fc2ブログ

OCS『Guderian's Blitzkrieg II』キャンペーン第13ターン~第15ターン先攻

 この土日でOCS『Guderian's Blitzkrieg II』キャンペーン第13ターン~第15ターン先攻をプレイできました。

 史実でタイフーン作戦の第2段階が始まった11月15日ターンが「軽い凍結」となり、その次のターンからは泥濘の天候は存在しないこともあり、このターンからドイツ軍は再度の攻勢を始めました。


第13ターン 11月12日 軽い泥濘 飛行制限あり
 先攻 ソ連軍
 後攻 ドイツ軍

第14ターン 11月15日 軽い凍結 飛行制限あり
 先攻 ドイツ軍
 後攻 ソ連軍

第15ターン 11月19日 軽い凍結 飛行制限なし
 先攻 ドイツ軍


 ↓11月15日ターン先攻(ドイツ軍)終了時。第3装甲軍方面。

unit00198.jpg

 ヴォロコラームスク(写真中央辺り)からクリンやモスクワへの突破を一応考えてはいたのですが、史実では早くに陥落していたルジェーフ(写真左下)が落ちておらず、その周辺の兵力が恐ろしいことになっていました。で、散々悩んだんですが、ルジェーフ方面への鉄道線を切ることが可能っぽかったので、思い切ってそちらに突っ込んでみました。

 ただ、次のソ連軍ターンには補給路を繋げられてしまいました……(その時点での写真撮るのは忘れてました)。



 ↓同。トゥーラ方面。

unit00199.jpg

 私がもともと指揮していた第4装甲軍の大部分もワニミさんに移管しまして、第2装甲軍とともに大河であるオカ川に取りついていますが、トゥーラはまだ落ちていません。

 私は良く分からないんですが、モスクワの戦力が大してないらしく(ルジェーフに回していたのだとか)、「これはモスクワ落ちるな……」とワニミさんが仰ってました(^_^;





 ↓11月19日ターン先攻(ドイツ軍)終了時。

unit00200.jpg

 ドイツ軍側はソ連軍にダブルターンを取られるとつらかったのですが、幸いイニシアティブを取ることができ、先攻を選択。ルジェーフ周辺に進んでいた装甲師団3つ+自動車化歩兵師団2つが移動モードから戦闘モードになって、今度こそルジェーフへの補給線を切るべくオーバーランを繰り返しました。ソ連軍側が建設していた2つの航空基地も2つ奪取しました。




 ↓同、トゥーラ方面。

unit00201.jpg

 オカ川を前ターンより多くの部隊が越えています。




 ↓同、ヴォロネジ方面。

unit00202.jpg

 前ターンにソ連軍側が嫌がらせのようにちょっかいをかける姿勢を示したところに、ドイツ軍側が戦線を張ったり、食い込んできたりしています。



 この後も、連休中は基本的にほぼ毎日プレイできそうな感じです。






スポンサーサイト



OCS『Guderian's Blitzkrieg II』キャンペーン第11ターン後攻~第12ターン

 先日の尼崎会(拙宅)で、OCS『Guderian's Blitzkrieg II』キャンペーンの第11ターン後攻~第12ターンをプレイできました。


 その内容は以下の通りです。

第11ターン 11月5日 軽い泥濘 飛行制限なし
 後攻 ソ連軍

第12ターン 11月8日 軽い泥濘 飛行制限あり
 先攻 ソ連軍(ダブルターンを選択して、反攻作戦発動)
 後攻 ドイツ軍


 ↓スヒーニチ近郊への空挺降下作戦

unit00195.jpg

 写真下方で、ドイツ軍にとって戦線後方のスヒーニチ近郊へソ連軍が空挺作戦をおこなってきました。警戒空域の戦闘機が結構叩き落としたりしたのですが、1個旅団が降下に成功。丸裸のドイツ軍司令部が攻撃されたものの、ソ連軍側のダイス目が悪く、空挺部隊が壊滅しました。ただ、ドイツ軍側も司令部がLowになって2Tを払わせられました。




 ↓第12ターン終了時の中央部

unit00196.jpg

 ドイツ軍側の進展としては、写真右の方でアレクシンを占領(アレクシンからソ連軍が撤退していた)し、カルーガを包囲したことでしょうか。トゥーラ周辺の、ソ連軍のいない場所では浸透していってますが、ここ数ターン攻撃は全然おこなっていません。




 ↓第12ターン終了時の南方。

unit00197.jpg

 ヴォロネジの西にあるスタリィ・オスコルをソ連軍側が放棄し、そこにドイツ軍部隊が入りました。今後ヴォロネジ攻防戦が始まるのか否か……?




 最新号のコマンドマガジンにOCS記事が載った件ですが、こかどさんがブログで書いてくれてました(写真で冒頭が読めます)ので、そちらへのリンクを貼っておきますね(*^_^*)

コマンドマガジン140号に松浦さんのOCS記事あります



 あと、今回分かった勘違いしていた件について。私は『Case Blue』は青作戦(1942年6月)からで、その前(5月)の第二次ハリコフ戦がオマケでできるだけだと思い込んでたんですが、いやいや、1941年10月(つまりタイフーン作戦の開始時)から、『GBII』と連結してちゃんとプレイ可能なのですね! 全然分かってませんでした……。

 『GBII』のキャンペーンをやる際でも、南側の盤端問題があるので、次回プレイする際には『Case Blue』の『Enemy at the Gates』マップセット分(フルマップ4枚)を隣の部屋(^_^;に広げて、そちらもプレイしながらやるのが良いのではないかという話になったりしています。もしそれをやったとしたら、フルマップ8.2枚分をプレイすることになるわけで、さすがに本邦初ではないかなと……(ただし机を買わないと駄目かも)。

 『Case Blue』マップセット(コーカサス)は、多分戦場にならないので、プレイは可能ではあるんですが、まあいらない……? 机さえ買えば広げられるかもですが、うーん……(^_^;

