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第二次欧州大戦の陸空兵器を美少女化したアプリゲームが2019年内配信

 『アッシュアームズ』というアプリゲームだそうで、数日前にネットニュースで知りました。

戦車や戦闘機を美少女に擬人化。スマホ向け新作アプリ「アッシュアームズ‐灰燼戦線‐」が2019年内にリリース
アッシュアームズ‐灰燼戦線‐【公式】 (@AshArms_staff) | Twitter


 出ている情報の中にはコルセアもありましたが、主にヨーロッパ戦線の兵器が出てくる? とすれば、第二次欧州大戦に最も興味のある私としてはだいぶ良さそうな気がします。

 こういうものとしては、『艦これ』人気に火が付いた頃には少しやってみて楽しかったのですが、ある時ぱったりやめてしまってその後再開せず……。その後、イラストのクオリティ的に綺麗で気になった作品がいくつかありましたが、『アズール・レーン』は全然知らない海外の艦船がびしばし出てくるので思い入れができず(日独の艦船ならばある程度分かるのですが)、『ドールズ・フロントライン』も第二次世界大戦以外の銃器に思い入れも知識もないので、両者とも「思い入れと知識のあるキャラだけ目当て」でプレイする気力は湧きませんでした。

 が、今回の『アッシュアームズ』ならばほとんどが知っている兵器になりそうで、知らないものが出てきても調べる興味が湧きそうですし、絵的にも結構綺麗かと思いました。

 同じ顔のユニットが多数並ぶのは現状では違和感がありますが、慣れれば大丈夫……? とりあえず砲座に座るアハトアハトのモーションが可愛かったです(*^_^*)



 ただ、『ドールズ・フロントライン』はアプリはプレイしないにしても、フィギュアの方で何か好みのようなものが出てこないか若干期待してます。というのは、「第二次欧州大戦の銃器+その時代の軍服+美少女フィギュア」というセットが私にとってかなり萌えられるものだということが分かってきましたので(^_^;

 参考:ドイツ軍のMG34機関銃やMG42機関銃のためにフィギュアを買う……ということにするバキッ!!☆/(x_x) (2018/08/30)
    フィギュアでWW2の1/8スケール銃器6種を入手+1/6のMG42 (2018/09/18)



 しかし現状では、↓くらい……? あざとすぎ?&その銃知らないので思い入れ度低いですが。





 むしろ、全然知らない作品ですが『Re:CREATORS(レクリエイターズ)』というアニメに出てくるというアルタイルというキャラのこのフィギュアが持っている、ソ連軍のPPShに惹かれます。




 もっと値段が下がってきたら買いたいかも……。

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MMPのTwitterで知ったテストプレイ中のOCS新作情報

 たかさわさんのブログ(ウォーゲームだもの)の「南北戦争のウォーゲームがアツい」を見ていて、MMPのTwitterなるものがあることを初めて知りました(^_^;

 いや、ツイッターとか、良く分かってないんですよ……。


 私にとっては未知の(事情通の方は全然既知なのでしょうけども)テストプレイ中のOCS新作の写真がいくつもあったんですが、とりあえずそれらのツイートへのリンクを羅列してみます。新しいものから順に。

『Hungarian Rhapsody』:https://twitter.com/Ardwulf/status/1098350521897893888

『Third Winter』:https://twitter.com/Ardwulf/status/1097600692867530754

『The Hero City』:https://twitter.com/Ardwulf/status/1097309762486763522

『The Hero City』『Third Winter』:https://twitter.com/Ardwulf/status/1096553216177831936

『Third Winter』『Forgotten Battles』『The Hero City』:https://twitter.com/Ardwulf/status/1096582167868641280



 『Forgotten Battles』『The Hero City』の2作はまったく知らなかった作品です。


 直近ではとりあえずこれくらい? ざっと見ていると、市井のOCSプレイヤーのプレイ状況をツイートしたものをMMPオフィシャルがリツイートして表示されている、というものもかなりあるよう(Twitterの機能をいまいち良く分かってないので)でした。

 またゆっくり見ていきたいと思います。


1940年の西方電撃戦で、なぜオランダを占領すべきだったのか?(付:OCS『Beyond the Rhine』)

 現在尼崎会(拙宅)にて、1940年の西方電撃戦を扱ったOCS『The Blitzkrieg Legend』をプレイしており、色々な話題が出るわけですがその中で「オランダを降伏させるとVP1点だが、オランダなど攻略せずにその分の戦力を南方に回した方がいいのではないか」という話が出ました。

 オランダ攻略用の戦力としては歩兵師団を除いても第9装甲師団、SS特務師団、第7降下猟兵師団、第22空輸師団などの複数ユニットフォーメーションがあり、また航空ユニットや特殊作戦マーカー、それにもちろんSPも消費しますから、それらをより南方に回せるならば確かに有用な気がします。それに対して「じゃあオランダ軍が南方にシフトできるのでは」という意見も出ましたが、オランダ軍は非常に弱体であり、SPも非常に少ないことから、大したことはできなさそうな……(史実で政治的にそんなことはあり得ないだろうということももちろんありますが)。

 第一次世界大戦の時にはシュリーフェンプランでドイツ軍はベルギーを通ってフランスに攻め込みましたが、オランダは攻めておらず、第二次世界大戦の時にはベルギーへの攻撃は(主攻勢軸であるアルデンヌ方面から目を逸らす)陽動としての意味がありましたが、なぜオランダまで攻略しなければならなかったのか、私は分かってませんでした。


 そこらへん気になったので、各種資料で調べてみました。それらの資料についてのエントリはこちら↓

『FALL GELB 1940(2)』
 ……OCS『The Blitzkrieg Legend』キャンペーン(オランダ抜き)第3ターン後攻 (2018/11/11)

『電撃戦という幻』
 ……『The Blitzkrieg Legend』来ました (2012/11/11)

『西方電撃戦 フランス侵攻 1940』
 ……『英辞郎第7版』『西方電撃戦』発売! (2013/03/12)
    『西方電撃戦』の写真をグーグルストリートビューで探してみました (2013/03/30)



