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東部戦線でのイタリア軍兵士のソ連市民への残虐行為はあったか?

 OCS『Case Blue』で、バックハンドブローキャンペーンを開始することもあり、『ドン川からドニエプル川へ』(『From the Don to the Dnepr: Soviet Offensive Operations, December 1942 - August 1943』)の第3章ギャロップ作戦に目を通し始めてみました。


 この後の記述について、↓の後半にある地図を参照すると分かりやすいかもです(第二次世界大戦ブックスの『クルスク』にある地図をスキャンしたものっぽいですけど)。

中央ロシア平原に戦機熟す



 ギャロップ作戦の章の最初のところに、リトルサターン作戦(1942年12月17日~30日頃)からギャロップ作戦(1943年1月29日~)の間に発動された、オストロゴジスク=ロッソシ作戦(1943年1月13日~)についてちょこっと書いてあり、この作戦の成功によって「ボロネジ方面を守るドイツ第2軍の南に大きな隙間を生じさせた」と書いてありました(P82~)。

 で、同時にゆっくりと、ミレロヴォ~モロゾフスクの線から、スタロベリスク~ヴォロシロフグラードの線に向かってじりじりと前進したと。

 そいでもってさらに、オストロゴジスク=ロッソシ作戦でハンガリー第2軍を潰滅させたスタフカは、ボロネジ地域でドイツ第2軍を包囲して潰滅させる作戦を立案。1月24日にブリャンスク正面軍と、ゴリコフのボロネジ正面軍の3個軍でもって、ドイツ第2軍に対してボロネジ=カストルノエ作戦を発動。数日のうちにドイツ第2軍は包囲され、西方への退却を余儀なくされた……とありました(P83。実は『ドン川からドニエプル川へ』にはその発動が「2月24日」と明確に書いてあるのですが、他の諸資料やVoronezh-Kastornensk operationを見ていると1月24日で間違いないと思います)。

 ここらへんの話、私自身がイタリア軍のアルピニ軍団の運命に絡めてオストロゴジスク=ロッソシ作戦にものすごく興味を持っているのと、OCS『Case Blue』と『Guderian's Blitzkrieg II』でもって再現が可能ならしてみたい……! という望みがあるので、非常に興味深いのです。



 さて、本題はそれとは違って、前述の関係でオストロゴジスク=ロッソシ作戦についての資料探しをつい始めてしまったのですが、英語版Wikipediaのオストロゴジスク=ロッソシ作戦のページに、関係資料が載ってました。

 その中の、ドイツ語の資料に『Die Italiener an der Ostfront 1942/43: Dokumente zu Mussolinis Krieg gegen die Sowjetunion』というのがあり、タイトルだけでも1942年から43年にかけての東部戦線のイタリア軍に関する本であることがわかります。

 一応Amazonで買えるようです。




 で、この本について検索してみると、ドイツ語での書評、あるいは読後感想らしきページを見つけました。

 それをGoogle翻訳でドイツ語→英語翻訳で読んでみると、結構分かりやすい英語になって出てくるので読んでいたのですが、3段目で私にとってクリティカルな情報が!

 Google翻訳さんで、さらに英語→日本語したものを引用してみます。

 一般に、著者は東部正面にイタリア軍が果たした役割の新しい解釈を提示する。このように、彼は、イタリアの兵士と民間人との友好的で調和のとれた関係の主張に対抗する。これは文学に広がっており、主に退役軍人の発言に由来する。一方、Schlemmerは、未公開のフィールドポストの手紙と日記を使用して、イタリア軍の行動がしばしばソビエト連邦の人々に対する否定的な偏見であることを示している。イタリアの部隊がソビエトユダヤ人の迫害にどの程度関与しているかは言えないが、ドイツの「モデル」に劣らない民間人に対する抑圧の事例も報告されている(35)。しかし、この情報源は、反スラヴ主義と反共産主義の考え方によって役人や兵士の精神がどの程度影響を受けているかを少なくとも明らかにしているが、ムスリニ政権に対する広範なナショナリズムや忠誠心のように、家庭と家族のための憧れを思い出しました。



 以前、東部戦線のナチス・ドイツ軍兵士の蛮行や残虐性について (2017/07/17) の中で私は、

 『Sacrifice on the Steppe』は、イタリア軍兵士の悪い面がほとんど全く描かれていない印象があり(「悪い行為もあったが、それらは厳格に処罰された」というような記述がこれまで読んだ中で2回ほど出てきたのみで、具体的に悪い行為の描写は一つもない)、『ふたつの戦争を生きて』などではイタリア軍兵士の悪い面も全然描かれているのに比べて、ちょっと偏向気味ではないかという感もする……

と書いてました。イタリア軍による残虐行為がなかったはずはないと思っていましたので、今回のこのドイツ語本に関する情報は「やっぱり!」と思いました。

 このドイツ語本、読んではみたいですが、もしKindle本があればコピペでGoogle翻訳にかけて英語にする、あるいはそこからさらに日本語にすることによってわりと読めそうですが、Kindle本がないので、自分でドイツ語を入力してGoogle翻訳にかけて……そんなことは明らかに大変すぎるので、やはり見送りでしょうかねぇ……。