エスイグ氏推薦のチュニジア戦の本を入手しました

 OCS『Tunisia II』序盤研究 (2018/04/03) で書いてました、チュニジア戦の洋書ですが、OCS『Tunisia』のデザイナーズノート(デザイナーはディーン・エスイグ氏)で推薦されていたコギンスの『The Campaign for North Africa』を入手しました。

 デザインノートにはこうあります(『Tunisia II』の方にも収録されています)。

 チュニジアでの戦いが特異で局地的な戦場だったため、このゲームに関する資料には事欠きませんでした。いくつかの良質の書物が、チュニジアのみをどれほど取り扱うかの程度の差はあれ存在しています。チュニジア戦の全体像を掴む上でベストなのは、コギンスの『The Campaign for North Africa』でした。その書名とは裏腹に、コギンスは北アフリカ戦役全体には序章を割いているにすぎず、残りのほとんどでチュニジア戦だけを扱っています。コギンスの本は(詳細とはいえませんが)充分な図解が付いた資料であり、私はチュニジア戦に関して非常に優れている本書を推奨します。



 と、その存在は知っていたんですが、日本のAmazonからではなぜか買えなかったのです。ですがイギリスのAmazonにはあるので、今回イギリスでの買い物を代行してくれるネット業者?を探してみましたらあったので、そこから注文してみました。

https://www.amazon.co.uk/campaign-North-Africa-Jack-Coggins/dp/0385043511

 私が買った時は、元の本(古本)の値段が5000円くらいで、最終的に8500円くらいになりましたが、今見るともっと安くなってる?(まあしょうがないですね~)


 届いた本はカバーがなく、大学図書館の所蔵品だったっぽいです。

unit00191.jpg





 ↓中を見てびっくり、なんか子ども向けっぽい雰囲気。

unit00193.jpg





 ↓こういう地図が全部で79あります。地図が79枚はすごい!

unit00194.jpg

 第3次エル・アラメイン戦より前はすごい駆け足なので、その分、クルセイダーとかガザラとかの地図が見開き中に収まっていますが、第3次エル・アラメイン戦以降は数ページに1枚地図という感じで、兵器の図入りの解説などもあります。文の量も結構あります。





 ↓目次

unit00192.jpg

 Iで第2次エル・アラメインまで。IIが第3次エル・アラメインと、チュニジアまでの撤退。
 IIIとIVがトーチ作戦とアルジェの占領あたりまで。
 Vがチュニジア戦の初期。VIが中期(カセリーヌ峠の戦いを含む)。VIIで枢軸軍がチュニジアの北東に追いこまれ、VIIIでチュニジア戦が終了します。
 IXはマルタ戦を扱っていて、なぜか文字の大きさが小さめなので、付録的な感じ……?


 最初の1ページを試しに読んでみたんですが、分かりやすい英文であるような気がします。本当に子ども向けってことはないとは思うのですが、しかしこの体裁で晦渋ってことも考えにくいので……?


 今読んでいっているオスプレイの『Operation Compass 1940: Wavell's whirlwind offensive』の英文が、なんか意味が取りにくいのでつらいです。その前に読んだ『Moscow 1941: Hitler's First Defeat』がすごく分かりやすい文で非常に面白かったのに、どうしても比べてしまいます……(>_<)

「電撃戦の攻撃目標は敵の指揮系統」である……OCSばんじゃーい!∩( ・ω・)∩

 大木毅さんの『灰緑色の戦史』を読んでますと、「電撃戦の攻撃目標は敵の指揮系統」というような文がとりあえず2箇所に出てきました。



 作戦レベルで電撃戦をみてみると、何よりまず攻撃目標は敵の指揮系統にあることがわかる。……機械化部隊がそれまでの軍事的常識では考えられないほどに敵中深く進撃することによって、敵軍をマヒさせたのである。空陸一体の攻撃によって分断された部隊は、たとえ兵器や弾薬を大量に有していたとしても、味方の指揮通信系統から途絶しているために作戦的に意味のある行動がとれず、遊兵と化してしまう。言い換えれば、「兵力」ではあっても「戦力」ではなくなってしまうのだ。
『灰緑色の戦史』P155,6

 ドイツは物理的な「兵力」を正面から撃破するのではなく、その指揮統制システムを混乱させて「戦闘力」としての機能を奪うことによって勝ちつづけてきたのである。電撃戦とはそのことに他ならなかった。【しかしクリミアではそれが上手くいかなかった。なぜなら、】敵を混乱させにくい陣地戦となると、ドイツ軍の作戦は意外な脆さを示すのである。
『灰緑色の戦史』P174



 多くのウォーゲームではしかし、こういうことはなかなか実際に再現されにくい感があると思うのですが、OCSにおいては充分可能であり、しかもそれを狙うべきであるように思えます。

 私自身が最もそれを感じたのが、富山のKさんに披瀝してもらった、OCS『The Blitzkrieg Legend』におけるプレイでした。

OCS『The Blitzkrieg Legend』セダン突破シナリオの解決法? (2016/07/03)

 それまで、「『The Blitzkrieg Legend』でドイツ軍はどうやったらフランス軍に勝てるのだ……?」と思っていたのですが、司令部が踏まれたことによってむしろフランス軍側の方がどうしようもなくなってしまいました。


 もちろん、OCSにおいても勝ち筋は色々あると思いますが、一つの有力な方法が敵司令部を踏むということであり、他にも敵の補給集積所を踏む、敵のエクステンダーを踏むなどの方法であろうと……。


 それら、「OCSは真の機動戦を再現するためのシステムだ!」という意図で書きました記事が4月20日発売の次号のコマンドマガジンに「OCSを紐解く」というタイトルで載ることになりましたので、良ければぜひ目をお通し下さい!