 まず見たのは、オランダ・ベルギーでの戦いのみを扱ったオスプレイの『FALL GELB 1940(2)』だったのですが、本文の2ページ目にずばり書いてありました。

 【侵攻計画で】オランダ領を占領しないことになっているのに不安を抱いたドイツ空軍参謀長のハンス・イェションネクは10月30日にヒトラーに会い、こう異議を唱えた。「もしオランダ領を占領しなければ、イギリスがオランダの航空基地を手に入れることになるでしょう。」 当初ヒトラーは心を動かされなかったが12日後にイェションネクが再び抗議して言った。「オランダは占領されるべきです。なぜなら、イギリスがオランダの航空上の主権を奪うことになるでしょうし、そうなれば我々はルール地方を守ることができません。」 イギリスがその影響圏内にヨーロッパの小さな中立国を無理やり組み込むことによって自身の主導権に先手を打たれるかもしれないと常々恐れていたヒトラーは、OKW(国防軍最高司令部)総長【カイテル】に命じてOKH(陸軍総司令部)へ黄色作戦の計画の中にオランダ征服を含めるよう指示させた。当初は第18軍の中の第10軍団の3個師団のみが割り当てられたが、1月に黄色作戦が改訂されキュヒラー将軍の第18軍全体がオランダの攻略任務に向けられることとなった。
『FALL GELB 1940(2)』P5,6



 他の資料でも探してみたところ、そのものずばりというのはなかったのですが、傍証になるようなものがありました。

 【以下、10月9日の総統指令第6号に明記】攻勢作戦の目的は、まずフランスとその同盟諸国の予想される野戦軍主力部隊を撃滅すること、同時にオランダ、ベルギー、北フランスのできるだけ広大な地域を制圧し、海空による対英戦争指導を有利に進めるための基盤、ならびに最重要のルール工業地帯を守るための広い前哨地域を確保することにある。
『電撃戦という幻 上』P122(『西方電撃戦 フランス侵攻 1940』P52にも同様の記述あり)

 ヒトラーは、10月29日の作戦命令……【で】……オランダが連合軍の陸空軍を受け入れる事態を恐れた結論として、オランダに全面侵攻することになったのだ。
『西方電撃戦 フランス侵攻 1940』P53


 ただ、理由については合致しているのですが、日付の理屈が合わないのが良く分かりません(^_^;


 一方、連合軍側の事前の推測でも、オランダの少なくとも一部が侵攻されることは確実視されていたようです。

 前大戦開戦時の1914年には、ドイツ軍の作戦立案者はオランダ侵攻をその戦略に取り込んでいなかった。この決定はのちに、ドイツ攻勢軍の作戦機動の余地を狭める結果を生じたとして批判の対象となっていた。そのため、今回はベルギーとルクセンブルクだけでなく、オランダも侵攻の対象となることは間違いなく、どう割り引いても、ドイツとベルギーの間にあるオランダの“飛び地”領土であるマーストリヒトを中心とする一帯が奪われることは確実だった。
『西方電撃戦 フランス侵攻 1940』P43



 これら、ドイツ軍側の「ルール地方を守るため」と連合軍側の「ドイツ攻勢作戦機動の余地を狭めないため」が、OCSの地図上でどうなっているか確認しようと思うのですが、前者の件が『The Blitzkrieg Legend』のマップではルール地方が含まれておらず確認できないので、『Beyond the Rhine』のマップで確認してみます(『The Blitzkrieg Legend』は1ヘクス3マイルですが、『Beyond the Rhine』は1ヘクス3.5マイルで、そこらへんの差異もありますが)。


unit00429.jpg

 紫色の線が国境で、ルール工業地帯の都市は(元々)黄色地のヘクスになっています。★印で示したのがマーストリヒトのヘクス。

 こうしてみると確かに、ドイツ軍がオランダに侵攻せず、オランダが中立であったとしても、イギリス陸空軍がオランダに進出したならば、ルール工業地帯は危ないという気がします。「イギリスが中立のオランダにどうやって軍を無理矢理進出させるのか?」という話もありますが、この西方電撃戦のわずか1ヶ月半前、英仏は中立のノルウェーのナルヴィク等に、ドイツ軍の機先を制して無理矢理上陸作戦を決行する手筈を決めたところを、それを察知したドイツ軍がさらに先んじて上陸する(ヴェーザー演習作戦)」ということがあったばかりでしたから、「あながちあり得ない」どころが「全然あり得る」という気もします。

 また、マーストリヒト突出部の存在も確かに重要で、『The Blitzkrieg Legend』で「ドイツ軍プレイヤーがオランダに侵攻しないでその分の戦力を他へ回す? まあそれでもいいけど、その場合はマーストリヒト突出部も当然通っちゃダメだよ」と、そんなルールはないですが政治的な状況を考えるとそういうハウスルールを作った方が良さそうなものの、その場合はドイツ軍はベルギーへの攻勢に四苦八苦することになりそうな気がします(^_^;

 第一次世界大戦の時はドイツ軍はオランダ領を侵犯せずにどうやってシュリーフェンプランを実行したのか不思議に思いましたが、調べてみると大モルトケは元々オランダ領も侵犯するつもりであったものを小モルトケがオランダ領は侵犯しないことに修正し、そして実際にオランダ領にギリギリ入らないところを進んだようです。んー、でも当時は移動コストが低い徒歩タイプの部隊しかいなかったわけですから、それで別に問題なかったということでしょうか。


 調べてみれば他にもオランダに侵攻した理由があるのかもですが、まあここらへんで……。ただ、OCSのプレイ的にはどうしたら良いか難しいところですね。マーストリヒト突出部に関するハウスルールは採用しても良いのかもですが、「将来的にルール工業地帯が危ないかもしれない!」という理由の方は、『The Blitzkrieg Legend』のプレイ中には関係ない(^_^; 例えばのハウスルールとして、オランダを攻略しなかった場合、その分のVPは0点ではなく、-1点だということにするとか……?


<2019/12/31追記>

 2019年12月から始めた3回目の『The Blitzkrieg Legend』キャンペーンプレイでも、オランダを降伏に持っていくのがドイツ軍にとって負担で、その方面へ振り向ける戦力を南方で使いたいという議論が収まらない面がありました。「どうせオランダを放っておいてもオランダ軍ユニット及びSPに攻勢能力などないのだから、最低限の守備部隊だけをオランダ方面に残して、オランダ方面に向けるはずだった部隊を南方に向けてしまえばいいのだ。」と。確かにゲーム的にはそれは可能(たぶん)なのですが、それを許容するとそれこそ「オランダ無視戦略」が『The Blitzkrieg Legend』におけるドイツ軍必勝法になってしまうのではないかという危惧も感じていました。