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OCS『Case Blue』バックハンド・ブローキャンペーン、セットアップ

 承前、OCS『Case Blue』のバックハンド・ブローキャンペーンのセットアップをワニミさんとで、ほぼ1日がかりでやってました。


 ↓全体図

スクリーンショット_160405_220

 日付は1943年1月29日で、スターリングラードでパウルス元帥が降伏する直前(2月2日に全滅)、また、スターリノを目指す「疾駆作戦」が始まるタイミングです。ハリコフを目指す「星作戦」は次のターンに始まります。

 ↓この付録ゲームとまったく同じタイミングで始まりますね(地図的には左上の方だけが使用される感じです)。





 ↓スターリングラード周辺

スクリーンショット_160405_221

 ドイツ軍ユニットはあと3ヘクスにのみ存在しています。補給切れマーカーが乗っている2箇所と、陣地マーカーが乗っている1箇所です。戦力的には全部、司令部(5戦力)+歩兵師団の残り1ステップ(5戦力)で、すべて補給切れで弾薬欠乏状態。ですから、もうまったくどうしようもありません。

 ソ連軍ユニットがまだこの周辺に大量にいますが、さすがにプレイが始まったらすぐに、一部を残して移動させるのではないでしょうか。


 ↓ロストフ周辺

スクリーンショット_160405_222

 コーカサスに行っていたA軍集団が間一髪のところで戻ってきており、このあとミウス川沿いに戦線を張ることになるでしょう。
 

 ↓ハリコフ、イジュム周辺

スクリーンショット_160405_223

 ソ連軍の複数の戦車軍団が、疾駆作戦の発動を待っています。『Enemy at the Gates』の時の配置とはやや異なっている印象を受けますね。



 ↓デッドパイル

スクリーンショット_160405_219

 デッドパイルだけでもこんなに大量にあります(^_^;


 プレイが楽しみです(*^_^*)


OCS『Case Blue』第2次ハリコフ第3回、第2ターン

 尼崎会(拙宅)で、OCS『Case Blue』第2次ハリコフ第3回の、第2ターンをこの週末にプレイできました。

 ↓前回
OCS『Case Blue』第2次ハリコフ第3回、第1ターン後攻 (2017/10/02)


 ↓第2ターン先攻(ソ連軍)終了時。

CIMG5237.jpg

 前回ドイツ軍装甲師団に踏まれた中央の補給集積所になっていた鉄道結節点の村は、シナリオルールにより湧いてきた超強いソ連軍第24戦車軍団によって奪回され、なんとか南方の一部への補給を回復。

 あともう1箇所の枢軸軍ユニットをどかせられれば、南方全体に補給を通せたのですが、そこに6回ほどもオーバーランを試みたもののソ連軍兵士の屍の山を築くばかりで、結局はどかせられず……。

 そのためもう南半分は「予定通りの攻勢の継続は不可能」と判断して、総撤退を始めます。ただし、北半分は攻勢を継続。



 ↓第2ターン後攻(枢軸軍)終了時。

CIMG5242.jpg

 枢軸軍は、先ほどの鉄道結節点のさらに北の鉄道上に3ユニットを居座らせます。総SPはだいぶ枯渇してきたようですが……。


 続けて一応、ソ連軍側が「居座った枢軸軍ユニット」をどかせられないかと試してみたのですが、どうにもならず……。これではさらにソ連軍ユニットの多くが補給切れで死ぬのは確実です。


 ソ連軍側の反省点として、

・守備隊を充分に重視すべきなのだろう(元々いるやつに足してでも)

 というのはあったのですが、しかし色々考えてみると、

・後方への突破の時の枢軸軍側のダイス目が良すぎた

・しかしそれにも関わらず、枢軸軍は移動モードの装甲師団がソ連軍の戦闘モードの戦車軍団に殴られて、結果として第14装甲師団と第60自動車化歩兵師団の2個主力師団をほとんど失ってしまっており、ある意味、ソ連軍側から見て「わざわざ殺されに来てくれてありがとう」という感じだったりもする

 などのことを考えると、ソ連軍の一方的負けとも言えないのではないか……? とかとか……。


 ということで今回はお仕舞いにすることにしました。しかし第2次ハリコフ戦を3回もプレイして、大いに堪能したと言えます。


 次のプレイですが、『Case Blue』の「冬の嵐作戦」シナリオという案もあったのですが、『Case Blue』の「マンシュタインズ・バック・ハンド・ブロー」キャンペーンが、ソ連軍がぼこぼこにやられるだけのシナリオかと思い込んでいたのが、実はソ連軍側の「疾駆作戦(スターリノへの攻勢作戦)」と「星作戦(ハリコフへの攻勢作戦)」の両方を含んだキャンペーンだということに気づき、俄然やってみようということになりました。

 シナリオとしては7.14、『Enemy at the Gates』と同じ区域のフルマップ4枚(スターリングラードやハリコフを含む)でやります。実は『Case Blue』の他のキャンペーンと同様、さらにモスクワ方面やコーカサス方面も並べて実質フルマップ15枚分(!!)でプレイすることもでき、労力的には今や不可能ではない気はしますが、しかしそれだけのスペースがあるわけがない!