 OCSばんじゃーい!∩( ・ω・)∩



 ところでその、「踏まれるべき司令部」ですが、OCSにはスタックの順番に関するルールがあり、「司令部は一番上に」とはあるのですが、「一番上に置くべき」ではなく、「置いてもいいよ(can)」と書かれており、「じゃあ隠してもいいんですよね?」という話に最近尼崎会ではなってきまして、実際最近の『Guderian's Blitzkrieg II』のプレイでも、隠せるなら隠した方が色々メリットがあるよなぁ……ということが感じられるようになってきました。

 これは、「司令部を踏むのが目標だ!」というプレイを難しくはするのですが、しかし史実で「司令部があそこにいる! だからそれを踏むのだ!」ということがあったのですかよと言われれば、いや、「たまたま踏んだ箇所に司令部がいたから、敵が大混乱に陥った」ということであろうとも思え、そういう意味では司令部ユニットを隠してプレイする方が史実に近いとも言える……?


OCS『Guderian's Blitzkrieg II』キャンペーン第10ターン後攻~第11ターン先攻

 尼崎会(拙宅)で、OCS『Guderian's Blitzkrieg II』キャンペーン第10ターン後攻~第11ターン先攻がプレイできました。


第10ターン 11/1 軽い凍結 飛行制限なし
 後攻 ソ連軍

第11ターン 11/5 軽い泥濘 飛行制限なし
 先攻 ドイツ軍



 ↓第10ターン後攻(ソ連軍)終了時

unit00188.jpg

 ソ連軍が包囲されたトゥーラから反撃をおこないました。赤い○のヘクスにドイツ軍の司令部がいてその能力で架橋しており、川(ウパ川)の北の部隊に補給を通していたのですが、そこに向かってソ連軍の大戦車部隊が攻撃! ドイツ軍は大敗して、矢印のところまで司令部だけが退却しました。これで2個装甲師団が補給切れの危機に……。

 後攻時の攻撃だったので、次のターンでダブルターンを取れば、先ほど撤退した司令部を屠れるのみならず、画像の下の方に単独で存在している輸送トラックも踏めるでしょう。


 次のターンのイニシアティブはからくもドイツ軍が取ったので、ドイツ軍は先攻を選択しました。


 ↓第11ターン先攻(ドイツ軍)終了時

unit00189.jpg

 先ほどソ連軍にやられた補給切れの危機はなんとか繕ったものの、軽い泥濘であったので、ほとんどまったく何もできていません。



 ↓同、南東側面

unit00190.jpg

 ドイツ軍はヴォロネジをも2個装甲師団でうかがっています。

 ヴォロネジはソ連軍の増援が湧いてくるポイントの1つであり、鉄道輸送力を使わなくてもいいので、ドイツ軍にとっては脅威です。史実ではグデーリアンは南東側面になるべく関わりたくなかったものの、やむを得ず戦力を配分したり、攻撃を受けてしまったのでそれを何とかするために戦力を送らざるを得なくなっていたのですが、ワニミさんは「やられる前にやる」という方向性でやっておられます。しかしかなり逡巡があるそうです(^_^;


尼崎会でOCS『Beyond the Rhine』がプレイ可能に

 私はOCS『Beyond the Rhine』を持ってなかったんですが、ワニミさんのご厚意により、『Beyond the Rhine』1つを尼崎会に置いてもらえることになりました(>_<)

 実はうちにある『Case Blue』、『Guderian's Blitzkrieg II』も同様にワニミさんが尼崎会に置いてくれているものです。本当にありがとうございます……!


unit00187.jpg

 改めてユニットシートを見てみると、最近尼崎会で流行のP-47が「5-8」でまあまあすごいんですが、何よりユニット数が多い! P-51は「6-4」で更に強いのですが、数が少ないです。

 アメリカ軍の機甲師団は1ユニットで14戦力とか12戦力とかで2ステップあるとか、無茶苦茶です(^_^; ただ、ARは4がほとんどで、5は稀にしかないですね。

 ドイツ軍は装甲師団等はまだしもなんですが、歩兵師団は往時に比べてボロボロさが目立ち、全体のユニット数も連合軍よりかなり少なく感じます。しかしそれでも、連合軍は楽々と進撃したわけではないそうで……。


 またユニットを切りまして、プレイの機会が作ればなぁと思っております。うあー、しかしOCSだけでも一生かかってもプレイしきれない……6月にはOCS『Smolensk』が来るし……(というか、v4.3を訳さなければならないのが大変そうだ……)。

OCS『Guderian's Blitzkrieg II』キャンペーン第6ターン後攻~第10ターン先攻

 先日の土日、尼崎会(拙宅)でOCS『Guderian's Blitzkrieg II』のキャンペーン第6ターン後攻~第10ターン先攻をプレイできました。


 ターン構成は以下の通りです。

第6ターン(10/19ターン) 乾燥 飛行制限あり
 後攻 ソ連軍

第7ターン(10/22ターン) 乾燥 飛行制限なし
 先攻 ソ連軍
 後攻 枢軸軍

第8ターン(10/26ターン) 軽い泥濘 飛行制限あり
 先攻 ソ連軍
 後攻 枢軸軍

第9ターン(10/29ターン) 軽い泥濘 飛行制限なし
 先攻 ソ連軍
 後攻 枢軸軍

第10ターン(11/1ターン) 軽い凍結 飛行制限なし
 先攻 枢軸軍


 特筆事項としては、10/22ターンにソ連軍に4T分の輸送機の増援が来て、包囲下の部隊に補給を投下できるようになったこと(ただし成功率は割と低く、4T投下して1Tしか拾えなかったということが2度あったりしました)。

 それから、凍結の可能性が初めて出てきた11/1ターンにいきなり凍結したのですが、ドイツ軍は初めて凍結した時にすべての輸送トラック(専用トラック、エクステンダーを含む)の損耗をチェックしました。1/6の確率だったのですが、9/30が失われ、やや多めの損失となりました……。それから、すべての歩兵師団をチェックして、半分の確率で1ステップ損耗するのですが、私はチェック中に8連続損耗とかがあり、これも確率よりは悪かったのではないかなぁ……(T_T)

 また、ドイツ軍はトゥーラを迂回・包囲する動きをゆっくりと実行し、また南東側面のエレツを占領しました。

 毎ターンの写真を載せるだけの動きがないので、今回の最初のターンと最後のターンだけ写真を挙げてみます。


 ↓今回の最初のターン

unit00184.jpg




 ↓今回の最後のターン

unit00185.jpg

 トゥーラを包囲して、モスクワの南側に進んでいます(というか、そこしか進めそうなところがない(^_^;)。

 


