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OCSのユニットで見る黒シャツ隊

 シチリア戦のユニット関係の話の続きです。今回はイタリアの黒シャツ隊について。


 『シチリア侵攻作戦』が付録ゲームに付いた『コマンドマガジン第68号』には2つもユニット紹介の記事があり、大変面白いです。その両方の黒シャツ隊のユニット紹介から抜粋します。

 戦前には、黒シャツ隊が攻撃を先導することを期待されていましたが、彼らの政治的な熱情にもかかわらず、装備と訓練の両方を完全に欠いていることがすぐに明らかになりました。シチリア戦当時には、彼らの士気は最低の状態にありました。
『コマンドマガジン第68号』P15『シチリア侵攻作戦』ユニットガイド

 ……伊ファシスト党がWW1時の伊軍精鋭部隊「突撃隊(Arditi)」の制服が黒であった事から「黒シャツ隊」を組織し、街頭闘争に利用した。ファシスト党が政権を獲ると日和見主義者が大量入隊し、国軍への牽制の意味も込めて大規模な民兵部隊となった(ナチ突撃隊の元祖だがあちらと違い、粛清されて軍に吸収される事もなく、国軍への圧力団体として生き続けたのが運の尽き)。党の尖兵としてスペイン内戦以来、伊軍あるところ常に黒シャツ隊あるも、正規の軍事訓練を受けていない彼が近代戦に耐えられるはずもなく、その脆弱さはどの戦場でも伝説的であった。……伊沿岸防御(CD)師団にも多数のCCNN隊員が配属されており、その多くが40、50歳代の老兵だった。
『コマンドマガジン第68号』P27 ユニットよもやま物語



 正直私、黒シャツ隊ってなんだかまったく分かってなかった(黒いシャツを着て、Niftyの歴史フォーラム仲間と「黒シャツ隊だ~」とか盛り上がっていたことが若い頃にあったりしたのに)のですが、この両記事で大変興味を持ちました。

 OCSのユニットとしての黒シャツ隊ですが、実は私がこれまでに良くやっていた古めのOCSゲームである『Tunisia』(1995)や『Enemy at the Gates』(1994)では兵科マークに「Blk」と書かれていることによって識別されるのみでイタリア軍と同じユニットカラーだったのですが、最近やった『Sicily II』(2016)や『Case Blue』(2007)、『DAK-II』(2004)などでは通常のイタリア軍とは少し違ったユニットカラーになっていて、通常のイタリア軍とは別もの扱いになっています。調べてみると、2000年発売の『Sicily』からそのように変更されたようです。


 Wikipediaの「黒シャツ隊」などを見ていると、「陸海空軍・カラビニエリに次ぐ「第5の軍」となった」という風に書いてあり、ドイツ軍における親衛隊のようにムッソリーニの私兵的扱いであったらしい(他の軍はイタリア国王に属している扱いだった)ので、別の色にした方がより良いのでしょうね。

 以下、Wikipediaから。

 ……ファシスト党の政権獲得後は「国防義勇軍(Milizia Volontaria per la Sicurezza Nazionale、MVSN)」と改称され、陸海空軍・カラビニエリに次ぐ「第5の軍」となった。更に大戦前夜に兵員充足の一環として陸軍へ編入されて各戦線へ投入され……


 黒シャツ隊の隊員は多くの退役軍人を中核としたが、農民や運動に共感した政治家、それに反共主義を利益と見た小地主なども加わっていた。

 国防義勇軍は主に国外問題を担当する陸海空軍、国内問題を担当する警察軍に対して、青少年・中高年といった正規軍の兵役年齢と合致しない層を予備戦力として訓練する事を目的とした。従って従来の退役兵だけでなく単純に党青年団の少年志願兵や中高年の民兵なども合流、1936年までに14個師団・133個連隊を編成した。

 1939年10月、資金不足から悪名高い2個連隊制度(半師団)制度が常態化していた陸軍に対して、ムッソリーニは陸軍と国防省の反対を押し切って陸軍と国防義勇軍の統合を宣言した。師団規模の部隊に関してはそのまま「義勇師団」の名称・兵科で配属され、更に戦力不足の師団には「義勇兵連隊」が補充兵として配置された。しかし兵員の質に問題がある事に加え、指揮系統や装備の違いが完全には是正されなかった事で義勇兵の存在はしばしば陸軍内の弱点となった。この事はスペイン派兵で正規兵からなる「リットリオ旅団」に比べ、残りの義勇兵からなる3個旅団が戦意に問題があることを露呈した事でも明らかであった。




 また、『Rommel's North Africa Campaign』P39~42には黒シャツ隊(CCNN)に関するコラム記事があったので、そこから。

 黒シャツ隊の兵士達は志願兵であり、27歳から36歳までの間のファシスト党のメンバー達で、少なくとも黒シャツ隊に10年間は所属することが義務づけられていた。……

 その時の計画によれば、陸軍の各師団は1個黒シャツ大隊を持つこととなっていた。実際には、師団の半分のみがそれを配属された。書類上では黒シャツ大隊は突撃隊(第一次世界大戦において高度な訓練を受けていた強襲部隊)を模倣して編成されたものとされていたが、実際には特に良く訓練されたというわけでもないただの軽歩兵に過ぎなかった。だが、彼らは(そうであることを期待されていたわけだが)熱狂的かつ好戦的であり、前線部隊の攻勢作戦の支援のために用いられた。
 ……
 しかしながら、エチオピア戦争においては黒シャツ大隊はその時限りの師団部隊としてまとめられ、これは宣伝目的には特に適していた。……
 ……
 植民地での良好な結果が、国防義勇軍の名声を高めた。1936年には132レギオン【連隊相当】が配置され、それぞれは2個大隊を有していた。その2個大隊のうち1つは21歳から36歳までの民兵からなる現役部隊で、もう1つは40歳から55歳までの地域張り付け部隊であった。他に交代要員の大隊や他の支援部隊もあった。



 前線で戦う兵士として適格であるのは20~25歳くらいらしいので、年齢的にも役に立つのは難しかっただろうなという印象を受けますね……。

 黒シャツ隊はファシスト党の尖兵として、暴力的な行為をおこなっていたと思われる(黒シャツ隊の前身的な者達はそういうことをやっていた記述を見つけている)のですが、黒シャツ隊そのものずばりが具体的にどんな暴力行為をやっていたかという記述を探したものの見つけられませんでした……。英語版Wikipediaの「Blackshirts」に、「彼らの手法はムッソリーニの権力が増大するにつれてより荒々しくなり、彼らはムッソリーニの敵対者達に対して暴力や脅迫を使用した。」というのを見つけられたぐらいで……(具体的な例を見つけられた方は教えて下さい)。



 試しに、新しめのゲームにおける黒シャツ隊ユニットと、古いゲームにおける黒シャツ隊ユニットを比べてみます。比べて見ると新しめのゲームで黒シャツ隊のユニットカラーになっていても古いゲームでBlkと書かれていないものもあり、また相当するユニットが見つからないものもあります。


 ↓『Tunisia II』の黒シャツ隊(右側の少し色の違うユニット3つ)。GGFFというのは「青年ファシスト師団」で、うち1個連隊が黒シャツ隊だったということなのでしょう。

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 ↓『Tunisia』の黒シャツ隊ユニット(兵科マークに「Blk」と書いてあるもの)。『Tunisia II』とかなり違っている気がします。GGFFに黒シャツ隊ユニットがありませんし、『Tunisia II』にあった「1」というユニットは見つけられませんでした。

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 ↓『Sicily II』の黒シャツ隊。

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 ↓『Sicily』の黒シャツ隊。カウンターシート上にばらばらに存在しているのでまとめて……。師団の中に大隊単位で振り分けられていますが『Sicily II』では師団は複数ステップユニットになったので。あとGも戦力が低いからから削られています。

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 ↓『Case Blue』の黒シャツ隊。

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 ↓『Enemy at the Gates』の黒シャツ隊。戦闘工兵は実は黒シャツ隊だった……? ARが『Case Blue』では下がってます(^_^;

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 ↓『DAK-II』の黒シャツ隊。

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 『ムッソリーニの戦い』P39によれば、グラツィアーニ攻勢の直前にグラツィアーニがムッソリーニに送った報告にはこのようにあったそうです。

 リビア東部国境はいかなる観点からしても、非常に憂慮すべき状態にある。軍需資材が不足し、兵員は敵の優勢を恐れ、士気が著しく低下し、組織力を欠いている。(ある将校の供述によれば、とくにファシスト義勇軍【黒シャツ隊】と正規軍の間で相互に恨みを抱いていることが指摘される。)



 『DAK-II』のユニット名称は「印刷機の関係で(とルールブックに書いてある)」省略されていることがままあり、本来「23」とあるのは「23 Mar」、「28」とあるのは「28 Oct」とあるべきだと思われます。これらの師団に関して、『Rommel's North Africa Campaign』では、「これらの黒シャツ隊は、1940年12月から1941年1月にかけてのイギリス軍の攻勢によってリビアにおいて蹂躙され、再建されることはなかった。」と書かれています。ところが……。


