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OCS『Enemy at the Gates』リトルサターンキャンペーン第2ターン先攻のみ

 8/28に尼崎会(拙宅)でワニミさんとOCS『Enemy at the Gates』リトルサターンキャンペーンの第2ターン、先攻ソ連軍ターンのみをプレイしました。

 前回はOCS『Enemy at the Gates』リトルサターンキャンペーン第1ターン (2016/08/20)

 ↓前回、第1ターン終了時の両軍の損害(Brkdwnは再利用してたりするので若干数が減ってますが)。

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 で、第2ターンですが、とりあえず第2ターンのイニシアティブを枢軸軍が取っていたので、まず枢軸軍がどちらを選ぶかの問題が。

 もし先攻を取れば、スターリングラードから突破していた1個装甲師団がソ連軍のガラ空きだった補給源を占領してその方面を麻痺させることができるだとか、前ターンに入り込んだいやがらせ部隊らがさらに戦果を拡大できるだとか、ソ連軍が移動モードになっている今のうちに……だとか色々考えたのですが、逆にソ連軍の立場に立ってみると「枢軸軍に先攻を取らせて補給チェックを1回枢軸軍側にやらせ損耗させておいてから、ダブルターンの可能性のある後攻を選ぶに決まっているだろう」ということが一番大きく、枢軸軍側はソ連軍に先攻を取らせることにしました。


 ↓第2ターン先攻(ソ連軍)終了時。

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 北西戦区における私のプレイなのですが、今回晴れて飛行機が飛べるため、私はとりあえず自分の戦区のあたりのドイツ軍戦闘機(空戦力5)を黙らせようと、空戦力4とか3とか2とかのソ連軍戦闘機を大量に飛ばして空戦を挑んだのですが、ことごとくサイの目が悪く、むしろこっち側がステップロスしまくる始末……(後にワニミさんが「どれ、私がやってやる」と、これも空戦力劣勢の戦闘機で挑んだところ、あっという間にドイツ軍戦闘機とスツーカを黙らせておられ……(T_T))。

 その後、ソ連軍進撃路の喉元に大スタックで居座った枢軸軍部隊を駆逐すべく、ソ連軍戦車軍団や親衛歩兵などで何回にもわたってオーバーランをしかけた(オーバーランで何とかしないと補給チェックで、飛び出していた部隊が死ぬので)のですが、これがまたひたすらサイの目が悪く逆奇襲されまくったり、損害が出まくる……

 前回の『DAK-II』の時から、ある程度優勢でもって攻撃をかけているのにとにかく極端と言えるほどにサイの目が悪く、そして最大戦闘比とかで戦闘をかけた時だけやたらめったらいい目が出るという病気がこの日も続いていまして……。

 しかしまあ、サイの目が悪いのはいつものことではあるので保険をかけまくっていて、なんとか必要なだけの邪魔な枢軸軍部隊は全部どかせることができました。が、サイの目が良ければもっと戦果拡大しようと思っていたようなことはまあできず……。



 ↓北西戦区。

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 で、上の写真ですが、①のところにハンガリー軍とドイツ軍部隊が逆侵攻してきているので、もったいないことながら増援で来た1個戦車軍団をそこに送り込んだ上に周りの部隊を急行させて防波堤を築きます。その西側で孤立してしまったソ連軍部隊に補給を通すべくオーバーランをかけたりしたのですが、ここももちろんサイの目が悪く自軍に損害が出ただけに終わりました:p

 ②の箇所がひたすらどかせようと悪戦苦闘していた枢軸軍の大スタックのいた場所です。黒い○はまだ放っておかれている補給切れの枢軸軍部隊。

 その左下の矢印が、ともかくも前進した部分です。サイの目が良ければもっと進めたはずだったのですが……。

 ③の箇所はワニミさん担当箇所(ミレロヴォ)で、第1親衛機械化軍団(最強部隊)がミレロヴォの外にいた枢軸軍部隊をぼこなぐりにした上で突破フェイズに再度ミレロヴォ攻囲(というか鉄道線遮断)につきました。


 ↓南東戦区

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 南東戦区はワニミさんが担当であったので私はよくわかってませんが、①の左右(左がタチンスカヤ、右がモロゾフスク)の枢軸軍包囲環を破って村に増援戦力や補給を入れていたりされていたようです。

 ②の箇所でスターリングラードから突破してきていたドイツ軍装甲師団を完全包囲してDGらせていますが、その為の戦力が足りず、③の方面での攻勢を一時的に諦めて下がったそうです。


 ↓スターリングラード包囲環

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 黒い線の部分で包囲環が破られていたのですが、ソ連軍移動フェイズ終了時に包囲環の全ヘクスに3RE以上が置かれていないとソ連軍はVPを失うので、なんとか取り繕ってあります。


 第1ターン、第2ターンとやってみての反省は、進撃路の喉元で取られてはいけないヘクスには少なくとも3ステップくらいは置いておかないといけないということや、スターリングラード包囲環は割と簡単に破れてしまうのでそのつもりで手当てしておかなくてはいけないのだな……ということなど。

 まあ、反省点出まくりでこけつまろびつしながらなんとかキャンペーンをやっていくという感じだと思いますので(^_^;