 ↓最後のターンの南東側面

unit00186.jpg

 ドイツ軍がエレツを占領して、ヴォロネジもうかがう感じです。



 今回出てきたTips。

・第2ターンあたりに、第2装甲軍のエクステンダー(オリョールあたり)から第4装甲軍のエクステンダー(カルーガあたり)へ繋ぐというのもありではないか。

・ブリャンスクにいたソ連軍部隊は、オリョール方向へ逃げていくべきなのだろう。そうすれば、オリョール周辺のドイツ軍を圧迫できる。

・ドイツ軍は航空基地のレベルをぜひ上げたい。第1ターンに上げるか、あるいは泥濘になった最初のターンあたりに上げるか……。

・変換の完了している鉄道線からエクステンダーを繋いで、その向こう側に一部だけ変換した鉄道線があってもいい。だから、最初の数ターンの間に進撃した先の前線に近いところで鉄道変換を始めて、戻ってくるように変換していくというのもあり。


OCS「防御のためにこそ攻撃しなければならない」の具体例を『「砂漠の狐」回想録』から

 OCSにおいては、「攻勢の時にこそ防御に非常に気を配らなければならず、そして、防御のためにこそ攻撃しなければならない」ということが要求される……と常々思っております。


 『「砂漠の狐」回想録』を読んでいましたらまたまた、そういうことに当てはまる記述が。

 天才的な資質を持っていたのは、ウェーヴェルだけだった。オーキンレックも非常に優れた指揮官だったが、たいていの場合、作戦の戦術的指導を部下の指揮官たちにまかせていた。彼らはすぐに、私の行動原則に従わされるはめになり、戦術的には、自ら行動する(もっとも、常にそれが必要であるというわけではなかった)というよりも、わが方への対応に振りまわされることになる。カニンガムとリッチーは、いずれも戦車の専門家ではなく、近代的な視点から、イギリス軍部隊に革命的な再教育をほどこすことなどできなかった。この両者とも、運動戦の要求に応じて、麾下部隊を戦術的に正しく投入しおおせたことは、ごくまれにしかなかったのだ。しかし、オーキンレックは、エル・アラメインで自らのイニシアチヴを示し、考え抜かれた作戦を、注目すべき勇敢さを以て遂行したのである。私がドイツ軍自動車化団隊により、ある地点を突破しようとすると、彼はいつでも別の場所でイタリア軍を攻撃し、これを撃破した。そうして、わが方の補給地域付近に出現し、脅威を与えてくるか、あるいは、南方に突破せんとして味方をおびやかしたのであった。結果として、私は、そのつど攻撃を中断して、危険な戦区を急ぎ救援するように強いられた。
『「砂漠の狐」回想録』P426,7



 青字で塗った2つ目の箇所がそれです。「攻撃によって防御する」好例でしょう。ロンメル自身も、防御のためにこそ攻勢するということがよくあったと思います。クルセイダー作戦の後半における「鉄条網(エジプト国境)への進撃」もそうでしょう。


 青字の1つ目の箇所は抽象的で分かりにくい気もしますが、「後手を取らされる」ということかと思います。

 カニンガムやリッチーも「自分はこうしたい」という思いを持って作戦指導をしていた。ところが、ロンメルから意表を突かれるような攻撃を受けると、それへの対処でいっぱいいっぱいになってしまい、自分がやりたい行動をできなくなってしまう、と。

 OCSは、一般のウォゲームに比べると戦線のどこもかしこもが脆弱で、しかもできることが大きい(もちろんリスクも高まる)ように作られているので、青字の1つ目や2つ目的なことが非常に起こりやすくなっているのです。……と思います(*^_^*)


 コマンドマガジンに、そこらへんのことも織り込んだOCSのシステム紹介記事を投稿してみてたんですが、次号(4月20日発売)で掲載されるようです。機会がありましたらぜひご覧下さい~。

ワグラム会戦に間に合わなかったヨハン大公

 以前、『歴史群像 No.147』 ヨハン大公とウジェーヌが素晴らしい! (2018/02/15) でヨハン大公について書いてましたが、その後も継続してヨハン大公について情報収集をしてました。


 日本版Wikipedia ヨハン・バプティスト・フォン・エスターライヒで挙げられている参考文献『ハプスブルク 愛の物語 王冠に勝る恋』がAmazonで安く買えたので、それを入手してみまして……。




 基本的にはヨハン大公の恋愛話なんですが、ヨハン大公の人となりや、カールやフランツ関係の記述を。

 ヨーハンは容貌の面からいえば長兄【フランツ2世】と酷似していた。中背ですらりとした体格、輝くように青い目、髪は淡いブロンドだったが、内面的には、すでに軍事の面で異彩を放っていた兄カールに、深い親愛感を抱いていた。カールは外観からいえば、髪も目も黒く、あまり見栄えがしなかった。しかし彼は将軍としては並はずれた天分を発揮し、皇帝である兄の影を薄くさせた。フランツが弟に遠く及ばなかったのは言うまでもない。それでもフランツは、自分で軍隊を指揮する立場になかったことから、カールを頼りにするしかなかった。そのため彼には、末弟ヨーハンに対したようには、ひどい扱いをしなかった。
『ハプスブルク 愛の物語』P186

 ヨーハンが1809年のチロルの暴動に際しては、自由を愛し自由を求めるチロル人の側に立ち、それによって兄に対する反乱者となったのは、彼にとっては当然のことだった。そんな彼は皇帝フランツによって絶えず、敗北を喫するような立場に追いこまれた。かなりの大部隊を指揮するには未熟だったにもかかわらず、ヨーハンは戦術的にははるかに優勢なナポレオン軍と戦えという指令を受けた。彼はミュンヘン近郊のホーエンリンデンで壊滅的な敗北を喫した。
 ヨーハンはひどく意気消沈し、これほど多数の勇士たちを戦死させた責任は、ひとえに自分の無能にあると考えた。本性からいって彼は、戦争には向いていなかった。一瞬に得られる輝かしい勝利よりは、国家の幸福の方が彼の心には適っていた。彼は注意深く世界を見て歩き、オーストリアと王朝の諸州にとって、現在何が最も必要なのかを考えた。新しい領地を獲得する必要はなかった。重要なのは、ごくふつうの住民の生活水準を高めることだった。そして最後には彼らもまた、過去数世紀における有産階級のように、悠然と暮らせるようにすることだった。
『ハプスブルク 愛の物語』P189