 黒シャツ隊の師団はWikipeida「黒シャツ隊」にあるように、第二次エチオピア戦争の際に6個作られたのですが、それはおいとくとして、後にリビアにうち第1黒シャツ師団「3月23日」、第2黒シャツ師団「10月28日」、第4黒シャツ師団「1月3日」が新たに編成されて送られました。「1月3日」はイタリア語だと「3 Gennaio」となり、『Case Blue』にも『Enemy at the Gates』にも「3 Gen」というユニットがあって、それは「1月3日」なのだと思われます。「3月23日」はイタリア語では「23 Marzo」で、「23 Mar」の略称は英語と同じですが、そのユニットも両方にありますね。

 Google Booksで読める『The Organization and Order of Battle of Militaries in World War II Volume IV Italy and France』という本のP166(Google Booksで「blackshirts division」で検索して出てきました)には、「3月23日師団は42年に再建された」とあります(どこに送られたとは書いてない)。しかし、「1月3日」の方にはそういう記述はない……。他の色々な資料では、そもそもそれが再建されたということは私は見つけられませんでした。


 ちなみに、「3月23日」というのは1919年3月23日にイタリアのファシスト党が設立されたことに由来し、「10月28日」というのは1922年10月28日のローマ進軍に由来し、「1月3日」というのは1925年1月3日にムッソリーニがイタリアの議会を掌握したことに由来しているそうです。



 黒シャツ隊ユニットのARは1が普通で、まれに3があるという感じですが、『Case Blue』等に出てくる黒シャツ隊はARが全部3で、「弱い」とまではいえません。『Rommel's North Africa Campaign』には以下のように書いてありました。

 他の黒シャツ隊として、「M」の名で彩られた大隊(Mというのはムッソリーニを表している)が1941年に編成されている。これらの部隊は、戦闘において目覚ましい働きをした黒シャツ隊であった。それゆえ、戦争後期にはイタリア本土においてさえも【ムッソリーニの失脚後であったにも関わらず】、「M」の印を付けたいくつかの部隊が存在した。

 多くの学者によれば、第二次世界大戦における黒シャツ隊の能力は、ドイツの同等の部隊に比べて一般的に常に劣っていたが、しかしロシアに送られた黒シャツ隊は唯一の例外であったという。このことによってやや評価は上がるものの、黒シャツ隊の装備と訓練は、その組織構造と同様に、ドイツ軍部隊のそれよりも平均的に劣っていたということを忘れるべきではない。




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ヴィアランヌはアウエルシュタット会戦の日に馬を調達しようとしていたのか?

 もう1年ほど前ですが、アウエルシュタット会戦の日にダヴー麾下の騎兵指揮官であったヴィアランヌに関して書いてました。

第Ⅲ軍団直属騎兵の指揮官ヴィアランヌ (2016/01/18)

 このエントリに関して、R/Dさんが詳しく調べられていたエントリがありました(これまたもうすでに1年くらい前のものでしたが(^_^;)。

祖国は危機にあり 関連blog ヴィアランヌ

 なるほどです。私も、なんでこんな危ないタイミングでそういうことをするのか疑問には思っていました(^_^;

 ただ、なぜヴィアランヌがその時間いなくなったのかに関しては分からないままですね……。『歴史群像』の記事による「馬匹の調達」というのは、何か別の資料があってのことなのでしょうか。



 祖国は危機にあり 関連blogの方は数年前に、それまで存在していた記事をまとめて印刷させてもらい、その後は正月のタイミングで1年分まとめて印刷させてもらってました。2016年分は忙しくてまだだったのですが、別件が落ち着いてきそうなので、データをまとめるのを着手し始めました。

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サー・ハロルド・アレクサンダー将軍について

 シチリア戦の時に、パットンやモントゴメリーの上官の地位にあった、サー・ハロルド・アレクサンダー将軍について調べてみました。


Harold Alexander E010750678-v8
 ↑Wikipeidaから


 ↓参照した書籍。




 シチリア戦に関する戦記を読んでいる時にはアレクサンダー将軍は、モントゴメリーのわがままに譲歩してブラッドレーを嘆かせたり、パットンの主張に譲歩したりという場面でばかり出てきていました(^_^;


 しかし私が特にアレクサンダー将軍について調べてみようと思ったきっかけとなったのは、OCS『Sicily』のヒストリカルノートにこう書かれていたことからでした。

 ハスキー作戦の連合軍における命令系統の最高司令官はドワイト・D・アイゼンハワー中将であり、副司令官および第15軍集団司令官はサー・ハロルド・アレクサンダーであった。……この命令系統におけるデメリットは、国籍間や陸海空軍間での良好な協調が必要とされることだった。これらの集団の努力を統合させるための強力なリーダーの不在(アイゼンハワーは離れた場所におり*、アレクサンダーは無力であった)のために、この作戦は弱体化させられ、数々のチャンスが失われもし、また真の破滅をもたらすこともなかったのだった。
The Gamers『Sicily』P30~31

  *……『モントゴメリー回想録』P198によれば、シチリア戦の最中アイゼンハワーはアルジェにいたらしいです。

 結局、シチリア戦は本来可能であったはずの包囲殲滅戦にはならなかった。ハスキー作戦自体の核となる戦略的見通しの欠如が、アレクサンダーの無規律で無力なリーダーシップや、連合軍指揮官達がまったくささいなつまらない小競り合いを繰り返したことなどと相まって、バラバラな、まとまりのない戦役をもたらした。
The Gamers『Sicily』P34


 なかなかに辛辣ですが、本当にそうなのか、詳しいことが知りたいなぁ、と……。


 調べていってみると、彼はダンケルク撤退の時にその冷静さで名を上げ、チャーチルに長用されることとなったとか。

 ダンケルク包囲網を巡る戦いにおいて、彼は第Ⅰ軍団を指揮した。ここで彼は名声を挙げた。チャーチルは周りの全てが混乱している中での彼の冷静な様子に強い印象を受けたのだった。
『British Commanders of World War II』P4


 ただ、ダンケルクにおいて彼がどんな風に冷静であったのかが分かる資料がないかと思って探してみたのですが、見つからず……。以前に購入していたフランス戦の洋書4冊もひもといてみたのですが、あまりそれらしい描写はなく事実関係の話を出ない感じで。一番それらしかったのは、ダイナモ作戦についての和書(!)である『五月の嵐』にあった、以下の部分。

 本国に上陸後、アレクザンダー司令官はただちに陸軍省に行き、イーデンに帰国報告をした。
 イーデンの回想録にいわく、
「アレックスは戦闘の経過を報告した。それが終わったところで私は『ご無事でなによりでした』と労をねぎらった。彼はニヤッと笑って、さりげなく『なんの、これくらい、大したことではありませんよ』と答えた。」
『五月の嵐』P305


 ただしこの本には索引がなく、目視検索で探したので、もっといい箇所があるかもしれません。

 その後アレクサンダー将軍はビルマに派遣されたもののボロボロに負け、次にチュニジア戦に登場します。カセリーヌ峠の戦いの直後くらいからです。


 和書では、『第二次世界大戦将軍ガイド』にアレクサンダー将軍の項目があり、チュニジア戦について特に詳しく書かれていましたが……。

 ……1943年3月【チュニジア攻略にあたって】、連合軍地上司令官アレクサンダーは、最終的な作戦行動から大部分のアメリカ軍を排除してしまう計画をたてていた。彼は、アメリカ兵を
「無教育で、ろくに訓練もうけていない」
「精神的にも、肉体的にも軟弱だ」
といい、アメリカ軍をほとんど信用していなかった
『第二次世界大戦将軍ガイド』P101

