からやり直すという案も出たのですが、とりあえず続けてプレイすることにしました。


 ↓第3ターン終了時。

unit9590.jpg



 簡単に、前回から今回にかけて得られた反省点を挙げておきます。


・ドイツ軍側は、(装甲)部隊を1ヘクスに集中させすぎるとそのハイスタックがソ連軍の砲爆撃によってDGにされてしまう可能性が高いので、分散した方が良さそう(ソ連軍は限られた航空砲爆撃力しか持たないとはいえ、2~4箇所程度をDGにできるよう)。

・ドイツ軍側によるソ連軍部隊に対する包囲や、補給線切断の試みは、ドイツ軍側が心配していたよりはうまくいくように思われるので、もっとやって良いかも(まあやり過ぎるとダメでしょうけども)。


・ソ連軍側は、防御において縦深と、(次のドイツ軍移動後の)補給路の確保をより重視した方がいいかも。敵から距離を取ることはやはり重要と思われるので、戦闘モードでの撤退にこだわらず、移動モードになって撤退した方がよいか。


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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

 ブログで書いた物のうち、

 OCS関係の記事は

「OCSの物置2」



 戦史物の記事は

「戦史物の物置」


 で、アクセスしやすいようにカテゴリ毎にまとめてありますのでそちらもどうぞ。

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