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『電撃戦という幻』で見る、フランス第5騎兵師団の撤退に関する動き(付:OCS『The Blitzkrieg Legend』)

 試しに『電撃戦という幻』(原題『Blitzkrieg-Legende:Der Wesfeldzug 1940』)でフランス軍の騎兵についてある程度以上詳しいことが書いていないか見てみたところ、フランス第5騎兵師団の動きについて数ページの記述がありました。


 ↓OCS『The Blitzkrieg Legend』セットアップによるフランス第5騎兵師団周辺の状況

unit9887.jpg

 オレンジ色の帯のついたフランス軍ユニットが第5騎兵師団で、その第78砲兵連隊が置かれているヘクスから3ヘクス以内に自由配置です。各ユニットは『電撃戦という幻』の地図からおおよその位置に置きました(ゲーム的にも割と理に適ってます)。師団マーカーが置いてある場所は、開戦前に同部隊がいたと思われる辺りです。

 その右に置いてあるドイツ軍第1装甲師団の第2装甲連隊(の第1大隊と第2大隊)、第1装甲連隊(の第1大隊と第2大隊)が、史実でヌシャトー(ヌフシャトー:Neufchateau)の辺りに攻撃をかけたのですが、その際に3~4km程度の迂回行動によってフランス軍の防衛線に混乱状況を作り出したことが書かれていました。が、『The Blitzkrieg Legend』の1ヘクスは3マイル=4.83km、つまり5km弱であり、これらの迂回行動は1ヘクスの中でおこなわれた、つまり結局はヌフシャトーのヘクスへの攻撃の際の奇襲チェックで攻撃側奇襲が起こった……という風に考えるべきなのかなと思いました。

 11日09時30分、第2戦車連隊が攻撃を開始した[巻末地図17]。ところが戦車連隊はヌシャトー【地図を見ると1km四方くらいの広さの町だったよう】に向かって突進せず、町を南に迂回し、10時30分にクストモン【ヌシャトーの南東3km辺り】で敵の防衛線を突破した。彼らが次にとった行動はほとんど常識はずれである。北へ旋回してヌシャトーを南から突くことはせず、側背を無防備にしたまま、まっすぐ西に向かって進撃したのである。
 朝、第1装甲師団の前途は真っ暗にみえたが、この日一日中彼らはツキまくった。ヌシャトーを南に迂回したとき、第2戦車連隊はこれによってフランス軍第5軽騎兵師団の締まりのない対敵遅延ラインのあいだ、つまりヌシャトー地区のフランス軍の強化された第11胸甲騎兵連隊【11C】とその南の同じく増強された第60捜索大隊【第71歩兵師団から派遣されていた】のあいだをまんまとすり抜けた。この挙は敵防衛部隊の急所を直撃することになった。ヌシャトー西方4キロメートルのプティヴォアールにある第11胸甲騎兵連隊の戦闘司令所、ならびにエヴァン大佐の指揮する東集団(第5軽騎兵師団の混成第15軽機械化旅団)の戦闘司令所を襲撃することに成功したのである。フランス側はこの地区に第78砲兵連隊第2大隊も進出させており、プティヴォアールの南のはずれには第4中隊の砲撃陣地が設営されていた。
 12時30分頃、東南方の小さな森の中からドイツ軍戦車が突然現われ、フランス軍の砲兵陣地に奇襲攻撃をかけた。同時にワルミフォンテーヌの丘【プティヴォアールの南東1km】からⅣ号戦車が谷底に向かって砲撃を加えたので、プティヴォアールのフランス軍はパニックにおちいった。何人かの兵士が逃亡し、乗り手のない馬が村の中を疾走、混乱に拍車がかかった。客観的に見れば戦車砲撃による物的戦果はたいしたものではなかったが、敵の心理にあたえた打撃はそれとはくらべようがないほど大きかった。
 ……フランス軍はプティヴォアールで踏ん張った。彼らがこの村で絶望的な勇気を奮い起こして戦ったのは、ここが奪取されれば西方への退路が遮断されてしまうからである。
 他方、第1戦車連隊は、11日の攻撃開始時にはまだボダーニュ【マップ上でベルギー軍ユニットが置かれている村。1/6の確率でこの場所に配置される】の橋の後方にいたが、ヌシャトー戦区へと急行、第2戦車連隊がつくったクストモンの突破口を抜け、たちまちプティヴォアールの前面に到達した。フランス側が大いに驚いたことには、第1戦車連隊は第2戦車連隊のプティヴォアール攻略に加勢せず、これを横目に見やりながらそのまま西へと向かい、15時頃、北に旋回して交通の分岐点ビウルジュ【プティヴォアールの西4km】を奪取した。これでフランス軍の対敵遅延作戦は完全に麻痺した。後方わずか4キロメートルのところにドイツ軍戦車が陣どり、しかもプティヴォアールはじりじりと追いつめら一れていた。フランス軍の防衛組織が音をたてて崩れはじめたのはこのときである。前大戦で勇名をはせたフランス兵は無秩序に後退し、安全な場所へと退避した。これを見た第2戦車連隊はプティヴォアールへ前進し、難なくこの村を占拠した。……
 ヌシャトーの突破は、かつて第一次大戦でドイツ軍が発展させた「突進部隊による戦術」の一つの模範例となった。この装甲兵器による巧みな「浸潤行動」は、いわば「からめ手」の戦法であった。まず、もっとも脆弱な防衛線を突き破り、それから敵の背後まで深く進出、さらに相手の恐慌に乗じて敵戦線を一気に倒壊させるのである。
『電撃戦という幻』P224,5



 画像のユニットはすべて戦闘モードで置いてあるのですが、実際には、少なくともドイツ軍第1装甲師団の諸ユニットは、ヌシャトー辺りに史実の5月11日(ゲーム上の第1ターン)に行こうとすれば、移動モードにせざるを得ません。フランス軍側はもちろん、戦闘モードで置かれるはずです。

 そうすると、ドイツ軍側が画像の4ユニットでオーバーラン攻撃をかけたとすると、ドイツ軍側は、

 ユニット数(4)×移動モードで戦闘力半減(2)×森林丘陵での防御で装甲部隊の戦闘力半減(1/2)=4戦闘力

 つまり、森林丘陵による中障害1:1、+2での戦闘となります。

 これはだいぶしんどくて(OCSのチャートを参照)、仮に一番平均的にダイス5個を振って3、4、3、4、3の目が出たとすると、「Ao1 Do1」で、攻撃側が1ステップロスしても防御側は1ヘクス退却すればいいだけです(攻撃側が退却を選択しそれ以上移動できなくなった場合には、防御側は退却する必要すらありません)。

 もしハウスルール(→OCS『The Blitzkrieg Legend』:フランス軍の第1ターン先攻の移動元地点を調査 (2019/06/02))を入れてフランス軍側を移動モードとすればアクションレーティングも1下がって、中障害2:1、+3での戦闘となり、先ほどのダイス目だと「Ao1 DL1o1」で、防御側は必ず1ステップロス、攻撃側はもし1ヘクス退却を選択すればそこで移動はストップ、もし1ステップロスを選択すれば移動が継続できる、となります。


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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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