 ……アレクサンダーは、攻撃態勢を立て直し、「ストライク」と呼ばれた作戦を計画していた。この作戦は、第1軍が枢軸軍の橋頭堡を突破して敵の部隊を分断し、港湾施設を破壊する暇を与えず、チュニスを占領するという、電撃的、全面的な攻撃を迅速に加えるというものであった。作戦行動を迅速に遂行することは、枢軸軍がケープ・ボン半島のつけ根に広がり、天然の要害をなしている丘陵地帯の向こう側に撤退するのを阻止するためにも必要であった。
 ……
 始め【第1軍司令官の】アンダーソンは、敵の前線に突破口ができたならば、戦車部隊を旋回させて戦場の残敵を掃討すべきであると提案したが、アレクサンダーは、この提案が迅速さを信条とする「ストライク作戦」に反することに我慢ならず、戦車部隊は側面の小競り合いなど無視してチュニスへ急行すべきであると命令した。「剣は心臓に刺さねばならなぬ【ママ】」とアレクサンダーは後にいった。
 連合軍は怒濤のごとくビゼルトとチュニスに押し寄せた。その進撃があまりに急だったため、チュニスにいるドイツ軍は敵の襲撃などまったく気がつかず、いつものように街を歩いたり、カフェでお茶を飲んだりしている横をイギリス軍の戦車部隊が通り過ぎていくという異様な光景が見られたのである。こうしてアレクサンダーはチュニスを占領することになった。
 このアレキ【ママ】サンダーの成功には、アメリカ軍との協調が重要であったろう。財産家で、物に動じぬ軍人精神を持ち、礼儀正しい厳格主義者であったアレクサンダーにとって、アメリカ兵は確かに虫が好かなかったかもしれない。しかしもしこれに変にこだわり、連合軍がまとまりを欠いていたなら「ストライク作戦」も危うかったろう。
 ……
 アレクサンダーは、こまかいことにこだわらない、さっぱりした性格によって、熱っぽく、とげのある話をする多弁家モントゴメリーともうまく協調していくことができた。また、彼はその内部に強靱な克己心を持っていた。チャーチルは、こんな彼をほとんど欠点を見出し得ぬ人物と評したという。
『第二次世界大戦将軍ガイド』P103~104



 「ストライク作戦」の電撃戦ぶりに関して非常に興味深いですが、どうやって米軍と協調していったかがよく分からず(^_^; しかし、『カセリーヌ峠の戦い1943』にそこらへんのことが結構詳しく書かれていました。

 アレクサンダーはいまだ米軍の作戦能力に確信をもっておらず、主戦場から離れた地点での戦術的勝利が容易に望める、適正な規模の一連の作戦を実施させることで、戦闘経験に乏しい米軍部隊に経験を積ませるとともに、第1機甲師団のような士気潰乱を経験した部隊に自信を回復させることができると考えていた。
『カセリーヌ峠の戦い1943』P72

 アレクサンダーはこの【パットンの】攻撃案をやや冒険的にすぎると判断し、パットンに対し第2軍団にマクナシィを通過させて押し出しマハレ周辺のドイツ軍兵站線を襲うという、より限定的な作戦の実施を命じた。
 ……
 エル・ゲタール戦の勝利は米軍将兵の士気を大いに高揚させ、アルニムは米軍がカセリーヌ戦から成長したことを思い知らされたのである。
 アレクサンダーは米第2軍の作戦能力を信頼し始め、かつマレト防御戦へのモントゴメリー攻勢への支援が立派に果たされたことで、3月25日、より野心的な作戦の立案に入った。
『カセリーヌ峠の戦い1943』P82,83



 しかし、英米軍の軋轢に対してはアレクサンダーもアイゼンハワーも苦労したようです。

 【1943年4月上旬の】フォンドゥーク=ピション峠を予定通りに突破するのに失敗したことで、英米の将校団の間では非難の応酬が始まっていた。英第9軍団長ジョン・クロッカー将軍は、諸峠を迅速に制圧できなかった原因は、米第34師団の訓練不足に求められると主張した。しかし、米軍将校団は軍団の攻撃計画のまずさが原因であると反論した。アイゼンハワーとアレクサンダーは論争を止めさせようと即座に介入し、第34師団には徹底した再訓練が実施された。しかし、一旦ひびの入った英米の協調関係は、以降の作戦においてもなかなか修復されなかったのである。
『カセリーヌ峠の戦い1943』P86



 OCS『Tunisia』と『Sicily II』をこれまでにやったのですが、チュニジア戦の初期では英米軍がそれほど明確に分けられては戦ってない印象があるのですが、シチリア戦では英米軍ははっきりと戦区を分けて戦ってます。そのことについて同書について書かれていました。

 チュニジア戦において英仏軍と混用され混乱を経験したことで、ヨーロッパ戦域の米軍は、軍レベル以下の規模で英軍の指揮下に置かれることを激しく厭うようになっていた。単純に見て、米軍部隊が軍団や師団レベルにおいて英軍の指揮下で快適に作戦を実施するには、英米間の指揮方法、戦術ドクトリンにはあまりにも多くの違いがありすぎた。一部には例外もあったが、総じてカセリーヌ戦後の米軍は、シチリアのパットン第7軍、イタリアのクラーク第5軍、ノルマンディのブラッドレー第1軍にように、少なくとも軍単位としての一体性を保ったのである。
『カセリーヌ峠の戦い1943』P95,96



 さて、シチリア戦におけるアレクサンダー将軍についての評価ですが、例えば『Sicily 1943』では。

 アレクサンダーは人気があり、尊敬された指揮官で、アイゼンハワーのように、彼はイギリス軍とアメリカ軍の間の協調関係を早期の難しい時期に発展させたのだった。しかし、彼は麾下の指揮官達に作戦的あるいは戦略的構想を与えることに失敗し、彼の遠慮がちな指揮スタイルはモントゴメリーやパットンのようなよりアグレッシブな指揮官達がシチリア戦中に自分のやり方を押し通すことへのドアを開いてしまっていた。
『Sicily 1943』P15



 『British Commanders of World War II』ではより手厳しい評価となっています。

 アレクサンダーによるダンケルクでの第Ⅰ軍団の指揮はチャーチルに大きな印象を与え、彼はその後重用されることとなった。次の任地ビルマ戦役での破滅的な結果への非難は彼には向けられず、彼の部下達に非があったとされた。多くの問題のある決断、例えば日本軍の圧倒的な戦力に対してラングーンの保持を決めたなどは彼によってなされたものであったにも関わらず。シチリア島、およびイタリア本土における連合軍司令官としてアレクサンダーは、モントゴメリーやアメリカ軍のマーク・クラーク、それにジョージ・パットンなどの一筋縄ではいかない部下達の手綱を統制するのに失敗した。
 後にリデル・ハートはこうアレクサンダーを評した。
「彼は生まれながらのリーダーであり、それは努力を要しないものだった。彼は一目で人々の信頼を掴んだ……だが、彼が控え目な人物であったことは、彼の力量を阻害した。」
 リデル・ハートはさらにこうも言っている。
「アレクサンダーは非常に知的であったが、根本的に怠惰であった。というのは、成功を収めたのがあまりにも速くあっさりとであったので、彼には尽力しなければならないという機会がなかったからである。地中海戦域でアレクサンダーに仕えたアンドリュー・カニンガム提督は、世辞を言わず、辛辣な性格であったが、アレクサンダーはペテン師で、最高司令官として不適格だと考えていた。彼は自分が変更する覚悟のないものに関しては自分の意見を持たなかった……彼は海軍についての知識がなく、空軍についてもほとんど知らなかった。」
『British Commanders of World War II』P5




 ところが、『Allied Commanders of World War II』では彼は大いに弁護され、評価されていました。

 1940年5月にドイツ軍が突破した後、アレクサンダーは麾下の部隊を卓越した指揮で海岸まで退却させた。そして彼が最初にイギリス全土に知られるようになったのは、ダンケルクにおいてであった。5月31日に第Ⅰ軍団の指揮と後衛の組織化を任されると、彼は残りのイギリス軍部隊を冷静に、パニックにならずに海岸から出発させ、自分自身は最後の船群が出るまでそこに残り続けたのである。……【ビルマでは】不可避的に、彼はひどい敗北を被った。……だがアレクサンダーは少なくとも残った部隊を救い出すことに成功し、それ以上の損害や、屈辱的な包囲、降伏などは回避したのであった。
 「トーチ」作戦のために北アフリカのイギリス軍を指揮することになり、1942年8月に左遷されたオーキンレックに代わって彼は中東における最高司令官に就任した。その心の広さから彼は、勝利のために裏方のまとめ役に留まることに満足しており、第2次アラメイン戦で枢軸軍を打ち破るための前線司令官としての役割をモントゴメリーに委ねた。自分が注目を浴びることを嫌うというのが、生来の恥ずかしがり屋であった彼特有のキャラクターであった。
 1943年のカサブランカ会談でアレクサンダーはアイゼンハワーの代理司令官に任命され、チュニス、それにシチリア島を攻略するための地上部隊の指揮官となった。彼は困難な立場の中でアメリカ軍兵士達の尊敬を獲得し、如才ない外交的手腕によって彼らを連合軍組織の中に溶け込ませていった。その後彼はチュニスの占領によって大きな勝利を収め、その称号を獲得した。
 ……この【シチリア】戦役で彼は、連合軍内の海軍と空軍の激しい対立と論争に巻き込まれた。ドイツ軍部隊の大部分がイタリア本土に逃げてしまったことと、アレクサンダーがモントゴメリーを抑えることができなかったことも大いに非難された。しかし実際には、指揮官があまりにも多すぎたこと、アイゼンハワーが明確な指示を与えていなかったことにより、彼が不当な非難を受けるような立場に置かれてしまっていたということなのだ。
『Allied Commanders of World War II』P5

