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子ども向けミリタリー洋書

 気軽に興味を持って読める&読み捨てできる&難しくない英語の洋書がないかなーと思って、Amazonの洋書カテゴリで色々探してみてました。

 過去に買った、↓は印刷してしまってあり、分からない単語も訳を書き込んであるのでこれはまたもう一回読んでみるとして……。




 ↑はB5サイズで印刷してあるので、スマホで読む用にKindleでまた新規に、子ども向けの本なんかがあれば読みやすい……。

 探してましたら、「History for Kids」というシリーズがあって、色々とありましたが、その中でこの2冊はかなり読みたいなと思いました。



 というのは、以前にも『Who Was ...』『What Was ...』シリーズで書いてましたが、↓が非常に非常に面白かったので……。




 他にも南北戦争ものだとやはりアメリカで大量に出版されているのでしょう、子ども向けの本がひっかかって、たとえば↓なんかも非常に面白そうです。





 ですが個人的には南北戦争にまではもう手を出さないようにしようと思ってもいるので、やはりナポレオン戦争か第二次世界大戦のやつが望ましい……。



 ↑これなんかありかもですが。もっと安ければなぁ……。


 「War for Kids」というワードで検索すると良いかもと思ってやってみていたら、「Illustrated Fun Learning For Kids」というシリーズなんかがひっかかってきて、まあまあ良さそうだったのですが、その中でKindle版で0円で買えるものが!



 第二次世界大戦の戦車について書かれた本です。まあマニア向けにはアレですが、マニアでなくて、英語の練習に使えてしかも0円ということであれば、なんらかのKindle端末を持っている人(というか、PC版が誰でも無料で使えますけど)は購入してみても良いのではないでしょうか。

 私は早速ダウンロードしてみまして、見てみましたらページ数的にも大したことなかったですが、非常に少ない行数で1ページ完結記事って感じで、易しさ的にはいいと思いました。うちのフリースクールに戦車好きの子がいるので、その子の英語勉強用に使えるのではないかしらん……。

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イタリア軍のジェラへの攻撃

 その後、一回完全に風邪をひくところまでいきましたが、若干ましになってきました(が、不安定です)。

 前回書いてました、リヴォルノ歩兵師団のジェラへの攻撃について。Wikipediaによりますと……。

第4リヴォルノ山岳歩兵師団

 第4リヴォルノ山岳歩兵師団は、第2次世界大戦中のイタリア軍の歩兵師団である。この師団はローマで、1939年4月5日に編成された。山岳歩兵師団を「アルピーニ(山岳兵)」師団と混同しないこと。通常は【トラックなどによる】牽引砲を装備しているところを、山岳歩兵師団は馬が引く砲を装備していた。

 【フランス戦に参加した後……】1942年3月にリヴォルノ師団は、マルタ島侵攻作戦のために強襲上陸歩兵師団へと改編された。この侵攻作戦が取りやめになると師団は1943年2月中旬にシチリア島へと移され、その後北アフリカへ輸送されることになっていたが、その命令は取り消された。

 リヴォルノ師団はシチリア島における唯一の自動車化師団であり、ドイツ軍やほとんどのイタリア軍から、他の師団よりもはるかに優秀だとみなされていた。というのは、この師団は元々1942年の6月のマルタ島への強襲のために編成されていたからである。リヴォルノ師団は優秀な部隊で構成されており、配下の歩兵部隊を同時にすべて移動させるのに充分な輸送手段を有していた。1943年7月10日の連合軍による侵攻をCaltanissetta-San Cataldo-Aragona-Raffadali-Buteraの地域に配置された状態で開始し、10日から11日にかけて大規模な反撃を実行して上陸部隊を海へと追い落とすところであったが、海岸まであと数百メートルのところで停止させられることになるのである。7月10日、第155ベルサリエリオートバイ中隊の支援を受けてリヴォルノ師団の部隊は戦車を幹線道路115号と117号へと殺到させ、ジェラの町をほとんど再奪取するところであったが駆逐艦シュブリックと軽巡洋艦ボイシからの艦砲射撃により、数両のFiat 3000戦車(L.5/30から再設計されたもの)が破壊された。また、連合軍部隊はLicataからRavanusaとRiesiの方向へとリヴォルノ師団の右側面を攻撃して、多くのイタリア軍部隊を縛り上げた。ジェラにおけるこの陸海空共同の戦闘はアメリカの新聞によって取り上げられた。
45両もの戦車に支援されて、リヴォルノ師団の歩兵の大規模な軍勢がジェラ周辺のアメリカ軍部隊を攻撃した。アメリカ師団はイタリア軍に大損害を与えて撃退した。これが連合軍の前進に対する最も激しい反撃であった。」(The New York Times, 13 July 1943, page 2)


 『Sicily 1943』P47によると、このリヴォルノ師団の攻撃は約867発の艦砲射撃と、砲兵射撃と、ジェラからのレンジャー部隊(ダービー大佐指揮)の小火器による射撃のコンボによってめちゃくちゃに叩かれまくり、打ちのめされたとか……。


 地図としては、↓が比較的良さそうです。ジェラの町へ北北西から近づいているのがリヴォルノ歩兵師団です。

http://4.bp.blogspot.com/-Xq45tAC2ozI/VoyBJYQxAyI/AAAAAAAAAKA/A6G7xJXUxxM/s1200/USA-MTO-Sicily-IV.jpg

http://warfarehistorynetwork.com/wp-content/uploads/W-Gela-EW-13-4.jpg


 「海岸まであと数百メートル」の件なんですが、これを「100~200メートル」あるいは「200~300メートル」くらいだと理解すると「おおおー、燃える~!」という感じなんですが、地図を見ている感じでは、少なくとも「800~900メートル」くらいな気がします。しかしそれでも「数百メートル」とは記述できる……?(^_^;

 地図で見ているとリヴォルノ師団はジェラの町には入れておらず、ジェラの町に突入しているのは北北東からの矢印で、これは「MG」Eと書かれている部隊です。コマンドマガジンの記事によると「(イタリア軍)機動戦隊E」。Wikipediaの記事に出てくる「戦車」は、たぶん全部(?)この機動戦隊Eのものではないかな……と思うのですが、どうなんでしょう。

 コマンドマガジンの「ユニットよもやま物語」にはこの部隊について詳しく書かれています。

■イタリア軍機動戦隊E
 43年夏に東部戦線から戻った突撃大隊群の残余を元に編成されたローマ防衛M機甲師団が、伊陸軍内部に根強い反ファシスト的策謀によって8個機動戦隊A-Hに細切れにされた上、ローマ近郊から遥かシチリアの地へ派遣された……。しかも独軍戦車で(シチリアでは虎戦車まで使って)猛訓練したのに、実際の装備は仏軍から鹵獲したルノーR-35軽戦車9輌のみ。それでも戦車兵の戦意と練度は高く、ジェラ海岸に上陸した米軍へ向かって無謀にもE戦車隊だけで突入(リヴォルノ師団34歩兵連隊は案の定、協調攻撃に失敗)!
 ジェラの漁村に立て籠もるダービーズ・レンジャー(1+4Rgr)と熾烈な街路戦闘を繰り広げた挙げ句、全滅した。
『コマンドマガジン第68号』P26


 とりあえずまず、ここに取り上げられている部隊なんですが、『Sicily II』だと「8個機動戦隊A-H」というのはCは削られ、EとH、FとGが統合されていますが、『Sicily』では全部別々にユニット化されてます(C-SfというのはCとはまた別の部隊らしいです)。

CIMG3937.jpg

CIMG3939.jpg

 ↓が、レンジャーの1と4(と3)というやつです(『Sicily II』のもの)。

CIMG3938.jpg



 『Sicily and the Surrender of Italy』の本文によると、ジェラに向かってきた機動戦隊Eが持っていた戦車数は13(位置No.3829の辺り)とレンジャー部隊から報告されたとありますが、注記によると他にも様々な数字の説があるらしいです。艦砲射撃等によってイタリア軍の歩兵は散り散りになってしまったものの戦車部隊はそのままジェラの町へ突っ込み、アメリカ軍は手榴弾やロケットランチャーで戦車を攻撃しました。ダービー大佐はジープに飛び乗って海岸まで走らせ、そこから37mm対戦車砲一門を持ってきて1輌の戦車を破壊。

 オスプレイの『Sicily 1943』の表紙はその絵になってます(真ん中で指を指しているのがダービー大佐だそうです)。



 レンジャー兵や工兵部隊も他の戦車を炎上させるなどし、20分の戦闘の後、イタリア軍戦車部隊は町から後退し始めました。その残余部隊は、翌日も別の歩兵部隊を支援しつつ戦ったそうです(以上、『Sicily and the Surrender of Italy』と『Sicily 1943』から抄訳)。

シチリア戦のイタリア軍歩兵師団の英語版Wikipediaが充実してました

 シチリア戦のイタリア軍歩兵師団 (2016/11/15)で書いていた諸師団ですが、確かリヴォルノ師団の英語版Wikipediaが充実していたなぁ……と思い、他の師団も調べてみましたら、全部充実してました(^_^;

4th Mountain Infantry Division Livorno
26th Mountain Infantry Division Assietta
28th Infantry Division Aosta
54th Infantry Division Napoli

 ありがたやありがたや……。

 特にリヴォルノ師団はジェラへの反撃の時のことが『The New York Times』の記事に載ったとかで、熱くて面白そうです。訳そうかなとも思ったのですが、なんか体調が悪くてしんどいので、やめておきます……(>_<)

『独ソ戦全史』から、騎兵について

 ちょっと前に、グランツ氏の(共著ですが)『独ソ戦全史』をAmazonで購入して、読み始めております。




 古本にプレミアが付いてて定価よりも1000円くらい高くなっているので、存在自体は知りつつも購入を躊躇していたのですが(誤訳の件は気にしてませんでした)、グランツ氏の『ドン川からドニエプル川へ』がいい感じだなと思ったので、まあいいんじゃないかとぽちっと。

 で、読み始めてみたのですけども、これはいいですねぇ。ソ連側からの視点で、非常に分かりやすく、分析的な記述が多くて好みです。まだモスクワ戦の辺りまでしか進んでないのですが、これは4000円くらいの価値はある本だと思いました。


 その中で、以前から興味を持っていた、騎兵に関する記述があったのでそこを。以前の騎兵に関するエントリは、第二次世界大戦中の騎兵部隊について (2016/07/12) です。


 この【1941年7月15日の】回状では、騎兵の大規模な拡張も指示しており、各3447騎から成る軽騎兵師団30個の新設を定めていた。これを受けて、年末までに騎兵師団の総数は82個に達するようになったが、高い損耗率のため、12月末にはこれらの師団は騎兵軍団へと吸収された。
 ブジョンヌイのような内戦時代の指揮官は、戦場での馬の脆弱性を無視して、この時期においてもまだ騎兵によって軍の機動性を取り戻そうとしていた。ドイツ側は騎兵隊をどうしようもない時代錯誤だとして軽蔑する傾向にあった。だが、すべての輸送手段が欠乏している状態では、他に方法がないことをソ連側の指揮官は知っていた。1941年から42年にかけての冬、すべての機械化部隊が寒気と雪のために動かなくなった時、騎兵師団(それに新設のスキー旅団と大隊)は、長距離のゲリラ的戦闘に有効であることを立証した。
『独ソ戦全史』P153


 だがその前日【1941年11月16日】、第44モンゴル騎兵師団が第106歩兵師団に対して、クリンの南西で開けた雪原を横切って反撃を仕掛けた時はソ連側が危なかった。2000騎が砲と機銃によってなぎ倒されたが、ドイツ側に損害はなかった。騎兵は特に冬の戦場で敵を捉えるには有効だが、正攻法での運用をするとあまりに傷つきやすいことが明らかになった。
『独ソ戦全史』P186