 大公は穏やかな、むしろ控えめな人だった……
『ハプスブルク 愛の物語』P199





 前回のエントリで取り上げた『歴史群像』の次の号148号は、ワグラム会戦の直前までの話でした。




 ウジェーヌもヨハン大公もウィーンの方向へ向かい、生起したラープの戦いでヨハン大公は敗北しますが、まああまり記述も多くないですしスルーで。それよりはその後、ウジェーヌ軍もヨハン大公軍も自軍主力と合流する/しないのあたりで色々動きがあり、そこらへんの話が興味深いです。

 『歴史群像』148号ではこうなっています。

 オーストリア軍もまた、ヨハンの軍がプレスブルクへ到達し、カールとの合流が可能となった。だがカールはこのとき、フランス軍がプレスブルク方面からドナウ河を渡るかもしれないと警戒し、ヨハンに同市の防衛を命じた。
『歴史群像』148号P158

 彼【カール大公】はもともとロボー島の陣地強化自体が陽動だと考えていて、ナポレオンはプレスブルク方面から攻撃に出ると考えていた。しかしこの方面のダヴー軍団が移動したとの知らせを受けると、カールはやはり攻撃はロボー島からだと判断、ヨハンにドナウ河に沿って北上して本隊に合流せよと命じた。
 ところがこの命令は悪天候に遮られて到着が遅れ、さらにプレスブルク正面に広く展開していたオーストリア軍は集結に手間取ってしまい、相対するダヴーのように迅速には行動できなかった。結局、ヨハンの1万3000を超える軍勢は7月5~6日の【ワグラムの】会戦に間に合わなかったのである。
『歴史群像』148号P162




 これが、『Who was who in the Napoleonic Wars』のヨハン大公の項では、ヨハン大公とカール大公の間の仲が悪くなったことが原因であるかのような匂わせ方になっているのです。



 彼の軍事的地位は、その能力や経験からのものというよりは、その生まれによるものだった。実際、サチーレの戦いにおける彼の成功は、敵側がより多くのミスを犯したものによるのだと言われている。……1809年には彼は内オーストリア軍を率いて、4月16日にはサチーレにおいてウジェーヌ・ド・ボーアルネに対して勝利を収めたが、その後ラープでウジェーヌに敗北し、この間にヨハンと兄カールとの関係は緊張したものとなった。このことが原因でワグラムの戦いの時に影響を与えたのかもしれない。なぜならばカールによる、主力軍にヨハンの軍を合流させるようにという命令に対してすぐに反応せず、到着があまりにも遅すぎたものになったからである(カールは、ヨハンの軍がきちんと前進して早くに到着していれば、決定的なものになったであろうと主張しているが、あくまでも推測に過ぎない)。ナポレオンがロシアで敗北した後には、ヨハンはオーストリアが対仏戦争に再度踏み切るべしという一派の先頭に立ったし、ティロルの反乱を支援していたのでもあったが、この時のオーストリアは準備ができておらず、参戦には早すぎたのであった。
『Who was who in the Napoleonic Wars』P164



 尤も、どういう風に「緊張」したのかとか、全然分かりません。ただ、もともとヨハン大公は兄のカール大公に憧れていたと前掲エントリで引用していましたが、カール大公の性格には色々と弱点があり、それが要因であったのかもとは思います。たとえば……。

 人格・性行上の疵がなかったわけではない。1809年、ワグラムの会戦で敗北した後、二度とカールが野戦軍総司令官の職に呼び戻されることがなかったのも、多くの将軍がカールの下で戦うことを望まなかったためである。
 カールは心身のバランスを崩しやすく、たやすく精神の耗弱に陥った。そうした内気と気分の変調に加え、父が先代皇帝、兄が当代の皇帝という高貴な身分にあることもあって、他者から批判されることに弱いという性格上の弱点を持っていた。そのためカールは、率直に苦言を呈する人材を側近に配することが出来なかった。彼が取り巻きに集めたのは、オポチュニストや陰謀家、立身出世主義者といった信頼出来ない人間たちであった。彼らは、カールが自らの敗戦の責任を部下の将軍たちに転嫁しようとしても、忠告して止めさせようとはしなかった。
『歴史群像』103号P161





 ↑『歴史群像』103号。軍戦略家としてのカール大公に関する記事が載ってるのです。




 『歴史群像』148号でも、ヒラー将軍がカール大公に対して軍務放棄したと書かれていました。

 【ワグラム】会戦直前の7月4日、これまでに作戦方針で事ある毎にカールと対立してきた第Ⅵ軍団司令官ヒラー将軍が、体調不良を理由にここにきて軍務を放棄してしまったのである。
『歴史群像』148号P163





 あとチャンドラーの『ナポレオン戦争』ですが、索引でヨハン大公を引いてみると以下のような記述が。



 軽い怪我に顔をしかめ、1万3000の新手を引き連れてくるはずの弟に絶望し、戦闘中ずっとビッサムあたりで無駄に使っていた第5軍団の8000人をいまさら投入しても遅いだろうと痛感させられたカール大公は、既に漸次退却を命じていた。
『ナポレオン戦争 第四巻』P93