 それで、再びちょっと資料を漁ってみてましたら、次のような記述を見つけました。

 1914年の第一次世界大戦勃発時、ドイツ帝国軍はオランダ領へは一歩も踏み入らなかった。戦後、当時の参謀総長であったヘルムート・フォン・モルトケ上級大将は、ドイツ軍事界の批判の矢面に立たされた。批判の対象となったのは、参謀本部がマーストリヒト“虫垂部”と呼ばれるリムブルフ州を横切る攻撃を実施しなかったことで、ドイツ部隊はオランダ南部国境沿いに西へ向けて、密集して進まざるを得なかった不手際にあった。結果、オランダ侵攻の必要は戦訓として学び取られたが、《作戦名:黄色》の第1案で示された考えは、オランダ全土の侵攻ではなく、第6軍により“虫垂部”を攻撃するという限定されたものであった。しかし、オランダが仏英の地上・航空戦力を自国領内に招き入れるのではないかという危惧から、1940年1月30日に交付された《作戦名:黄色》第4案では、作戦をオランダ全土の侵攻へと拡大させることになった。
『西方電撃戦 フランス侵攻 1940』P107


 なるほど、虫垂部は通らなければならないが、虫垂部を通る「だけ」だと、オランダを連合軍側に付かせてしまい、そこに英仏軍が地上・航空部隊を置いて、短期的にも長期的にもドイツ本土やルール地方や、あるいは攻勢の根元が危険にさらされるから、オランダを降伏させねばならないのだ、ということですね。

 そうすると、オランダを(その弱さゆえもあり)できるだけ短期に降伏させるのはドイツ軍にとって必須のことであったと考えてもよいような気がします(そして降伏させた後、その方面の戦力を南で使用する)。だとすれば、オランダの降伏は1VPではなく、「ゲーム終了時にオランダが降伏していなければドイツ軍は他の条件にかかわらず敗北」とか……? うーん、その場合ドイツ軍プレイヤーが、「ゲーム終了時までにオランダを降伏させればいいのだ」と考えてなんか色々な策を考えるかも……しかしそれはそれでリスクもあるでしょうから、全体としては大丈夫か……?

<追記ここまで>

<2020/05/28追記>

 最近出た『総力戦としての第二次世界大戦』を読んでいましたら、ドイツ軍のオランダ侵攻についての理由が書かれていましたので、挙げてみます。

 そこ【マンシュタイン構想のドイツ軍の作戦計画】では、ベルギーやルクセンブルグ【ママ】に加えて、オランダも侵攻の対象となっていた。連合国側を陽動する目的があったからである。
『総力戦としての第二次世界大戦』P53


 これは恐らく、巻末に挙げられている参考文献のどれかにそう書かれていたのであろうとも推察しますが、持ってないものだらけなので確かめるのは私には不可能……(^_^; しかし個人的にはこの理由付けは色々な理由から疑わしいと感じました。

 「色々な理由」とは、様々な史実の状況から考えて……というようなことですが、それはおいといて(おい)、今回初めて既に持っていた『[新版]西部戦線全史』にも目を通してみたら、それにはこのエントリで書かれていたこと+α的なことが書かれていましたので、そちらも挙げてみます。



 ヒトラーの「総統指令第6号」は、フランスとオランダ、ベルギーの主力部隊を、北海沿岸の平野部で撃滅して、ルール工業地帯を守るのに必要な緩衝地帯を確保するのと同時に、ベルギーの北海沿岸にある港湾をいくつか占領して、イギリスとの長期戦にも耐えられる態勢を作り出すことをその目標と定めていた。
 言い替えれば、この時点でのヒトラーの脳裏には、電撃的な侵攻作戦でフランスを降伏させるという大それた野望は存在しなかった。彼はあくまで、戦争の長期化に備えた「地歩の確保」を重要視し、フランスとオランダ、ベルギーへの侵攻は「戦争序盤における彼我の状況を、自軍に有利な形で固定する」ための方策と位置づけていたのである。
『[新版]西部戦線全史』P161


<追記ここまで>

<2020/09/11追記>
 リデル・ハートの『ナチス・ドイツ軍の内幕』を読んでいましたら、「独ソ戦を開始する前に、西部の自由を確保しなければならない」「ルール地方にベルギー、オランダから攻められないようにしなければならない」という話が載っていました。

 ヒトラーは軍首脳部に対する【対フランス戦の必要性を説く】演説の中で、最後にはロシヤからの危険がくるという危惧の念を表明し、それまでにはどうしても西部で自由になっていなければならないと言った。けれども、今のところ連合国は彼の和平提案を受け入れようとはせず、要塞の後ろに隠れている。 - ドイツからは届かず、しかも自分の方からはいつでも飛び出せるような状態で。ドイツはいつまでこういう状態を我慢しなければならないのか。ここ暫くは有利だろうが、六ヵ月たてば手遅れだ。「時間は我々に不利なように進んでいる」西部でさえも不安の原因がある。「我々は - ルール地方というアキレス腱を持っている。もし英仏がベルギー、オランダを通ってルールに侵入してきたら、我々は最大の危険に曝されるだろう。それはドイツの抵抗をマヒさせることができるであろう。」この脅威を除くためにはまず最初の一撃をこちらから加えねばならない。
『ナチス・ドイツ軍の内幕』P106,7


<追記ここまで>

WW2ソ連の女子飛行連隊を描いた『白百合は朱に染まらない』1巻が発売されました

 以前、ソ連空軍の女性戦闘機隊のマンガが新連載 (2018/08/09)で書いてました『白百合は朱に染まらない』の第1巻が2/20に発売されたそうです(買おうと思いますが、でっかい本屋に行けるチャンスが今なかなかないので、いつ買えるか分かりません)。





 以前のエントリを書いていた時には、『歴史群像』の「翼を持つ魔女」と同じくリディア・リトヴァク(ストライクウィッチーズのサーニャ・リトヴァクのモデル)を主人公にしているのかと思っていたのですが、そうではないということに今回初めて気付きました(^_^;


 ↓が公式ページのようで、第1話の試し読みができます(泣きました(T_T))
https://yanmaga.jp/c/shirayuri/

 ちなみにこの第1話で話に出てくるウクライナでの悲劇については、『ブラッドランド』:戦前に約350万人(以上)を大虐殺していたスターリン (2018/07/23) をご参照下さい。


 閑話休題

 さらに、同ページには「不具合・仕様対応表」というのがあって、

史実を元にしているものの、物語構成上どうしても出てきてしまうフィクション部分‥‥。

ミリタリ好きの方、そしてこれからハマっていく方のため、平沢先生が泣く泣くフィクションに変えたところや
雑誌掲載後、間違いに気がついて修正した箇所をQ&A形式でまとめました。