 これらの記述からすると、敵が(厳冬であってもまだ)砲や機銃が撃てるのならば、それに突っ込むと騎兵は脆い、と。厳冬がものすごくて、砲も銃も撃てないようなら、騎兵でサーベル突撃とかしたら強い……?(そこまで寒くなるということはないのでしょうか)

 しかし、砲や銃は撃てるとしても、戦車や機械化部隊が動けないほどであったならば、補給路を切りに行くとかの「ゲリラ的活動」には騎兵部隊はもってこいである……ただし敵部隊がやってきて銃とか撃たれたらすぐ死ぬから、その前に逃げる……というような感じでしょうか。


 あと、騎兵とは関係ないですが、OCS的に「おー」と思った部分。

 【1941年11月末?】今やほとんどの狙撃軍は後方に2から3個の師団を配し、場合によってはさらに騎兵の予備も加えていた。……この結果……奥行き50キロにも達する縦深防御線を構築できるようになった。これは10月当時の防衛戦の3倍の深さである。
『独ソ戦全史』P189


 50キロというと、OCSの通常スケールだと1ヘクス約8kmなので、6ヘクス分くらいの縦深ということになりましょうか。やはり縦深のない戦線は全然ダメだということなのですね……。

シチリア戦のイタリア軍歩兵師団

 シチリア戦の参加部隊について資料を読んでいると色々面白いので、ちょこちょこっと書いていこうと思います。

 まずイタリア軍についてで、イタリア軍にも戦車部隊など色々ありますが、最初に歩兵師団について。

 シチリア戦に参加したイタリア軍歩兵師団はアオスタ(Aosta)、アシエッタ(Assietta)、リヴォルノ(Livorno)、ナポリ(Napoli)の4つでした。

 『Sicily II』のユニットだと↓こんな感じです。

CIMG3862.jpg

 上段が戦闘モードでのもの。下段は同一ユニットの移動モードです。戦闘力と移動力の間にある小さい数値はアクションレーティングという、そのユニットの質を表す数値で、0~5で大きい数値の方が優秀。また兵科マークの左横にある③というのはステップ数です。リヴォルノ歩兵師団はある程度自動車化されていたので、移動モードだと快速ですが、しかし『Sicily II』における他の完全に自動車化されているユニットは皆14移動力なので、若干低速です。他の歩兵師団の移動モードの移動力が4というのも、優秀な歩兵部隊だと移動力が5だったりするので、ちょっと遅め。

 アシエッタ歩兵師団のアクションレーティング(AR)1は低いですが、他の3師団のAR3はまあ、普通です。


 これらの師団の各資料による評価は……。

 野戦師団はわずかに4個、第4(リヴォルノ)、第26(アシエッタ)、第28(アオスタ)、第54(ナポリ)師団である。このうち、アオスタ師団とナポリ師団は練度が低く装備も不足がちだったが、アシエッタ師団は装備不足は仕方ないとしても、練度も士気も高かった。シチリアのイタリア軍の中で最強だったのはリヴォルノ師団で、練度は高く、部隊の3分の2が自動車化されており、装備の充足率はほぼ要求通りだった。
コマンドマガジン別冊 第7号『シチリア撤退作戦』P4


 4つのイタリア軍機動師団は、シチリア島におけるイタリア軍戦闘部隊のうち最高のものであったが、あまり良いものではなかった。アオスタ師団とナポリ師団の大部分はシチリア島出身者であり、訓練は不充分だった。アシエッタ師団はいくらか良い状態だった。だがこの3師団はすべて、編制的にも削減されており、その砲兵や他の装備のほとんどは旧式のものだった。リヴォルノ師団のみが完全戦力であり、自身の段列を保有していた。これら4つの師団はすべて、砲兵の弾薬が非常に不足しているか底をついているかしており、連絡手段についても乏しいか、不適切なものであった。
『Sicily and the Surrender of Italy』位置No.2355の辺り


 OCS『Sicily II』だとアシエッタ師団が突出してARが低いのですが、この2つの資料ではむしろアオスタとナポリよりも良かったとしていますね……。

 『Sicily and the Surrender of Italy』で他に個人的に興味深かった話として、「リヴォルノ師団は北アフリカ戦線に送られる可能性があったのだが、ドイツ側からの離脱を考えていたアンブロージオ将軍によってそれがキャンセルされた」(位置No.1322の辺り)というのもありました。


 ……シチリア島には、4つの通常の歩兵師団がいた。そのうち、リヴォルノ師団は他の3師団よりもかなり編制規模が大きく、装備も充実していて、他の師団が約11,000名であったのに対して約14,000名、車両12両に対して600両、機関銃136丁に対して234丁を有していた。この師団はマルタ島侵攻作戦に使用するために編成されたものだった。同師団は戦闘経験もなく、充分な訓練も受けていなかったが、シチリア島における最良のイタリア軍部隊だと広く認められていた。同師団は反撃の第一波として使用されるべく、軍予備とされていた。
『Sicily 1943』P19




 『コマンドマガジン第68号』には付録ゲーム『シチリア侵攻作戦』のユニットガイドがあって、非常に詳しいです(P15)。

Aosta師団……シチリアにおける4個通常師団のうち、最悪の師団でした。戦闘力は弱体で装備は劣悪、シチリア人徴集兵を多数含み、実戦経験は皆無でした。……

Assietta師団……この師団も装備が劣悪で、実戦経験はありませんでした。

Livorno師団……同師団は実戦経験こそありませんでしたが、良く訓練され装備も良好であると考えられていました。しかし、実際の戦いぶりは、期待を完全に裏切るものでした。

Napoli師団……装備劣悪で戦闘経験のない、もう1つの師団。この師団は事実上、イギリス軍第8軍全体と対峙し、期待に違わず完全に崩壊しました。


 書きぶりがだいぶひどいです(^_^; 同誌のヒストリカルノート?には、こういう記述も。

 これに従った伊機動戦隊Eやリヴォルノ師団第33歩兵連隊は、10日朝から昼にかけて米軍ジェラ海岸に各個投入される形となり無為に壊滅した。(P20)

 独軍も【8月】8日から正式にカラブリアへの撤収命令を受けて、後方部隊から順次撤収を開始した。一旦撤収が始まったと知るや浮き足立つのが人の常であり(ましてやイタリア軍では……)、10日までに伊リヴォルノ師団が消滅し、その他の伊軍部隊も急速に瓦解を始め、枢軸軍の防御力は大幅に減退した。(P23)


 この資料では、アオスタ師団が最悪で、リヴォルノ師団とてもダメだった、という感じですね。

 色々と評価が食い違っているのは、それぞれの資料が何らかの(有名な)資料のコピーではなく、それぞれ独自に調べられたものであるということを示しているのでしょうか……?

OCS『Sicily II』シナリオ4「メッシーナへの前進」2回目AAR

 この土曜日、尼崎会(拙宅)でワニミさんとOCS『Sicily II』シナリオ4「メッシーナへの前進」の2回目をやっていました。

 前回の土日で、シナリオ上の第2ターン先攻(連合軍)まで終わっていたので、今回は後攻(枢軸軍)からです。


 ↓第2ターン後攻(枢軸軍)終了時。

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 陸上ではそれほど状況は変わってないかもですが、アメリカ艦隊が猛爆撃を受け、駆逐艦隊1つが全滅し、他に2つのユニットも戦力減少面に……(DGも乗ってます)↓

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 ↓第2ターンの損害。

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 次の第3ターンのイニシアティブを取った枢軸軍ワニミさんは、先攻を宣言。さらに駆逐艦隊への爆撃を続行してさきほど減少戦力面になっていた駆逐艦隊もすべて沈め、しかも東岸ではイギリス軍戦線を突破し、航空基地2つを蹂躙……。

 ↓第3ターン先攻(枢軸軍)終了時。

CIMG3861.jpg

 ダブルターンを取られたらしょうがないというのもありつつも、しかしユニットの置き方は反省すべき点が……。

 艦隊の損害に関しては、あらかじめ新たな航空基地を全海ヘクスまで入るように計算して建設しつつ、整備効率を無視してでもシチリア島に戦闘機を置いておくようにしなければならないと思いました。

 ただ、補充のダイス目が、ここまで6回のチャンス中5回でワニミさんが補充を得ているのに対し、私が4回のチャンスで1回しか受けていないので、そこのところの差というのもありそうです。『Sicily II』の補充はぽんぽんと前線の戦力となるので、でかいですねー。

アメリカ第3歩兵師団長ルシアン・トラスコット

 承前。アメリカ第3歩兵師団長ルシアン・トラスコットについて。

 といっても、ごくごく簡単に。

 『Sicily 1943』のパレルモ攻略のくだりに、「“Truscott Trot”訓練による徒歩で、第3歩兵師団は移動した(P69)。」とあるのを見て、「トラスコット・トロット」とは一体? と興味を持ちました。

 「トロット」というのは「速歩」「早足」のことで、「トラスコット」とむちゃくちゃ韻を踏んでます(^_^;

 トラスコットは調べてみると、パレルモ攻略の時の第3歩兵師団長で、それまでにレンジャー部隊の創設にも関わった訓練に秀でた人でこの「トラスコット・トロット」によって第3歩兵師団は徒歩でもってものすごい勢いで山道(地形的にかなり険しかったらしいです)を走破し、第2機甲師団とほぼ同時にパレルモに達し、パットンに激賞されたとか。「最後の騎兵」とも呼ばれる人格的にも優れた人物で、その後も順調に出世を重ねました。



 ↑こういう本も出てるのですが、中身が結構Google Booksで読めます。

The Last Cavalryman: The Life of General Lucian K. Truscott, Jr.


 

シチリア戦におけるパレルモ攻略

 OCS『Sicily II』の臨時軍団司令部って? (2016/10/27) で書いてました、第2機甲師団をメインとする臨時軍団麾下のパレルモ攻略の流れについて。

 メイン資料は『Sicily and the Surrender of Italy』で。Kindle版59% - 位置No.6137以降です。




 とりあえずまず、「臨時軍団は戦区として、Highway 121(を含まない)より南西を割り当てられた」とあります。「Highway」というのは調べたところ、イタリア語でStrada statale、「幹線道路」というような意味らしく、Googleマップでシチリア島を見てみると、道路上に「SS121」という風に表示されています。

 今後、「幹線道路121号」という風に表記しようと思いますが、この幹線道路番号はシチリア戦に関する文献を読んでいると良く出てくるのですが、『Sicily II』のマップ上には表記されていない……。『Sicily』には赤い小さな字で表記されています。

 ↓『Sicily』のマップ(OCS『Sicily II』シナリオ1「シチリア島西部」の研究で挙げていたもの再掲)。

CIMG3755.jpg

 ↑この画像の赤い実線は、『Sicily 1943』による臨時軍団の戦区境界線なんですが、幹線道路121号が区切りだとすると北岸のあたりでずれることになります。


 ↓『Sicily II』上で描くとこんな感じ。

スクリーンショット_160405_094

 戦区は良く変更されていたようなので、パレルモを巡る戦いの初期と後期とでの変更なのかもしれません。また追っかけてみます。


 以下、直訳でなく、抜粋大意です。ゲームマップ上に表示されている地名を表記していきますので、マップを参照しながらどうぞ。

 その状態で臨時軍団のキース将軍は、第82空挺師団と第3歩兵師団でまずパレルモ(Palermo)を目指すことになった。第2機甲師団は予備とされ、臨時軍団の前進に付いていき、パレルモの西へと進める突破のチャンスのための準備をする。