 ナポレオンはヨハン大公が現れると最後まで【その戦力を撃破できると考えて】期待していたが、彼の軍団がめちゃくちゃな命令とぐずぐずした行軍のおかげで、その日の大半は極めて遠い場所にいたことに気づいていなかった。午後4時頃になってようやくヨハンはジーベンブリュン近くに姿を現した程度だったのだ。短いパニックの後、近くにいたフランス軍が召集され、この新参者たちに新たなる戦いを仕掛けようとしていた。ところが、ナポレオンが第三日目の戦闘はないとようやく気づいたのは7日のことだったのだ。結果的に、カールはオーストリア軍の大半を何の邪魔だてもなく激戦地からさっさと逃がすことができたのである。
『ナポレオン戦争 第四巻』P94



 この記述からいくと、ヨハン大公はぐずぐずしていたために、カール大公の役には立ちませんでしたが、一方で、ナポレオンに撃破されてしまうというピンチからも逃れることができたっぽく、もしかしたら麾下の兵士の命を守るという点では100点満点の行動になったのかもしれませんね(^_^;

1/144のヨーロッパ戦線の戦闘機を新たに購入しました

 先日、1/72 塗装済みプラモデル フルアクション フォッケウルフ Fw190A (2018/04/03)を書いてましたら、ヨーロッパ戦線の戦闘機プラモデル熱に火が付きまして、日本橋に行く機会があったので存在は知っていた(ものの買わないでいた)ばら売りの塗装済み1/144プラモデルを買ってきました。





 ↓スピットファイアと、イタリア軍のフィアットCR.42(複葉機ですが、『DAK-II』なんかにユニットで出てきます)。

スクリーンショット_160405_263





 ↓P-51ムスタングとP-38ライトニング。P-38があるのは知らなかった……今まで見逃していたのかも。

スクリーンショット_160405_262





 1/144スケールは大好きで、一時期買いまくってました。↓ゲーム部屋にケースを積み重ねて飾ってもあります。

スクリーンショット_160405_267





 ↓数ヶ月前にたまたま売っているのを見かけて買ったP-47サンダーボルトとYak.9。出来がよくて大満足です。下はイタリア軍のMC.200ですが、これは塗装済みモデルではなくて相当昔に買って作ったものです。

スクリーンショット_160405_265





 ↓P-47とかと一緒に買ったBf.110。実戦ではあまり役に立たなかったらしいですが、なかなかにかっこいいです。

スクリーンショット_160405_268





 ↓イタリア軍のMC.202、イギリス軍のハリケーンIIc、それにフォッケウルフFw-190。

スクリーンショット_160405_264





 ↓Bf.109ですが、マルセイユ機の塗装バージョンです。

スクリーンショット_160405_266



 その他に、シュトルヒ、Ju-87、タイフーンなんかもあります。


 ばら売りの店には他にエフトイズの、イギリスの爆撃機ボーファイターやモスキートがあって、これらもOCSでユニットになっているんですが、あまり性能的に高評価でもなく、見た目がかっこいいというわけでもないので、買うのはやめておきました(^_^;

 P-47を買った時の店には、輸送機のC-47もあって、その時は買わないでおいたんですが、その後OCS上でC-47が非常に貴重であることを考えると、買っておいても良かったかなぁと思いつつも、2000円もしたし、見た目かっこいいというわけでもないので……ヤフオクで手に入れようと思えば手に入れられるんですが、まあそこまではという感じです。

 Ju-52が出れば欲しいなぁ、と思いますね。

北アフリカ戦のイタリア軍を分析するという洋書が今年12月に発売予定

 チュニジア戦に関する洋書を探している時にたまたま、北アフリカ戦のイタリア軍を分析するという洋書(英語)が今年の12月に発売予定だというのを見つけました(^_^;





 書名を訳すならば、『北アフリカのイタリア軍:弱軍なのか、状況の被害者なのか』とか?


 説明のところを読んだら、欧米でも一般に「イタリア兵は弱い」と考えられられまくっていて、「いや、そうじゃないんだ!」という勢がいる?ようだというのが面白かったです(^_^;

 第二次世界大戦時の北アフリカのイタリア軍について多くの人は、大体のイタリア兵は連合軍に対してほとんど抵抗することもなく降伏したと思っている。概して、イタリア軍は北アフリカで臆病な戦いしかしなかったと信じられているのだ。しかし、真相はそう単純なものではない。イタリア軍は本当に臆病であったのか、あるいは実際には状況の被害者であったのかという疑問があってしかるべきだろう。戦争への参加の意志自体がドイツ兵達ほど大きくなかったにも関わらず、多くのイタリア兵達は勇敢に戦った。イタリア軍のリットリオ師団やアリエテ師団は、トブルク、ガザラ、エル・アラメインで、連合軍将兵の称賛を獲得した。イタリア軍はドイツアフリカ軍団の一部として主要な役割を果たし、1941年から1942年にかけての北アフリカにおける枢軸軍の大部分を占めていた。イタリア軍に関する評価がどのようになされてきたのかを考えるために、イタリア軍がなぜ、どのように戦ったのかの分析が必要なのだ。




 予約注文するかどうか悩むのですが、年末までに事故死とかしたら無駄金になるのでとりあえず発売されても生きていたら買いましょうかね(^_^;


 イタリア軍は弱かったのか、北アフリカの強いイタリア軍に関しては、↓こちらの動画もどうぞ(ニコニコ動画が登録なしで見られるようになったので、こちらの方が画質がいいし、コメントありで見るのも面白いので、ぜひ)。




 と思ったら、↓こちらの動画はなんかうまく行かなさそうだったのでYou Tubeで。

ボードウォーゲームで見るヘタリアでないイタリア軍





甥っ子に入門用ボードウォーゲームを

 高校生の甥っ子に会ったのですが、甥っ子もミリタリー好きでミリ談話になりまして……。

 甥っ子は摩耶のプラモデルにモーターを組み込んだり(吃水が下がってうまくいかなかったそうです(^_^;)、1/350ビスマルクを作ったり、『艦これ』は以前からやってましたが、『WAR THUNDER』や『りっくじあーす』をやったり、『Heart of Iron 4』をやりたいと思っていたりで、あと、太平洋戦争よりは独ソ戦の方が好みだそうです(いいね!)。