「まだ間違えている部分あるよ!」という情報をお持ちの方は大変お手数ではございますがご教授いただけますと幸いです。

とのこと。対応表を見てみると、えらい詳しい(ミリタリーオタク読者からの?)指摘が並んでいて、それらの内容自体がえらく興味深いです。こういうの大好きです(*^_^*)

 しかし、これらの指摘の詳しさには驚嘆するばかりです(^_^; 先日、尼崎会では「ミリオタ」の話が出て、その時に私は初めて「自分は今まで、何かの種類の『オタク』と言えるほど何かにどっぷりハマったりしたことはなかったように思うのだけども、現状を見てみるとミリタリー関係の本とかを読みまくっているわけだし、もしかして私はミリオタというカテゴリに入るのかも!?」と認識したのですが、しかしまあもしそうだとしてもまだ全然浅いところにいる感じがします。

 ところでミリオタということに関しては、ミリオタの図解というこち亀の画像が非常に面白いですね。私は明らかに「ウォー・シミュレーション」の「読書系」だと思います。この画像、例えばhttp://blog.livedoor.jp/netagazou_okiba/archives/7592680.htmlには上の部分もあって、「ミリオタは他のオタクと同列に扱われるのを異常に嫌う」とか、あるいは昔読んだのとして『萌えよ! 戦車学校』の中で、「ミリオタが他のオタク(ガンダムオタクとか?)を攻撃するから、ミリオタの数が先細りになってる」とか、最近見たのとして「ミリオタも高齢化 戦争の悲惨な歴史を次世代に伝える役割も」というネットニュースもありました。うーん、そうだったのか……良く知りませんでした(^_^;



 またまたところでなんですが、『P51 ムスタング』(第二次世界大戦ブックス)の続きを読んでいたら、P89,90に、「戦闘機乗りは爆撃機のことを“大きな友達”と呼んでいた」という話が出てきて、「へええ!」と思いました。オタク業界においては「大きなお友達」といえば……(→Wikipedia「大きいお友達」アンサイクロペディア「大きなお友達」)。

 私も(オタクとまでは言えないにしても、それらアニメ等に若干興味を持っているという意味では)大きなお友達と言えるでしょうね(^_^; OCSを今後プレイする中で、爆撃機のことを「大きなお友達」と呼んでプレイしたら面白そうだなと思いました(おい)。

OCS『GBII』『CB』:『On a Knife's Edge』による小土星作戦でのイタリア第8軍の崩壊

 『On a Knife's Edge: The Ukraine, November 1942 - March 1943』上での小土星作戦でのイタリア軍(第8軍)の崩壊についての記述が非常に興味深かったので、取り上げてみます。ここらへんの流れはGJ4号『激闘! マンシュタイン軍集団』の冒頭でも描かれるところですので、同ゲームをプレイしたことがある方にも想起しやすいところではないかと思います(その画像としてはasasinさんの「激闘!マンシュタイン軍集団」作戦研究?その1の2枚目の画像がいいですね)。


 『On a Knife's Edge』上ではイタリア軍の退却中の、メシュコフ(Meshkov)という村を巡る攻防の話が興味深かったのですが、OCS『Case Blue』では地名が書かれていませんでした。ので、Yahoo!地図などを元に『Case Blue』のマップに周辺の地名ともども書き加えてみました。

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 イタリア軍は画像上部のドン川沿いに戦線を張っているのですが、小土星作戦によって戦線は崩壊して退却していきます。

 CtrlキーとShiftキーを同時押ししながら画像をクリックすると新しいタブ上に画像が開かれますので、このエントリの後半で本の文が引用される時に参照してもらうと良いと思います。



 ↓参考:『Case Blue』天王星作戦シナリオによる同戦区

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 イタリア軍の配置に関しては小土星作戦時とそれほど差はないと思われます。



 次にOCS『Case Blue』(と『GBII』)でもって、登場する部隊と地図について取り上げてみます。

unit00426.jpg

 ソ連軍側でメインで登場するのは、第1親衛軍に所属していた第18戦車軍団と第6親衛狙撃兵軍団(第1および第44親衛狙撃兵師団と、第38および第153狙撃兵師団)です。

 画像の上段が第18戦車軍団で、今回ユニットを探していて初めて気付いたのですが、『Case Blue』だけでは小土星作戦はプレイできず、『GBII』が必要なのですね……(まあ他のシナリオでもそういうことはありましたが(^_^;)。濃い茶色のユニットが『GBII』のもので、薄いのが『Case Blue』です(ちなみに『GBII』には第18戦車軍団のユニットとして他に第180戦車旅団、第18自動車化狙撃兵旅団のユニットが入っており、部隊編成の変遷に伴って差し替えられるものと思われます)。AR3はまあ「ふつう」という感じです。

 画像下段の左下の1ユニットを除いたのが第6親衛狙撃兵軍団です。同軍団には4つの狙撃兵師団(他国の軍でいうところの歩兵師団)が所属しており、うち2つが親衛狙撃兵師団(AR4!)でしたが、1つは第1親衛! ソ連軍は戦功によって親衛の名(と装備などの優先権)を獲得するシステムですし、「第1親衛」というのであれば最初に親衛の名を獲得したと思われ、気になったので調べてみました。

 日本語版Wikipedia「親衛隊 (ソ連・独立国家共同体)」によれば、「この称号はエリニャ【イェルニャ】攻勢の戦功に対して、ソビエト連邦軍最高総司令部の決定で国防人民委員令第308号により、1941年9月に最初に付与された。……第100、127、153、161狙撃師団がそれぞれ、第1、2、3、4親衛狙撃師団へと称号が冠された。」とあり、英語版Wikipedia「100th Rifle Division (Soviet Union)」によれば「第100狙撃兵師団は1941年9月18日、イェルニャ攻勢の直後に、最初の親衛部隊のうちの1つとして、第1親衛狙撃兵師団となった。」と。

 イェルニャ攻勢(→英語版Wikipedia「Yelnya Offensive」)について私は良く知らないのですが、しかしこれはOCS『Smolensk:Barbarossa Derailed』のシナリオ7で扱われており、今まで2回プレイしました。『Smolensk:Barbarossa Derailed』にはちゃんと第100狙撃兵師団のユニットがありました(13-3-3)。その活躍の詳細についても気になるところですが、調べるとなると大変そうなので今回はパスで(^_^;

 画像の左下のものは第1親衛狙撃兵師団の『GBII』のもので、タイフーン作戦の頃にはまだ13-3-3だったのでしょうが、『Case Blue』では14-4-3になっているわけですね。