 「アレックス」は歴史的な意味合いにおいては「偉大な」軍人ではなかったし、真に天才的なひらめきにも欠けていた。だが彼の大きな長所は、物事を処理していくための純粋にプロフェッショナルな能力とその適性とにあった。同時代の幾人かの将軍達と異なって彼は、自分の思うとおりにならないとすぐに怒ったりする人間でも、大衆を引きつけるような人物でもなかった。貴族階級出身という背景によって、彼の中に自分に対する自信と伝統的な礼儀正しさが染みこんでいたことは、大きな強みであった。彼は兵士達をして心からの献身の情を呼び起こさせたし、彼の評価はその後の批判によっても損なわれることはないだろう。
『Allied Commanders of World War II』P6



 このようにけなす意見と褒める意見の両方があるのは個人的に大変興味がありますし、その両方の側面があるというのが恐らく本当のところなのだと思います。本当にまったく無能なのだとしたら、その地位にとどまることもなかったでしょうし……。



 『カセリーヌ峠の戦い1943』に、アレクサンダー将軍に関しては触れられていませんでしたが他の将軍達についての評価が載っていたので、参考にそれも。

 またチュニジア戦は、将来の作戦に備えて、主要な地位にある多くの司令官の特質を確認するのに役立った。アイゼンハワーの指導力には問題無しとはしがたいものがあったが、しかし困難に直面しての指揮統率能力は適切であった。カセリーヌ戦以前においては無名の一師団長に過ぎなかったブラッドレーは、上級野戦司令官として急速に頭角を現した。パットンもまた、煌めく将軍のひとりであったが、その粗野な言動はのちのシチリア戦で人品に疑問をもたれることになった。英軍においては、アンダーソンの作戦指揮は拙劣であったと評価され、チュニジア戦後は閑職へと追いやられた。
『カセリーヌ峠の戦い1943』P94





OCS『DAK-II』クルセーダー作戦シナリオ研究

 ミドルアース大阪に行って、こかどさんとOCS『DAK-II』のクルセーダー作戦シナリオの研究をやってました。

 セットアップについてはOCS『DAK-II』クルセーダー作戦スモールシナリオセットアップ (2016/11/02)をご覧下さい。

 ただ、その2日後のエントリOCSインストで『Sicily II』「シチリア島西部」「プリマソーレ橋」をやりました (2016/11/04) に書いてましたが、どうにもイギリス連邦軍の戦力が枢軸軍の戦力に比べて少なすぎるように見えてどうしたらいいのか悩みまくりました。


 一応気付いたイギリス連邦軍側の好材料として(以下のルールはクルセーダー作戦時には、ということで、他の時期だと当てはまらないものもあります)、

1.イギリス連邦軍に数多くある旅団ユニット(戦車旅団や歩兵旅団)は皆2ステップを持っていて、損害に強く、かつ戦闘補給では旅団ユニット1つにつき1Tと優遇されている。燃料的にも有利でしょう。

2.イギリス連邦軍の各歩兵旅団は固有の5砲爆撃力を持っている。

3.イギリス空軍はヒップシュート可能。

4.イギリス連邦軍の砲兵は軽ATや重ATを持っていたりする。

5.シナリオ中を通じて枢軸軍の補充ユニットは総計4個(Variable Reinforcementは両軍ともなし)だが、イギリス連邦軍の補充ユニットは総計14個で、3.5倍の補充能力を持つ。


 などなど……。初期SPの総量でも勝っていると思われます(ターン毎に来るSPの量は同じ)。

 イギリス連邦軍の補充ユニットは前線から離れたメルサ・マトルーにまとめて置かれているので、戦略移動でもって前線に送り込んでおくべきだと思われます(司令部&守備隊とスタックさせておく)。また、メルサ・マトルーからの鉄道線がある程度までは西方に延びていて鉄道輸送力が毎ターン1あるので、それでSPを前線に運べます。


 ただこれらを考慮してもイギリス連邦軍は前線に戦力が足らず、攻勢に出られる気がしない……。史実に関する本を読むとクルセーダー作戦の時にはイギリス連邦軍には枢軸軍の2倍の戦車があったとかあるのですが、ホントに?(^_^; 混戦に持ち込めば補充力で上まわっているので最終的には優位に立てる……?


 ↓第1ターン先攻(イギリス連邦軍)終了時。

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 リビアン・オマールに対して第2ニュージーランド師団が包囲攻撃をかけたくらいで、ほとんど何もできず……。




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 後攻ターンにはトブルク要塞の一番東の一角が枢軸軍に占領されてしまいました。

 砲爆撃で1ステップロスさせられ、そのあとDL1o1で積みました……。3ステップ守備ではダメで、4ステップは必要かもです。が、そうすると後方に予備がほとんど確保できないんですよね……。補充ユニットを海路でトブルクに送り込むとかも必要なのか……。

 あるいは、内陸からのイギリス機甲師団がトブルク包囲環の枢軸軍部隊に攻撃をかけるからこそ、トブルクは失陥しないでいられるということなのかもしれません。史実では包囲環のすぐ外側のシディ・レゼクで戦車戦が起こっているわけですし。


 ちょっと詳しい史実での戦力比とか知りたいところです。以前買って途中まで読んで止まっていた『Rommel's North Africa Campaign』を引っぱり出してきてみたら、ちょうどクルセーダー作戦が始まったあたりにしおりが挟まってましたが(^_^;




SPI『Campaign for North Africa』と『DAK-II』の比較

 以前、ミドルアースでOCS他の地中海祭り (2016/08/22) で書いてましたSPIの『Campaign for North Africa』とMMP/The Gamersの『DAK-II』の比較が実現!

 伝説のゲームである『Campaign for North Africa』を持ってきて下さいましたBOWさん、ありがとうございます!



 ↓全景。『DAK-II』と同じくフルマップ5枚。

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 残念ながらテーブルに両方のゲームマップは広げられないので、以下、特徴的な地形を比較する形で。

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 ↓このシートに、装甲師団1個分、歩兵師団1個分の情報を書いていくそうです。これは大変だ……(^_^;

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 戦闘をすると1ターン処理するのに10時間くらいかかるらしいですが、戦闘がなければ1ターン2時間くらいで終わるそうです……ってそれでも充分長いわーバキッ!!☆/(x_x)


 『DAK-II』のデザイナーであるディーン・エスイグ氏は、そのデザイナーズノートで以下のように書いています(→『DAK-II』デザイナーズノート和訳)。

 私がそのゲームを欲しいと思い始めたのは1976年(かそこら)のことで、その頃SPIがプレイヤーの意見を反映したゲームを作っているらしいという噂が流れてきて、それは結局リチャード・バーグによる『Campaign in North Africa』【いわゆる『Campaign for North Africa』のことだと思われる】として出版されることになりました。隔月巻のS&T誌を入手するたびにそれを握りしめながら、私はこの"長らく待望したゲーム"が届けられるのをひたすら待ちました。その開発が2年も遅れている間に私はこの開発中のゲームに関するあらゆる報告、遅延の知らせ、進行状況に関する手がかりを探し回りました。それに私は、このゲームがどんな風になるだろうという私自身のイメージを膨らませていったのです。私の期待は高すぎたのかもしれません。

 いよいよ販売の申し込みが始まる段になって私は即座にそれに申し込み、固唾をのんで待ちました。

 そのゲームが来た後……。

 その年以来、私はこのゲームをプレイしたという数多くのプレイヤーに出会いました - ある人は30ターンプレイしたと言っていました。しかし私はついにこのゲームをプレイすることはありませんでした。私はその硬い膜を突き破り、"理解する"ための試みを何回も行いましたが、それは結局うまくいきませんでした。そうするための一人の努力は実らなかったのです!

 あなたが今手にとって見ているものは、私が今までに立案し、かつ粉骨砕身した企画の中で、最も精密かつ正確なゲームとなります。このゲームはあの時の夢の実現であり、その点において素晴らしくもやばいゲームだと言えるでしょう(もちろんこれが偏った見解であることは承知です……しかし私は少なくともこのゲームをプレイはしたわけです - ソロプレイだとしても!)。あなたがこのゲームで多くの時間を楽しみ、私の夢を共有して下さることを願っています。あなたが私の仕事を気に入ってくれますように。



 あと、すでに『Operations』のOCS関係ページのコピー終了しました (2016/07/30) で書いていましたが、

インタビュアー:ゲーマーになってから、最も大きな満足をあなたに与えたゲームはなんですか?
ディーン・エスイグ:疑問を挟む余地もなく、それは『DAK』だよ。あれこそが私の夢の到達点なんだ。


 という話もあります。

OCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」第6ターン先攻

 ワニミさんと、OCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」第6ターン(1942年12月5日ターン)の先攻(枢軸軍)だけをプレイしました。


 ↓第6ターン先攻終了時。

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 ①の箇所ではハンガリー軍とドイツ軍がドン川を渡河してソ連軍の2スタックを包囲。

 ②の箇所ではドイツ軍の第14装甲師団が、戦略移動モードの狙撃兵師団+機械化軍団?のスタックを殴り、数ステップの損害を与えました。ただ、この「戦略移動モードの狙撃兵師団+機械化軍団」というやり方で戦線を前に進める方式は有効であろうとも。

 ③の箇所では史実の冬の嵐作戦並みに3個装甲師団が揃い、次のターンには緑の矢印のように本格的に作戦を始めるかも……?