「歴史議論とは反証可能でなければならない」

 先日、本屋で『こうして歴史問題は捏造される』という本を見つけて、面白そうだと思って買ってきました。





 第1章が「歴史議論とは反証可能でなければならない」となっていて、私が20代の頃から激しく私淑しているK・R・ポパーの言う反証可能性の重要さについて述べられています。

 「反証可能性を否定する主張は、科学的学説ではなくて信仰に過ぎない(故に、信じる人にとっては正しいのかもしれないが、万人を納得させられるものではない)」ということは、多くの人が知っておくべきことだと思います。本当に……。尤も、このことが当たり前になったら、人間世界は崩壊するかもしれませんけども:p 最近知ったのですが、ベストセラーになっている(らしい)『サピエンス全史』という本の趣旨は、「人類の文明は虚構を信じることで成り立っている」というものらしい?です。





 ただ、私はポパー学徒として、「正しい科学学説というものはそもそも原理的に存在しない」ということも非常に力説したいのですが、この著者は、他に『歴史問題の正解』という本を書いていたり(私は未読)、また『こうして歴史問題は捏造される』の後半の内容的にも「正しい歴史見解はある」という感覚であるようで、そこは私とは異なるなぁと思いました。


 しかし読みやすい新書でもって、反証可能性を力説する本が出てきたのは嬉しい限りです。この本をきっかけに、もっと生産性のある議論がされるように……(見果てぬ夢)。


 この本で書かれていたこととして他に、「日本では註が付いている本は少ないのですが、欧米ですと学術書でなくとも註が付いているのがあたりまえです。」(P30)とあって、「ほんそれ(ほんとにそれ)」と思いました。というか、私は注釈よりは、ソースを示して欲しいという方に偏ってますけど。ネット上でブログ記事とかでも、ソースを示して欲しいです。そしたらそれを辿っていけるので。そういう意味で、↓とか個人的に素晴らしいです!

不定詞王 König Infinitiv

祖国は危機にあり 関連blog


 あと、この本が良かったのは、注が通し番号で付けられていること。普通は章ごとに注の番号がリセットされて1に戻りますが、それで巻末の注を見に行ったら、何章なのかをまた調べて探していかなければならない……って、馬鹿げていると思うんですけど。通し番号にしてくれれば、非常に探しやすい。このやり方も広まって欲しいですけど、そうではいけない理由ってしかし、あるんでしょうかね。


OCS『Case Blue』第2次ハリコフ第3回、第1ターン後攻

 尼崎会(拙宅)で、OCS『Case Blue』の第2次ハリコフ戦シナリオ第3回プレイの第1ターン後攻をプレイできました。しかし私の体調が優れなかったので、今回はそこで終わりで。


 ↓第1ターン後攻(枢軸軍)終了時。

unit00106.jpg

 私は枢軸軍の北半分を担当し、一歩引いて戦線を張ってます。

 南方ではワニミさんが、第1ターン先攻ターンのリアクションフェイズからドネツ川に取りつき、後攻移動フェイズ中に渡河点を確保して、突破フェイズにソ連軍後方に大突破を成し遂げました(^_^;

 もともとその渡河点にはソ連軍歩兵師団が2個(計4ステップ)がいたんですが、私がそこから1個歩兵師団(2ステップ分)をイジュム方面に動かしてしまっていたので、弱体化してしまってました……。

 後方(中央)の拠点(補給集積地になっていた村)でも、18戦力3ステップを置いていたんですが、Ao1DL1o2(攻撃側が1ステップロスか1ヘクス退却。防御側は1ステップロスし、さらに2ステップロスか2ヘクス退却)が出たため、全滅よりは2ヘクス退却を選択し、村を明け渡すことに。

 反省として、重要な場所には(ソ連軍は)4ステップは置かないとダメかなぁ、と。


 あと南方では、戦線を形成してなかったソ連軍歩兵師団が包囲されたり枢軸軍戦線の後方に取り残されたりしていってます。ここも反省点として、分遣連隊を出して戦力的にはがくっと減っても、可能な限り戦線は張らないとダメっぽいなぁ、と(どうしても戦線が張れないところはしょうがないとして)。

 私は「戦線はなくてもいいんじゃない?主義者」だったんですが、「戦線主義者」に信仰替えしようと思います(^_^; 戦線になっていれば、敵はどうしてもSPを消費せざるを得ないし、包囲もしにくくなる。でも1ヘクスおきとか2ヘクスおきの置き方では、むしろ損の方が多いような気がしました。

 ただ逆に、1942年や43年のドイツ軍が防御側の場合は、戦線よりも縦深のあるぽつぽつ置きにして、装甲師団で機動防御した方がいいのかもです。敵に対しての量や質によって防御の仕方が変わってくる……?


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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ボードウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、第二次世界大戦やナポレオン時代関係情報を集積したりしてます。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイしたり、VASSALでOCSをオンラインプレイしたりですが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! VASSALでのオンラインインストも大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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「OCSの物置2」



 戦史物の記事は

「戦史物の物置」


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