 次に、イタリア第8軍戦線の部隊↓

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 パスービオ師団とトリノ師団が「半自動車化歩兵師団」(イタリア軍側の呼称では「自動車化可能歩兵師団」というのが分かりやすそうです)で、移動モードでは自動車(装輪)で12となってます。

 下段の「Aosta」というのは「アオスタ候アメデオ皇太子師団」ですが、「ケレーレ(快速)師団」と書かれていることが良くあります。

 これらのOCSのイタリア軍ユニットはAR上は割と優秀なのですが、各種資料で当時の詳細を知るにつれ、状況はもっと悪かったという気がします。将来的に小土星作戦シナリオを作る時にルール的に調整するとすれば、イタリア軍(やハンガリー軍)は戦意や物資不足により冬季にはAR-1され、またセットアップ時には周辺にはSPはほとんど置かれないようにするとかが良さげでしょうか。



 さて、『On a Knife's Edge』による記述なのですが、『From the Don to the Dnepr』の記述でもって周辺事情を埋めていった方が理解しやすそうなのでそうしてみます。まずはソ連軍視点から。

 第35親衛狙撃兵師団が西への脱出路をブロックしている間に、第6親衛狙撃兵軍団の部隊が第18戦車軍団の数個旅団と協力してドン川の南のMedovoに向かってその途上にいるドイツ軍とイタリア軍の部隊を一掃した。Bakharovの第18戦車軍団はVervekovkaでのドイツ軍の抵抗を粉砕してBogucharka川を渡り、12月19日の終わりまでにMeshkov(そのすぐ北西がMikhailovskii)を攻め落として、ドン川沿いに配置されていたイタリア軍部隊の西への退却路を切断した。ドイツ軍の第298歩兵師団の諸部隊がMeshkovの南で抵抗を示し、イタリア軍部隊はこの重要な町から第18戦車軍団を引き剥がそうと繰り返し攻撃をおこなったが、すべてが無駄に終わった。第18戦車軍団は12月21日に第1、および第44親衛狙撃兵師団がその守備を引き受けるまでMeshkovに留まった。
『From the Don to the Dnepr: Soviet Offensive Operations, December 1942 - August 1943』P62

 戦車軍団と機械化軍団同士の連携が難しかっただけでなく、それらの部隊は狙撃兵師団が支援可能な範囲から離れて活動していたのだった。それゆえ、12月19日から21日にかけての第18戦車軍団はMeshkovを抜きながらも、敵部隊はその後方を通過していき、それどころか2日間の間、支援部隊である諸狙撃兵師団から第18戦車軍団は事実上孤立していたのだった。
『From the Don to the Dnepr: Soviet Offensive Operations, December 1942 - August 1943』P79



 次に『On a Knife's Edge』による記述です。

 これらの【第1親衛軍所属の】機甲戦力を支援するための歩兵戦力も頻繁に、脱出しようとするイタリア軍やドイツ軍の戦闘グループとの戦いを続けていた。このような状況が12月26日まで続き、大量の捕虜が出て、わずかな抵抗拠点は踏みつぶされたものの - ミレロヴォはその顕著な例外であったが - 他の敗残兵達は比較的安全に脱出に成功した。12月19日のメシュコフ【Meshkov】の占領は、多くのドン川沿いのイタリア軍部隊の脱出ルートを脅かし、その後数日にわたってイタリア軍とドイツ軍の様々な規模の部隊がこの村を再占領しようとした - 彼らはそれに失敗したものの、ロシア軍の第18戦車軍団を、この村の防衛を引き継ぐ歩兵部隊が到着した2日後まで拘束することになった。……
 イタリア軍のパスービオ半自動車化師団は、12月19日にメシュコフへの退却の命令を受け取るまで善戦していた。ロシア軍の第18戦車軍団がすでにメシュコフにいることを知らなかったイタリア兵達は、自分達のディーゼル車が、冬季用の添加剤がなくて燃料が凍ってしまうことに気付いた。ほんの少しのガソリン車が行ってしまった後は、残りの兵士達は徒歩で歩かねばならなかった。……
 パスービオ師団の兵士達は極寒の状況の中で悪戦苦闘しつつ、ドイツ軍の第298歩兵師団の兵士達や、あるいはトリノ、ラヴェンナ、快速師団、それに2つのムッソリーニの「黒シャツ隊」(おおまかに言って戦前ドイツのSAと同様の民兵組織)からの兵士たちと合流した。兵士達の隊列は徐々に無秩序になっていき、またドイツ軍兵士達は同盟国イタリア軍の兵士達をほとんど助けようとしなかった。それは一つには、今の戦線崩壊がイタリア軍の弱さが原因であると彼らが非難していたことにあった。だが、Cortiが記しているように、彼の師団の兵士達は対戦車砲も重機関銃もほとんど持っておらず、彼らの軽機関銃は冬季には使い物にならなくなることは有名であった。ドイツ軍は武器、糧食、燃料を同盟国に供与することを拒否していたことがイタリア軍兵士らを失望させ、広く反感を持たれてしまっていた。
 実際、ドイツ軍とイタリア軍との間の関係は、様々な理由で最初からやや険悪なものであった。すでに述べていたように、イタリア兵達はドイツ軍兵士による市民達や捕虜達に対する扱いに恐怖心を抱いていたし、わずか一世代前の父の時代のイタリア人とドイツ人は第一次世界大戦で敵同士であったことは忘れられていなかった。イタリア海軍の戦艦のうちの1隻であるヴィットリオ・ヴェネトは、ドイツの同盟国であったオーストリア・ハンガリーに対して最終的に勝利を収めた戦いの名前を冠していたのである。ドイツ軍側も、イタリア軍側に東部戦線で最新兵器、特に対戦車砲を供与するつもりであるという約束を守るつもりなどなかった。また、ドイツ軍はイタリア軍を、戦争に参加するつもりも戦うつもりもない弱兵と見なしていた。だが、何度でも指摘しておくが、イタリア軍部隊は彼らの旧式の兵器で可能な限り、ドイツ軍と同様に激しく戦ったのである。おおかたの場合、ドイツ軍兵士達は彼らの同盟国兵士達の弱さをけなして憂さ晴らしをしていたのであった。
 悪戦苦闘してメシュコフへと進むうちに彼らは、その町がすでにロシア軍の手に落ちていることに気付き、列をなす兵士達は他の脱出路を見つけようと西へと進路を変えていった。彼らの隊列は敗北にともなうがらくたで雑然としていた - 破壊された車両、死んだ、あるいは死にかけの馬や兵士達、それにあらゆる種類の放棄された武器など。アルブゾフ【Arbuzov】の村の周辺の谷で、彼らはまだ使用可能であったわずかな建物の中やまわりに集まったが、そのほとんどはドイツ軍兵士に乗っ取られてしまい、イタリア軍兵士達はその外の極寒の中で休息せざるを得なかった。将校達はあらゆる場所に現れるロシア軍兵士に対する防御地点を確保するためになんとかして兵士達を集めて再編しようとしたが、何もかもが凍り付く寒さの中、疲れ切っている上に長い間何も食べていない兵士達は、配置されたその場所で息を引き取ってしまうのだった。ドイツ軍とイタリア軍の兵士達は12月23~24日にかけて何とか防御線を拡張したが混乱の中で戦闘が起こって、両軍に損害が出た。
 ……
 その村【アルブゾフ?】から撃退されるも建物群を包囲したロシア軍は、その敗残兵達の集団に砲撃を開始し、最初は支離滅裂なやり方でであったものが段々と激しさを増していった。死傷者は増大し続け、特に平地に寝かされていた無力な負傷者達は砲弾の直撃を受けた。時折、ドイツ軍の航空機が頭上に現れて包囲された兵士達に補給物資を投下していったが、仮にイタリア兵達が先にその補給缶になんとかたどり着いたとしても、ドイツ兵達はイタリア兵とそれらを分け合うことを拒否した。噂では - 実質内容のないものであったが - ドイツ軍の装甲部隊が彼らを助けに来るといい、また他にも、包囲環を拡大する時にドイツ軍がすべてのロシア兵捕虜を殺したというのが本当であったことが判明した、という噂が流れていた。一方、Cortiが会った一人のイタリア軍敗残兵が言うには、自分はロシア軍に捕まった5,000名のイタリア軍部隊の内の一人であったが、監視兵達が突然捕虜達に発砲し、彼らのほとんどが殺されたのだという。
 ……
 どちらの陣営も無慈悲であったが、後に詳述するように、多くの場合ロシア兵はイタリア兵捕虜を、ドイツ兵よりもはるかに丁重に扱ったのだった。
『On a Knife's Edge: The Ukraine, November 1942 - March 1943』P186-190