 ④の箇所ではポケット内のドイツ軍歩兵師団が北側の包囲環を2箇所で破り、その北の鉄道線を踏む可能性が出てきました。


OCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」ドン川問題について

 先日、OCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」第5ターン (2017/01/11)で触れていました「ドン川を越えてもいいのかどうか」問題。

 「ドイツ軍がドン川を越えたらソ連軍の補充を2倍にする」と書いてましたが、これは「Russian Booklet」(ソ連軍用のチャート冊子)にある文言であり、ルールブック自体には「枢軸軍が……」と書いてあるということが判明(^_^; とりあえずはルールブックの方が正しいとしてプレイすべきかという話になりました。

 ただ、再度詳しく確認したところ、その条件というのは↓の写真で、

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 ①から②にかけてのドン川(濃い水色の河川)より北の領域に枢軸軍が入ったならば……というもので、ということは①から③にかけての線よりも西側であれば問題ないということに! ①から③の領域の特に北端の部分は写真の左端までドン川が屈曲していてそこまでソ連軍部隊がいたのですが、圧力で退却した挙げ句ハンガリー軍(青いユニット)に補給線を切られ被包囲されそうになっております。

 このマップの北側は『Guderian's Blitzkrieg II』のマップで、向こう側にもソ連軍はいるはずなのですが、盤端はなかなかに難しいですね~。

 ただこの方面はソ連軍としても枢軸軍の鉄道線を切ったり、有望な攻勢軸案の一つとして確保し、ドン川の向こうへ橋頭堡を獲得しておきたい場所なので、そこらへんでもせめぎ合いがあってしかるべきなのでしょう。

『Stalingrad Battle Atlas』のIIIとIVを注文しました

 またワニミさんとOCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」の続きをやっていたんですが、そこにワニミさんが買われたというスターリングラード戦の洋書を持ってきて下さってました。



 グランツ氏ではなく、アントン・ジョリーという人の書いたスターリングラード戦のシリーズだそうで、このIII巻はまさに1943年11月19日~30日という、ウラヌス攻勢を扱った本になってました。地図が大量にあったり一日ごとの戦況が書かれていたりで、「これはすばらしい!」

 値段を聞いたら3000円くらいだったということなので、コピーさせてもらうよりも購入してしまうことにしました(今注文したんですが2000円くらいでした(*^_^*))。


 それから、このシリーズのIV巻が3月に出るのだけどもそれが12月1日から12月31日までということなので、冬の嵐作戦からリトルサターン作戦までを扱った巻ということになるそうです。ワニミさんは冬の嵐作戦フリークですでに注文されたということなのですが、私もリトルサターンフリークという感じなので、これも注文!




 いいですねぇ、すばらしいですねぇ~。グランツ氏が最新、最高峰かと思い込んでいたので、『ドン川からドニエプル川へ』(『From the Don to the Dnepr: Soviet Offensive Operations, December 1942 - August 1943』)以上のリトルサターン作戦の情報は手に入らない(入りにくい)と思っていたので、大変嬉しいです。しかも(グランツ氏の本に比べて)安い!(ただしグランツ氏の↓の本は、リトルサターン、ギャロップ、スター、第4次ハリコフ戦の4in1です)




 ただ、そうはいいながら全部読破できるわけではなさげな本にポンポンお金を使っていって……とりえあずすでに買った本読まなきゃね? ただ私はアレですね、日本語の本ならば一応端から端まで読みますが、洋書だと興味が特にある所だけを読むスタイルじゃないと読めない程度の英語力だから……か? 英語力増強したいです。


OCS『Sicily II』上陸作戦時の疑問やTipsまとめ


 先日のOCS『Sicily II』「ハスキー作戦」シナリオプレイ時に出た、上陸作戦時のルールの疑問点やその解決、それにTips(秘訣)をまとめておきます。

 疑問のままのものには▲、疑問点の解決には■、Tips(秘訣)には□のマークを付けました。また、ルールの誤認もあると思うので、気付かれた方はご指摘頂けると大変ありがたいです。

(※2017年1月13日追記:さとうさんから疑問点へのコメントがいただけましたので、赤字で表記しています。大変ありがとうございます!(*^_^*))



■何がグライダーだったら「グライダー降下」になるのか?
 →「Gldr」と記載されている航空ユニットからの降下が「グライダー降下」である

 疑問としては、もしかして降下するユニットが「グライダー」だったら「グライダー降下」だったりするのだろうか? ということだったんですが……。

 14.10aから推察されるのは、「空挺降下」には「パラシュート降下」と「グライダー降下」の2つがあるが、
 「パラシュート降下」できるのはSPと“パラシュート”マークが付いているユニットのみ
 「グライダー降下」できるのはSPと“パラシュート”マークが付いているユニット+航空輸送できるユニット(移動モードでの移動力が10以下の徒歩タイプのユニット:14.9c)であるということ
 兵科マークが「グライダー」であることに関する記述はルール上にないように見えることと、「グライダー降下」の方が成功率が高いわけだからわざわざ、「グライダー降下」ができるのに「パラシュート降下」を選択する理由はなにもない。すると、

・「Gldr」と記載されている航空ユニットからならば、航空輸送できるユニットであればなんでも「空挺降下」できる。判定は「グライダー降下」でおこなう。
・「Gldr」と記載されている航空ユニットからでなくても「Tpt(輸送機)」からであれば、SPと“パラシュート”マークが付いているユニットならば「空挺降下」できる。判定は「パラシュート降下」でおこなう。




■揚陸(ALT)後、戦闘モードか移動モードかを決めるのはいつか?
 →分からないがとりあえず、今回は「全てのALTが終わってから、個々のユニットの移動を始める時」としました

 可能性としては、
1.上陸用舟艇に乗せる時点でモード決定しておかなければならない。
2.個々のALT解決時に、モード決定した上で荷降ろししなければならない。
3.全てのALTが終わってから、個々のユニットの移動を始める時にモードを決定する。

 の3種類があると思われますが、ルールを読んでいる限りでは解釈次第でどのパターンもあり得るような気がしてしまいます。プレイ的には1が一番難しく、2が中間、3が一番容易でしょう。元々難易度が高いゲームなのですし、3くらいにしておいた方がいかなと……。




□Landing Craftが壊滅したら、載っていたSPは失われる。
 DUKWは輸送ユニットへの切り替えをした時点で上陸用舟艇ではなくなり、18.5aに関係なく移動を継続できる。


□戦艦や空母などが砲爆撃の目標になった場合、ユニットに記載されている六角形内の数値で砲爆撃力を割るので、沈みにくい。
 対空射撃はユニット毎に見るのではなく、そのヘクスの対空射撃力をすべて足す。



□第1ターンにLanding CraftとDUKWで運ばれたSPについて

 第1ターンにLanding Craftで運ばれるSPは、アメリカ軍は1SP+2T、イギリス軍は1SP+1SP存在します。これらは荷降ろしすることはできず、隣接ヘクスまでのユニットによってしか「使用(use)」できませんから注意! 使用されなかった分は多分、突破フェイズにSP積んだままFloating Force Boxに帰り、また次のターンの移動フェイズに何かを積んでシチリア島に向かうことになるでしょう。
(ただし、「use」とは何かについて事前にすりあわせをしておくべきでしょう。隣接ヘクスのユニットによる燃料、戦闘補給、砲爆撃、航空整備、港湾修理、建設は問題ないと思いますが、隣接ヘクスにいる司令部が受給(draw)して遠方に支給(throw)できるかどうかは意見の分かれるところだと思います。個人的には厳しめに判定して、この件はできないのではないかと思っていますが……)

 上陸用舟艇に積載されているSPを司令部が支給できるか、についてですが、これは12.3cにおいて明確に否定されています。

 SPを積んでいたDUKWは、揚陸(ALT)と同時に輸送ユニットに変換することができますから、その後普通の輸送ユニットと同じように扱われます。ただし輸送ユニットと同じ扱いになりますから、突破フェイズやリアクションフェイズには移動できません。個人的には、次の第2ターンの移動フェイズにSPを荷降ろししてまた上陸用舟艇へと変換してFloating Force Boxへ戻り、第3ターンの移動フェイズにSPを積んで揚陸し……と、2ターンずつかけてSPをシチリア島に運ぶのが序盤は良いのかな? と思いました。

 LSTはSPを積まれてません(ハスキー作戦シナリオでは)。



□第2ターン以降のLanding Craftの使用法について

 戦闘ユニットを運ぶ場合、それが燃料の必要なユニットだった場合はタダで燃料が供給された上で半分の移動力で揚陸(ALT)後移動できますから、燃料分のSPを払う必要がない分お得で、これが一番良さそうに思えます。燃料が必要ないユニットでも、半分の移動力が使用できることを有効活用できるならよいでしょう。
 SPを運ぶという考えもあります。Landing CraftからはSPは荷降ろしできないので、SPしか積んでいない場合には失敗の可能性のある揚陸(ALT)などせずに、使用するつもりのヘクスの隣接ヘクスにまで移動だけしておいて使用すればいいでしょう。
 戦闘ユニットとSPの両方を積んだ状態にすると、揚陸(ALT)をしなければならず、それでSPまで失う可能性もあるので、避けた方がよい?