 パットン将軍は3段階の統制線【目標ラインのようなもので、停止して到着した旨を報告する必要がある】を指定したが、ただし「命令なしには止まるな」と明記していた。彼はパレルモへの最終攻撃を自分自身が統御して行おうと考えており、そのために第2機甲師団を使う予定だった。



 さらに本の場所が飛んで、位置No.6208以降から(この間の部分には第2軍団のブラッドレー将軍の苦闘が描かれていて、若干興味のあるところですがとりあえず)。

 7月18日の午後遅くに臨時軍団はパレルモへの前進の準備を完了。前進は19日の午前5時から行われることになった。……第504空挺部隊は午後早くにヴェルドゥーラ(Verdura)川でイタリア軍の対戦車砲の攻撃を受けたが、アメリカ軍側の車輌が集結して砲撃を始めると、イタリア軍兵士達は両手を挙げて逃げ始めた。

 2日目も同様で、イタリア軍はわずかな抵抗をするものの、降伏していく。20日が終わるまでにアメリカ軍はシャッカ(Sciacca)を占領。

 抵抗の少なさから機甲部隊の突破のチャンスだと考えたキース将軍は第2機甲師団の投入を決断。パットン将軍の承認を得て、この時リベーラ(Ribera)からアグリジェント(Agrigento)の間に広がっていた同師団の集結を命じる。その集結の間にキース将軍はレンジャー2個大隊からなる「X任務部隊(Task Force X)」を編成し、西方へ送り出した。X任務部隊はカステルベトラーノ(Castelvetrano)周辺を押さえ、Belice川の辺りで集結する第2機甲師団の側面をカバーする。同時にその集結エリアの北側を押さえるために第82空挺師団を北へ向けた。この集結エリアから、第2機甲師団はパレルモを目指して北東方向に進撃することになるだろう。

 X任務部隊は自身の集結を完了して21日の朝にメンフィ(Menfi)を出発。出会ったイタリア軍は戦う前に降伏していき、カステルベトラーノも戦うことなく占領。また、北岸に近いアルカモ(Alcamo)にも部隊を送ったが、そこでは800名のイタリア軍が降伏し、大量のガソリンも発見した。

 燎原の火の如きX任務部隊の進撃で、この日だけでほぼ4000名のイタリア軍捕虜を得た。明らかに迅速な攻勢の機は熟しており、第2機甲師団の一部(Rose准将指揮下のコンバットコマンドA?)は川(Belice川のことか?)を渡って、パットンの戦車進撃のための準備をおこなった。

 その間、【山道をパレルモに向けて進んでいた】第3歩兵師団も散発的な抵抗にしか出会わずに進撃を続けていた。【第2軍団麾下の】パレルモへ向かっていた第45歩兵師団はさらなる迂回をすることになり、パレルモの東のテルミニ・イミレーゼ(Termini Imerese)に向かうことになった【先ほどの軍団戦区境界線が変更された?】。

 7月22日の夕方までに第3歩兵師団と第2機甲師団の両方が、パレルモへの攻撃の位置についていた。だがパレルモの守備隊と全住民は、戦争はもうまっぴらであり、戦わずに降伏したいと望んでいた。住民の代表団が22日の午後早くに第7軍の司令部に赴いて、第3歩兵師団の副師団長に降伏を申し入れた。その申し出は拒絶された。なぜなら、副師団長は第3歩兵師団長のトラスコットから、「臨時軍団長のキース将軍がパレルモの降伏を受け入れることになっている」と指示されていたからである。
【この第3歩兵師団長のルシアン・トラスコット将軍は第3歩兵師団を一流に育て上げた優れたトレーナーであったらしく、興味のあるところですがまた後日】

 イタリア軍守備部隊の指揮官はすでに第82空挺師団の偵察大隊の捕虜になってしまっており、この時のパレルモ守備の最高権限者は「N」港湾守備隊のモリネーロ准将であった。22日の午後遅く、コンバットコマンドAのある哨戒班が抵抗なしにパレルモへ入り、モリネーロ准将を伴って帰ってきた。モリネーロ准将はキース将軍に降伏を申し入れた。キース将軍と第2機甲師団長はモリネーロ准将と共にパレルモへ入って、宮殿【ノルマンニ宮殿?】で22日19時頃に、正式に降伏を受け入れた。20時に、東と西からアメリカ軍2個師団【第3歩兵師団と第2機甲師団?】がパレルモに入った。パットン将軍は案内を受けながら、一時間後にパレルモへと入っていった。パレルモが彼のものとなったのだった。


 International Center of Photographyに、キース将軍(左側)とモリネーロ准将(右側)の写真がありました。


 ここで章が「結末(Denouement)」に変わりまして……(位置No.6270)。

 パレルモの占領後、シチリア島西部の孤立した港湾を掃討する仕事が残っていた。7月23日早くキース将軍は、第82空挺師団長に対してBelice川の線から移動して西岸の各地を攻略すること、第2機甲師団のコンバットコマンドBには【パレルモのすぐ西の半島の】北岸の諸港湾の攻略を同日中に完了するべきことを命じた。第82空挺師団長は、X任務部隊にマルサーラ(Marsala)、第505空挺部隊にトラーパニ(Trapani)、第504空挺部隊にカステッランマーレ(Castellammare)へ向かうよう指示。

 X任務部隊は23日の午後遅く、マルサーラの手前で砲撃を受けて停止したものの、翌朝同市を奪取。

 第505空挺部隊は抵抗なしにサンタ・ニンファ(Snata Ninfa)とサレーミ(Salemi)を通過して幹線道路113号に入り【『Sicily II』のマップ上のSalemiから北に延びている小道に入り、2ヘクス先で二級道路に入ってそこから西進するルートと思われる】、トラーパニを目指した。自動車に乗っての行軍は喜びのパレードとなった。サンタ・ニンファの西の道路に沿ってその地域の住民達が熱狂的な歓迎をし、空挺部隊の兵士達に果物やパン、チョコレートなどを浴びせるように振る舞った。果物は明らかに地元産のものであったが、チョコレートの方は明らかに、放棄されたイタリア軍基地内の売店からくすねてきたものだった。

 16時にトラーパニの直前まで来ると突如として雰囲気が変わった。イタリア軍は2~3時間砲火を浴びせてきていたが、アメリカ軍側の部隊が揃ってきて丘に広がると、降伏して町を明け渡した。24日の17時30分までに第504空挺部隊はカステッランマーレも攻略した。

 臨時軍団のシチリアにおける作戦行動は終了した。272名の損害(戦死者57名、負傷者170名、行方不明者45名)で、得た敵の捕虜は53,000名(ほとんどがイタリア兵)、与えた戦死傷者数は2,900名に達した。それに鹵獲した武器類も、大砲189門、車輌359両、戦車45両に達した。この後、8月20日までずっと【メッシーナが攻略され、シチリア戦が終わるのは8月17日】、臨時軍団はシチリア島西部の守備と管理に専心することになる。第2機甲師団と第82空挺師団のシチリア島での戦いは終了し、臨時軍団の指揮下で占領任務に就いた。

 この後パレルモは、アメリカ第7軍への兵站センターとなるであろう……。



 現在、『Sicily II』でもってパレルモ攻略後の「メッシーナへの前進」シナリオをプレイしていますが、第82空挺師団も第2機甲師団も全然使用可能なので、「おおう」と思いました(^_^; ただし、地形的に確かに第2機甲師団の使いどころは非常に限られますし、空挺部隊を守備隊として使用しなければならないヴァリアントルールもあって、それは使った方がいいんじゃないかという気はしていました。

OCS『Sicily II』シナリオ4「メッシーナへの前進」メモ

 先日、OCS『Sicily II』シナリオ4「メッシーナへの前進」を少し研究プレイして(→OCS『Sicily II』シナリオ4「メッシーナへの前進」1回目ARR (2016/11/07) )得られた知見のメモです。


 まず最も重要なのは、港湾のダメージ(ヒット数)による港湾能力の増減と、海上輸送力の関係についてだと思われます。特に枢軸軍にとって致命的に重要っぽいです。

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 前エントリの画像から。マップ右上に「Messina Port Cap(acity) & Damage」トラックが、マップ右側に同様に「Catania」「Augusta」「Syracusa」のトラックが並んでおり、シナリオ開始時にランダムでダメージが与えられて各トラックのマス目の左上分のダメージを喰らって、マス目の右下分の港湾能力まで落ちています。

 メッシーナは「ダメージ:港湾能力」の関係がこうなってます。

 0:4SP  1:3SP  2:2SP+2T  3:1SP+2T  4:3T


 カターニアはこうです。

 0:2SP  1:1SP+2T  2:1SP  3:3T  4:2T


 シナリオ開始時に枢軸軍が保持している大規模港湾は上記の2つのみで、あと1T規模の港湾を2つ持っているようです。そして海上輸送力は毎ターン、枢軸軍が4SP分、連合軍8SP分です。枢軸軍にしろ連合軍にしろ、SPをシチリア島に運ぶためには航空輸送も使用できますが規模的にはたかがしれているので、メインは海上輸送力となります。

 ところが枢軸軍は今回、メッシーナの港湾ヒット数が2、カターニアの港湾ヒット数が3で始めたので、それぞれの港湾能力は2SP+2Tと3T。小規模港湾の2T分を加えても3SP+3Tで、このままでは1T分の海上輸送力はムダになる計算です。

 より重大なのはカターニアへの海上輸送は、敵ZOC(打ち消せない)が及んでいると閉塞されてしまうこと。

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 ↑赤い○のところに連合軍がZOCを及ぼせるユニットを置いているならば、カターニア港は閉塞され、海上輸送力が使用できません。というか、緑色の○のところからでも敵ZOCが及んでいたら使用できないでしょう。枢軸軍側としては、カターニア港を使用してSPを得るつもりならば、カターニアより南に戦線を置くとかしなければならない……。そのヘクスの敵をヒップシュートでDGにしてZOCを消すという方法もありますが、航空優勢が連合軍側にあるので難しいでしょう。ヒップシュート以外の、例えば砲兵砲爆撃などではタイミング的に間に合いません。

 あるいは、メッシーナの港湾能力を修復するかです。戦闘モードの司令部が2ヘクス以内にあれば1ターンにつき1SP消費で1ヒット分修復できます。ただし、連合軍側は1ゲームターンに3回(移動、突破、リアクション)の航空砲爆撃の機会毎に港湾に爆撃を加えることになるでしょう。尤もこの港湾ヘクスの対空射撃力が4もあって、史実では連合軍パイロットはメッシーナへの爆撃をやりたがらなかったそうですが……。


 連合軍側は海上輸送力の8SP分よりも多くの港湾(LST港湾も含む)能力を使用できるので、その点はだいぶ楽です。シナリオ第1ターンにはチュニジアボックスにいる2個の歩兵師団を(恐らく1T港湾に)海上輸送するために海上輸送力を全部使うことになるでしょう(*)が、船上部隊(Floating Forces)ボックスにあるLanding Craftで相当数のSPを港湾に荷降ろしできます。

(2016/11/8追記 *……4ステップで4REの歩兵師団×2で8SP分と考えていたのですが、3.2cのB)により、歩兵師団は3REまでとみなされました。ので、2SP分余ることになります。)