 今回、前日から私が若干体調が悪く、ソ連軍プレイを終えた頃に思考力がなくなってしまっていたので、その後後攻枢軸軍の動きについて少し議論した後終わっておきました。


 次回は9月4日(日)の予定です。また、9月17日(土)、18日(日)には富山のKさんが来られてプレイに加わっていただく予定です。初心者の方でも参加してくれる方がおられましたら大歓迎ですー。

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OCS『DAK-II』コンパス作戦シナリオ

 ミドルアース大阪で、OCS『DAK-II』のコンパス作戦シナリオをやってみました。

 『DAK-II』をやるのは初めてなので、ある程度ルールも確認しつつ……。こかどさんと一緒に研究プレイという感じでした。

 ↓初期配置。

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 赤い線がリビアとエジプトの国境で、英連邦軍は6ターンでエジプトにイタリア軍がまったくいない状態にすれば勝利。あるいは赤い○がバルディアで、上記の勝利条件を満たした上でバルディアを占領していれば「すばらしい」勝利を得ます。

 コンパス作戦の時、イタリア軍は7箇所の陣地を作っていたらしいですが、ゲーム上でも7箇所に陣地があります(黒い線のところ)。

 で、とりあえず英連邦軍の行動について考え始めたのですが……イタリア軍側はARはともかく(4のやつが1ついるくらいであとはザコい)戦力的には結構大きく、「無理です。もういやだ帰りたい」となるのをこかどさんに「いや、そんなことはないだろう」と言われながら何とか作戦を考えます。

 分かってきたのは、とりあえず海岸道路(一級道路)まで行ってそこでイタリア軍の補給線を切らねばならないだろうということと、また海岸に到達するまでの道筋には自軍の補給線を通すためになどにも部隊を敷き詰めなければならないということ。一方で、とりあえず無視するつもりのイタリア軍の主力部隊(マレッティ戦闘団)や南西の陣地にいる部隊が出撃してくる可能性も考えて、自軍補給線や司令部などに守備隊を置かねばならない……。

 砂漠なのですがなかなかに地形がやっかいで、ワジ(涸れ谷)や斜面の地形コストが+4とか+6とかかかるのでそれらを避けねばならず、そこらへんを考えたり、守備隊と攻勢部隊とのバランスを考えたりがなかなかに面白く。ところが、戦闘フェイズにおける戦闘で、「まあ史実で攻めていたし、なんとか撃破できるだろうから……」と思ってかけた攻撃がダイスの目が超絶悪く(陣地信者のこかどさんに言わせると陣地が主要因ということでしたが)、自軍の超強いユニット含め2ステップを失う結果に……。

 しかしまあしょうがなく、その後突破フェイズに予備にしてあった第7機甲師団ユニットで海岸沿いのシディ・バラーニ(3SP程度を積んであるものの、港湾の規模が小さすぎて補給源にはなれない)も包囲して、シディ・バラーニ自体も単独で孤立、その南東の陣地のイタリア軍部隊もシディ・バラーニと切り離されつつ孤立、という状況にもっていくことにしました。

 ↓その写真。

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 こうするとシディ・バラーニはSPを消費してしばらくは生き残れますが、南東の陣地の部隊は補給チェックで死ぬと。それを避けるために解囲攻撃をオーバーランでかけようとしても、ARが-3とかなのでむしろ自殺的にしかならない……。

 しかしこれこそがよい狙いだとすると、あの失敗に終わった攻撃はまったくする必要がなかった……(T_T) こかどさんが「最近、自分はなるべく攻撃しない姿勢になりつつある」と仰っていたのですが、『Operations』でも「本当に万やむを得ないのでなければ攻撃はせず、できるだけ機動によって敵の弱点を衝いていくのだ」という感じで書いてあるのを読んで「おおお、かっこいい……」とか思っていたのに、「史実で攻撃しているし……」「まあ撃破できるだろうし……」でいらん攻撃をしてしまっていた自分を激しく後悔……。なのでこれを機会に「本当にどうしても必要でなければ攻撃はしない教」に入信することにしました。教えが守れるといいなぁ……バキッ!!☆/(x_x)



 ↓第1ターン後攻(イタリア軍)終了時。

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 イタリア軍のできることを考えてみていたのですが、シディ・バラーニや陣地にいる部隊は出撃しても返り討ちにあうことが計算上見える(AR4のいるスタックはDGられていた)ので、「生き残ることが一番のいやがらせ」ということでそのまま何もせず。ただし、先ほどの英連邦軍の攻撃時にすべての航空ユニットが使用されてしまっているスキを付いて出撃したイタリア軍航空部隊がインド師団を爆撃してDGらせた上1ステップを屠る活躍を見せました!

 他の部隊は国境辺りになんとか踏みとどまるべく、部隊を引いたり展開したりしました。



 第2ターンのイニシアティブは英連邦軍が取ったのですが、先攻をイタリア軍に取らせます。イタリア軍はほとんど何もできることなく、消耗チェックで死んでいくだけ……。

 後攻の英連邦軍は、汎用の輸送トラックが1T分(1SP分ではなく)しかなく、前線にSPがまじでほとんどまったくなくなっていて(さっき無駄な攻撃をしたのもあって)、専用トラックを駆使したりしてなんとか運んだSPで移動だけをおこないました。シディ・バラーニなどへの包囲環は崩すわけにいかず、東への進撃とのバランスが超絶微妙で悩みましたが面白かったです。

 ↓第2ターン後攻(英連邦軍)終了時。

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 時間的にここで終わっておきましたけども、なかなかに面白かったです。このあと、国境辺りでどうなるかも興味深い……。また今後機会を見つけてこのシナリオや、他のシナリオもやっていきたいです。

ミドルアースでOCS他の地中海祭り

 ミドルアース大阪に行ってきました。

 『DAK-II』のプレイ環境を整える努力が今回間に合って持って行き、せっかく広い空間で広げられるので広げさせてもらいました。

 ↓フルマップ5枚! 今度『Campaign for North Africa』(同じくフルマップ5枚)も持ってきてもらって比べようという話になりました(^_^;

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 ↓『Tunisia II』と『Sicily II』も持ってきてもらったのでそれと、『The Legend Begins』も持って行っていたのでそれとも比較。

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 ↓『Tunisia II』。前作『Tunisia』と同じフルマップ2枚です。

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 ↓『Sicily II』。前作がフルマップ2枚だったのがフルマップ1枚となり、他のOCSゲームに比べて見るとミニゲームという感じさえ……。

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 ↓小牧からKMTさんが来られ、『DESERT FOX』を広げて見せてもらいました。

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 ↓KMTさんはデグさんと『Reluctant Enemies』で、図らずもOCS(他)の地中海祭りという感じに……。

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 ミドルアース大阪は、前々回と前回はマルチ1卓とASL1卓を除くと4卓すべてが東部戦線という偏りだったのですが、今回はマルチとASL以外は『Normandy'44』と、あと2卓でで地中海のOCSという感じでした。OCS2卓はめでたい!


 『Tunisia II』と『Sicily II』を見てみたのですが、特別ルールは両方とも5ページほどで、まあまあ程度、大して多くないかなと思いました。どれをチェックしていくかですが、OCS4.2からやるべきかと思っていたのですが、4.1aと見比べ初めてみたところ、表現レベルまで含めると最初のところから細かくかなりいじられている感じだったので、4.2全体を見るのはかなり時間がかかりそう……。なので、まあ出た順番としてとりあえず『Tunisia II』から見ていくことにしようと思います。

 『DAK-II』もやっていきますが……。今回の『DAK-II』のAARはエントリを改めまして。

OCS『Enemy at the Gates』リトルサターンキャンペーン第1ターン

 拙宅(尼崎会)で、OCS『Enemy at the Gates』のリトルサターンキャンペーンを始めました。数ヶ月かけてやっていくつもりです。

 基本的にワニミさんとやっていく感じですが、途中で人が来られたら喜んで入ってもらう感じでやろうという話になってます。

 ↓セットアップ(スターリングラードポケットは右側の拡大マップで)

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 ↓スターリングラード拡大マップ(VASSALデータから自作)

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 分担として、ソ連軍の北方とスターリングラードポケット外環が私。ソ連軍の南西がワニミさん。そして枢軸軍ターンには、(ソ連軍の時の)自分の目の前ではない場所を担当するということにしました。

 2枚マップシナリオでは数回リトルサターンをやりましたが、実際にキャンペーンでやるのは初めてです。そうすると何を目指すかがシナリオとは変わってきますが、ソ連軍側は都市VPを20点前後(ターン数が後になればなるほど上がっていく)取ればサドンデス勝利するので、それを目指すべきだろうと。

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 私の担当のソ連軍北方から見た場合、↑の写真の□で囲った都市がVP都市で、これらを脅かしつつ、なるべく広い範囲に広がりつつ枢軸軍の補給線を切ったりで、枢軸軍を常に後手に後手に回らせることが必要だと思われます。


 また、これまでは第1ターンソ連軍は移動フェイズ中のオーバーランをやっていた(ドイツ軍のリアクションフェイズはスキップされない)のですが、今回はオーバーランをやらない(ドイツ軍のリアクションフェイズはスキップ)でやってみることにしました。


 ↓第1ターン先攻(ソ連軍)終了時。

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 赤い矢印が進撃路で、北方からはドイツ軍司令部を2つ壊滅させ、東からはミレロヴォを半包囲(鉄道線を切っている)し、モロゾフスクのみならずタチンスカヤまで占領。今まで見た中で最も華々しい進撃状態かと思います(だいぶ慣れてきたというのもあります)。

 ただし、今回初めてプレイしたコテリニコヴォ方面ではワニミさんはやはり初めてだったため、色々と後悔があったそうです。コテリニコヴォは落とせたはずだが落とせなかったとか……。『Operations』を見ていても、ソ連軍は特に、研究してプレイしないといけないっぽいですね。

 ↓コテリニコヴォ方面。

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 ↓第1ターン後攻(枢軸軍)終了時。

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 北方ではワニミさんが果敢に反撃。それ以外では基本的に退却でした。真ん中のモロゾフスクとタチンスカヤは私が装甲師団で包囲し、村を奪還する(補給線を通すためにそれらの降車可能ヘクスの村が必要なので)ために反撃したのですが、どちらも失敗! 貴重なSPをつぎこんでこれとは……後悔先に立たず

 南方では、一番動きやすかった第17装甲師団がタチンスカヤ方面に向かっています。スターリングラードポケットからは第24装甲師団が解囲に成功し、なんとか枢軸軍戦線に向かおうとしますが、戦線はあまりに遠い……(^_^;


 次回は来週日曜日(8月28日)かと思われますが、確実ではありません。

『Will』9月号買ってみました

 yagiさんのブログに『Will』9月号のことが書いてあった(『WiLL9月号を読むなど』)ので、ちらっと確認した後買いまして、読んでみました。

 基本的には、「山崎雅弘さんはどうなのだろうか?」という記事だったのですが、個人的にはナポレオニックにしろ第二次世界大戦にしろ(他の何でもですが)歴史上のことについて誰かの書いていたことが「間違ってるよ!」という話は非常に興味を持っているので、その点興味深くて良かったです。

 ただ、私は「どんなにすごい人が書いたとしても間違いはある」(間違いがないということはそもそも原理的にあり得ない)というようなことを主張したカール・ポパー(←このWikipediaの記事、ポパーへの批判もいっぱい書いてあっていいですね)の考え方が非常に好きで、間違いがあるからダメだとは思わないです(むしろポパー好きなので、「間違ってるよ!」記事に興味があるとも言えるでしょうね)。ただ、糊塗するのは良くないかなぁ……(しかしこれも、人間というものの本質として、しょうがないとも思いますけども)。

 ↓参考に、ポパーの(真理に近づく為の)12原則を載せてあるページ。
反論・意見求む!

 「間違い指摘記事」をもっとたくさん読みたい(特に戦史もののを)ので、そういうのがもっとあればなぁ……と思ってもいるのですが、感情的なものも絡んで難しいんでしょうね……(^_^;


 ただ、イデオロギー的なことに関する「間違ってるよ!」は、もうほとんど感情的なものにしかなりようがないような気がしまして、もうそれは諦めた方がいいのでは……と思ったりしてます。やるとしたら、お互いの主張を開陳した上で、どこまでだったら相手の主張を認められ歩み寄れるか……というやり方をした方がいいのではないかと思ったりしてますが……。しかし、日本における左右対立は、イギリスにおける階級対立やアメリカにおける人種対立のような、もうほとんどどうしようもないほどの根深い溝になってしまったのではないか……という気もしてます。

OCS『Case Blue』のイタリア軍サヴォイア騎兵連隊など

 以前、OCS『Enemy at the Gates』に登場する優秀なイタリア軍部隊というエントリを書きましたが、その時は手持ちの本としては『イタリア軍入門』しか参照していませんでした。同著者の本として他に『Viva! 知られざるイタリア軍』という本もあるのですが、その時はこの本は持ってないものだと思い込んでいたのですが、本棚を見ていて持っていることに気付きまして(以前にも同じことがあったような気も……(^_^;)、見てみたら東部戦線のアオスタ候快速師団中のサヴォイア騎兵連隊に関して詳しく載っていました。






 サヴォイア騎兵連隊の突撃がソ連軍に対して成功したという話は1942年8月23日の話で、『Enemy at the Gates』の期間(1942年11月19日~1943年3月17日)よりも前なので、『Enemy at the Gates』にサヴォイア騎兵連隊のユニットが入っていなくても不思議ではないということは前記エントリを書いた後に気付いていました。しかし今回、『Case Blue』が手元にあり、『Case Blue』ならばその話があった日もゲームの扱う範囲内なのでユニット化されているのではないかと思い、見てみました。

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 「Savoia」と書かれている騎兵連隊ユニットがありますので、これがサヴォイア騎兵連隊なのでしょう。ARが4はほどほど強いですね。

 もう一つ、「Lanc」と書かれている騎兵ユニットがありますが、Lancというと、槍騎兵(Lancer)ということ……? 『Viva! 知られざるイタリア軍』を見てみると、

 ……第3騎兵連隊『サヴォイア』や第5槍騎兵連隊『ノヴァーラ』、第3ベルサリエリ連隊や『サン・ジウスト』軽戦車部隊(L3型豆戦車55輌装備)から成る第3快速師団『アオスタ候アメデオ皇太子』は……
『Viva! 知られざるイタリア軍』P25,26

とあって、まあ多分そのノヴァーラというやつなのでしょう……。

 英語版Wikipediaの3rd Cavalry Division Amedeo Duca d'Aostaには、「5. Novara Lancer Regiment」という書かれ方になってましたし。


 あと、読み進めていくと、1942年5月か6月か頃に、アオスタ候快速師団の再編で、

『サヴォイア』と『ノヴァーラ』2個騎兵連隊が外された。そして両騎兵連隊は『バルボー』戦闘集団へ配属され……
『Viva! 知られざるイタリア軍』P27

とあって、「お、Barboというユニットはそれか?」とも思ったんですが、どうなんでしょ。

 試しに『Case Blue』の戦闘序列(Axis Revised OOA from GBII reprint)で検索してみたところ、Barboは1942年6月に登場? Savoiaは、アオスタ候快速師団の中のSavoiaではなく、Savoia Cossack大隊が1942年9月に登場? それ以外ではSavoiaもLancも引っかからなかったので、ユニット除去とかはないのかしらん……全然分かってません。

『Case Blue』と『Guderian's Blitzkrieg II』!!

 ワニミさんに骨を折って頂きまして、『Case Blue』と『Guderian's Blitzkrieg II』が我が家に……。

 マジありがとうございます~~(T_T)(T_T)(T_T)


 ↓ゲーム棚の写真。

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 『Baltic Gap』が貸し出し中なので棚にはありませんが、これでOCSが9個に……。『Tunisia II』と『Sicily II』も待ってるのですが、サンセットゲームズに届くのは盆休み中ではないかということでした。

 あと、写真に写ってない別の棚にあるボックスゲームとして、『Hundred Days Battles』『War and Peace』『Wellington's Victory』『共和政ローマ』『英雄三国志』などがありますが、それで手持ちのボックスゲームはすべて。雑誌付録ゲームも(手放したりで)あまり持ってないですので、ウォーゲーマーとしては持っているゲームが結構少ない方ではないかと自負しております( ̄^ ̄)エヘン(バキッ!!☆/(x_x))

 手持ちにはバタイユシリーズなどもありますがほぼコレクターズアイテムと化していて、プレイしているゲームはOCSほぼ一本ですね……。『Beyond the Rhine』と『BURMA2』は入手しないのか(『Hube's Pocket』は今後発売されるはずの『Third Winter』で置き換えられるのでいいとして)と言われそうですが、手持ちのOCSを優先したいのと、そちらの戦場への興味の度合いが若干薄いので、いいかなーと。

 今後、『DAK2』と共に、とりあえずまず『Case Blue』をプレイできる状態に持っていきたいと思ってます。

OCS『Enemy at the Gates』ギャロップ作戦第3ターン頭まで

 ミドルアース大阪で、ワニミさんとOCS『Enemy at the Gates』のギャロップ作戦シナリオをやや対戦チックにやってました。ワニミさんがソ連軍で、私が枢軸軍をやりました。

 ギャロップ作戦シナリオについては、以下の過去エントリをご参照下さい。

『Enemy at the Gates』ギャロップ作戦 (2014/12/01)
OCS『Enemy at the Gates』ギャロップ作戦の多様性に痺れる (2015/07/19)
OCS『Enemy at the Gates』ギャロップ作戦のダメな作戦 (2015/07/20)


 ↓第1ターン先攻(ソ連軍)終了時。

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 黒い線が元の戦線です。ワニミさんは突破フェイズに黒い○の2箇所まで部隊を進出させ、第1ターンで枢軸軍の東方向への補給線を切ってきました(その代わりにドネツ川の北にいるドイツ軍部隊は放置)。枢軸軍いきなりのピンチ! とにもかくにも、この2箇所のソ連軍部隊を葬らねばなりません。

 ただこの時、東の枢軸軍橋頭堡(防衛線:ヴォロシーロフグラード)の一箇所でもソ連軍歩兵が分遣連隊を踏みつぶして戦線に穴を開けていたのですが、後でワニミさんに聞いたところ「穴を開けられるとは思っていなかったし防御にも気を遣っていたので、後方の戦車軍団を予備モードにしていなかった。しかし基本路線として攻撃的にいくつもりだったのだし、予備モードにしておいて枢軸軍側の露わになった司令部と補給集積所を踏めるようにしておくべきだった! あの時私は日和ってしまっていたのだ! 失敗した!」というようなことを仰ってました(^_^;


 ↓第1ターン後攻(枢軸軍)終了時。

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 枢軸軍はロストフからやってきていた1個装甲師団とスターリノにいた1個装甲師団で、補給線(鉄道線)を奪回。しかし私的に恐れていたのはスターリノの西方、ドニエプロペトロフスクの間にまったく何も部隊がいないことで、自分だったらそちらを指向すると思っていたので東側のヴォロシーロフグラードの橋頭堡など保持していて西が危殆に瀕してはどうしようもないという判断で、ミウス川のラインまで戦線を下げようとします(写真では移動力が足りなくて全然下がりきれていません)。

 一方、真ん中北のリシチャンスクの橋頭堡の南北では多くのドイツ軍部隊が補給切れになっていてどうしようもないと思われたのですが、ここで「その手があったか!」の方法が。ドイツ軍は1T×4分の輸送機を持っており、SPが大量に積まれているドニエプロペトロフスクの航空基地に保持していました。これで補給切れになっている部隊の上に直接SPを投下すれば……ということで黒い○の歩兵師団の上にやってみまして、そこから燃料を消費して黒い矢印のようにして半個装甲師団が脱出に成功。

 こういうことを今までやってみたことがなかったので、ルール的に正しいのかどうかまだ精査できてない(特に、もし敵の警戒空域内にあったら自軍部隊ヘクス上でも対空射撃を喰らうのかどうか問題は……OCSv4.2をまだ全然読んでないのですが何か対応された?)のですが、もしこれができるのであれば、天気が晴れて制空権があれば包囲されても部隊をだいぶ生かし続けることができそうです。ソ連軍にとっては厄介なことですが……。


 次の第2ターンのイニシアティブですが、枢軸軍が獲得。ここでマップを見た私は、「これは先頭のソ連軍を撃滅するチャンスにしか見えない……!?」と思い、先攻を選択。ところが……。

 ↓第2ターン先攻(枢軸軍)終了時。

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 ムーブを考えてみるだに「イヤイヤ、無理だろう……!」という気が募ってきまして、なんとも中途半端な状態に終始。後でワニミさんに聞きましたら、「いやぁ、完全に壊滅させられると思ったのに」ということだったのですが、先頭のソ連軍スタック(3ユニット)がいたのが都市ヘクスで中障害であり、防御側は1倍で防御するのに、攻撃側は機甲&機械化ユニットでは攻撃力1/2、1倍のその他兵科は移動力が足りない等、なんか「無理!」という気がその時はしてしまったのです……(>_<)

 後から考えれば、「いや、やっとくべきだった……。最初の判断の方が正しかったのだろう……!」という、戦史ものでよく見る、ダメダメ指揮官を地で行くこのヘタレさ(^_^; この時私も、日和ってしまったわけですね!


 ↓第2ターン後攻(ソ連軍)終了時。

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 後攻となったこともあり、ワニミさんは「ダブルターンが絶対取れる」ということを前提に、恐ろしいほどの勢いで部隊を前進させ、スターリノの次のターンでの直接攻撃を狙います。写真では見えませんが、スターリノの北には戦略移動モードで突進してきたソ連軍歩兵部隊が大量に置かれているのです。

 ところが。まず戦略移動モードで置かれ始めた時、私が「戦略移動モードだと戦力0のAR0ですから、踏みつぶされてしまいますよ」と言っていたのがワニミさんに心的影響を及ぼした(と後で聞きました)らしく、ワニミさんはソ連軍戦車ユニットを戦略移動モードの部隊の上にかぶせていきましたが、これも後で聞いたところによると「あそこで怖くなって日和ってしまったのだ! 戦車部隊を防御的に使うのでなく、攻撃的に使うことができたはずなのに!」というようなことを仰っておられまして……。

 どうも今回、お互いに「日和ってしまった」ということが多く、今後のために反省点として生かしたいところです。チーン。


 その後の第3ターンですが、ソ連軍のダブルターンはならずで、またもや枢軸軍がイニシアティブの権利を獲得し、先攻を選択。先ほどの写真の黒い矢印のようにして、ソ連軍の補給源との繋がりを元から絶ってしまえるのではないか……と最初思ったのですが、戦力がそれほど潤沢でもなく、完全にそうできるほどではなくまった中途半端なものになりそうでした。とりあえず今回はここらへんで終わっておきました。


 私がソ連軍をやったとしたら、スターリノとドニエプロペトロフスクの間を突進し、ドイツ軍に後手に回らせ続ける……というのに憧れるのですが、補給線とか道路とか北の方に残ってしまうドイツ軍部隊とかの関係で、簡単でない……というかどっちかというと難しそうではあります。史実でソ連軍がボロボロにやられた戦いなので、ソ連軍にとってはつらめの状況設定ではあるのだと思われますけども。


 次回ですが、盆の間は私が教員免許更新に行かねばならないので休みで。その後、『Enemy at the Gates』のリトルサターンキャンペーン(マップ4枚)を並べて、ワニミさんと土日毎とかにキャンペーンを長期的にちまちま進めつつ、他のOCSプレイヤーが来られることがありましたらぜひ美味しいところを担当してもらってOCSプレイヤーの増員につなげていこうという話になりました。

フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の散歩とジョーク

 『愉しいビーダーマイヤー』6回目。

 ベルリン訛りの快活なご婦人、デュティートル夫人との絡みでフリードリヒ・ヴィルヘルム3世の件が載っていました。

 当時の国王はベルリン子に善き王様として人気があったフリードリヒ・ヴィルヘルム3世だった。王がうっかり夫人の敬礼に気づかず通りすぎたところ、夫人はいきなりその袖を捉えて、「ねえ、陛下、あなたは平気で税金をおとりになるのに、女には挨拶もなさらないのですか?」と抗議した。また王妃ルイーゼが亡くなったとき【1810年】、さっそくお悔みに行ったはいいが、「ああ、陛下、ほんとうにお気の毒ですこと。だって、きょう日、7人も小さな子どものいる人のところに誰がお嫁に来るでしょう!」とやらかした。だが王は夫人の無邪気で竹を割ったような気性を愛し、避暑先のシャルロッテンブルクでも夫人と親しく交わった。
『愉しいビーダーマイヤー』P307



 2つ目のエピソードの時、フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の子ども達が何歳ずつだったかを調べてみると、

長男 15歳 フリードリヒ・ヴィルヘルム(4世)……次の国王。子どもはなく、弟が後を継いだ
次男 13歳 ヴィルヘルム(1世)……ビスマルクを首相としてドイツ統一を成し遂げ、ドイツ皇帝となった
長女 12歳 フレーデリケ・ルイーゼ・シャルロッテ・ヴィルヘルミーネ……ロシア皇帝ニコライ1世妃。アレクサンドル2世の母
(次女は生後1年で亡くなった)
三男 9歳 フリードリヒ・カール・アレクサンダー……聖ヨハネ騎士団長
三女 7歳 フリーデリケ・ヴィルヘルミーネ・アレクサンドリーネ・マリー・ヘレーネ……メクレンブルク=シュヴェリーン大公妃
(四男は生後2年で亡くなった)
四女 2歳 ルイーゼ・アウグステ・ヴィルヘルミーネ・アマーリエ……オランダ王子フレデリック(オラニエ公(子)の弟)妃
五男 1歳 フリードリヒ・ハインリヒ・アルブレヒト……上級大将

 王家というのはそういうものなんでしょうけど、そうそうたる子ども達という感じですね(^_^; 尤も、長女はかのロマノフ家へ嫁いだため?息子のアレクサンドル2世は暗殺、ひ孫のニコライ2世は死刑ということになりますが……。


 1つ目のエピソードがいつのことなのか知りたくて、デュティートル夫人(Madame Dutitre)で検索してましたら、ドイツ語版Wikipediaには項目がありましたが、英語に変換して読んでみたもののあまり大したことは書いてない? しかし、『Monarchy, Myth, and Material Culture in Germany 1750–1950』という英語の、2011年に出版された本にデュティートル夫人との話が載っているとGoogle Books先生が教えてくれました!




 しかもGoogle Books上で見ていってると、フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の時代の彼のことについて何ページもあるっぽい。ドイツ語本ではフリードリヒ・ヴィルヘルム3世の本は何冊かあるみたいですが、英語で詳しい本は望み薄だと思っていたので大変ありがたい! しかもほとんどのページがGoogle Books上で読めてしまう!(Amazonの中身検索で抜けているページを1ページ分補完できたりもしました) 早速印刷しまして、目を通していこうと思ってます。


 まあとりあえず、『Monarchy, Myth, and Material Culture in Germany 1750–1950』上でのデュティートル夫人との話について。

 1820年代のある日、フリードリヒ・ヴィルヘルム3世が日課の散歩でベルリンの大通りであるウンター・デン・リンデンを散策していると、デュティートル夫人に出会った。彼女はその風変わりな言動で良く知られており、王は彼女の快活なウィットをよく楽しんだものだった。この時、王はデュティートル夫人の手を取って彼女に騎士のようにしてお辞儀をした。王が彼女の手袋に触ったのを喜んだデュティートル夫人は、その手袋を「大切な思い出」としてガラスケースの中に収め、「王が私に迫ってきて掴んだの!」と説明書きを付けたが、その際どい含意は信心深い王を困惑させることになった。
『Monarchy, Myth, and Material Culture in Germany 1750–1950』P23,24


 まあ確かになんかおもろいです(^_^;

 せっかくなので、不定詞王 König Infinitivさんから、フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の散歩とジョークについて抜き出してみますと……。

 まず散歩について。

 フリードリヒ・ヴィルヘルム三世が一人でティーアガルテンを行くときは、散歩する人々は王に挨拶するのであった。ある旅の大学生が何も気づかず、高貴なお方を無視して行き過ぎた。王はこの若者に次のような言葉で話しかけた。「何者である?」 「学生である!」と屈託のない答え。口まねされた王は腹を立てて「バカである!」と言った。「ご自身がである!」と答えが返ってきた!
Paulus Potter: Die Spree-Laterne. Berliner Geist, Witz und Humor. (Hamburg 1970)

 ドイツ諸侯の中で、現在の卓越したプロイセン王ほど飾らない方はほとんどいない。陛下の姿はポツダムから、あるいはポツダムへ向かう道で見られるが、その時には非常に簡素で古風な馬車に乗られており、あるいはウンター・デン・リンデンを歩かれている時には、プロイセン軍の下級将校ほどの装飾も付けておられない……
FRASER'S MAGAZINE FOR TOWN AND COUNTRY, VOL.XVI (1837)



 ジョークについては……。

 ……何事にも優柔不断、つねに寡黙でようやく口を開けば、主語を省き人称を無視して動詞を不定詞のまま使用するという話し方だったのである。
 フリードリヒ・ヴィルヘルムは時折のジョークを好んだが才知は無かった。家族の体を成さない家で育った幼少の境遇が彼の心を萎縮させてしまっていた。内面の不如意が言葉にも現れた。誰に話しかけているのかの呼称を省くだけでなく、自分という主語も言わずに済ませた。

 あるとき王は従僕を驚かせたことがあった。食卓の用意をしていた従僕がこっそり赤ワインのボトルから中身をぐびぐびと賞味していた。そこへ王が姿を見せたものだから驚いてボトルをテーブルに置いたが、チョッキに血のように赤い液をこぼしてしまった。従僕がその場に平伏しようとすると、王はつかえつかえ言った、「こんどはもっと気をつける! 白ワインを飲む!」と。


 つまらないギャグをつかえつかえ言うという萌えキャラかぁ……結構いいかも?(*^_^*)


 さてさて、『Monarchy, Myth, and Material Culture in Germany 1750–1950』の方にはルイーゼ王妃の話題もありました。

 1810年に、ルイーゼ王妃の馬車が道路で遊んでいた2歳の男の子をすんでのところで轢きかけたことがあった。その男の子の家に伝わる話によると、王妃は馬車を止めさせて男の子を抱え上げ、抱きしめ、キスしながら道路端の安全なところまで運んだという。男の子の母親は、王妃のこの優しい行動の思い出に男の子の髪の房をチョキンと切って、その髪の房はその家の家宝になった。
『Monarchy, Myth, and Material Culture in Germany 1750–1950』P23



 この本はこの前のところでフリードリヒ大王の話も挙げていまして、それはフリードリヒ大王自身が望まなかった結婚の15周年(1783年)に「金の節約のためにも何も祝うな」と国中にお触れを出したのだけども、ある民間の業者が勝手に、すごくできのいい記念切手シートを作った。しかしそれは没収されてしまった……という話で、これら3つの時系列順の話が、プロイセン王家がお堅い状態から、だんだん軟化していく様子を象徴しているだとかなんだとか。

 確かにその通りで、例えば『クラウゼヴィッツ 『戦争論』の誕生』を読んでいると1806年までのフリードリヒ・ヴィルヘルム3世は権威的に振る舞う感じでした。しかし『Monarchy, Myth, and Material Culture in Germany 1750–1950』にあるように、1810年という国難の時期には国民と共にという感じになって、1820年代には王はむしろ愛されつつもからかわれる対象になっている? なかなか面白いですね。

OCS『Enemy at the Gates』ウラヌス攻勢の第1ターン北側

 OCS『Enemy at the Gates』ウラヌス攻勢シナリオの研究ソロプレイをやってました。第1ターン(ソ連軍ターン)のとりあえず北側だけを(南もいっぺんにやるとしんどいので……)。移動フェイズ中のオーバーランはなしでやってますので、枢軸軍側のリアクションフェイズはありません。

 ↓第1ターン終了時(北側だけ)

CIMG3487.jpg

 主攻勢軸の少し東でも突破作戦をやってみたのですが、ドイツ軍司令部を踏みつぶせるところまで行かず。

 主攻勢軸では3ヘクスで突破してみましたが、戦域に敵味方が高濃度で混在するような感じになるので、補給路を確保するためにユニットを敷き詰めねばならず、とりあえず「敷き詰め用のユニット」が足りなくて大変でした(^_^; 戦線用に置いてある歩兵師団をもっと抜いた方がいいのかもとも思ったりしましたが、そうでもないかとか悩ましいですね……。

 突破フェイズ中にはまずルーマニア軍司令部1つをオーバーランした機械化軍団がそのまま南へ走って、その後の戦闘セグメント中に(1)戦力の守備隊がいた鉄道線(降車可能ヘクス)を占領。枢軸軍の補給線を切ります。この機械化軍団はやや投げ捨て気味にやったつもりだったのですが、結局この時点では司令部からの支給範囲が繋がってました。

 戦線近くではドイツ軍の独立部隊3ユニットがいたところは包囲してDL1o2で全滅させましたが、第22装甲師団とドイツ軍司令部がいたヘクスは7ユニットもいて、2ユニットを吹き飛ばしたもののソ連軍騎兵で敷いてある包囲環はこの後破られてしまうでしょう(写真のルーマニア軍司令部のある黒い○で囲んであるハイスタック)。

 ので、第22装甲師団に攻撃をかけたソ連軍の2個機械化軍団はむしろ第22装甲師団を放っておいて、オレンジの矢印のようなもっとよい進撃路がないかと考えたのですが……。

 まず一番心引かれるのが一番左のモロゾフスクに進撃するというものだったのですが、史実ではその方向に向かってないので史実に近い方向で考えると、まずカラチ(一番右)に行くという方法。しかしこれは包囲環を閉じるという意味合いではありでしょうけども、第1ターンから効果があるというものではなさそう。そうすると真ん中の矢印のように進んで橋の西側を占領するとか……。

 ただ、第22装甲師団をまったく自由にしておいてそれらへ向かうのかというと、まあそれよりは第22装甲師団がある程度は拘束されて他に大して何もできない状態にしておいた方がメリットは大きいのかな……とも思いました。

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プロフィール

DSSSM(松浦豊)

Author:DSSSM(松浦豊)
 ウォーゲームの中でも、OCS(Operational Combat Series)だけをひたすらプレイしたり、関係情報を集積したりしてます。また、ナポレオン時代のプロイセンと、あと若干イギリス軍関係を調べたり。自宅(尼崎会)でOCSを置きっぱなしプレイがメインになってますが、時々はゲームクラブのミドルアース大阪などに行ったりも。

 尼崎会では、OCSに興味のある方を常時募集しております。OCS初心者の方にも分かりやすい、やりやすいところからお教えいたします! 見学だけ等も大歓迎です。ブログのコメント等で、気軽にご連絡下さい(*^_^*)

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