▲(二次上陸のための移動中などで上陸用舟艇が航空爆撃を受けたなどして)上陸用舟艇がDGとなっている場合、積み荷はDGとなるのか? あるいは、揚陸(ALT)できなくなったりするのか?

 まず上陸用舟艇は輸送ポイントなので通常の意味でのDGモードにはなりません(5.10c)。
 次に、上陸用舟艇は艦船なので、「1/2ヒット」という意味でのDG状態にはなりますが、18.3dのB)項により、艦船に対するDGの攻撃結果は貨物には影響しません。単に2回のDGで1ヒットになったとき積載力が低下するだけだと思います。




▲揚陸(ALT)した後のLanding Craftが無防備で海岸ヘクスにいる時に、そのヘクスに敵ユニットが入ってきたらどうなるのか?

 上陸用舟艇は輸送ポイントであると同時に艦船ユニットなので、敵軍戦闘ユニットがそのヘクスに進入してきたならば9.14gに従って壊滅とするのが適切かと思います。OCS4.2では「上陸用舟艇として運用中のDUKWも含む)とあります。



▲第1次上陸等で、揚陸(ALT)が1ヘクスに3つある時、うち1つがDGになったからといって他はDGにならない?
 DGになった時“たまたま”そこにいたユニットもDGになるというのは、9.12eの「敵ZOCに退却するユニットはDGになる……」という時だけで、9.12aの2ヘクス目に退却でDGになる時は関係ないと思われる(前者で一文中にそう書かれているため、前者の時だけそうなるということか、という理解)。ので、DGにはならないとは推測されるが……。
 9.12eで、すでにDGであったユニットが敵ZOCに入った時にはどうなるのか? という疑問もあるけども……。

 5.10aはOCS4.1aではA~Dの4項目ですがOCS4.2ではDがCに吸収され、(9.12e)への言及が削除されると同時に、「いかなる理由であれ」DGが発生したヘクスに存在する他の戦闘ユニットはDGとなる、とされましたので、同一ヘクス内であればすべてDGとなるのではないでしょうか。



▲通常の移動では1ヘクス移動が保障されているが、補給を受給(draw)する時や支給(throw)する時も1ヘクス保障はあるのだろうか? 

 12.3dによれば「補給線をカウントする際には6.1項における移動に関する諸制限をすべて適用する」とあるので、6.1cである「1ヘクス移動保証」も適用されるのではないでしょうか。

OCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」第5ターン

 OCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」の第5ターン(12月1日ターン)をワニミさんとプレイしてました。


 ↓第5ターン先攻(ソ連軍)終了時。

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 ソ連軍は①の箇所でチル川をすでに渡河していましたが、このターンに橋頭堡を拡大。②の箇所でチル川の線に辿り着くべく、戦略移動モードを組み合わせて(リスクがありますが)前進中。スターリングラード包囲環では③の箇所で防御陣を破って中に侵入しました。

 ソ連軍としては、次の本格攻勢の箇所をどこにするかをもう決めておかないと、やってくる増援を効率よく置くことができません。検討の結果、黒い矢印のようにして、2方向からニジネ・チルスカヤを押さえている枢軸軍部隊を包囲する作戦で行こうということになりました。この作戦ならば、すでに前線にいる戦車軍団等をそれほど移動しなくてもいいし、ドネツ川への突破も見込めるかもしれない。それに割と弱体で危ない、スターリングラード南方を強化していくことができます。

 史実で次の本格攻勢であったリトルサターン作戦は赤い破線矢印のようなものでした。また、写真左上のような攻勢軸もマップ全体を見た時には非常に魅力的ではあるのですが、準備が大変ではあるし、包囲環から遠すぎてソ連軍にとっても柔軟性には欠けるなどの点から、今回は見送ることにしました。




 ↓第5ターン後攻(枢軸軍)終了時。

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 ①の戦線ではソ連軍の戦力が非常に弱体であったものの、「枢軸軍がドン川を越えたらソ連軍の補充を2倍にする」というルールの存在から枢軸軍側のちょっかいがけは見送られていた……のですが、実はそのルールは「ドイツ軍が……」の間違いであったことが判明。「だったらハンガリー軍やイタリア軍はドン川越えてもいいんじゃん!」というわけでいやがらせが始まりました(^_^; 天候的に凍結が普通になり始めたので補給線がドン川を越えて伸ばせるようになったという事情もあります。

 この状況に対して、「ソ連軍が戦線を強化する」という考え方と、「ハンガリー軍やイタリア軍は攻勢的な動きはできない」というハウスルールを入れるなどの考え方がありそうですが、とりあえずは前者かなと判断してます。


 ドイツ軍の装甲師団や自動車化歩兵師団の数と場所を数えてみると、黒い○のようになっています。スターリングラード包囲環の中には2個しか残っていない(史実では6個あった)ので、救出作戦のメリットは大きくなさそう。むしろ集中すれば大反撃が可能だったりするのかもしれません……SPは大してありませんが、とりあえずコテリニコヴォに集積中です。


OCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」第3~4ターン

 昨日からの続きでOCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」からのキャンペーンの第3~4ターンをプレイしました。

 人数としては結局、Mebius氏が増えて4人でプレイしてました。


 ↓第3ターン(11月26日ターン)先攻(枢軸軍)終了時。

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 ソ連軍の本格攻勢ダブルターンの後、枢軸軍がダブルターンを取って態勢を立て直しました。北西のイタリア、ルーマニア戦区ではチル川沿いに戦線をひきはじめ、またスターリングラードは全周防御の態勢に入っています。

 また、コテリニコヴォ(写真下中央)にはフランスから第6装甲師団がやってきました。




 ↓第3ターン後攻(ソ連軍)終了時。

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 ソ連軍はニジネ・チルスカヤ(写真中央部)に若干の圧迫を加えると共に、スターリングラード包囲環を完成させようと苦闘します(スタフカからやれと言われて、現場指揮官は渋っていたもののなんとか完成させました……(^_^;) この段階でコテリニコヴォ方面はもう維持できない、と放棄。





 ↓第4ターン(11月29日ターン)先攻(枢軸軍)終了時。

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 枢軸軍としてはチル川沿いに戦線を張るべく苦闘中。ニジネ・チルスカヤは保持しつつ、様子見という感じです。





 ↓第4ターン後攻(ソ連軍)終了時。

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 攻勢のためのSPはほぼ完全に枯渇しており、スタフカからは「SPを消費せずに歩兵による戦線だけを進めよ」と指令が。



 明日はまたワニミさんと私だけのプレイなんですが、史実でもウラヌス攻勢はこのターン辺りまでで、このあと4ターンほどはソ連軍はSP集積と次の攻勢のための準備となります。枢軸軍側は第4ターンに中央軍集団とA軍集団から回されてきた2個師団がこの後若干のターンを経てコテリニコヴォ方面に辿り着き、「冬の嵐」作戦を発起できるか? というところ。

 もちろん史実通りプレイする必要はなく、ソ連軍側は次の攻勢発起点の案としては幾通りもありそうな気がします。一方で枢軸軍側は本格的な解囲作戦をやってみるならば確かにコテリニコヴォから最も有望っぽく、しかしニジネ・チルスカヤもありはありか……という感じ。ただしソ連軍側は解囲作戦が成功しないように、それらの方面に増援をせっせと配置しなければならないでしょう。


OCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」第1~2ターン

 OCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」キャンペーンの第1~2ターンを、こかどさん、ワニミさん、私の3人でやってました。

 対戦形式でなく全員で片方の軍をプレイしていく方式です(逆側の手番には、自分がやっていたところと違うところを担当する)。

 『Case Blue』のウラヌス攻勢シナリオでは、最初のターンは後攻ソ連軍プレイヤーターンとなっており、第2ターンのイニシアティブもソ連軍が持っています。さらに、この後攻→先攻の間、枢軸軍のリアクションフェイズは存在しません。


 ↓第1ターン後攻(ソ連軍)終了時。

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 ↓第2ターン先攻(ソ連軍)終了時。

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 北からの軍と南からの軍がカラチで手を結んでおり、それ以外でも4箇所で鉄道線を踏んでいます。



