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なぜブラッドレー将軍がノルマンディー上陸作戦時のアメリカ軍司令官に選ばれたのか?(付:OCS Normandy)

 前々回のエントリ↓の続きです。

ブラッドレー将軍は、パットンを嫌いだった?(付:OCSによる軍団司令部ユニット)


 ブラッドレーは第二次世界大戦で最大時130万名にも及ぶアメリカ軍兵士を率いた、アメリカ史上最大人数を率いた指揮官なのですが、それほどめちゃくちゃ有名でもなく、またそれほど有能ともされていないような気がします。なのになぜ、他のアメリカ軍の将軍達を押しのけてノルマンディー上陸作戦を指揮し、最高指揮権を担うことになったのか(そういえばもうすぐ、ノルマンディー上陸作戦のあった6月6日ですね。75周年?)。


General Montgomery with Generals Patton (left) and Bradley (centre) at 21st Army Group HQ, Normandy, 7 July 1944. B6551

 ↑左からパットン、ブラッドレー、モントゴメリー。1944年7月7日、ノルマンディーの第12軍集団司令部にて。(Wikipediaから)



unit00567.jpg

 ↑OCS『Beyond the Rhine』と連結するノルマンディーゲームの仮マップのノルマンディー部分。



 そこらへん、『パットン対ロンメル』にかなり詳しく、興味深いことが書いてあったのですが、まずはもうちょい浅いところからで『Allied Commanders of World War II』から。

 連合国におけるアメリカ軍の将軍の構成はこのように要約されてきた。「アイゼンハワーが調整し、ブラッドレーが考え、パットンが実行する」 この要約には幾ばくかの真実が含まれている。なぜなら、ブラッドレーは戦略的に広い範囲の推測を元に明快に判断することができたが、一方でそれが特有の臆病さにつながってしまうことがあったからである。
 ……ブラッドレーは1915年にウェストポイントでアイゼンハワーとクラスメートであった。……
 ……ブラッドレーはシチリア島で第2軍団を指揮して山脈の中を進んだもの、パットンとモントゴメリーの競争の陰に隠れがちであった。だが、アイゼンハワーはその指揮ぶりに好印象をおぼえ、パットンをおしのけてブラッドレーをノルマンディーにおけるアメリカ軍指揮官に任命したのである。
 ……
 パットンに関する伝記作家のうちの一人はブラッドレーに関して「あらゆる範囲の細部に注意を払うことのできるゼンマイ仕掛けの精神」と評した。だが、他の論者はそこまでブラッドレーを賞賛していない。チェスター・ウィルモットなどは批判的で、ブラッドレーは重要な地点へ適切に兵力を集中させたりするバランスに欠けるように思われると評した。「彼が作戦に成功したのは、他の誰かが全体としてその戦闘を統制している限りにおいてだった。」……
『Allied Commanders of World War II』P9,10


 ここで印象深いのは、ブラッドレーが思考力、推測力、判断力において高い能力を有しており、またその向けられる範囲も広かったし、しかも細部まで見ることができた、ということでしょう。

 OCSは他の多くのボードウォーゲームよりも敵味方の実行可能な行動の幅が非常に広いので、長考になりがちです。ワニミさんはよく、「OCSで最適解を求めようとしても、それは巡回セールスマン問題で、解けようはずもないのだから」と仰ります。それである程度のところで妥協してムーブして進めていくわけですが、「見落とし」があってそこを敵に突かれてひどいことになることもしょっちゅうあります(^_^;

 しかしもしブラッドレーのような、大胆さや兵力の集中ということには欠けるかもしれないけども、広範囲の細部までを高い思考力で御することができるプレイヤーがいたならば、ある意味安心して指揮官を任せられるのではないかという気もします。


 さて、『パットン対ロンメル』の方の記述なのですが……。まずは、ブラッドレーが有名にはならない(なれない)だろうと当時から思っていた人の言。

 例外があるとすれば、地味で、しゃきっとせず、でしゃばらない印象の上官だろう。たとえばオマー・ブラッドリーなどがその典型だ。ブラッドリーを「見出したのは」パイルで、彼はブラッドリーについて、よく「たいへん控えめで誠実な人柄ゆえ、おそらく正当な評価を得られないだろう」と書いていた。そして「彼を指揮官にしたため、米国には喜ばしい未来がもたらされた」と言った。
『パットン対ロンメル』P302