 ただし、Landing Craftのポイント分割の制限と、港湾能力の上限の問題で、いくらかのLanding Craftは港湾ヘクスにいてSPを積んだままでいることになるでしょう。「Landing Craftは積み荷を降ろさないままターンをまたぐことがあっていいのか」、例えば戦闘ユニットを積んだ状態のLanding Craftが二次上陸予定地点の近くの全海ヘクスでプカプカ浮いたままで何ターンも過ごし、上陸作戦のタイミングを計っているというようなことも許されるのか……ですが、OCS 12.6g項により、「上陸用舟艇に積載されている陸上ユニットは、常に補給線が設定されているものとみなされます。」 さすがに上陸用舟艇そのものに乗ったままで数週間も過ごすというわけではなく、もっと大きな艦船に乗った状態であるとかが抽象化されているという理解になるのでしょうけども。



 また、連合軍プレイヤーは航空ユニットはかなりいっぱい持っているのに、シチリア島中央部の辺りに航空基地がないため、航空基地を作りたくなります。連合軍(のみ)はキャンペーン期間を通じて4つまで、新規に航空基地を建設できます(1.3項)。なんと珍しいことにアメリカ軍は純粋な工兵ユニットを1ユニット持っているので、司令部を使用しなくても建設活動ができます(他のいくらか私がプレイしたCOSゲーム上で、建設活動のできるこういう純粋な工兵ユニットを見た記憶が私にはありません。建設活動のできない、純粋でない工兵ユニットならいくらでも見たことがありますが……)。

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 キャンペーンゲームの初期配置とシナリオ4「メッシーナへの前進」の航空基地の場所とレベルのチェックをワニミさんがやって下さいまして、両者に差はなかったそうです。ので、シナリオ4をやる場合でも連合軍プレイヤーは新規の航空基地を4つまで建設できることになります。




 それから『Sicily II』ではユニットの再建に関して簡易なルールになっていて良い感じな中、「複数ステップ師団が司令部の近くにいない時に、分遣連隊を再建してそれを前線に送ってステップ回復ができるだろうか」という疑問が生じたんですが、OCS 13.5b項により、分遣連隊を再建することはできません、と。ので、ステップ回復させたいのなら複数ステップ師団を司令部の2ヘクス以内に置いといて、増援フェイズにいいダイス目が出ることを期待することになるでしょう。 

OCS『Sicily II』シナリオ4「メッシーナへの前進」1回目AAR

 この土日、尼崎会(拙宅)でワニミさんとOCS『Sicily II』シナリオ4「メッシーナへの前進」をお試しプレイしていました。

 将来的にキャンペーンもやってみるつもりで、枢軸軍をワニミさん、連合軍を私が受け持つことにしてあるので、シナリオでもそのように割り振ってで。


 ↓セットアップ時の状況。

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 ターン数的には第5ターン、1943年7月24日ターンからで、パットンがパレルモを陥落させた後から始まります(史実のパレルモ陥落は22日で、その少し後からということになります)。

 セットアップは「指定ヘクスから1ヘクス(あるいは2ヘクス)以内に自由配置」というものが多く、特に防御側のワニミさんはああでもないこうでもないと悩みながらセットアップしておられました。


 ↓同上、戦線の部分のアップ。

スクリーンショット_160405_088



 連合軍側としては、攻撃が成功しそうなところにのみ攻撃し、それ以外では浸透の方を優先する考えでやってみました。


 ↓第1ターン先攻(連合軍)終了時。

スクリーンショット_160405_089

 北岸と東岸の2カ所でのみ攻撃しましたが、両方ともAo1DL1o1というような結果で、相手に1ステップロスを与えて自分は退却するという感じ。ただし北岸では突破フェイズにパレルモの西にいた第2機甲師団を突進させ、空いたヘクスを占めさせました。

 赤い○で囲ってあるのはアメリカ艦隊で、枢軸軍側としては連合軍の艦船をステップロスさせると2ポイント、沈めると6ポイントの勝利得点に換算できるのでそれを狙ってワニミさんが執拗に砲爆撃を繰り返します。DGが2回重なるとステップロスなのですが、1つのユニットには1ゲームターンに3回ある航空砲爆撃のタイミング(リアクション、移動、突破)1つにつき1回しか砲爆撃できないので、航空優勢のない枢軸軍側には厳しい……?(この後、DGになった艦船ユニットは写真の位置にいるよりも突破フェイズにパレルモの辺りへ移動して警戒空域に入った方がいいんじゃないかとワニミさんに教えてもらいまして、そのようにしました)


 ↓第1ターン後攻(枢軸軍)終了時。

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 ワニミさんは北岸で第29装甲擲弾兵師団を、東岸ではヘルマン・ゲーリング装甲師団によって果敢な反撃を行い、特に東岸では後方にいたイギリス軍司令部が蹂躙されそうになるも、なんとかギリギリ踏み留まりました……。 



 ↓第1ターンの損害。アオスタ師団は③ステップ全部死んだわけでなく、元々1ステップになっていたものです。

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 第2ターンのイニシアティブはからくも連合軍が確保し、先攻を選択します。枢軸軍に先攻を取られたら司令部が踏まれていたと思われ……。


 ↓第2ターン先攻(連合軍)終了時。

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 連合軍としては北岸と東岸では状況を良くするにとどめ、赤い矢印の場所の山中でのみ攻勢をとりました。



 この土日はここまでのプレイで終わっておきました。時間かかりすぎと思われるかもですが、毎週末のようにプレイできるので急がずプレイしており、雑談でプレイ以外のことを色々話していたり、ルール確認もじっくり目にやっているためということが大きいですので(^_^;

 この後もしばらくはこのシナリオを続けてプレイしてみる予定です。

 この土日に得られた知見は、またエントリを改めまして。

オマー・ブラッドレー将軍について

 アメリカ軍のブラッドレー将軍について、またちょっと調べてみました。

 これまでにブラッドレー将軍についてネタにしていたのは↓こちら。

OCS『Sicily II』の臨時軍団司令部って? (2016/10/27)
モントゴメリーに進撃路を譲らされたブラッドレーは激怒したのか? (2016/10/28)



 とりあえずまずブラッドレー将軍って、とても将軍とは思えない、貧相な学者という感じな外見がなかなかユニークですよね。

 ↓左側がブラッドレーです(英語版Wikipediaから)

Cherbourg 1944 s191143




 今回参照したのは以下の4冊です。






 まず『世界戦車戦史』なんですが、古本屋で見つけて買ったままになってたんですが「そういえばシチリア戦のことって載っているのかな」と思って見てみたら、載ってました。

 第7軍の主力をなすアメリカ第2軍団はオマー・ブラッドレー中将が指揮した。彼は昔からパットンの親友だった。「ジョージ、ひとつ忠告したいんだが……」と、とかく暴走しがちになるパットン中将にブレーキをかけるのを忘れなかった。
『世界戦車戦史』P202

 この話、非常に面白いのですが、シチリア戦における今は否定的に見られているらしい?「戦車と駆逐艦が撃ち合った」という話を数ページにわたって記述しているとかも含め、信用できるのでしょうか……?



 『D‐DAY史上最大の作戦の記録』にはコラム的にブラッドレー将軍が紹介されている箇所があり、また肖像写真のキャプションにも説明がありました。その中からキャラクター的な記述を。

 ブラッドレーは思いやりのある将軍だったが、作戦計画や兵站には非常に厳しい人物でもあった。(P110)
 ブラッドレーは、慎重だが思いやりもある指揮官で、話し方は穏やかだが、熟慮を重ねたうえで決定を下すタイプだった。そのため「GIの将軍」の名で親しまれていた。(P111)




 『WHO WAS WHO in World War II』には以下のように書かれていました。

 1943年5月7日、彼は直ちに麾下の部隊でビゼルタを急襲して40,000名の捕虜を獲得し、その果断さを見せつけた。……ブラッドレーは堅実な作戦を行う静かで穏やかな人物であり、上官達からも部下達からも大きな信頼を寄せられていた。
『WHO WAS WHO in World War II』P45,6





 『US Commanders of World War II (1): Army and USAAF』にはブラッドレーに関する辛口で、色々と興味深い記述がありました。ブラッドレーは1915年にウェストポイントを卒業したものの第1次世界大戦には従軍しておらず、その後軍事科学の教官をやっていたりで、第二次世界大戦以前に部隊を率いた経験が全くなかったとのこと。この記事によれば、その経験のなさと生来の用心深さがブラッドレーのいくつかの果断とは言えない決断の原因となったのだろう、だそうです。

 Infantry schoolなるものに通ったり、教官をやったりしているうちに第2次世界大戦が勃発。1942年にはブラッドレーは少将に昇進して、アメリカ軍を急いで拡大させていく必要の中で、第82師団(空挺師団になる前)と第28師団の指揮官(といっても訓練中の?)となりました。この両方の師団がその後傑出した部隊となったことは、ブラッドレーの教師と組織者としての質の高さを示しているとか。

 チュニジア戦やシチリア戦で指揮をとり、アイゼンハワーはブラッドレーの指揮ぶりを評価してノルマンディーにおけるアメリカ全軍の指揮を任せました。彼は一時期130万人のアメリカ軍を指揮し、この多さはアメリカ史上最大だそうです。ブラッドレーは兵士達を大切にしたので、人気があったとか。

 記事の最後の総評的なところではまず、「ブラッドレーの軍事戦略家としての点数付けは難しい」と書かれます。指揮官としては彼は冷静、無口で慎重、正統的な戦い方をする一方、アメリカ軍の福利、能力、評価の為に非常に熱心に取り組んだ。しかしいくつかの論争を引き起こすような決断もしている。ファレーズポケットを閉じなかったこと。広正面作戦を支持したこと。アルデンヌの戦いに関してのモントゴメリーとの口論や連合軍反撃の処置など。そしてこの記事執筆者は、「アメリカ軍の歴史上、最も有能な指揮官達のうちの一人」というこれまでに標準となっているブラッドレーに対する見方には賛成できない、としています。


 これらを読んだ後、『Sicily II』の「メッシーナへの前進」シナリオで連合軍をプレイしていたんですが、私はなかなか果断にはなれず、慎重にやるブラッドレーの気持ちはよく分かるなぁと思いました。

ダイス目偏り対策用にダイスアプリ、効いてます!

 私は國學院大學のシミュレーションゲーム研究会に在籍している時分から「ここぞ!」という時などのダイス目が悪く、「エンターテイナー」と呼ばれていて、その後もダイス目が悪いことで周りに知られていたのですが、ここ数ヶ月は特にひどくて「さすがに何とかならないものか」と思っていました。

 で、フト思いつきまして、スマホ(Android)用のダイスアプリを探してみました。

 アプリは何十種類もあったのですが、OCSをプレイする関係上、6面体ダイスの白×2、赤×2、黒×1がいっぺんに振れるものが好ましい……。というのは、戦闘の時に奇襲チェック用に赤×2、奇襲シフト用に黒×1、戦闘結果用に白×2を振るようにしており、他のダイス振りの場合でも(11~66の結果を出す場合を除き)そのうちの一部を宣言すればそれで事足りるからです。

 この条件に合致するアプリはいくらかあったのですが、ダイスの色を変えにくいとか、ダイスの大きさが良くないとか、ダイスが傾いた状態で止まってしまうとか、ダイスがダイスの上に乗った状態になるとか色々あって、とりあえずダイスアプリを次々インストールしていった結果、「よし、これでOKだろう!」というものを見つけました。

サイコロ 3D

 ↑というアプリ名らしいのですが、いったんインストールすると「3D Dice」という名前で表示されています(^_^;


 ↓こちらがその様子。

スクリーンショット_160405_086



 最初は赤いダイスが1個だけ出てますが、プラスボタンでダイスを増やし、ダイス上で長押しして「COLOR」を押して色を選択、で色が変えられます。画面をダブルタップでダイスロールです。いったんダイスを増やして色を変えておくと、いったん終了させても起動したらそのセットのまま出てくるようです。


 これでこの土日、『Sicily II』のプレイをさせてもらったところ、劇的にダイス目の偏りがなくなり、いい目も悪い目も平均的に出るようになった、気がします!