 ↓第2ターン後攻(枢軸軍)終了時。

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 ドイツ軍はスターリングラードから3個装甲師団をカラチや鉄道線の確保のためにとって返させ、それらを奪回して包囲環を打通させることに成功しました。

 『Case Blue』の特別ルールでは、包囲された大都市/小都市では10個までの「ソーセージ」を消費していって包囲環の中でも生きていくことができるので、「包囲されてもその中で頑張った方が得じゃないか」ということで、「ヒトラーは正しかった?」という話にもなったのですが、その後検討していくと、枢軸軍がソーセージを保持している状態ではどこの大都市/小都市でもソ連軍にとって厄介なことになるので、スターリングラードでソーセージを消費させることが必要なのではないか、という理解に辿り着きました。この考え方がどれほど妥当か分からないですが、とりあえずある程度うまく機能しているルールだな? と思えます。


 史実では4ターン程度続いたとみられるウラヌス攻勢ですが、ゲーム上でもなんとかぎりぎり4ターンは攻勢を続けられるかもしれませんが、5ターン目からはSPが枯渇して次の作戦のための補給集積に入らないとダメかな、という見通しでいます。次の作戦をリトルサターン作戦通りにやる必要はないわけで、どうやるかを考えるのが面白いところですねー。


 今回『Case Blue』のフルマップ4枚+α版のキャンペーンをプレイし始めてみたわけですが、以前には「『Case Blue』のプレイなんて夢のまた夢」と思っていたのに、割と普通に大して苦労もなく『Case Blue』をプレイできていることに感動しています(^_^;

 明日は5人プレイになる予定です。

OCS『Case Blue』「ウラヌス攻勢」キャンペーンセットアップ

 来る7、8、9日の『Case Blue』ウラヌス攻勢キャンペーンゲーム会のためにセットアップをしてました。

 『Case Blue』ではウラヌス攻勢が始まった時点の、『Guderian's Blitzkrieg II』マップ部分(マーズ作戦とかができる)、『Enemy at the Gates』マップ部分、『Case Blue』マップ部分(コーカサス方面)がそれぞれを選択したり連結したりもできるようなのですが、今回やるのは『Enemy at the Gates』マップ部分のものです。

 ただしオリジナルの『Enemy at the Gates』のスターリングラードの西側部分のマップが少しばかり付け加えられていました。


 ↓全景

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 ↓ウラヌス攻勢主要部

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 セットアップしてみた感想ですが、『Enemy at the Gates』に比べて、攻勢と関係ない部分のユニット密度がスカスカだったり、あるいはやはりというべきか、後背地の重要地点に守備隊がかなり置かれていたり、縦深や予備部隊が置かれていたりしています。あと、かなり後背の方に置かれている戦車軍団があったりで、これは自分で動かしていくのでしょうか。

 あと、航空ユニットの数が減っているような印象を受けました。『Enemy at the Gates』だと多すぎる印象もあったので、ちょうど良いくらいなのではないでしょうか。


 ただしアレですね、『Case Blue』にはリトルサターン作戦シナリオ(あるいは「からのキャンペーン」)が入っていないのが残念で、しかし『Enemy at the Gates』の戦闘序列から推測して『Case Blue』用のリトルサターン作戦用セットアップ情報が作れはしないかなぁ……と妄想していたのですが、とても無理っぽい感じでした……残念っ!


 あと、今気付いたんですが、『Case Blue』は2007年出版なんですが、2015年12月の『Case Blue』ゲームルールv2.04……だと!? どうも2012年5月にv2が出され、そのあとまた改訂されたっぽいですね……。これも訳していくべきなのか……!!(ルール改訂のついでにリトルサターンシナリオの追加はないものかと探してみたのですが、ないっぽい……)

OCSインストで『Enemy at the Gates』「冬の嵐」

 関西で賊軍さんが新たにOCSを始めてみたいということだったので、尼崎会にてインストをしてました(*^_^*)

 賊軍さんは「機動戦が好き」「選択肢の多いゲームが好き」ということでしたので、OCSはぴったりだと思います。


 一通りルール説明したあと、『Enemy at the Gates』の「冬の嵐作戦」シナリオで枢軸軍をちょっと動かしてもらって少し慣れてもらい、その後ワニミさんがスターリングラードポケット内の枢軸軍、賊軍さんが冬の嵐作戦を担当する枢軸軍、そして私がソ連軍を担当してプレイしてみてました。


 ↓セットアップ状態。

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 プレイ中は左右(南北)から挟まれる形でプレイ。なんと恐ろしい……(^_^;



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 「スターリングラード包囲環から出てはいけない」というような縛りはないので、スターリングラードポケットからも突破をおこなってます(雷鳴作戦)。ソ連軍としては非常にやばい状態ですが、スターリングラードポケット内にはSPがまったくない状態らしく、燃料切れでこれ以上動けないのだとか……(^_^;(ただし一般補給に関しては、砲兵牽引用の馬や段列用の荷馬車の馬を解体して数ターンは生き延びられるそうです)

 プレイは先攻ターンのみで終わっておきましたが、このまま続けた場合、ソ連軍が包囲環を維持できるかどうかは五分五分といったところでしょうか……?


 ただしシナリオの初期配置で、ソ連軍の司令部や補給集積所に全然守備隊が置かれてないので秘孔だらけです。また、(段列)輸送トラックが敵戦線の奥深くへ、敵ZOCだけを避けてスターリングラードポケット内に補給物資を届けてしまえば勝利できるというような問題もあります。そこらへんは「常識的に判定しましょうよ」と私は言ってましたが(^_^;

 『Case Blue』ではそこらへん改善されている可能性があると思うので、また今度、『Case Blue』の「冬の嵐」作戦シナリオをやってみようと話してます。

OCS『Case Blue』に登場する小国ユニットやマイナー部隊ユニット

 来る連休1月7、8、9日のOCSプレイ企画のため、『Case Blue』ウラヌス攻勢(『Enemy at the Gates』マップ版)キャンペーンシナリオのためのセットアップを準備しています。

 ウラヌス攻勢シナリオは『Enemy at the Gates』のものもやりましたが、『Case Blue』のものを準備していて、『Enemy at the Gates』には入ってなかったような種類のユニットが多数入っているのが目に付きました。





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 ↑スロヴァキア軍ユニットや、フランス戦車(?)のユニット。





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 ↑ここにもスロヴァキア軍ユニットと、リトアニア軍ユニットとエストニア軍ユニット。





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 ↑クロアチア軍ユニットは『Enemy at the Gates』にもありました。オスト部隊も多数入っていて、ロシア人のものなどもありましたが、ここはウクライナ人のオスト部隊ユニット。





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 ↑こちらはソ連軍です。チェコ人部隊? スキー部隊や学生の部隊? それに火炎放射戦車の部隊も。

 飛行機の方でも、右下のP.40、それに次のページでしたがA.20やB.25などのレンドリース機も登場します。


 こういう細かい部隊が出てくるのは詳細なビッグゲームゆえで、ニンマリしますね~。エストニア軍やクロアチア軍ユニットなどはARも4と高くてびっくりです。

OCS『Sicily II』シナリオ5「ハスキー作戦」第4ターン先攻(で終了)

 承前。

 OCS『Sicily II』シナリオ5「ハスキー作戦」第4ターンをおこないました。といっても、先攻ターン(連合軍)をプレイしたのみで、時間切れで終了しました。


 ↓第4ターン先攻(連合軍)終了時。

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 今回のプレイでは2ターン頃から、アメリカ軍は①のようにしてポケットを作る意図を持ってました。が、このターン、②の方面の敵戦力が弱かったこともあって、②のように進撃する方が有望ではないか……と考えました。

 それで③と④と、あと⑤のような攻撃案を考えたんですが、後から考えれば馬鹿げた判断ミスだったことには、③よりも④の方に大きな戦力を投入したこと。まあ距離や地形の問題が大きかったのではありますが……。

 それで結局どうなったのかというと、③と④はもろくも攻撃に失敗!(Ao1Do1とか) ⑤に関しては1ステップだったかを削りましたが……。

 ②の方向に突破を考えたのだったら、そちらに無理をしてでも戦力を投入すべきだったですかね~。


 という辺りで、ワニミさんに別件の予定が入られたのでプレイは終了ということにしました(元々4ターンで終了するつもりでしたし)。

 ワニミさんとしては、ヘルマン・ゲーリング装甲師団やシュマルツ戦闘団とかよりも、イタリア軍の「機動戦隊A-H」を東岸の平地に持ってきていて、それでもって反撃をおこなうつもりだったということでした。

 ↓イタリア軍のジェラへの攻撃 (2016/11/29) から。

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 あと他にイタリア軍は突撃隊(Ardi)でAR5の部隊があって、それもスタックさせれば結構強力であります。


 それから、枢軸軍はシチリア島全体にSPが置かれていて、それを敵に利用されないようにせっせと運ぶのが大変だったということでした(^_^;