 割と「イタリア兵とドイツ兵の仲の悪さ」に紙幅があてられているのが印象的です。「ロシア兵はイタリア兵捕虜を、ドイツ兵よりもはるかに丁重に扱った」件について後に詳述されるそうで、そこらへん大変興味あります(多分、『Sacrifice on the Steppe』でもそういう話が後半に出てくるのだろうと思います)。

 『On a Knife's Edge』で印象的であったメシュコフを巡る戦闘ですが、他の資料(『Sacrifice on the Steppe』や『Endgame at Stalingrad: December 1942 - Feburary 1943』)の索引でも探してみたのですがほとんど名前が出てこず、意外でした。元史料の差異によるもの?

 『Regio Esercito:The Italian Royal Army in Mussolini's Wars, 1935-1943』(→東部戦線同盟軍洋書とイタリア軍洋書を入手しました (2017/12/07) )には索引がなくてぱっと調べられないのですが、ある程度以上の記述があって、連隊規模の小さい独立部隊のようなものに関する記述もあるようで俄然興味の湧くところなので、小土星作戦に関する箇所はこれから全訳してみようかと思います。



『戦場の素顔』著者がオススメするウェリントン本と南北戦争本

 ようやく『大いなる聖戦』を読み終わりまして、『戦場の素顔』を読み始めました。

『第二次世界大戦全史 大いなる聖戦(上・下)』を買いました (2018/10/17)
『戦場の素顔』他を買いました (2018/09/25)

 『大いなる聖戦』については、またいくらか書こうと思っています。


 で、『戦場の素顔』の方なんですが、最初の章の中の「軍事史のどこがいけないか」という段で、著者(ジョン・キーガン)が絶賛している?本がありまして、参考に紹介してみたいと思います。


 1つ目はウェリントン本で、こうありました。

 ……このアプローチ【将帥たちとその将帥術の研究】は時としてめざましい成果を生み出すことがある。
 たとえば、現代のアメリカ人歴史家ジャック・ウェラー[Jac Weller]のウェリントン三部作、インド編、半島戦争編、ワーテルロー編は、ウェリントンその人についての力強い人物造形のセンスと、19世紀の戦争営為(ウォーフェア)のありようについて、将帥から一兵卒にいたるあらゆるレベルにおける、奥深い、人情味のある理解によって裏づけられている。
『戦場の素顔』P24





 どうも書かれた順番は半島戦争(1962年)、ワーテルロー(1967年)、インド(1972年)のようです。インド編と半島戦争編はKindleで140円で買えるようです。

 ワーテルロー編の書評を読んでみると、ウェリントンの力量に焦点を当てているものの、偏った見方ではない、という感じでした。ワーテルロー編は個人的に興味はあるのですが、積ん読洋書が多すぎるので、積ん読量が減ったら購入を考えるということで……(^_^;



 もう一冊はこれ。

 同様に戦略ドクトリンの歴史も、いくつかのめざましい例外をのぞいて - ジェイ・リュヴァース[Luvaas]『アメリカ南北戦争の軍事的遺産』はその輝かしい例のひとつだ - 思想史につきものの弱点が著しく露呈している。つまり、思考と実践とのあいだの因果関係を立証できていないのである。
『戦場の素顔』P27





 内容としては、南北戦争によるヨーロッパにおける軍事思想への影響という本のようで、南北戦争ファンが買うべきというよりは軍事思想ファンが買うべき本……?



 あと、ハンス・デルブリュックという軍事史家に関する記述があって興味を惹きました。

 ハンス・デルブリュックは19世紀ドイツで活動した偉大な草分けの軍事史家だが、昔から言い伝えられた軍事作戦の叙述の多くが、単に学識ある人が現場検証しただけでまったくのナンセンスだと判明することがありうることを示した。
『戦場の素顔』P35


 日本語版Wikipedia「ハンス・デルブリュック」もあって、その中で「彼の説では、諸蛮族に対するローマ軍の優位性は規律や高度な戦術よりも、むしろ兵站上の支援にあったとしている。つまりローマ軍は非常に大きな軍を戦場に送り維持することができたが、これが諸蛮族にはまねできなかったというのである。 」とあったのが個人的に非常に興味深かったです。

 ハンス・デルブリュックには『伯爵グナイゼナウ元帥の生涯』という著作があるらしいのですが、英訳本はないようで、それじゃ読むのは無理ですね……(>_<)




 ところで『戦場の素顔』の著者ジョン・キーガンの著作の和訳一覧(Amazon)ですが、その中に英語版を買って良く参照していた『WHO WAS WHO in World War II』の和訳版『第二次世界大戦人名事典』があるのを見つけて驚愕しました。和訳本があったとは知らなかった……orz



 英語版があるから和訳版は買わないべきかどうか一瞬躊躇したものの、日本語ですらすら読める利便性には抗しきれず、ポチりました(^_^; 余ることになる英語版はどうしましょうか……。この本、人物写真集としても素晴らしいので、写真を切り抜いてゲーム部屋に飾り付けましょうかね(おい)。



 またまたところで、この『WHO WAS WHO in World War II』にしても『WHO WAS WHO IN THE SECOND WORLD WAR』にしても、人物事典でのHで始まる人物名の並び方について嘆息することが一つ。

 今、ヒトラー、ヒムラーに次ぐナチス第三の権力を持っていたトリスタン・ハイドリヒの暗殺を扱った『ナチス第三の男』という映画が公開されています。



 このハイドリヒはユダヤ人ホロコーストの責任者・推進者で、非常に悪名高かったのですが、そのハイドリヒから順番に、人名事典上では……

Heydrich(ハイドリヒ)
Himmler(ヒムラー)
Hirohito(ヒロヒト)
Hitler(ヒトラー)

 となってまして、「この並びは昭和天皇への印象が悪すぎるだろう……」と……(T_T)


 ハイドリヒについて私が最初に知ったのは『第二次世界大戦紳士録』という本からで、この本も個人的に超オススメです。




OCS『The Blitzkrieg Legend』キャンペーン(2回目)第6ターン先攻連合軍

 尼崎会(拙宅)で、OCS『The Blitzkrieg Legend』キャンペーン(2回目)の第6ターン(5月20日ターン)先攻連合軍をプレイできました。

 担当としてはワニミさんがベルギー軍とイギリス大陸派遣軍、フランス軍の北側(アルデンヌの森の西側)が肉入り鍋さん、フランス軍の南側(アルデンヌの森の南側)は私が担当しました。


 ↓先攻ターン終了時。

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 全体的には前回から大して動きはありません。が、改めて確認してみるとこの5月20日ターンというのは、史実でドイツ軍のグデーリアン麾下の装甲部隊がマップ西端の海岸線近くまで到達していたので、だいぶ進撃は遅々としていると言えますね(^_^;





 ↓イギリス大陸派遣軍の戦区

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 前ターンに包囲されていたブリュッセルですが、イギリス軍の反撃によって解囲されました。が、(ブリュッセル内部の部隊はプレート上に置かれており)脱出自体はできていません。この後、またドイツ軍によるダブルターンの可能性があり、解囲はしたもののそれらも含めて再度包囲されるかも……?

 しかしこの時の戦闘で、ドイツ軍第3装甲師団の半分が壊滅させられてしまいました……。




 ↓ワニミさんが持ってきて下さったアイテム

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 このアイテムでもって脚の4箇所だけ分マップの空間が空いていれば、マーカー入れのカップやダイスを振る為のグラスが置けるということで、有効活用していこうと思います(*^_^*)



オストロゴジスク=ロッソシ作戦をメインとした英語洋書をついに発見!

 『On a Knife's Edge: The Ukraine, November 1942 - March 1943』を続けて読んでいってまして、小土星作戦の序盤から中盤にさしかかろうとしています。

参考:『On a Knife's Edge: The Ukraine, November 1942 - March 1943』を買いました (2018/10/26)


 その中で、イタリア軍が退却して、Meshkovという村の辺りでソ連軍やドイツ軍と色々なことが起こって……という辺りの記述が非常に興味深く、ブログに書くためにちゃんと和訳してみようと思いました。

 で、このMeshkovという村なのですが、『On a Knife's Edge』の地図(P154)には載っているもののOCS『Case Blue』の地図上には表記されていませんでした。

 ↓『On a Knife's Edge』の地図の一部

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 で、とりあえず最初にイタリア軍が突破されたBogucharという村とセットで「Meshkov Boguchar」で検索してみましたところいの一番に、『Rollback: The Red Army's Winter Offensive Along the Southwestern Strategic Direction 1942-43』という本にこの2つの村がセットで表示されている箇所があると出てきました(2番目と3番目はすでに持っている『From the Don to the Dnepr: Soviet Offensive Operations, December 1942 - August 1943』と『On a Knife's Edge: The Ukraine, November 1942 - March 1943』でした。

 その内容としては、

 第6親衛狙撃兵軍団の最初の任務はBoguchar-Meshkov-Migulinskaya地域にいる敵を包囲し、壊滅させることであった。同軍団は第153狙撃兵師団と協力してこの任務を3日間かけて遂行することになっており、またその第153狙撃兵師団はMeshkov方面に攻撃をかけることになっていた。
『Rollback: The Red Army's Winter Offensive Along the Southwestern Strategic Direction 1942-43』P23


というものでした。

 この本の存在は全然知らなかったので、とりあえずAmazonで検索してみましたところ……。



 まず値段の高さ(6,675円)にびっくり(^_^; また、「SOVIET GENERAL STAFF」とあって、ソ連軍公式資料からの編纂っぽいものかと。書評を(Google翻訳で)見てみたところ、内容としてはどちらかというと無味乾燥っぽく、計画段階が詳細で実行部分の量は多くないとか、またソ連軍公式資料に色々誤りもあるっぽいですが、本自体の評価は悪くない(むしろ良い)感じでした。

 で、最初にヒットしていたGoogle Booksのページの最初の方を見ていったら目次が見られないかと思って見てみましたら……。

 書名からして、天王星作戦から第3次ハリコフ戦を扱うのかなと思いきや、

第1部 小土星作戦の準備(P15~92)
第2部 小土星作戦の実行(P93~130)
第3部 オストロゴジスク=ロッソシ作戦(P131~246)
第4部 ヴォロネジ=カストルノエ作戦(P247~330)
第5部 ヴォロシノフグラード作戦(P331~344)

 という、なんと、オストロゴジスク=ロッソシ作戦がメインの本ではないですか! その他の部も個人的には大変興味のあるところばかりです。グランツ氏の『From the Don to the Dnepr: Soviet Offensive Operations, December 1942 - August 1943』が小土星・疾駆・星・第4次ハリコフ(←これだけ1943年8月とえらい離れてますが)とあるのと、結構補いあう形になってます。


 というわけで、こりゃあ買わねばならないですよね、値段は高いですが、まあ当然……と、ポチることになりました(なお、Kindle版が安いですが、過去の経験からKindle版は図版の解像度が低い、索引がない、などのことがあったので、基本的に買わないようにしてます)。


 小土星作戦の資料も結構あることになってきましたし、OCS『Case Blue』の小土星作戦シナリオセットアップの作成という件も、生きている内にできればやりたいところです(一応『Case Blue』の小土星作戦シナリオを誰かが作ったりしてないかと思ってGeekで聞いてみたのですが、なさそうでしたので……)。

 まあとりあえずは『On a Knife's Edge』を読み終わらなければですが! 2/5くらいまでは進んだかなと思います(パウルスがどうしたとかの興味の薄いところは割と盛大に読み飛ばしながらですが(^_^;)。



 あ、あと、Meshkovですが、Googleマップで見たところ、現在の地名は「メシュコフスカヤ」ということなんではないかと思いました。当時の発音としては「メシュコフ」でいいですかね……。

OCS『Tunisia II』カセリーヌ峠シナリオの続きを新人さん2人と

 先日の尼崎会(拙宅)に、新たな新人さんが来てくれました!