 次に、1943年の時点でのオーバーロード作戦立案に関してです。

 だが9月25日、とうとうマーシャルが口を出してきた。アイゼンハワーに入った無線連絡によると、アメリカ軍指揮官をイギリス軍とともにオーバーロード作戦立案に携わらせろと7月から圧力をかけられていたから、オマー・ブラッドリーを選任した。ブラッドリーを貸してもらえるだろうか、というものだった。
 この要求はまず間違いなく、アイゼンハワーがその数ヶ月間に聞いた話の中で最良の知らせだった。彼はブラッドリーの性格も能力も高く買っていた。シチリア島上陸前などはパットンに、シチリア島が激戦になったらブラッドリーに任せて、パットンは次の作戦の準備のために本部へ戻すかもしれないとさえ言っていた。実際シチリア島ではブラッドリーは、パットンよりも兵站の問題をしっかり認識している様子をうかがわせていた。また制約の多い戦場でも歩兵の扱いがうまいことを実証して見せた。そして作戦終了の頃には、パットンを含め地中海に配備された将軍の中でも、戦闘指揮をしていた時間が最も長い指揮官となっていた。これらのことを、マーシャルはすべてわかっていたのである。アイゼンハワーの答えは、かの有名な言葉、「たやすい話です」だった。アイゼンハワーはマーシャルに、自分がいかにブラッドリーに頼るようになっているかを伝える一方で、ブラッドリーは「おそらく」パットンような精力的なパワーは欠けているだろうが、「これまでの任務で出会った中で最も円熟したリーダーだ」と評した。あとは、ブラッドリーの転属命令を用意するだけだった。
『パットン対ロンメル』P308



 で、ノルマンディー上陸作戦の指揮官候補に関してです。

 となると、候補は三人、クラークとパットン、ブラッドリーだった。クラークはサレルノの戦い以降、指揮権争いから脱落していた。記録を見ると、チュニジアやシチリア島でのブラッドリーの統率力や指揮能力が、明らかにパットンと同等またはそれ以上であったとは言いがたい。ある部分意図的だろうが、彼は何事もパットンの逆を行っていた。パットンがやることを見ると、ブラッドリーにはすべて逆のことが思い浮かんだ。派手さに対する因習重視、大胆不敵に対する安定性、そして極めつけが、騎兵隊に対する歩兵隊(1943年にはまだ重要な存在だった)という対照性だった。
 実をいえば、アイゼンハワーもマーシャルも 、パットンを特別に扱いにくい人物だとは思っていなかった。彼の感情はわかりやすかったし、コントロールもしやすかった。アイゼンハワーはマーシャルにこう話している。パットンの「私たちに対するあの強い忠誠心があるからこそ、彼は他の司令官よりも手荒に扱っても大丈夫なのです」。問題はパットンには操縦が必要なことだった。一方ブラッドリーはその必要がなかった。Dデイに関しては、事を複雑にするものや、予測不可能な要素はできるだけ無条件に排除しておきたかった。1942年の段階では、傲慢ともいえるほど北西ヨーロッパ上陸を甘く見ていたアメリカ陸軍だったが、その後は次第に、作戦を困難と見るイギリス軍の見方に引きずられていった。計画が具体的になればなるほど、上陸はそう簡単な話ではなく、信頼のおける将軍の特別な能力が必要だということがはっきりしてきた。でははたして、神経質で不安定なパットンが、流血の惨劇に転じる可能性もあったこの作戦の指揮官に適任だったのか。周囲を閉ざされた土地への上陸は、ブラッドリー特有の戦術能力の見せ場ではなかったのか。ブラッドリーは、いわば名シェフであるパットンに比べれば、腕はいいが平凡なコックにすぎなかったかもしれない。だが、彼なら軍隊内に混乱が起きることはなさそうだった。あるいは - 単なる憶測だが - マーシャルやアイゼンハワーといった古い歩兵タイプの人間は、種馬より去勢馬に乗って戦場に向かうほうがよかったのだろう。
『パットン対ロンメル』P309


 これを読んだ時、私は「なるほどなぁ~」と思いました(^_^;

 ノルマンディー上陸作戦の立案と実行が、どれほどの広範囲かつ細部への配慮を必要とする大変な仕事か、ということは想像に難くありません。しかも上陸作戦というのは失敗の可能性も高い。それならば、よく無茶をやる天才肌のパットンよりも、秀才肌で謙虚なブラッドレーに任せた方がいいと、納得できました。

 あるいは、他にもっと全般的に能力の高い人材はいなかったのかということもあるかもですが、イタリア戦などを指揮したクラーク将軍はオーバーロード作戦を任せられる最右翼だと目されていたらしいのですが、期待外れのがっかりだったそうで、そこらへんもまた調べたいと思ったりしています。


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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

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