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ウジェーヌはどのように有能だったのか?

 ジョセフィーヌの連れ子でナポレオンの養子となったウジェーヌ・ド・ボアルネの『Great Generals of the Napoleonic Wars and Their Battles:1805-1815』の項を読みました。


EugeneBeau

 ↑Wikipediaから。



 ↓こちらもどうぞ。

日本語版Wikipedia「ウジェーヌ・ド・ボアルネ」
ウジェーヌへの高い評価、他 (2015/07/11)
『ナポレオンとバイエルン』から、ウジェーヌについて (2018/07/14)
ウジェーヌがエジプト遠征の時に買った女奴隷の話 (2018/07/15)



 読んでいて「ほぉ……」と思ったことを抜粋引用していこうと思います。

 【ナポレオンに初めて会った時】ウジェーヌはまだ14歳に過ぎなかったが、彼が人生におけるモットーとした「高潔と忠誠」という性質をすでに備えていた。(P27)

 【妹のオルタンスの回想によると】兄はまだ若かったのに、【家族の】危機的な状況での決断力と冷静さを見せた。(P28)

 【1799年】ウジェーヌはナポレオンの副官という仕事にうんざりして、通常の軍務へと戻ることを希望した。その願いを聞き入れてナポレオンは、彼を新しく創設された執政親衛隊の猟騎兵中隊(後に大隊)の指揮官に任命した。ナポレオンはまた、親衛隊の副司令官であったジャン=バティスト・ベシェール将軍を、ウジェーヌの個人指導官に任命した。(P29)

 ウジェーヌはマレンゴの戦いで自身の猟騎兵部隊を指揮し、これが彼の最初の実戦における指揮となった。(P30)

 【イタリア副王としてよりも】ウジェーヌは軍人としての栄達を望んでいた。ウジェーヌは1806年のプロイセン戦役や、2年後のスペイン戦役に従軍することを希望したが、イタリア王国副王としての義務の方が重要だとして拒絶されていた。しかし1809年戦役はイタリア半島にも及び、また多くのフランス軍元帥がスペインに貼り付けになっていたため、ナポレオンはウジェーヌを軍務から外しておく余裕がなくなってしまったのだった。
 ウジェーヌはそれまで騎兵大隊より大きい部隊を指揮した経験がなかったが、今やイタリア軍全体の指揮を任され、またナポレオンからの指令が届くには5日程度を要したため、自分自身の判断で、半ば独立して指揮をすることとなった。(P31,32)

 ウジェーヌは3日間、ヨハン大公の優勢な軍勢の前に堅実に後退をおこなっていたが、4月14日にヴェネツィアの北38マイルのサチーレへと追い詰められた。このサチーレの戦い【ウジェーヌが指揮した最初の会戦でもある】は彼の経歴における最大の敗戦となった。ウジェーヌはあまりに手柄を切望しすぎていたし、また、イタリア王国民を侵攻に晒すことを嫌がっていたのだった。(P32)

 翌日【5月8日】ウジェーヌは西方で陽動をおこなった後、ピアーヴェ川を中央と東方で渡って激しく攻撃した。奇襲を受けたオーストリア軍は反撃したが、部隊の大部分は遙か遠くの川岸にいたままだった。ウジェーヌはサチーレでの敗戦を埋め合わせる明確な勝利を得て、ヨハン大公に対する優勢を確立した。ウジェーヌの幕僚【の一人】は書いている。
「殿下は皇帝陛下の子息たるに相応しいことを証明した。私は殿下の動じなさ、冷静沈着さに感心した。殿下に唯一欠点があるとすれば、勇敢過ぎるということだ。」(P33)


 その後ロシア遠征での冷静な指揮ぶりなどで大陸軍の中でも一目置かれる存在となるも、本人は遠征のあまりの悲惨さに心を痛め、軍人としての栄達はいらないと思うようになったとか。

 ナポレオンがロシアからフランスに帰国した後の指揮権はミュラに任されましたが、ミュラも帰国するとベルティエに説得されていやいやながらもウジェーヌが指揮を執ることになり、彼はあらゆることを堅実に、また注意深く処理していったとか……。




 人物評に関してですが、ウジェーヌに他の元帥達のような貪欲さがなく、忠誠心が高めであったことはとりあえず置いておきまして……(それだけでも当時のナポレオン周辺の人物としては希有で、貴重なことですが!)。

 ウジェーヌがどう優秀であったか、という件について。

 彼の実父も将軍としてある程度は名を挙げた人物なのか、軍事大臣になったりしているので元々遺伝的な素質はあったのかもですが、実父が処刑された後、母の愛人となったオッシュ将軍(ナポレオンのライバルであり、ナポレオンも「戦争の達人」と評したとか)に学んだり、ベシェールに学んだり、ナポレオンからも色々教えられていたそうで、またウジェーヌ自身謙虚で良く学んだようです。

 最初の会戦となったサチーレの敗戦からウジェーヌは学び、実直な性格とも相まって、戦場となる場所の地形と、会戦の状況を自分自身で必ず良く見るように心がけ、また戦いの最中は常に重要な地点にいるようにし、兵士達に自分自身の勇敢な姿を見せることで勇気づけたのだそうです。

 マクドナルド元帥などはその回想録の中で、1809年のウジェーヌの指揮の失敗と臆病ぶりを誇張して、自分の方が活躍したのだと思わせようとしているらしいのですが、実際にはウジェーヌの指揮は優れていたのだとか。



 ウジェーヌは派手さはないかと思いますが、性格は誠実で、非常に冷静かつ勇敢、有能であったということで、ナポレオン麾下の将軍の中でもっと知られていい人物なんではないでしょうかね~。

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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