 その中で、ボードウォーゲームがあったらやるかどうか聞いてみたところ、「友達とやってみようか」ということだったので、一時期入手に骨を折ったもののまったく活用してなかった入門用ウォーゲームを貸すことにしました。



 ↓あと、新品のトレイ1個も付けておきました(『ドイツ戦車軍団』は未切断なので)。

unit00181.jpg



 他になんかないかなと考えまして、『萌えよ! 戦車学校』も。

unit00182.jpg



 あと、宮崎駿のミリタリー本も。特に『泥まみれの虎』は超オススメ!

unit00183.jpg



 将来はOCSプレイヤーにならないかなぁ……。しかしまあ、人それぞれ好みがありますから、無理にやらせて嫌がらせるよりは、自分が好きなことをとことんやってもらったらと思っております。



1/72 塗装済みプラモデル フルアクション フォッケウルフ Fw190A

 書店で立ち読みしていて、「1/72 塗装済みプラモデル フルアクション フォッケウルフ Fw190A」というのが4月30日に出るということを知りました。

 エフトイズの製品で、No.1は零戦、No.2は彗星でしたが、No.3でヨーロッパ戦線が登場ということになります。

 No.1とNo.2はプラモデル屋(というかジョーシンとか)で見かけていて、「いいなぁ。ヨーロッパ戦線の出してくれないかなぁ。でも無理なんだろうなぁ……」とか思っていたので、予想外のことで、大変嬉しいです(*^_^*) Fw190Aは『Case Blue』、『Tunisia II』、『Sicily II』などでも良く見ますし。


 しかもそこまでとは思ってなかったんですが、フルアクションなんですね? 値段も1080円とそんなに高くないし……。応援の意味でも買おうかなと思ってます。今後、スピットファイアを出して欲しいです(*^_^*) あと、P-38ライトニングをぜひ!



 フォッケウルフについては↓の写真がいいですね。翼の中の武装が見えるのがかっこいい!

http://www.platz-hobby.com/products/6471.html


 No.1の零戦について、レビューがありました。

http://platz-media.com/blog/2017/03/25/zero_sen21_report/




 検索していると、童遊社の1/72の塗装済みプラモデルで、P-51Dマスタング、P-47Dサンダーボルトがすでに出ており、P-40Bウォーホーク、フォッケウルフFw190A-8、スピットファイアMk.Vb、メッサーシュミットBf109G-6がもうすぐ出るというやつがまずは引っかかったのですが、Amazonの評価を見ているとあまり評判はよろしくないようで……(というか、店頭で見たことなかったです)。

http://www.doyusha-model.com/list/pramodel/sai72.html



 ところで、塗装済みプラモデルということでいえば、↓こんなすごいものが出るのだとか……。興味あります。

バンダイのプラモ新ブランドの衝撃、成形技術でフィギュアの彩色表現に挑む

OCS『Tunisia II』序盤研究

 3/31(土)に富山からKさんが来られてワニミさんともども3人でOCS『Tunisia II』の序盤の研究プレイをし、続けて4/1(日)にゲームマーケット大阪でも研究プレイをしてました(この時には4人で卓を囲んで研究プレイしてました)。


 ↓尼崎会での研究プレイの様子。

unit00179.jpg



 『Tunisia II』の序盤については、以前OCS『Tunisia II』の最初の5ターンに連合軍がすべきこと (2018/01/06) で少し書いてたんですが……。

 富山のKさんも自宅で『Tunisia II』をソロプレイしてみたそうなんですが、なかなかどうして良いか分からないということで、3人で広げて最初のターン(1942年11月15日ターン)、連合軍はどう攻勢を取るべきなのか2~3時間うんうん考えてました。が、どうにも攻勢を取れる気がしない……。

 煮詰まってきたこともあり、史実研究で『歴史群像アーカイブ volume 11 北アフリカ戦線1940~1943』と『第二次大戦の〈分岐点〉』収録の記事「二つの残光」を参照してみました。





 すると、前者ではよく分からなかったんですが、後者の方で「連合軍の攻勢は11月25日に開始された」と書いてあり、「えっ、じゃあ、ゲームは11月15日ターンから始まるけど、史実での攻勢は第3ターン(11月22日ターン)か第4ターン(11月26日ターン)に始まったということじゃないか!」ということが判明(^_^;(ただし、両軍の最初の衝突は11月17日にあったそうで、そこからゲームが始まるということなのでしょう)


 序盤の増援スケジュールについても調べてみますと……。

第1ターン 11月15日
第2ターン 11月19日
第3ターン 11月22日 連合軍の大増援が盤端/アルジェに
第4ターン 11月26日 連合軍の大増援が盤端/アルジェに
第5ターン 11月29日 枢軸軍の大増援がシチリア島に
第6ターン 12月1日 枢軸軍の大増援がシチリア島に

 という感じになってました(その他のターン、連合軍は毎ターン2~4陸上ユニットが来る感じですが、枢軸軍は0~1陸上ユニットか航空ユニットがほんのわずか来るかという感じです)。

 連合軍にしても枢軸軍にしても、実際に前線にそれらの大増援を送るにはタイムラグが伴いますが、しかし連合軍側としては枢軸軍の大増援(第10装甲師団やタイガー中隊)が戦場に到着する前に、自身の増援でもって少し無理しながらでも大攻勢をおこなうべきということなのでしょうね?

 そしてまた、尼崎会では「12月は半分以上の確率で泥濘(海上・鉄道輸送以外の移動は完全にストップする)になるので、戦闘行動は史実でもおこなわれなかったのだろう」という思い込みがあったんですが、前掲書籍後者をちゃんと読んでみると「連合軍の攻勢はクリスマスに停止となった」とあって、12月中も連合軍はずっと攻勢していたのですね!?