 自分にも認知できない「自分のダイス目を悪くする」能力を持ったスタンドが自分に憑いて?おり、そのスタンドは物理的なダイスは操作できても電子機器は操作できないのだ……!!!! という仮説が成り立つような気がしてなりません(^_^;

OSPREYで複数指揮官本見つけました

 先日、OSPREYの指揮官本などで「洋書でもって指揮官何人もをいっぺんにまとめて紹介した本とかないかな~」と書いてましたが、見つけました!




 ただ、一番欲しいソ連軍指揮官本は見つからず……見つけられないだけで、存在はしてるんでしょうか?

 英米の指揮官だと今一番知りたいのはシチリア戦の陸軍総司令官だったハロルド・アレクサンダーと、アメリカ第2軍団長であったオマー・ブラッドレーなんですが、両者とも名前のアルファベットの順番が早いので幸運なことに「なか見! 検索」で上に挙げた本の中から読むことができます。将来的には本を買うかもしれませんが、とりあえずはそれで読んでみたいと思います。




 他にも指揮官を扱った本だとこんなのとか。






 様々な部隊などに関するものとして、個人的に興味のある辺りの本。






 あと、前回見つけてなかった作戦的な本として、こんなのも。






 ナポレオニック関係でこんなのも見つけました。




ガルパン同人誌とOCS『DAK-II』に見るジャグブーブの戦い

 先日、OCS『DAK-II』クルセーダー作戦スモールシナリオセットアップ (2016/11/02) で、

……Giarabubというオアシスで、コンパス作戦の少し後に攻めてきた連合軍に対してイタリア軍が奮戦して、映画まで作られたのだとかいうことをガルパン関係のイタリア第10軍に関する同人誌で知りました。

と書いてました。その件について。


 その「同人誌」というのは、↓これ。

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 大阪日本橋の「とらのあな」で見つけたんだったと思います。↓でネット上でも買えるようです。

もっと! ボコと一緒に語るイタリア第10軍

 『ガールズ&パンツァー』の同人誌で、元ネタは劇場版でもって、威勢はいいけどすぐボコボコにされるボコというキャラに関して、「まるで、イタリアの第10軍みたいですね」というセリフが出てくることから。

 イタリア第10軍というのは、1940年9月13日にリビア・エジプト国境を越えてエジプトに攻め込むも3日で停止し、その後12月9日に始まったイギリス連邦軍のコンパス作戦によりボッコボコにやられ、「ドイツ~、ドイツ~、助けてドイツ~」と泣きついてロンメルがやってきた……という流れを作った軍……なのですが、私はこの劇場版『ガールズ&パンツァー』をフリースクールの子がブルーレイを貸してくれて見てみるまで、かのイタリア軍部隊が「第10軍」という名前だということを知りませんでした(セリフがきっかけで調べて知りました(^_^;)。

 だいぶ前に、まさにこのイタリア第10軍をネタにして動画を作っていたにも関わらず……(>_<)

 ↓YouTube版









 ↓ニコニコ動画版。会員登録が必要ですがこちらの方が画質がよく、コメントも面白いかもです。







 なお、後編はえらい苦労してリサーチは一応やってシナリオまでは作ったものの、動画作成にちょっととりかかったところで放棄しました(>_<)

 一応、調べたことに関しては↓のページにまとめてあります。シナリオは今探してみましたが、見つけられなかった……。

ベダ・フォムの戦い



 まあともかくも同人誌の話です。イタリア第10軍に関して(マンガではなく)文で紹介してある本で、日本語が壊れまくっていることを除けば未知の情報も色々あり、購入した価値はあったと思いました。が、私が最も「おおお~!?」と興奮したのは本論部分が終わった巻末にオマケ的に載っていた、この同人誌によると「ヤスラブの戦い」という話で、しかし「ヤスラブ」では検索しても他で全然ヒットしないので、どうも「ジャグブーブの戦い」と呼んでおいた方が無難ではなかろうかと思い、そうしてみます。

 Jaghbub, Libyaによると「ジャグブーブ(Jagbub)」というのは現地人によるその地名呼称で、イタリア語だと「Giarabub」と書かれるらしく、この戦いのWikipedia英語版の記事は「Siege of Giarabub」となっているのですが、「Giarabub」がどう発音するのか分からない(^_^; 『DAK-II』だと「Jarabub」という表記も併記してあるので「ジャラブーブ」が非常にありそうで使いたいところですが、ネット上では「ジャグブーブの戦い」である程度日本語資料もヒットするので、ネット上でカタカナ表記するならジャグブーブの方が安全っぽいです。でもゲームプレイの時には「ジャラブーブ」と呼んでも良さそう。

 「ジャグブーブ」で検索していると、いくらかのPCゲームで登場するらしく、「ミリ姫大戦」とか、「バトルフィールド2」とか?

 たとえば、マップ/Siege of Giarabub 16の画像とかいいですね。


 まずはジャグブーブ(Giarabub)がどこかに関して、『DAK-II』のキャンペーンセットアップから(1940年9月のグラツィアーニ攻勢からです)。

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 真ん中の赤い実線がリビア・エジプト国境で、赤い○がジャグブーブ(Giarabub)でオアシスがあり、イタリア軍の1ユニットが守備しています。その東の黒い○はイギリス連邦側が保持していたシワ・オワシスで、ある意味にらみ合っている形になってます。


 ↓拡大したもの(シワ・オワシスの2ユニットはポップアップ表示させています)。

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 シワ・オワシスの薄緑色のユニットはエジプト軍ユニットです。エジプト軍は『DAK-II』では連合・枢軸のどちらかに属するか、あるいはどちらにも属さないとかになるようなのですが、このジャグブーブの戦いの時期にはイギリス連邦軍側にいたのでしょうか。

 また、オアシスは『DAK-II』では3RE分の一般補給を供給でき、かなり貴重な補給源となるのです。


 このにらみ合いの状態に関しては「戦争映画専門チャンネル」のこの戦いの映画に関する情報ページが分かりやすいです。曰く、

北アフリカ戦線リビア。トブルクから300km南東の遠く離れた内陸部の国境地帯にある殺風景な荒野のど真ん中のジャグブーブ(伊語:Giarabub)と呼ばれるオアシスには、イタリア軍の最前線前哨基地があり、兵士たちからは“見捨てられた要塞”と呼ばれていた。しかし英軍にとっては自軍の補給基地があるシワ・オアシスから僅か数マイルにあり常に脅威となる存在だった。その脅威を取り除くため、英連邦オーストラリア軍第18旅団がジャグブーブへの攻撃を開始、イタリア軍守備隊は、味方からの救援もない絶望的な防衛戦を展開する・・・。



 ここでようやくですが、『もっと! ボコと一緒に語るイタリア第10軍』から引用してみます。

 ……イタリアがイギリスに対して参戦する【1940年6月10日】と、ここ【ジャグブーブ】はエジプト国境から最前線になり英軍の空襲などの攻撃を受けます。だけど本格的な攻撃はコンパス作戦開始の【1940年】12月から行われ、主力の第10軍はどんどん敗走していく中でも、この陣地は残りオーストラリア第六騎兵連隊と第九オーストラリア歩兵大隊からなる分遣隊が攻めてきます。

 1940年12/10に始まった攻撃は、結局ベダフォルムで第10軍が壊滅した2月を乗り越えて、最終的な陥落は、1941年の3月21日まで持ちこたえましたが、沿岸部の部隊は壊滅し全く補給も増援も来ない中、戦い抜くことは出来ず、遂に降伏します。

 逆に大敗北になってしまったイタリア軍の中で唯一と言って良い奮闘ぶりで、ロンメル将軍も激賞したほどの活躍でした。

 サルヴァトーレ・カスターニャ中佐率いる守備隊は、イタリア兵800人に現地リビアや東アフリカから徴集のアスカリが1300名の陣容でしたが、ここの部隊は、事前に物資を蓄積してあったのと、孤立地域の防御の為錬度【ママ】の高い兵士が送られたのと、本来ならすぐに逃げ出すと言われたアスカリも士気が高く、イタリア兵に協力的なものが選抜されただけあって、攻撃軍に対して一緒に奮闘しました(ただ現地徴集のリビア人は士気が低くて、すぐに逃げ出したとも、イギリス軍の報告で言われています)。

 この奮闘ぶりはイタリア軍の中でも珠玉の物でしたので、さっそく「Giarabub」と言う題名で1942年に映画化されます。当時の敗北で落ち込んだ国民士気を盛り上げるためのプロパガンダ映画ですが、当時のアフリカ方面軍の服装や戦い方を知る資料としての価値は有る作品です。

『もっと! ボコと一緒に語るイタリア第10軍』P21,22



 まあ私は最初にここを読んで知ったわけですが、「おおおおお~」と思い、さっそく色々調べてみることに……と言ってもしばらくそれもストップさせていたのですが。

 前掲の英語版Wikipedia「Siege of Giarabub」には相当詳しくこの戦いについて記述されているのですが、まあ細かい経緯は置いといて、OCSファンとしては『DAK-II』におけるどのユニットが参加したのかが気になります。

 前掲ページには、これらの部隊名が挙げられています。

the 6th Australian Divisional Cavalry Regiment(6th ADCR)
the 2/9th Australian Battalion
a battery of the 4rh Royal Horse Artillery

 真ん中の部隊は第18オーストラリア歩兵旅団のうちの一部なのかもですが規模が小さすぎ、またイタリア軍の部隊もよく分かりませんがとりあえず初期配置の部隊がそのままであったとすると……。

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 という感じでしょうか?


 英語版Wikipediaの前掲ページ等によると、沿岸地域でコンパス作戦が始まったのは1940年12月9日早朝からでしたが、ジャグブーブでの戦いが始まったのは12月25日頃から。その後イタリア第10軍は翌1941年1月22日にトブルクを失い、2月7日までにベダ・フォムで壊滅状態に陥ります。ロンメルがトリポリへやってきたのは2月12日で、2月24日ドイツ軍とイギリス連邦軍との最初の小規模な衝突。3月11日に第5戦車連隊が揚陸を完了し、15日にキレナイカへ向かって独伊混成部隊が出発します。

 この間ジャグブーブではほぼ3ヵ月の間ずっと、灼熱と補給不足の中イタリア軍部隊は持ちこたえていたわけです。キレナイカの失陥という災厄を和らげるため、イタリアのファシスト政権においてはこのイタリア軍部隊の抵抗は大いに持ち上げられることになりました。

 そんな中3月17日、ロンメルはジャグブーブの守備隊の戦いを褒め称え、その救出を約束します。ですが3月20日にジャグブーブに対する最後の攻勢が始まり、21日に陥落。しかしそのわずか2日後、オーストラリア軍部隊はジャグブーブから撤退しました。なぜならドイツ・イタリア軍がエル・アゲイラへ前進していたためで、実際に24日にエル・アゲイラは陥落します。

 キレナイカ全体を失ったイギリス連邦軍は第18オーストラリア歩兵旅団(2/9ってのの所属部隊?)をトブルクへ送り、the 6th ADCRはエクスポーター作戦のためにシリア地方に送られることになりました。

 ↓『Reluctant Enemies』のこれ?

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 ジャグブーブはその戦術的重要性を失って再び単なる僻地となり、その後はイギリス空軍の中継地点として使用されるようになったそうです。


 映画「Giarabub」はYouTubeで全編見られるようです。




OCSインストで『Sicily II』「シチリア島西部」「プリマソーレ橋」をやりました

 承前(OCS『DAK-II』クルセーダー作戦スモールシナリオセットアップ (2016/11/02))。

 この祝日、メビウス氏を迎えてOCSのインスト(ルール説明と導入プレイ)をやってました。ちなみにメビウス氏はやはりOCS『DAK』を所有していたそうです(*^_^*)


 セットアップしてあった『DAK-II』クルセーダー作戦シナリオ上のコマや、プレイングエイド(→OCSの物置)を用いながら説明してますと、メビウス氏はどんどん理解されていきまして、「すごいなぁ……」と思いました。

 ところがインストの途中などでクルセーダー作戦シナリオの配置を見ていると、「これ連合軍側が攻勢できるだけの戦力あるの~?」「セットアップ間違えてるのかなぁ?」と、なんかそのままできる気がしなかったので、まあもっと小規模なインスト向けシナリオが『Sicily II』にあることだしということでクルセーダーは片付けてしまい、新たにとりあえずまず最もインスト向きと思われる「シチリア島西部」をセットアップしました。


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 ↑『DAK-II』クルセーダー作戦のスタックを広げてみたところ。枢軸軍側にはアリエテ戦車師団や第15装甲師団、第21装甲師団がハイスタックで存在しているのに、連合軍側には第7機甲師団の一部がちょろちょろ……とあとニュージーランド第2歩兵師団がかたまっているくらいで、あとはなんかぽつぽつといるだけ……。わりとセットアップミスとかあるので、ミスったか……。


 『Sicily II』「シチリア島西部」シナリオについては、以下をご参照下さい。

OCS『Sicily II』シナリオ1 シチリア島西部セットアップ (2016/10/19)
OCS『Sicily II』シナリオ1「シチリア島西部」の研究 (2016/10/24)
OCS『Sicily II』シナリオ1「シチリア島西部」に航空基地を置く意味 (2016/10/26)


 ↓第1ターン先攻(連合軍)終了時。

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 「プレイの指針としてここはこうこう、こうらしいですよ」やルールの細かい点など色々説明はしながらで、基本方針としては史実通りに第3歩兵師団で山道を押さえつつ、空挺部隊と第2機甲師団でシチリア島西部に進むことになりましたが、細かい部分は全部メビウス氏が決めていかれました。

 私が枢軸軍を担当したのですが、いつもの如くダイス目が悪さがとどまることを知らず、戦闘をしかけられたイタリア軍沿岸防御ユニットは一つ残さず降伏!(2/3の確率で降伏する) 逆にメビウス氏はほとんど全部の戦闘で攻撃側奇襲の目を出しまくっておられました(^_^;

 
 ↓第1ターン後攻(枢軸軍)終了時。

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 枢軸軍としてはとりあえず、残り2つの勝利条件ヘクスを取られないようにするために黒い点線のように下がりました。「何かいやがらせはできないものか……」と考えてましたら、黒い矢印のようにして装軌ユニットを進ませて鉄道線を切ると共に、無防備になっていた補給集積所を奪取!

 ところがこれに対してメビウス氏は、「じゃあリアクションフェイズ中に予備にしていた第3歩兵師団(1ステップ)を隣まで移動させて、自軍移動フェイズに戦闘モードにして徒歩3移動力でオーバーランすればいいよね」と冷静に対処され……。


 ↓第2ターン先攻(連合軍)終了時。

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 突っ込んだイタリア軍ユニットはあっという間に潰されてしまい、パレルモではイタリア軍砲兵が頑張っていくらかの敵部隊をDGにしたものの、駆逐艦隊の艦砲射撃も喰らった上であっけなく陥落してしまいました……。



 時間がまだあり、メビウス氏は空挺降下や上陸作戦が好きだ(ので、西部戦線が好きだそうです)ということであったので、それらも試せる「プリマソーレ橋」シナリオもセットアップしてやってみました。

 ↓第1ターン先攻(連合軍)終了時。

CIMG3810.jpg

 とか言いつつもメビウス氏は、(そもそも史実でこの時悲惨なことになった空挺作戦を反映して)空挺降下で分散が起こるので成功の確率が低いことを鑑みて、空挺降下させずに安全に航空基地に輸送されてました。史実で苦戦した戦いだけにこのシナリオではあまり進めませんでしたが、私はきっちりこのシナリオでもすべての沿岸防御ユニットを即降伏させてました(T_T)


 メビウス氏の感想としては、「結構面白かった」とのことで良かったです。「やはり北アフリカ向きのシステムだと思うから、『DAK』がやってみたいなぁ」とのことでしたが、まあ『DAK-II』をいきなりフルでやるのは難しいのでとりあえず更にOCSに習熟する意味でも普段の尼崎会にも時々来ていただきつつ……という話になりました。


 しかし、『Sicily II』のシナリオはマジ、インスト用にすぐれていると思いました(特に「シチリア島西部」シナリオ。「ジェラへの反撃」もインスト用にいいかも)。全体的に見ると『Sicily II』は空挺/上陸作戦をやる分難易度はむしろ高めとも思われるのですが、これらのシナリオでインスト、あるいは初心者が自分で習得用に……というのは非常に良いと思いました。

「OCSシークエンス&Tips」をver1.2に改訂しました

 ここ最近のOCSプレイで得られた知見を元に、「OCSシークエンス&Tips」をver1.2に改訂しました。


 ↓からダウンロードできます。

OCSシークエンス&Tips ver1.2.pdf



 以下に改訂点を赤字で示しておきます。


OCSシークエンス&Tips ver1.2 (2016/11/04)

○普通の輸送ユニットの活動
  Tips...専用トラックは予備モードになれるので突破フェイズやリアクションフェイズにも移動/積載ができる(荷降ろしはできないのが専用トラッククオリティ)が、普通の輸送ユニットである輸送トラックとか輸送ワゴンとかの類は移動フェイズ中にしか移動できない。でももちろん荷降ろしできるから、せっせと補給集積所にSP積もう。ただし、SPを荷降ろしできる場所は、戦闘ユニットのいるヘクス、(自軍支配下の)港湾か航空基地、積載されていない補給集積所ヘクスだけに限られるというルールがあって、それらがないヘクスには降ろせないので注意!


●制空戦闘/基地移動(14.3空戦)
  Tips...戦闘機の質と数があるなら、敵航空ユニットが迎撃や爆撃ができなくなるように制空戦闘をやっておくといいと思う。敵航空基地に戦闘機を1ユニットのみで飛ばす→敵が1ユニットを残して非活動状態にしてもいいよ選択(迎撃と対空射撃はできない)→空戦するけど勝っている限り何度でも空戦できる、ただし全勝しても自分は帰還したら非活動状態になる→次の戦闘機飛ばすけどさっきと同じ航空基地に行っても別にOK。戦闘機の能力や数で負けてるなら局所的に航空優勢作るとか……。基地移動は、しても非活動状態にはならないから別の任務ができるのだけども、1フェイズには1つの航空任務のみという縛りは忘れないように。つまり、同じ移動フェイズ中に基地移動してから制空戦闘しに行くとか、基地移動してからその次の航空/艦船砲爆撃セグメントに砲爆撃しに行くとかってことはできないのです。フェイズをまたげばOK。

●ヒップシュート(14.7d)
  Tips...オーバーランするつもりの敵ユニットを狙うとか、絶対DGにしておきたいスタックを何回も狙うとか。1ユニットのみで実行だが、他の砲爆撃と違って同じ対象に何度でも何度でも何度でも何度でもできる。隣接する観測ユニット(移動中のユニットではダメ)がないと全く実行不可能なので注意。迎撃も対空射撃も受ける。10ヘクス以内から飛び立てば1コラム上昇だが、だいたい密集度修正(1RE以下)と地形修正(軽障害や中障害)で2コラム下がることが多い。



●SPを輸送ユニットで運ぶ(13.2)
  Tips...積載/荷降ろしの時に許容移動力の1/10移動力(切り上げ)を消費するのでつまり輸送トラックなら5移動力消費。戦闘ユニット、港湾、航空基地、積載されていない補給集積所がない所には荷降ろしできないことに注意。いったん何らかの形で運んだSPを別の移動手段で運びなおす(リープフロッグ)は禁止なので、移動し終わった印に90度傾けておくこと推奨。輸送中に一時停止して積んでるSPを燃料用に消費してまた移動継続ができるから活用すべき。補給集積所が敵に踏まれるのは非常によくないので敵から守る手段を講じることが重要。


●航空輸送/空挺降下(14.9)
  Tips...SPと、移動モードでの移動力が10以下の徒歩タイプのユニットだけしか航空輸送できない(移動モード時の移動力が1~6の徒歩タイプのユニットは輸送時の換算値が半分になる)。戦闘ユニットは半分の移動力を輸送の前でも後でも(両方でも)に使用可能だけど、SPはリープフロッグ制限に引っかかるから航空基地ヘクスに最初からあったSPを積んで、航空輸送して降ろすだけ。輸送機はA)航続距離の2倍まで輸送できるが目的地で非活動状態になる。B)は普通の。C)航続距離の半分で行って、半分でどこかに帰るなら輸送力2倍(←空挺降下でも輸送力2倍できます)。航空基地の荷降ろし制限は航空基地レベル×2Tだけど、飛んできて非活動状態になるなら無制限。突破フェイズ/リアクションフェイズに航空輸送してもよくて、その時に半分の移動力を使用するつもりなら予備モードにしておくこと。予備モードでなくても航空輸送だけ(前後の移動なし)ならできる。先攻のリアクションフェイズ中にモノだけ運んでおくと裏の自分ターンに動かせてお得で、特に天候が悪くて活動状態にはしたけど飛べなかったターンの次の先攻の時は多分得しかしない。次の補給フェイズに補給切れが確定するような自軍戦闘ユニットの上にSPを航空輸送して降下させるのも超重要。1Tごとに航空輸送判定表で。航空輸送/空挺降下の場合、敵の警戒空域内を目的地にした場合は(1回だけ)敵戦闘機に迎撃されてしまったり対空射撃を受けたりするので、あらかじめ目的地の10ヘクス以内の敵航空基地の戦闘機を制空戦闘で全部非活動状態にしておいた方がいい。


☆航空/艦船砲爆撃セグメント
  Tips...砲兵は撃てない。航空はその後も突破フェイズやリアクションフェイズに爆撃できるが1回行ったら非活動状態になるから、あとあと使うかもしれない分はちゃんと残しておこう。艦船は対艦射撃は無限にできるが、艦砲射撃は(先攻後攻合わせて)1ターンに1回という制限があるから結局のところ航空と同じ。1つの目標には全種類で1フェイズに1回しか砲爆撃できないという縛りがあるんだけどヒップシュートはこの制限外だから、どうしてもDGらせておきたいユニットにはヒップシュートもした上でこの時砲爆撃もすることにしとけばチャンスが増える。なにより、自分ターン中にDGらせた敵ユニットは次の敵ターン中ずっとDGだからそのことは意識しておいていい(リアクションでDGらせたやつはすぐ回復してしまう)。10ヘクス以内から飛べば1コラム上がるのと、ハイスタック目標狙えば密集度修正もある。戦略移動中でハイスタックの敵には無茶苦茶当たる。爆撃機4枚までで行けるが、迎撃で落とされたり、対空射撃が当たりやすくなったりするデメリットあり。砲爆撃によるステップロス狙いは基本的に考えない方がよいのだけども、このセグメントの[1/2]は1/2扱いにはならないから余計に当てはまる。対施設砲爆撃表(修正処理は全然必要ないから楽)で鉄道妨害(徒歩にならそのヘクスで、徒歩以外には周囲含め7ヘクスで1MP余計に使わせたり、鉄道輸送力のコストを2倍にできる)したり、敵港湾や航空基地のレベルを下げたり、航空基地の航空ユニットを破壊したりするのは効果抜群だったり地味に効いたりするから常に考えには入れとこう(非常に忘れやすいのだけども)。

☆戦闘セグメント
  Tips...ここも基本的には戦闘結果表で結果出すだけだが、補給節約のために一部のユニットを攻撃から抜いたりする作業とかあるかも。もちろんオッズ聞いてから一部抜くとかはダメ。ARを使用するユニットは結果出る前に指定しておく。地形による1/2とか1/3とかは重複することはないというのがよくあるウォーゲームと大きく違うので注意。この1/2や1/3に複数選択肢がある場合、防御側が敵攻撃スタック毎にそれを選択する。例えば小河川越しの大都市で守っている場合、敵に機甲ユニットがいるなら(小河川は捨てて)大都市で守った方が相手の攻撃力を減少させられる……など。その後また防御側は自分がいるヘクスに軽障害、中障害、重障害地形とかが重なってたらそのうちどれを使用するか選ぶ。対戦車(AT)効果も非常に重要。機甲(黃)や機械化(赤)がどの地形なら攻撃の時戦力が2倍になるかは地形効果表に[x2]と書いてあるが、2倍が1.5倍に減るケースがあり、それは黃や赤の概念とずれている:重AT効果を持つのは「陣地」「黃」「赤の戦車」「対戦車」「対空」で、軽AT効果を持つのは「戦車以外の赤」。重が攻撃する時に相手に重が1つでもいたら2倍が1.5倍に減る。軽が攻撃する時には重か軽がいたら1.5倍に減る。つまり戦車に効くのは「戦車か、陣地か、対戦車、対空」ってこと。特に対戦車と対空は大概(必ず?)「黃」でも「赤」でもなく色が付いてないから見逃しが多いかもしれない。戦闘比はよくある「防御側に有利なように切り捨て」じゃなくて「四捨五入」なのでこれまた大きく注意。例えば3.5:1なら4:1になるということ。陣地はレベルの分だけ最終的な戦闘結果のダイス目を修正するが、奇襲修正には常に+1のみ。戦闘結果で特に気を付けるのは、攻撃側が退却するかoを完全に満たせない、という時のみ防御側がoを無視できるということ(AL1Do1で攻撃側が全滅したら、Do1は受けなければならない)。「突破」の結果はこのセグメントでしか獲得できず、隣接2ヘクスからの攻撃まででしか「突破」の結果は獲得できないのも大いに注意。すでにDGだった防御スタックが敵ZOC(打ち消せない)に退却したら1ステップ失うというルールは超重要で、狙って攻撃を組み立てるべし。あと健全な防御スタックでも、退却の2ヘクス目、敵ZOC(打ち消せない)に退却の時にはDGとなり、しかもその時そこにいた全然関係ない自軍ユニットも一緒にDGる。戦闘に参加していなかったユニットが退却に加われるのは、戦闘ユニット(砲兵とか司令部とか括弧付き戦闘力のとか)と専用トラックのみ。輸送ユニットやSPは絶対退却できないので注意。


OSPREYの指揮官本など

 最近、ソ連軍やアメリカ軍やイギリス軍の指揮官について知りたいのですがあまり資料がないので、「洋書でもって指揮官何人もをいっぺんにまとめて紹介した本とかないかな~」と思ってAmazonで検索しておりました。

 するとたとえばこういう本が見つかりました。



 OSPREYによるシリーズらしく、他にもマンシュタインとかナポレオンとか色々引っかかるのですがまとめて全部出せる検索方法が見つけられずにいます……。

 ここに引っ張ってきたのは私が欲しいかなーと思ったものなんですが、問題は64ページ程度と薄いらしいのですが値段が若干高めのような気がすることです(^_^;

 でもある意味、私的には一人64ページもいらず、できれば、一人あたり2ページとか10ページとかでいいのである程度網羅的に扱った本(ただしキャラクター的なことをある程度以上書いてある本で。履歴だけとかは個人的にはいらないっす)が理想なんですが、そういう本はなんか洋書でありそうな気がしませんかね~。



 あと、北アフリカ戦でのイギリス軍のマイナー部隊について知りたいという面からはこれなんかいけそう?





 他にも……。



 とかとか、いいですね~。

 最近自分の中でOSPREY株が上がっている(私のようなレベルの入門者にぴったりかも)ので、そういう意味でも良さそうですが、問題は金がかかるのと、まだ読み終わってない本が大量にあることです。

 ただ、ずっと洋書等を読む際には腰を落ち着けてじっくり取り組まないと文意が取れなかったんですが、最近急にある程度の速さで読めるようになってきたような気がします(ただし、非常に興味を持っている領域に関しての記述で、英文がそれほど難しくないものに限られると思いますが)。今まで色々な英語(英単語)習得法を試したんですが、結局私の場合、「興味を特に強く持っているものを楽しみながら読む」以外のやり方では続きもしないし、効果もなさそうということが分かってきた面もあり、ある程度すでに買ってある興味のある洋書は読んでいきながら、興味の度合いに応じて金の面は置いといて買って読んでいった方が長期的には自分の得になるかもと思ったりしています。

ポーランド独立カルパチア歩兵旅団について

 承前。ポーランド独立カルパチア歩兵旅団について。

13121702

 ↑『DAK-II』のポーランド人部隊ユニット。左側がそれです。


 前エントリのOCS『DAK-II』クルセーダー作戦スモールシナリオセットアップ (2016/11/02) 、また北アフリカの南アフリカ軍兵士とポーランド軍兵士 (2013/12/18)で書いてました『DAK-II』のポーランド人「Carp」旅団ですが、さとうさんからのコメントもありましてさらに興味を持ったので件のWikipediaを探してみましたら記述量が多くて「やったぁ!」となりました。

Polish Independent Carpathian Rifle Brigade

 こういうマイナー部隊について色々知りたいので、Wikipediaに書いてくれる人まじ感謝です(*^_^*) 写真もあっていいです。



 まず英語版Wikipediaにある「Rifle」という名称についてなんですが、ソ連軍のOCSだと普通の歩兵となっている部隊にも資料によって良くこの単語がついていて、「ライフル師団」とか「狙撃兵師団」とか「歩兵師団」とかって訳されてます。良く分かってなかったんですが今回検索してみると、たとえば

「狙撃兵」とは何か
ソ連型軍隊における「狙撃旅団」「狙撃師団」の役割と意味 編成

 を見ていると「ぶっちゃけ普通の歩兵です」と書いてありました(^_^; 今回のこのカルパチア旅団もロシアに近い文化圏的な感覚で同じようにしているのかな……と推察して、結局のところ「歩兵」なのかな、と解釈してあります。



 さて、英語版Wikipediaによると、この部隊は1939年12月(ドイツ軍のポーランド侵攻の3ヵ月後)に、まだ健在であったフランスの、中東植民地軍の一部として創建が決められ、翌1940年4月にシリアで正式に旅団として編成されました。なぜそこでなのかは書かかれてないんですが、イタリア人が同じカトリック国であったポーランドへのドイツの攻撃を非難したとかってな話があったはずなので、ポーランド人としては同じカトリック国でしかも連合国側であるフランスが良くて(イギリスはプロテスタントなので)とか……?

 山岳戦用に特化された部隊で(部隊名命名の由来は書いてないっぽいんですが、山岳戦向けなのでポーランドにも及んでいるカルパチア山脈の名前が取られた?)連合軍の一員としてバルカン半島に送られる予定であったようですが、フランスがドイツに降伏してシリアのフランス軍が親ドイツのヴィシー政権側につくことを決めたので、このポーランド人旅団はそこからの離脱を決定。イギリス支配下のパレスティナへ移動し、そこで約5000人規模まで大きくなり、イギリス軍の武器を供与され、訓練を受けたそうです。

 全員が志願兵で士気が非常に高く、また約25%が高等教育を受けていて、この時代のヨーロッパの部隊としてはまれなことであったとか。

 1940年10月に(9月のイタリア軍のグラツィアーニ攻勢後イギリス連邦軍とにらみ合っていた)エジプトへ移され、戦争捕虜キャンプの守備であるとかアレクサンドリアの陣地化の任務に就きました。ただし、ポーランドは正式には依然としてイタリアとは戦争状態になかったので、前線には送ることができませんでした。いったんギリシアへ送られたものの、ドイツ軍のギリシア侵攻があまりに早くて間に合わず。

 1941年にドイツアフリカ軍団の攻勢が始まるとメルサ・マトルーだとかアラメイン近くで任務に就いていた後、トブルクへと送られてその陣地線の西側を引き継ぎ、その過程でオーストラリア部隊を助けました。


 さて、トブルクにおける戦いですが……。

CIMG3803.jpg

 カルパチア歩兵旅団はトブルク攻囲戦においてイギリス軍の第70歩兵師団(『DAK-II』ではそういうくくりになってないみたいですが……)と共に戦い、クルセーダー作戦(*)中の1941年12月9日夜間に包囲環から打って出て、Acroma(画像のポーランド人部隊ユニットの左下2ヘクスの場所)の町を奪取してイギリス第8軍と手を繋ぎ、この戦いによって彼らはオーストラリア兵達から「トブルクのネズミたち」という名誉ある称号を贈られた?

*1941年11月18日から12月16日の枢軸軍の全面撤退まで続いたらしく、『DAK-II』のスモールシナリオでもほぼ同じ日付で9ターン続くことになってます。「小土星」作戦が実質2~4ターンであることと比較すると長いなぁと思いますが、むしろ「小土星」作戦が短すぎると考えるべき? シチリア戦役も16ターンの間、大して休みなく継続したのかしらん……。


 その後、ガザラの戦いに参加した後パレスティナに下がり、第3カルパチア歩兵師団(のちにイタリア本土で戦った)の元となったそうです。



 私はいちおう北アフリカ好きなのですが、クルセーダー作戦とかの詳細について何も分かっておりません(^_^; また色々資料を見ていきたいです。

OCS『DAK-II』クルセーダー作戦スモールシナリオセットアップ

 南方軍集団等に出入りされているメビウス氏にOCSを薦めましたところ、戦線のない戦場が好みで北アフリカ戦ゲームもたくさん持っておられ、「聞いているとシステム的に北アフリカに合いそうだから興味はあるなぁ」とのことで、『DAK-II』にてOCSのインストの機会を持たせてもらうこととなりました。

 メビウス氏は、『DAK』(IIでない方)も持っているのではないかとも……(未確認)。


 で、何のシナリオが良いか考えたのですが、練習シナリオと銘打たれているコンパス作戦の2つのシナリオはこの前やった感じでは「どかーん、ばきーん」というよりは「包囲して潰す」という感じだったので(あのプレイが普通かどうか分からないですが)、他のシナリオは……と考えまして、一番無難そうな? クルセーダー作戦スモールシナリオをセットアップしてみることにしました。


 ↓セットアップが完了したもの(航空ユニットは置いてません)。

CIMG3799.jpg

 フルマップ2枚で、当然ながら海岸線近くに部隊が集中しているのですが、南の方にも2つほど連合軍のスタックがあります。うち左側の方はGiarabubというオアシスで、コンパス作戦の少し後に攻めてきた連合軍に対してイタリア軍が奮戦して、映画まで作られたのだとかいうことをガルパン関係のイタリア第10軍に関する同人誌で知りました。また詳しく書きますね。

 そういう舞台まで含んでいるのはいいのですが、南側マップ端に座ると海岸線が遠く、プレイがしにくいこと必定です。この点が『DAK-II』の最大の難点ではないでしょうか……(^_^;



CIMG3800.jpg



CIMG3803.jpg

 ↑トブルク包囲環。赤いユニットはポーランド人部隊のユニットです。以前、北アフリカの南アフリカ軍兵士とポーランド軍兵士である程度書いてましたが、史実通りにトブルクの西側に配置してみましたバキッ!!☆/(x_x)

 このポーランド人部隊ユニットには「Carp」と書いてありまして、どういう意味か分かってないのですが、赤い色からも広島カープのことしか想起できません(^_^;



 と、並べてみましたが、今回OCSが初めての方へのインストですので、『DAK-II』の特別ルールも含めて全部正しくプレイするなんて無理であります。ので、このシチュエーションを使ってOCSの基本的なルールを説明していくという感じで……。


OCS『OPERATIONAL MATTERS』の『Sicily II』記事で参考になったこと

 『OPERATIONAL MATTERS』の『Sicily II』記事をチェックしていて、色々と参考になったこともあったのでそちらも挙げておきます。


 ページ的に前の方から挙げていきますと……。


 まずP6に「多くのプレイヤーが複数ステップユニットがステップロスした際には、割合に応じて戦力を減らすというオプションルール(OCS 21.2)を使ってるよ」とありまして、このオプションルールは日本でも、少なくとも小牧と関西では使用することになっている(?)ので、「いずこも同じかー」と思いました。『Sicily II』のデベロッパーズノートでも、このオプションルールは人気だと書いてありましたけども。


 それからP7~8にかけて、コマンド部隊の2ユニットをLanding Craftで揚陸(ALT)させ、しかもさらに別のLanding CraftでSPを運んでそれを海岸ヘクスの隣まで移動させて「隣接ヘクスから補給が引けるよ」ルールで補給を与えているのを読んで、「おおお-、そんなやり方がー」と思いました。Landing Craftが2ポイントあるのは研究プレイ中もちろん分かっていたんですが、最初の上陸後も置いてあるだけかと思って、もう一回別の箇所の上陸用に使うとか考えが及んでませんでした(^_^;


 またP8で、Wellingtonを枢軸軍側の3つの航空基地に飛ばして対施設砲爆撃をやって、航空基地レベルを下げたり航空ユニットを吹き飛ばしたりしてました。対施設砲爆撃はいつもいつも、「もっとやるべきなんだろうなぁ……」と思いつつも全然できてないことのうちのひとつです(他にできてないのは、予備を取っておくこととか、防御を重視することとか、必要ない攻撃をかけないこととか……どんだけあるねん(^_^;)。シナリオ2「ジェラへの反撃」ではセットアップで鉄道妨害(移動阻止)マーカーが置かれていましたが、あれも非常に効果的な場合があるんだろうなぁと思いつつも、全然考慮にあげるほどの余裕がありません。

 標語で
「もっと対施設砲爆撃を活用しろ!」
「もっと予備を取っておけ!」
「もっと防御を重視しろ!」
「必要ない攻撃をかけるな!」

とかって張り紙作って貼っておくべきかもしんない……。




 と、色々参考になりましたが、良く分からない事項もいくらかあります。

 P7で、分散(scatter)しつつも空挺降下に成功したユニットが、「対象ヘクスへは降下しなかったのでDGになる(3.3e)」とあるのですが、『Sicily II』の3.3eを見てもそういうことは書いてないと思うのですが……。エラッタやウェブ上の最終バージョンルールを見てもそういうルールはないようです。

 最終バージョンの少し前のルール記述が残っているというのが『Sicily II』のルールブック上でも『OPERATIONAL MATTERS』の記事上でもエラッタで修正されているので、これもそういうやつなのでしょうか。しかしこの件に関するエラッタはないのです……。


 それからP8のLanding Craftによる揚陸(ALT)のDRMに関して。「2ヘクス以内に沿岸防御ユニットがいるので-1、空母と駆逐艦がいるので+2で、結局+1」と書いてあるように読めるのですが、私が思うに「沿岸防御ユニットで-1、敵ZOC内で-1、駆逐艦の砲爆撃力で+1、積み荷のすべてがコマンドで+1、結局±0」ではないでしょうか……。


 また、P8~9にかけて、突撃砲ユニットと降下猟兵ユニットのいたヘクス52.15が駆逐艦による艦砲射撃を受けて1ステップロスの結果となり、突撃砲ユニットを飛ばして降下猟兵ユニットがDGで残った……とまず記述があって画像でもそうなっているのですが、その後のそのヘクスへの戦闘ではなぜか突撃砲ユニットが残っていることになっていてその数値で計算がされ、記事の最終考察のところでも降下猟兵ユニットが吹っ飛んだことになっています。


 あと、P5とP7で55.09と54.04にあると書かれている連合軍の航空基地は57.09と55.04の間違いではないかと……。


 特にALTの修正値に関しては気になるのですが、どうなんでしょう。自分の読解に自信があるわけではないので(>_<)

OCS『OPERATIONAL MATTERS』の記事でルール確認してました

 先日のOCS『Sicily II』シナリオ3「プリマソーレ橋」研究プレイ (2016/10/31) で、『OPERATIONAL MATTERS』に載っている記事を読んでルール面の確認をしてみたいと書いていたのをやってみました。

 輸送機と積載量に関するルールはあれであっていたようです。つまり、

①移動モード時の移動力が6までの徒歩タイプのユニットは輸送時の換算値が半分になる(OCS 4.7b項)。
②航続距離の半分で行って、半分で帰って来られる輸送機は2倍の積み荷を積める(OCS 14.9e C)項)。

 ②に関しては、航空輸送に関しては間違いなく適用可能ですが、空挺降下には適用可能かどうか迷いがあったのですが、今回完全に確認が取れたと思います。OCSの物置に置いてあるOCSルール解釈の要約(「Must Attack」のOCSコミュニティ上における)には仮決定的な結論のままで「できそう」という風に書いてあったのですが、「確認が取れた」と書き直しておきました。



 あと、読んでいて思い込みに気付かされた事項もありました。4ステップある自動車化歩兵師団ですが、プレイの時には「これって移動モードで自動車化で移動する場合には燃料に4Tいるんですよね?」と言っていてルールブックで確認もしてなかったんですが、実際には1TでOKでした(^_^; 自動車化歩兵師団といえば複数ユニットフォーメーションばかり、複数ステップユニットといえば徒歩移動力しかない環境でずっと戦っていたので……(と言い訳)。っていうか、22戦力とか24戦力とかあって1Tで移動できるとか、燃料代安すぎ!(あ、移動モードなので11戦力とか12戦力とかですが)



 それから、『OPERATIONAL MATTERS』のエラッタにある事項(つまり本文中では間違ってプレイされていた)ですが、↓のようにして(画像では見えてませんがその下にいる)自動車化歩兵師団が自動車化移動力でアウグスタにオーバーランをかけに行く際……

CIMG3780.jpg

 一歩目のヘクスがイタリア軍ユニットのZOCなので、自動車化移動力は敵ZOCで停止しなければならず、二歩目のヘクスに行くためは自軍ユニットでカーペットを敷いておかないといけなかったよね、てへっ(とエラッタに)。

 OCSのZOCは地形に関係なく絶対に隣接ヘクスに及ぶので、普段はものすごく弱ZOCなくせして、こういう時だけとんでもない影響を及ぼします(^_^; 『KOREA』みたいに進入禁止ヘクスサイドの印を付けておけば……とも思ったのですが、進入禁止ヘクスサイド越しにでさえZOCは及ぶのか……。



 それから対空射撃についてについてもエラッタが出ていまして、『OPERATIONAL MATTERS』の記事中ではP7に「空挺降下の対象ヘクスが敵支配下だから対空射撃されるよ」と書いてあって「えっ」と思ったのですが、エラッタで「(枢軸軍の戦闘機が全然活動状態じゃないので)警戒空域じゃないから対空射撃されません。てへっ」と書いてありました。しかし逆に言えば、警戒空域であれば迎撃も(1回だけですが)されるし、対空射撃もされる、ということですよね。

 今回の研究プレイで実際にあったんですが、任務対象ヘクスを警戒空域としている戦闘機ユニットが1個だけの場合、迎撃しても負けて帰ってきて非活動状態になった場合、警戒空域が消えるから対空射撃もなくなってしまう。だから戦闘機が2ユニットいるってことも重要だ、と(ワニミさんが仰ってました)。空挺降下とか航空輸送するなら、任務対象ヘクスを警戒空域とできるような敵戦闘機をあらかじめ制空戦闘で落としておくことが重要ですね。『Enemy at the Gates』のドイツ空軍はソ連空軍より強いので、周辺のソ連軍の戦闘機をパタパタ落としておいてノーリスクで航空輸送で補給を運んだり、それほど失敗することもなく補給をパラシュート降下させたりできますが。



 他にも、研究プレイの際、「グライダー降下」は、空挺降下する戦闘ユニットが「グライダー(Gldr)」という種別だったらグライダー降下となるのか、それとも空挺降下させる航空ユニットが「+Gldr」だったらグライダー降下となるのか……という話になりまして、私は一瞬前者かと思ってしまったんですが、まあ実際にグライダーがなければグライダー降下できるわけもないので、後者……ですよね?(^_^; ただ後者の場合に若干納得がいかないのは、Ju.52の輸送力が1TとなっていてJu.52+Gldrの輸送力が2Tとなっているんですが、ということは後者の輸送力中1T分はJu.52から降下しているんじゃないんですかーと思ったりするんですが、まあそこらへんは抽象化されているんでしょうねー。



 また、『OPERATIONAL MATTERS』の記事を読んでいて、前回のセットアップでチュニジアボックスに1BGを1つ出し忘れていたことに気付きまして、OCS『Sicily II』シナリオ3「プリマソーレ橋」研究プレイ (2016/10/31)にもその旨追記しておきました。が、VASSALの『Sicily II』モジュール(私がダウンロードしたのはNo Fowの方)の「プリマソーレ橋」シナリオのチュニジアボックスにも1BGが1個欠けた状態なんですよ。私と同じミスをモジュール制作者がしているのでは……。


 ……と書いてきましたが、ここに書いたことが認識間違いである可能性も全然あると思いますので、間違いがありましたらぜひご指摘下さいー。


primosole橋の日本語表記

 OCS『Sicily II』シナリオ3「プリマソーレ橋」セットアップ (2016/10/28) へのコメントでさとうさんから、「primosole」を「プリマソーレ」と表記する出典について質問をもらってました。

 調べましたところ、私が参考にしたのは『萌えよ! 戦車学校IV型』だったと思います。イタリア軍の師団名やドイツ軍のカンプフグルッペの日本語表記なども割と書いてくれているのでありがたく、参考にさせてもらってました。


 ↓『萌えよ! 戦車学校IV型』から

スクリーンショット_160405_082

 上記はマップ上の手書きの表記ですが、本文中でも「プリマソーレ橋」となってました。


 試しに他の本でも調べてみましたところ……。

『歴史群像 54号(2002年8月号)』……プリモゾーレ
コマンドマガジン別冊 第7号『シチリア撤退作戦』……プリマソーレ
コマンドマガジン第68号……プリモソーレ


 なんというバラバラさ……(^_^; でももしかして「プリマソーレ」は多数派……!?バキッ!!☆/(x_x)
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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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