 肉入り鍋さんの友人の長谷川さんです(参照:ミドルアース大阪でOCSに興味あるという若い新人さんに『ドイツ戦車軍団』を (2019/01/14) )。

 長谷川さんは『ドイツ戦車軍団』を何度も研究プレイし、また、OCSの練習も『Sicily II』の「シチリア島西部」シナリオをVASSALで肉入り鍋さんと体験済みということでした。

 で、じゃあ尼崎会でOCSを練習するに当たってどうしようかということになったのですが、前回(OCS『Tunisia II』カセリーヌ峠シナリオを新人さんと練習プレイ (2019/01/19) )のプレイ途中のものがあるので、まあそのまま後攻プレイヤーターンの連合軍をプレイしてみようということに。

 一方ワニミさんは、その練習プレイに時々ツッコミを入れながらも、旧GJの『フランス電撃戦』を研究プレイしてみるということに。



 ↓OCS『The Blitzkrieg Legend』を中心としてOCS『Tunisia II』と旧GJ『フランス電撃戦』を無理やり広げているの図

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 ↓旧GJ『フランス電撃戦』のセットアップ

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 ワニミさんは数回研究プレイをして、だいぶ満足されているようでした(*^_^*)




 さて、OCS『Tunisia II』のカセリーヌ峠シナリオの続きでの練習プレイですが、状況説明やルール説明やできそうなことを色々探っていってますと……

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 黒い矢印のようにして専用トラックで、包囲下にあったアメリカ第1機甲師団の3ユニットに燃料を入れて、その後赤い矢印のようにして無防備な枢軸軍の輸送トラック×2(空)と第21装甲師団の専用トラック(満載)を踏めるということが判明! 枢軸軍側は何度も前プレイヤーターンのやり直しをさせてもらった(尼崎会ではどれだけでもやり直しOKにしてますエヘン( ̄^ ̄))のですが、どれだけ検討してもその行動を完全には防げない……(ただし、前プレイヤーターンに連合軍の司令部とSPを踏んでいた2ユニットに関しては惜しいのでやり直しをせずにしていましたので、それらもやり直して対処に回せば何とかなるのですが(^_^;)。

 というわけで、そこんところ、もっと包囲を厳重にするか、あるいは南方に守備隊を置くとか、トラックを無防備な場所に置かないとかしないといけないということが分かりました。というか、新人さんに「ほら、後方に守備隊を置いておかないとどういうことになるか分かったでしょ?」と自分の身を以て示すことに……バキッ!!☆/(x_x)

 あと、黒い○の箇所(よりもうちょっと西でもOK)に司令部を回しておかないと第10装甲師団が補給切れで死ぬということが分かっていなかったことも判明しました(^_^;



 で、肉入り鍋さんと長谷川さんで色々検討して、連合軍のムーブをしていきます。検討の結果、南方で輸送トラックを踏んだ以外では冒険をせずに防備を固めるという方向でプレイされていました。


 その結果↓

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 黒い線が連合軍の防衛線で、(枢軸軍側から見ると)割とガチガチに固められてしまいました(^_^; 第2ターンのイニシアティブは連合軍側(新人さん2人)が取ったのですが、検討の結果先攻を枢軸軍に渡すということにしたので、一応私の方で枢軸軍のムーブを考えてみた結果……。

 赤い矢印のようにして西方の2つの補給源からの鉄道線を切ってしまうという手がないわけではないかな、と。ただ、この2つの鉄道線を切ることは可能そうだけども、一番東の連合軍の補給源はガチガチに防備されており、その間の東から2番目の連合軍補給源も枢軸軍が押さえた上で、赤い線の軸も捨てずに保持しておかないと前述の鉄道線カットの効果は薄れてしまうでしょう。しかし、第10装甲師団方面に司令部を回さねばならない関係上カセリーヌ峠周辺には司令部がDAKのもの1つしかなく、それでもってこの「赤い矢印」「赤い線」の両方を継続的に保持するなど無理! つまりは突破フェイズにいったん連合軍の補給線をカットできても、次の自分のプレイヤーターンには退却せざるを得ないことが目に見えているので、まあこれはやっても無駄だなぁ、と(^_^; 「長いキャンペーンの途中を戦っているようにプレイせよ」という方針に従うならば、新たな防衛ラインを築くことを考えるべきでしょうね~。


 と、今回はここらへんで良い時間となったのでお開きにしました。

 長谷川さんは今後も時々来られるつもりだということで、じゃあ次回はという話の中で、『Guderian's Blitzkrieg II』のタイフーン作戦の南方のシナリオ(グデーリアン)の1マップシナリオをやりましょうかということになりました。OCS『Guderian's Blitzkrieg II』キャンペーンのセットアップ始めました (2018/03/03)の最初のところに書いてあるシナリオ5.2はフルマップ1枚+フルマップ0.4枚分なのですが、シナリオ5.1はその0.4枚分がない、フルマップ1枚のシナリオなので、おそらくそれで。

 長谷川さんは「ビッグゲームがいい」「補給を使うゲームがいい。補給なしで何でもできるなんて変な感じがする」(←これは肉入り鍋さんも言ってました)と仰せなので、まさにOCSの為の人材と申せましょう! 無理せず気長にやっていって、将来的には尼崎会で恒常的に3人とか4人とか5人とか6人とか……のOCSプレイができるようになれば!

 何度か尼崎会に来られたことがある方とか、全然OCSをやったことないけど興味のある方とかの新たな参加も、首をキリンのように長くして待ってますので、ぜひご検討下さい~(*^_^*)


今までの訪問者数(2011/9/17以降)
プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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