 史実を詳しくは調べずにゲームをプレイして、「おかしい……第1ターンから攻勢だとすれば数ターンでもっと進撃しているべきはずなのにプレイが全然うまくいかない…………あれ、史実を調べたら、本格攻勢はもっと遅くて、だいたいプレイと同じくらいの成果じゃん!?」ということが以前、『Case Blue』のバックハンドブローキャンペーンでもありました(^_^;(OCS『Case Blue』バックハンドブロー1回目の反省。次は『Tunisia II』 (2017/12/29)

 The Gemarsの方々に言わせれば「えっ、キミたち史実を知らずにプレイしていたの?」というところでしょうか。史実をちゃんと調べるべきだなぁということの重要性に再々度気づかされました……(モスクワ攻防戦に関してはかなり調べながらプレイしていたのですが……)。

 チュニジア戦(の特にカセリーヌ以外)に関しては、日本語で詳しい資料がなかなかないということもあるのですが、洋書を探してみようとも思います。とりあえず序盤の動きに関しては前掲の『第二次大戦の〈分岐点〉』収録の記事「二つの残光」がオススメです。

 洋書ではオスプレイのCampaignシリーズが、とりあえずはまず最初に参照されるべきなんだろうと思いますが、2冊しか出ていないヨーロッパ戦線のそれの和訳のうちの1つがカセリーヌです(もう1つはベルリン)。




 この本は、チュニジア戦の序盤から記述は始まっているものの、カセリーヌ峠の戦いまでの展開にはほとんど触れられていません。一方で、カセリーヌ峠の戦いはもちろん、それ以後の戦いもかなり詳しく書かれています。また両軍の指揮官や部隊の状況、分析などに関しても非常に詳しいので、カセリーヌ以後(ただしマレトラインの戦いは除く:マレトラインの戦いはオスプレイから1冊出ているのです)の『Tunisia II』をプレイするなら絶対持っておくべきなのでしょう。





 3/31には、基本的に富山のKさんが連合軍を受け持ち、ワニミさんが枢軸軍を受け持って、私は時々口を挟みながらという感じで、第4ターンまでプレイしてました。じっくり考えていたので、なかなかに重要な知見が得られたと思います。


 で、4/1にゲームマーケット大阪に行ったわけですが、最初は持ち込んだ中古ゲームや、こかどさん出品のゲームの売り子をしてました。色々来られた方と話もしたりして良かったですが、他のブースにはほぼ行けませんでした(^_^; 下野守さんとぽんにゃんさんとで連れ立って昼食に行きまして、そこでナポレオニックゲームの話をしてましたりとか……。

 で、午後からは売り場を圧縮しまして、OCS『Tunisia II』の研究プレイを。下野守さんと、ミドルアースのOさんも一緒だったんですが、もうお一人、お若い方?が、「なんかすごく面白そうで興味があるので、がっつり見させてもらっていいですか」ということで一緒に、色々説明も挟みながら研究プレイしてました。で、色々意見もらったり。ダイスは下野守さんが振ってたんですが、空戦であり得ないほどに敵ステップロスを頻発されておられました(^_^;


 ↓4/1でのプレイの様子。

unit00180.jpg



 で、一応こうじゃなかろうかという知見を挙げておきます。

・オプションの強襲上陸(史実でおこなわれたものの、あまり効果はなかった)のルールも入れた方が、連合軍にとって選択肢が広がり、枢軸軍にとってのプレッシャーになる。

・3移動力かかる地形(自動車化にとってのHill、装軌にとってのRough)に味方部隊を置いておき、その部隊のいるヘクスに移動妨害(Train Busting)をしておけば、敵ユニットがそこに入るには4移動力かかることになるので、絶対にオーバーランされなくなる。(←富山のKさんに教えてもらいました。すげぇ(^_^;

・毎ターン、後のターンに持ち越せない国籍ごとの補充がかなりの確率でやってくるので、「『Tunisia II』におけるまず大事なことは、国籍ごとにまんべんなくデッドパイルにユニットを送ること」なのではないのかという意見も出たのですが、まああまりそれに引きずられるのも良くないかもという意見も出たり。

・連合軍は、最初の2~4ターンは攻勢準備なのだろう。先攻を持った状態で始まるので、第2ターン以降どこかで後攻を取って、ダブルターンで大攻勢をおこなうのが理想的ではある。

・連合軍の南方側面に、枢軸軍支配の航空基地が2つある。東側のものはアメリカ軍ユニットですぐに踏めるが、西側のものが難しい。放っておくとまったくノーリスクで枢軸軍がその航空基地にユニットやSPを運べる(ただしそれがどれだけ有効かはまた微妙ですが)。一応、第1ターンの増援でやってくるイギリス軍のコマンドユニットを予備モードにすれば、突破フェイズに踏める。ただし、リアクションフェイズに枢軸軍が移動妨害に成功すれば、踏めなくなる。

・枢軸軍セットアップで、チュニスの北のヘクスの航空基地に陸上ユニットがまったくいないが、第1ターンに連合軍ユニットがこのヘクスをまったくリスクなしに踏むことが可能。尤も、踏んだとしてメリット・デメリットがどれくらいあるかは微妙なところ……。

・枢軸軍は第1ターンのリアクションフェイズで、チュニスにいる部隊などを展開させることができる。この時、スペルガ師団か第10ベルサリエリ連隊のどちらかは南方に送った方が良いのではないか。

・序盤の連合軍の方針としては、ARで大いに負けてもいるし損害が出るのはしょうがないが、なるべく枢軸軍側にとって楽でない行動を取らせて(恐らく、敵中孤立で包囲されて損耗で死ぬとかが一番ダメなのでしょう)、「飽和攻撃」をしていくということなのだと思います。ただやはり、枢軸軍の反撃で補給線を切られてごっそりユニットがなくなるとかはかなり効いてくるので、攻勢のために自軍のバランスが崩れるとはいえ、側面の押さえや予備を取っておくことは重要かと(そのバランスが難しいわけですが)。

今までの訪問者数(2011/9/17以降)
プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

 ブログで書いた物のうち、

 OCS関係の記事は

「OCSの物置2」



 戦史物の記事は

「戦史物の物置」


 で、アクセスしやすいようにカテゴリ毎にまとめてありますのでそちらもどうぞ。

Twitter
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
オススメ本
バナーで応援コーナー
ぜひ見て頂きたいページへのリンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR