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OCSユニットで見る?バルバロッサ作戦で各軍集団に3個ずつ配備された後方任務用の警備師団等

 以前、『第二次世界大戦全史 大いなる聖戦(上・下)』を買いました (2018/10/17) で書いてました同書を読んでいってまして、なかなかに面白いのですが、その中で、バルバロッサ作戦の時のドイツ軍の戦闘序列として、「各軍集団には後方任務用の警備師団三個が配備され」(上P263)とあるのに興味を惹かれました。

 『Guderian's Blitzkrieg II』などをプレイしていると、兵科マークに「Sec」(Security)と書かれたユニットがあり、セットアップ上でも後方地域で守備的任務についている感じです。

 OCSの兵科マークには、「Sec」の他にも「Pol」(Police)というのがあり、これをサンセット和訳ではとりあえず「Pol」は警察、「Sec」は治安と訳していますが、妥当なのかどうかは良く分かりません……が、とりあえず本エントリでは「Sec」の師団は「治安師団」と記述することにします。

(2018/12/25追記:その後色々見ていると、「保安師団」という和訳の方が使われているようなので、本エントリはこのままにしておきますが、今後は「保安師団」という呼び方を使おうと思います)


 とりあえず、OCSの東部戦線ゲームから「Sec」「Pol」のユニットを探し出してみました(といいつつ、『Baltic Gap』はユニットをスキャンしてなくて今ゲームも手元にないのと、『Hube's Pocket』は所有してないので、それらは除き)。


 ↓『Smolensk:Barbarossa Derailed』

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 すべて師団で3つですから、これが中央軍集団用の治安師団3つかとも思えるのですが、良く分かりません。



 ↓『Guderian's Blitzkrieg II』

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 治安師団が、201、221、286、403、454の5つあります。その他に大隊~旅団規模の治安ユニットや警察ユニットがあったり、SSの警察連隊ユニットがあったり……。



 ↓『Case Blue』

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 第213治安師団だけ別の場所に1個だけあったので、右下に貼り付けました。大隊~連隊規模のものだらけですね。



 試しに「Security Division」で検索してみると、英語版Wikipedia「Security Division (Wehrmacht)」というものが存在しており、師団一覧もあります。

52nd Security Division
201st Security Division
203rd Security Division
207th Security Division
213th Security Division
221st Security Division
281st Security Division
285th Security Division
286th Security Division
325th Security Division
390th Security Division
391st Security Division
403rd Security Division
444th Security Division
454th Security Division
707th Infantry Division

 ですが、最後の第707歩兵師団については以前、OCS『Guderian's Blitzkrieg II』第707歩兵師団によるユダヤ人大量殺害 (2018/10/18)で書きました。

 この師団リストにもリンクがあったりなかったりするんですが、リンクがあるものを見て、どの軍集団に属していたと書かれているのかを見ていくと、こんな感じになりました。

 201 中央
 203 中央
 207 北方
 221 中央(『Smolensk:Barbarossa Derailed』『Guderian's Blitzkrieg II』にユニットあり)
 281 北方
 286 中央(『Smolensk:Barbarossa Derailed』『Guderian's Blitzkrieg II』にユニットあり)
 325 フランス
 454 南方(『Guderian's Blitzkrieg II』にユニットあり)

 このリストですでにして中央軍集団に4つ、治安師団がいたことになりますから、正直わけが分かりません(^_^; しかも『Smolensk:Barbarossa Derailed』に入っている第403治安師団にはリンクがないので、これも中央っぽいし……。まあ、時期的な変遷の問題とか、バルバロッサ作戦の最初においては各3個ずつだったよ、ということなんでしょうか。それは全然ありそうですね。


 治安師団についてWikipediaの記事を斜め読みしてみると、こんなことが書かれていました(適当な訳です)。

 後方地域の警察、治安(後方連絡線や補給線の警備)、物資の徴発、対パルチザン活動に従事。対パルチザン活動の内容は、村の破壊、家畜の没収、ドイツ本国に労働力を強制送還する、労働力に適さない年齢の者達を殺すことなどであった。

 支援部隊として比較的装備は貧弱で、しばしば年齢や障害によって最前線の軍務に適さない兵士によって構成されていた。

 多くの場合、治安師団にはウクライナ、ロシア、フランス兵士の大隊と、捕獲された外国戦車の大隊も含まれていた。

 1944年のソ連軍の大規模な構成で、治安師団の多くが最前線に投入され、その中で壊滅した。この間、ドイツ国防軍の慢性的な人的資源不足のために、標準的な歩兵部隊として再建された部隊もあった。

 治安師団は多数の戦争犯罪にかかわり、多くの場合、民間人に対する抑圧の体系的プログラムを担当していた。これは特に東部戦線、とりわけ極端な残虐行為をおこなった中央軍集団の後方で発生した。ドイツ国防軍は本質的には犯罪組織ではなかった、という戦後すぐの見解とは異なり、現代の歴史家は、国防軍全体とその治安師団は、実際には非武装民間人の虐殺、財産の体系的破壊、ホロコーストに深く関与したのだと主張している。




 『ブラッドランド』(→最近買った本『ブラッドランド』『枢軸の絆』『世界史を動かした脳の病気』など (2018/05/30))を見てみると、「秩序警察大隊」というのが23個あって……という話が出てきまして、私は最初、これが治安師団(のすべての構成要素)だったのかな? と思ったりしたのですが、英語版Wikipediaを見ていっていると、23個の秩序警察大隊のうち9個が治安師団に配属されていたものの、残りはまた違った部隊として使われていたようで、完全にイコールではないようでした。

 秩序警察には日本語版Wikipediaにも項目→「秩序警察」があり、オルポとも呼ばれるようです。


 『ブラッドランド』には、秩序警察大隊のうち309、310、314、320大隊についての具体的な記述がありますが、英語版Wikipediaを見ていると、310を除いた3つの大隊は、OCS上にユニットがある部隊に所属していました。


 秩序警察第309大隊は第221治安師団に属していました。

 ↓左が『Smolensk:Barbarossa Derailed』、右が『Guderian's Blitzkrieg II』の第221治安師団

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 ポーランド東部のビャウィストクのような主要都市では、ドイツの部隊が大規模な虐殺を決行して手本を示した。モロトフ=リッベントロップ線のすぐ東に位置するビャウィストクは、元はポーランド北東部の都市だったが、当時はソヴィエト・ベラルーシに属していた。6月27日にドイツ国防軍がここを占領すると、すぐに秩序警察第309大隊が民間人から略奪を働き、彼らを殺しはじめた。およそ300人のユダヤ人を殺害し、その遺体を市内のあちこちに放置した。それからさらに数百人のユダヤ人をシナゴーグに追い込んでおいて建物に火をつけ、逃げようとした者を撃ち殺した。ビャウィストクとその周辺地域では、それから2週間のあいだに地元のポーランド人が約30件のポグロムに参加した。やがてヒムラーがビャウィストクへやってきて、ユダヤ人をゲリラとして扱うよう指示した。秩序警察は7月8日から11日までのあいだに、ビャウィストクのユダヤ人住民約1000人を捕らえて近郊へ連れていき、銃殺した。
『ブラッドランド(上)』P306,7






 第320秩序警察大隊は当初、特別任務警察連隊?に所属しており、1942年からは第11SS警察連隊に所属したようです。

 ↓『Case Blue』の第11SS警察連隊

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 以下の件は1941年のことであり、第11SS警察連隊には関係ない話ですが……。

 1941年8月の末には、ウクライナ南西部の都市カームヤネツィ=ポジーリシクィイでドイツの各部隊がみごとな連携を見せて多数のユダヤ人を銃殺した。ここでは戦争そのものがユダヤ人難民を苦難に突き落とすこととなった。
 ドイツの同盟国ハンガリーは、カルパチア山脈南側の、チェコスロヴァキアの最東部地域であったルテニアの併合を許された。しかし古くからこの地域で暮らしていたユダヤ人にはハンガリー国籍を与えず、「無国籍」のまま、東のドイツ占領下ウクライナへ追放した。ドイツが統治していた地域ではユダヤ人の流入により、かぎられた資源に負荷がかかった。この地域の親衛隊・警察高級指導者であったフリードリヒ・イェッケルンが率先して事態収拾にあたった。8月12日に予定されていた会議でヒムラーに報告できるような成功をおさめたかったのだろう。彼は空路で現地入りし、必要な準備を整えた。カームヤネツィ=ポジーリシクィイ近郊の地点を処刑場に選び、ユダヤ人難民と地元のユダヤ人を強制的にそこへ連行した。ユダヤ人は穴の中で秩序警察第320大隊とイェッケルンみずからが選んだ専任要員らによって銃殺された。8月26日から29日までの4日間でおよそ2万3600人が命を奪われた。イェッケルンはこの人数を無線でヒムラーに報告した。これはドイツによる大量殺人の中でも群を抜いて規模が大きく、のちにひとつの範として受け継がれていくこととなった。
『ブラッドランド(上)』P313,4





 秩序警察第314大隊は1942年から第10SS警察連隊に所属していました。

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 ハルキウ【ハリコフのこと】では、特別行動部隊C所属の特殊部隊4aが市当局を使って、市内に残っていたユダヤ人をひとつの地区に集めさせたようだ。12月15日から16日にかけて1万人以上のユダヤ人が町外れのトラクター工場へ連行された。1942年1月、彼らはそこで一度に数人ずつ、秩序警察第314大隊と特殊部隊4aによって銃殺された。トラックの貨物室に閉じ込められ、そこに引き込んだ排気管からガスを送り込まれて殺された者もいた。
『ブラッドランド(上)』P320




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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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