 あと、前回エントリに書いていたことに関してですが、確保すべき港湾数に関しては今回の分くらいでなんとかなるのはなるとは思いました(港湾を2箇所で修理したら、海上輸送力の8SP分にまで達した)。ただし距離的な効率の悪さは伴います。

 それから、第4ターン終了時にパレルモかカターニアのいずれかを取っていないと枢軸軍に1勝利得点が入る件ですが、パレルモが3ヘクス都市で、連合軍は「いずれか」を取ればいいので、連合軍が取りに行けば枢軸軍は守り切れないだろうとワニミさんに指摘されました。そこらへん考えると今回のような状況でもパレルモに向かった方がいいのかも……。


 今回『Sicily II』「ハスキー作戦」シナリオは、プレイは大変でしたが楽しめました。イタリア軍沿岸防衛師団が降伏するかどうかで状況ががらりと変わったりするので、それらに対応して自分で作戦を組み立てていく面白さがありますね~。ただ、アメリカ軍とイギリス軍は別のプレイヤーにして3人プレイにして連携を難しくし(^_^;、枢軸軍プレイヤーは派手なことはできなくて苦しいので防御戦好きな人がやるとかって風にした方がいいかもです。

 上陸戦に関して今回得られた知見に関しては、またエントリを改めて書いておこうと思います。

OCS『Sicily II』シナリオ5「ハスキー作戦」第1~3ターン

 ようやく思考力が戻ってきて、ワニミさんと正月から『Sicily II』ハスキー作戦を進めてます。

 まずセットアップに関して、OCS『Sicily II』シナリオ4「メッシーナへの前進」3回目AAR (2016/12/06)から再掲します。


 ↓セットアップ全体図。

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 ↓上陸地点のアップ。

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 赤い○を付けたところが上陸地点および空挺降下地点です。



 ↓第1ターン終了時。

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 私が連合軍を担当してます。空挺降下ではいくつかの部隊が失われましたが、上陸作戦に関しては西端でDGの結果が出た以外はすべて成功。しかし対戦相手のワニミさんは特に最初のターンでは激烈な反撃で「ショック戦」を仕掛けてくるのが身にしみているので、航空作戦に必要な航空基地の奪取以外では防御を重視しています(もちろんそれで、手を縮めさせられているわけですが)。東岸ではシラクサの奪取に成功しました(黒い矢印)が、南東に散らばっていた(ピンクの○)第206沿岸防衛師団は降伏せずに敢闘することを選択したため、いきなりイギリス連邦軍はシチリア島南東部の掃討に失敗……。

 対して後攻のワニミさんの枢軸軍は、ダブルターンでの大反撃を前提にムーブ……(だそうです)。


 ガクガクブルブルしながら振ったイニシアティブのダイス振りはしかし、連合軍が勝利して先攻を確保。


 ↓第2ターン先攻(連合軍)終了時。

スクリーンショット_160405_101

 いきなりイギリス連邦軍戦区が苦境に陥り、枢軸軍がそちらに前がかりになっているように見える(そうでもない?)状態の中で、その状態からなりの方針を立てねばなりません。

 第2ターンにも空挺降下と上陸作戦を行わなければならないのですが、港湾を確保していく必要上からも、東岸で黒い矢印のようにしてアウグスタの半島の付け根に上陸を敢行。アウグスタの沿岸防衛ユニットは降伏してくれて、助かりました……。もし降伏してくれなかったら、上陸したイギリス軍第23機甲旅団(旅団ですが、下手な機甲師団ほどの強さがあります)全体が孤立して危機的状態に陥るところでした……。

 空挺降下の方は赤い範囲でおこないました。イギリス軍側は防御的な空挺降下にとどまってます。アメリカ軍側の空挺降下はその範囲の真ん中にいたティーガー戦車中隊を撃破することを狙っての攻勢的なものだったのですが、砲兵砲爆撃にも攻撃自体にも失敗して退却……。アメリカ軍戦区西端でもイタリア軍第207沿岸防衛師団の全降伏を狙って攻撃をしかけたのですが、シチリア兵達は降伏せず(T_T)アメリカ軍の攻撃部隊は全滅!(AL2) このターンの砲爆撃、攻撃のダイス目はとにかく最悪でした……。

 が、空挺降下と上陸(ALT)、それに鉄道妨害のダイス目は全成功していて、平均としてはばらけていたと言えます。特に鉄道妨害(黄色い○)は半分の成功率なのに恐ろしいほど成功し、ワニミさんに聞いたところによると枢軸軍部隊の移動阻止に非常に効果的だったそうです。通常の航空爆撃ができないからやむを得ずおこなっていた面もあるのですが、やはり対施設砲爆撃はもっともっと活用していくべきである……のですね~(GJで『Sicily II』のレビューを書いておられた近藤友樹さんも力説しておられました……)。


 ↓第2ターン後攻(枢軸軍)終了時。

スクリーンショット_160405_102

 ワニミさんは再び、ダブルターンを狙って攻勢準備……だったそうです。推測ですが、アウグスタの西の平地にヘルマン・ゲーリング装甲師団とシュマルツ戦闘団の両方がいるので、アウグスタの再奪取を狙っておられた……?

 ところが第3ターンのイニシアティブは再び連合軍が奪取! 聞いたところでは、「殴る準備をしたところを殴られ……の繰り返しだった(>_<)」とのことでした(^_^;



 ↓第3ターン先攻(連合軍)終了時。

スクリーンショット_160405_104

 私としては、アメリカ軍戦区の先の全然手の届くところにティーガー戦車中隊がまだいるしこちらを主たる攻撃とし、イギリス軍戦区では牽制のつもりでヘルマン・ゲーリング装甲師団への攻撃準備をおこないました(牽制をしておかないと、砲爆撃で攻勢をストップさせられるのが常なので……)。

 ところがリアクションでのワニミさんの砲爆撃が全体としてあまり成功しなかったので、とりあえずまずティーガー中隊(真ん中の赤い○の場所)はあっさり壊滅させ(ただし補充ですぐに帰ってくるはずですが(>_<))たあと、イギリス軍戦区ではこちらの艦砲射撃が成功してヘルマン・ゲーリング装甲師団等をDGにしていたこともあって、赤い○2箇所での攻撃を敢行したところ総計3ステップの損害を与えて敵を退却させました(こちらはコマンド部隊1ステップの損害)。


 ↓第3ターン後攻(枢軸軍)終了時。

スクリーンショット_160405_105

 ワニミさんはイギリス軍戦区の平地にとどまっている2スタックに対する攻撃を企図していたようでDGにされましたが、航空爆撃の時の密集度修正の申告でスタックの規模がある程度分かるので、それを聞いてかなりの部隊がいるのを察知して攻撃はパスされてました。実際、イギリス軍戦区には5個師団近くの兵力が上がり狭い範囲にいて、兵力的にはある程度充実している気がします(アメリカ軍戦区は3~4個師団が広く散開してしまってます)。


 ただし今後の見通しはというと、イギリス軍戦区は「これからが本当の地獄だ…」で、とにかく地形が川だらけで、それを抜けたと思ったら、向こうが高地にいるのにこっちは平地にいる……とかです(T_T) 史実では全降伏しているイタリア軍の第206沿岸防衛師団と第207沿岸防衛師団がまるごと残っているのも恐ろしくトホホです(ワニミさんは、「戦力に余裕があってものすごく気が楽だ」と仰ってました)。

 しかも、次の第4ターン終了時にパレルモかカターニアかを取っておかないと枢軸軍に勝利得点が入るのですが、取れるわけがない! しかしいいのです。「時間制限のある勝利得点はくれてやる、しかし枢軸軍をポケットに捕まえて大損害を与えてやるのだ……」という意気込みでいるのです。

 と、まあ意気込みは意気込みで楽しいのですが、4日には未経験の方(2人来られることになりました!)を招いてのOCSインスト、7、8、9日は『Case Blue』プレイで、(スペース的に『Sicily II』を残しておけないので)残るプレイ時間は1月3日の一日だけかとも思われ(^_^;

 長期的な見通しとしてはどうなんですかねー。やっぱシチリア島西部の港湾を取っておかないと補給的に恐ろしく厳しいんじゃないでしょうかね……(じゃあ圧倒的不利じゃないか(T_T))

OCS『Sicily II』の揚陸解決に超重要なエラッタが!

 OCS『Sicily II』に超重要なエラッタしれっと追加されていることに気付きました!

 Sicily IIGame Specific Errataのpdf内の、Scenariosの7番目の項目です(それ以外は既知のものでした)。

7.奇襲と上陸前の激しい航空爆撃の効果の反映として、7月10日にのみ、揚陸(ALT)解決のダイス目に+1の修正を加えます。



 このエラッタによって、第1ターンの上陸作戦の成功率が結構あがるのではないでしょうか。


 私が関わったサンセット和訳にはこの部分は入ってないので、最終ページ(裏表紙)の「揚陸結果表」の下の部分にでも書き加えて下さいまし……。
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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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